ソニーグループ(以下、ソニー)が2025年9月3日、グループ内の金融子会社を「パーシャル・スピンオフ」したうえで直接上場させる旨を正式に決議したことが話題を呼んでいる(ソニーのリリースはこちら)。スピンオフが子会社株式のすべてを自社(=親会社)の株主に分配するスキームであるのに対し、パーシャル・スピンオフでは、パーシャル(=部分的な)という言葉のとおり、子会社株式の一部を親会社の手許に留めたうえで、残りの部分(パーシャル)をスピンオフする。自社の株主に対する株式の分配(現物配当)は無償で行われることになる。
スピンオフ : 企業や組織の一部を分離し、別個の独立した企業や組織とすること。
ソニーはソニー生命、ソニー損保、ソニー銀行などを傘下に持つソニーフィナンシャルグループ(ソニーの100%子会社。以下、ソニーFG)の株式のうち「80%超」を現物配当として株主に分配(ソニーの株主全員に、ソニー株式1株につきソニーFG株式1株を分配)するとともに、株主が換金しやすいよう、ソニーFGを9月29日付で東証プライム市場に直接上場させる。
直接上場 : 公募・売出しを伴わず、既存株のみで上場する方式。ダイレクト・リスティングとも言われる。公募をしない以上、資金調達を目的とするものではない。国内では1999年の杏林製薬(現:キョーリン製薬ホールディングス)が代表例で、その後の実例はない。
ソニーが選択したパーシャル・スピンオフと直接上場の組み合わせでは、ソニーはソニーFGの株式を売却するわけではない(自社の株主に無償交付+残りは自社の手許に留める)ため、ソニーが売却収入を得ることはない。ソニーの財務諸表の動きを確認すると、保有するソニーFG株式の一部を自社の株主に無償で分配する(現物配当)ことに伴い、ソニーの自己資本は現金で配当を行った場合と同様に「分配した株式の公正価値(=市場での適正な価格)」相当分減少する一方、売却を伴わないことから、ソニーの損益計算書に売却益は計上されない。
また、ソニーFGにとっても、IPO(新規株式公開)のように新たに株式を発行するわけではなく、既に存在する株式を市場に出すだけであり、資金調達とは無縁の上場となっている。
このようにソニーおよびソニーFGにとって少なくとも金銭的なメリットがないパーシャル・スピンオフおよび直接上場はなぜ実行されたのだろうか。ソニーは本スキームの目的を次のように説明している(ソニーのWEBサイト参照)。上2つが「ソニー視点」の目的で、下2つが「ソニーFG視点」の目的である。
ソニーは、クリエイションを軸とした事業ポートフォリオに特化
・エンタテインメント3事業とイメージセンサー事業にキャピタルアロケーションを集中
・金融事業の成長に伴い拡大したバランスシートの最適化
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ソニーFGは、ソニーブランドの継続使用と成長戦略の機動的な実行を両立
・ソニーがSFGI(当フォーラム注:Sony Financial Group Inc.の略で、ソニーFGのこと)株式の一部を継続保有することで、本スピンオフ後もソニーブランドを継続使用可能
・事業の状況に応じた資金調達・投資などの意思決定が迅速化
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キャピタルアロケーション : 調達した資金、事業活動を通じて得た資金をどこに投資するか、どのように使うかを判断すること。
他人資本である借入金に加え、ROEの分母となる多額の自己資本(資金)を必要とし、その割に低金利下で利益が小さい金融事業は低ROE事業であり、これを連結決算から切り離すことで、ソニーの連結貸借対照表がスリムになる(=総資産や負債の金額が減る)。ソニー視点の目的の一つである「バランスシートの最適化」とは、このことを指している。また、ソニーのバランスシートからROEの分母である自己資本が大幅に減少することで、ソニーのROE向上も期待できる。
ROE : ROE(Return On Equity = 株主資本利益率)とは株主資本に対する当期純利益の割合であり、「当期純利益 ÷ 株主資本」により算出される。
