2021/03/11 株式報酬の付与が「関連当事者取引注記」の対象となるケース(会員限定)

周知のとおり、取締役や主要株主、親会社など会社と関係の深い個人や法人は「関連当事者」と呼ばれ、「会社と関連当事者との取引」は有価証券報告書等で開示(これを「関連当事者取引注記」という)しなければならない。関連当事者は会社への影響力が強いだけに、両者の間の取引は必ずしも対等な関係の下で行われるとは限らず、場合によっては会社の利益を損なう取引が行われることもあり得るからだ。逆に言うと、必要な関連当事者取引注記が漏れるということは、単なる開示ルール違反にとどまらず、“不適切な取引”が正されることなく温存され続けてしまうリスクがあることを意味する。コンプライアンスの観点からも、経営陣は関連当事者取引注記の重要性を認識する必要がある。

この関連当事者取引注記に関する最近のトピックスとして、株式報酬がある。2021年3月1日から施行された改正会社法により、上場会社は取締役と執行役(以下、取締役等)への報酬として株式を「無償」で交付することが可能とされたところ(改正会社法202条の2)。旧会社法では株式の発行は金銭等の「払込み」があることを前提としていたため、これまでは、取締役会等が会社への役務提供により得る「報酬債権」を会社に「現物出資」し、これと引き換えに株式の交付を受けるという“技巧的”な支給手法(以下、現物出資スキーム)がとられていたが、今後はシンプルに「無償」で株式報酬を支給することが可能となった(株式報酬に関する会社法改正の詳細は2020年9月25日のニュース『改正会社法で導入された株式報酬、「事前交付」と「事後交付」の違い』参照)。そして、この取締役等への株式の無償交付は、取締役等との間の“取引”である以上、「関連当事者取引」に該当することになる。

もっとも、取締役等への株式の無償交付は「関連当事者取引」には該当するとはいえ、「関連当事者取引注記」をする必要はない。これは、関連ルール上、「役員に対する報酬、賞与及び退職慰労金の支払い」は開示対象外とされているため(「関連当事者取引の開示に関する会計基準」5ページの9(2)参照)。ただ、取締役等への株式の無償交付は、「株式が交付される」という点に着目すると、「報酬」としての性質に加え、増資の引受けや自己株式の取得などと同様、「資本取引」としての性格もある。増資の引受けや自己株式の取得などは関連当事者取引注記の対象となることから、取締役等への株式の無償交付を「資本取引」として捉え、関連当事者取引注記の対象とすべきとの考え方もある。実際、株式報酬の一類型であるストック・オプションは、取締役等がストック・オプションの権利を行使し、権利行使価格を払込んだ際には、会社の資本が増加することになるため、明らかな「資本取引」として関連当事者取引注記の対象になっている。

しかし、取締役等に対する株式の無償交付は、権利行使時に権利行使価格に相当する「金銭」の払込みを受けて株式が交付されるストック・オプションとは異なり、交付する株式についての払込みが「役務の提供」のみによってなされることなどから、「資本取引」ではなく「報酬」としての側面を重視し、関連当事者取引開示は不要との考えが示されている(「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」16ページ55参照)。

以上のとおり、取締役等に株式を無償交付する場合には関連当事者取引注記は不要であることが明確になったが、残された問題は、会社法改正前に行われていた上述の「現物出資スキーム」により株式報酬を付与した場合には関連当事者取引注記を行う必要があるのかという点だ。この問題については、現状、特段ルールが存在しない状態となっている(2020年10月15日のニュース「会計基準新設で株式報酬の“現物出資スキーム”の行方は?」参照)。

当フォーラムが上場会社各社の有価証券報告書を調査したところ、現物出資スキームにより株式報酬を付与した上場会社では関連当事者取引注記をしている事例が多数みられた。

<事例-2020年11月期 イワキ㈱の有価証券報告書より抜粋>
55031

企業会計基準委員会(ASBJ)は、取締役等に株式を無償交付した場合の会計処理を明らかにした「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い(案)」の中で、「いわゆる現物出資構成による取引については適用されない」と明言している(25項参照)。さらに、上記会計処理案のパブリックコメントで寄せられた疑問に対しては、「本実務対応報告案は株式を無償交付する取引を対象に検討を行っており、いわゆる現物出資構成による取引については検討の対象としていない」と完全に“スルー”している(実務対応報告公開草案第60号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い(案)」等に寄せられた主なコメントの概要とその対応」の12「いわゆる現物出資構成による取引を行った場合の関連当事者取引に関する注記について」参照)。

