2025/10/09 株式譲渡契約上の義務と善管注意義務(会員限定)

企業の売却において売却価格や買収後の事業展開に大きな影響を与える重要な要素が、不動産の利用に関する制約だ。特に商業施設のように不動産が事業の中核を担っている場合には、その制約が売却の成否や条件を左右することになる。この制約を巡り、取締役の善管注意義務違反の有無が問われたのが、セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)による「そごう・西武」の株式売却に関連して提起された株主代表訴訟である。東京地裁は2025年4月17日、株主(原告)の請求を棄却する判決を下している。この判決の概要は一部新聞等でも報じられたところだが、当フォーラムはこのほど判決原文を入手した。

百貨店事業から撤退することを決めたセブン&アイは、米国の投資ファンドであるフォートレス・インベストメント・グループ(以下、フォートレス)との間で、保有するそごう・西武株式をフォートレスに売却するための株式譲渡契約を締結したが、この株式譲渡契約書にセブン&アイの義務として盛り込まれていたのが、「店舗の敷地の賃貸人から、使用目的の変更等についての承諾を取得すること」だ。

フォートレスは、西武池袋本店の事業再編を進めるにあたり、ヨドバシホールディングスと提携し、ヨドバシカメラを西武池袋本店の1階を含む低層階に出店させる計画を持っていたが、この計画に対しては、街のブランドイメージの低下を懸念した西武池袋本店の地権者である西武グループや豊島区などが反発。これを受け、計画の修正・調整が求められることとなったのは周知のとおり。

本株主代表訴訟で原告(株主)は、「株式譲渡契約書には、セブン&アイの義務として、店舗の敷地の賃貸人から使用目的の変更等についての承諾を取得することが定められていたことから、被告ら(取締役)は、その締結に先立ち、承諾を取得する見通しについて調査、分析及び検討を行うべき義務があったにもかかわらず、これを怠った」「その結果、譲渡先から譲渡価額の減額等の金銭譲歩を求められることになったことから、被告らには善管注意義務違反による任務懈怠がある」として、セブン&アイの取締役等に対し、1,094億円超の損害賠償を求めた。

これに対し裁判所は、賃貸借契約の使用目的の変更について地権者の承諾を取得することはセブン&アイの「努力義務」であったと認められるとしたものの、株式譲渡契約の締結時において「地権者から承諾を取得できなかった場合に、譲受会社(フォートレス)から、契約違反を理由に株式譲渡の譲渡価額の減額等の金銭的譲歩を求められることになり、セブン&アイにおいてこれを受け入れざるを得ない状況に置かれることになるといったことを予見すべきであったとは認められない」との考えを示した。そのうえで、「被告ら(取締役)に、株式譲渡契約を締結するのに先立って地権者から承諾を取得する見通しについて調査等を行わなければならないという義務があったと認めることはできない」として、善管注意義務違反による任務懈怠があったとは認められないとの判断を下し、原告(株主)の請求を棄却している。

判決の一つのポイントと言えるのは、賃貸借契約の使用目的の変更について地権者の承諾を取得することはセブン&アイの「努力義務」であり、完全な「義務」ではなかったという点だ。株式譲渡契約(M&A契約)で「努力義務」とされたのは、賃貸借契約の使用目的変更に対する承諾は最終的に地権者の意思に依存するためセブン&アイやその取締役のコントロール外であり、どんなに合理的に交渉しても地権者が承諾を拒否することは防げないからであろう。こうした中で完全な「義務」とすると、承諾の取得ができなかった場合に直ちに契約違反・損害賠償の対象になり、M&A自体が不成立となりかねない。そこで「努力義務」とすることにより、契約締結後の不可抗力的なリスク(地権者の拒否)を法的に切り離したものと考えられる。

本判決は、取締役らが合理的な情報に基づいて検討・判断を行っていた限り、結果として損失が発生しても直ちに法的責任を問うことはできないという「経営判断の原則」を改めて確認したものと言える。経営判断における法的責任は「結果」ではなく「過程」によって判断され、たとえ最終的に損失を計上することになっても、取締役会として入手可能な情報を適切に分析し、リスクを把握した上で合理的に判断したのであれば、取締役が責任を問われる可能性は低いということだ。ただし、こうした判断過程を裏付ける議事録・検討資料・専門家の意見書を整備し、プロセスの透明性と説明可能性を高めておくことは必須と言えよう。

2025/10/08 東証がフォーマットを再改訂、重みを増す「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示企業一覧表

東証が2024年1月に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示企業一覧表の公表を開始してからもうすぐ2年が経過しようとしている。東証によると、2025年8月末時点で開示済の企業は、プライム市場では91%(検討中1%)、スタンダード市場では48%(検討中5%)となっている(東証「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示状況(2025年8月末時点)」参照)。また、プライム市場では、「アップデート済」の企業が64%に達している。

東証は2025年1月から開示企業一覧表について新フォーマットを導入したところだが(2024年10月9日のニュース「東証の開示企業一覧表、【検討中】が半年を過ぎると“非開示”扱いに」参照)、2025年9月26日にはさらなる見直しを行うとの方針を打ち出した。具体的には、・・・

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2025/10/08 東証がフォーマットを再改訂、重みを増す「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示企業一覧表(会員限定)

東証が2024年1月に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示企業一覧表の公表を開始してからもうすぐ2年が経過しようとしている。東証によると、2025年8月末時点で開示済の企業は、プライム市場では91%(検討中1%)、スタンダード市場では48%(検討中5%)となっている(東証「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示状況(2025年8月末時点)」参照)。また、プライム市場では、「アップデート済」の企業が64%に達している。

東証は2025年1月から開示企業一覧表について新フォーマットを導入したところだが(2024年10月9日のニュース「東証の開示企業一覧表、【検討中】が半年を過ぎると“非開示”扱いに」参照)、2025年9月26日にはさらなる見直しを行うとの方針を打ち出した。具体的には、コーポレートガバナンス報告書(CG報告書)に記載される「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示内容を追加(下図の赤枠部分)するもので、2026年1月に公表される一覧表から運用する(東証のリリースはこちら)。

