取引相手に保険加入を求めることが“社内ルール”に
海外では、取引相手の賠償余力を担保するため、自社のリスクマネージャーや顧問弁護士が“社内ルール”として、契約書に基づき取引相手に保険加入を求めることが一般的な商習慣として定着しています。「保険」という項目自体が契約書に盛り込まれているケースも少なくありません。契約書で保険契約を求められる際には、一事故あたり(per accident / per occurrence)および保険期間中の支払限度額(annual aggregate)や、保険会社の格付け(A.M.Best社の格付けで『A-』以上等)を求められることもあります。
一方、日本企業同士のビジネスでは、例えば建設業界で、元請企業が下請企業に対し、建設現場での労災事故を補償する「労災上乗せ保険」や工事遂行中に通行人にケガを負わせたり近隣住民の財物を損傷させたことにより生じる損害賠償責任を補償する「第三者賠償保険」への加入を要請するケースや、食品会社が取引先である小売業者等からPL保険(生産物賠償責任保険)の加入を求められるケースがありますが、このような事例は特定の業界にとどまっており、一般的には、取引先から保険の加入を求められるケースはまだまだ少ないのが現状です。
PL保険(生産物賠償責任保険) : 自社の製品や商品が原因となり、他人にケガをさせる、あるいは他人の物を壊したことにより生じる損害賠償責任を補償する保険。
しかし近年、海外進出する日本企業が増加する中、様々な商取引において、海外の取引先企業から賠償責任保険をはじめとする保険への加入を要請されるケースが増加しています。このような要請に対し、日本企業はどう対応すべきでしょうか。以下で解説します。
どのような保険の契約が求められる?
まず、具体的にどのような保険の加入を求められることが多いのか整理しておきましょう。
海外企業から「契約書」によって加入求められる賠償責任保険としてよく見かけるのが、CGL(Comprehensive General Liability / Commercial General Liability)という総合企業賠償責任保険です。「Comprehensive(包括的な)」「 General(一般的な)」といった言葉のとおり、CGLは企業の事業活動に伴う広範囲な賠償責任リスクを補償する保険です。CGLの保険約款には、米国のI.S.O(Insurance Service Office=損保情報サービス機構)が提供する国際的に広く認められている標準約款(英文)が使われています。改定年によって約款の文言はもちろん補償内容も異なりますが(このため、契約書に約款の改定年の記載を求められるケースもあります)、CGLでカバーされる主な項目としては、Premises-Operation Liability(施設・業務遂行責任)、Product Liability(生産物責任)、Completed Operation Liability(完成作業責任)、Personal Injury Liability(人格権侵害責任)、Advertising Injury Liability(広告侵害責任)、Contractual Liability(契約責任)、Automobile Liability(自動車賠償責任 ※後述)、Professional Liability(専門職業賠償責任・業務過誤責任 ※後述)、File-Legal Liability(失火責任)、Tenant’s Lease Liability(借家人責任)、Worker’s Compensation(労災保険)/ Employer’s Liability(使用者賠償責任 ※後述)、Additional Insured(追加被保険者 ※後述)などです。
Premises-Operation Liability(施設・業務遂行責任) : 企業が所有・使用・管理・賃借する施設に起因する事故や、企業の業務遂行に起因する事故などにより生じた賠償責任を対象とする。
Completed Operation Liability(完成作業責任) : 完成した事業や作業に基因して生じた身体障害または財物損害を対象とする。例えば、防水工事を完成させたものの工事のクオリティーの低さが原因で水漏れが生じ、工場が操業停止に追い込まれたといった場合である。
Advertising Injury Liability(広告侵害責任) : 例えば、広告内容が特定の人種差別につながってしまった場合や、誇大広告と受け取られてしまった場合により生じた賠償責任を対象とする。
Contractual Liability(契約責任) : 債務不履行による賠償責任を対象とする。
Tenant’s Lease Liability(借家人責任) : 大家に対する賠償責任を補償するもの。例えば、テナントとして入居している企業が火災を発生させてしまい、大家に賠償しなければならないケースなどが対象となる。
以下、これらのうちいくつかについて補足説明します。
Automobile Liability(自動車賠償責任)は、日本の自動車保険の対人・対物賠償と同じ補償内容となりますが、海外では企業総合賠償責任保険の一部を構成します。ただし、海外では、対人・対物賠償の限度額が「無制限」という補償は少なく、限度額も国によって異なります。ちなみに、日本でも企業総合賠償責任保険は販売されていますが、分野調整や保険商品としての認可の問題から、自動車賠償責任保険を企業総合賠償責任保険に組み込むことは難しく、自動車保険単独での販売が主流となっています。
