2020/11/12 M&Aの仲介手数料で5千万を超える認識の差(会員限定)

日本企業にとってM&Aが重要な経営戦略の一つとなっているのは言うまでもない。今後はコロナ禍で体力を奪われた企業をターゲットにしたM&Aも増加していくだろう。

M&Aを実施する場合、仲介業者を使うのが一般的だが、成立したM&Aの仲介手数料を巡り、買収企業(東証2部上場企業)と仲介業者(公認会計士)の間に5千万円を超える認識の差が発生、訴訟へと発展した事案の判決が東京地裁で最近(9月下旬)あったことが当フォーラムの取材により判明した。

本件で争点となったのが、仲介手数料の計算方式だ。買収企業と仲介業者は下記の契約を締結していた(仲介契約書から一部抜粋)。

第5条 最終契約が締結された場合、被告は、原告に対し、成功報酬として、A 社の時価総資産価額営業権を含む)について下表の区分毎の手数料率を乗じて得られた金額の累計額に消費税相当額を加算した金額を支払うものとする。

(報酬表)

X社の時価総資産価額(営業権を含む) 手数料率
5億円以下の部分 5パーセント
5億円超10億円以下の部分 4パーセント
10億円超50億円以下の部分 3パーセント
50億円超100億円以下の部分 2パーセント
100億円超の部分  1パーセント

営業権 : 企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値のこと。

上記のように、取引金額(移動した資産の価格など)に応じて手数料率が逓減する仕組みは「レーマン方式」と呼ばれ、多くのM&Aの仲介業者が採用している。ちなみに、「レーマン」方式という名称は、ドイツ人経営学者・レーマン博士が考案した理論をベースにした計算式であることから来ているという説や、米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが採用した報酬体系だったという説があり、その由来は定かではない。

それはさておき、レーマン方式には、手数料率を乗じる対象を“純資産(=資産-負債)”とする「時価純資産レーマン方式」と、資産および営業権を含む事業全体の価値を示す“総資産”とする「時価総資産レーマン方式」がある。上記契約書には「時価総資産価額」と明記されており、契約上は本件M&Aの仲介手数料は「時価総資産レーマン方式」を前提としていたことが伺えるが、本件で買収企業が仲介業者に支払ったのは、「時価純資産レーマン方式」によって計算された2千8百万円であった。そこで仲介業者は、「時価総資産レーマン方式」により計算した手数料との差額5千2百万円の支払いを求め、買収企業を提訴した。
 
結論から言えば、東京地裁は「時価純資産レーマン方式」による2千8百万円を正当な仲介手数料と認め、仲介業者の請求を斥けている。東京地裁は、仲介契約書に明記されているように、本件仲介手数料は本来「時価総資産レーマン方式」により計算されることになっていたとしつつも、仲介業者側が「報酬金額の算定方式は自らの報酬金額に大きな影響を及ぼす重要な事項であるにもかかわらず、本件訴訟に係る紛争(後述)が顕在化するまでの間、被告に対し特段の異議を述べなかった」点を指摘し、「仲介業者も報酬金額の算定方式が時価純資産レーマン方式であると認識していたことが認められる」と結論付けている。

契約書に「時価総資産レーマン方式により計算する」と明記されているにもかかわらず、結果として時価純資産レーマン方式に基づく計算が認められ、その差額5千2百万円の支払いが“免除”された格好となったという点、東京地裁の判断は買収企業にとっては望ましいものとなったが、M&Aを検討する企業にとって本件は、仲介手数料の算定方法が「時価総資産レーマン方式」あるいは「時価純資産レーマン方式」のいずれに基づいているのかを確認すべきということを改めて認識させる事案と言えそうだ。

ちなみに、本件においては、仲介業者の提訴に対し、買収企業側も仲介業者に約3億5,000万円もの損害賠償を求め「反訴」していた。これは、被買収企業が一部の取引について「現金主義」による会計処理をしていたことを認識していたにもかかわらず、このことを仲介業者が買収企業に伝えなかったとして、仲介契約上の「善管注意義務違反(告知義務違反)」を追及するもの。上記東京地裁の判断におる「本件訴訟に係る紛争」とはこの問題のことである。時系列的には、この問題は仲介業者が買収企業を提訴する前に発生していることから、仲介業者はこの問題について買収企業を牽制するために提訴したと見ることもできそうだ。もっとも、東京地裁はこの反訴について、「仲介業者は買収企業に対し、善管注意義務として被買収企業が現金主義による会計処理をしていることを告知すべき義務を負っていた」と指摘しつつも、「仲介業者が買収企業に提供した被買収企業のデューデリジェンスを行った際の資料であるQ&A シートには、一部の取引に対して現金主義による会計処理を行っている旨が記載されており、これにより買収企業は本件会計処理の存在を認識し得る状態となっていた」として、仲介業者の善管注意義務違反を否定している。

反訴 : 民事訴訟の進行中に、被告が原告を相手取ってて訴訟を起こすこと。この結果、2つの裁判は併合して審理されることになる。
現金主義 : 現金の入金と出金に応じて収益や費用を認識する方法。一般に公正妥当と認められた企業会計の基準としては、費用は財・サービスの費消に応じて認識する発生主義、収益は財・サービスを顧客に移転することにより履行義務を充足した時に認識する実現主義が原則とされ、現金主義は重要性が乏しい場合を除いて不適切とされている。

以上のとおり、本件では仲介業者、買収企業両者の主張とも認められない結果となったが、M&Aでは仲介業者との間のトラブルも発生しかねないという点、M&Aを検討している企業の経営陣は肝に銘じておきたいところだ。