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東証は今回見直しの趣旨を、「各社の取組みがより投資者に伝わりやすくなる」ことと説明している。また、東証によると、上場企業からは「開示企業一覧表を投資者へのアピールの場として、より積極的に活用したい」との声が、機関投資家からは「開示企業一覧表上で、各社の取組み内容を横並びでまとまって見られるようになること」への期待が寄せられているという。したがって、新フォーマットの運用開始後は、一覧表の記載のみによって「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」が比較・評価され、投資判断や議決権行使の判断に活用されることも想定される。

CG報告書における「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示内容が一覧表に追加されることを受け、東証はCG報告書における当該開示内容を確認したうえで、その見直しを求めている。東証による確認のポイントは下表のとおり。

CG報告書内で取組みの詳細を開示している場合 冒頭に取組みの概要や主な目標設定など、開示内容のサマリーが記載されているか
適時開示資料など、他資料において詳細に開示している場合 リンク(URL)の掲載だけでなく、当該資料のサマリーが記載されているか

要するに東証は、一覧表上、読み手が比較・評価しやすいように「サマリー」を設けることを求めている。情報量が多く簡潔さを欠く記述では読みにくい一方、リンクだけを載せてもまさに“一覧性”に欠けるということだ。上場企業は、新たなフォーマットの趣旨を踏まえた記載内容を検討する必要がある。

上場企業各社のCG報告書を調査すると、「取り組みの概要」や「主な目標設定」を簡潔に説明しつつ、「詳細についてはリンク先を参照」としているものが散見される。こうした事例をベンチマークとして、一覧表において機関投資家に対し効果的にアピールできる「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示を検討されたい。

項目 デンソー キリンホールディングス
取り組みの概要 当社は、ROEを財務面の最重要KPIとして定め、資本コストを意識した経営により持続的な企業価値の向上を目指しています。2025年中期方針ではROE10%超を目標とし、①収益体質の強化、②低収益資産の圧縮、③資本構成の改善、④市場との対話 を財務戦略の4本柱としてエクイティスプレッド(ROE-株主資本コスト)の中長期的な拡大に取り組んでいます。 当社グループではKV2027の実現における「2027年目指す姿」に基づき、資本コストや企業価値を意識した経営を推進しています。企業価値を高めていくために①酒類・飲料事業における価格改定・ミックス改善による単価向上による収益性の改善、②医薬事業における次世代パイプラインの拡充、③ヘルスサイエンス事業における日本とアジア・パシフィックでの事業拡大と収益化、④事業ポートフォリオの継続的な見直しの4つの課題に取り組んでいます。
主な目標設定 上記取り組みの結果、当社のROEは、2022年度に株主資本コスト7.0%を上回る7.3%となり、2023年度は品質費用の発生により6.3%と株主資本コスト8.0%を下回りましたが、2024年度は株主資本コスト8.2%に肉薄する8.0%まで向上しました。収益性の改善を着実に進める中で、2025年度は過去最高の10.6%を見込んでおり、2025年中期目標のROE10%超及び株主資本コスト7.8%の超過をともに達成する見通しです。
なお、上記取り組みの方針及び現状分析については、取締役会で議論・承認しています。
資本コストを意識した経営という点では財務KPIとしてEPSの年平均成長率に加えてROICを採用し、株価や時価総額についても、事業ポートフォリオとともに取締役会にて定期的に議論をしております。また役員報酬制度をEPSやROIC、非財務指標と連動させることで、株主目線での経営ができるように設計しています。
リンク先への誘導 また、資本コストを意識した経営・企業価値向上に向けた具体的な取り組みについては、当社WEBサイトに掲載の「統合報告書」に記載するとともに、事業説明会等の機会を設けて説明を実施しています。財務指標については、決算説明資料に記載しています。詳細は以下URLをご参照下さい。 2024年度12月期第4四半期決算説明会資料においては、改めて当社の資本コストを意識した経営についてご説明し、酒類・飲料、医薬、ヘルスサイエンス事業それぞれの事業利益の成長性について、今後目指す方向もお示ししました。また、当社の資本コストを意識した経営に関して当社IRページにその内容を掲載しています。財務目標の進捗については、決算説明会等で適宜ご説明してまいります。また、当社の取組み方針については、随時各種IR説明会資料等で開示を行っております。詳しくは当社IRページよりご確認ください。

2025/10/07 改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~

改正下請法の施行日(2026年1月1日)まで3か月を切った。改正法では、規制内容の追加や規制対象の拡大が行われるとともに、法律名も「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に変更されている(新通称は「取適法(とりてきほう)」)。用語の主な変更箇所については下図(公取の改正ポイント説明会資料5ページから抜粋)を参照)。

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公正取引委員会(以下、公取)は、取適法の施行に先立ち、2025年7月16日に取適法関連の公正取引委員会規則の改正案を示したうえでパブコメの募集を開始し、2025年10月1日には集まったコメントに対する公取の考え方および新規則を公表した。

取適法と下請法の違い(改正点)として最も注目を集めているのが、適用対象取引に「従業員基準」が新設されたことだ。下請法では取引の内容に応じた資本金基準しかなかったところ、取適法では、下図のとおり取引の内容に応じて「300人」または「100人」という基準が導入された。

取適法の適用対象取引(取適法のパンフレットより抜粋)
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この従業員基準に対しては、法改正議論の時から「誰が、いつ、どうやって確認するのか」という疑問の声が上がっていた。資本金であれば登記等で確認でき、かつ、頻繁に動くこともないが、従業員数は外部からは容易に判別できず、かつ、刻々と変動するからだ。そのため、従業員基準の導入によりコンプライアンスのための過大な事務的負担が生じることも懸念されている。

