2021/01/20 高まる「ダブル・マテリアリティ」の開示圧力

機関投資家の間で「マテリアリティ」の開示を求める声が高まっているが(2020年2月10日のニュース『自社の「マテリアリティ」特定プロセスにおいて意識したい機関投資家の目線』参照)、今後は「ダブル・マテリアリティ」が非財務情報(≒サステナビリティ情報)開示のトレンドになっていく可能性がある。

マテリアリティとは「重要性」を意味するCSR用語であり、マテリアリティを開示する目的は要するに「自社にとって重要な課題は何か?」を明らかにすることにある。さらに、このマテリアリティに関し、欧州委員会が2019年に公表した「非財務情報開示指令に関するガイドライン」の中で「ダブル・マテリアリティ」という考え方に言及して以来、最近はマテリアリティが「シングル・マテリアリティ」と「ダブル・マテリアリティ」に区別されるようになっている。シングル・マテリアリティとは企業が環境や社会から「受ける」影響を示す“投資家目線”のマテリアリティであるのに対し、ダブル・マテリアリティとは、これに企業が環境や社会に「与える」影響を示す “(市民社会等を含む)マルチステークホルダー”目線のマテリアリティを統合したものを指す。

CSR : Corporate Social Responsibility(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)の略で、一般的に「企業の社会的責任」と訳される。企業を、「社会の構成員」として位置付けることで、企業は取引先・消費者・株主・従業員・地域社会などのステークホルダーに対し、責任ある行動を行い、社会的課題に応え、信頼関係を築いていくべきという考え方。

現在、IFRS(国際財務報告基準)の母体であるIFRS財団が、従来の財務報告基準に加え、“サステナビリティ報告基準”の開発に乗り出しており、昨年(2020年)9月30日に市中協議文書「サステナビリティ報告」(以下、協議ペーパー)を公表し、意見募集を行ってきたが(2020年12月31日に募集締切り)、協議ペーパーでは、「ダブル・マテリアリティ・アプローチを開始することは、作業の複雑性を大きく増大させることになり、基準の採用に影響を与えたり遅延させたりする可能性がある」として、まずは投資家向けの「シングル・マテリアリティ」を追求する方針を示していた(2020年12月22日のニュース『IFRS財団による「サステナビリティ報告基準」開発が日本企業に与える影響』参照)。

これに対し投資家からは異論を唱える声が上がっている。・・・

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2021/01/20 高まる「ダブル・マテリアリティ」の開示圧力(会員限定)

機関投資家の間で「マテリアリティ」の開示を求める声が高まっているが(2020年2月10日のニュース『自社の「マテリアリティ」特定プロセスにおいて意識したい機関投資家の目線』参照)、今後は「ダブル・マテリアリティ」が非財務情報(≒サステナビリティ情報)開示のトレンドになっていく可能性がある。

マテリアリティとは「重要性」を意味するCSR用語であり、マテリアリティを開示する目的は要するに「自社にとって重要な課題は何か?」を明らかにすることにある。さらに、このマテリアリティに関し、欧州委員会が2019年に公表した「非財務情報開示指令に関するガイドライン」の中で「ダブル・マテリアリティ」という考え方に言及して以来、最近はマテリアリティが「シングル・マテリアリティ」と「ダブル・マテリアリティ」に区別されるようになっている。シングル・マテリアリティとは企業が環境や社会から「受ける」影響を示す“投資家目線”のマテリアリティであるのに対し、ダブル・マテリアリティとは、これに企業が環境や社会に「与える」影響を示す “(市民社会等を含む)マルチステークホルダー”目線のマテリアリティを統合したものを指す。

CSR : Corporate Social Responsibility(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)の略で、一般的に「企業の社会的責任」と訳される。企業を、「社会の構成員」として位置付けることで、企業は取引先・消費者・株主・従業員・地域社会などのステークホルダーに対し、責任ある行動を行い、社会的課題に応え、信頼関係を築いていくべきという考え方。

現在、IFRS(国際財務報告基準)の母体であるIFRS財団が、従来の財務報告基準に加え、“サステナビリティ報告基準”の開発に乗り出しており、昨年(2020年)9月30日に市中協議文書「サステナビリティ報告」(以下、協議ペーパー)を公表し、意見募集を行ってきたが(2020年12月31日に募集締切り)、協議ペーパーでは、「ダブル・マテリアリティ・アプローチを開始することは、作業の複雑性を大きく増大させることになり、基準の採用に影響を与えたり遅延させたりする可能性がある」として、まずは投資家向けの「シングル・マテリアリティ」を追求する方針を示していた(2020年12月22日のニュース『IFRS財団による「サステナビリティ報告基準」開発が日本企業に与える影響』参照)。

