2018/01/25 【特集】EU株主権利指令の改正に伴う経営者報酬への影響(2・会員限定)

1.株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:SRD)改正の背景

2017年3月、欧州議会は「株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:以下、SRD)」の改正案を承認した。SRDとは、EU市場におけるコーポレートガバナンスの強化を目指す指令であり、企業、株主(特に機関投資家)、議決権行使助言会社など、インベストメント・チェーンにおける各プレーヤーの権限や責任について定めている。

インベストメント・チェーン : 資金の拠出者から、資金を事業活動に使う企業に至るまでの経路および各機能(アセット・オーナー(受益者) 、アセット・マネジャー(運用会社)、企業など)のつながり。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

SRDの創設は2007年に遡るが、今般、約10年ぶりに改正が行われた背景には、金融危機への反省がある。欧州委員会は、金融危機を経て、上場企業のコーポレートガバナンス上の欠陥が明らかになったとの見解を持っており、特に株主および経営者が短期的な利益を偏重するいわゆる「ショートターミズム」の蔓延が反省点として指摘されている。

欧州委員会 : 欧州連合(EU)の政策執行機関。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

こうした反省点を踏まえ、本改正では、株主に対し、企業への長期的かつ継続的なエンゲージメントを促すことを主な目的としているが、これは経営者報酬の分野も例外ではない。すなわち、経営者報酬に対しても「株主による関与」を強化していく方向で改正が行われている。本改正に向けた議論の中で焦点となったのは、「ペイ・レシオ(Pay ratio)」と「セイ・オン・ペイ(Say on Pay)」という2つの論点である。

以下、それぞれについて詳しく見ていこう。

2.ペイ・レシオ

最も注目されたのは、「ペイ・レシオ(Pay ratio)」の開示を義務付けるか否かであった。ペイ・レシオとは、企業における役職員間の給与水準の格差を示す指標である。日本においては馴染みのない指標だが、欧米においては、経営者報酬の高騰に伴い、従業員との格差是正の観点から注目を集めている。

ペイ・レシオの算定方法には様々なバリエーションが考えられる。CEOの報酬を会社の最低賃金で除した値を用いることもあれば、取締役の報酬を従業員の賃金の中央値で除した値を用いることもある。集計対象とする従業員の範囲(例えば、海外の従業員を含めるか否か)や、固定報酬以外の業績連動報酬、福利厚生費の取扱いなども論点になる(更に、業績連動報酬や福利厚生費を算定対象に含めることとなった場合、その算定方法についてもいくつかのバリエーションがあり得る)。

2018年には米国および英国がペイ・レシオの開示制度の導入に踏み切る予定だが、上記のような算定の困難さが課題として指摘されている。こうした中、SRDの改正にあたっては、ペイ・レシオの算定方法を各国に委ねるべきか、ある程度の一貫性を持たせるべきか、という議論もあった。

結果として、ペイ・レシオの開示はSRDの最終案から除かれることとなった。最終版のSRDは、取締役の報酬並びに従業員の平均給与の推移を、会社業績との比較において開示することは求めているものの、ペイ・レシオの値自体の開示は求めていない。取締役の報酬と従業員の給与が直接的に比較されない分、開示のインパクトはやや弱くなったが、それでも、企業は今後、経営者の報酬と従業員の給与の格差という論点に何らかの形で向き合わざるを得なくなるだろう。

3.セイ・オン・ペイ

SRDの改正の成果の一つは、EUにおける「セイ・オン・ペイ」の法制化の指針を示したことである。

32684c

セイ・オン・ペイとは、株主が、株主総会での決議を通じ、経営者報酬に対して「賛成」もしくは「反対」の意見表明を行うもので、欧米においては一般的なプラクティスとして定着している。セイ・オン・ペイの決議のタイミングは、報酬を支給する前もしくは後の2つの場面がある。事前の決議と事後の決議では、決議の対象が異なる点に注意が必要である。

