日本シェアホルダーサービス株式会社
コンサルタント 水嶋 創
株主が株主総会で会社提案議案に対して「反対」する場合、当然のことながらそれには何らかの理由があります。特に機関投資家の多くは、各社独自の議決権行使ガイドラインを策定し、これに基づいた行使判断を行っていますので尚更です。機関投資家の場合、反対行使の多くは、総会に付議された議案に対する総合的な判断の結果というよりも、議案の内容や会社の状況のうち何らかの事項が規定に抵触したことによる結果だと言えます。
本稿では、企業にとって重要性が高い議案として剰余金処分、定款変更、役員選任(取締役・監査役)、役員報酬(報酬額、業績連動型報酬、ストックオプション、賞与など)を取り上げ、主な反対行使の理由を紹介します。
●剰余金処分議案
(想定される主な反対理由)
・自己資本比率が高く、配当性向が低い
・本年の株主総会で「継続会」を選択したことによりISSが棄権推奨を行った |
継続会 : 会社法上、株主総会は、延期または続行することができるとされている(会社法317条)。ここでいう「延期」とは株主総会の成立後に議事に入らずに開催日を後日に変更することであり、一般的には「延会」と呼ばれ、「続行」とは株主総会の成立後に議事に入るものの、全ての議事の審議を完了せず残りの議事の審議を後日に先送りすることであり、一般的に「継続会」と呼ばれる。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
配当の水準が妥当であるか否かについては、まずは配当性向(あるいは総還元性向等)を判断基準としている投資家が多くなっています。さらに内部留保の必要性の観点からROEや自己資本比率を勘案することも多いようです。そのため、自己資本比率が高いなど内部留保の必要性が低いにもかかわらず配当性向等が低い企業では、剰余金処分議案への賛成率が低位にとどまる傾向が確認できます。
総還元性向 : 企業が利益をどの程度株主に還元しているかを示す指標。「総配分性向」「株主還元性向」とも言われる。「(配当金+自社株買いの金額)÷当期純利益」によって計算される。ちなみに、「配当性向」は当期純利益に占める「配当金」のみの割合を示す。自社株買いも株主還元の1つであるため、最近は配当性向とともに、総還元性向を開示する企業が多い。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
ROE : Return On Equity=株主資本利益率(利益/株主資本)(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
ただし、新型コロナウイルス感染症の拡大以降、内部留保のあり方が見直されています。これに伴い、一部の機関投資家は、従来であれば反対したであろう配当水準であっても、本年は賛成に回ったと見られるケースが確認されています。6月総会における剰余金処分議案の平均賛成率が上昇したのは、この「機関投資家の柔軟な行使判断」の影響が大きいと考えられます。
一方で、議決権行使助言会社ISSは、本年の総会で継続会方式を選択した企業の剰余金処分議案については、「棄権」を推奨しました。決算が確定していない以上、配当水準の妥当性を判断できないというのがのその理由です。しかし、議案の賛成率は、文字通り賛成行使の割合を示すものですので、賛成率への影響という意味では、棄権は「反対」と同じ効果を持ちます。結果として、継続会方式を選択した企業で、剰余金処分議案への賛成率が前年比で大きく低下した事例が確認されています。
●定款変更議案
(反対の多い定款変更の内容)
・剰余金の配当等を取締役会決議により決定する旨の変更
・取締役任期の長期化(1年→2年)
・取締役員数の増加
・発行可能株式総数の増加
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株式会社における「定款」は、商号や事業目的、本店所在地といった事項から配当や株主総会に関する規定、さらには取締役や監査役、会計監査人に関する規定など幅広い内容を含んでいます。企業が定款の内容を変更する場合、その変更が複数の規定にわたる場合であっても、一つの「定款一部変更の件」という議案して総会に上程されるのが一般的です。投資家はその変更内容のうち一つでも自社の基準に抵触するものがあれば、定款変更議案全体に反対することとなります。
