昨年(2016年)4月、発明について特許を受ける権利が「従業員のもの(従業者帰属)」から「会社のもの(法人帰属)」へと変更されるなど約90年ぶりの抜本的見直しとなった改正特許法が成立してから半年以上が経過した(『改正特許法の内容は「発明は「従業員」から「会社」のものへ、残されたリスク要因は?』『合理的な「発明の対価」決定のためのガイドライン策定が本格化』『特許法改正から3か月、いまだに企業からよく受ける2つの質問とは?』参照)。先月には、特許法の改正に伴い問題となっていた従業者等が受けた経済上の利益に対する所得税の課税について、今後はすべて「雑所得」と取り扱うことが国税庁から正式な見解として明らかにされている(2016年3月18日のニュース「職務発明の対価の所得区分が変更へ」参照)。このように、「従業者帰属」の運用に向けた環境整備が進む一方で、特許法改正を踏まえて各企業が取り組むべき「職務発明規程」の改訂が進んでいない。
雑所得 : 副業等で稼いだ所得を指し、20万円を超えると確定申告をする必要がある。例えば、印税、講演料、アフィリエイト収入、公的年金などが雑所得に該当する。公的年金等以外の雑所得額は、「総収入金額-必要経費」によって計算される(公的年金等の雑所得は、収入金額に応じた公的年金等控除額を差し引くことができる)。
職務発明規程 : 発明の権利関係や、従業員(発明者)に与えるインセンティブの内容など、職務発明を社内でどのように取り扱うかを定めたもの。
改正特許法では、あらかじめ契約や勤務規則(以下、「職務発明規程」)で定めれば、会社(法人)は「従業者から権利の譲渡を受けることなく」特許を受ける権利を保有することができるとされている。ところが、現状、多くの企業の職務発明規程には下記のような規定が盛り込まれており、これらの規定が存在する限り、職務発明は「法人帰属」とはならない可能性が高い(*)。
・発明者は、職務発明を行なったときは、会社に速やかに届け出るものとする。
・会社が前項の職務発明に係る権利を取得する旨を発明者に通知したときに、会社は当該職務発明に係る権利を承継する。
|
* 職務発明規程には「法人に特許を受ける権利を承継させる」旨の規定も同時に置かれていることが多いが(このような規定を「予約承継規定」という)、予約承継規定があっても、上記のような規定があれば、職務発明を「従業者帰属」とする意思表示とみなされる可能性が高い。
そこで企業は職務発明規程を改訂し、下記のような規定を盛り込む必要がある。
| 職務発明については、その発明が完成したときに、会社が発明者から特許を受ける権利を取得する。
|
ところが、冒頭で述べたとおり、今のところ職務発明規程の改訂に踏み切った企業は少ない。このような状況に対し、「産業界たっての要望であったにもかかわらず、改正の趣旨を取り込んだ職務発明規程の改訂を行なった企業がほとんどないのはどういうことか」といった批判も聞かれるが、実際に職務発明規程を改訂するのは容易ではないというのが企業側の本音。手元に入る金銭が関係する規程の変更は従業者にとって重要な問題であるため、各社ともできるだけ丁寧な対応を心掛けているようだ。企業からは「人事制度の改訂よりも丁寧な対応をせざるを得ない」という声も聞こえてくる。実際、全国の数十箇所の事業所すべてに足を運び、説明に回った知財担当者もいる。こうした事情から、各社の対応を見極めるまで改訂を先送りすることを決めた企業もある。
さらに、上場企業となれば、マスコミの目も気になるところだろう。発明について特許を受ける権利を「従業員のもの」から「会社のもの」へと変更する今回の特許法改正に対しては、「発明者不遇策」「労働者の権利切下げ」といった批判がマスコミにより展開され、それを鵜呑みにしている人も少なくない。実際には、特許を受ける権利それ自体を労働者個人が有していることに意味はなく、利益をもたらすこともないが、「会社のものにする=発明者の権利が奪われる」という思い込み・先入観が世間に蔓延しているのが現状だ。
本来、会社と従業員のWin-Winの関係構築を目指した特許法改正の趣旨が浸透していないのは不幸としか言いようがないが、そのような中で、今年4月に向け、今回の改正のメリットを最大限に活かす形で職務規程の改訂に踏み切る企業も出てきそうだ。例えば金銭以外のユニークな発明報奨、具体的には海外留学の機会、ストックオプション、所定の日数を超える有給休暇の付与などを規程に盛り込む企業が出てくることが考えられる。
ユニークな発明報奨は企業イメージの向上にもつながる。上場企業はどうしてもコンサバティブにならざるを得ないかもしれないが、今後出てくるであろう他社事例を参考にしながら、経営陣がリーダーシップをとり、斬新なアイデアを打ち出して行きたいところだ。斬新な規程を設けた暁には、積極的に世にアピールすべきだろう。