ASBJがここまで言い切っている以上、ASBJが定めた取締役等に株式を無償交付した場合の会計処理は「現物出資スキーム」の会計処理には一切影響を与えないと考えざるを得ないだろう。すなわち、取締役等への株式の無償交付と現物出資スキームの経済的実質は変わらないにもかかわらず、前者は関連当事者取引注記の対象外となる一方、後者は引き続き関連当事者取引注記を行う必要があるということだ。会社法上、自社の監査役や執行役員、子会社の取締役等には無償での株式を交付することはできないだけに(2020年10月5日のニュース「子会社の取締役等に株式が無償交付できないことにより生じる手間」参照)、今後も現物出資スキームによりに株式報酬を付与した上場会社では、関連当事者取引開示が見られることになろう。

2021/03/10 【2021年2月の課題】会社補償契約・責任限定契約・D&O保険の関係、および内容のあり方(会員限定)

業務執行取締役の損害賠償責任制限規定は事実上機能せず


周知のとおり、(2021年)3月1日から施行された改正会社法により、「会社補償契約(補償契約)」(会社法430条の2)および「会社役員賠償責任保険(D&O保険)」(会社法430条の3)に関する規定が新設されました。会社補償契約、D&O保険ともに今回の会社法改正の前から存在しており、特にD&O保険については既に広く普及していますが、それぞれ会社法上の位置付けがクリアになったことで、益々普及が進むことが予想されます。

会社補償契約、D&O保険と並び、役員を損害賠償責任等から防御するツールとして「責任限定契約」があります。責任限定契約とは、文字通り役員が負うべき賠償額に上限を設ける(=上限額を超えて責任を負わないようにする)ものであり、会社と役員の間で締結されますが、社外取締役や監査役などを対象としており、業務執行取締役は対象から除かれています(会社法427条)。

業務執行取締役の損害賠償責任を制限する会社法上の規定としては、①総株主の同意による責任免除(会社法424条)、②株主総会決議による責任の一部免除(同425条)、③定款規定と取締役会決議による責任の一部免除(同426条)、の3つがありますが、いずれも業務執行取締役の責任限定手段としてはほとんど機能していないのが実情です。このうち③の「定款規定と取締役会決議による責任の一部免除」は、機動的な開催が可能な取締役会決議により実施できるため、この規定に基づき定款規定を設けている会社は多いものの、会社法426条が役員等の責任の一部を免除するための条件としている「責任の原因となった事実の内容、当該役員等の職務の執行の状況その他の事情を勘案して(責任を免除することが)特に必要であると過半数の取締役(損害賠償責任を負う取締役を除く)が判断する」ことは容易ではありません。このため、少なくとも上場会社においては、立法以来全くと言ってよいほど利用されない制度と化しています。また、①の「総株主の同意による責任免除」および②の「株主総会決議による責任の一部免除」についても、役員等の責任免除のためにのみ臨時株主総会を招集するのは費用や手続の手間を考えても困難であり、だからと言って、定時株主総会まで責任の一部免除を行えないとすると、責任が免除されるかどうか不透明な状態が継続し、その結果、経営陣が委縮して積極果敢な会社経営ができなくなるといった問題があります。

こうした中、業務執行取締役の責任を制限する新たな手段として期待を集めているのが、今回の会社法改正で規定が創設された会社補償契約です。会社補償契約とは、役員が第三者から受けた損害賠償請求によって被った損害や、損害賠償等に対する防御費用(弁護士費用など)を会社が補償することを役員に対し約束するものです。会社補償契約は、業務執行取締役による過度なリスク回避行動の防止や優秀な人材の確保につながるといった点で、責任限定契約と同様の効果があると言えます。

改正会社法には明記されていない会社補償契約の内容の留意点


会社法改正により会社補償契約に関する規定が創設されたことを受け、役員との間で会社補償を締結しようとしている上場会社や、改正会社法に沿った形で会社補償契約の内容を見直そうと考えている上場会社も多いことでしょう。

改正会社法の規定に基づく会社補償契約締結上のポイントとして、①会社補償契約の内容を決定するためには取締役会の決議が必要、②通常要する防御費用の額を超える費用や、役員の悪意又は重大な過失に基づく職務遂行により第三者に対して損賠賠償責任を負うこととなった場合の損失は補償できない、③役員が自己若しくは第三者の不正の利益を図り、又は会社に損害を与える目的で職務を執行したことを知った場合、会社は役員に対して補償した防御費用の返還を請求することができる、④会社補償契約に基づく補償をした取締役及び補償を受けた取締役は、補償についての重要な事実を遅滞なく取締役会に報告しなければならない、ということが挙げられますが、これらに対し会社側からは、いくつか疑問の声が聞こえてきます。

まず、「会社から役員に対し責任追及を行う場合」の取扱いです。上述のとおり、会社補償契約とは、「役員が第三者から受けた損害賠償請求によって被った損害」や「損害賠償請求等に対する防御費用」を会社が補償することを会社が役員に約束するものですが、このうち後者の「防御費用」については、会社法上、役員が第三者から受けた損害賠償請求を受けた場合に限らず、株主代表訴訟で責任追及を受けた場合や会社から責任追及を受けた場合においても、会社補償の対象としてはいけないとは書いてありません。すなわち、支払い対象とすることが可能ということです。ただ、特に会社が役員に責任追及をしている場合、その責任追及の相手に防御費用を与えること自体が矛盾をはらんだ行動であるうえ、こうした契約の存在により役員の職務執行にモラルハザードが生じる恐れもあります。そこで、会社補償契約上、会社が役員に対して責任を追及する場合においては「役員に生ずる防御費用」は補償の対象外とすることも選択肢となるでしょう。