・事前の決議:経営者報酬の方針(Policy)についての決議
・事後の決議:報酬制度の実行状況(Implementation)についての決議

報酬の方針(Policy)には、事業戦略との関係性、報酬の構成および割合、年次賞与や株式報酬プランの詳細、取締役との契約条件等が含まれる。一方、報酬制度の実行状況(Implementation)には、報酬制度が上記の報酬の方針(Policy)に則って運用されているか否かの検証や、ペイ・フォー・パフォーマンス分析(後述)等が含まれる。

SRDの改正にあたって論点となったのが、報酬の方針(Policy)についての事前の決議を拘束的決議(Binding vote)とするか、勧告的決議(Advisory vote)に留めるか、という点だ。報酬の方針(Policy)が拘束的決議の対象とされた場合、企業は、株主と合意した一定の枠組みの中でしか報酬を支払うことができなくなる。

既に2013年から、報酬の方針(Policy)を拘束的決議の対象とすることを義務化しているのが、経営者報酬関連の規制が進む英国である。当初、SRDも英国の例にならうことが検討されていたが、SRDの最終案では、報酬の方針(Policy)について「原則として拘束的決議にかけるべき」としつつも、「加盟国は、投票を勧告的なものに留めることも選択可能」という例外規定を設けることとなった。

上記の例外規定が設けられたことで、SRDの改正が各国にもたらすインパクトは小さくなったように見える。しかしながら、国によってセイ・オン・ペイの運用状況が異なっている現状に照らせば(下表参照)、今般、SRDによって共通の指針が示されたことには一定の意義があると考えられる。

32684d

4.SRD改正がもたらす経営者報酬への影響(会員限定)

2018/01/25 【特集】EU株主権利指令の改正に伴う経営者報酬への影響

ウイリス・タワーズワトソン
経営者報酬プラクティス シニアアナリスト 中村 秀隣
03-3581-6244
Hidechika.Nakamura@willistowerswatson.com

はじめに

欧米の経営者報酬関連規制は海外の機関投資家からグローバル・ディファクト・スタンダードとして捉えられており、日本の規制当局も参考にしている。これは、仮に将来日本で新たな規制が導入されるとした場合、欧米の経営者報酬関連規制が参考にされる可能性があるということを意味している。

こうしたなか欧州では、企業、機関投資家をはじめとする株主、議決権行使助言会社など、インベストメント・チェーンにおける各プレーヤーの権限や責任について定めた「株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:SRD)」が10年ぶり改正され、これを踏まえ、日本が手本とした英国コーポレートガバナンス・コードでは、経営者報酬分野における更なる規制の強化が見込まれている。

インベストメント・チェーン : 資金の拠出者から、資金を事業活動に使う企業に至るまでの経路および各機能(アセット・オーナー(受益者) 、アセット・マネジャー(運用会社)、企業など)のつながり。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

本稿では、欧州における経営者報酬関連規制の最新の動向、具体的には今般の欧州におけるSRDの改正の背景や内容を概観するとともに、EU主導のSRDの改正が欧米各国企業の経営者報酬にどの程度の影響を与えるのか、また、欧米とは経営者報酬の実態が大きく異なる日本の企業に対する示唆についても併せて検討したい。

1.株主権利指令(Shareholders’ Rights Directive:SRD)改正の背景(会員限定)

続きをご覧になるには、会員登録が必要です。
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちら

2018/01/24 企業不祥事とペナルティの関係に見る“再発”リスク

いつの時代でも企業の不祥事は絶えないが、特にここ最近は伝統ある名門企業の不正が相次いで発覚している。しかも、それらの不正の多くは長い間組織的に行われてきたというだけに、世間はもちろん、株主や投資家が受けた衝撃は大きい。不祥事をきっかけに消費者の信頼、あるいは取引先そのものを失い業績が低迷すれば、株価にもネガティブな影響が出ることになる。ましてやそれが時価総額の大きい名門企業であれば尚更である。降ってわいたかの如く唐突に表面化する企業の不祥事は、我々機関投資家にとって大きなリスクファクターとなっている。

コンプライアンス体制がしっかりしていると思われてきた名門企業でさえ不正が相次ぐ中、どの企業が不祥事を起こす企業で、どの企業が起こさない企業なのかを見抜くのは容易ではないが、一つ注目したいのが・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2018/01/24 企業不祥事とペナルティの関係に見る“再発”リスク(会員限定)