投資家の反対を集めやすい定款変更の内容の一つが、配当支払い決議を株主総会で行っている企業がこれを取締役会に変更(授権)するものです(会社法459条1項4号)。コロナ禍の中で開催された今年の総会では、取締役会に剰余金の配当を授権することを定款で定めている企業で、剰余金の配当の基準日は当初どおりとすることを「取締役会」で決議し、議決権の基準日を改めて定めることにより定時株主総会を延期するところがありましたが(2020年4月21日のニュース「配当基準日は変えずに議決権基準日を後倒しして総会を延期する企業が出現」参照 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)、「剰余金の配当を取締役会に授権すれば株主の権利が縮小する」との観点から、当該定款変更議案に反対する投資家は多いと考えられます。
授権 : 「配当の決定権限」といった権限を株主総会から取締役会に委譲すること。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
さらに、取締役の任期を伸ばす(1年→2年)、員数を増やすといった議案も、コーポレートガバナンスの後退と受け止められ反対されるケースが多いようです。また、株式の希薄化につながりかねない発行可能株式総数を増加させるための定款変更議案についても賛成率が低位にとどまる事例が確認されています。
希薄化 : 「1株当たりの価値」が下がること。希薄化は発行済株式数の増加により起こる。どれくらい希薄化したかを示す「希薄化率」とは発行済株式数の増加率のことであり、「新規発行株式数 / 既発行株式数」によって計算される。既存株主からすれば、希薄化により一株当たり株主価値が低下するのみならず、議決権比率が低下し、投資先企業への影響力も薄まることになる。そこで、例えばある大手機関投資家は、株式報酬制度の導入に関する議案への賛成の条件として、「希薄化率が10%未満」であることを挙げている。発行済み株式数のみならず、今後実際の株式に転換される可能性のあるストックオプションや転換社債などまで含めた株式数をベースに計算された希薄化を「完全希薄化(Fully Diluted)」という。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
●役員選任議案
(想定される主な反対理由)
・社外役員候補者の独立性の否認
・取締役会に占める独立役員の人数の割合が小さい
・業績基準(ROE基準)への抵触
・不祥事など |
ROE基準 : 投資家が経営トップの選任議案などに賛成する条件として、一定以上のROE(Return On Equity=株主資本利益率(利益/株主資本))を求めること。ちなみにISSでは、資本生産性が低く(過去5 期平均の自己資本利益率[ROE]が5%を下回り)かつ改善傾向(過去5 期の平均ROE が5%未満でも、直近の会計年度のROE が5%以上ある場合)にない場合、経営トップ(社長、会長)である取締役の選任議案に反対を推奨するとしている。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
取締役や監査役候補者の選任議案に対する主な反対理由としては、社外役員候補者の独立性の否認が挙げられます。独立性があるかどうかの判断基準は投資家によって異なるものの、国内機関投資家の多くが東証より提出が求めれる独立役員届書の有無を確認しており、大株主や取引先出身者など独立役員届出書が提出されていない候補者の選任議案に対して反対行使がなされる事例が確認されています。また、ISSは本年より政策保有先出身者の独立性を否認するとの基準の適用を開始しています。
近年厳格化が進んでいるのが取締役会構成基準です。例えば三菱UFJ信託銀行や三井住友トラスト・アセットマネジメントは、本年より原則として全ての企業に対して「取締役総数の1/3」の社外取締役の選任を求め、これを満たさない場合には取締役選任議案に反対するとの基準の適用を開始しました(なお、三井住友トラスト・アセットマネジメントの取締役会構成基準には、業績基準を満たしている場合は反対しないとの経過措置あり)。したがって、社外取締役の人数が取締役総数の1/3を満たしていない企業においては、機関投資家の取締役会構成基準厳格化により、会長・社長等以外も含めた取締役候補者の賛成率が低下したケースも確認されています。
この点ISSは、指名委員会等設置会社と監査等委員会設置会社に対しては1/3の社外取締役の選任を求めている一方、監査役設置会社については「1/3」という水準までは求めていません(2名未満の場合は会長・社長の選任議案に反対)。ただし、海外機関投資家の中には、独自のガイドラインに基づき、機関設計にかかわらず日本企業に対して1/3の独立取締役の選任を求めるところも増えてきています。ここでポイントとなるのは、海外投資家が選任を求めるのは単なる社外取締役ではなく、「独立性のある」社外取締役であることが一般的だという点です。そして、この独立性の有無の判断についてはISSのレポートの内容を参考にする投資家が多いようです。したがって、社外取締役の人数としては1/3基準を満たしてしているということで国内機関投資家からの反対は少ない場合でも、ISSが認める独立取締役人数が1/3基準を満たしていないため、海外機関投資家からは反対票が入るという例も見られます。
