2019/10/09 「企業年金の運営面の取り組み」として参考になる巨大年金の改革(会員限定)

周知のとおり、昨年(2018年)6月1日に施行された改訂コーポレートガバナンス・コードでは、上場企業(以下、母体企業)に対し、自社の企業年金がアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう、企業年金の人事面や運営面でどのような取り組みを行っているかを開示することを求める【原則2-6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮】が新設されている。さらに次期「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」では企業年金によるスチュワードシップ活動の取組みの推進が重要なテーマの一つとなることが確実となっており(2019年8月20日のニュース「フォローアップ会議、今後の検討テーマは?」参照)、今後、母体企業へのプレッシャーが高まることが予想される。

「企業年金の人事面や運営面でどのような取り組みを行うか」は母体企業にとって難題と言えるが、それは巨大年金にとっても変わらない。パフォーマンスの向上に向け現在改革を進めているのが、世界有数の年金基金である米国の公的年金基金「カリフォルニア州退職年金基金(通称:CalPERS=カルパース)」だ。

運用資産約3,763億ドルを誇るカルパースだが、同基金の積立比率(=(年金資産/退職給付債務))は約70%と低水準にとどまっており、2019年第2四半期の運用収益率も6.7%と、目標の7%を下回っている。今後積立不足の拡大も懸念される中、カルパースは、業務の効率化と投資領域におけるガバナンスを強化する方針を打ち出している。

このうち業務効率化の目玉となるのが会議の削減だ。具体的には、これまで年に9回開催していた取締役会を年6回に、オフサイトミーティング(社外の施設を利用した集中的なミーティング)を年2回から1回に、投資委員会など各委員会の開催を月1回から年4回へと大幅に削減する。これにより、現在全業務時間のうち約25%程度を費やしている会議準備の負担を軽減し、投資スタッフが投資業務に集中できる環境を確保する。

また、年金基金において重要な役割を果たす投資委員会のスリム化も図る。投資委員会はこれまで全取締役(13名)で構成されていたが、これを9名に絞り込む。参加メンバーを限定することで、投資委員会をより専門的な議論や現場目線での意思決定を行う場とするためだ。その一方で、投資領域におけるガバナンスを強化するため、これまでは投資委員会が単独で立案・決議していた投資戦略やアセット・アロケーションなど投資領域の全事項を今後は取締役会に報告し、かつ取締役会の承認を得ることとする。

アセット・アロケーション : 運用資金を、何(例えば株式、債券、不動産など)にどのような割合で投資するのかを決めること。

カルパースは景気後退時における収益性や積立比率改善のため改革を推進しており、今後も最大限のパフォーマンス発揮という年金加入者への責務を果たすため、改革を続けていくという。この「年金加入者への責務を果たす」という姿勢はまさに次期フォローアップ会議でも企業年金に対して求められることになろう。また、無駄な会議の削減や専門的な議論の推進、投資の意思決定に関するガバナンスの強化などカルパースが進める改革は、日本の母体企業にとっても、特に「企業年金の運営面」での取り組みとして、参考になりそうだ。

2019/10/08 政府が検討するCVCを促す措置の内容

政策保有株式を削減し、企業価値を向上させる投資に振り向けるよう求める投資家からのプレッシャーが高まる中、上場企業の間ではCVC(Corporate Venture Capital=コーポレート・ベンチャーキャピタル)に対する関心がこれまで以上に高まっているが、・・・

CVC(Corporate Venture Capital=コーポレート・ベンチャーキャピタル):投資を本業としない事業会社が自己資金をベンチャー企業に投資すること(又はその組織)。CVCは社内の投資部門や子会社が運営するか、外部のVC(Venture Capital=ベンチャーキャピタル)に運営を委託することが多い。CVCもVCもベンチャー企業に投資を行うという点では同じだが、VCが投資先の将来的な上場によるキャピタルゲインを得ることを目的としているのに対し、CVCは自社とシナジーのあるベンチャー企業に投資し、協業等により本業の成長や拡大を目的としている点、大きく異なる。

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2019/10/08 政府が検討するCVCを促す措置の内容(会員限定)