また、上記③のとおり改正会社法では、「役員が自己若しくは第三者の不正の利益を図り、又は会社に損害を与える目的で職務を執行したことを知った場合には、会社は役員に対して補償した費用の返還を請求することができる」としていますが、一度補償請求に応じたうえで金銭の返還請求を行うくらいなら、会社としては最初から補償を拒否することも可能であると考えられます。ただし、改正会社法上、あらかじめ「補償の拒否」ができるかどうかは明示されていないため、この点は会社補償契約に明記しておくことが望ましいでしょう。

このほか、上記①のとおり、会社補償契約の内容を決定するためには取締役会の決議が必要ですが、会社補償は利益相反やモラルハザードと隣り合わせとも言えるだけに、会社補償を実行する際の手続をより重くする必要があるのではないかとの指摘もあります。具体的な方法としては、社外取締役や弁護士などから構成される「補償委員会」を設立し、会社補償の要否、範囲、上述した防御費用の返還の要否などの判断を仰ぐということが考えられます。

以上の点も踏まえた会社補償契約書のサンプルがTMI総合法律事務所から公表されていますので、参考にするとよいでしょう。
※会社補償契約書のサンプルはこちら

改正会社法は(2021年)3月1日に施行されたばかりですので、同法に基づく会社補填契約の内容の検討はまだこれからという上場会社も少なくないと思いますが、改正会社法施行規則では、「役員等の選任議案を提出する場合で、候補者との間で、補償契約を締結しているとき又は補償契約を締結する予定があるときは、株主総会参考書類に、補償契約の内容の概要を記載しなければならない」とされています(改正会社法施行規則74条1項5号)。これを受け、2021年3月24日(水曜日)に定時株主総会を開催する12月決算のJTは、株主総会の株主招集通知に、下記のとおり新任の社外取締役について「補償契約を締結する予定である」旨を開示しています。

JTの2020年12月期に係る定時株主の招集通知11ページ参照
3.当社は、同氏の選任が承認された場合、同氏との間で会社法第430条の2第1項に規定する補償契約を締結する予定であり、同項第1号の費用及び同項第2号の損失を法令の定める範囲内において当社が補償することといたします。

ただし、会社補償契約だけでは役員または会社にとってのリスクを消すことはできません。以下ではこの点について解説します。

D&O保険の契約内容次第で会社補償契約が会社にとってのリスクに


上述のとおり、会社と役員の間で会社補償契約が締結されていれば、役員が第三者から受けた損害賠償請求によって被った損害や、損害賠償請求等に対する防御費用を会社が補償することになります。例えば役員が第三者から損害賠償請求を受け、3億円を賠償することになったとしましょう。この場合、会社補償契約に基づき、この3億円を会社が補填します。

ただ、このままでは3億円が会社にとっての「特別損失」となって終わってしまいます。これを穴埋めするのがD&O保険です。D&O保険は一般的に「役員がその業務遂行のために行った行為に起因して損害賠償請求を受けたことによって被った損害を填補する保険」などと説明されていることもあり、「役員のための保険」というイメージがありますが、役員とともに会社も被保険者となることができます。むしろ、近年は各損害保険会社とも、会社に対する補償内容をかなり充実させてきています。なぜなら、会社が負担した費用は結局役員に跳ね返って来る可能性があるからです。会社補償契約に基づき3億円を会社が補填した上記の例でも、D&O保険により、会社が補填した額の全部または一部(保険金の支払限度額による)の保険金が支払われることになります。

ただし、ここで注意しなければならないのは、保険金が支払われるのはあくまでそのD&O保険が会社補償に対応している場合に限られるということです。損害保険会社によっては会社補償への対応が「特約(会社補償特約)」となっており、しかもこの特約を付け忘れている会社が現時点で相当数あるようです。その理由として、保険代理店や保険会社側が会社補償についてよく理解しておらず、そもそも会社補償特約を付けるよう会社に提案しなかったということや、会社側もD&O保険の内容を詳細に確認しないまま契約を締結し、会社補償特約が付いていないまま現在まで放置してきたということが挙げられます。会社補償特約が付いていないD&O保険に加入している会社が会社補償を実行しても、会社による補填額(上記例で言えば3億円)については一切保険金を受け取ることはできません。今回の会社法改正を機に役員との間で会社補償契約を締結しようとしている会社は、自社のD&O保険の内容を至急確認する必要があります。