いつの時代でも企業の不祥事は絶えないが、特にここ最近は伝統ある名門企業の不正が相次いで発覚している。しかも、それらの不正の多くは長い間組織的に行われてきたというだけに、世間はもちろん、株主や投資家が受けた衝撃は大きい。不祥事をきっかけに消費者の信頼、あるいは取引先そのものを失い業績が低迷すれば、株価にもネガティブな影響が出ることになる。ましてやそれが時価総額の大きい名門企業であれば尚更である。降ってわいたかの如く唐突に表面化する企業の不祥事は、我々機関投資家にとって大きなリスクファクターとなっている。

コンプライアンス体制がしっかりしていると思われてきた名門企業でさえ不正が相次ぐ中、どの企業が不祥事を起こす企業で、どの企業が起こさない企業なのかを見抜くのは容易ではないが、一つ注目したいのが不祥事の当事者となった「個人」に対する企業の対応だ。

企業不祥事には二つのタイプがある。一つは、個人が自らの利益のために不正を行う「個人型不正」であり、例えば会社のお金を流用したり、企業秘密を漏洩したりすることなどがこれに該当する。もう一つは、個人の利益ではなく、会社のために行う「組織型不正」である。最近発覚した名門企業の不正は後者になる。

個人型不正の場合、懲戒免職や個人への損害賠償請求といったペナルティが科されることになる。一方、組織型不正のペナルティとしては、経営トップの引責辞任や役員報酬の返上などが典型的だが、両者を「個人」という観点から見ると、個人型不正に比べ組織型不正のペナルティの方が相対的に軽い傾向がある。

確かに、個人が自らの利益のために行った不正と組織のために行った不正では、前者の方が責任が重いようにも見える。これは、組織型不正の場合、個人は上司からの指示を受けて、あるいはその意思を忖度して不正に手を染めるケースも多く、“被害者”の側面があるからだろう。しかし、それはあくまで会社側の視点に立った見方に過ぎない。消費者や取引先を含む世間(社会)の視点からは、社員が自社のお金を窃盗するよりも、企業が安全性に欠ける製品を販売する方がよほど大きな問題となる。

組織型不正も、個人型不正と同じく究極的には「個人」によって行われている。そう考えると、企業不祥事を未然に防ぐことができる確率の高い企業とは、結局のところ、組織型不正に関与した個人に対しても、個人型不正で個人が受けるのと同様の厳しいペナルティを科すことを厭わない企業ということになろう。消費者や取引先を失いかねないような組織型不正を起こしておきながら、当事者となった役職員への処分が甘い企業では、いずれまた同じような構造の中で不正が生じるリスクがある。機関投資家としては、組織型不正が起きた際における企業の個人への対応にも注視していきたい。

2018/01/23 企業と機関投資家の対話の現状

スチュワートシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの導入以来、企業と機関投資家の対話の機会が急増している。ある大手機関投資家では、面談する企業数が2010年頃と比べると5~6倍にもなっているという。

対話の機会の増加は、その質や内容にも変化をもたらしている。まず質の変化という面では、企業側がスピーカーとして役員クラスを出してくるケースが増えているということが挙げられる。ある大手機関投資家の場合、およそ6割を役員が占めているという(残り4割はIRやSRの担当者)。機関投資家によっては、代表取締役をはじめとする執行の責任者あるいは社外取締役や社外監査役といった監督の責任者との面談のみを「対話(エンゲージメント)」と呼び、それ以外の者との面談は企業調査のためのミーティングと位置付けて対話とは区分しているところもあるが、いずれにせよ、シニア経営者層が直接機関投資家と顔を合わせる機会が増えているのは間違いない。

SR : Shareholder Relations の略で、「株主向け広報」と訳される。株主を含む広く投資家全般に対する広報活動を「IR」 (Investor Relations) と呼ぶのに対し、SR活動とは、企業と株主との信頼関係を築くための活動を指す。

