2025/07/25 【失敗学第133回】ACSLの事例(会員限定)

概要

産業用ドローンの開発・製造を行うACSL(東証グロース)の代表取締役が、社内の関係者に対して虚偽の説明を行った上、実体のない契約書を多数作成・締結し、資金を不正に流出させ、自己の債務返済に充当していた(ACSLに直接発生した金額的影響は1億5180万円)。

経緯

ACSLが2025年7月14日に公表した「特別調査委員会の調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

2023年
当時代表取締役CEOであった鷲谷社長は、個人的に他社のワラントの引受けや自宅の建築費用を支払い、手持ち資金を減らしていた。

2024年
1月頃:鷲谷社長は、自らの帰責事由により当時の妻との離婚協議を本格化させた。
6月:鷲谷社長は、当時の妻との離婚が成立し、財産分与、慰謝料、子の養育費等として、総額で1億円を優に超える支払義務を負った。鷲谷社長はA社から、株式担保により多額の融資を受けたが、融資後にACSLの株価が下落し、担保評価額が減少し、追証の発生や強制売却のリスクが現実化した。
8月頃:この頃から、鷲谷社長は、個人・法人を問わず複数の関係者から短期かつ高額の借入れを重ねるようになった。
秋頃:鷲谷社長は、あるブローカーを通じて特定のファンドへの関与を求められ、その出資資金の捻出のためにも、多額の資金調達を必要とした。

2025年
1月:鷲谷社長は、既存借入れの返済原資がほぼ枯渇したことから、ACSL名義で他社と実体のないコンサルティング契約を締結するなどして、前払いの名目で多額の資金をACSLから流出させ、自身の借入金返済に充てるようになった。
2月から3月:当時取締役CFOであった x 氏は、鷲谷社長が、関係各所やACSLの役職員に対して金銭の借入れを依頼しているとの情報を社内外から得る。
4月3日:x 氏はクロール・インターナショナル・インク日本支社(以下、Kroll)に対し、調査の実施を相談する。
4月4日:x 氏は、鷲谷社長から、今後 1~2週間以内に週刊誌またはウェブメディアにおいて、鷲谷社長に関するネガティブな内容の記事が報道されるとの話を聞いたことから、弁護士に対応を相談するとともに、Kroll に当該情報の真偽を含む事実関係の調査を正式に依頼する。
4月30日:鷲谷社長は、一身上の都合を理由に、ACSLの代表取締役を辞任する。
5月14日:ACSLは、Kroll からの中間報告を通じて、鷲谷氏が個人の借入れの条件または対価として、ACSL名義の取引を利用し、ACSLの資金を流出させていたとの疑義を把握したことから、社内調査を開始する。
7月1日:ACSLの取締役会は、ACSLと利害関係を有さない弁護士およびACSLの監査等委員らにより構成される特別調査委員会を設置する。
7月14日:ACSLが特別調査委員会の調査報告書を公表する。

内容・原因・再発防止策

ACSLが2025年7月14日に公表した「特別調査委員会の調査報告書」等によると、本件不正の内容、原因および再発防止策は次のとおりとされている。

社長による会社資金の不正引き出し
内容 ACSLの鷲谷社長が会社資金を不正に流出させ、自己の債務返済に充当していた。
原因 <動機>
鷲谷社長は、自身の離婚に伴う多額の財産分与や担保割れによる追加保証金の発生 などにより、急激かつ継続的な資金需要を抱えていた。
<代表者不正による内部統制の無効化>
ACSLでは、鷲谷社長が単独で不正なACSL名義のデジタル印鑑を用いることができた。鷲谷社長がかかわった不正な契約の中には、形式的には社内承認を経て締結されたものも一部存在したが、その際鷲谷社長は虚偽の説明により自治体案件であることや予算執行上の都合を強調して社内関係者を信じ込ませることで、結果として関係部門による実質的な審査や牽制を妨げ、不透明な契約内容の履行を進めることができた。
<社長の資質の欠落>
ACSLでは、役員の選任プロセスにおける適格性の評価の枠組みが不十分であった。ACSLでは、取締役会が候補者案を取りまとめ、監査等委員会の同意を得るというプロセスがとられており、一定の審議は行われていたものの、当該審議の中で、候補者の企業統治上の資質(例えば、企業倫理への感度、コンプライアンス意識、財務的健全性、組織マネジメント能力等)に着目し、体系的に評価する枠組みは構築されていなかった。その結果、ACSLでは、企業統治上の資質を欠く人物であったにもかかわらず、鷲谷氏を代表取締役に選任してしまった。
<社長案件への審査体制の欠落>
ACSLでは、とりわけ新規性・例外性の高い取引、すなわち代表取締役自らが新規取引先を選定・交渉する契約や、多額の前払いを伴う契約について、その内容やリスクを実質的に審査・牽制する制度が整備されていなかった。
ACSLでは、新規取引先に関する信用調査は、反社会的勢力との関係性に関するスクリーニングにとどまり、新規取引先のその他の属性(会社規模・組織、経営陣の履歴・評判、財務健全性、市場・業界ポジション、業務遂行能力等)、紹介者やプロジェクトとの関係性、契約交渉の経緯等の取引相手や取引内容に関する具体的な情報は共有されていなかった。
再発防止策 代表取締役の資質評価と選任プロセスの公正性の担保
代表取締役による業務執行の透明性確保
契約締結・支出プロセスにおけるガバナンス体制の強化
<この事例から学ぶべきこと>

ACSLでは、資金繰りに窮した代表取締役による不正な取引を防ぐことができませんでした。役員の選任プロセスにおいては、とかく実績等を重視しがちです。企業統治上の資質(例えば、企業倫理への感度、コンプライアンス意識、財務的健全性、組織マネジメント能力等)についても体系的に評価する枠組みを導入することの重要さを痛感させられる事例と言えます。

最近では契約実務でも電子押印が主流になってきました。それにもかかわらず、従来通り、印鑑についてのみ厳格な統制を設けて、電子押印については統制が十分でない企業が少なくありません。電子契約についての統制が不十分な企業では早々に電子契約のリスクを考慮した統制を構築すべきです。

2025/07/24 「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」中間論点整理のポイント【後編】

日本の資本市場におけるサステナビリティ情報開示の歴史的な転換点と位置付けられる金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(以下、WG)による「中間論点整理」(以下、論点整理)の公表を受け、そのポイントを解説する本稿の【後編】では、「今後の検討に先送りされた事項」「企業が取るべき戦略的対応」について解説する(【前編】はこちら)。・・・

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2025/07/24 「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」中間論点整理のポイント【後編】(会員限定)

日本の資本市場におけるサステナビリティ情報開示の歴史的な転換点と位置付けられる金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(以下、WG)による「中間論点整理」(以下、論点整理)の公表を受け、そのポイントを解説する本稿の【後編】では、「今後の検討に先送りされた事項」「企業が取るべき戦略的対応」について解説する(【前編】はこちら)。

2.今後の検討に先送りされた主要論点

これまで任意だったサステナビリティ開示がSSBJ基準に基づく強制開示へと移行する明確な道筋を示したという点で極めて重要な意味を持つ今回の「中間論点整理」だが、「中間」という名のとおり、多くの重要な論点が結論に至らず、今後の検討課題として先送りされている。これらの未決定事項は、企業にとって将来の対応コストや戦略を大きく左右する不確定要素であるため、今後の動向を注視する必要がある。以下、一つずつ取り上げる。


SSBJ : 日本における非財務開示の基準を作成する団体。IFRS(国際財務報告基準)の母体であるIFRS財団が「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB=International Sustainability Standards Board)」を設立し、非財務開示の国際的な基準「サステナビリティ報告基準」を策定することを受け、日本では財務会計基準機構(FASF)が母体となり、IFRS財団におけるISSBに相当するSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan)が2022年7月1日に設立された。

適用対象企業とタイムラインの未決定事項
SSBJ基準の段階的強制適用に向けたロードマップ(【前編】の一番上の表参照)には、下表のとおり未決定事項が含まれている。

(1)第3陣の最終確定 時価総額5,000億円以上1兆円未満のプライム上場企業に対する2029年3月期からの強制適用開始は、あくまで「基本方針」にすぎない。最終的な決定は先送りされ、本年中(2025年中)を目途に結論を出すこととされた。
(2)5,000億円未満のプライム上場企業への適用拡大 時価総額5,000億円未満のプライム上場企業への強制適用時期については全くの白紙であり、「数年後を目途に検討する」とされている。
(3)時価総額の算定方法 適用対象企業を判断する基準となる時価総額は「過去5年間の平均」によって決定するとしたが、例えば、プライム上場後5年を経過していない場合、組織再編があった場合、5事業年度の株式時価総額の平均値が5,000億円を下回った場合などの取扱いは金融庁が検討すべきとして、先送りされた。

特に(2)5,000億円未満のプライム上場企業は1,000社程度あり、強制適用時期がいつになるのかによる影響は広範に及ぶことになる。

保証制度の未決定事項
(1)保証の担い手
「誰が保証業務を提供できるのか」という根本的な問題が未解決となっている。WGの議論では、下表のとおり意見が真っ二つに割れた。

保証の担い手 理由
監査法人に限定すべき 財務情報との「コネクティビティ(結合性)」が重視されることに加え、既存の監査での実績がある。
監査法人以外の機関にも門戸を開くべき 現在行われている任意保証事例の半数以上は監査法人以外の保証機関が担っているという実態がある。また、専門性、リソースの確保、市場競争の促進といった観点も重視すべき。


コネクティビティ : 有価証券報告書におけるサステナビリティ情報と財務情報の「結合性」

この論点では、監査業界と、多様な専門性を持つコンサルティング・ファームや認証機関との間で利害が対立している。いずれの意見が採用されるのかにより保証のコスト、品質、選択肢に大きな影響があるため、企業としても議論の行方を注視しておく必要がある。

(2)保証範囲の拡大
当初2年間の限定的な保証範囲(Scope1・2、ガバナンス、リスク管理)を、3年目以降どこまで拡大するのかが未定となっている。将来的にはScope3排出量や、戦略、指標及び目標まで保証の対象にするのかなど、保証の具体的な対象とその実施時期は国際動向等を踏まえて今後検討されることになった。


Scope1・2 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。

有価証券報告書の提出時期
これは、有価証券報告書の提出期限を現行の「事業年度経過後3か月以内」から「4か月以内」に延長しないと、企業がSSBJ基準に基づくサステナビリティ情報の開示に対応できないという問題である。

主張の主体 主張の内容
企業側 膨大なデータの収集・検証・保証対応のために時間が必要である。
当局(WG) EUの同規模の企業は、既に保証付きの報告書を3か月以内に提出している。

【前編】でお伝えしたとおり「二段階開示」というセーフティネットは用意されたが、二段階開示はあくまでSSBJ基準の強制適用が開始されてから最初の2年間に限った経過措置であり、企業にとっては根本的な時間的プレッシャーは維持された形となっている。この論点については、本年中(2025年中)に結論を出すこととされた。

法的責任に関する包括的枠組み
【前編】でお伝えしたとおり、Scope3のGHG排出量など不確実性が高い情報については虚偽記載等の責任を負わないものとするセーフハーバー・ルールを企業内容等開示ガイドラインの改正により導入するとの方針は示されたが、これだけでは不十分との指摘がある。WGでは、セーフハーバー・ルールの対象をバリューチェーンが絡む情報一般に拡大すべきではないかといった意見のほか、サステナビリティ情報の特性を踏まえた上で法的責任のあり方を議論すべきではないか、金融商品取引法上の損害賠償責任の要件を他国の例との整合性も踏まえて見直すべきではないかなど、金融商品取引法そのものの改正も視野に入れた、より抜本的な見直しを求める意見が出された。金融商品取引法を改正するとなれば大掛かりな議論が必要になるため、新たに専門の「ディスクロージャーワーキング・グループ」を設置し、そこでセーフハーバー・ルールについて検討する方針が示された。


Scope3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。
セーフハーバー・ルール : 予測困難な責任を回避するために企業の行動が委縮することがないよう、違法ないし違反にならない範囲を明確化すること。セーフハーバーとは「安全な港」という意味であり、セーフハーバー・ルールという言葉は、船が安全な港にいる限り海難を避けられることに由来する。

3. 企業が取るべき戦略的対応
今回示された論点整理は、日本のサステナビリティ開示が「任意」とされてきた時代の終わりと、「強制」される時代の幕開けを告げるものと言える。上記のとおり、強制適用に向けたロードマップには未決定事項が含まれているものの、企業が取るべき対応の方向性は一定程度明確になった。ロードマップをベースとした戦略的な準備が、コンプライアンス、市場からの信頼獲得、そして企業価値を向上させるうえで不可欠となる。

