これまで、上場会社のIR/SR活動において証券会社は重要な役割を果たしてきた。上場会社のIR/SR訪問では、訪問先の機関投資家の選定からスケジュール調整まで証券会社がアレンジするケースが多く、また、IR活動の重要な目的の一つとして、証券会社に所属するセルサイドアナリストによるレポートの執筆が意識されてきた。しかし、今後はIR/SR活動における証券会社の存在感は薄れていく可能性がある。
SR : Shareholder Relations の略で、「株主向け広報」と訳される。株主を含む広く投資家全般に対する広報活動を「IR」 (Investor Relations) と呼ぶのに対し、SR活動とは、企業と株主との信頼関係を築くための活動を指す。
セルサイドアナリスト : 証券会社に所属しており(株式を売る側にいることからこう呼ばれる)、そのレポート(アナリスト・レポート)は、証券会社の顧客である個人投資家や機関投資家に提供され、投資家はこれを投資先の選定や売買のタイミングの判断に利用する。
その背景にあるのが、EU(欧州連合)の金融商品取引法であるMiFID(Markets in Financial Instruments Directive=金融商品市場指令 ※「ミフィッド」と呼ばれる)の改正版「MiFID2」の施行(2018年1月~)だ。なぜEUの法律改正が日本の上場会社のIR/SR 活動に影響を与えるのか、説明しよう。
MiFIDは2007年、欧州の株式取引ルールを統一して自由な競争を促進するために導入された。しかし、2008年のリーマンショックを機にデリバティブ(金融派生商品)やHFT(High frequency trading=高速/高頻度取引)、そして金融機関の不正などに対する懸念が高まったことから、金融市場の複雑さや不公正さから投資家を保護して金融市場への信頼を回復する必要に迫られた。そのため、MiFID2は以下の内容を含む。
① デリバティブ業者も適用範囲に加える
② HFT業者に登録や検査受入れを義務付け
③ 私設株式市場における取引を制限
④ 取引業者に通信/通話の保存を義務付け
⑤ 売買手数料と情報提供料の分離
私設株式市場 : 金融商品取引所を介さず有価証券を売買することが出来る市場(取引システム)のこと。
グローバル金融市場に特に大きな影響を及ぼすこと見られるのが⑤の「売買手数料と情報提供料の分離」だ。運用会社に金融商品の売買を取り次ぐ証券会社は従来、売買取引に付随するサービスとして、セルサイドアナリストが執筆する「リサーチ・レポート」の提供や、上場会社による(運用会社への)訪問のアレンジ(コーポレート・アクセス)を、売買手数料に“上乗せ”したコストで実施してきた。
この慣行はMiFID2の施行によって継続が難しくなる。運用会社は売買手数料と情報提供料を分別して管理することが求められるため、これまでより情報提供料の妥当性(情報の価値に見合っているか)が厳しく問われることになり、証券会社から安易に情報提供を受けにくくなるからだ。そもそも運用会社が証券会社に支払う情報提供料は年金基金等の投資家が拠出した運用手数料の一部であり、情報提供料の透明性欠如は利益相反(投資家の意に反して不当に高額な情報提供料を親密な証券会社に支払うなど)など不正行為の温床になるとみなされたことが、この規制の背景にある。
MiFIDは直接的には欧州域内に拠点を置く金融機関を対象としているものの、欧州域内の投資家に対する金融サービス(例えば日本の運用機関が欧州の年金の運用を受託した場合)も適用対象としているため、日本の金融機関を含めグローバルな影響が発生することが予想される。実際、MiFID2の施行を前に、グローバルな金融機関は対応に追われている。具体的には、運用会社は既に証券会社に依存したリサーチ体制の見直しに着手しており、自社のバイサイドアナリストを増員する、独立系リサーチハウスを活用するなどの施策を検討している。
バイサイドアナリスト : 運用会社に所属するアナリストであり、そのレポートは、自社のファンドマネージャーの運用成績向上のために作成される。
一方、証券会社は今後、運用会社との関係維持に苦慮するかもしれない。既に一部では、セルサイドアナリスト体制の縮小やコーポレート・アクセス機能の削減が囁かれているようだ。
上述したように、MiFIDは欧州域内に拠点を置く金融機関を対象としているが、日本の運用会社が欧州の投資家から資金運用を受託すれば適用されるだけでなく、将来的に同様の規制の導入が日本の金融市場において議論されることは容易に想定される。そこで上場会社としては、今のうちから証券会社の情報サービスに頼らないIR/SR活動を視野に入れておくべきだろう。具体的に検討すべき対応としては、例えば以下の2点が挙げられる。
① 「成長ストーリー」として投資家にアピールするIR情報の再構築
今後、セルサイドアナリストはハイレベルな産業分析など付加価値の高いレポートに注力するとみられ、特に中小型株の調査に時間を割くことが難しくなるだろう。そこで上場会社としては、セルサイドアナリストの分析に頼ることなく、自ら積極的に成長ストーリーを投資家に提示しなければならない。
② 自前の株主リストによる投資家ロードショーの実施
今後証券会社は、上場会社のIR/SRのための訪問先の選定やスケジュール調整について運用会社から対価を得ることが難しくなり、また対価を得るとしてもそれに見合った効果が厳しく問われることになる(その結果、訪問先の選定やスケジュール調整をしてくれなくなる可能性がある)。したがって上場会社としては、自社株式を保有する運用会社を把握したうえで、運用会社にとって効果的・効率的なロードショーを構築し、自前で実施することが望ましいだろう。
投資家ロードショー : 経営陣が機関投資家を連続して訪問すること。「ロードショー(road show)」と言われるのは、複数の機関投資家を一定期間内で一気に訪問するからである。海外の機関投資家を訪問する場合や、新規上場などの際にも「ロードショー」という言葉が使われることが多い。