政策保有株式を削減し、企業価値を向上させる投資に振り向けるよう求める投資家からのプレッシャーが高まる中、上場企業の間ではCVC(Corporate Venture Capital=コーポレート・ベンチャーキャピタル)に対する関心がこれまで以上に高まっているが、ファンドを介在させない企業からの直接投資について、投資額の一定額を税額控除(法人税額から税額を直接控除する制度)する措置が政府内で検討されていることが当フォーラムの取材で分かった。2020年度からの実施に向け、年末にとりまとめられる2020年度税制改正大綱に盛り込むことを目指す。具体的には、経済産業省が2020年度(令和2年度)税制改正要望に盛り込んだ「オープン・イノベーションを促進するための税制措置の創設」がこれに該当するが、税制改正要望では措置の内容までは言及がなかった。

CVC(Corporate Venture Capital=コーポレート・ベンチャーキャピタル):投資を本業としない事業会社が自己資金をベンチャー企業に投資すること(又はその組織)。CVCは社内の投資部門や子会社が運営するか、外部のVC(Venture Capital=ベンチャーキャピタル)に運営を委託することが多い。CVCもVCもベンチャー企業に投資を行うという点では同じだが、VCが投資先の将来的な上場によるキャピタルゲインを得ることを目的としているのに対し、CVCは自社とシナジーのあるベンチャー企業に投資し、協業等により本業の成長や拡大を目的としている点、大きく異なる。

2020年度税制改正大綱:税制改正は毎年1回行われるのが通常だが、翌年度の税制改正の内容を大まかにとりまとめたものが税制改正大綱であり、毎年12月中旬頃に政府(与党)が公表する。

オープンイノベーションとは、社外から技術やアイデアを集め、自社だけでは開発できない商品やサービスを開発する手法を指す。これまでは自前の技術やリソースだけで商品やサービスを開発する(クローズド・イノベーション)ことが多かった日本企業だが、顧客ニーズの多様化や商品等のライフサイクルの短期化に対応するため、オープンイノベーションに舵を切る必要に迫られており、経済産業省の税制改正要望も文字通りその促進を意図している。

当フォーラムの取材によると、税額控除の割合としては投資価額の「5%」を軸に検討が行われる模様。似たような仕組みとして、2018年度末で廃止された「新事業開拓事業者投資損失準備金」があったが、同準備金は産業競争力強化法に基づく特例措置であり、必ずファンドを介在させなければならないことや、ファンドの規模(投資家からファンドへ出資される金額の合計)が10億円以上であること、投資額の50%以上が事業拡張期(生産及び出荷を始めており、その在庫又は販売量が増加しつつある状況等)にある新事業開拓事業者でなければならないなど、様々な要件が設定されており、あまり利用されなかったという経緯がある。そこで今回の「オープン・イノベーションを促進するための税制措置」では、こうした特別法による認定を必要としない制度とすることを目指す。上述のとおり、ファンドを介在させずに企業からの直接投資を対象とすることを検討するという点も、新事業開拓事業者投資損失準備金と異なる大きな特徴と言える(ただし、ファンドを介在させることも可能)。

新事業開拓事業者投資損失準備金:認定ベンチャーファンドを通じてベンチャー企業へ出資した企業が、出資額の一定割合を上限に損失準備金を積み立て、損金算入できる制度。

産業競争力強化法:日本経済の3つの歪みとされる「過剰規制」「過小投資」「過当競争」を是正するため、収益力の飛躍的な向上に向けた事業再編などの企業の取り組みを後押しする法律。

税額控除は国にとっては大規模な税収の減少を招く恐れがあるため、投資額が一定範囲に限定されたり、投資先に制限が付けられる(例えば関連者への投資を除外するなど)可能性はあるものの、税額控除はダイレクトに企業の節税につながるだけに、実現すればCVCを検討する企業の背中を押すことになりそうだ。

2019/10/07 取締役の数が基準オーバーで代表取締役CEOの選任議案に反対票

時価総額上位企業の2019年6月株主総会において反対行使(株主提案議案については賛成行使)が目に付いた議案分析の第八弾では、・・・

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2019/10/07 取締役の数が基準オーバーで代表取締役CEOの選任議案に反対票(会員限定)

時価総額上位企業の2019年6月株主総会において反対行使(株主提案議案については賛成行使)が目に付いた議案分析の第八弾では、時価総額第8位(2019年8月末現在)の三菱UFJフィナンシャル・グループをとり上げる。