なかには、会社補填分について「保険金の支払いは不要」と考える会社もあるかもしれませんが、それが上場会社であれば、補填により会社に生じた損失について株主がどう考えるか、という問題があります。改正会社法(432条)上、第三者からの損害賠償請求に対する会社補償額に上限はありません。たとえ5億であろうと10憶であろうと、会社は補填することになります。そうなれば、会社に生じた損失を役員に負担させるよう、株主代表訴訟が提起される可能性もあります。役員との間で会社補償契約を締結するのであれば、会社補償契約に対応したD&O保険への加入は必須と言えます。

なお、会社補償が標準プランで付いているD&O保険を販売する損害保険会社も少なくありません。注意を要するのは、会社補償への対応が「特約」となっているD&O保険に加入しているケースです。また、会社補償に対応しているD&O保険でも、会社に一定の自己負担を求めるものもありますので、この点もチェックしておきたいところです。金額は100万、500万、1千万などとなっています。自己負担額を設定することには、会社にもある程度傷みを伴ってもらうことで、「どうせ保険で取り戻せるのだから、会社が補償してとけばいい」といったモラルハザードを防止する意図があります。もっとも、自己負担額が設定されている保険とされていない保険の保険料に大差はないため、会社としては自己負担額のない方に加入するのがお勧めです。ちなみに、D&O保険の支払い対象が「役員」である場合に自己負担額を設定している損害保険会社は現在はありません。

会社補償契約の普及に伴い「和解」が増える可能性


以上のとおり、役員との間で会社補償契約を締結するのであれば、会社補償に対応したD&O保険に加入することが必須となります。ただし、会社補償に対応したD&O保険であっても、保険金が支払われないケースもある点、注意が必要です。それは、「任務懈怠に悪意・重過失があった場合」および「自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は会社に損害を加える目的で職務を執行したものであったことが判明した場合」です。

会社法上は、「任務懈怠に悪意・重過失があった場合」には「第三者から受けた損害賠償請求によって被った損害」はその全額が会社補償の対象外となりますが(会社法432条2項3号)、「損害賠償請求等に対する防御費用」は変わらず会社補償の対象となります。一方、「自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は会社に損害を加える目的で職務を執行したものであったことが判明した場合」には、「第三者から受けた損害賠償請求によって被った損害」が会社補償の対象外となることはもちろん、「損害賠償請求等に対する防御費用」は役員に対し返還を求めることができます(会社法432条3項)。

会社法が、「任務懈怠に悪意・重過失があった場合」でも「損害賠償請求等に対する防御費用」については会社補償の対象としているのに対し、D&O保険では、「任務懈怠に悪意・重過失があった場合」あるいは「自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は会社に損害を加える目的で職務を執行したものであったことが判明した場合」のいずれかに該当すれば「第三者から受けた損害賠償請求によって被った損害」「損害賠償請求等に対する防御費用」いずれも支払い対象外としているという点で、D&O保険の方が会社法よりも厳格な取扱いをしていると言えます。

こうした中、役員が第三者から損害賠償請求を受けた場合には「和解」による決着を目指すケースが増えるのではないかと予想する専門家もいます。なぜなら、和解をすれば、通常は和解調書に「悪意」や「重過失」といった言葉は出てこないため、会社補償もD&O保険も使いやすくなるからです。逆に、判決まで至れば会社補償でもD&O保険でも損害賠償額が全く補償されない恐れがあります。

会社補償制度の創設は争訟実務にも影響を与えることになりそうです。

役員のリスクをカバーできていないD&O保険に加入している会社も多数


これまで会社補償とD&O保険の関係について解説してきましたが、会社補償への対応を抜きにしても、そもそも現在加入しているD&O保険が役員のリスクをカバーできるものとなっていないというケースが少なくありません。D&O保険は「使わないこと」を前提としているとも言えることや社内にD&O保険に詳しい人がいないことなどから、長年契約内容を見直すことなく放置してしまったという会社も多いと思います。

まず検証が必要になるのが保険金額です。上場会社であっても、保険金の支払限度額が「1億円」といった極めて低い金額に設定されているD&O保険に加入しているところが見受けられます。しかし、役員が絡む争訟は長びくケースが多く、仮に裁判になり、しかも最高裁までもつれ込むようなことがあれば、訴訟費用も相当な額に上ること予想されます。争訟の期間や訴額によっては億単位ということもあり得るでしょう。また、上場会社で役員が絡む事件や事故が発生した場合には、第三者委員会を立ち上げたり、様々な調査を実施したりするのが通常ですが、これらにも多額の費用がかかります。オリンパス事件などでも、これらの費用は役員に対して請求されています。ただ、損害保険会社によっては、何らかの事件や事故が発生した際の社内調査委員会や第三者委員会の費用などに対する保険金の支払いが「特約」となっていることもあります。また、社内調査費用はそもそもD&O保険の対象外となっているところもあります。

