野村アセットマネジメントは(2020年)11月1日、「日本企業に対する議決権行使基準」を改定し、公表した。多くの国内機関投資家は6月の株主総会シーズンが近付いた時期に議決権行使基準(以下、基準)を改定するが、野村アセットマネジメントは「株主総会の集中期までに企業と対話するための十分な期間を確保」するため、毎年秋に基準の見直し・改定を実施している。
今回改定におけるポイントは下記の3点となっている。
1.新型コロナ感染症拡大を考慮した一部基準の停止継続
2.社外取締役の人数・割合などに関する基準の新設
3.「モニタリング・ボード」採用企業に対する基準緩和
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上場企業に広く影響が及ぶという点では、基準の適用を一時停止する「1」、基準の厳格化となる「2」ということなろう。しかし、我が国におけるコーポレートガバナンス議論へのインパクトという意味では「3」が最も大きい。以下、具体的に解説する。
1.新型コロナ感染症拡大を考慮した一部基準の停止継続
野村アセットマネジメントの基準では、取締役選任議案について、「直近3期連続して株主資本利益率(ROE)が5%未満かつ業界の中央値未満で、経営改善努力が認められない」場合、「直近3期以上在任した会長・社長等」の再任に反対することとしている。また、剰余金処分議案については、「①株主資本比率>50% 、②ネット金融資産/売上高>30% 、③ネット金融資産/総資産>30%」の全項目に該当し、「ROEが8%未満かつ株主還元率が50%未満」である場合には原則反対するとしている。
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(利益/株主資本)
株主資本比率 : 企業の総資本(自己資本(資本金、法定準備金、剰余金等)+他人資本(借入金、社債等))に対する株主資本(自己資本)の割合。「自己資本比率」と概ね同じ意味である。
株主還元率 : (配当+自社買い)/当期純利益
しかし、新型コロナ感症染拡大を踏まえ、今年(2020年)6月以降、上記「株主資本利益率(ROE)低迷や株主還元不足を理由に取締役選任・剰余金処分議案に反対する基準」は運用が停止されている。野村アセットマネジメントは、「不透明な情勢が継続していることを考慮」して運用停止を継続する。すなわち、来年(2021年)秋の基準改定まで引き続き上記基準は適用されないということだ。
2.社外取締役の人数・割合などに関する基準の新設
従来の基準では、支配株主のいない監査役会設置会社における社外取締役の必要最低水準を「2名」としていた。新基準では、支配株主の有無および機関設計にかかわらず、一律で「2名または取締役数の3分の1の多い方」とする。ただし経過措置として、1年間は「2名または20%の多い方」との基準が適用される。
支配株主 : 必ずしも一律の定義はないが、東証の上場規則では、議決権の50%超を有している者や議決権の40%以上を有している者で、かつ、取締役の過半数を派遣していたり重要な財務および事業の方針の決定を支配する契約書が存在していたりする者を指す(東証 有価証券上場規程施行規則3条の2)。「支配株主」以外を「一般株主」という。ちなみに、上場会社の支配株主自体も上場しているケースが「親子上場」である。
社外取締役および社外監査役の独立性基準としては従来、独立役員として東証に届け出ている(または届け出る予定である)こと、大株主である会社に在籍した実績がないこと(直近3年以内)が求められていた。今回の改定により「在任期間が12年未満であること」が追加されている。
独立役員 : 一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役または社外監査役。東証は企業に対し、独立役員を独立役員届出書により届け出ることを求めている。
大株主 : 直近期に係る当該会社の事業報告中の「上位10 名の株主」の表に記載された持株比率が10%以上の株主をいう。
また、賞与の支給対象とすることに反対する者として、従来は監査役のみが挙げられていた。今回の基準改定で、これに「社外取締役、監査委員もしくは監査等委員である取締役」が加わった。
このほか、従来の基準には、原則賛成とする「株主提案」による定款変更議案の一つに、「役員報酬の個別開示を求めるもの」があったが、今回の基準改定によりこれに「取締役でない顧問、相談役の報酬の個別開示」が追加されている。
3.「モニタリング・ボード」採用企業に対する基準緩和
野村アセットマネジメントは、経営陣の監督を主たる役割・任務とする取締役会を「モニタリング・ボード」と呼んでいるが、今回の基準改定では、日本企業における取締役会の望ましい在り方としてのモニタリング・ボードへの「移行を後押しするための改定」を盛り込んだ。同社がモニタリング・ボードと判断する基準は下記の通り。
① 社外取締役が過半数
② 社外取締役が過半数を占める指名・報酬委員会(法定・任意を問わない)を設置
③ 指名・報酬委員会の議長は社外取締役
④ 女性の取締役1名以上
⑤ 買収防衛策を導入していない
⑥ 政策保有株式を過大に保有していない(投下資本の10%未満)
⑦ 監査役会設置会社の場合、取締役の任期が1年
⑧ 支配株主がいる場合、取締役会議長は社外取締役
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モニタリング・ボードを備えている企業と認められた場合、2つの基準の適用が除外される。1つは、取締役選任議案について、3期連続でROEが5%未満であっても会長・社長の再任に反対しない。もう1つは株式報酬の支給議案について、対象者に社外取締役および監査委員・監査等委員である取締役が含まれていても賛成する。経営判断および報酬付与に際して、実効性を伴った取締役会(および報酬委員会)が株主に代わって監督機能を発揮したとみなし、株主総会においては信認を与えるスタンスを採用するということだろう。
また、現在はモニタリング・ボードとは言えなくても、「移行に向けた取組みを進める企業」であれば、株式報酬に賛成する要件を緩和する。具体的には、社外取締役が取締役会の過半数でかつ独立性のある報酬委員会(上記②③で判断するものと考えられる)が設置されていれば、「報酬ガバナンスを整備している場合」に該当するとして、株式報酬に求めるべスティング期間を3年から2年に短縮する。なお、従来基準から、「独立性のある報酬委員会が設置されている場合」は一定の水準以上の役員報酬には賛成(通常は原則反対)することし、また、「報酬に関するガバナンスを整備している場合」には、ストックオプション議案における累積希薄化率の判断基準を10%(通常は5%)としていた。
べスティング : 権利を付与されてから権利行使可能になるまでの期間のこと。ベスティング(vesting)とは「権利確定」という意味である。
今回のモニタリング・ボードに関する基準緩和は、企業にガバナンスの改善を促するものと評価できよう。ただし、上記①〜⑧の各判断項目については、既に一部の機関投資家が各種議案の反対要件に採用しているものが少なからず含まれており、中期的には資本市場のマジョリティが上場企業に求める基準になり得るということは認識しておきたい。