この点について、公取の立法担当者が講演で「取引先のHPで確認する等の方法も考えられる」との発言をしたところ・・・

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2025/10/07 改正下請法、従業員基準への批判的な意見相次ぐ~パブコメ結果の解説①~(会員限定)

改正下請法の施行日(2026年1月1日)まで3か月を切った。改正法では、規制内容の追加や規制対象の拡大が行われるとともに、法律名も「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」に変更されている(新通称は「取適法(とりてきほう)」。用語の主な変更箇所については下図(公取の改正ポイント説明会資料5ページから抜粋)を参照)。

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公正取引委員会(以下、公取)は、取適法の施行に先立ち、2025年7月16日に取適法関連の公正取引委員会規則の改正案を示したうえでパブコメの募集を開始し、2025年10月1日には集まったコメントに対する公取の考え方および新規則を公表した。

取適法と下請法の違い(改正点)として最も注目を集めているのが、適用対象取引に「従業員基準」が新設されたことだ。下請法では取引の内容に応じた資本金基準しかなかったところ、取適法では、下図のとおり取引の内容に応じて「300人」または「100人」という基準が導入された。

取適法の適用対象取引(取適法のパンフレットより抜粋)
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この従業員基準に対しては、法改正議論の時から「誰が、いつ、どうやって確認するのか」という疑問の声が上がっていた。資本金であれば登記等で確認でき、かつ、頻繁に動くこともないが、従業員数は外部からは容易に判別できず、かつ、刻々と変動するからだ。そのため、従業員基準の導入によりコンプライアンスのための過大な事務的負担が生じることも懸念されている。

この点について、公取の立法担当者が講演で「取引先のHPで確認する等の方法も考えられる」との発言をしたところ(公取が2025年10月1日に公表した資料「(別紙2)意見の概要及びそれに対する考え方」(以下、パブコメ結果)のNo.23の「意見の概要」を参照)、「発注側が取引先の人数を確認しないといけないということか(発注側に確認義務があるのか)」「取引先のHPの従業員数の記載を信用して、取適法の適用対象外と判断してサイトを90日としたことが、あとから間違いであったことが分かった場合、公取から勧告されてしまうのか」といった批判に近い疑問を喚起することとなった。


サイト : 支払いサイト(支払期間)のこと。中小受託事業者に該当するのであれば、支払期日を発注した物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内に定める必要がある。

公取が募集したパブコメには364のコメントが寄せられたが、そのうち従業員基準に関する意見が2割超に当たる86も寄せられている。なかには、「各事業者における法令遵守対応のための事務的な負担に対する想像力が欠落していると言わざるを得ない。」「賃金台帳の調製対象となる対象労働者と簡単にいうが、人事部門や総務部門において関連する管理業務に従事する担当者であれば格別、営業部において取引先と折衝する営業担当や、法務部門で下請法遵守対応を統括する担当者などにおいては、当該対象労働者数を逐一把握することは、現状において困難かつ非現実的である。人事部門において当該情報をリアルタイムで把握し、かつ営業部門や法務部門において当該情報が必要になったときは随時情報共有できるようにすべきと貴委員会が本気で考えているのであれば噴飯ものである。貴委員会がやれというなら多くの事業者はやるだろうが、せめてその旨を運用基準において明記すべきであろう。」といった辛辣なコメント(パブコメ結果のNo.44の「意見の概要」を参照)も寄せられており、従業員基準に対する現場の困惑具合が見て取れる。

そこで当フォーラムでは、取適法関連規則のパブコメ結果のうち従業員基準に関するものを整理した(「備考」欄は当フォーラムが作成)。結論として、発注者側にとっては「調査依頼」という工数が増えることは確実となっている。従業員基準への対応の参考にされたい。