企業側のスピーカーの変化に伴い、対話の内容も変わりつつある。これまで企業側からは短期的な決算の報告などが中心だったが、最近は・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2018/01/23 企業と機関投資家の対話の現状(会員限定)

スチュワートシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードの導入以来、企業と機関投資家の対話の機会が急増している。ある大手機関投資家では、面談する企業数が2010年頃と比べると5~6倍にもなっているという。

対話の機会の増加は、その質や内容にも変化をもたらしている。まず質の変化という面では、企業側がスピーカーとして役員クラスを出してくるケースが増えているということが挙げられる。ある大手機関投資家の場合、およそ6割を役員が占めているという(残り4割はIRやSRの担当者)。機関投資家によっては、代表取締役をはじめとする執行の責任者あるいは社外取締役や社外監査役といった監督の責任者との面談のみを「対話(エンゲージメント)」と呼び、それ以外の者との面談は企業調査のためのミーティングと位置付けて対話とは区分しているところもあるが、いずれにせよ、シニア経営者層が直接機関投資家と顔を合わせる機会が増えているのは間違いない。

SR : Shareholder Relations の略で、「株主向け広報」と訳される。株主を含む広く投資家全般に対する広報活動を「IR」 (Investor Relations) と呼ぶのに対し、SR活動とは、企業と株主との信頼関係を築くための活動を指す。

企業側のスピーカーの変化に伴い、対話の内容も変わりつつある。これまで企業側からは短期的な決算の報告などが中心だったが、最近は中長期の視点から経営戦略やその中でガバナンスが“パーツ”としてどう機能しているのかといった話が出るようになった。そのうえで、それに対して機関投資家側に意見を求めてくることも珍しくない。ある機関投資家が良い面と課題を率直に伝えると、対話の後、議論したことを踏まえてとった対策について企業から(適時開示の後に)連絡を受けたこともあるという。また、株主総会の議案になる前の段階での“事前相談”も増えている。例えば「このような議案には反対するのか」「賛成を得るためにはどのような議案に仕立てるべきか」といったものだ。今年(2018年)6月の総会議案について既に昨年末に相談してきた企業もあるという。一方、機関投資家が最も興味を持っているのはやはり経営戦略であり、それを達成するための手段としてのガバナンスや議案の役割や意義をテーマにすることが多い。また、開示に関する質問も多いようだ。例えば、政策保有株式に関する開示の充実や、近年導入する企業が増えている株式報酬に関する開示(株式報酬がどのようにインセンティブとして機能しているのかが見えにくいため、次回以降はそれが分かる形で設計等について詳しく開示して欲しいなど)といったものだ。また、最近話題のESGについては、例えば「E(環境)」や「S(社会)」の面で何か具体的な問題があってその改善を求めることは今のところ少なく、こちらも開示面で注文を付けることが多いという。すなわち、せっかくEやSの活動に力を入れている企業であっても、それが開示されていないがために第三者機関のESG評価が異常に低い(もっとESGに関する開示を充実させるべき)といった指摘である(この点については、2017年5月11日のニュース「日本企業のESG対応、過小評価も」参照)。

対話の機会の増加と内容の充実はまさに両コード導入の狙いどおりといったところだが、同時に課題も生じている。第一に、機関投資家側においては、物理的・時間的に、多くの企業と対話することが難しくなっているという点だ。また、企業側のスピーカーにシニア経営者層が増えたことで議題の範囲が広がり、事前の予習も含め、機関投資家側の準備作業に時間がかかるようになっている。今後、機関投資家にとっては、質と量の両立、バランスをどう図るかが重要な課題となろう。

限られた時間とリソースを有効に活用するため、機関投資家側の努力も見られる。ある機関投資家は、あらかじめ議題を用意し、面談の前に企業に提出している。また、対話の場面では意図的に機関投資家側からプレゼンテーションし、その企業をどのように評価しているか、どの点に課題を感じているかなどについて、まず自らの見方・考え方を伝えるようにしているという。それに対し企業側に自分達(機関投資家)が知らないことや勘違いしていることはないかを検証してもらうことで対話の活性化につなげている。