これに対し投資家からは異論を唱える声が上がっている。ドイチェ・アセット・マネジメントはIFRS財団のコンサルテーションペーパーを踏まえ、「ダブル・マテリアリティに基づくESGレポートのスタンダードを導入すべき」との内容のレターをIFRS財団に送付した。ドイチェ・アセット・マネジメントはレターの中で、「ダブル・マテリアリティに基づくレポーティングは投資家や顧客(年金基金等)の要望である」としており、これが多くの機関投資家の声を代弁するものであることを示している。

ドイチェ・アセット・マネジメントはレターの中で、「投資家はサステナビリティに関する外部の問題が会社にどのような影響を与えるかだけではなく、投資資本が世界に与える影響についても関心を高めている」と指摘した上で、「現在のESGに関する枠組みは、投資家からの運用資産の資金使途の開示要求に対応できなくなっている」と警告している。そして、仮にIFRS財団がグローバルなESG会計基準に取り組まなければ、ESG投資は衰退する危険性があるとし、IFRS財団に対し早急な対応を求めている。

ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。

さらにドイチェ・アセット・マネジメントはレターの中で、「非財務報告は財務報告と同程度に重要である」とし、「非財務報告も、経営陣の責任の下、全て監督されるべき」であることや、「既に非財務報告と財務報告の境界線は曖昧になっており、非財務報告を行わないことは定められた報告物を提出していないのと同じ」であると訴えている。

本レターのような意見をIFRS財団側が受け入れれば、ダブル・マテリアリティを含む相当にディマンディングな非財務情報の開示が企業に求められることになる。IFRS財団側の出方が注目される。

ディマンディング : 要求の厳しいこと

2021/01/19 天馬の前取締役に損害賠償請求訴訟も、被告は「従業員」として勤務継続

プラスチックの総合メーカー天馬(東証一部)で、海外子会社の役職員が現地の税務当局職員に対して追徴税額の減額と引き換えに現金を渡していた事件(当該事件の詳細は【失敗学第71回】天馬の事例を参照)を契機に、経営陣(当時)と創業者がそれぞれ取締役候補者を立てる事態となったのは既報のとおり(2020年6月19日のニュース「“お家騒動”で双方が異なるスキル・マトリックスを示す事態に」および2020年7月3日のニュース「天馬の株主提案は否決、執行役員含む社内融和に期待」を参照)。その天馬の監査等委員()は、第三者委員会の調査報告書において認定された事実等を踏まえ、当時の(監査等委員でない)取締役6名の職務執行に関して善管注意義務違反があったと判断し、2020年12月25日付で東京地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起している(同社の2020年12月28日のリリース「当社前取締役に対する損害賠償請求訴訟の提起について」を参照)。ここまでは不祥事を起こした企業には“よくある話”の一つだが、前取締役のうち一部の取締役は・・・

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2021/01/19 天馬の前取締役に損害賠償請求訴訟も、被告は「従業員」として勤務継続(会員限定)

プラスチックの総合メーカー天馬(東証一部)で、海外子会社の役職員が現地の税務当局職員に対して追徴税額の減額と引き換えに現金を渡していた事件(当該事件の詳細は【失敗学第71回】天馬の事例を参照)を契機に、経営陣(当時)と創業者がそれぞれ取締役候補者を立てる事態となったのは既報のとおり(2020年6月19日のニュース「“お家騒動”で双方が異なるスキル・マトリックスを示す事態に」および2020年7月3日のニュース「天馬の株主提案は否決、執行役員含む社内融和に期待」を参照)。その天馬の監査等委員()は、第三者委員会の調査報告書において認定された事実等を踏まえ、当時の(監査等委員でない)取締役6名の職務執行に関して善管注意義務違反があったと判断し、2020年12月25日付で東京地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起している(同社の2020年12月28日のリリース「当社前取締役に対する損害賠償請求訴訟の提起について」を参照)。ここまでは不祥事を起こした企業には“よくある話”の一つだが、前取締役のうち一部の取締役は執行役員(従業員)に立場を変え、従来とほぼ同様のポジションで勤務を続けていることが分かった。

 本訴訟は株主代表訴訟であり、株主代表訴訟では、代表取締役ではなく監査等委員が会社を代表することになる(会社法399条の7)。

天馬の監査等委員が損害賠償請求訴訟を提起した6人の氏名(敬称略)と定時株主総会前の役職、監査等委員による損害賠償請求額と現役職(2020年12月28日現在)をまとめると下表のとおり。

氏名 定時株主総会前の役職 損害賠償請求額 現役職
金田 保一 代表取締役会長 1億5368万9033円 -(*1)
藤野 兼人 代表取締役社長 3億7648万8988円 2020年12月31日まで
非常勤のアドバイザー
(報酬あり)(*2)
司   久 専務取締役
資材部長兼産業資材営業部長
1億5365万2690円 -(*1)
尾身  昇 常務取締役
生産・技術開発担当
1億5361万6348円 -(*1)
金田  宏 常務取締役
総務部管掌兼IR担当兼新規事業推進室長
1億5881万8767円 執行役員総務部長(*3)
須藤 隆志 取締役
財務経理部長
2億0018万1650円 執行役員財務経理部長(*3)

*1 公表資料からは明らかではない。
*2 2020年8月24日付の天馬のコーポレートガバナンス報告書より
*3 「天馬のガバナンス向上を考える会」の2020年12月28日付リリースより

6人の中で最高額の損害賠償額を請求されることとなった藤野 元代表取締役社長に対し、第三者委員会の報告書が出た後も、2020年12月31日まで非常勤のアドバイザーとしての報酬が支払われていたことには驚きを禁じ得ない。

また、上述のとおり、金田氏と須藤氏は、株主総会で再任されなかった後も、執行役員(従業員)に立場を変え、従来とほぼ同様のポジションで勤務を続けている。もっとも、責任を追及された前取締役が従業員兼務取締役であるならば法的にはあり得る話である。従業員兼務取締役が株主総会で再任されなければ取締役としての地位は失うものの、従業員としての地位(雇用関係)は依然として残るからだ。株主総会で再選されなければ失われることとなる「取締役としての地位」よりも、「従業員としての地位」の方が労働基準法や就業規則で手厚く守られているのである。

従業員兼務取締役 : 総務部長、経理部長といった従業員としての地位も有する取締役

ただ、第三者委員会で不祥事に関与したことが認定され、監査等委員から損害賠償請求をされた者が従業員としての従来とほぼ同じポジションを維持し続けることが適切かどうかは別問題であり、創業者が束ねる「天馬のガバナンス向上を考える会」も2020年12月28日のリリースで「このように、天馬の現経営陣が、本総会の結果を完全に否定し、経営責任が問われている金田宏氏、須藤隆志氏及び藤野兼人氏を天馬の経営に関わる重要な要職に就けていることについて、天馬のガバナンスが全く機能していないといわざるを得ません。」と強く非難している。「天馬のガバナンス向上を考える会」が指摘するように、執行役員としての立場は「経営に関わる重要な要職」であるが、法的には従業員に過ぎず、株主総会による選解任の対象外であり、株主によるガバナンスの範囲外(いわゆる執行マター)となる。また、代表訴訟が提起されたといっても、前取締役としての法的責任の有無が明らかになるのはまだ先の話である。

このような事態となった背景には、今回の騒動で業務執行取締役の多くが再任されなかったことで、天馬の取締役構成が極端にバランスの悪いものとなっているということがある。

現時点の天馬の取締役会の構成
代表取締役社長1名
業務執行取締役1名
無任所取締役1名(ダルトン・アドバイザリーの代表取締役)
社外取締役6名(うち監査等委員が4名)

無任所取締役 : 特定の管掌を持たない社内取締役

定時株主総会で会社提案の取締役選任議案および株主提案の取締役選任議案の双方で否決が相次ぎ、総務部管掌、財務経理部管掌の取締役が不在となったことから、実務が円滑に回るよう、定時株主総会以降は総務部管掌の取締役を執行役員総務部長、取締役財務経理部長を執行役員財務経理部長という、取締役の地位を除いてはほぼ従来と同じ機能を果たすポジションにスライドさせたものと推測される。

その結果、同社の監査等委員は、管理系の現執行役員を相手に株主代表訴訟を遂行することとなった。社内で顔を合わせる者同士が原告と被告に分かれ、しかも被告は会社を支える業務に従事しているという状況の中で、株主代表訴訟がどのような帰結を迎えるのか、注目されるところだ。

2021/01/18 流通株式の計算式中「その他当取引所が固定的と認める株式」とは?

既報のとおり、東証が昨年(2020年)12月25日に公表した)「市場区分の見直しに向けた上場制度の整備について(第二次制度改正事項)」では、上場基準の重要な要素である「流通株式数」からは「国内の普通銀行、保険会社及び事業法人等(金融機関及び金融商品取引業者以外の法人)が所有する株式」、すなわち政策保有株式が流通株式から除外されることが明確にされたところだ(2021年1月7日のニュース『速報・新市場区分の第二次改正事項 流通株式比率の「改善期間」は“なし”』参照)。この流通株式の詳細な計算方法を、・・・

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2021/01/18 流通株式の計算式中「その他当取引所が固定的と認める株式」とは?(会員限定)

既報のとおり、東証が昨年(2020年)12月25日に公表した「市場区分の見直しに向けた上場制度の整備について(第二次制度改正事項)」では、上場基準の重要な要素である「流通株式数」からは「国内の普通銀行、保険会社及び事業法人等(金融機関及び金融商品取引業者以外の法人)が所有する株式」、すなわち政策保有株式が流通株式から除外されることが明確にされたところだ(2021年1月7日のニュース『速報・新市場区分の第二次改正事項 流通株式比率の「改善期間」は“なし”』参照)。この流通株式の詳細な計算方法を、東証が公表した図解資料「流通株式の定義見直しについて」に基づき解説しよう。

同資料によると、流通株式の計算方法は下記のとおりとされている。
54160

以上をまとめると次のとおり。

流通株式数=上場株式数-(①主要株主が所有する株式+②役員等所有株式数+③自己株式数+④国内の普通銀行、保険会社、事業法人等が所有する株式+⑤その他当取引所が固定的と認める株式)

主要株主が所有する株式 : 上場株式数の10%以上を所有する株主が所有する株式

流通株式数から除かれる5種類の株式のうち、①と③は現行制度通りとなっている。残りの3種類の株式のうち②は現行制度上も存在しているものの今回変更が加えられたものであり、④と⑤は新設されたものとなっている。

まず②の「役員以外の特別利害関係者」が保有する株式は、現行制度上は「新規上場時」および「東証一部への指定替え時」(まとめて「上場時」という)のみ、流通株式から除外されることとされてきたが、「第二次制度改正事項」により、上場時の基準においてのみならず、「上場維持基準」においても流通株式から除外されることになった。

役員以外の特別利害関係者 : ①上場会社の役員の配偶者および二親等内の血族、②役員または前①に掲げる者が議決権の過半数を保有する会社、③上場会社の関係会社およびその役員を指す。

④が指しているのが、「第二次制度改正事項」における最大のポイントと言うべき政策保有株式だ。該当する株式のうち“例外”とされるのは「直近の大量保有報告書等において、保有目的が『純投資』と記載されている株式」のみであることから、グループ間保有や株式持ち合いの多い上場会社は、プライム市場における上場基準である「流通株式比率35%」(スタンダード市場およびグロース市場は25%)に抵触するリスクがあろう。

大量保有報告書 : 市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を図ることを目的として、金融商品取引法上、株券等の大量保有者に対し提出が義務付けられている書類。具体的には、①保有割合が5%超となった場合、②その後、保有割合が1%以上増減するなど重要な変更があった場合、それぞれ提出事由が生じた日から5営業日以内に「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出が求められる(②の場合に提出するのは「変更報告書」)。
流通株式比率 : 流通株式数を上場株式数で除した値

また、⑤も上場会社にとっては“心配の種”となりそうだ。「当取引所が固定的と認める」とは具体的に何なのか、「流通株式の定義見直しについて」には一切説明がないが、「第二次制度改正事項」においては「当取引所が流通株式に含めることが適当でないと認める株式」とされ、「上場基準の潜脱が行われたと認める株式などを含めることを想定」しているという(「第二次制度改正事項」12ページ(3)流通株式の右欄上から二番目の※参照)。ここでいう「上場基準の潜脱が行われたと認める株式」に該当すると考えられるケースとしては、例えば大株主などが保有する株式の一部を他人名義と偽ることにより持株比率を不当に引き下げることで、流動株式に関する上場基準に抵触していることを隠蔽する行為が挙げられる。過去に西武鉄道が上場廃止(2004年)となった事例などが該当することになろう。なお、東証は2014年に「他人名義株式に起因する上場規則違反について」と題するリリースを出し、注意を喚起している。

西武鉄道が上場廃止(2004年)となった事例 : かつて存在した西武鉄道グループの不動産会社「コクド」(非上場)の実質持株比率が上場維持基準に抵触するにもかかわらず、有価証券報告書には、他人名義の株式として虚偽記載していた事件。東証は西武鉄道に上場廃止処分を下した。

