周知のとおり上場会社には2021年3月期からKAMが強制適用されるが、KAMは投資家との対話におけるテーマとなることは間違いないだけに、経営陣としては、監査人が自社のKAMとしてどのような項目を選定するのか大いに気になるところだろう。
自社のKAMを予想するうえで参考になるのが、早期適用会社の事例だ。日本公認会計士協会が2020年10月12日に公表した監査基準委員会研究資料第1号「「監査上の主要な検討事項」の早期適用事例分析レポート」(以下、KAM早期適用事例分析レポート)には、KAMを早期適用した48社(*)のKAMを様々な角度から分析した結果がまとめられており、これからKAMが適用される上場会社にとっては参考になることが多い。KAMの早期適用事例におけるKAMの個数や内容については既に2020年7月2日のニュース「速報 KAMを記載した2020年3月決算企業の社数・属性、KAMの数と内容」でお伝えしているため、本稿ではKAMの個数・内容以外の点についてレポートする。
金融商品取引法監査が適用される非上場会社 : 1億円以上の発行価額で「50名以上の者を対象にした新たに発行される有価証券の取得の申込の勧誘(有価証券の募集)」や、1億円以上の売出価額で「50名以上の者を対象とした既に発行された有価証券の取得勧誘(有価証券の売出)」を行った会社は、有価証券報告書の提出が義務付けられている。
まず経営陣が理解しておきたいのは、KAMの導入により、会社が公表していない情報が監査報告書に記載される可能性があるということだ。監査基準の改正に過ぎないKAMに投資家の注目が集まっている理由も、これまで会社が明らかにして来なかった“何か”が露わになることを期待しているからに他ならない。これを裏付けるのが、企業会計審議会が2017年に26社の協力を得て実施したKAMの試行結果だ。それによると、会社が公表している情報だけでKAMを記載するのは困難なケースが見受けられたことが報告されている。とりわけ日本の会計基準適用会社ではその傾向が顕著に見られ(KAM早期適用事例分析レポートの7ページの図表6参照)、その理由として、日本の会計基準が求める開示が国際会計基準(IFRS)や米国会計基準と比べて十分でないことが挙げられている。
しかし、財務諸表でも触れていない情報を監査報告書でいきなり開示するというのは、従来の監査報告書の実務ではありえなかった事態であるだけに、監査人としても避けたいのが本音と言える。こうした状況に鑑み、企業会計審議会はKAMに関する監査基準の改訂に際し、「監査人が「監査上の主要な検討事項」を記載するに当たり、企業に関する未公表の情報を含める必要があると判断した場合」の対応方法として、下記のとおり経営者に追加の情報開示を促すことなどを推奨していた。
| 企業会計審議会「監査基準の改訂について」(2018年7月5日公表)より抜粋 二 主な改訂点とその考え方 1 「監査上の主要な検討事項」について (5) 「監査上の主要な検討事項」と企業による開示との関係 企業に関する情報を開示する責任は経営者にあり、監査人による「監査上の主要な検討事項」の記載は、経営者による開示を代替するものではない。したがって、監査人が「監査上の主要な検討事項」を記載するに当たり、企業に関する未公表の情報を含める必要があると判断した場合には、経営者に追加の情報開示を促すとともに、必要に応じて監査役等と協議を行うことが適切である。この際、企業に関する情報の開示に責任を有する経営者には、監査人からの要請に積極的に対応することが期待される。また、取締役の職務の執行を監査する責任を有する監査役等には、経営者に追加の開示を促す役割を果たすことが期待される。(後略) |
上記KAM早期適用事例分析レポートの7ページの【図表6】によると、日本公認会計士協会が早期適用事例の監査チーム向けにアンケート調査を実施したところ、日本の会計基準適用会社の監査報告書に記載されたKAM合計54個のうち監査チームが「当該会社の監査に固有の状況を記載しようとすると、会社が未公表の情報を記載せざるを得なかった」と回答したKAMは1個に過ぎず、投資家からすれば一見“拍子抜け”の結果となった。このアンケート結果を受け同レポートは、「企業が未公表のセンシティブな情報が開示されたものではなかった」と結論付けている。