機関投資家側から企業に対する要望としてしばしば聞かれるのが、議決権行使方針には事前に目を通しておいて欲しいというものだ。ほとんどの機関投資家は議決権行使方針をウェブサイトで公表しており、それを見ればその機関投資家の考え方はある程度理解できるはずだ。それにもかかわらず、対話の場で議決権行使方針を事細かに質問してくる企業が少なからずあるという。限られた時間とリソースを有効に活用するためには、企業、機関投資家、双方の努力が必要と言えそうだ。

2018/01/22 有報と事業報告等の一体開示に向け経営陣が検討すべきこと

2018年1月15日のニュース「事業報告等と有価証券報告書、一体化に向け前進」でお伝えしたとおり、政府は“類似しているものの微妙に異なる”「事業報告および計算書類(以下、事業報告等)」(会社法)と「有価証券報告書」(金融商品取引法)の2つの開示資料を統合するため、例えば有価証券報告書の「事業の内容」と事業報告等における「主要な事業内容」など、類似・関連する15項目を可能な範囲で共通化する方針を打ち出している。・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2018/01/22 有報と事業報告等の一体開示に向け経営陣が検討すべきこと(会員限定)

2018年1月15日のニュース「事業報告等と有価証券報告書、一体化に向け前進」でお伝えしたとおり、政府は“類似しているものの微妙に異なる”「事業報告および計算書類(以下、事業報告等)」(会社法)と「有価証券報告書」(金融商品取引法)の2つの開示資料を統合するため、例えば有価証券報告書の「事業の内容」と事業報告等における「主要な事業内容」など、類似・関連する15項目を可能な範囲で共通化する方針を打ち出している。

共通化について政府が公表した資料「事業報告等と有価証券報告書の一体的開示のための取組について」には、現行制度上も「会社法と金融商品取引法の両方の要請を満たす一つの書類を作成して株主総会前に開示することは可能となっている」との記述(2ページの上から2段落目参照)がある。これは以下のことを意味していると考えられる。

〇通常、有価証券報告書の方が事業報告等よりも内容が充実しているため、有価証券報告書の開示内容を事業報告等でそのまま開示したとしても、事業報告等には会社法の要求水準以上の内容が開示されることになる。そして、会社法は要求水準以上の内容の開示を禁止している訳ではないことから、同法上も問題は生じない(逆に、有価証券報告書においては要請されていないが事業報告等では求められている内容を有価証券報告書に記載することも、金融商品取引法上禁止されているわけではないため可能)。
〇会社法と金融商品取引法との間で用語が異なっていたとしても、同一の内容を意味するものについては、両者においてそのままの用語で開示が可能。

もっとも、上記の政府資料には続けて「企業からは、類似項目に関する両制度間の規定ぶりの相違やひな型の相違等により、実務レベルで企業が効率的かつ安心して一つの書類で開示することができる環境が十分に醸成されているとは言い難いという指摘がなされている」とある。共通化は今年度(2017年度)中を目途に行われる予定であるため、共通化された書類が出て来るのは2018年3月期以降となろう。

<一体開示に向けた今後のスケジュール>
政府公表資料の各所からピックアップして当フォーラムが作成
時 期 改 正 内 容
平成29年度中を目途 類似・関連する項目について、可能な範囲で共通化を図る。
平成30年初め 一体的開示の企業実務への浸透を図るため、関係省庁と投資家や企業が一堂に会する場を設ける。
平成30年度中のできるだけ早期 新たな株主総会資料の電子提供の在り方の一つとして、事業報告等の記載事項を含む有価証券報告書のEDINET開示も許容することなどについて結論を得る。
平成30年夏まで 国際的に見て最も効果的かつ効率的な開示の実現および株主総会日程・基準日の合理的な設定のための環境整備に向け、投資家と企業の間の建設的な対話を促進するための検討を行い結論を得る。

