産業能率大学 経営学部 教授
光定 洋介
ESGに対する社会的な関心が高まる一方(例えば、2017年において日本経済新聞に掲載されたESG関連の記事は137本だったが、2018年は既に約200本に上っている)、ESGが企業価値向上につながるということに対し懐疑的な経営者も少なからずいる。そこで本稿では、ESGがいかにして企業価値向上につながるのということを「理論的」に解明してみたい。
ESG : 「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を組み合わせたもので、近年、特にグローバル機関投資家の間で、企業の投資価値を測る評価項目としての地位を確立しつつある。
投資家が企業のESG活動に期待しているのは、それが最終的に中長期的な企業価値の向上(株式リターンの増大及び下振れの抑制を含む)につながることに他ならない。具体的には、(1)売上の維持・拡大による業績向上、(2)ESG指数(インデックス)に入ることによる需給改善、(3)割引率の低下、(4)経済・市場全体のリスク回避—の4つが考えられる。以下、順番に解説していく。
(1)売上の維持・拡大による業績向上
欧米ではBtoB取引において、ESGへの取り組みが不十分な供給元からの調達を減らす動きがある。特に欧州では経営上ESGを重視する企業が多く、こうした企業ほどESGを考慮した調達を行う傾向が強い。結果として、自社にESG上の問題があると欧米の企業顧客が離れ、売上の減少につながるリスクがある。実際、欧米では、環境問題への取り組みが不十分な企業の製品の購買が敬遠され、売上が低下する事例も出てきている。
またESGへの取り組みが不十分な場合、BtoC取引においても消費者からの評価低下とその結果としての売上減少、企業ブランドの棄損へとつながるリスクがある。不正なソフトウェアを使って排出ガス規制をクリアしていた自動車メーカーが、仮にESGのうち「E(環境)」にもっとしっかり取り組んでいれば、このような事件を起こさずに済んだであろう。
逆に言うと、ESGに配慮した経営を行うことで売上の下振れを抑制・回避できるのみならず、むしろ拡大できる可能性がある。
(2)ESG指数(インデックス)に入ることによる需給改善
世界のESG投資資産残高は、2016年に22兆8,900億ドルに達し、その残高は年々増加している 。こうしたESG資金の一部が、ESG指数(ESG指数については、2018年10月9日のニュース「東証1部上場企業の8割がESG投資の対象に」参照)に採用された企業の株式を購入する可能性がある。その結果、投資家からすれば、株式の需給が改善し、投資リターンの増加につながる。
ESG投資 : ESGに優れた企業に投資すること
(3)割引率の低下
ESGが改善することによって、例えば環境規制が導入され規制コストが上昇したり、これまで使っていたサプライチェーンが使えなくなったりすることなどによる企業の突然死(サドンデス)リスクを回避することができる。そうなれば、運用機関が企業価値算出に使っている割引率が低下し(*)、企業価値向上(=株式リターンの向上)につながる可能性がある(企業価値の評価方法については新用語・難解用語辞典「ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法」参照)。
バリュエーションモデル : 企業価値評価の方法のこと
(4)経済・市場全体のリスク回避
巨額な年金基金を運用するアセットオーナー(いわゆるユニバーサルオーナー)は、その運用資産の大きさゆえに、投資先を中長期的な視点で幅広い資産や証券に分散したポートフォリオによる投資を行わざるを得ない。そうなると、そのポートフォリオの運用成績は経済全体の動きとリンクしたものとなってくる。ユニバーサルオーナーの立場から見れば、ESG投資は経済や市場全体に与える悪影響をあらかじめ回避し、ポートフォリオ全体の利益を守るための手段ということができる。
ESGの背景にある考え方は、企業や投資家が“地球人”として地球を未来に残す、すなわち、次世代に負担を押し付けない社会的な義務を果たそうというものである。この義務を果たすことが企業のビジネスをより長期的に継続させ、結果的として将来にわたりキャッシュフローを生み出すとともに、リスクプレミアム(*)を減少させて企業価値を高め、投資リターンの増大へと結びついていく。このように、投資家がESG投資を強化していることには明確な理由があり、多くの人が日々感じている気候変動の顕在化などに伴い、益々加速していくことなろう。
* リスク・テイクによる超過的な期待収益率のこと。超過的な期待収益率は、TOPIXなど株式市場全体を示す指数をベースに計算される。基本的には、TOPIXなどに基づく期待収益率(Rm=required market rate of return)とリスクフリー・レート(RFR)の差が株式投資に伴うリスクに対する「超過的な期待収益率」となる。ただし、株価がTOPIXと同様の動きをする企業もあれば、TOPIXと乖離しているところもある。そこで、各企業の「超過的な期待収益率」は、当該企業の株価のTOPIXなどに対する“感応度”を考慮して調整する必要がある。この感応度のことを専門用語で「ベータ(β)」という。βは、株式市場全体の動きに対して大きく反応する場合には高く、あまり大きく反応しない場合には低くなる。これを算式で表すと以下の通りとなる。→リスク・テイクによる超過的な期待収益率=β ×(Rm-RFR)