方向性が決まった事項については直ちに対応に着手する必要がある。具体的には以下のとおりだ。

(1)自社の適用開始時期の特定
まず、自社の時価総額に基づき、ロードマップにおける適用開始時期を正確に把握することが全ての出発点となる。
(2)ギャップ分析の実施
現行の任意開示(統合報告書やウェブサイト)の内容と、SSBJ基準が要求する全ての開示項目との間のギャップを詳細に分析することを通じ、未開示項目への対応を図る。
(3)内部統制の構築
【前編】でお伝えしたしたとおり第三者保証制度開始から保証の対象となるScope1・2のGHG排出量、ガバナンス、リスク管理に関する情報について、データの収集・集計・検証プロセスの文書化、情報収集システムの構築といった、信頼性を担保するための内部統制の設計・構築に着手する必要がある。
(4)監査法人等との対話開始
限定的保証への対応方針、準備状況、体制、想定されるスケジュールについて、早期に監査法人等との対話を開始することが不可欠となる。「保証の担い手」が未定であっても、最も可能性の高いパートナー候補との予備的な協議は進めておくべきである。


限定的保証 : 保証業務の実施者が、重大な虚偽表示がないことを確信するに足る証拠が得られなかったと結論づける保証業務であり、合理的保証に比べて保証水準は低いとされる。限定的保証は、情報の正確性を網羅的に検証するものではなく、明白な誤りがないかをチェックする程度にとどまる。

今回の論点整理の公表は、サステナビリティへの取り組みを企業価値に転換する絶好の機会となる。この変革期を乗り越え、競争優位を築くためには、経営トップの強いコミットメントの下、全社的な体制で迅速かつ戦略的に行動することが不可欠と言えよう。


2025/07/23 「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」中間論点整理のポイント【前編】

2025年7月17日、金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(以下、WG)は「中間論点整理」(以下、論点整理)を公表した。論点整理の公表は、日本の資本市場におけるサステナビリティ情報開示の歴史的な転換点と位置付けられ、これまで任意かつ各社の創意工夫に委ねられてきたサステナビリティ開示が、国際基準と整合的な統一基準(SSBJ基準)に基づき、有価証券報告書による「強制開示」へと移行する明確な道筋を示したという点で極めて重要な意味を持つ。
本稿では、論点整理で示された「方向性が示された事項」を【前編】、「今後の検討に先送りされた事項」および「企業が取るべき戦略的対応」を【後編】として、ポイントを解説する。・・・


SSBJ : 日本における非財務開示の基準を作成する団体。IFRS(国際財務報告基準)の母体であるIFRS財団が「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB=International Sustainability Standards Board)」を設立し、非財務開示の国際的な基準「サステナビリティ報告基準」を策定することを受け、日本では財務会計基準機構(FASF)が母体となり、IFRS財団におけるISSBに相当するSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan)が2022年7月1日に設立された。

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2025/07/23 「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するWG」中間論点整理のポイント【前編】(会員限定)

2025年7月17日、金融庁の金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」(以下、WG)は「中間論点整理」(以下、論点整理)を公表した。論点整理の公表は、日本の資本市場におけるサステナビリティ情報開示の歴史的な転換点と位置付けられ、これまで任意かつ各社の創意工夫に委ねられてきたサステナビリティ開示が、国際基準と整合的な統一基準(SSBJ基準)に基づき、有価証券報告書による「強制開示」へと移行する明確な道筋を示したという点で極めて重要な意味を持つ。
本稿では、論点整理で示された「方向性が示された事項」を【前編】、「今後の検討に先送りされた事項」および「企業が取るべき戦略的対応」を【後編】として、ポイントを解説する。


SSBJ : 日本における非財務開示の基準を作成する団体。IFRS(国際財務報告基準)の母体であるIFRS財団が「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB=International Sustainability Standards Board)」を設立し、非財務開示の国際的な基準「サステナビリティ報告基準」を策定することを受け、日本では財務会計基準機構(FASF)が母体となり、IFRS財団におけるISSBに相当するSSBJ(Sustainability Standards Board of Japan)が2022年7月1日に設立された。

1.方向性が示された主要な事項

SSBJ基準の段階的強制適用に向けたロードマップ
プライム市場上場企業を対象に、時価総額に応じたSSBJ基準の適用開始時期が示された。サステナビリティ情報の信頼性を担保する「第三者保証」の義務化開始時期と併せたロードマップは下表のとおり。

【SSBJ基準適用と保証義務化のロードマップ】
(注)適用企業数および時価総額カバー率は2025年3月末時点のデータに基づく。時価総額1兆円未満5,000億円以上の企業群の適用時期は現時点では「基本方針」とされ、最終的には今後の国内外の動向等を踏まえて確定する。
対象企業
(プライムのみ)
適用企業数 時価総額カバー率 SSBJ基準の義務的適用開始 第三者保証の義務化開始
時価総額3兆円以上 68社 54.1% 2027年3月期 2028年3月期
時価総額1兆円以上 171社 72.5% 2028年3月期 2029年3月期
時価総額5,000億円以上 284社 80.8% 2029年3月期(基本方針) 2030年3月期(基本方針)

第三者保証制度の骨子
サステナビリティ情報の信頼性を担保するため、第三者による保証が義務付けられる。第三者保証制度の設計は、以下の2つの基本方針によることになった。

(1)保証の水準 保証の水準は「限定的保証」とする。より厳格な「合理的保証」への将来的な移行は、現時点では検討しない方針が明確に示された。これは、EUにおいて合理的保証への移行が見直されつつあるという国際的な動向を踏まえた判断と言える。
(2)保証の範囲 第三者保証制度開始から最初の2年間は、義務的保証の対象範囲を「Scope1およびScope2のGHG排出量に関する情報、ガバナンス、ならびにリスク管理」に限定することとされた。これは、導入初期の混乱を最小限に抑えるための配慮の表れと言える。Scope1・2のデータは多くの企業で既に算定・開示した実績があり、また、ガバナンスとリスク管理はプロセスの開示が中心となるため、保証業務の難易度は相対的に低いと考えられる。