そもそも事業報告等は株主総会用の資料であり、株主総会前に株主に郵送する必要があることから、個人株主にも配慮した表現を用い、さらに(印刷や郵送コストを考慮して)記載の文量を抑えることが想定されているため、企業にとっては「一体開示」という発想自体を持ちにくいかもしれない。しかし、開示の効率化という観点からすれば、同種の内容を異なる書類で異なる表現を用いて開示することが非効率なのは間違いない。特に今後予定される株主総会招集通知等の電子(WEB)開示の制度改正(改正内容の詳細、経緯は2017年6月15日のニュース「株主総会資料の電子提供制度、「招集の通知」は引き続き“紙”で」、2016年4月25日のニュース「招集通知等の電子化、3つの書類除き実施へ 次期会社法改正時が濃厚」参照)が進めば、総会前に株主総会招集通知等を株主に郵送する必要がなくなり、文章量や印刷・郵送コスト等を気にする必要がなくなる。日本公認会計士協会からは、会社法と金融商品取引法が求める開示項目のすべてを網羅する“兼用”の開示書類を作成する案が示されているが(2017年9月1日のニュース「現行の有報より厚く? 事業報告と有報を“兼用”する開示書類案が浮上」参照)、例えばこれまでは有価証券報告書で開示してきたボリュームの大きい内容であっても事業報告等と同種の内容であれば、事業報告等でそのまま開示することが、コスト面からは合理的だろう。

上記の類似・関連する15項目が共通化された場合、企業にとっては以下の3つの選択肢が考えられる。

今まで通りの開示のまま
15項目の一部について共通化を図る
15項目すべて共通化を図る

上記の選択をするにあたって、経営陣は以下の点を考慮する必要がある。

〇企業と株主・投資者が企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に向けて協働していくため、両者の間の建設的な対話の促進の観点から望ましい開示の姿とは何か
〇事業報告等については、これまで同様に個人株主にも配慮した表現を用いて、文章の量を抑える記載を行うのか
〇印刷や郵送等のコスト面(株主総会招集通知等のWEB開示の制度改正の動向を踏まえた検討が必要)
〇有価証券報告書および事業報告等の開示担当者の共通化

2018年3月期以降から共通化された書類の作成を始めるとなると、これらの検討のために残された時間は多くない。早めに検討を開始すべきだろう。

2018/01/19 株主提案議案数を制限する会社法改正案 「数」と「数え方」が焦点に

株主は株主総会の議案に賛・否票を投じるだけでなく、一定の要件(後述)を満たせば株主総会に自ら議案を提案できる。ところが、2012年6月開催の野村ホールディングスの株主総会で“野菜ホールディングス”への商号変更が議案に上るなど、近年株主提案の濫用に近いケースが散見されるため、法務省の法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会で株主提案権に関する会社法改正案の検討が進められているのは周知のとおり(株主提案権の制限については2017年3月7日のニュース「会社法改正、株主総会関係の見直しの方向性」参照)。(2018年)2月に公表される予定の「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案」では、下表のとおり株主提案権の濫用的な行使に歯止めをかける会社法改正案が提案される見込みだ。・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合はログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2018/01/19 株主提案議案数を制限する会社法改正案 「数」と「数え方」が焦点に(会員限定)

株主は株主総会の議案に賛・否票を投じるだけでなく、一定の要件(後述)を満たせば株主総会に自ら議案を提案できる。ところが、2012年6月開催の野村ホールディングスの株主総会で“野菜ホールディングス”への商号変更が議案に上るなど、近年株主提案の濫用に近いケースが散見されるため、法務省の法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会で株主提案権に関する会社法改正案の検討が進められているのは周知のとおり(株主提案権の制限については2017年3月7日のニュース「会社法改正、株主総会関係の見直しの方向性」参照)。(2018年)2月に公表される予定の「会社法制(企業統治等関係)の見直しに関する中間試案」では、下表のとおり株主提案権の濫用的な行使に歯止めをかける会社法改正案が提案される見込みだ。

株主提案権に関する会社法の現行規定と変更案
現行規定の要旨 変更案
会社法304条
株主は、株主総会において、株主総会の目的である事項(*1)につき議案を提出することができる。ただし、当該議案が法令若しくは定款に違反する場合または実質的に同一の議案につき株主総会において総株主(*2)の議決権の10分の1(*3)以上の賛成を得られなかった日から3年を経過していない場合は、この限りでない。