しかし、これまでD&O保険の保険金額について真剣に議論したという会社は少ないのが現実です。会社法上の「責任の一部免除」規定(会社法425条)に基づく賠償責任額(代表取締役:報酬等の6年分、業務執行取締役:報酬等の4年分、それ以外の取締役・監査役:報酬等の2年分)や責任限定契約(会社法427条)に基づく賠償責任額(会社が定款で定めた額の範囲内であらかじめ定めた額と報酬等の2年分のいずれか高い額)を積算した金額をD&O保険の保険金額としている会社も見受けられます。冒頭で述べたとおり会社法425条の「責任の一部免除」は、役員等の責任免除のために株主総会開催することが困難であることから事実上機能していないという問題や、「責任の一部免除」も「責任限定契約」も、役員の責任が免除あるいは限定されるのは「善意でかつ重そもそも、現実に起きている株主代表訴訟や第三者訴訟の多くは役員の過失を問うものであり、なかには役員の責任の一部免除規定や責任限定契約の対象にならないものもあります。また、仮にこれらの訴訟で役員が勝訴したとしても、弁護士費用等の防御費用は不可避であるため、D&O保険への加入は必須となります。

いずれにせよ、何らかの根拠をもって保険金額を定めている会社はまだ良い方であり、全上場会社の中でも少数派です。大半の上場会社が、「保険会社が3億円で見積もりを出してきたので」といった理由で、根拠なく保険金額を決めているのが実情です。本来であれば、自社にどういう訴訟リスクがあるのかということについていくつかシナリオを立て、どれくらいの損害賠償請求が生じる可能性があるかということを検討したうえで保険金額を決定すべきであり、ここで把握したリスクや、そのリスクが現実のものとなったとしても損失を出さない、あるいは軽減すべくどのような対策をとっているかといったことは、2020年3月決算企業の有価証券報告書から記載内容の充実が求められている「事業等のリスク」(2020年2月18日のニュース「投資家にとって魅力ある有価証券報告書作成のポイント」参照)でも開示する必要があります。最近は「自社のリスクアセスメントをやろうとしているのだが、やり方がわからない」といった声が上場会社から聞かれることが多くなりましたが、D&O保険の適正な保険金額を決めるうえで、リスクアセスメントは必須と言えるでしょう。

また、通常、D&O保険では会社から役員に対してなされた損害賠償請求は免責となっていますが、「会社訴訟担保特約」をいう特約を付けることで、役員が会社に訴えられた場合も補償対象とすることができます。会社補償は、役員が第三者から損害賠償請求を受けるケースは補償の対象としていますが、会社社から役員に対する損害賠償請求や株主代表訴訟は補償の対象外となっています。会社補償を活用しつつも、会社補償ではカバーされていない部分はD&O保険で補完しておく必要があります。

改正会社法施行規則では、会社補償契約同様、D&O保険についても開示の充実を求めており、「候補者を被保険者とする役員等賠償責任保険契約を締結しているとき又は当該役員等賠償責任保険契約を締結する予定があるときは、その役員等賠償責任保険契約の内容の概要」を株主参考書類に記載しなければなりません(改正会社法施行規則74条1項6号)。これを受け、2021年3月26日(金曜日)に定時株主総会を開催する12月決算の電通は、株主総会参考資料の「会社役員に関する事項」の中で、D&O保険の内容について開示しています。ここでは「会社訴訟」もD&O保険でカバーしていることが明らかにされています。

電通の2020年12月期に係る定時株主の招集通知44ページ7番参照
当社は、保険会社との間で役員賠償責任保険(D&O保険)契約を締結しております。同保険の被保険者の範囲は、当社および当社の国内子会社44社の取締役、執行役員および監査役ならびにそれらの相続人であり、填補対象とされる保険事故は、株主代表訴訟、会社訴訟、第三者訴訟などです。ただし、故意または重過失に起因する損害賠償請求については、填補されません。なお、保険料は、当該役員が職務を行う会社が全額負担をしております。

今後、2021年3月決算会社の定時株主総会の招集通知でもD&O保険に関する開示が多数見られるはずですが、D&O保険のカバー範囲が不十分であれば、投資家から「役員がリスクをとりにくい会社」との評価を受けてしまうことも考えられます。上場会社としては、会社補償契約の締結とともに、D&O保険の内容の検証・見直しにも早急に見直しにとりかかる必要があります。

2021/03/10 「対価性」のない支出に潜むリスク

総務省幹部への接待問題が世間を騒がせているが、企業の役職員との関係が問題になるのは公務員だけには限らない。その一つが、・・・

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2021/03/10 「対価性」のない支出に潜むリスク(会員限定)

総務省幹部への接待問題が世間を騒がせているが、企業の役職員との関係が問題になるのは公務員だけには限らない。その一つが、監査法人だ。先月には監査法人が監査クライアントから「特別監査報酬」なる報酬を受け取りつつ、当該監査クライアントの役員に対し商品券を贈与していたことが明らかとなり、公認会計士の倫理観の低下を嘆く声が監査業界等から上がっている。