2020/11/11 社外取締役の人選の前にやるべきこと

来年の株主総会に向け、社外取締役の人選に入っている企業も少なくないことだろう。

三菱UFJ信託銀行や三井住友トラスト・アセットマネジメントなどが今年(2020)年から原則として全ての企業に対して「取締役総数の1/3」の社外取締役の選任(以下、3分の1基準)を求めるなど、機関投資家の間では、議決権行使基準に3分の1基準を盛り込む流れが加速しつつあるほか(【2020年8月の課題】自社の株主総会における各議案の賛成率レビューの「役員選任議案」参照)、議決権行使助言会社最大手のISSは「2022年2月」から3分の1基準の適用を開始することとしている(2020年10月20日のニュース「ISSポリシー改定、“1/3基準”全面適用確実、政策保有は更なる厳格化も」参照)。東証が(2020年)9月7日に公表した「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」によると、独立社外取締役を「3分の1以上」選任している東証一部上場企業は58.7%と6割に迫っているものの、2022年4月1日に新設される東証の「プライム市場」上場企業に対しては、3分の1以上の独立社外取締役の選任を求めるコーポレートガバナンス・コードが適用される可能性もあり(2020年9月14日のニュース『東証の調査結果から想定される「より高い水準」のガバナンス規制』参照)、社外取締役の選任ニーズは今後さらに高まっていくことが予想される。

ただ、今年7月には経済産業省のコーポレート・ガバナンス・システム研究会が「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」を公表したことが示すように(2020年8月6日のニュース「社外取締役にもサクセッション・プラン」参照)、投資家の関心は社外取締役の「数」からその「実効性」へと移りつつある。実際、投資家等からは社外取締役に関して様々な厳しい声が聞こえてくる。例えば以下のようなものだ。・・・

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2020/11/11 社外取締役の人選の前にやるべきこと(会員限定)

来年の株主総会に向け、社外取締役の人選に入っている企業も少なくないことだろう。

三菱UFJ信託銀行や三井住友トラスト・アセットマネジメントなどが今年(2020)年から原則として全ての企業に対して「取締役総数の1/3」の社外取締役の選任(以下、3分の1基準)を求めるなど、機関投資家の間では、議決権行使基準に3分の1基準を盛り込む流れが加速しつつあるほか(【2020年8月の課題】自社の株主総会における各議案の賛成率レビューの「役員選任議案」参照)、議決権行使助言会社最大手のISSは「2022年2月」から3分の1基準の適用を開始することとしている(2020年10月20日のニュース「ISSポリシー改定、“1/3基準”全面適用確実、政策保有は更なる厳格化も」参照)。東証が(2020年)9月7日に公表した「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」によると、独立社外取締役を「3分の1以上」選任している東証一部上場企業は58.7%と6割に迫っているものの、2022年4月1日に新設される東証の「プライム市場」上場企業に対しては、3分の1以上の独立社外取締役の選任を求めるコーポレートガバナンス・コードが適用される可能性もあり(2020年9月14日のニュース『東証の調査結果から想定される「より高い水準」のガバナンス規制』参照)、社外取締役の選任ニーズは今後さらに高まっていくことが予想される。

ただ、今年7月には経済産業省のコーポレート・ガバナンス・システム研究会が「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」を公表したことが示すように(2020年8月6日のニュース「社外取締役にもサクセッション・プラン」参照)、投資家の関心は社外取締役の「数」からその「実効性」へと移りつつある。実際、投資家等からは社外取締役に関して様々な厳しい声が聞こえてくる。例えば以下のようなものだ。

・経営者出身の社外取締役が過去の成功体験を披露し、それを社内取締役が褒めるという光景が目に付く。
・企業が社外取締役を“お客様”扱いしている。
・社外取締役が株主の立場に立たなければならない場面で、社内の内向きな意見に同調するだけの社外取締役は不要である。
・議論の文脈や場の空気を無視して、「会社はこうあるべきだ」「経営はこの方向性に進むべきだ」などと持論をぶち上げる社外取締役がいるが、それを決めるのは業務執行取締役であり、社外取締役ではない。業務執行取締役が決めたことに対して助言をしたり、客観的な問い(例えば、「こういう状況になった場合はどう対応するのか」など)を立てたりするのが社外取締役の役目である。
・会社のことを良く理解せずに、「昨日新聞で見たんだけどこういう事業もあり得るんじゃないか」などと突拍子もない新規事業を提案する社外取締役がいるが、発言が軽すぎる。
・指名について、「誰を次のCEOにするのかなんていうのは社外の人間が見たって分かるわけがない」と最初から決めつけている社外取締役がいるが、社外取締役には候補者の資質を直接評価することが求められているわけではない。まず戦略に沿ってどういう人物が必要かということを議論したうえで、可能な限りそれにマッチする人物をあの手この手を使って調べるというプロセスを踏むことが社外取締役の役割である。
・情報開示に対し、「1回やると後戻りできない」「他社に先駆ける必要はない」などネガティブな発言をする社外取締役がいる。例えば役員報酬開示でも、「KPIを出すことまではよいが、目標値とか、達成度合いがどのように役員報酬に反映されるかといったことは企業秘密であり、そういうものを出す必要はない」と言い切る社外取締役を見たことがある。それは半分正しい面もあるが、少なくとも定性的に説明するなど、ガバナンスの要である役員報酬開示には真摯な姿勢で取り組むべき。

こうした社外取締役への批判の背景には、「社外取締役の役割」が明確でないということがあるが、その根本的な原因となっているのが、日本企業の多くで「取締役会の役割」が曖昧だということだ。日本の会社法では3つの機関設計(監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社)を設けているが、必ずしも機関設計によって取締役会の役割が自動的に決まるわけではなく、たとえ機関設計が同じだとしても、取締役会の役割が異なることは珍しくない。例えば同じ監査役会設置会社であっても、執行役員制度を導入し、取締役会は「監督」にフォーカスしているところもあれば、取締役会自体が業務執行の主体となっているところもある。近年は日本でも経営陣の監督を主な役割とする「モニタリング・ボード」としての機能の発揮を取締役会に求める声が高まっているが(2020年11月4日のニュース「野村AM 取締役会のモニタリングボード化を期待」参照)、現状では取締役会が業務執行の主体となっているケースも多い。