限定的保証 : 保証業務の実施者が、重大な虚偽表示がないことを確信するに足る証拠が得られなかったと結論づける保証業務であり、合理的保証に比べて保証水準は低いとされる。限定的保証は、情報の正確性を網羅的に検証するものではなく、明白な誤りがないかをチェックする程度にとどまる。
合理的保証 : 保証業務の実施者が、保証業務リスクを受容可能な低い水準に抑えたうえで実施する保証業務であり、限定的保証よりも高い保証水準を提供するものとされる。
Scope1 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。

経過措置と環境整備
SSBJ基準の強制適用への円滑な移行のための措置が示された。具体的には以下のとおり。

(1)経過措置としての「二段階開示」
SSBJ基準の強制適用が開始されてから最初の2年間に限り「二段階開示」、すなわち、まず財務情報を含む従来の有価証券報告書を法定提出期限(事業年度終了後3か月以内)に提出し、その後、SSBJ基準に準拠した詳細なサステナビリティ情報を「訂正報告書」の形式で半期報告書の提出期限(中間会計期間の末日後45日(銀行、保険会社等は60日)以内)までに提出すればよいとする経過措置を設けることとされた。訂正報告書という既存の法的手続きを活用することで、財務情報の適時性を損なうことなく、実質的なサステナビリティ情報の作成期間の延長を実現する。WG内では、「訂正」という言葉の持つネガティブな印象への懸念も議論されたが、法令上の正式な経過措置である旨を明記することで、その懸念は払拭できると結論付けられた。

(2)SSBJ基準の適用状況の開示
投資家の混乱を避けるため、有価証券報告書に自社のSSBJ基準の適用状況(強制適用、早期適用、任意適用など)や第三者保証の実施状況といったステータスを明記することを求めることが適当とされた。スタンダード市場上場企業が任意でSSBJ基準を適用するケースなどが想定されるからである。

限定的なセーフハーバーの導入
企業の統制が及ばない第三者からの情報に依存するScope3のGHG排出量などは、不確実性が高いという特性がある。こうした情報について、虚偽記載に対する懸念から開示が消極的・形式的になることを防ぐため、限定的な免責規定(セーフハーバー・ルール)を企業内容等開示ガイドラインの改正により導入すべきとの方針が示された。


Scope3 : スコープ1 : 事業者自らによる温室効果ガスの直接排出のこと。 スコープ2 : 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う温室効果ガスの間接排出のこと。 スコープ3 : 事業者自ら排出している温室効果ガス(二酸化炭素等)であるScope1、Scope2以外の間接排出、具体的には「事業者の活動に関連する他社」による温室効果ガスの排出のこと。
セーフハーバー・ルール : 予測困難な責任を回避するために企業の行動が委縮することがないよう、違法ないし違反にならない範囲を明確化すること。セーフハーバーとは「安全な港」という意味であり、セーフハーバー・ルールという言葉は、船が安全な港にいる限り海難を避けられることに由来する。

<セーフハーバー・ルールの内容>
・企業の統制の及ばない第三者から取得した情報を利用することの適切性(含:情報の入手経路の適切性)や、見積りの合理性について会社内部で適切な検討が行われたことが説明されている場合であって、
・その開示の内容が一般に合理的と考えられる範囲のものである場合

――には虚偽記載等の責任を負わないものとする

【後編】に続く

2025/07/22 “幻の株主優待制度”から見えるガバナンス上の問題点

一度も実施されることのなかった“幻の株主優待制度”の導入プロセスの適法性等を検証するため第三者委員会を設置したREVOLUTION(東証スタンダード(不動産業)、以下「REV社」)が同委員会による調査報告書を公表した(これまでの経緯については2025年4月16日のニュース「株主急増で株主優待制度が幻に QUOカード配布のメリット・デメリット」参照)。既報のとおり、同社は一定数以上の株式を継続保有する株主を対象に半年で60,000円分、通期で120,000円分という高額のQUOカードを進呈する株主優待制度を導入したが、制度導入後に一部の大口株主が保有株式を売却したことにより発行済株式総数の約2割に相当する株式が市場に放出され、これに高額のQUOカード狙いの個人株主が飛びつき、株主数が急増。制度導入時に想定した株主数を大きく上回ることになった結果、株主優待を実施すれば同社が資金不足に陥るとして、一度も実施しないまま制度を廃止していた。

同社の第三者委員会による調査報告書の中で、他の上場会社も自社のガバナンスを再考する契機となり得るのが、
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2025/07/22 “幻の株主優待制度”から見えるガバナンス上の問題点(会員限定)

一度も実施されることのなかった“幻の株主優待制度”の導入プロセスの適法性等を検証するため第三者委員会を設置したREVOLUTION(東証スタンダード(不動産業)、以下「REV社」)が同委員会による調査報告書を公表した(これまでの経緯については2025年4月16日のニュース「株主急増で株主優待制度が幻に QUOカード配布のメリット・デメリット」参照)。既報のとおり、同社は一定数以上の株式を継続保有する株主を対象に半年で60,000円分、通期で120,000円分という高額のQUOカードを進呈する株主優待制度を導入したが、制度導入後に一部の大口株主が保有株式を売却したことにより発行済株式総数の約2割に相当する株式が市場に放出され、これに高額のQUOカード狙いの個人株主が飛びつき、株主数が急増。制度導入時に想定した株主数を大きく上回ることになった結果、株主優待を実施すれば同社が資金不足に陥るとして、一度も実施しないまま制度を廃止していた。

同社の第三者委員会による調査報告書の中で、他の上場会社も自社のガバナンスを再考する契機となり得るのが、①配当に代わる株主還元策としてQUOカードを配布することが、会社法における配当規制の趣旨を潜脱する行為に該当しうるかという法的論点と、②取締役会における社外取締役の対応の適切さという論点、の2つだ。

“幻の株主優待制度”が会社法における配当規制の趣旨を潜脱する行為に該当するか否かについて、第三者委員会の調査報告書は以下のとおり認定している。

1 本株主優待は、REV 社の2023年10 月期の利益剰余金がマイナスである状況の下、配当に代わる株主還元策として導入が検討されたものであり、配当の代替手段として利用されたものと評価できる。また、②本株主優待は、保有株2,000 株以上の株主に対し1 名当たり年間12 万円分のQUO カードPay を無償で付与するというものであり、会社財産の流出を伴う。そして、QUO カードPay は、市井の店舗やレストラン等において商品やサービスの代金の支払に利用することができるデジタルギフトであり、現金に類似する性質を有している上、12 万円という金額は、東証スタンダード市場に上場している不動産業を営むREV 社以外の企業が株主優待として提供する金券の額面が高いものでも年間2 万円であること等105,106に照らして非常に高額であることからすると、配当と同視し得る性質及び金額であったと評価できる。さらに、③QUO カードPay はREV 社の事業と何らの関連性を有しないことから、これを優待の内容とすることで同社の商品やサービスの広告宣伝効果を期待したものともいえない。

