新聞等でも報道されているとおり、精密機器大手のHOYAは12月13日、JASDAQ上場の半導体製造装置メーカーであるニューフレアテクノロジーに対して株式公開買付け(TOB)を実施するとのリリースを出している。買付け価格は1株当たり12,900円で、発行済株式総数の66.7%を下限として全株式の取得を目指す。TOB成立後、ニューフレアは必要な手続(HOYAのリリースの「(4)本公開買付け後の組織再編等の方針(いわゆる二段階買収に関する事項)」参照)を経てHOYAの完全子会社となり、上場は廃止される。HOYAとニューフレアはともに半導体および半導体製造装置業界を顧客としており、両社が有する知見を組み合わせることで顧客各社の製品ロードマップへの対応力を強化するなど、双方の企業価値向上に資するシナジーを発現できるという。
ただし、本TOBには前提条件が付されている。ニューフレアに対しては総合電機大手の東芝が連結子会社の東芝デバイス&ストレージを通じてTOBを実施中で、このTOBが成立した場合、HOYAによるTOBは撤回される。東芝デバイス&ストレージはニューフレアの株式の52.4%を保有する同社の親会社であり、買付け期間は12月25日まで、買付け価格は1株当たり11,900円、14.3%を下限とした合計66.7%以上の取得による完全子会社化を目指している。上述のとおりHOYAが提示している買付け価格は1株当たり12,900円となっている。すなわち、HOYAは東芝デバイス&ストレージによるTOBが不成立となった後、同社が保有するニューフレア株式を取得することを狙って、さらなる好条件(高価格)によるTOBを提案したということになる。
このようなHOYAの買収戦略は、米国判例法として確立している「レブロン基準」に則ったものだと言える(レブロン基準については2016年2月5日のニュース「シャープ買収に見るM&Aにおける社外取締役の役割」参照)。同基準によると、会社がTOB期間中などの売却状態にある場合、その取締役会は株主利益を最大化するよう最善を尽くす義務がある。ここで問われている「株主利益の最大化」とは専ら高価格による売却を意味しており、HOYAの買付け価格は東芝デバイス&ストレージを上回ることから、ニューフレアの取締役会がHOYAの提案を無視あるいは軽視して反対した場合、取締役の善管注意義務違反に問われる可能性は小さくない。
もっとも、HOYAとしても、ニューフレアの取締役との法廷闘争など同社と全面的な敵対関係に至ってまで買収にこだわるとは考えにくい。そのような文字通りの敵対的買収が成功したところで、ニューフレアの役職員との感情的なしこりは修復が難しいまでに広がり、PMI(Post Merger lntegration、買収後の経営統合)の不調から統合効果が得られない事態に陥ることも予想される。むしろHOYAとしては、ニューフレアの大株主に働きかけることで、友好裏にTOBを進めようという意図があるものと推測される。その根拠として、以下のような本事案の“特殊な背景”が挙げられる。
(1)東芝機械の株主
東芝デバイス&ストレージによるTOBでは、ニューフレアの第2位株主(保有割合15.1%)である東芝機械が買付けに応じることが確実視されていたが、仮に東芝機械が翻意した場合、少数株主の応募状況次第とはいえ、TOBの成否は相当に不透明になる。東芝機械は社名に「東芝」を冠しているとはいえ、東芝は保有割合2.8%の第6位株主にとどまる。さらに6.4%の筆頭株主であるオフィスサポートは共同保有で大量保有報告書を提出しており(9.2%)、共同名義の野村絢氏は村上世彰氏の実娘であることから、旧村上ファンド系のアクティビストと見て間違いない。このような状況でHOYAが魅力的な「対抗TOB」を提案したことで、東芝機械の取締役会は難しい判断を迫られているものと推測される。
共同保有 : 大量保有報告制度上、たとえ単独での保有割合が5%以下でも、「保有者との間で、共同して株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している者」がいる場合には当該「共同保有者」の保有割合も合算する必要がある。
大量保有報告書 : 市場の透明性・公正性を高め、投資者保護を図ることを目的として、金融商品取引法上、株券等の大量保有者に対し提出が義務付けられている書類。具体的には、①保有割合が5%超となった場合、②その後、保有割合が1%以上増減するなど重要な変更があった場合、それぞれ提出事由が生じた日から5営業日以内に「大量保有報告書(or変更報告書)」の提出が求められる(②の場合に提出するのは「変更報告書」)。
(2)東芝の株主および取締役会
東芝機械が東芝デバイス&ストレージの買付けに応じないなどにより東芝デバイス&ストレージのTOBが不成立に終わった場合、東芝の取締役会はHOYAによるTOBに応じるかどうかの判断を迫られることになる。仮に応じれば、東芝には800億円近いキャッシュが流入するため、自社株主の利益を尊重する立場からは、「応じる」という選択肢も決して簡単には排除できないだろう。同社大株主にはエフィッシモ・キャピタル・マネージメントやキング・ストリート・キャピタル・マネージメントなど、著名なアクティビストやヘッジファンドが名を連ねている。さらに同社取締役会は12人中の10人が社外取締役で占められ、うち4人が投資ファンド出身者などの外国人となっている。極端にグローバル視点に偏った株主および取締役会構成の下で、HOYAのTOB提案が前向きに検討される可能性は決して低くないと言えそうだ。
(3)東芝の経営トップ
現在の東芝で経営の舵取りを担っている代表執行役会長CEOの車谷暢昭氏は、三井住友フィナンシャルグループの副社長から転出、英投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズ日本法人で会長兼共同代表を務めた人物である。東芝にとっては故土光敏夫氏以来53年ぶりの外部招聘による経営トップであり、自社の論理や社風にとらわれず経営を再建し、企業価値を向上させることが強く期待されている。このような立場である車谷氏としては、少なくとも公正な検討プロセスを経た上で、HOYAの提案を取締役会に諮ることは間違いないだろう。提案者であるHOYAとしても、内部生え抜きの経営トップより、車谷氏のようなプロ経営者の方が交渉相手として折衝しやすいとも考えられる。
以上を考え合わせると、HOYAの「対抗TOB」は相当に考え尽くされた戦略と言えそうだ。まずは東芝デバイス&ストレージによるTOBが成立するのか、12月25日の買付け期日終了後における東芝とニューフレアによるリリースが注目される。