逆に言えば、会社が公表していない情報を監査人がKAMに記載するのは異例なことだけに注目を集めるのは間違いない。また、早期適用事例で会社が公表していない情報でKAMに記載されたのが54個のKAMのうち1個に過ぎなかったからといって、「KAM導入により会社が隠していた情報が露わになる」という投資家の期待が完全に裏切られたわけではない。というのも、監査人が経営者に追加の情報開示を促した結果、KAMではなく、財務諸表や定性的情報の記述が充実したことで、結果として会社が公表していない情報をKAMとして記載することを回避できたケースが多かったものと思われるからだ。実際に早期適用事例の監査に従事した監査チームへのインタビューにより、「KAMの記載に未公表情報が含まれていないかどうか細心の注意を払い、慎重に検討した。監査の初期段階から、開示も含めて会社とコミュニケーションを実施したが、KAMの記載に未公表情報が含まれる場合には、会社と有価証券報告書又は適時開示等の開示に関して協議を行い、全て公表情報として開示してもらった。その結果、KAMの記載には未公表情報は含まれていない。」との声も聞かれた(早期適用事例分析レポートの別紙4の86ページ参照)。結果として、KAMの導入により、会社が自ら投資家に開示する情報が充実したとも言える。
ただし、注意したいのはKAMの導入により必ずしも注記情報が充実したとは言い切れない面もあるという点だ。KAM早期適用事例分析レポートの7ページの【図表6】では、「監査対象の財務諸表に記載されている情報に基づき、当該会社の監査に固有の状況を記載できた」と評価されたKAMは28個に過ぎず、「財務諸表に開示のない情報ではあるが、会社が公表している情報を利用して、当該会社の監査に固有の状況を記載できた」と評価されたKAMは22個もあった。後者の「財務諸表に開示のない情報ではあるが、会社が公表している情報」とは有価証券報告書における定性的情報(記述情報=非財務情報)を指している。すなわち、監査人は、財務諸表に記載はないものの定性的情報の充実化により記載された情報を利用することでKAMを記載できたものと考えられる。
記述情報 : 有価証券報告書における「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」を指す。2019年1月31日に公布・施行された開示府令により、2020年3月期決算企業から記載内容の充実が求められることとなった。
監査報告書の対象が“財務報告”である以上、本来であれば、監査人は会社の財務諸表の注記情報だけを利用し、KAMにおいて当該会社の監査に固有の状況を記載できるのが望ましい。しかし、従来財務諸表の注記で開示して来なかった情報をKAMへの対応を理由に今期から開示すれば継続性が損なわれることもあり、会社側には抵抗感があるのも事実。とりわけ有価証券報告書の財務諸表注記では当期の分だけでなく、比較情報として前期の分もあわせて2期分を表示するため、前期の開示が不足していたかのようにも見えてしまう。また、日本基準における開示実務では注記内容がある程度固まっているため、KAMに完全に対応した注記を記載すると目立ってしまうという問題もある。そこで上記の54個のKAMのうち22個については、継続性がそこまで求められず、かつ、目立ちにくい定性的情報の開示を充実させることにより、有価証券報告書で公表していない情報がKAMに記載されることを回避したものと思われる。その裏では、KAMの記載に至る過程において、経営陣および監査役等と監査人との間で追加的な開示に関する協議が行われ、結果としてKAMの記載に関連する追加的な開示がされていたことが推測される。
KAMを巡るもう一つの問題が、会社法に基づく監査報告書への適用の要否だ。KAMが強制適用されるのは金融商品取引法に基づく監査報告書であり、会社法に基づく監査報告書への強制適用はない。しかし、大半の上場会社が有価証券報告書を株主総会後に提出しているため、株主がKAMを踏まえて株主総会の場で会社と対話しようとすると1年遅れになってしまうという問題がある。この問題を解決するには、会社法の監査報告書にもKAMを任意適用することが考えられる。もっとも、早期適用会社のうち実際に会社法の監査報告書においてKAMを任意で適用したのは1件(三菱UFJフィナンシャル・グループ)だけであった。会社法の監査報告書に任意でKAMを記載するとなった場合、計算書類等または事業報告は有価証券報告書よりも開示の質量ともに薄いだけに、開示を充実させなければ上述した「未公表情報の記載」が論点として浮かび上がることは間違いない。会社法の注記表は1期分のみ(比較情報として前期の注記を記載する必要はない)であることから、開示を充実させることについては有価証券報告書の財務諸表注記よりも会社側の抵抗感は小さいものと思われるが、それでもなお、「適用会社数が少ない」という観点から会社法でのKAM適用に社内で反対の声が聞かれるのであれば、会社法の監査報告書ではKAMを任意適用せずに、有価証券報告書の提出を株主総会前に前倒しするのも一案として考えられる。
どちらを選ぶにせよ、KAMの記載内容について早めに監査人と合意しておき、有価証券報告書のドラフトを例年より早く監査人に提出できるよう開示スケジュールを早期化することが必須となる。あらかじめKAMに対する監査人の意向や投資家の関心をヒアリングしたうえで、早めに意思決定をして早期開示の体制を整備しておくべきと言えよう。