そのうえで第三者委員会は、「本株主優待は、配当規制を定めた会社法の趣旨を潜脱するものとして社会的相当性を欠き、現物配当に該当するものであったと評価される可能性が否定できない。」と評価し、「このような評価を前提とすると、本株主優待が会社法上要求されている株主総会決議を経ずに導入されたことは、同法第454条第1項に違反していた可能性がある。また、本株主優待は株主の有する株式の数に応じて配当財産を割り当てることを内容とするものではないことから、同法第454条第3項に違反していた可能性がある。」と指摘している。


同法第454条第1項 : 株式会社が剰余金の配当をしようとする場合、その都度、株主総会の決議によらなければならない旨の定め
同法第454条第3項 : 株主への配当財産の割り当てにあたっては、株主の有する株式の数に応じて割り当てる必要がある旨の定め

実はREV社では、本株主優待の導入に先立ち、同社の管理本部長が法律事務所に、「株主平等の原則」「剰余金の配当」「株主への利益供与」の3つの観点から法的リスクの有無について照会を行っていた。これに対し当該法律事務所は、過剰な株主優待に該当しなければ問題ないものの、①本株主優待では株主名簿に2 回連続で記載又は記録されるとの条件が課されていることから、株主優待を受けられない基準日株主が存在するという点で株主平等原則(会社法第109 条)に反すると評価されるリスクがある旨、②QUOカードPayでの株主優待は現金性を帯びており、かつ年間12万円と高額であることから、本株主優待が利益供与(同法第120 条)又は配当(同法第453 条及び第454 条)に該当すると評価されるリスクがある——といった見解を示していた(調査報告書22ページ)。


基準日 : その日において株主名簿に名前が載っていれば、株主総会での議決権行使や配当を受ける権利を享受できる日のこと。定時株主総会の基準日を定款に記載しなければ、毎年、基準日を公告しなければならない。その手間を避けるために、定款に基準日を記載するのが通常である。

このようなリスクがあったにもかかわらず本株主優待が導入に至った背景には、取締役会における議論の不十分さというガバナンス上の問題があったと考えられる。

REV社の取締役会は、本株主優待を導入した2024年10月23日時点では、以下のメンバーで構成されていた。

REV社の取締役会の構成
代表取締役社長 a氏
取締役副社長 k氏
監査等委員 l氏
監査等委員 m氏
監査等委員 n氏

REV社は監査等委員会設置会社であり、取締役会の過半数を監査等委員が占めている。形式的にはガバナンスが効いているように見えるが、実態は違っていた。

まず問題視すべきは、本株主優待の概要が記載された電子ファイルが取締役会メンバーに共有されたのが決議前日(2024年10月22日)であったということだ。代表取締役社長a氏は、取締役会LINEグループにおいて、資料を共有するとともに、「こちらの株主優待を明日決議したいと思っております。現状の株主構成での費用は 1.3 億円になる見込みです。対象者が二倍程度に上振れすることを想定して、2.6 億円を見込んでおります」と投稿していた。つまり、監査等委員が資料に目を通す時間は1日しかなかったことになる。第三者委員会は、REV社が本株主優待の導入を急いだのは、「決算発表の延期や翌期業績の大幅な赤字予想の発表等を踏まえたREV 社株価の急落に対し、何としても株価を維持・上昇させる」との意図があったためであると認定している(本調査報告書の68ページ)。

しかも、このような重要な議案であるにもかかわらず、取締役会決議は書面決議で行われており、会議体としての取締役会は開催されていなかった。また、株主優待の対象者数のシミュレーションは上振れのケースで二倍程度にとどまっており、一部の大口株主が株式を売却することにより株主数が想定を超えて増加する可能性を踏まえた検討も行われていなかった。

このような対応は取締役会の意思決定プロセスとして重大な問題をはらむが、さらに第三者委員会によるヒアリング結果によれば、本株主優待制度の導入にあたり、代表取締役社長a氏と他のすべての取締役の間で以下のようなやり取りがあったことが確認されている(上記のとおり取締役会は書面決議であったため、これらのやり取りは口頭、LINE、電話等で行われていたと推測されるが、調査報告書からは明らかでない)。