この監査法人は監査法人原会計事務所(東京都千代田区)で、公認会計士などに対する懲戒処分の調査審議などを行う組織として金融庁に設置されている「公認会計士・監査審査会」が2021年2月26日、金融庁長官に対して同監査法人へ行政処分等を講ずるよう勧告したことで本件が明らかとなった。同監査法人は代表社員4名、社員2名のほか、常勤職員である監査補助者等をあわせても約10名の小規模な監査法人である。同監査法人のウェブサイトによると、同監査法人は金融商品取引法および会社法による監査2社、会社法監査6社、その他の任意監査7社のクライアントを擁し、コンサルティング等の業務は行わず、会計監査のみを受託してきた。

金融商品取引法および会社法による監査 : ここでは、上場していないものの大会社(資本金5億円または負債総額200億円以上)として会計監査人による監査を受けることを指す。
会社法監査 : ここでは、上場していないものの大会社(資本金5億円または負債総額200億円以上)として会計監査人による監査を受けることを指す。

公認会計士・監査審査会の検査結果により、同監査法人は被監査会社1社から監査契約上の監査報酬とは別に監査業務の対価性が認められない「特別監査報酬」を継続して受領するとともに、同社の役員に対して「商品券」を継続して贈与していることが判明。公認会計士・監査審査会は、この「特別監査報酬」が公認会計士法施行令に定められている「特別の経済上の利益」に相当するものと認定した。その結果、同監査法人にとって当該クライアントは公認会計士法が定める「著しい利害関係を有する会社」に該当することとなり、公認会計士法が禁止している「監査法人が著しい利害関係を有する会社」に対する監査業務の提供を行っている状態にあるとしている。また、同監査法人による商品券の贈与は、日本公認会計士協会が倫理規則で禁止している保証業務の依頼人に対する「社会通念上許容される範囲を超える贈答」に該当する。

保証業務 : 公認会計士が、決算書などに信頼性を付与するために、決算書などの根拠についての十分かつ適切な証拠を入手し、その結果を投資家などに報告すること。保証業務は、保証水準の違いにより、監査やレビューなどに分類される。

ここで気になるのは「特別監査報酬」と「商品券」の関係だ。公認会計士・監査審査会の検査結果では明らかにされていないが、仮に「特別監査報酬」と「商品券」が紐づいているとすると、会社資金が対価性のない「特別監査報酬」という名目で不正に水増しして支出され、これが監査法人を経由して役員個人に「商品券」という形でキックバックされていたという構図になる。

ちなみに、同監査法人の監査クライアントの一つにナイス(2020年3月31日までは「すてきナイスグループ」)があるが、同社は粉飾決算が判明し、2020年6月に金融庁から課徴金の納付命令を受けている(【失敗学第62回】すてきナイスグループの事例 を参照)。同監査法人に対する公認会計士・監査審査会の検査は、勧告のタイミング(2021年2月26日)からすると、当該粉飾決算の発覚を受けて行われた可能性が高い。公認会計士・監査審査会は同監査法人の品質管理態勢には広範かつ多数の不備が認められ、著しく不適切かつ不十分であるとしたほか、同監査法人の個別監査業務についても、業務執行社員および監査補助者に監査基準や会計基準に対する理解不足等があり、監査手続きにも不備があると指摘している。

近年は監査報酬の削減を目的とした監査法人の交代が目立つ中(2018年8月2日のニュース「監査法人を大手→中小に変更する上場企業増加の背景で起きていること」参照)、企業側が監査法人に対しイレギュラーな支出を行うことは考えにくい。逆に言えば、そのような支出がある場合には、裏でキックバック・スキームが成り立っている可能性は否定できない。東芝の不正会計問題などをきっかけにいわゆる“馴れ合い監査”が問題視されたこともあり、企業と監査法人の公認会計士が宴席をともにする機会は相当減ったものの、企業としては、役職員と監査法人やそこに所属する特定の公認会計士との“特別な関係”は、コンプライアンス上のリスクとなることを認識しておく必要がある。

もちろん、これは監査法人への支払いに限ったことではない。ポイントとなるのは「対価性」だ。自社の支払い全般について「対価性」の有無を確認する仕組み(例えば、稟議書の承認にあたっては、起案者以外の者が、金額の多寡だけでなく、「契約書で定められた成果物」「実際の成果物」「必要性」「効果」などを確認するようにする)が機能しているかどうか、再度確認しておきたい。

2021/03/09 証券取引所の子会社となったISS、今後の影響は?