さらに、取締役選任議案への反対要因としては業績基準があります。具体的な指標としてはROEが用いられることがほとんどです。最も有名なものとしてはISSのROE基準(過去5年間の平均ROEが5%未満で直近も5%を下回る場合、会長・社長の選任に反対推奨する)が挙げられます。国内機関投資家のROE基準は投資家によって異なりますが、ISSとの比較では、①過去3年のROEを見て判断することが多い、②絶対値による基準(「5%未満」など)よりも上場企業あるいはセクター内での相対的な基準(「東証一部上場企業の中でROEが下位1/3内」など)を用いることが多い、③反対の対象を会長や社長に限らない(「3年以上在任の取締役」など)ことが多いといった特徴がみられます。
ただし、本年の総会についてISSは、コロナウイルス感染症が拡大している状況を考慮し、ROE基準の適用を停止しました。また、国内機関投資家においても業績基準を緩和するなどの動きも見られました(2020年5月20日のニュース「ROE基準の適用猶予、機関投資家の間でも広がる兆し」参照 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)。この結果、例年であればISSや機関投資家のROE基準に抵触していたはずの企業のでも取締役候補者の賛成率が向上した例もあり、これが平均賛成率上昇の主因であったと考えられます。
●役員報酬関連議案
(想定される主な反対理由)
・業績低迷下での報酬増額
・希薄化の大きい株式報酬やストックオプションの付与
・業績連動報酬の社外取締役や監査役への付与
・報酬制度に関する情報開示が限定的であるなど
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役員報酬関連議案については、企業の業績を理由とした反対行使が多く確認されています。例えば、赤字決算の下で報酬枠を増加させる、あるいは役員賞与を支払うといった議案です。業績についてはROEを用いた一定の水準を設定する投資家も多いようです。
また本年は、継続会方式を選択した企業が、先行する総会において、監査等委員会設置会社へ移行する定款変更議案と役員選任議案とともに役員報酬枠の設定議案も上程したところ、株主から多くの反対行使がなされたとの事例もありました。決算が確定していない段階においては、役員報酬の妥当性を見極められないと判断した投資家が多かったことが想定されます。
金銭報酬の額自体が大きすぎるとして賛成率が低位にとどまる事例は少ない一方、株式報酬やストックオプションについては、その希薄化率が大きいとして反対票を集めるケースが散見されます。希薄化の閾値は様々ですが、「5%〜10%」の間に設定されていることが多いようです。ただし、企業のステージに応じて異なる数値を用いる投資家も確認されています。
報酬の支給対象者も反対理由となりえます。特に社外取締役や監査役に対して賞与を支給する、あるいは業績連動型報酬の対象とする議案については、「社外取締役や監査役は業務執行から独立した立場であるべき」と考える投資家などから反対行使がなされるケースがあります。また、業績連動を謳ってはいるものの、その具体的な業績条件が明らかでないことなどを問題視する投資家も確認されています。
●反対理由の分析の必要性
コーポレートガバナンス・コード補充原則1-1①は、「相当数の反対票が投じられた」場合には「反対の理由や反対票が多くなった原因の分析」を行うべきであるとしています。機関投資家との対話においても、特に役員選任議案の賛成率やその原因に対する認識、今後の対応方針について問われることが増えてきているようです。
機関投資家による反対行使の理由は多岐に渡り、その分析は簡単ではありません。一方、スチュワードシップ・コードの再改訂により、「投資先企業との建設的な対話に資する観点から重要と判断される議案」について賛否の理由を公表すべきとの記述が追加(スチュワードシップ・コード5-3)されたことで、機関投資家による議決権行使結果の開示において反対理由を公表する事例も増えてきています。賛成率が80%を下回るなど低位である、あるいは前年比で低下が見られる議案がある場合は、主要機関投資家の個別開示の内容や議決権行使ガイドラインなども参照しつつ、その反対理由の分析を行うべきであると言えるでしょう。