日本シェアホルダーサービス株式会社
シニアアナリスト 水嶋 創
3月決算企業をはじめ上場企業各社においては、2019年の株主総会に向け、機関投資家との対話が本格化しつつある。当初は企業側から「形式的な質問が多い」といった批判が聞かれた両者の対話(2018年7月5日のニュース「投資家との実りある対話のために企業ができること」参照 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)も、年を追うごとにテーマの選定、議論の内容ともにより深く、突っ込んだものになりつつある。最近企業側から「なぜこの投資家は我々に対してそのようなことを要求してくるのか理解できない」といった声が散発的に聞かれるのも、その証左と言えるかもしれない。
企業が対話の相手である投資家を理解するうえで有用なのが、彼らのさらに裏にいる資金拠出者を意識するということだ。最近多くの企業の対話の場面でテーマに挙げられる「ESG」を例に考えてみよう。
ESG : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立しつつある。 文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム
数字が裏付けるとおり、ESG投資は既に運用の世界のメインストリーム(主流)になったと言えるが(2019年1月21日のニュース「ESG関連ファンド、投資信託全体の2割に迫る」参照 引用:上場会社役員ガバナンスフォーラム)、その一方で、いまだにESGが企業価値向上につながるということに対し懐疑的な経営者も少なからずいる。こうしたギャップが上述した「なぜこの投資家は我々に対してそのようなことを要求してくるのか理解できない」といった声につながっているものと推測される。
ESG投資 : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」に優れた企業に投資すること。 文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム
投資家がESGに積極的に取り組む理由は、一般的にはESGには「リスクとオポチュニティ」があるためだとされている。経済産業省が2017年5月に公表した価値協創ガイダンスには、「ESGの概念・範囲には様々な考え方があり、これらを超過収益の源泉ととらえる投資家もいるが、多くの投資家は少なくとも中長期的なリスク要因として認識している。」との記述がある(13ページ「「3.1. ESG に対する認識 08」参照)。確かに、例えば人材育成への取組みが不十分な企業であれば、将来退職者が増加し、事業に支障をきたす恐れがあり(S)、ガバナンスが不十分な企業では、将来重大な不祥事が起こる可能性がある(G)など、ESGの要素を「リスク要因」として捉えることには合理性がある。また、例えば環境負荷の小さいプラスチックを製造する技術を有する企業では、今後売上の伸長が期待できる(E)など、(業種によっては)ESGをオポチュニティ(機会)と捉えることもできるだろう。
さらに、より端的に言えば、投資家がESG投資に取り組むのは、「顧客に求められているから」である。投資家にとっての顧客とは、運用資金を預け、手数料を支払ってくれる資金拠出者に他ならない。なかでも日本最大の資金拠出者(=最重要顧客)であるGPIFは2015年にPRI(国連責任投資原則)に署名して以来、ESGに関する活動を積極的に進めており、運用委託先に対してもESGに取り組むことを強く求めている。したがって、GPIFからESGへの取り組みが不十分であると見なされた投資家は、運用委託資金を減らされ、その結果手数料収入が落ち込む可能性がある。要するに、投資家にとってESGに取り組むということは「顧客のニーズに応える」という“本業”そのものだということだ。
GPIF : 年金積立金管理運用独立行政法人(Government Pension Investment Fund)。厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を行う厚生労働省所管の独立行政法人。運用資産の規模が100兆円を優に超える世界最大の機関投資家である。
PRI(国連責任投資原則) : (国連)PRIとは「(United Nations) Principles for Responsible Investment」の略で、機関投資家に対し、投資判断プロセスにESGを反映することや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどを提唱するもの。これに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。 文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム
投資家と対話に臨む経営陣は、投資家がなぜそのような要求をするのか腑に落ちないと感じた場合には、「投資家自身ではなく、資金拠出者の意向なのではないか」という視点を持ってみるとよいだろう。ESGについて言えば、GPIFにはESG投資に取り組まなければならない構造的な理由がある(この点については、近日中に別稿でお伝えしたい)。GPIFが巨額の資金を投じるパッシブ運用の対象となっている限り(2019年2月7日のニュース「“パッシブ化”の進行と東証の市場構造の見直しが与える株価への影響」参照)、企業が「ESG」から逃れることはもはや困難だと言えよう。
パッシブ運用 : パッシブ(「消極的」なという意味)運用とは、東証のTOPIXのような株価指数(インデックス)の値動きに連動する運用成果を目指し、株価指数を構成する銘柄をポートフォリオに組み入れるなどして、運用会社は定性的な判断を入れずに機械的に投資判断を行う運用手法であり、ファンドマネジャーが独自に銘柄を選択して運用する「アクティブ運用」とは対極の関係にある。 文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム