2025/04/07 【2025年3月の課題】各運用機関の2025年議決権行使方針 解答(会員限定)

ジェイ・ユーラス・アイアール株式会社
マネージャー 水嶋 創

2025年6月の株主総会シーズンに向けて、国内主要機関投資家の新たな議決権行使基準が出揃いました。本稿では以下の機関投資家の議決権行使基準の改定内容をテーマごとに解説します。

野村アセットマネジメント(2024年11月公表)

大和アセットマネジメント(2024年11月公表)

りそなアセットマネジメント(2024年11月公表)

三井住友トラスト・アセットマネジメント(2024年12月公表)

三井住友DSアセットマネジメント(2024年12月公表)

日興アセットマネジメント(2025年2月公表)

三菱UFJ信託銀行(2025年2月公表)

三菱UFJアセットマネジメント(2025年2月公表)

業績基準
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業績基準の厳格化は、議決権行使助言会社ISSがコロナ禍で停止していたROE基準(5年平均5%未満かつ直近5%未満で経営トップに反対推奨)を復活させた昨年から続いていますが、本年は「8%」に設定する投資家が多く確認されています。例えば野村アセットマネジメントは、キャッシュリッチ企業に対して「8%と業界の50%ileのうち低い方」を求めるとの基準を導入しています。りそなアセットマネジメントや日興アセットマネジメントでも、「5%」から「8%」への引き上げが確認されます(日興アセットマネジメントは2026年4月より厳格化)。また、大和アセットマネジメントのROEの閾値は「同一業種内下位33%水準」ですが、ここに「この水準が8%を上回る場合には8%」との記載が加わっています。


ROE : ROE(Return On Equity = 株主資本利益率)とは株主資本に対する当期純利益の割合であり、「当期純利益 ÷ 株主資本」により算出される。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
%ile : 「パーセンタイル」と読む。データを小さい順に並べた場合に、例えば小さい方から数えて全体の75%に位置する値を75パーセンタイルという。75パーセンタイルは「第三四分位数」ともいわれる。25パーセンタイルは「第一四分位数」、50パーセンタイルは中央値を指す。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

昨年は、三菱UFJ信託銀行と三菱UFJアセットマネジメントも、2027年から「3期連続ROE8%未満かつPBR1倍未満の場合に代表取締役に反対とする予定」との方針を打ち出しました(当初の対象はTOPIX500構成企業)。機関投資家のROE基準としては「8%」が定着しつつあると言えます。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

このほか本年、三井住友トラスト・アセットマネジメントと日興アセットマネジメントがROE以外の指標として「PBR1倍」を導入しています。前述の三菱UFJ信託銀行と三菱UFJアセットマネジメントも合わせると、業績基準においてPBRを考慮する投資家が増加しています。ただし、大和アセットマネジメントは、「株価には経営努力以外にも様々な変動要素がある」としてPBRを基準から除外しています。

配当基準
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配当基準の厳格化も続いています。機関投資家の配当基準は総還元性向とROE、ネットキャッシュ比率などの財務状況の組み合わせで構成されるのが一般的ですが、本年はりそなアセットマネジメントがROEの閾値、日興アセットマネジメントが総還元性向の水準をそれぞれ引き上げています。


総還元性向 : 企業が利益をどの程度株主に還元しているかを示す指標。「総配分性向」「株主還元性向」とも言われる。「(配当金+自社株買いの金額)÷当期純利益」によって計算される。ちなみに、「配当性向」は当期純利益に占める「配当金」のみの割合を示す。自社株買いも株主還元の1つであるため、最近は配当性向とともに、総還元性向を開示する企業が多い。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
ネットキャッシュ : 現預金−有利子負債(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

また、りそなアセットマネジメントは配当基準に抵触する場合に反対行使する議案を変更しています。機関投資家が企業の配当水準に不満がある場合には配当議案に反対する(配当議案が株主総会に付議されない場合は取締役選任議案に反対する)のが一般的ですが、りそなアセットマネジメントは配当議案が株主総会に付議されている場合でも、取締役選任議案に反対することとしました。確かに、仮に配当議案が多数の株主の反対によって否決されれば「無配」となってしまうことを考えると、配当が過少であると考える場合には配当議案に賛成しつつ取締役選任議案に反対するというのは合理的であるとも考えられます。今後、同様の動きが広がりをみせるのか注目されます。

政策保有株式基準
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過大な政策保有株式の保有を理由に取締役選任議案に反対する水準は「純資産比20%以上」が主流となっています。本年の特徴としては、基準自体の厳格化が進んだというよりも、定性的な基準が増加したことが挙げられます。たとえば三井住友トラスト・アセットマネジメントは、「保有されている」企業についても代表取締役の選任議案に反対する可能性に言及しています。また、三井住友DSアセットマネジメントは純投資への振り替えに関する記載を追加しています。