社外取締役の人選に動く前に、まず経営陣は自社の取締役会の役割について議論するべきだろう。取締役会の役割が明確になれば、自社の社外取締役に求められる役割も自然に決まってくる。例外として、指名・報酬については、自己評価やお手盛りを防止する観点から、取締役会の役割がどのようなものであっても、社外取締役が「利益相反取引の監督」を担う必要があるものの、例えば業務執行を中心とする取締役会であれば、社外取締役に対し、「モニタリング」よりも「経営のアドバイス」を求める傾向が強くなるのも自然だろう。したがって、社外取締役候補としては、業界のことをよく分かっていて、経営陣の経験がある人物が適していると言える。また、上述した社外取締役への批判的な声の一部(経営に関する発言に対するもの)は肯定されるかもしれない。

一方、指名委員会等設置会社のホールディングカンパニーで、取締役会が完全にモニタリングボードとなっているような場合、社外取締役には利益相反取引の監督のほか、株主へのエンゲージメント、事業(子会社)ポートフォリオの管理といった大所高所の意見が求められることになろう。逆に、子会社の事業に対して口を出すような発言はそぐわないことになる。

このように、取締役会の役割によって社外取締役の役割も異なってくるため、まずは自社の取締役会の役割を明確にしたうえで社外取締役の人材要件を定め、それを満たす人物を探すというプロセスを経ることが、社外取締役の選任で失敗しないコツと言えよう。

当フォーラムの「社外役員データベース」一覧はこちら
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2020/11/10 筆頭株主が他の株主に3千円のクオカードの提供で経営権奪取

JASDAQに上場するプラスチック加工機メーカーのプラコーは(2020年)11月6日、筆頭株主である有限会社フクジュコーポレーション(以下、筆頭株主)が招集した臨時株主総会を開催した。臨時株主総会に付議された株主提案は事実上すべて承認可決()され、本臨時株主総会で選任された取締役が代表取締役に就任、株主側がプラコーの経営権を奪取するという結果となっている。

 本臨時株主総会で付議された株主提案は以下のとおり。

 第1号議案 買収防衛策廃止の件
 第2号議案 取締役黒澤秀男解任の件
 第3号議案 取締役平石昌之解任の件
 第4号議案 取締役早川恵解任の件
 第5号議案 取締役小沢剛司解任の件
 第6号議案 定款一部変更の件(取締役の定員増加)
 第7号議案 取締役5名選任の件

第6号議案(定款一部変更の件(取締役の定員増加))を除く各議案が承認可決されている。第6号議案は、第2号議案から第5号議案までの取締役解任議案が可決されなかったこと(定足数を満たさなかった場合を含む)を条件とするものなのであり、結局採決されなかった。なお、解任対象とされた4名の取締役は、いずれも本臨時株主総会の開会前に辞任している。

定足数 : 決議を行うために必要な最低限の出席取締役の数。取締役会の定足数はその過半数(定款でこれを上回る割合を定めた場合にあっては、その割合以上)である。

本臨時株主総会の開催までには紆余曲折があった。・・・

定足数 : 決議を行うために必要な最低限の出席取締役の数。取締役会の定足数はその過半数(定款でこれを上回る割合を定めた場合にあっては、その割合以上)である。

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2020/11/10 筆頭株主が他の株主に3千円のクオカードの提供で経営権奪取(会員限定)

JASDAQに上場するプラスチック加工機メーカーのプラコーは(2020年)11月6日、筆頭株主である有限会社フクジュコーポレーション(以下、筆頭株主)が招集した臨時株主総会を開催した。臨時株主総会に付議された株主提案は事実上すべて承認可決()され、本臨時株主総会で選任された取締役が代表取締役に就任、株主側がプラコーの経営権を奪取するという結果となっている。

 本臨時株主総会で付議された株主提案は以下のとおり。

 第1号議案 買収防衛策廃止の件
 第2号議案 取締役黒澤秀男解任の件
 第3号議案 取締役平石昌之解任の件
 第4号議案 取締役早川恵解任の件
 第5号議案 取締役小沢剛司解任の件
 第6号議案 定款一部変更の件(取締役の定員増加)
 第7号議案 取締役5名選任の件

第6号議案(定款一部変更の件(取締役の定員増加))を除く各議案が承認可決されている。第6号議案は、第2号議案から第5号議案までの取締役解任議案が可決されなかったこと(定足数を満たさなかった場合を含む)を条件とするものなのであり、結局採決されなかった。なお、解任対象とされた4名の取締役は、いずれも本臨時株主総会の開会前に辞任している。

定足数 : 決議を行うために必要な最低限の出席取締役の数。取締役会の定足数はその過半数(定款でこれを上回る割合を定めた場合にあっては、その割合以上)である。

本臨時株主総会の開催までには紆余曲折があった。本臨時株主総会の招集通知の冒頭にあるとおり、本臨時株主総会の招集に際し筆頭株主が、「委任状を返送した株主に対して2,000円分のクオカード(後に3,000円に増額)を提供する」としていたことから、プラコーの監査役は裁判所に本臨時株主総会の開催禁止の仮処分の申立てを行った。プラコーの開示資料によると、さいたま地裁は当該申立てについて、「(本臨時株主総会開催前の)現時点において、株主の権利行使に不当な影響を及ぼす恐れがあると認めるまでには至らない」として却下を決定。その即時抗告に対し東京高裁も、「クオカードの贈与の表明が、本件臨時株主総会の決議に影響を与えるものであるか否かは、議決結果の全体状況によるものであり、現時点で確定し得るものとは認め難い」として棄却を決定した。さらに、最高裁に対する抗告許可の申立ても認められず、ようやく予定どおり本臨時株主総会が開催されたという経緯がある。