第一弾 2019年9月5日『独立性の説明なければ「独立性なし」と“推定”される恐れ
第二弾 2019年9月9日『「独立役員届出書」の内容も議決権行使の判断材料に
第三弾 2019年9月10日「賛成率2%台の株主提案議案に機関投資家が賛成票
第四弾 2019年9月12日「親会社出身の社外監査役選任に賛成した機関投資家も
第五弾 2019年9月19日「役員報酬制度の設計が賛成率を左右する傾向顕著に
第六弾 2019年9月25日「低い配当性向、無借金経営に機関投資家の厳しい目
第七弾 2019年10月2日「機関投資家、社外取締役の出席率を厳格にチェック

議案 内容 賛成率
第1号議案 剰余金の処分 配当性向:32.88% 97.74%
第2号議案 取締役16名選任 【社外】藤井眞理子 97.11%
【社外】加藤薫 97.09%
【社外】松山遥 96.60%
【社外】トビー・S・マイヤソン 97.08%
【社外】野本弘文 93.11%
【社外】奥田務 94.85%
【社外】新貝康司 97.05%
【社外】タリサ・ワタナゲス 97.09%
【社外】山手章 97.06%
黒田忠司 94.34%
岡本純一 94.34%
【会長】平野信行 95.04%
【副会長】池谷幹男 94.94%
【副会長】荒木三郎 94.92%
【CEO】三毛兼承 90.71%
【COO】亀澤宏規 96.76%

いずれの議案も90%以上の賛成率を確保している。その中でも比較的賛成率が低かった議案について、国内機関投資家の議決権行使動向を中心に分析してみよう。

最も賛成率が低かったCEOの三毛氏の取締役選任議案に対しては、JPモルガン・アセット・マネジメントが反対票を投じたことが明らかになった。同社の議決権行使基準には「取締役の数は、経営意思決定の迅速化のため15名以下が適切と考える。15名超を前提とする取締役選任の議案は、原則として承認しない。」との基準があり、16人の取締役を選任した三菱UFGフィナンシャル・グループはこの基準に抵触する。反対行使の対象としては会長である平野氏が妥当とも考えられるが、JPモルガン・アセット・マネジメントは同氏の選任議案については賛成している。平野氏は代表取締役でないことを勘案して、代表取締役CEOである三毛氏に反対票を投じたということだろう。

社外取締役の野本氏と奥田氏については、朝日ライフアセットマネジメントが反対票を投じたことが判明している。同社の議決権行使基準には、社外取締役が「①主要株主、②当該企業と取引のある主要金融機関、③主要な取引先(双方から見て全取引額の2%以上など)」に該当する場合は原則反対行使するとあるが、①の「主要株主」に該当するかどうかついては、野本氏が会長を務める東京急行電鉄、奥田氏が特別顧問であるJ. フロント リテイリングとも、三菱UFGフィナンシャル・グループの大株主ではなく、また③の「主要な取引先(双方から見て全取引額の2%以上など)」については、招集通知で両社ともに「同社連結売上高及び当社連結業務粗利益の1%未満」と明記されている。消去法で②の「当該企業と取引のある主要金融機関」に該当するとの判断により反対票を投じたということだろう。

以下は当フォーラムの推測になるが、東京急行電鉄とJ. フロント リテイリングはいずれも主要株主に三菱UFJ銀行の名がある一方、朝日ライフアセットマネジメントが賛成票を投じた社外取締役の新貝氏が副社長を務めていた日本たばこ産業では同行は主要株主となっていない。この点で独立性の評価に差が生じたものと考えられる。機関投資家は社外役員の独立性を判断する際、株主総会招集通知など企業の開示資料のみならず、社外役員の出身元が開示する資料まで確認している可能性があるという点、企業は留意しておくべきだろう。

2019/10/04 「減損の兆候の判定シート」を使った不正の手口

会計処理を巡り会社と監査法人の見解が対立することは珍しくないが、特にその頻度が高いのが固定資産の減損だ。簿価との差額が減損損失と認識されることとなる当該固定資産による「将来の現金回収見込額(将来キャッシュフロー)」(以下、CF)について、減損損失の計上を回避したい会社は楽観的な見通しを示す傾向が強いのに対し、監査法人は保守主義の原則に基づき会社よりも保守的な見通しを示すことが多いからだ。