なお、東証は流通株式の定義変更に伴い、上場会社に提出を求めている「株券等の分布状況表」の様式を上図の内容に沿って見直すとしている(「第二次制度改正事項」12ページ (3)流通株式の右欄一番下の※参照)。流通株式数は新市場の上場維持基準への抵触の有無に関係するだけに、上場会社各社は上図に従ってあらかじめ流通株式数を試算しておくことが望ましいだろう。

2021/01/15 CVCの新たな選択肢 企業価値の“誤評価”リスクを回避する投資手法

コロナ禍でCVCによるスタートアップ投資が低調になっているとの報道等もあるが、一方で「withコロナ」を前提にした新たなビジネスを模索する必要性を痛感している企業も少なくないはずだ。これまでCVCに取り組んでこなかった上場企業でも、オープン・イノベーションの仕組みなどを活用したスタートアップとの事業連携も、“ブレイクスルー”の手段として検討する価値は大きいと言える。こうした中、スタートアップへの新たな投資手法として最近注目を集めているのが・・・

CVC : 投資を本業としない事業会社が自己資金をベンチャー企業に投資すること(又はその組織)。CVCは社内の投資部門や子会社が運営するか、外部のVC(Venture Capital=ベンチャーキャピタル)に運営を委託することが多い。CVCもVCもベンチャー企業に投資を行うという点では同じだが、VCが投資先の将来的な上場によるキャピタルゲインを得ることを目的としているのに対し、CVCは自社とシナジーのあるベンチャー企業に投資し、協業等により本業の成長や拡大を目的としている点、大きく異なる。
オープン・イノベーション : 自社だけでなく、他社や大学など社外の技術や知識、アイデアなどを組み合わせることにより、革新的な新商品やサービス、ビジネスモデルを生みだすこと。自前の技術やリソースだけで商品やサービス等を開発することを「クローズド・イノベーション」という。

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2021/01/15 CVCの新たな選択肢 企業価値の“誤評価”リスクを回避する投資手法(会員限定)

コロナ禍でCVCによるスタートアップ投資が低調になっているとの報道等もあるが、一方で「withコロナ」を前提にした新たなビジネスを模索する必要性を痛感している企業も少なくないはずだ。これまでCVCに取り組んでこなかった上場企業でも、オープン・イノベーションの仕組みなどを活用したスタートアップとの事業連携も、“ブレイクスルー”の手段として検討する価値は大きいと言える。こうした中、スタートアップへの新たな投資手法として最近注目を集めているのが「コンバーティブル投資手段」だ。

CVC : 投資を本業としない事業会社が自己資金をベンチャー企業に投資すること(又はその組織)。CVCは社内の投資部門や子会社が運営するか、外部のVC(Venture Capital=ベンチャーキャピタル)に運営を委託することが多い。CVCもVCもベンチャー企業に投資を行うという点では同じだが、VCが投資先の将来的な上場によるキャピタルゲインを得ることを目的としているのに対し、CVCは自社とシナジーのあるベンチャー企業に投資し、協業等により本業の成長や拡大を目的としている点、大きく異なる。
オープン・イノベーション : 自社だけでなく、他社や大学など社外の技術や知識、アイデアなどを組み合わせることにより、革新的な新商品やサービス、ビジネスモデルを生みだすこと。自前の技術やリソースだけで商品やサービス等を開発することを「クローズド・イノベーション」という。

コンバーティブルとは「転換可能」という意味であり、例えば「新株予約権から株式への転換」を指す。このうち、コロナ禍におけるスタートアップの資金調達に適した手法と言えるのが、「新株予約権から株式への転換」のうち、有償の新株予約権を使った「コンバーティブル投資手段」(以下、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティ)と呼ばれるものだ。

有償の新株予約権 : 金銭等を払い込むことで付与される新株予約権のこと。通常、新株予約権は付与時に払い込みが不要(無償)であることが多い。

有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティとは、新株予約権の株式への転換価額を定めず、代わりに「(1)株式への転換価額の算定式」と「(2)株式への転換条件(転換の発動条件)」だけを定めておき、新株予約権を有償で発行するという資金調達手法。簡単に言うと、「金額を定めず、計算式だけを定めておく」ということである。詳細な内容は後述するとして、まず「新株予約権の株式への転換価額(金額)を定めない」という点が本投資手段を理解するうえで最も重要となるという点を頭に入れておきたい。これは通常の第三者割当時のプロセス()と大きく異なる点であり、これにより、時間と労力のかかる企業価値評価(バリュエーション)やその前提となるデューデリジェンス(詳細調査)をシリーズAの増資時にまで先延ばしすることが可能となる。上記で「コロナ禍に適した資金調達手法」と述べたのはこのためだ。