ただ、開催禁止の仮処分は認められなかったとはいえ、さいたま地裁は次のように指摘し、本件クオカードの株主への提供が著しく不公正な決議の方法に当たる可能性を示唆している 。

招集株主が、他の株主に対して、株主総会における権利行使に先立って、財物の贈与を行うことを表明し、又はそれを実行した場合において、贈与の目的、その条件、その財産的価値、議決権行使に係る議案の内容等に照らし、それが株主の権利行使に不当な影響を及ぼすと認められるときは、当該株主総会における決議の方法が著しく不公正なものとなるべきである。

さいたま地裁が「不公正」の判断要素の一つとする「贈与の目的」について、プラコーは開示資料で次のように筆頭株主を批判している。

本株主は、2020年10月29日、一部の株主様に対して、提供するクオカードを3,000円に増額する旨の書面を送付し、当社に対して既に委任状をご返送いただいた株主様に対しても、改めて本株主の株主総会事務局に委任状を送付するよう求めております。本株主によるクオカードの提供が真に議決権行使の促進を目的とするものであった場合、当社に対して既に委任状をご返送いただいた株主様に対して、改めて委任状の送付を求める必要は全くありませんので、本株主は、当社に対して既に委任状をご返送いただいた株主様に対して、クオカードを提供することにより、本株主側への翻意を促すことを目的としているものというほかなく、本株主が株主の皆さまの議決権行使のご判断に重大かつ不当な影響を及ぼしていることは明らかです。

プラコーの指摘は正鵠を射たもののようにも思われ、また、議決権行使の促進を目的として行われるクオカードの提供は500円相当の金額が多いことも踏まえると、さいたま地裁が「贈与の目的」とともに「不公正」の判断要素とする「財産的価値」という点でも“グレー度”は増す。さらに、本臨時株主総会で廃止が決定した買収防衛策は2020年6月の定時株主総会で導入されたばかりであり、半年も経たずにその廃止が決まるという事態も尋常でない。クオカードの提供が「株主の議決権行使に重大かつ不当な影響を及ぼしている」と会社側が主張するのも理解できるところだ。

本臨時株主総会はひとまず筆頭株主側の勝利に終わったが、今後、プラコーの監査役や旧経営陣側またはそれを支持する株主から決議取消訴訟が提起されることも考えられる。同社の経営権をめぐる争いはしばらく継続する可能性があろう。

参考事例
過去にクオカードの株主への提供が問題となった事例としては、モリテックス事件(東京地判平成19年12月6日)がある。

モリテックス事件は、会社と筆頭株主がそれぞれ役員の選任議案を提出した株主総会において、会社が議決権行使に謝礼(500円分のクオカード)を提供することが利益供与の禁止(会社法120条)に該当するか否かが争われたものであり、会社ではなく筆頭株主がクオカードを提供したプラコーの事案では会社法120条を適用する余地はないという点で、両事案は異なるが、類似事案として紹介しておこう。

モリテックス事件で、東京地裁は、クオカードの提供が利益供与に該当するか否かの判断基準として、①正当な目的、②個々の金額の妥当性、③総額の相当性という3つの要素を示し、クオカードの贈呈は、①当該利益が、株主の権利行使に影響を及ぼす恐れのない正当な目的に基づき供与される場合、②個々の株主に供与される額が社会通念上許容される範囲のものであり、③株主全体に供与される総額も会社の財産的基礎に影響を及ぼすものでないとき、には例外的に違法性は有しないと判示している。

そのうえで東京地裁は、②については500円相当のクオカードであること、③については総額452万円であることから許容範囲内であるが、①については、取締役側の送付した葉書で、「重要事項として会社提案に賛同されたい」旨の記載があるなど、「会社提案へ賛成する議決権行使の獲得をも目的としたものであると推認することができ」るとして、利益供与に該当すると判断した。

2020/11/10 【2020年10月の課題】東証の市場区分見直しに伴うCGコード改訂(会員限定)

日本シェアホルダーサービス株式会社
研究開発/コンサルティング部
チーフコンサルタント
藤島 裕三

CGコード再改訂のスケジュールと対象

2015年6月に導入されたコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の改訂頻度は、スチュワードシップ・コードのように明確に「3年ごと」とは定められているわけではありませんが、2018年6月に初めて改訂されてから3年目後となる2021年に再改訂されることは既定路線となっています。既に再改訂を議論するため金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下FU会議)が10月20日に再開しており、今後は同会議が再改訂案を取りまとめ、これがパブリックコメントに付され、2021年6月の株主総会シーズン前には再改訂されたCGコードが確定することが予想されます。

ただし、今回の再改訂は、金融庁・東証が進めている市場区分見直しと連動しており、再改訂後のCGコードの適用開始は、新市場区分への一斉移行日である2022年4月1日となる可能性があります。また、2020年2月に東証が公表した「新市場区分の概要等について」によると、新たな市場区分(仮称)ごとに「上場基準」として課されるCGコードは下表のとおりとなります(7〜9ページ参照)。

プライム市場 見直し後のCGコード全原則の適用
スタンダード市場 CGコード全原則の適用
グロース市場 CGコード基本原則のみを適用

したがって、上記上場基準によれば、基本的に今回のCGコードの再改訂はプライム市場上場会社のみを対象とするものであり、スタンダード市場上場会社には現行のCGコードが引き続き適用されることになりそうです。あるいは、再改訂されたCGコードのうち特に重要なものに限って、スタンダード市場上場会社向けのCGコードに反映されるかもしれません。そこで本稿では、主にプライム市場上場会社を対象に行われると予想されるCGコードの再改訂について、直近のFU会議における議論を手掛かりに考察します。