a代取以外の取締役 取締役会に先立ち行われた
a代取とのやり取り
第三者委員会の評価等
l取締役(監査等委員である取締役。M&A案件等の経験を有する弁護士) 株主配当ではなく株主優待を選択した理由等について質問した。これに対して、a代表取締役から、「利益剰余金がマイナスであるため株主配当は実施できない」「株主優待であれば大株主であっても年間12万円以上の付与が発生せず、特定の大株主に有利な設計にならない」旨の説明があった。
l取締役は、本株主優待が大株主優遇施策でなく、少数株主の利益になることから株主平等原則には違反しないと考えて賛成した。
なお、本株主優待が財源規制に違反する可能性については検討する時間がなかった。
l取締役は、一部の指摘については不十分な点があったことは否定できないものの、他の取締役に比して積極的に検討・議論を行い、a氏への意見、指摘等も行ってきた。
n取締役(監査等委員である取締役。証券会社でのM&Aアドバイザリー業務等の経験を有する) n取締役は、a代表取締役に対し、「本株主優待で付与される金額はREV社の株価に対する利回りとして高い」旨の意見を述べた。これに対して、a代表取締役は、「本株主優待は少なくとも2回以上は継続して実施する予定であり、業績次第でその後の株主優待の金額については再度検討する」旨を説明した。
さらに、n取締役は、「本株主優待の対象者が拡大した場合に最大で必要となる金額」について質問したところ、a代表取締役は、「最大で2.6億円を見込んでおり、現在11.1億円の現預金残高となることが見込まれていることから、今後1年以上の運転資金が確保されている」旨を説明した。
a代表取締役から、剰余金の関係で配当はできないものの、REV社は今後黒字経営を行うことが見込まれ、現在の損益計算書に照らすと財源規制に違反しない旨の説明を受けたため、それを受け入れてしまった。
n取締役は、一部の指摘については不十分な点があったことは否定できないものの、他の取締役に比して積極的に検討・議論を行い、a氏への意見、指摘等も行ってきた。
n取締役は、左記意見に加え、「本株主優待は利回りが異常値であるため、数%程度の適切な利回りに抑えた上で中長期的に継続するべき」との意見を述べた旨を供述するが、一方で、a代表取締役は、n取締役から「異常値」や「中長期的に継続」といった点について指摘された記憶がない旨を供述している。
k取締役(取締役副社長) 特段の意見を述べず、懸念も表明しなかった。その理由は、「自身の役割は不動産を探し、購入して販売することであり、株主優待制度等について専門的な知見がなく、a 代表取締役の言っていることを信頼して、本株主優待の導入に賛成した」と供述している。 k取締役は、a代表取締役の業務執行を監視・監督しようとする姿勢が乏しかった。
m取締役(監査等委員である取締役。デザイン関連業務を専門とする) 本株主優待は、「株主が喜ぶのであれば良い話である」と考えて a代表取締役に一任し、a代表取締役とn取締役のやり取りには特段の異論を挟まずに賛成した。 m取締役は、専門外の事項については、自身の知見の乏しさ等を理由に、a代表取締役の提案の意義や適正性について十分に理解しないまま決議に応じており、他2名の監査等委員の判断に委ねる側面が強かった。本株主優待の導入に際しても、a代表取締役とn取締役のやり取りを傍観するのみで、株主が喜ぶのであれば良い話であると安易に考えて賛成している。


利益剰余金 : 企業活動で得た利益のうち、株主に還元(配当、自己株式の取得)せずに社内に留保してきた金額。

l取締役は弁護士として、n取締役は証券会社におけるM&Aアドバイザリー等の実務経験を踏まえ、それぞれの専門的見地から本株主優待に対し一定の質問を行っていた点は評価に値する。もっとも、株主優待の導入は書面決議によって可決されたため、これらの問いかけに関する議論はいずれもリアルな取締役会という会議体において交わされたわけではない。結果として、監査等委員と代表取締役との間での一対一のやり取りにとどまり、他の取締役が加わることで可能となるはずの、より深度ある議論には発展しなかった。

また、第三者委員会の報告書には明記されていないものの、a代表取締役が法律事務所から得た照会結果を他の取締役に共有していなかった可能性も否定できない。仮に執行側が不都合な情報を意図的に伝達していなかったのであれば、監査等委員の判断に重大な影響を与えかねない。そのような懸念が生じうる状況下においては、監査等委員として、当該法律事務所からの回答文書そのものの提示を求めるのが本来あるべき姿であろう。

また、n取締役は第三者委員会のヒアリングに対し、「本優待は利回りが異常に高く、数%程度に抑え、中長期的に継続すべき」との意見を述べた旨を供述しているが、一方でa代表取締役は、n取締役からそのような指摘を受けた記憶はないとしており、両者の間で認識の齟齬が生じている。このような証言の食い違いが生じること自体、取締役会という場で各自の意見を明確に表明し、それを正式に議事録に記録しておくことの重要性を改めて浮き彫りにしている。

m取締役は、2024年1月に開催された定時株主総会の監査等委員選任議案において、「日米での連続起業家としての豊富な経験とグローバルマーケティングに関する深い知見を有し、ブランディングの観点から当社経営に助言いただくとともに、監査等委員としての職務を適切に遂行いただけるものと判断しております」と紹介されていた。しかし、本株主優待の導入についてm取締役は、その意義や妥当性を十分な理解もないまま代表取締役の提案に賛成していた。第三者委員会は調査報告書の中で、「各取締役が監視・義務を負っている以上、専門性のある取締役の説明等を信頼することが許容される場合があるとしても、施策の具体的内容や、これに伴う種々のリスクについての理解に努める姿勢が見受けられない点は、監視・監督義務を負う取締役としての自覚に乏しいと言わざるを得ず、(後略)」とm取締役の姿勢を厳しく批判している。

また、第三者委員会の調査報告書では、「a氏が取締役会における審議を軽視していたために、a氏以外の取締役が決議事項の検討に十分な時間を確保しにくい状況にあったことは否定できない」としつつも、「一方で、a氏以外の取締役が当該状況の改善に向けた適切な対応を行ったことも認められない。」としており、a氏以外の取締役がa氏の姿勢の改善や決議事項の検討時間の確保に向けた動きを怠っていたことを認定している。

以上が本株主優待制度導入に関するREV社取締役会の意思決定プロセスの舞台裏であり、これらを踏まえると、REV社取締役会の問題点は次の通り整理できる。

REV社の取締役会で株主優待制度の導入を決めた決議の問題点
・取締役会資料が各取締役に共有されたのは決議前日であり、十分な検討時間が確保されていなかった。また、a氏は取締役会における審議を軽視しており、a氏以外の取締役は資料提出の遅れの改善に向けて動いたことはなかった。
・代表取締役が法律事務所から得た照会結果を他の取締役に共有していなかった可能性があり、監査等委員もまた、当該文書の提示を求めていなかった可能性がある。
・l取締役は弁護士として、n取締役はM&Aアドバイザリーの経験を持つ専門家として、それぞれ本株主優待に関する質問を行っていたが、それらは書面決議の過程でなされた1対1の問答にとどまり、取締役会という場での公開討議には至らなかった。議事録も残されておらず、当事者間で証言に齟齬が生じている。
・本株主優待の導入は書面決議で行われ、実際の取締役会において審議が尽くされることはなかった。
・一部の監査等委員が、専門外の領域について自らの知見不足を理由に、他の監査等委員の議論に加わることはなく、代表取締役の提案内容を十分に理解しないまま決議に同意していた。
・一部の大口株主が株式を売却する可能性を踏まえた検討が不十分であった。

上場会社各社は、本件を「ガバナンスが緩い会社の特異な事例」として片付けるのではなく、取締役会資料の共有タイミングが適切か、会議体で本来議論すべき重要案件を安易に書面決議で済ませていないか、監査等委員が本来期待される牽制機能を十分に果たしているか――といった点を改めて検証し、自社の取締役会運営を見直す契機としたいところだ。