(1)従業員基準に関する意見について(コメント1から86まで)
No. 意見の概要(抜粋) 考え方(抜粋) 備考
1等 従業員数の基準は、どの時点の人数をもって取適法の適用を判断すればよいのか。 製造委託等をした時点における「常時使用する従業員の数」によって判断されます。
そのため、製造委託等をした時点において従業員基準に該当した場合には、その後の「常時使用する従業員数」の変動の有無にかかわらず、当該製造委託等に係る取引当事者は本法の適用対象となります。
登記等で確認できる資本金とは異なり、従業員数の確認には手間がかかる。また、資本金は一定程度の期間動かないが、従業員数は刻々と変動する。そのため、多数の取引先を抱える事業者では従業員数の調査・確認に時間がかかることが予想される。そこで、「いつの時点で従業員数を判断するのか」については多くの事業者が気にしており、多数のコメントが寄せられた。結論として、業務実施時や納品時や支払時ではなく、あくまで「製造委託等をした時点」で判断する。継続的な取引の場合であっても同様に、個々の製造委託等において、「製造委託等をした時点」を基準として判断される。なお、基本的な取引条件など一定期間共通して適用される事項を定めた契約を締結した時点は、「製造委託等をした時点」には当たらないので注意したい(No.40の「意見の概要」参照)。
10 従業員数は何らかの基準日に判断するようにして欲しい。 従業員基準に該当するかどうかについては、製造委託等をした時点における「常時使用する従業員の数」によって判断されます。 従業員数の基準日(例えば「毎年4月1日現在の人数とする」など)が設けられれば、ある程度機械的に従業員数を判断することが可能になるが、公取はあくまで「製造委託等をした時点」で判断する当初案を維持することとした。なお、製造委託等をした時点において従業員基準に該当した場合には、その後の「常時使用する従業員数」の変動の有無にかかわらず、当該製造委託等に係る取引当事者は本法の適用対象となる点には留意が必要である。
14 発注の都度従業員数を確認するのは手間である。
従業員の確認方法として、なるべく工数を少なくして頂きたい。
取引の相手方が中小受託事業者であるかどうか判別する必要がある場合には、当該相手方に「常時使用する従業員の数」を確認していただくこととなります。
発注者は、特に「常時使用する従業員の数」の変動の多い受注者や、「常時使用する従業員の数」が従業員基準付近の受注者に製造委託等をするに当たっては、「常時使用する従業員の数」を確認するために積極的にコミュニケーションを取ることが望ましいと考えられます。
14の「意見の概要」には『確認方法としては、書面又は電子メール等の電磁的方法などの記録に残る方法が望ましいと考えられます。具体的な方法としては、例えば、発注における見積依頼書に「従業員数が300人を超える場合は、以下のボックスにチェックを入れて御返送ください」等と記載することにより見積書返送時に従業員基準の該当性を確認する、相手方から提出してもらう見積書の備考欄に「従業員数は300人を超えていない」等の記載を記入してもらうなどの方法が考えられます。』との案が示されているので参考にしたい。
15 人数は入退社等で変動するものであり、相手側に確認するとしても正確な情報が得られるのか?非常に疑問。 なお、委託事業者が、中小受託事業者に対して、「常時使用する従業員の数」について確認したところ、中小受託事業者から事実と異なる回答を得たことにより、当該中小受託事業者に対する製造委託等について本法の適用がないものと誤認し、委託事業者が本法に違反することとなった場合、委託事業者による本法違反行為については是正する必要があるため、当該中小受託事業者に対する本法違反行為について、必要に応じて、指導及び助言を行うことがありますが、直ちには、勧告を行うものではありません。 取引先が「常時使用する従業員の数」を間違えて300人超と申告したことから、取適法の対象外と判断していたが、実際には300人以下であり取適法の対象であった(中小受託事業者に該当する状態となっていた)ことを知らずに90日サイトで支払っていた場合、直ちに勧告を行うものではないことが明記された。
16 中小受託事業者には非上場の会社も多いため、従業員数の情報を把握するには相手企業に直接確認するしかなく、双方にとって大きな負担となる。したがって、今後、ガイドライン等を策定し、委託事業者側による対応方法の例(セーフハーバー)を明確にすべきである。例えば半期に一度など一定の期間ごとに確認を行う、中小受託事業者との契約書や注文書などにおいて従業員数の基準に該当する場合の通知義務を課す、中小受託事業者の従業員数情報を公的機関で収集し一般に開示する、リアルタイムで資本金や従業員数を確認できる専用のウェブサイトを整備するなどの措置が考えられる。 製造委託等をする事業者において、「常時使用する従業員の数」を確認する義務はありません。取引の相手方が中小受託事業者であるかどうか判別する必要がある場合には、当該相手方に「常時使用する従業員の数」を確認していただくこととなります。
当該相手方の「常時使用する従業員の数」が確認できない場合などにより、当該相手方が中小受託事業者に該当しないことが判別できない場合には、本法に準拠して御対応いただくことが望まれます。
「常時使用する従業員の数」を確認することは委託者の義務ではないとの考え方が示されたことは、一見すると委託者にとって朗報であるかに見える。しかし、ここでいう「確認」は「カウント」や「調査」という意味に過ぎず、「調査依頼」という意味での「確認」ではない。一方、『製造委託等を受ける事業者において、「常時使用する従業員の数」を説明する義務はありませんが、製造委託等をする事業者からの確認に適切に対応していただくことが望まれます。』(No.41の「意見の概要」を参照)ともある。従業員数を調べるのは誰の義務でもないものの、結局のところ、発注者が相手方に調査依頼せざるを得ないことが強く示唆されている。
20 委託先の「賃金台帳の調製対象となる対象労働者」の数はどのように把握するのか。そのようなデータを公開している企業を見たことがない。公正取引委員会が上記データを公開するなどしない限り、運用が難しいと思う 取引の相手方が中小受託事業者であるかどうか判別する必要がある場合には、当該相手方に「常時使用する従業員の数」を確認していただくこととなります。 取引の相手方に従業員数の調査依頼を行う場合、取引の相手方の賃金台帳の閲覧や写しの取得は必須ではないとされている(No.39の「意見の概要」を参照)。
23 HPの人数記載に誤りがあり、中小受託事業者に該当する状態となっていたことを知らずに90日サイトで支払っていた場合等でも、勧告を直ちに行うことはしない旨を明確にしていただきたいと思います。 取引の相手方が中小受託事業者であるかどうか判別する必要がある場合には、当該相手方に「常時使用する従業員の数」を確認していただくこととなります。 結局のところ、HP確認方式で中小受託事業者ではないと発注者が判断することにはリスクがある。相手方に「常時使用する従業員の数」を確認させるようにするべきである。
29 中小受託事業者からの従業員数の回答に誤りがあった場合、回答を拒否した場合、回答がなかった場合において、委託事業者が行政指導や行政処分等の対象にならないことを明確にすべきである。 製造委託等をする取引の相手方の「常時使用する従業員の数」が確認できない場合などにより、当該相手方が中小受託事業者に該当しないことが判別できない場合には、本法に準拠して御対応いただくことが望まれます。 発注側には確認義務はないとはいえ、「中小受託事業者に該当しないことが判別できないかどうか」の判断プロセスは必要になり、法改正により工数が増加することは確実となっている。
47 「規模に係る要件の適用は委託取引ごとに判断するが、従業員基準は資本金基準が適用されない場合に適用する。」の記載について、「従業員基準は資本金基準が適用されない場合に適用する。」は「従業員基準は資本金基準を充足しない場合に適用される。」という趣旨でしょうか。 従業員基準を定める本法第2条第8項第5号において、同項「第一号又は第二号に該当する者がそれぞれ次項第一号又は第二号に該当する者に対し製造委託等をする場合を除く」と規定するとおり、従業員基準は、資本金基準が適用される場合には適用されないとの規律となっております(同項第6号も同趣旨)。この規律から、資本金基準の要件を満たすかどうかについて、従業員基準よりも先に検討されることが明らかであるため、運用基準もこれに倣ったものであることから、原案どおりとします。そして、資本金基準の要件を満たさない場合には、従業員基準の該当性を判断することになります。 例えば、資本金の額が3億円超・従業員数が300人超の法人たる事業者(政府契約の支払遅延防止等に関する法律第14条に規定する者を除く)から、資本金の額が3億円超・従業員数が300人以下の法人たる事業者に対し、製造委託がされた場合、資本金基準は満たさないが、従業員基準を満たすため、取適法の適用がある(No.74の「考え方」参照)。