金融庁の掲げる課題

10月20日に開催されたFU会議において金融庁は、事務局資料として「コロナ後に向けた経済・社会構造の変化とコーポレートガバナンス上の課題」を提出しました。この資料では「コロナ以降の経済・社会構造の変化」と題し、下表のとおり、「コロナ禍により発生・顕在化した企業をめぐる変化」として、①顧客が求める財・サービスの変化、②従業員の働き方の見直しへのニーズの高まりや新たな雇用・人材活用の萌芽、③不確実性の高まりを挙げたうえで、企業には「多様なステークホルダーへの価値提供、社会的課題のビジネスによる解決」が求められるとしています。

コロナ禍により発生・顕在化した
企業をめぐる変化
顧客が求める財・サービスの変化
従業員の働き方の見直しへのニーズの高まりや新たな雇用・人材活用の萌芽
不確実性の高まり
求められる企業像・企業行動に関する議論 多様なステークホルダーへの価値提供、社会的課題のビジネスによる解決

また、資料では、上記問題提起を踏まえ、「コロナ後の企業の変革に向けたコーポレートガバナンスの課題」として、「これらに対応して新たな成長を実現するためには、株主はじめ顧客・従業員・地域社会などとの間で企業の変革ビジョンを共有し、迅速・果断な意思決定を通じて変革ビジョンを積極的に実行することが必要」とするとともに、これまでのFU会議等においても指摘されてきた下表(左欄)の5項目をコーポレートガバナンスの課題として挙げています。今後のFU会議におけるCGコードの再改訂議論は、これら5項目をベースに進められるものと考えられます。

資本コストを意識した経営 現預金保有、政策保有株式の在り方等
取締役会の機能発揮 社外取締役の質・量の向上、ダイバーシティ等
中長期的な持続可能性 サステナビリティ、管理職等におけるダイバーシティ等
監査の信頼性の確保 内部監査部門から経営者及び取締役会等に直接報告を行う体制の構築等
グループガバナンスのあり方 グループ全体としての経営の在り方、上場子会社の一般株主保護等

資本コスト : 株主など資本提供者の期待利回りのこと。資本コストが小さい=投資家にとってのリスクが小さいということになる。ここで「株主など」としたのは、負債にも資本コストはあるためである。株主資本により資金調達を行った場合のコストが「株主資本コスト」であり、株主資本の提供者である株主が期待する収益率のことを指す。一方、他人資本コストとは要するに借入金の金利を指す。この株主資本と他人資本を合わせた「総資本」のコストが「総資本コスト」である。総資本コストは、株主資本コストと他人資本コストを、株主資本(株式の時価総額)と他人資本(負債総額)の合計額に占めるそれぞれ額で按分(加重平均)した上で合計するため「加重平均資本コスト」、英語では「Weighted Average Cost of Capita=WACC(ワック)」と呼ばれる。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

以下では、上記5つの各項目について直近のFU会議で提起された問題点を整理し、それを踏まえたうえで想定されるCGコード再改訂の方向性について検討します。

1.資本コストを意識した経営

「資本コストを意識した経営」とはすなわち、企業価値の向上としての財務的なリターンを確実に生み出すことを意味しています。FU会議の委員からは「未だに欧米企業のROEは日本企業の2~3倍ある」「日本企業の課題はマージン率の低さである」「資本コストを意識した経営をしている日本企業は半分にも満たない」など、現状に対する不満が示されました。

ROE : Return On Equity=株主資本利益率(利益/株主資本)(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

CGコード原則1-3(資本政策の基本的な方針)は上場会社に「資本政策の基本的な方針」を説明することを求めています。CGコードの再改訂により、プライム市場上場会社においては、例えば「方針」の重要な要素として資本コストの推計値および資本生産性指標の目標値を設定すること、さらに、同原則を現在は「11」あるコーポレート・ガバナンス報告書(以下、CG報告書)において「特定の事項を開示すべきとする原則」に加え、具体的なコンプライの内容の開示を求めることなどが考えられるでしょう。

資本生産性 : 投下した資本が生み出す付加価値額を示す指標で、「付加価値額/総資本」により計算される。ここでいう総資本は通常は有形固定資産を指す。「資本生産性が高い」ということは、少ない設備で大きな付加価値を生み出しているということである。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

一方、事務局資料に挙げられている政策保有株式(上表の右欄参照)については、前回改訂で原則1-4(政策保有株式)において「保有の適否の検証の内容について開示すべき」旨が追加されるなど全面的な見直しがあったことから、今回の再改訂では大幅な変更は考えにくいと言えそうです。

2.取締役会の機能発揮

CGコードは取締役会の監督機能を重視していますが、その機能の発揮において重要な役割を果たすのが社外取締役です。社外取締役についてFU会議の委員からは、「社外取締役が3分の1に達する企業が増えている実態に合わせるべき」「異業種の経験者など様々な経験を持った社外取締役を選任すべき」など、社外取締役の質・量の確保に向け、企業に一層の取り組みを求める意見が聞かれました。また、取締役の指名・報酬に関する機能である「任意の諮問委員会」についても、「社外過半数を義務化すべき」「(取締役会の)実効性評価の対象とすべき」など厳しい注文が相次ぎました。

CGコード原則4-8(独立社外取締役の有効な活用)では、「少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は(中略)十分な人数の独立社外取締役を選任すべき」としていますが、ここでいう「必要と考える上場会社」が「プライム市場上場会社」と読み替えられるのではないでしょうか。プライム市場上場会社の指名・報酬委員会については、「社外取締役が委員の過半数を占めていること」「社内・社外取締役が同数の場合は、委員長を社外取締役とすること」など、独立性の向上が求められる可能性があります。補充原則4-11③が求める「取締役会全体の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示」する対象が、任意の指名・報酬委員会にまで拡大されることも考えられます。

3.中長期的な持続可能性

FU会議の委員の間では、持続可能な成長のためには管理職等におけるダイバーシティ(多様性)が重要であるという認識は一致していますが、そのうちジェンダーについては、「多様性の重要さは女性に限った話ではない」「男女を問わず働きやすいことが必要」など、より幅広い観点で捉えるべきである旨の指摘がありました。一方、持続可能性の議論においてしばしば登場する「ステークホルダー重視」という視点については、「既にCGコードはステークホルダーを重視している」「日本企業はステークホルダーの前に株主の期待に応えていない」「耳に心地よいステークホルダー重視に逃げてはいけない」など、慎重な見解が大勢を占めました。