シリーズA : シリコンバレーにおける資金調達の分類で、アーリー期の第三者割当を指す。

 非上場企業では、上場企業と異なりマーケットで定まる株価が存在しないことから、第三者割当により新株を発行する際には、発行価額の算定に当たり、まずデューデリジェンスを行って現時点の純資産を確定させたうえで、事業計画に基づき「企業価値」を算定し、この企業価値をベースに株式の価値を算定するのが通常である。このように、企業価値評価は時間と労力とコストを費やす手続きと言える。さらに、シードまたはアーリーステージの企業では、事業計画の根拠となるプロトタイプ(製品やサービスの原型)もできていなかったり、需要予測が困難であったりするため、レイターステージの企業の企業価値評価よりもはるかに手間がかかることになる。

シードステージ : 事業のアイデアやコンセプトはあるものの、それが製品やサービスとして形になっていない段階を指す。
アーリーステージ : 起業直後の段階。赤字が続いており、事業の発展のために資金調達を必要としているのが通常だが、投資家に事業計画の実現性をアピールし、理解を得るには苦労することも多い。
レイターステージ : 単年度黒字を達成するなど、経営が徐々に安定し、企業組織が確立されつつある段階。この段階になると、IPOが具体的に視野に入っていることが多い。一定の信用力も出て来ているため、資金調達も比較的容易になる。

有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティの「企業価値評価の先延ばしによる手間の削減(=迅速な資金供給が可能になる)」というメリットにいち早く気付いた米国では、2013年12月に大手アクセラレーターのY CombinatorがSAFE (Simple Agreement for Future Equity)と称するコンバーティブル・エクイティの契約ひな形を無償公開したことが契機となってコンバーティブル・エクイティの利用が増え、2014年7月にはこれに追随し同じく大手アクセラレーターの500 Startups社がKISS(Keep It Simple Security)と称する契約ひな形の無償公開したことから、コンバーティブル・エクイティの普及が加速し、今ではシード期のエクイティ資金調達の半分程度を占めるまでに至っている。

アクセラレーター : 起業家発掘、スタートアップの創出・支援を業とする団体

有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティには、「企業価値評価の先延ばしによる手間の削減(=迅速な資金供給が可能になる)」というメリットに加えて、この資金供給によりスタートアップの資金繰りが改善されることで、後のシリーズAの増資のタイミングを遅らせることができ、これにより創業者のシェア(持分)の低下を抑えるという効果(同じ金額を調達するとしても、企業価値の低いタイミングよりも高いタイミングの方が発行株式数は少なくなるため、創業者が投資家に渡すシェアも小さくて済む)もある。また、コロナ禍で今後の事業価値が見通せない中で無理に第三者割当をする場合、企業価値が過小または過大に評価されるリスクがあり、それは今後の資金調達や成長戦略にマイナスの影響を及ぼすことから、「拙速な企業価値評価の回避」というのも有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティのメリットと言える。

日本では、2016年4月よりJ-KISS()が無償公開され、CVCのブームと相まって、CVCによるスタートアップへの有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティ投資が増えてきた矢先に、コロナ禍でCVCによるスタートアップへの投資が細ったことは冒頭で述べたとおり。

 米国KISSを日本の規制や実務に合わせる形で設計された、日本版のKISS(こちらを参照)。現在、Coral Capitalがメンテナンスを実施している。

こうした中、スタートアップへの資金供給が細ることを危惧した経済産業省が「コンバーティブル投資手段」に関する研究会を立ち上げ、2020年12月28日に「コンバーティブル投資手段」 活用ガイドライン(以下、経産省ガイドライン)を公表している。これには、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティの活用方法や留意点が詳説されており、実務上の手引きとして有用なことから、普及に弾みがつく可能性がある。もちろん、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティはオープンイノベーション促進税制の利用も可能だ(2019年12月10日のニュース『CVCを後押し 「オープンイノベーション促進税制」の全容判明』を参照)。

オープンイノベーション促進税制 : 株式会社等またはそのCVCが、スタートアップ企業とのオープンイノベーションに向け、そのスタートアップ企業の新規発行株式を一定額以上取得する場合、その株式の取得価額の25%を所得控除する制度。ただし、5年以内にその株式の処分等をした場合は、控除分が益金に算入されることになる。