常時使用する従業員の数 : その事業者の賃金台帳の調製対象となる労働者の数
90日サイト : 中小受託事業者に該当するのであれば、支払期日を発注した物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内に定める必要がある。

なお、パブコメでは次のようなコメントも寄せられた。商社や商社の子会社、多国籍企業の日本法人などが「中小受託事業者」として保護の対象となることへの違和感を唱える意見が多くなっている。ただ、公取はこうした意見を改正規則に反映せず、「今後の執務の参考とさせていただく」との回答に留めている。取適法に対する実務上の問題意識として頭に入れておきたい。

No. 意見の概要(そのまま抜粋)
51 中小受託事業者の従業員数は、連結での従業員数へ変更を希望する。理由:事業持ち株会社やグローバル企業の日本法人または支社の場合、従業員数は少ない場合があります。委託事業者は、売上げや連結での従業員数が委託事業者よりもはるかに大きい企業を中小受託者として扱う場合が起こり得ます。
61 特に懸念されるのは、下請法の適用対象として新たに設けられた「従業員数300人以下」という一律の基準です。この基準は、アパレル産業のサプライチェーンを十分に考慮していないと考えます。アパレルの製造業においては従業員数300人未満の企業が多数を占めており、本改正案のままでは、非常に幅広い事業者が新たな保護対象となり、発注元企業の負担を過剰に拡大させることを強く懸念します。中には、発注元企業が大手商社の子会社から生地や資材を仕入れているケースが多数存在します。しかし、その子会社が単体で見れば従業員数300人以下である場合、今回の法改正の対象となり、親会社である大手商社の潤沢な資金力を背景に持つ企業が「中小受託事業者」として保護されることになります。一方で、それらの子会社に発注を行う、より小規模で資金力に乏しい発注元企業が、下請法の「親事業者」として厳しい規制を受けることは、真に保護すべき企業との間で不均衡が生じます
62 当社は資本金3億円超、従業員数300名以下の商社です。親会社は上場の総合商社で、当社自身の売上規模は数百億円です。今回の法改正の従業員数基準の追加により、得意先(従業員数300名超)から見た当社の立場が中小受託事業者になってくるケースが発生すると考えております。今回の法改正の主旨は更なる下請事業者の保護にあると考えると、当社自身が守られるべき事業者になってしまう事に違和感を感じております。施行以降、該当する当社得意先は、当社に対して例外なく60日以内の現金を支払わなければならないのでしょうか?
64 当社は資本金5億超の商社であるが、従業員数が300人以下となっている。商社という特性上、特に「商社の金融機能」において、当社の仕入先に対する支払サイトは当社の軸の1つである。本法令の施行においてそのメリットが消失することにより、当社が取引に介在する意義が薄れ、当社業績に負のインパクトを与えうるものと思料している。このような場合、何らかの表明により当社が中小受託事業者であることを外れることができないか、という例外措置について検討いただきたい。
67 従業員数での区切りは、企業規模の実態を考慮したものと評価できるが、一方で多国籍企業の日本法人の場合、300名以下は取適法対象となるのは不合理である。多国籍企業は、本国に研究開発機能を、また世界中に販売拠点を有し、日本法人の購買や販売に特化した人数では、その企業としての体力差を測るのは不合理である。現に、米国当局による米国内での製品試験費用を拠出する場合、その製品の輸入・販売者の米国法人の規模により負担割合を決定するのではなく、前出のように全世界の従業員数や売上規模を判断材料としている。よって、従業員数も全世界に展開する人数合計にて判断すべきである。
83 今回資本金基準に加えて従業員数基準が追加されたが、製造機能を持たず、従業員数が少なくて済む商社にも同じ適用の仕方をすることになってしまうのはいかがなものか。商社が製造委託等の内容に関与しているため、改正後は委託事業者(資本金3億円以上従業員数300人以下)→商社(資本金3億円以上従業員数300人以下)間が中小受託取引となってしまう。この商社は東証プライム上場していて、とても中小とは言えない。法の趣旨にあっているとは思えない。

2025/10/06 生成AIを巡るリスクとガバナンス上の課題【前編】

株式会社百年創造
代表取締役 横塚仁士


横塚仁士 : 日本経済新聞社などで記者として活動した後、大和総研にてシンクタンク研究員として調査・研究に従事し、企業や社会課題の解決に関する知見を蓄積。その後はみずほ銀行、三菱UFJリサーチ&コンサルティングなどで、ガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)、クロスボーダーM&A、ESG・サステナビリティ、DXなど幅広いテーマで企業を支援。農業系ベンチャー企業では新規事業開発や地方創生案件を担当。2025年6月、「100年続く仕組みを創る」をビジョンに株式会社百年創造を設立。

ChatGPT」や「Claude」といった生成AIは、リリースからわずか数年で今や業務に欠かせないツールとなっている。活用の範囲は資料作成、顧客対応、さらには新規サービスの開発や経営の意思決定にまで広がっており、その影響は企業経営の根幹にも及び始めている。


ChatGPT : OpenAIが開発し、世界中で数億人が利用する最も代表的な生成AI。
Claude : Anthropic社が提供する生成AIで、自然な対話や文章生成が特長。企業向けにも活用が広がっている。

一方で、生成AIの活用はリスクと背中合わせでもある。取締役が認識しておくべき主なリスクには次のようなものがある。・・・

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2025/10/06 生成AIを巡るリスクとガバナンス上の課題【前編】(会員限定)