減損:固定資産による将来の現金回収見込額が簿価を下回った場合に、下回った分だけ計上する損失のこと。

保守主義の原則:予測される将来の危険に備えて慎重な判断に基づく会計処理を行わなければならないという企業会計原則における一般原則の一つ。

もっとも、「将来」の見通しを巡る議論のすれ違いの多くは単なる「見解の相違」に過ぎない。最終的には会社と監査法人の協議により妥当な結論に収れんするケースが大半であり、これ自体は通常の会計監査の一部と言える。これに対し、「営業活動から生ずる損益が2期連続赤字になっている」という減損損失の計上の要否を判定するプロセスに乗ることを避けるため、既に確定している数字である「過去」の原価配分に手を入れることは不正会計に他ならない。その典型例と言えるのが・・・

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2019/10/04 「減損の兆候の判定シート」を使った不正の手口(会員限定)

会計処理を巡り会社と監査法人の見解が対立することは珍しくないが、特にその頻度が高いのが固定資産の減損だ。簿価との差額が減損損失と認識されることとなる当該固定資産による「将来の現金回収見込額(将来キャッシュフロー)」(以下、CF)について、減損損失の計上を回避したい会社は楽観的な見通しを示す傾向が強いのに対し、監査法人は保守主義の原則に基づき会社よりも保守的な見通しを示すことが多いからだ。

減損:固定資産による将来の現金回収見込額が簿価を下回った場合に、下回った分だけ計上する損失のこと。

保守主義の原則:予測される将来の危険に備えて慎重な判断に基づく会計処理を行わなければならないという企業会計原則における一般原則の一つ。

もっとも、「将来」の見通しを巡る議論のすれ違いの多くは単なる「見解の相違」に過ぎない。最終的には会社と監査法人の協議により妥当な結論に収れんするケースが大半であり、これ自体は通常の会計監査の一部と言える。これに対し、「営業活動から生ずる損益が2期連続赤字になっている」という減損損失の計上の要否を判定するプロセスに乗ることを避けるため、既に確定している数字である「過去」の原価配分に手を入れることは不正会計に他ならない。その典型例と言えるのが、和食レストランを手掛ける梅の花(東証第二部上場)のケースだ。

梅の花では、減損の兆候の「判定シート」を作成する担当者(経営計画室所属)が間接費の配賦計算を不正に操作し、赤字店舗を減らすことで、減損の兆候(営業活動から生ずる損益が2期連続赤字になっているかどうか)が生じている店舗を不正に少なく見せかけた資料を作成、監査法人に提出していた。不正操作の手法は配賦基準を操作するなどして特定の店舗の間接費の額を(少ない金額に)修正するというもので、エクセルの計算式を複雑化することにより発覚しづらくしていた。そのため約10年という長期間にわたって、経理部や内部監査室、監査等委員、監査法人が欺かれることとなったが、今年(2019年)はじめて監査法人の監査で発覚するに至った(第三者委員会の調査報告書はこちら)。

間接費の配賦計算:店舗の運営では、店舗で直接発生した直接費(材料費、店舗の人件費、店舗の賃料、店舗の減価償却費、店舗の水道光熱費等)のほか、本部の人件費、本部の減価償却費、本部の物流費といった間接費の発生が不可避であることから、店舗の損益の計算にあたっては、間接費を店舗に負担させる必要がある。これを間接費の「配賦」と言い、店舗の面積や売上高、店舗の業務に従事する人員数、直接費等、合理的な基準に基づき、配賦額を計算することとなる

社内基準に従った正規の配賦計算をした場合の赤字店舗数と、不正な操作により間接費の配賦計算を行った場合の赤字店舗数とを比較すると下表のとおり(なお、同社は2019年に決算期をそれまでの9月末から4月末に変更をしている)。年度によって差はあるものの、同社ではおおむね半数超の店舗が不正操作により「減損の兆候なし」と判定されていた。

梅の花において減損の兆候があると判定された店舗数(単位:店)

  2014/9 2015/9 2016/9 2017/9 2018/9 2019/4
①不正操作をしない場合 96 89 113 113 119 116
②不正操作をした結果 38 50 63 48 54 49
①と②の差 58 39 50 65 65 67