以下では、経産省の「コンバーティブル投資手段 活用ガイドライン」をもとに、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティを用いた資金調達例を具体的な金額を示しながら説明する。

(1)株式への転換価額の算定式
有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティの株式への転換価額としてよく使われるのが、「以下の①か②のうちいずれか小さい価格」とするものである。

①ディスカウント:次回増資時の株価×(1-ディスカウント率)
②キャップ:バリュエーションの上限値(キャップ)÷完全希釈化後株式数

完全希釈化 : 「1株当たりの価値」が下がること。「希薄化」ともいう。希釈化は発行済株式数の増加により起こる。既存株主からすれば、希釈化により一株当たり株主価値が低下するのみならず、議決権比率が低下し、投資先企業への影響力も薄まることになる。発行済み株式数のみならず、今後実際の株式に転換される可能性のあるストックオプションや転換社債などまで含めた株式数をベースに計算された希薄化を「完全希釈化(Fully Diluted)」という。

①のディスカウントとは、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティにより先行投資を行った投資家が、これを次の増資時に「通常の株価から値引きされた価額」で株式に転換できる仕組みである。ディスカウント率が高ければ高いほど投資家は多くの株式を手にすることができるため投資家にとっては有利(スタートアップ側にとっては不利)となる。このディスカウント率の相場は、②のバリュエーションキャップを決めた場合には20%程度(起業家が有利に交渉を進められた場合には10~15%程度)、②のバリュエーションのキャップを決めない場合には30%程度となっている(経産省ガイドラインの40ページを参照)。

②のキャップとは、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティにより先行投資を行った投資家が、株式転換を行う際に、スタートアップ側の株式の価値に上限を設ける仕組みであり、キャップの額が低ければ低いほど投資家は多くの株式を手にすることができるため投資家にとっては有利(スタートアップ側にとっては不利)となる。完全希釈化後株式数とは、現時点の発行済株式数に、今後株式に転換される可能性のある新株予約権、新株予約権付社債、その他株式を取得できる権利(ただし、本有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティに係る新株予約権は除く)などが行使された場合に発行される株式数を加えた株式数を指す。

なお、会社法上は、新株予約権の行使にあたり、形式上は「払込み」が必要になる。権利行使価額は1円等の低廉な額にしておくのが通常である。

上記の算定式を前提として、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティにより1,000万円を投資していた投資家がどれくらいの株式を取得できるのか見てみよう(経産省ガイドラインの34ページを参照)。

<具体例>
株価100円で1万株を発行してA社を設立。
設立後すぐに、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティにより1,000万円を調達。
①ディスカウント率は20%、②キャップは2億円とし、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティの株式への転換価額は①②のいずれか小さい価格とする。
新株予約権は1個で、権利行使価額は1株当たり1円とする。

その後、A社は初の第三者割当(いわゆるシリーズA)を行うことになり、企業価値を算定したところ株価は10万円となった。なお、追加で発行された新株や新株予約権はなく、完全希釈化後株式数は1万株のままとする。

この時点で、
①ディスカウント率を加味した転換価額は8万円(=10万円×(1−20%))
②キャップベースの転換価額は2万円(=2億円÷1万株)
となる。

①と②を比べると、2万円の方が小さいので、転換価額は2万円となる(ここではじめて転換価額が決まる)。したがって、転換株式数は、「払込金額1,000万÷2万」により500株となる。

以上のプロセスを経て、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティによりスタートアップに1,000万円投資した投資家は、「種類株」を500株取得できる(新株予約権が株式に転換される際、投資家は形式上500円(=1円×500株)を払い込む。結果として、投資家は当初の1,000万円に加えて1株当たり1円を追加で払い込むので、トータル1000万500円により500株の種類株に投資できたことになる)。

有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティにより取得できる株式を普通株にせずに種類株にするのは、シリーズAの普通株の株主は1株につき10万円を払い込むのに対して、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティの投資家は割安(2万円プラス1円)で払い込むため、普通株とは異なる別の株式として位置づける必要があるからである。

(2)株式への転換条件(転換の発動条件)
株式転換条件はいかようにも設計できることから、条件次第でスタートアップ側・投資家(CVC)側の双方に対して事業成長へのコミットメントを高めることも可能になる。例えば、経産省ガイドラインでは、事業会社が協業先のスタートアップに対して新株予約権で投資し、その株式転換条件に、両者が協力してオープンイノベーション創出に向けて取り組むアイデア実証(PoC)の進捗を盛り込むという活用事例が紹介されている(経産省ガイドラインの12ページを参照)。