株式会社百年創造
代表取締役 横塚仁士


横塚仁士 : 日本経済新聞社などで記者として活動した後、大和総研にてシンクタンク研究員として調査・研究に従事し、企業や社会課題の解決に関する知見を蓄積。その後はみずほ銀行、三菱UFJリサーチ&コンサルティングなどで、ガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)、クロスボーダーM&A、ESG・サステナビリティ、DXなど幅広いテーマで企業を支援。農業系ベンチャー企業では新規事業開発や地方創生案件を担当。2025年6月、「100年続く仕組みを創る」をビジョンに株式会社百年創造を設立。

ChatGPT」や「Claude」といった生成AIは、リリースからわずか数年で今や業務に欠かせないツールとなっている。活用の範囲は資料作成、顧客対応、さらには新規サービスの開発や経営の意思決定にまで広がっており、その影響は企業経営の根幹にも及び始めている。


ChatGPT : OpenAIが開発し、世界中で数億人が利用する最も代表的な生成AI。
Claude : Anthropic社が提供する生成AIで、自然な対話や文章生成が特長。企業向けにも活用が広がっている。

一方で、生成AIの活用はリスクと背中合わせでもある。取締役が認識しておくべき主なリスクには次のようなものがある。

1.情報が間違っているリスク
生成AIは「もっともらしいが誤った回答(幻覚:ハルシネーション)」を生み出すことがある。企業がハルシネーションを見抜けずに誤った情報を利用・拡散したり顧客等に提供したりすれば、企業に対する社会的批判や信頼の毀損を招く恐れがある。

2.著作権法等への違反
生成AIの強みは、大量のデータを学習し、データの背後にある規則性や関係性を抽出することにより、自然で一貫性のあるアウトプットを生成できる点にある。一方で、その学習過程で用いられるデータが著作権法や利用規約に違反していないかという点は常に議論の的となっている。仮に違反が認定されれば、企業は法的責任や巨額の賠償リスクを負う恐れがある。

3.機密情報の流出
一部の生成AIサービス(ChatGPT、Claude、Geminiなど)は、利用規約に「入力データをモデル改善目的で利用する」旨を明記しているため、入力した顧客データや個人情報、取引先との交渉内容、社内規程、法務部門が扱う訴訟関連情報などが、生成AIサービスを通じて、本人の同意なしに第三者に利用される恐れがある。


Gemini : Googleが開発した生成AIで、検索機能と深く連携しているのが特長。Google検索と統合されており、リアルタイムの情報取得やWeb参照を通じて根拠のある回答を生成できる。
モデル改善 : AIがより正確で自然な応答を返せるようにするために、ユーザーが入力したデータ(質問や会話内容など)を分析・学習に活用すること。

4. 生成AI提供事業者への依存リスク
膨大な計算力と大量のデータを必要とする生成AIツールの多くはクラウド経由で提供され、AIの処理はクラウド側で行われるため、AI提供事業者にシステムに障害が起きると、企業の業務が止まる可能性があるだけでなく、生成AIが業務の中心にある場合、障害が取引先や顧客にも連鎖的に影響する可能性がある。また、AI提供事業者が料金体系を変更したり、利用規約を改定したりすると、企業はそれに従うしかなく、コストや運用に大きな影響が出る。


クラウド : インターネット経由でサーバーやソフトを利用できる仕組み

5. AI ウォッシング
実際にはAIの使用が限定的なものにとどまっているにもかかわらず、過剰に「AI導入済み」「AI活用中」などと宣伝すれば、市場や顧客の期待を誤った方向に煽ることになるうえ、AIウォッシングであるとの指摘を受ければ、信頼やレピュテーションを損なうのみならず、景品表示法等違反となる可能性がある。

6. 責任が曖昧になるリスク
生成AIが出した結論に誤りが生じた場合、「誰が責任を負うのか」が不明確であるため、ガバナンス不全につながる恐れがある。

生成AIの活用を進める企業は、「利便性とリスク管理はセットで考えるべき」という認識の下、生成AIの利便性を最大限に活かしつつ、不適切な利用や情報漏えいなどのリスクを最小限に抑える体制づくりが求められる。具体的には、AI利用に関する社内ガイドライン(利用目的・禁止事項・出力の扱い)を整備するとともに、生成AIを用いた成果物(広告コピー、顧客向け文書、社外への発信内容など)は人間によるレビュー・承認を必須とするほか、社員が生成AIをどう扱うべきか理解できるよう、定期的な研修を実施することを検討したい。

後編に続く】

2025/10/03 ジャパネットが消費者庁の措置命令に納得できない理由

事業者が自己の販売価格に「比較対照価格」(販売価格よりも高い他の価格)を併記する表示方法は「二重価格表示」と呼ばれ、消費者に割安感を想起させることから広く使われている広告手法である。比較対照価格には、過去の価格を用いることもあれば、将来の価格(キャンペーン終了後の価格)を用いることもある。場合によっては希望小売価格や競合他社の販売価格を用いることもある。

「二重価格表示」を効果的に活用した宣伝が印象的なのが、通販大手のジャパネットたかた(非上場。以下、ジャパネット)だ。同社の広告中の二重価格の金額差に強い魅力を感じ、思わず購入に至ったという消費者も少なくないだろう。そのジャパネットが2025年9月12日、消費者庁より景品表示法(以下、景表法)7条1項違反の措置命令を受けた(消費者庁のリリースはこちら)。これはジャパネットが2024年に販売した「【2025】特大和洋おせち2段重」の二重価格表示が、消費者に対し取引条件が実際よりも有利であると誤認させる「有利誤認表示」(景表法5条2号)に該当すると認定されたもの。


措置命令 : 行政機関が、法令違反を行った事業者に対して、その行為の停止や再発防止など必要な措置をとるように命じる行政処分のこと。景表法の措置命令では、消費者庁長官(または都道府県知事)が、不当な表示を行った事業者に対し、違反行為の差止め(不当な表示を直ちにやめること)、一般消費者の誤認の排除(誤解を与えたことを一般消費者に周知する(新聞広告など)こと)、再発防止策の実施などを命じる。措置命令に従わない場合には、罰則(懲役や罰金)の対象となる。また、措置命令は公表されるため、企業の信用失墜にもつながる。