2025/07/18 【2025年6月の課題】経営幹部層のリーダーシップ開発 解答(会員限定)

WTW シニアディレクター
Employee Experience(EX) 統括
平本 宏幸

経営幹部層のリーダーシップ開発において取締役会、指名委員会が果たすべき役割は異なります。以下、それぞれが担う役割、審議・監督の対象について解説します。

取締役会の役割と審議・監督の対象

中長期的な経営の方針・方向性を描くことが求められる取締役会は、それらと人材戦略を整合させるとともに、持続的な企業価値創造に向け人的資本の価値を高めるという観点に立った大所高所からの議論が求められます。その中でも最も重要なテーマとなるのが、経営幹部層のリーダーシップ開発です。経営幹部層のリーダーシップ開発においては、以下の事項を審議していくことが望まれます。

中長期的な経営戦略との整合性
経営幹部層のリーダーシップ開発においては、中長期的な経営戦略との整合性が担保されていなければなりません。そのため、経営戦略と合致した経営幹部層の人材要件を取締役会全体で議論することが出発点となります。

具体的には、グローバル展開の方向性やスピード感、次の成長の柱となる領域、テクノロジーの進化の見通し、企業文化の変革の必要性など、中長期的に自社を取り巻く環境と注力すべき事業ドメインを踏まえ、“将来志向”の要件を定めることが望まれます。

経営幹部層のサクセッションプラン
そして、その人材要件に基づいて経営幹部層のサクセッションプランを構築していくことが次の論点になります。

CXO、執行役員、部課長・ハイポテンシャル層といった大括りの階層ごとに、全社を見渡して優れた人材を一定の基準とプロセスに基づいて定期的にピックアップするとともに、ピックアップされた人材を人事評価やタフアサインメントを通じてどのように育成していくのかを検討するいわゆるタレントレビューの枠組みと、それが中長期的な経営戦略の方向性を踏まえて適切なものになっているかを十分に議論します。


タフアサインメント : 本人の現在のスキルや経験では簡単に達成できないような難易度の高い業務や課題を意図的に任せることで、急速な成長を促す人材育成手法。

そして、このようなサクセッションの枠組みを通じて、経営幹部層やその候補となる人材の層の厚さと、将来にわたって安定的に候補者を輩出できる「パイプライン」が形成されているかをモニタリングすることも取締役会の役割です。

その際には、候補者群の充実度やパイプラインの状況のみならず、「多様性」が十分に確保されているかを把握することも重要になります。将来の環境変化に臨機応変に対応できる組織としての柔軟性を担保するためには多様性が不可欠です。たまたま成長してきたある事業では人材が豊富だが他の事業では枯渇している、ある年代は人材が豊富だがその下の層は十分ではないなど、多様性を無視した場当たり的な人事は人的資本を劣化させ、経営上の大きなリスクをもたらすことは避けられません。

人材投資の妥当性
選抜されたポテンシャルある人材の育成のための人材投資の妥当性(十分な投資が行われているか等)とその進捗状況をモニタリングすることも取締役会の役割です。その際には、経営幹部層の離職率、ハイポテンシャル人材と業績との相関性やエンゲージメントスコアとの関連性等、人材投資によってどのような効果が出ているのかを具体的かつ定量的に把握することで、重要な経営課題であるリーダーシップ開発の効果を取締役会として検証することが可能になります。


エンゲージメントスコア : 従業員が企業に対してどれだけ愛着や信頼、貢献意欲を持っているかを数値化した指標。単なる満足度ではなく、企業理念への共感や仕事への熱意、組織への帰属意識など、より深い心理的なつながりを示す。主にアンケート調査によって算出される。具体的には、企業理念への共感度、職場環境の満足度、上司との関係性、成長機会の認知など複数の項目に対して、従業員が5段階評価やYes/No形式で回答し、その平均値や傾向を基にスコアを算出する。

昨今、多くの上場企業で取締役会のアジェンダの見直しが行われており、経営戦略の大きな方向性について長い時間をとって議論する場を設けるケースが増えています。経営幹部のリーダーシップ開発は、上記のような論点を中心として、まさに経営戦略の方向性や持続的な成長を担保する観点から、取締役会として全体像を把握し、定期的にモニタリングすべき対象となります。取締役会において議論すべきアジェンダに加えることの意義は大きいと言えるでしょう。

指名委員会の役割と審議・監督の対象

一方、指名委員会においては、取締役の選解任やCEOのサクセッションプランの策定と定期的なレビューという、より具体的なテーマに絞った議論・判断が主な役割となります。取締役会と比べて、取締役やCEO/経営幹部などの特定の職務に対する人事判断という個別性が高く、かつセンシティブなトピックを、社外役員を中心とした限定的な構成員で議論するという点に、取締役会の役割との大きな違いがあります。そのような役割を果たすためには、取締役会で議論したリーダーシップ開発の全体像や現状の候補者群の状況をベースにしつつ、CEO等のポジションに応じた要件を具体的に設定するとともに、有力候補者の人材リストと各人材の情報、客観的な評価情報、強み、課題、育成の状況などを定期的に把握する必要があります。

また、取締役やCXOにとどまらず、その下の執行役員の候補者群にどのような人材がどの程度プールされているか、そもそも人材プールが適切に管理されているかを指名委員会として把握しておくことは、人的資本の面から持続的成長が可能かを見極めるうえでも重要です。十分なパイプラインが形成されていなかったり、そのような状況を指名委員会が情報として把握し切れていなかったりすると、指名委員会はどういう母集団から候補者が選定されたのかが不明なまま、限定された情報の中で目の前の候補者の妥当性を判断しなければならなくなります。このような状況では、なぜその人材を選んだのか、人材の選定にあたり合理的な判断がなされたのか、対外的な説明責任を十分に果たせないおそれもあります。

また、リーダーシップ・パイプラインを形成するための経営幹部層全体のリーダーシップ開発やサクセションプランの枠組みについても、客観的な視点から把握しておくことが求められます。上述したように、枠組み自体は取締役会が責任を持ったうえで執行サイドが中心となって策定・運用していくものであるとはいえ、それが企業の競争力の向上につながる妥当な仕組みになっているのか、具体的には、候補者の選定基準や選定プロセス、育成・配置の仕組みが体系的に整備され、運用されているか把握するとともに、それが今後予想される事業環境や経営戦略を踏まえて適切なものになっているかを定期的にレビューすることが望まれます。例えば、今後重要となる職務を担う候補者の母集団が形成される仕組みができているか、年功・年次的な要素にとらわれず早期に優秀な人材が抜擢される仕組みが整っているか、海外子会社の幹部を含む企業グループ全体のリーダーシップ開発がどのようになされているかといった重要な論点を自ら提示し、執行側に投げかけていくことが期待されます。