PoC : PoCとはProof of Conceptの略で、「概念実証」と訳される。新しい製品やサービスのアイデアの検証やデモを指す。

以上、有償新株予約権型コンバーティブル・エクイティについて解説したが、より詳細に知りたい場合は、経産省が開催した「コンバーティブル投資手段」に関するセミナーの動画がYouTubeで配信されているので視聴をお勧めする。動画では「コンバーティブル投資手段」についての投資家やスタートアップの生の声を聴くことができ、スタートアップへの投資を考える上場企業にとっても参考になろう。

・YouTubeの「コンバーティブル投資手段」活用セミナー
Part1はこちら
Part2はこちら

2021/01/14 上場維持基準の経過措置期間中も「改善期間」入りなら社名公示 経過措置適用会社であることも別途表示検討

2021年1月7日のニュース「速報・新市場区分の第二次改正事項 流通株式比率の「改善期間」は“なし”」でお伝えしたとおり、東証が(2020年)12月25日に公表した「市場区分の見直しに向けた上場制度の整備について(第二次制度改正事項)」(以下、第二次改正事項)には、新市場区分の上場維持基準を充たさない場合に適用される(現行基準並みに緩和された)経過措置が盛り込まれたところだ(下図参照)。

  上場維持基準 経過措置
流通株式数 20,000単位上(改善期間1年) 10,000単位上(改善期間1年)
流通株式時価総額 100億円上(改善期間1年) 10億円(改善期間1年)
売買代金 日平均売買代金0.2億円上(改善期間1年) 月平均売買高40単位(改善期間6か月
流通株式比率 35%上(改善期間1年) 5%(改善期間なし

上記経過措置の適用期間は現時点では“当分の間”とされており、長ければ数年間に及ぶこともあり得るが、上図のとおり、各経過措置には「改善期間」として「1年間」や「6か月」といった期間が設けられている。したがって、「経過措置」の適用期間中においても、・・・

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2021/01/14 上場維持基準の経過措置期間中も「改善期間」入りなら社名公示 経過措置適用会社であることも別途表示検討(会員限定)

2021年1月7日のニュース「速報・新市場区分の第二次改正事項 流通株式比率の「改善期間」は“なし”」でお伝えしたとおり、東証が(2020年)12月25日に公表した「市場区分の見直しに向けた上場制度の整備について(第二次制度改正事項)」(以下、第二次改正事項)には、新市場区分の上場維持基準を充たさない場合に適用される(現行基準並みに緩和された)経過措置が盛り込まれたところだ(下図参照)。

  上場維持基準 経過措置
流通株式数 20,000単位上(改善期間1年) 10,000単位上(改善期間1年)
流通株式時価総額 100億円上(改善期間1年) 10億円(改善期間1年)
売買代金 日平均売買代金0.2億円上(改善期間1年) 月平均売買高40単位(改善期間6か月
流通株式比率 35%上(改善期間1年) 5%(改善期間なし

上記経過措置の適用期間は現時点では“当分の間”とされており、長ければ数年間に及ぶこともあり得るが、上図のとおり、各経過措置には「改善期間」として「1年間」や「6か月」といった期間が設けられている。したがって、「経過措置」の適用期間中においても、(緩和された)上場維持基準を「改善期間」中に充たせなければ、上場廃止となってしまう。

当然ながら、上場会社としては上場廃止とならないよう改善期間中に(緩和された)上場維持基準を充たすべく努めることになるが、(緩和された)上場維持基準を充たせず改善期間に入った場合には、現行の「上場廃止に係る猶予期間入り銘柄」と同様、社名が公示されることになる。

また、「経過措置」の適用を受けている会社であるかどうかも、何らかの形で表示されることになる模様だ。

なお、上表のうち、改正後の上場維持基準ではすべて改善期間が「1年」とされているのに対し、経過措置では、売買代金は「6か月」、流通株式比率は「改善期間なし」とされている。これは、「経過措置期間中は、現行基準並みの上場維持基準を適用する」との方針に基づき、いずれも現行の(改正前の)制度をそのまま引き継いだ形となっている。ちなみに、現行制度において、改善期間に長いものと短いものが存在する背景には、会社の努力によって改善が期待できるものかどうか、改善に時間がかかる可能性があるかどうかといった観点から定められている。経過措置では、流通株式比率について「改善期間なし」とされているが、これは「(緩和された)上場維持基準を満たせなければ直ちに上場を廃止する」ということを意味しているので要注意だ。

流通株式比率 : 流通株式数を上場株式数で除した値