ジャパネットは2024年10月8日から11月23日にかけて「通常価格29,980円を1万円値引き、値引き後19,980円(税込)」などとし(以下、本件表示)、「大人気おせちが今ならお得!~早期予約キャンペーン」と宣伝していた(消費者庁のリリースはこちら)。消費者庁と公正取引委員会が問題視したのは、ジャパネットが「通常価格」と称する金額での「将来の合理的かつ確実な販売計画」が存在しないという点だ。消費者庁は「将来の合理的かつ確実な販売計画」が存在しない以上、ジャパネットの「通常価格」は実際には将来適用されることがない価格であり、ジャパネットはこの将来適用されることはない価格を二重価格表示に用いることで「割安感を演出」した(それによって消費者が騙された)というロジックで措置命令の発出に至った。

この措置命令に納得のいかないジャパネットは、・・・

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2025/10/03 ジャパネットが消費者庁の措置命令に納得できない理由(会員限定)

事業者が自己の販売価格に「比較対照価格」(販売価格よりも高い他の価格)を併記する表示方法は「二重価格表示」と呼ばれ、消費者に割安感を想起させることから広く使われている広告手法である。比較対照価格には、過去の価格を用いることもあれば、将来の価格(キャンペーン終了後の価格)を用いることもある。場合によっては希望小売価格や競合他社の販売価格を用いることもある。

「二重価格表示」を効果的に活用した宣伝が印象的なのが、通販大手のジャパネットたかた(非上場。以下、ジャパネット)だ。同社の広告中の二重価格の金額差に強い魅力を感じ、思わず購入に至ったという消費者も少なくないだろう。そのジャパネットが2025年9月12日、消費者庁より景品表示法(以下、景表法)7条1項違反の措置命令を受けた(消費者庁のリリースはこちら)。これはジャパネットが2024年に販売した「【2025】特大和洋おせち2段重」の二重価格表示が、消費者に対し取引条件が実際よりも有利であると誤認させる「有利誤認表示」(景表法5条2号)に該当すると認定されたもの。


措置命令 : 行政機関が、法令違反を行った事業者に対して、その行為の停止や再発防止など必要な措置をとるように命じる行政処分のこと。景表法の措置命令では、消費者庁長官(または都道府県知事)が、不当な表示を行った事業者に対し、違反行為の差止め(不当な表示を直ちにやめること)、一般消費者の誤認の排除(誤解を与えたことを一般消費者に周知する(新聞広告など)こと)、再発防止策の実施などを命じる。措置命令に従わない場合には、罰則(懲役や罰金)の対象となる。また、措置命令は公表されるため、企業の信用失墜にもつながる。

ジャパネットは2024年10月8日から11月23日にかけて「通常価格29,980円を1万円値引き、値引き後19,980円(税込)」などとし(以下、本件表示)、「大人気おせちが今ならお得!~早期予約キャンペーン」と宣伝していた(消費者庁のリリースはこちら)。消費者庁と公正取引委員会が問題視したのは、ジャパネットが「通常価格」と称する金額での「将来の合理的かつ確実な販売計画」が存在しないという点だ。消費者庁は「将来の合理的かつ確実な販売計画」が存在しない以上、ジャパネットの「通常価格」は実際には将来適用されることがない価格であり、ジャパネットはこの将来適用されることはない価格を二重価格表示に用いることで「割安感を演出」した(それによって消費者が騙された)というロジックで措置命令の発出に至った。

この措置命令に納得のいかないジャパネットは、「本件表示は有利誤認には該当しないものと考えている」との見解を示し、消費者庁に対して行政不服審査法に基づく審査請求を提出するに至った(同社のリリースはこちら)。

消費者庁の措置命令の背景には、ガイドラインにおける次の考え方がある。若干文字数が多いが、消費者庁の考え方を理解するうえで有用であるため、一読されたい。

不当な価格表示についての景品表示法上の考え方(8ページより抜粋)
イ 将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示
販売当初の段階における需要喚起等を目的に、将来の時点における販売価格を比較対照価格とする二重価格表示が行われることがある。
このような二重価格表示については、表示された将来の販売価格が十分な根拠のあるものでないとき(実際に販売することのない価格であるときや、ごく短期間のみ当該価格で販売するにすぎないときなど)には、一般消費者に販売価格が安いとの誤認を与え、不当表示に該当するおそれがある。
将来の価格設定は、将来の不確定な需給状況等に応じて変動するものであることから、将来の価格として表示された価格で販売することが確かな場合(需給状況等が変化しても表示価格で販売することとしている場合など)以外において、将来の販売価格を用いた二重価格表示を行うことは、適切でないと考えられる。
将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示に対する執行方針(2ページより抜粋)
第2 将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示について消費者庁が景品表示法を適用する際の考慮事項等
1 景品表示法上の考え方
景品表示法上の考え方事業者が自己の供給する商品等について、将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示を行うと、当該表示を見た一般消費者は、通常、比較対照価格とされた将来の販売価格に十分な根拠がある、すなわち、セール期間経過後に、当該商品等が比較対照価格とされた価格で販売されることが予定されており、かつ、その予定のとおり販売されることが確実であると認識すると考えられる。したがって、事業者が、比較対照価格とされた将来の販売価格で販売する確実な予定を有していないにもかかわらず、当該価格を比較対照価格とする二重価格表示を行うと、このような消費者の認識と齟齬が生じ、景品表示法に違反する有利誤認表示となるおそれがある。
この場合において、「比較対照価格とされた将来の販売価格で販売する」とは、事業者がセール期間経過後の一般的な販売活動において比較対照価格とされた将来の販売価格で販売することをいい、例えば、一般的な販売場所とはいえない場所のみに商品を陳列する予定であるなど販売形態を一般的とはいえないものとする場合や、比較対照価格とされた将来の販売価格が当該将来の販売価格での購入者がほとんど存在しないと考えられるほど高額であるなど一般的な価格ではない場合のように、比較対照価格の根拠を形式的に整える手段として当該価格で販売するものであるとみられるような場合には、「比較対照価格とされた将来の販売価格で販売する」とはみられないものである。
また、事業者が「確実な予定」を有しているか否かについては、当該事業者が、将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示を行う際に有している販売計画の内容等に基づいて判断されるところ、「確実な予定」を有していると認められるためには、事業者が、セール期間経過後に比較対照価格とされた将来の販売価格で販売するための合理的かつ確実に実施される販売計画(以下、単に「合理的かつ確実に実施される販売計画」という。)を、セール期間を通じて有している必要がある(注1)。
(注1)事業者がセール期間経過後の販売計画を有していても、例えば、販売計画の内容が、それを実行しても計画のとおり比較対照価格とされた将来の販売価格で販売することができる見込みが客観的に乏しいなどのために合理的なものと認められない場合は「合理的」な販売計画を有しているとは認められない。また、販売計画の内容が、例えば、比較対照価格とされた将来の販売価格で販売するか否か自体について、将来の販売価格を比較対照価格とする二重価格表示の開始後に事業者が改めて判断するものになっている場合や、発生するか否かが不確実な事実にかからしめている場合などは、「確実に実施される」販売計画とは認められない。