今回のパーシャル・スピンオフ後、ソニーによるソニーFG株式の保有割合は20%未満となるが、ブランドや人材面(取締役を最大2名派遣)での連携は続けるため、ソニーFGはソニーの持分法適用会社となり、ソニーはソニーFGの利益のうち持分相当分を連結損益計算書に取り込むことができる。一方、ソニーFGには今後もソニーブランドを継続使用することができるというメリットを享受できる(ソニーFG視点の目的)。
持分法適用会社 : 連結対象ではないが、企業が一定の影響力を持つ他社のことであり、通常は議決権の20%以上を保有する場合に該当する。ただし、20%未満でも、経営方針の決定に実質的な影響を及ぼしていると認められる場合は持分法適用会社となる。
パーシャル・スピンオフとともに本スキームの両輪を構成する「直接上場(*)」とは、未上場企業が株式の公募や売り出しを行わずに証券取引所に上場することをいう。仮にソニーが売り出しをすれば、多額の売却益とそれに対する多額の課税が同時に発生するが、直接上場においてはソニーは売り出しを行わないため、売却益が計上されない代わりに売却益に対する課税も発生しない。また、通常のIPOでは、主幹事証券会社を介して新株や既存株の公募・売り出しをする必要があり、時間がかかるうえに多額の手数料を主幹事証券会社に支払わなければならない。この点、直接上場であれば、既存株式をそのまま市場に流通させるだけであるため、上場コストを抑えつつ、迅速な上場が可能となる。
* 直接上場(direct listing)は、1999年に杏林製薬(現キョーリン製薬)が実施して以来、日本では行われていない。東証は2022年12月16日に公表した「
IPOに関する上場制度等の見直しについて」などにおいて、プライム市場やスタンダード市場では制限がなく実施可能であることを明言するとともに、2023年3月には上場要件を改正し「グロース市場への新規上場申請者に対しては、新規上場時において時価総額 が250億円以上となることが見込まれる場合には、新規上場に際して公募の実施を求めない」旨の改正を行うなどして、直接上場の利用促進を図っている(直接上場については2022年9月1日のニュース「
ダイレクトリスティング“解禁”なら、CVCの出口戦略への影響は必至」参照)。
さらに、今回のパーシャル・スピンオフは、2023年税制改正で実現した「パーシャル・スピンオフ税制」の適用を受けることを前提としている(同税制については2023年2月20日のニュース「政府、社内ベンチャーの設立を税制で後押しへ」参照)。同税制の適用を受けることで、ソニーの株主はソニーFG株の現物配当を受けたことに対して課税されることなく、株を売却する時点まで課税が繰り延べられるというメリットを享受できる。
このように、課税の繰り延べ効果を有するパーシャル・スピンオフと直接上場を組み合わせることで、株主への現物(子会社株式)の分配を通じた「株主リターンを重視する資本政策」の実現が可能になる。また、仮に通常の親子上場を選択した場合、子会社(本件ではソニーFG)の少数株主保護が問題となるが、今回のスキームでソニーは持分を20%未満に抑え、かつ、ソニーFGへの取締役派遣を最大2名までとすることで、少数株主保護を実現しつつ、銀行・保険分野への成長投資を継続することができる。
本件は、課税の繰り延べの対象となるパーシャル・スピンオフと日本で約20年ぶりとなる直接上場を組み合わせた初のスキームであり、税制・上場制度の整備が企業の戦略的再編を後押しした象徴的な案件と言える。理論的には、パーシャル・スピンオフと直接上場の実行を経たソニーの企業価値は不変のはず(株主に帰属する価値が形を変えただけ)だが、実行決定の翌日にあたる9月4日の東京市場では同社株式が一時3%超上昇した。事業ポートフォリオの再構築により、イメージセンサーやエンタメなど成長事業への資本集中が進むとの見方が市場で広がったからだ。現物配当の権利落ち日(2025年9月29日)以降、理論上は現物分配したソニーFG株式の価値の分だけソニーの企業価値は落ち込むはずだが、コングロマリット・ディスカウントの解消が評価されれば、両社とも企業価値が向上する可能性もある。10月以降の両社の株価の推移が注目される。
権利落ち日 : 配当や株主優待の権利を得る最終取引日の翌日のこと。この日以降に株を購入しても、それらの権利は得られない。