もちろん、減損の兆候があると判定されても、ただちに減損損失が計上されるわけではない。当該店舗の固定資産の帳簿価額が将来CFを下回っていれば、減損損失の認識は不要となる(下図は同社の第三者委員会調査報告書18ページより引用)。
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しかし、いざ減損損失を計上するとなると、金額が多額にのぼり利益に与える影響が大きいだけに、そもそも減損の兆候の把握(上図の②)のところで減損損失の計上対象となる店舗数を減らしておきたいという動機が生じやすい。実際、梅の花では、監査法人との将来CFの見通しの違いという目に付く場所ではなく、まさにその前の段階の減損の兆候の把握(上図の②)の際に不正が行われ、第三者委員会による調査の結果、2019年4月の時点で13億円を超える額の減損損失の追加計上が必要となった。

こうした不正を未然に防ぐためには、経理担当役員や監査役は、減損の兆候の判定シートの作成プロセスを再検証するとともに、二重・三重のチェック体制を構築しておく必要があろう。

2019/10/03 SARとファントムストックに潜む同一の問題(会員限定)

役員報酬の一つ「SAR」に批判的な声が一部で上がっている。きっかけは、カルロスゴーン日産自動車元会長の不正追及の急先鋒だった西川広人同社社長が、SARを巡る不正で自らも辞任に追い込まれたことだ。

SARは「Stock Appreciation Right」の略で、直訳すれば「株式評価益権」となる。“株式”評価益といっても、SARでは実際に株式が付与されることはなく、「付与時点からの株価の上昇分」を現金で支給する。すなわちSARは、株価に基づき金額が計算されるとはいえ、あくまで「現金報酬」の一つに分類される。

SARにより現金を得るには、SARの権利を行使する必要があるが、西川元社長は、SARの権利行使日を意図的に本来の権利行使日より後ろにずらすことで、本来より4700万円多い報酬を受け取っていたという。このように権利行使日を自由に動かせるとなれば、会社の内部事情を知る幹部は、もっともSARが高くなるタイミングで権利行使することが可能になる。いわば事実上の“インサイダー取引”が可能なわけだが、上述のとおり、SARはあくまで「現金報酬」であり、株式が付与されるわけではないため、現行制度上はインサイダー規制の対象外となる。これに対し一部の専門家からは、SARをインサイダー取引規制の対象にすべきとの意見も聞かれる。
 
日産自動車は取締役会で既にSARを廃止しているが、今回の一件でSARへのイメージは悪化しており、しばらくは他社もSARの導入には慎重にならざるを得ないだろう。ただ、海外現地法人の幹部は日本の証券会社での口座開設が困難であるうえ、現地の証券税制の規制の影響を回避するといった観点からも、株式報酬は付与しにくいという現実がある。そこでもう一つの選択肢として考えられるのがファントムストックだ(2019年4月3日のニュース「海外子会社役員への株式報酬」)、【2019年7月の課題】海外子会社の役員に対する株式報酬の付与 参照)。

SARよりもファントムストックの方が普及しているが(例えば三菱地所)、実は両者には大差はない。ファントムストックとは文字通り「架空(ファントム)の株式」を付与し、一定期間経過後、「(その間における株価の上昇・下落を反映させた)株価×株式付与数」を現金で支給する。SARとファントムストックを比較すると、上述のとおりSARは「付与時点からの株価の上昇分」、すなわち値上がり益のみを現金で支給するのに対し、ファントムストックは株価自体を現金で支給する(これを「フルバリュー型」という)という点は異なるものの、いずれも株価に連動して報酬額が決まる「現金報酬」であるという本質的なところでは両者は変わらない。

したがって、仮にSARをインサイダー規制の対象とするかどうかが議論されるとなれば、同様にファントムストックも議論の対象となるだろう。ただ専門家からは、実際に株式が付与されることがないSARやファントムストックを果たして投資家保護(インサイダー規制)の対象にする必要があるかとの声も聞かれる。西川元社長のケースのように、権利行使日を後ろにずらすといった行為を防ぐためには、報酬決定手続に関する規制を強化すれば済むのではないかとの意見もある。

SARやファントムストックの導入を検討する企業は、両者を巡る規制議論の動向を注視しておく必要がありそうだ。

2019/10/02 機関投資家、社外取締役の出席率を厳格にチェック

時価総額上位企業の2019年6月株主総会において反対行使(株主提案議案については賛成行使)が目に付いた議案分析の第七弾では、・・・

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