上記のとおり、ジェンダーについて委員からは幅広い観点で捉えるべきという発言が目立ちましたが、わが国の社会的課題を鑑みると、やはり女性にフォーカスした再改訂が実施される可能性は高いと思われます。具体的には、CGコード原則2-4(女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保)は「社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべき」としていますが、プライム市場上場会社に対しては、例えば女性の活躍促進を中心とした多様性の推進について取締役会が方針を決定、かつ実施状況を確認すべきとされることが考えられます。また、取締役会に「ジェンダーや国際性を含む」多様性を求める原則4―11(取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件)においても、女性の取締役(社内・外を問わず)を「1名以上選任すべき」とされることが考えられます。

4.監査の信頼性の確保

事務局資料が示した「内部監査部門から経営者及び取締役会等に直接報告を行う体制の構築」(ダイレクト・レポーティング、デュアル・レポーティング)については、委員から特段の発言はありませんでした。一方、内部統制の重要な一部であるリスクマネジメントについて、「企業経営における不確実性が高まっている」「内部統制の強化やBCPの整備は喫緊の課題」といったコメントがありました。

BCP : Business Continuity Plan(事業継続計画)の略で、災害や事故などの予期せぬ出来事が発生した際に、限られた経営資源で事業活動を継続あるいは短期間で再開するため、事前に策定しておく行動計画のこと。防災計画が被害を最小限にするための「事前対策」であるのに対して、BCPは被害を受けてしまった後の「事後対応力」を備える取り組みと言える。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

ダイレクト・レポーティングについては、「取締役会は(中略)内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべき」ことを求めるCGコード原則4―3(取締役会の役割・責務(3))に新たな補充原則を追加する形で盛り込まれることも考えられます(現在の補充原則は4つ)。また、経営者のみならず取締役会など監督サイドも直接報告の対象とする「デュアル・レポーティング」についても、同様に原則4―3もしくは原則4-13(情報入手と支援体制)における新たな内容とすることも考えられます。一方、リスクマネジメントに関する発言はあくまで重要性を確認するものであることから、CGコードの再改訂に盛り込む要素としては馴染まないかもしれません。

5.グループガバナンスのあり方

グループ全体としての経営の在り方についてFU会議では、「M&Aや事業撤退を促進すべき」「複数事業の組み合わせは企業価値向上につながらなければならない」など、事業ポートフォリオ経営の徹底を求める声が上がりました。また、上場子会社の一般株主保護等、すなわち「親子上場問題」についても、「過渡的なものを除いて認められない」「将来的に0%か100%の方向性を開示させるべき」といった厳しい意見が聞かれました。

「グループ全体としての経営の在り方」に関連したところでは、現行のCGコード原則5―2(経営戦略や経営計画の策定・公表)が、経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては「事業ポートフォリオの見直し」「経営資源の配分」について説明することを求めていますが、CGコードの再改訂では、原則3―1(情報開示の充実)の(ⅰ)が求める経営戦略・経営計画の開示において、プライム市場上場会社は事業ポートフォリオや資源配分の方針まで含めるべきとすることが考えられるでしょう。親子上場については、親会社との間で利益相反取引が行われていないかといった観点からの取締役会の監督機能を強化するため、例えばCGコード原則4―8(独立社外取締役の有効な活用)で、「上場子会社においては取締役会の過半数は独立社外取締役を選任すべき」といった内容が追加されることも予想されます。

ここまでCGコード再改訂の方向性について検討してきましたが、再改訂議論が進む中で、一部の項目についてはハード・ロー(法令等)で義務付けるべきとの声が高まる可能性もあるという点、留意が必要です。具体的には「女性活用の促進」と「親子上場」がその対象になることが想定されます。未対応でも適切にエクスプレインすれば許容されるCGコードとは異なり、上場規則などハード・ローによる規制となれば、影響は格段に大きくなります。女性取締役を未選任の会社および上場子会社においては、その可能性も視野に入れて対応を検討しておく必要があるでしょう。

2020/11/09 譲渡制限付株式報酬vsストック・オプション インセンティブ効果が高いのは?

日本企業の役員報酬は、「短期」から「中長期」へ、「固定」から「業績連動」へ、「現金」から「株式」へという大きな変化の流れの中にある。なかでも、株式報酬制度を導入していなかった日本を代表する企業 トヨタ自動車が導入(2019年6月の定時株主総会で付議)するなど、中長期の業績連動報酬型株式報酬としてとして多くの上場企業に採用されているのが、譲渡制限付株式報酬だ。

譲渡制限付株式報酬 : 一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しないなど)が定められているものを指す。「リストリクテッド・ストック」という呼び方も定着している。

当フォーラムが有価証券報告書の【コーポレートガバナンスの状況等】(4)【役員報酬等】を「譲渡制限付株式報酬」をキーワードとして検索したところ、2019年3月期決算企業で276社、2020年3月決算企業で416社がヒットした。一方、同じ業績連動報酬型の株式報酬であるストック・オプションは2019年3月決算企業で207社、2020年3月決算企業で202社であった(「ストック・オプション」によりキーワード検索)。すなわち、2020年3月期企業において、譲渡制限付株式報酬はストック・オプションの2倍以上採用されているものと推定される(以上、下表参照)。

  2019年3月期 2020年3月期 増減
譲渡制限付株式報酬 276社 416社 +140社
ストック・オプション 207社 202社 △5社

ストック・オプションより譲渡制限付株式報酬の採用が多い理由としては、・・・

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2020/11/09 譲渡制限付株式報酬vsストック・オプション インセンティブ効果が高いのは?(会員限定)