Professional Liability(専門職業賠償責任・業務過誤)は、医療、設計、コンサルティング、ITなどの専門的な業務においてミス(業務過誤)を起こし、第三者に損害を与えたことによる賠償責任を補償するものです。E&O(Errors & Omission)保険とも呼ばれます。この保険は、文字どおり専門家の業務上のミスを補償するものです。例えば、ITシステムの開発事業者が開発したシステムにバグ等があり、それが原因でクライアントのビジネスが中断し損失が出た場合や、コンサルティング会社がクライアントから依頼を受けて実施した市場調査の内容に誤りがあったため、クライアントがビジネスをやり直すことになり、クライアントに損失が発生した場合などが補償対象となります。IT事業者向けの業務過誤保険は日本の保険会社のほとんどが取り扱っていますが、設計、コンサルティング向けの業務過誤保険は海外では一般的であるものの、日本の保険会社で取り扱っているところはまだ少ないのが現状です。
Errors : 過失
Omission : 怠慢
Worker’s Compensation(労災保険) / Employer’s Liability(使用者賠償責任)は、契約上の業務を行っている時に発生した労災事故に起因する賠償責任を補償する保険です。賠償責任額がWorker’s Compensation(労災保険)による支払額を上回る部分をEmployer’s Liability(使用者賠償責任)がカバーします。労災制度は国により異なるため、保険の内容も国によって異なることになります。最近は日本でも、精神障害がらみの労災請求件数が増加していることなどを背景に使用者賠償責任への関心が高まっており、使用者賠償責任保険に加入している企業が増えてきています。
Additional Insured(追加被保険者)とは、取引先やその関連企業、またはライセンサー等を被保険者に追加するものです。例えば日本の食品製造会社が米国で食品を販売しようとする場合、米国の食品販売会社から海外PL保険に加入するとともに、自社を補償の対象に加えるよう要請されることがあります。米国の食品販売会社を被保険者に追加することにより、その製品が原因で米国の食品販売会社が米国内で訴えられた場合、日本の食品製造会社の海外PL保険の補償対象となります。海外のPL保険では、国外の販売会社を追加被保険者として追加するのが一般的となっていますが、誰を追加被保険者とするかは、契約書で要請されている対象者との関係およびリスクの実態を把握し、さらに保険で対応が可能かどうかを個別に判断したうえで検討する必要があります。
ライセンサー : 知的財産権やノウハウなどを利用する許諾を与える者。逆に許諾を与えられる者はライセンシーという。
このほか、取引先の機密情報を扱う業務を行う場合などにおける情報漏えいによる損害を補償する保険、知的財産権の侵害を補償する保険、製品のリコールや盗難による損害を補償する保険への加入を要請されることもあります。
契約書で要請されている保険がない場合には?
では、これから取引をしようとしている海外企業からこのような要請があった場合、どう対応すればよいのでしょうか。
まず知っておきたいのは、日本と海外では保険の種類や商習慣が異なるため、海外企業から加入を要請された保険を日本の保険会社や保険代理店が扱っていないケースがあるということです。
初動対応としては、個別に保険会社や保険代理店に相談しつつ、日本国内での対応の可否を検討する必要があります。日本国内での対応が難しい場合、取引先への説明が必要になります。海外では当たり前になっている保険であっても、日本の保険会社や代理店に取扱いの経験がないor少なく、対応が難しいというケースはよくあります。特に専門職業賠償責任保険はまだ日本での取扱いがほとんどありません。もっとも、保険への加入を要請してきた海外企業も日本の保険事情に精通しているわけではないため、要請されている保険自体が存在しない場合にはその旨を伝えれば、理解してもらえることもあります。
冒頭でも触れたとおり、海外企業が取引先に保険の加入を要請する目的は、そのリスクを保険に転嫁するということに他なりません。例えば1億円の損害が発生する可能性がある場合、限度額1億円かそれ以上の限度額の保険に加入するために要する保険料は「ビジネス上のコスト」と考えているのです。実際に海外企業から要請される補償の限度額はUS$1million~$10millionが多くなっていますが、保険料はリスクや過去の事故歴、売上高等によって大きく異なります。最近では日本の保険会社も海外の保険会社の買収や提携を通じてノウハウを吸収してきているため、まずは法人の保険に詳しい保険会社や保険代理店に相談するようにしてください。
「リスクを保険に転嫁する」という発想は日本企業側にも必要です。ビジネス環境が日本よりも不安定であることが少なくない海外の企業では、思わぬ損害が発生するリスクが高いからです。今後日本企業が海外進出する際には、日本企業から取引先の海外企業に保険の加入を要請することがリスク・マネジメント、すなわち予想外の損失から自社を守るために必須の時代が来るでしょう。