2017年9月7日にジェンスター・キャピタルに買収された議決権行使助言最大手のISSだが(2017年9月8日のニュース「議決権行使助言最大手のISSが買収される!」参照)、・・・

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2021/03/09 証券取引所の子会社となったISS、今後の影響は?(会員限定)

2017年9月7日にジェンスター・キャピタルに買収された議決権行使助言最大手のISSだが(2017年9月8日のニュース「議決権行使助言最大手のISSが買収される!」参照)、このほどドイツ証券取引所は同社株式の81%の取得を完了したことを発表した。ドイツ証券取引所はISS株式の取得にあたり、監督当局の承認も受けている。

機関投資家の議決権行使行動に大きな影響力を持つISSの「親会社」はこれまで頻繁に変わってきた、1985年の設立以来、1992にはトムソン・ファイナンシャル、2001にはウォーバーグ・ピンカス、ハーミーズ、2007にはリスク・メトリックス、2010年にはMSC、2014年にはベスター・キャピタル、2017年にはジェンスター・キャピタルと、特に2007年以降はほぼ3年おきに親会社が変わっている。直近の親会社であるジェンスター・キャピタルはPE(プライベート・エクイティ)ファンドであり、ISS株式の取得は、同社が手掛ける議決権行使助言サービスおよび同社の子会社であるICS(ISSコーポレート・ソリューションズ)が展開する企業向けコーポレートガバナンス・コンサルティングを成長分野と判断したことによる純粋な投資に過ぎない。過去の買収も同様の理由によるものと言える。

そして今回、ドイツ証券取引所がISSの新たな親会社となったわけだが、これまでの親会社と異なるのは、「証券取引所」という実質的な公的機関だということだ。周知のとおり、議決権行使助言業界はISSとグラスルイス2社の寡占状態となっているが、ISSが議決権行使を助言する企業にコンサルティングサービスも提供していることや、クラスルイスの大株主が“物言う株主”として知られるカナダ・オンタリオ州教職員年金基金であることなどから、両社ともに利益相反の存在が指摘されてきた。こうした中、米国証券取引委員会(SEC)は株主への推奨事項について詳細な開示を求めるなど規制を強化し、日本では2020年3月に行われたスチュワードシップ・コードの改訂により、利益相反管理体制の整備とその取組みの公表が求められることとなった(指針8-1)。

指針8-1. 議決権行使助言会社・年金運用コンサルタントを含む機関投資家向けサービス提供者27は、利益相反が生じ得る局面を具体的に特定し、これをどのように実効的に管理するのかについての明確な方針を策定して、利益相反管理体制を整備するとともに、これらの取組みを公表すべきである。

ドイツ証券取引所は今回の買収について、「ISSのデータと調査のクオリティ、精度、カバー範囲の広さは際立っており、特にISSのESGに関する専門知識とデータはドイツ証券取引所のビジネスモデルを理想的に補完する」とのコメントを出しているが、ISSには今回の買収後も現在と同様のリサーチ組織としての独立性が保証されるという。そのためにドイツ証券取引所とISSとの間では、既に多くの「非干渉ルール」が設けられているほか、ISSはドイツ証券取引所への議決権行使に関連するリサーチ等は行わない方針。これらの点を踏まえると、ISSの活動は今後も大きく変わることはないと予想されるが、今回正式に“公的機関”の子会社となったことで、その存在感は一層増す可能性もありそうだ。

2021/03/08 社外取締役の評価

「取締役会評価」というと、日本では実質的に社内取締役の評価を指すのが一般的となっている。社外取締役の評価を実施している企業もあるが、その数は多くない。

一方、欧米企業で取締役評価と言えば、・・・

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2021/03/08 社外取締役の評価(会員限定)

「取締役会評価」というと、日本では実質的に社内取締役の評価を指すのが一般的となっている。社外取締役の評価を実施している企業もあるが、その数は多くない。

一方、欧米企業で取締役評価と言えば、基本的には「社外取締役」の評価を指す。これには、欧米企業の取締役会の多くがモニタリング・ボードであり(モニタリング・ボードについては、2020年11月4日のニュース「野村AM 取締役会のモニタリング・ボード化を期待」参照)、取締役会には社内取締役がほぼいないという前提がある。モニタリング・ボードである欧米企業の取締役会では業務執行は一切行わず、経営の大きな方向性を議論したり、経営陣を評価したりすることに特化している。こうした取締役会を構成する社外取締役の評価も、その役割に沿ったものとなる。各社外取締役が一定程度の専門性を有し、必要な情報を理解したうえで、経営の方向性や経営陣の評価などのテーマについて有益な発言をしているかといったことを、外部の評価機関等を入れて各社外取締役を個別にインタビューしたり、議事録をレビューしたりするなどして評価することが多い。

モニタリング・ボード : 経営陣の監督を主たる役割・任務とする取締役会

モニタリング・ボードという点では、日本の指名委員会等設置会社の取締役会は欧米企業のそれに近い。ガバナンス先進企業との評価を得るためには、「社外取締役」の評価に取り組むべきだろう。