日本企業の役員報酬は、「短期」から「中長期」へ、「固定」から「業績連動」へ、「現金」から「株式」へという大きな変化の流れの中にある。なかでも、株式報酬制度を導入していなかった日本を代表する企業 トヨタ自動車が導入(2019年6月の定時株主総会で付議)するなど、中長期の業績連動報酬型株式報酬としてとして多くの上場企業に採用されているのが、譲渡制限付株式報酬だ。

譲渡制限付株式報酬 : 一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しないなど)が定められているものを指す。「リストリクテッド・ストック」という呼び方も定着している。

当フォーラムが有価証券報告書の【コーポレートガバナンスの状況等】(4)【役員報酬等】を「譲渡制限付株式報酬」をキーワードとして検索したところ、2019年3月期決算企業で276社、2020年3月決算企業で416社がヒットした。一方、同じ業績連動報酬型の株式報酬であるストック・オプションは2019年3月決算企業で207社、2020年3月決算企業で202社であった(「ストック・オプション」によりキーワード検索)。すなわち、2020年3月期企業において、譲渡制限付株式報酬はストック・オプションの2倍以上採用されているものと推定される(以上、下表参照)。

  2019年3月期 2020年3月期 増減
譲渡制限付株式報酬 276社 416社 +140社
ストック・オプション 207社 202社 △5社

ストック・オプションより譲渡制限付株式報酬の採用が多い理由としては、譲渡制限付株式報酬をストック・オプション(1円ストック・オプションのようなフルバリュー型(株式報酬型)のストック・オプションを除く。以下、本稿において同じ)と比較すると、以下のようなメリットがあるためだと考えられる。

フルバリュー型 : 株式そのものを報酬として支給する場合のように、支給対象者が株式の価値全体(=フルバリュー)の報酬を得ることができるタイプの株式報酬のこと。フルバリュー型であれば、株価低迷時においても、会社が倒産しない限り価値がゼロになることはないため、支給対象者はインセンティブを継続しやすいというメリットがある。これに対し、行使価格が決められているストック・オプションのように、値上がり益部分が利益となるものを「株価上昇益還元型」などという。このタイプの株式報酬は、しかし、株価が権利行使価格を大幅に下回り、回復の見通しが立たない場合、インセンティブ効果が失われてしまうというデメリットがある。このため、譲渡制限付株式報酬よりも株式の付与数を多めに設定することが多く、株価が大きく上昇した場合には、フルバリュー型よりも得られる利益が大きくなることもある。

・株価が下落傾向にある場合でも(株価がゼロ(=株式報酬がゼロ)になるわけではないため)インセンティブ効果が持続する。
・譲渡制限期間中であっても自益権共益権があり、株主と利益が共有できる。
・ストック・オプションの場合、公正価値評価が複雑であることから、外部専門家に対する公正価値評価を算定してもらうための報酬が発生するのが通常だが、譲渡制限付株式報酬ではそのコストが発生しない。

自益権 : 利益配当請求権や残余財産分配請求権など、その株主個人の利益だけに関する権利を「自益権」という。共益権と自益権は株主の2大権利である。
共益権 : その権利を行使した場合、株主全体の利害に影響する権利のことで、その代表的なものが株主総会における議決権である。共益権には、1株でも保有していれば行使できる「単独株主権」(例えば株主総会における議決権や、株主代表訴訟を提起する権利)と、一定割合または一定の株式数を有する株主のみが行使できる「少数株主権」(例えば株主総会で議題を提案する権利:議決権の100分の1または株式数300以上)がある。共益権と自益権は株主の2大権利である。

上記のメリットのうち、株価が下落傾向にある場合でもインセンティブ効果が持続するという点が、譲渡制限付株式報酬の導入が進んでいる最も大きな理由だろう。株価が下落しても、少なくともその株価分の報酬は得ることができるからだ。一方、ストック・オプションは、株価が権利行使価格より大きく下落している状況では、インセンティブ効果が失われかねない。

では、株価が上昇傾向にある場合、譲渡制限付株式報酬とストック・オプションのどちらがインセンティブ効果が高いだろうか。前提条件として、現在の株価が1,000円、ストック・オプションの権利行使価格が1,000円、ストック・オプションの公正価値が500であったと仮定しよう。譲渡制限付株式報酬を1株1,000円分付与する場合と、ストック・オプション2個(=1,000÷500)付与する場合では、会社にとっての会計上の費用負担は同額となる(譲渡制限付株式報酬の場合、1株1,000円が会計上の費用となるのに対して、ストック・オプションの場合は公正価値部分(@500×付与数)が会計上の費用となる)。

上記を前提に会社にとって費用負担が同じとなる「譲渡制限付株式報酬1株」と「ストック・オプション2個」を比較すると、下図のとおり、株価が2,000円を超えれば「ストック・オプション2個」の方がインセンティブ効果が高いことが分かる。
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冒頭で述べたとおり、近年は“譲渡制限付株式報酬ブーム”となっているが、上図のように株価上昇局面においてより高いインセンティブ効果を求めるのであれば、ストック・オプションも選択肢となり得る。特に、勤務条件しかない(一定期間在職していれば譲渡制限が解除される)譲渡制限付株式報酬の場合、ある意味「何もしなくても」株価相当額の報酬を受け取ることができてしまうため、必ずしもインセンティブ効果が高いとは言えない。また、譲渡制限付株式報酬の場合は(株式を売却しない限り)キャッシュ・インがないのに対し、ストック・オプションの場合はキャッシュ・インがある(権利行使をしてすぐに株式を売却するため)というメリットもある。

さらに、税制適格ストック・オプションにするのかや、譲渡制限付株式報酬を役員への「退職金」(具体的には、リストリクテッド・ストックであれば譲渡制限の解除を退任時とする)とするのかなど、ストック・オプション、譲渡制限付株式報酬ともその設計内容によって役員個人への所得税額も変わってる。株式報酬の選択にあたっては、他社も導入しているからという理由で闇雲に譲渡制限付株式報酬を導入するのではなく、株価の動向や所得税負担まで考慮した上で、いずれの株式報酬を選択し、どのように設計するのか、十分に検討する必要があろう。