また、取締役の選解任や後継者候補について具体的な議論を進めていくうえで、対象となる人材への理解を深めるため、経営会議等での発言を観察したり、対象者との面談や非公式な会合を設けたりするなど、対象者とできるだけ多くの接点を持つくことも有益です。ただし、執行側におけるリーダーシップ開発の仕組みの設計そのものに過度に入り込んだり、有力な候補者となっていない段階で個々の人材について詳細な情報を把握しようとしたりするなど、指名委員会が執行側の役割にまで踏み込むことは避けるべきです。指名委員会は、CEOやCHROが主導して策定・運用していくべき施策の質を客観的な視点から高度化させていくことに徹することで、相互の信頼関係が醸成されるでしょう。

2025/07/17 有報の総会前開示に対する企業と投資家の本音

金融担当大臣が2025年3月28日に発出した「株主総会前の適切な情報提供について」と題する文書による要請を受け、有価証券報告書(有報)の総会前開示に踏み切る企業が相次いでいるが、現時点では「数日前」の開示が主流となっている(2025年6月10日のニュース『有報の総会前開示につながる「総会開催日の後ろ倒し」が進まない背景』、2025年6月17日のニュース「総会前提出の“次”に待っているもの」参照)。実際、金融担当大臣も「まずは有価証券報告書を株主総会の前日ないし数日前に提出することをご検討いただくようお願いいたします」としていたところ(2025年4月2日のニュース「“寝耳に水” 金融担当大臣による有報の総会前開示要請に従わなかったらどうなる?」参照)。このような数日の総会前開示にどれほどの実効性があるのか疑念を抱いている向きは少なくないものと思われるが、それを裏付けるのが、・・・

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2025/07/17 有報の総会前開示に対する企業と投資家の本音(会員限定)

金融担当大臣が2025年3月28日に発出した「株主総会前の適切な情報提供について」と題する文書による要請を受け、有価証券報告書(有報)の総会前開示に踏み切る企業が相次いでいるが、現時点では「数日前」の開示が主流となっている(2025年6月10日のニュース『有報の総会前開示につながる「総会開催日の後ろ倒し」が進まない背景』、2025年6月17日のニュース「総会前提出の“次”に待っているもの」参照)。実際、金融担当大臣も「まずは有価証券報告書を株主総会の前日ないし数日前に提出することをご検討いただくようお願いいたします」としていたところ(2025年4月2日のニュース「“寝耳に水” 金融担当大臣による有報の総会前開示要請に従わなかったらどうなる?」参照)。このような数日の総会前開示にどれほどの実効性があるのか疑念を抱いている向きは少なくないものと思われるが、それを裏付けるのが、

経団連が2025年7月15日に公表した「有価証券報告書の株主総会前開示」アンケート結果だ。この調査は上記金融担当大臣による有報の総会前開示要請への企業の対応状況を把握するために実施されたもので、2025年5〜6月にかけて全ての経団連会員企業にアンケートを送付し、260社から回答を得た。経団連の会員企業数は1,574社(2025年4月1日時点)であるため、回答率は16.5%ということになる。260社のうちプライム市場上場企業は218社、3月決算企業は205社と、それぞれが回答企業の大部分を占めている。

2025年4月1日の調査時点で約7割の企業が総会前開示を当年度で実施または実施予定としていた。6月総会が終わった現時点では、「実施」企業が約7割となっているものと推測される。この数字は、金融庁が公表した日経225構成銘柄のうち総会前開示の実施を予定している企業の割合「76.8%」とも近似しており(2025年6月17日のニュース「総会前提出の“次”に待っているもの」参照)、実態を正確に表していると考えられる。

【総会前開示の検討状況】
当年度に実施した/実施する予定である 69.8%
来年度に実施する予定である 12.3%
再来年度に実施する予定である 0.8%
当面実施する予定はない 5.0%

各社が有報の総会前開示に踏み切った動機を見てみると、「大臣要請」があったためとの回答が約8割と圧倒的となっている。これに対し、投資家のニーズを踏まえた結果であるとの回答はトータルで17%程度にとどまっているうえ、実際に要望があったとの回答はわずか1.5%にすぎず、レアケースと言って良い水準となっている。いかに受動的な対応であったか、また、投資家ニーズとは関係の薄いアクションだったのかが分かる。

【総会前開示に踏み切った動機】
大臣要請が公表されたため 79.9%
投資家などからの要望があったため 1.5%
潜在的な投資家ニーズを感じたため 15.2%

では、有報の総会前開示に対して投資家はどのように反応したのだろうか。総会前開示の要請では「投資家のニーズ」の存在が前提になっているが、調査結果はその前提を危うくするものだった。総会前開示に対応した企業に対する投資家の反応については、「特に反応なし」との回答が9割近くに達している。「役に立たなかった」などストレートなネガティブ反応こそほとんど見られなかったが、ほとんどの投資家は「無関心」「無視」とも言えるスタンスをとっている。上記のとおり「投資家のニーズを感じていない」という企業側の認識は正しかったと言わざるを得ないだろう。

【総会前開示に対応した企業に対する投資家からの反応】
多くの前向きなフィードバックを受けた 1.6%
少しは前向きなフィードバックを受けた 9.3%
ネガティブなフィードバック受けた 1.6%
大した反応はなかった 87.6%

さらに、自由記載欄へのコメントとして、世界最大の機関投資家からの「前日~数日前の提出程度では十分な分析もできず、意味がなく、嬉しくもない」との声が紹介されている(15ページ)。投資家が有報を議決権行使に役立てるには「3週間前」の開示が望ましく、また、3週間前に開示することとすれば事業報告との一体化が可能になり、企業にとってもメリットがある。ただ、今後のサステナビリティ開示の強化なども考えると、決算期末から実質2か月での有報開示はさすがに難しいだろう。総会開催月の後ろ倒しといった抜本的な施策が議論されるのは必然と言えそうだ。