では、“業務執行寄り”の取締役会を有する多くの日本の上場企業では社外取締役をどのように評価すべきだろうか。冒頭で述べたとおり、現状、社外取締役個人の評価を実施している日本企業は多くない。業務執行寄りの取締役会を有する多くの日本企業において、社外取締役はともすれば“お客様”になりがちであり、本人からの申し出がない限りは再任されるのが通常となっている。こうした中、多くの日本企業にとって、社外取締役個人を評価することへの心理的なハードルは低くない。

もっとも、こうした業務執行寄りの取締役会を有する日本企業においても、徐々に社外取締役個人を評価をする方向に舵を切っていこうという流れが出て来ている。例えば、業務執行を中心とする取締役会に属する社外取締役を「経営への助言」を期待して選任したのであれば、その期待に応えているかどうかという観点から評価することが考えられる。また、業務執行に関して発生する可能性のある得るリスクについての助言の有無なども評価対象となり得る。

このほか、「指名」と「報酬」については、いかなるタイプの取締役会を有する企業においては、社外取締役による関与は必須となる。「指名」「報酬」に対するコミットメントは当然社外取締役の評価対象となろう。

2021/03/05 独機関投資家、「反対率」最多は日本企業

近年、日本のコーポレートガバナンスは大きく改善し、グローバル水準に近付いていると評する声もある。しかし、・・・

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2021/03/05 独機関投資家、「反対率」最多は日本企業(会員限定)

近年、日本のコーポレートガバナンスは大きく改善し、グローバル水準に近付いていると評する声もある。しかし、海外機関投資家からすれば、必ずしも十分とは言えないようだ。

2019年12月末時点の運用資産残高が約2兆5千4百億ドル、世界5位にランキングされる独アリアンツグループ傘下の資産運用会社AGI(Allianz Global Investors)が(2021年)2月末に公表した2020年の議決権行使状況によると、同社の議決権行使において最も「反対率」が高かったのが日本企業だった。

AGIは同社のスチュワードシップ・ステートメントにおいて、「全ての保有株式の議決権を行使する」との方針を掲げている。この方針に基づき、2020年には1万183社の株主総会に出席、10万以上の議案に対して議決権を行使している。そして、7,331社(株主総会に出席した会社の約72%)の株主総会で、少なくとも1議案以上に対し「反対」「保留」「棄権」のいずれかを表明しており、議案ベースで見ると、反対行使の割合は23%に上った。

上述のとおり、最も反対率が高かったのが日本企業だ。AGIは日本企業の株主総会に提出された議案の実に41%に対し反対票を投じている。日本企業に次いで反対率が高かったのが米国企業の34%、逆に最も反対率が最も低かったのは英国企業で、わずか5%にとどまった。ちなみに、英国企業の議案への反対率が最低となるのは4年連続である。

AGIが最も多くの反対票を投じたのが「報酬」関連の議案だ。反対率は49%と約半数に及ぶ。主な反対の理由としては、「報酬体系が固定的でチャレンジングな目標と連動していない」ことや、「目標やKPIの透明性が不十分」であることが挙げられている。実は、報酬関連の議案については、日本企業への反対率は相対的に低い。最も反対率が高かったのは香港企業の89%、以下、米国企業の74%、中国企業の70%と続く。一方、日本企業への反対率は22%と、スウェーデン企業の21%、英国企業の12%などとともに、反対率の低いグループに属している。日本企業の役員報酬がグローバル水準に比べて低いことや、近年は業績連動型報酬を導入する企業が相次いでいることなどが要因と言えそうだ。なお、AGIの議決行使基準は同社が定める「コーポレートガバナンス・ガイドライン」に規定されているが、2021年版のガイドラインでは、「コロナ禍の影響により国家から支援金を受けた企業や、大量解雇、配当の削減があった企業において、高額な役員報酬の提案があった場合には、ケースバイケースで慎重に議決権を行使する」との規定が追加されている。該当する企業は注意する必要がある。

日本企業の多くが反対票を投じられたのが、取締役の選任議案だ。取締役選任議案への反対率は全体で26%(昨年より1%減)だったが、日本企業の取締役選任議案に対する反対率は44%と、イタリア企業の50%に次ぐ高率となっている。これが日本企業の議案全体の反対率を押し上げたと言える。AGIが取締役選任議案について重視しているのが「独立性」だ。在職期間が長期にわたる取締役や主要株主から派遣されている取締役の選任議案については、「独立性が十分に確保されていない」として、反対票を投じるケースが多くなっている。また、取締役の数が多過ぎるケースに対してもネガティブな反応を示している。

AGIが議決行使基準とするコーポレートガバナンス・ガイドラインは必ずしも厳格なルールではなく、最終的には投資先企業との対話や国による法制度の違いなども考慮し、「ケースバイケース」で議案への賛否を判断しているという。実際、2020年は333社と711の論点について対話を行っており、そのうち68%がESGに関連したものとなっている。海外の運用会社から投資を受けている企業はESG関連のテーマについての対話の強化が必要と言えそうだ。