税制適格ストック・オプション : 税法が求める要件を満たすことで、権利行使によって株式を取得した時点で生じている含み益(権利行使時の株式の時価-株式の取得価格)への課税が、実際に株式を売却する時点まで繰り延べられる(=株式を購入しただけで課税されるという状況を避けられる)ストック・オプションのこと。具体的な要件としては、無償発行、権利行使期間が「株主総会での発行決議の2年後~10年後までの最大8年間」、行使価格が発行時の時価以上、権利行使金額が「年間1,200万円まで」などがある。
退職金 : 「(収入金額(源泉徴収される前の金額)-退職所得控除額) ×1/2」が所得税の課税対象となる(他の所得と分離して所得税額を計算)。退職所得控除額は、勤続年数が20年以下の場合は「40万円 × 勤続年数」、20年超の場合は「 800万円 + 70万円 × (勤続年数-20年)」により計算される。

2020/11/07 【WEBセミナー】役員報酬の近時の動向(会員限定)

概略

【セミナー収録日】2020年10月30日(金)

近時、「指名」とともにコーポレートガバナンスの中核をなす「役員報酬」を取り巻く環境に大きな変化が生じています。新型コロナウイルス感染症は多くの企業の業績に大きなダメージを与えており、未だ感染が収束していない中、今後そのダメージは拡大する可能性があります。これに伴い、役員報酬の水準の見直し等が検討課題となり得ます。また、 日本企業の間でも一般化しつつある株式報酬については、自社の取締役等のみならず、海外子会社の経営幹部にも付与したいというニーズが高まっており、それを実現するためのスキームが注目を集めています。さらに、会社法改正をはじめ、役員報酬に関連する法規制等の見直し・整備も進んでいます。
そこで本セミナーでは、経営者報酬コンサルティング等の分野で世界的な権威を持つウイリス・タワーズワトソンの経営者報酬プラクティス部門でシニアコンサルタントを務める小川直人様に、「役員報酬の近時の動向」と題し、コロナ禍を受けた経営者報酬トレンド、コロナ禍における責任ある経営者報酬のあり方、株式報酬を海外子会社の経営幹部に付与するスキームとして注目を集める「グローバルLTI(Long Term Incentive)の仕組みや設計例、会社法改正が役員報酬に与える影響など役員報酬を巡る法規制やガイドラインの状況等について解説していただきます。

【講師】ウイリス・タワーズワトソン
経営者報酬部門
シニアコンサルタント 小川 直人 様

セミナー資料 役員報酬の近時の動向.pdf
セミナー動画
①ウイリス・タワーズワトソン経営者報酬プラクティスの紹介、本セミナーの内容

②コロナ禍を受けた各国の経営者報酬トレンド

③株式報酬のグローバル対応

④経営者報酬を取り巻く法規制・ガイドラインの状況
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2020/11/07 緊急WEBセミナー「役員報酬の近時の動向」配信開始!

新型コロナウイルス禍において会員の皆様に必要な情報をいち早くお届けするべく、2020年11月7日(土)より下記のWEBセミナーの配信を開始いたしました。

テーマ 講 師
役員報酬の近時の動向
〜コロナ禍への対応、株式報酬のグローバル対応、改正会社法etc〜
ウイリス・タワーズワトソン
経営者報酬部門
シニアコンサルタント 小川 直人 様

■WEBセミナーの詳細

セミナー
の内容
近時、「指名」とともにコーポレートガバナンスの中核をなす「役員報酬」を取り巻く環境に大きな変化が生じています。新型コロナウイルス感染症は多くの企業の業績に大きなダメージを与えており、未だ感染が収束していない中、今後そのダメージは拡大する可能性があります。これに伴い、役員報酬の水準の見直し等が検討課題となり得ます。また、日本企業の間でも一般化しつつある株式報酬については、自社の取締役等のみならず、海外子会社の経営幹部にも付与したいというニーズが高まっており、それを実現するためのスキームが注目を集めています。さらに、会社法改正をはじめ、役員報酬に関連する法規制等の見直し・整備も進んでいます。
そこで本セミナーでは、経営者報酬コンサルティング等の分野で世界的な権威を持つウイリス・タワーズワトソンの経営者報酬プラクティス部門でシニアコンサルタントを務める小川直人様に、「役員報酬の近時の動向」と題し、コロナ禍を受けた経営者報酬トレンド、コロナ禍における責任ある経営者報酬のあり方、株式報酬を海外子会社の経営幹部に付与するスキームとして注目を集める「グローバルLTI(Long Term Incentive)の仕組みや設計例、会社法改正が役員報酬に与える影響など役員報酬を巡る法規制やガイドラインの状況等について解説していただきます。
講師の
ご紹介
小川 直人(おがわ なおと)様
ウイリス・タワーズワトソン 経営者報酬部門 シニアコンサルタント
国内大手上場企業に対する経営者報酬コンサルティング、経営者報酬データベースの編集・分析、ストックオプションの導入概況調査、オプション算定モデル等を用いたストックオプションの評価単価算定、に関与する。
グローバル長期インセンティブに関する経験が豊富。キャッシュプラン、エクイティプランの各種ビークルについて、設計・導入支援から事務局への運用サポートまで幅広く従事。
ウイリス・タワーズワトソン入社以前は、大手会計事務所にて国際移転価格に係る税務コンサルティングに従事。
東京大学教養学部卒(地域文化研究学科フランス地域専攻)、公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員、CFA協会認定証券アナリスト

会員の方は下記URLよりWEBセミナーを視聴いただくことができます。
■会員向けURL(ログインが必要です)
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非会員の方は下記URLよりWEBセミナーをお申込みいただけます。
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