会社法305条
株主は、取締役に対し、株主総会の日の8週間(*4)前までに、株主総会の目的である事項(*1)につき当該株主が提出しようとする議案の要領を株主に通知すること(中略)を請求することができる。ただし、取締役会設置会社においては、総株主の議決権の100分の1(*3)以上の議決権または300個(これを下回る数を定款で定めた場合にあっては、その個数)以上の議決権を6か月(*4)前から引き続き有する株主に限り、当該請求をすることができる。

<提案数の制限>
取締役会設置会社においては、株主提案の数は、一人あたり「5」または「10」を超えることができないものとする。

<提案内容の制限>
会社法304条および305条の規定は、次のいずれかに該当する場合には適用しないものとする。
① 株主がもっぱら人の名誉を侵害し、または人を侮辱する目的で株主提案を行ったとき。
② 株主がもっぱら人を困惑させる目的で株主提案を行ったとき。
③ 株主がもっぱら当該株主または第三者の不正な利益を図る目的で株主提案を行ったとき。
④ 株主提案により株主総会の適切な運営が妨げられ、株主の共同の利益が著しく害されるおそれがあるとき。

*1 当該株主が議決権を行使することができる事項(例えば、定款変更や役員の選任など)に限る。
*2 当該議案について議決権を行使することができない株主(例えば、自己株式や議決権のない種類株式の株主など)を除く。
*3 これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合
*4 これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間

上表の右段「変更案」の冒頭「提案数の制限」にあるように、議案の「数」を制限する場合に重要になってくるのが、「具体的な数」と「数え方」だ。2017年12月6日に開催された法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第8回会議で配布された中間試案のドラフト(8ページ参照)では、「具体的な数」については上表で示したとおり、一人あたり「5」案と「10」案の2案が示されている。

「数え方」は、例えば株主が複数人の取締役の選任を提案する場合などで問題となる。仮に複数人の取締役を選任する議案が提案された場合、「人数=議案数」とカウントされるのであれば、選任議案の対象となる取締役が5人あるいは10人以上いればそれだけで提案できる議案数の上限に達してしまう。上限にまでは達しなくても、取締役の選任議案に提案できる議案数の“枠”の大部分をとられてしまえば、他の議案の一部が提案ができなくなるといったことにもなりねない。この点について中間試案のドラフトでは、役員等を選任または解任する議案は、そもそも「数による制限の対象とならない」(すなわち、カウントしない)か、たとえカウントしたとしても「1つ」という案が示されている。具体的には、株主提案数を「5」に絞る案では役員等(取締役、会計参与、監査役及び会計監査人)の選任または解任に関する議案は議案数の制限の対象外とする(例えば、役員等の選任議案以外の議案を5つ提案したとしても、さらに役員等の選任議案を提案できる)案になっている。一方、提案数を10に絞る案では、役員等の選任または解任に関する議案については「提案数の制限を受けない」とする案、「提案数の制限を受ける」とする案(ただし、複数の役員の選任を提案する議案であっても、議案数は1つと数える)」の2つが併記されている。

「数え方」の問題は、定款の変更に関する議案でも生じる。例えば、定款の「会社の目的」欄を複数個所修正したり追加したりする場合に、修正・追加する箇所の数を議案数とカウントするのかどうかという問題である。この点について中間試案のドラフトでは、「内容において関連する事項ごとに区分して数えるものとする旨の明文の規定を設けるかどうかについては、なお検討する」とするにとどまっているが、2018年1月10日に開催された法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第9回会議では、株主提案権濫用の事例として「金田勝年法務大臣の一連の行動に対する当社としての意見表明に関する特別委員会の設置を求める定款変更議案」「場外車券売場建設に反対する住民により建設差し止めを目的として定款の事業目的から『公営競技の場外券売所を除く』とする定款変更議案」「原子力発電事業から完全撤退を意図した定款の事業目的を変更する議案」などの事例が紹介されている(事例については参考資料38「提案権の行使状況」参照)。このように住民運動や環境運動、政治的活動の一環として定款変更議案が利用されるケースも見受けられるだけに、企業にとっては早期の会社法改正が望まれるところだ。