一方、ジャパネットが本件表示は有利誤認に該当しないと考えた理由は次の3点にある。

1.法令ガイドラインの準拠
消費者庁のガイドラインでは「過去に販売した価格」を比較対照に用いることが認められています。当社はこれに則り、キャンペーン直前まで「通常価格29,980円」で販売しており、表示に適切な根拠があったと認識しております。
2.キャンペーン終了後の対応
2022年、2023年は同キャンペーン終了後に通常価格で販売をしております。2024年も同様の販売計画でしたが、期間内に完売した時点で販売を終了しております。お客様に安くご購入いただける機会を公平に設けており、表示の正当性を失うものではないと考えております。また、早期予約キャンペーンの企画において、キャンペーン終了後に購入できなかったという事実は企画の趣旨に沿ったもので、お客様に誤解を与えてはいないと考えております。
3.当社通常価格の正当性
当社は、一括大量仕入れによって在庫リスクを負い、メーカー様と共に企業努力を重ねることで、高品質な商品をお求めやすい価格でご提供することを基本方針としております。本件のおせちも、本来29,980円で十分自信をもっておすすめできる商品を、43万個という規模の仕入れにより19,980円の価格でご提供したものです。本来は、29,980円相当のものを企業努力で値引きを実現しております。
上記の基本方針に沿った当社のビジネスモデルは、通常の店舗やECサイトと大きく異なるものであり、今回の消費者庁の指摘に関しては、本当にお客様のことを考えた判断であると到底思えません。また、おせちは時期を過ぎると廃棄につながりやすい特性があります。早期にご予約いただくことで需要を正確に予測し、売れ残りによる廃棄をなくすことは、食品ロス削減に向けた企業の社会的責任であると考えております。

消費者庁は、ジャパネットが「1.法令ガイドラインの準拠」の中で挙げた「過去に販売した価格」は論点としていないが、「将来の販売価格」(セール終了後の通常価格)を比較対象とする場合については、厳格な要件を設けている。具体的には、セール終了後に当該価格で販売する合理的かつ確実な計画の存在を求めている。この点についてジャパネット側は、過去の販売実績や例年の販売パターンに照らし、通常価格の根拠は十分であったと主張。さらに、早期予約キャンペーンを実施することにより需要が予測しやすくなり、その結果として食品ロスを削減することは企業の社会的責任に資するものであり、消費者に誤解を与えることを意図したものではないと訴えている。

企業は販売に全力を尽くすのが常であり、売れ残りを前提とした「将来価格での販売計画」など準備していないのが通常だ。ましてや、ジャパネットにとって、おせちビジネスは短期間で業界最多の80億以上の売上(29,980円×43万個≒85億円)をあげるビッグビジネスであり、売れ残りを前提にした計画が存在することは考えにくい。実際、ジャパネットは2022年および2023年において、早期予約キャンペーン終了後に通常価格で販売をしていたという実績もある。こうした中、そもそも行政が形式的に「将来価格での販売計画」の存在を要求すること自体が、企業の商慣行から乖離しているとの指摘がある。

ちなみに、ジャパネットは2025年版のおせち販売ページで「ジャパネット通常価格」という表現の使用をやめ、これを「値引き期間終了後価格」に変更している(おせち以外のコーナーでは「ジャパネット通常価格」という表現が維持されている)。

今回の措置命令は、消費者保護を重視する行政の姿勢を示す一方で、企業の活動実態や販売慣行との乖離を浮き彫りにした。消費者庁の「考え方」や「執行方針」はあくまで行政運用の指針にすぎず、法律ではない。企業には、必要以上に行政解釈に従属するのではなく、合理的な販売実態に基づく正当性を示し、不当な認定に対しては法廷で毅然と戦う姿勢が求められる。とりわけ上場企業にとっては、行政の一方的な解釈に安易に屈せず、正当な表示の根拠を立証し市場の信頼を守ることが、長期的な企業価値の維持向上に直結するだけに、ジャパネットの行政不服審査請求の行方が注目されるところだ。本件については動きがあり次第、続報する。

2025/10/02 牧野フライス製作所事件決定への批判

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

2025年6月9日のニュース「同意なき買収に対する“時間稼ぎ”」で触れたとおり、東京地裁は、ニデックの同意なきTOBに対し牧野フライス製作所の取締役会が導入した「時間を確保するための対抗措置」を認めるという、牧野フライスにとって有利な決定を下した。しかし、この決定に対しては学者など専門家から多くの批判の声が上がっており、賛成意見の方が少ないのが現状だ。現時点では以下のような批判がある。・・・

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