ジェンダー・ダイバーシティ基準
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昨今は米国を中心にDEI(Diversity, Equity, Inclusion:多様性、公平性、包摂性)への逆風が吹いていますが、国内機関投資家が企業に対して女性取締役選任を求める動きは進んでいます。野村アセットマネジメントやりそなアセットマネジメントは従来の「1名」との基準を「10%」に厳格化しています(野村アセットマネジメントは本年11月以降適用開始)。さらに日興アセットマネジメントはTOPIX500構成企業を対象に、2026年4月以降女性取締役が「2名未満かつ15%未満」の場合には経営トップの選任議案に反対するとしています。


包摂性 : 社会や組織が多様なる人々を受け入れ、差別や排除をなくし、全ての人が平等に参加できる状態を指す。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

株主提案
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数年前まで、株主提案に対する行使基準は「個別判断」とする旨の記載に留まるものが多かったのですが、最近では記載の充実化が進んでいます。

三井住友トラスト・アセットマネジメントは、主な株主提案に対する賛否判断を記載しており、買収防衛策の廃止や顧問・相談役の廃止、役員報酬の個別開示、役員報酬におけるクローバック条項の採用などを求める株主提案に対しては原則賛成とのスタンスを示しています。

また、本年主要な基準改定がなかった三菱UFJ信託銀行と三菱UFJアセットマネジメントも株主提案に関する基準の記載については充実させています。たとえば三菱UFJ信託銀行は、調査委員会等の設置を求める株主提案の判断にあたっては、調査の必要性や会社の取組状況、提案内容が業務執行に与える影響等を考慮することを明らかにしています。また、三菱UFJアセットマネジメントは、株主還元を求める提案を判断する際の目安として自己資本比率50%超、ROE3年平均8%未満、PBR1倍未満、総還元性向200%以下を挙げつつ、企業または業界の特性等を総合的に勘案するとの方針を示しています。

***

本稿で分析対象とした機関投資家は、主要な年金基金から運用を受託している、あるいは投資信託の運用資産額が大きいことから、上場企業の大株主に該当することが多くなっています。したがって、たとえ1つの機関投資家が反対行使した場合でも議案の賛成率が数ポイント低下することがあります。

また近年、各機関投資家の議決権行使基準が同じような水準に向けて厳格化する傾向が強まっていることにも注意が必要です。1~2年で特定のテーマに関する基準が軒並み厳しくなり、株主構成によっては議案の可決が危ぶまれるといった事態も起こり得ます。したがって、自社の大株主の議決権行使基準の改定動向は毎年確認することが重要です。

2025/04/04 セブンがROE、ROICではなくTSRを選んだ理由

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

カナダのコンビニ大手であるアリマンタシォン・クシュタール(以下、クシュタール)から1株18.19ドル(約2,700円)の買収提案を受けていたセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン)が創業家によるMBOを断念した周知のとおり。そのうえで、セブン&アイ・ホールディングスは3月6日、下記の5つの企業価値向上策を公表したところだ(同社のリリースはこちら)。

(1)ファーストリテイリングや西友のCEOなどを歴任したスティーブン・ヘイズ・デイカス社外取締役を代表取締役社長 兼 CEOに起用し、経営を刷新する。
(2)セブンの営業収益のうち5割を占める北米の完全子会社であるセブンイレブン・インクを2026年後半までに米国でIPOし、価値を顕在化する。
(3)スーパーや外食などの約30社を保有する中間持株会社であるヨーク・ホールディングスをベインキャピタルに8,147億円で売却する。
(4)上記(2)(3)で得た資金を原資とし、2030年度までに時価総額の約4割にあたる総額2兆円の自社株買いをする。
(5)セブン銀行の株式保有比率を40%未満に引き下げ、非連結化する。

(4)の自社株買いの方針を打ち出したことによるいわゆる「アナウンスメント効果」により、3月6日のセブン&アイ・ホールディングスの株価は一時10%高の2,199円をつけ、2024年11月20日以来の日中上昇率となったが、翌日の終値は2,092円ととどまり、クシュタールの買収価格(約2,700円)には遠く及ばなかった。マスメディアでは、時価総額5兆円のセブン&アイ・ホールディングスが2兆円の自社株買いを行うと株価は4割上昇し(この「4割」は時価総額5兆円に対する自社株買い額2兆円の割合を指すと思われるが、根拠はない)2,900円超になると報道されたが、自社株買いは流通量を減少させるだけで、企業価値を上げるわけではない。

ここで注目すべきは、セブンが企業価値向上策を実行する根拠として株主総利回り(以下、TSR)を挙げたことだ(セブンが3月6日に公表した「マネジメント施策に関するアップデート」13ページの図参照)。・・・

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2025/04/04 セブンがROE、ROICではなくTSRを選んだ理由(会員限定)

フィデューシャリーアドバイザーズ代表
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター招聘研究員 吉村一男

カナダのコンビニ大手であるアリマンタシォン・クシュタール(以下、クシュタール)から1株18.19ドル(約2,700円)の買収提案を受けていたセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン)が創業家によるMBOを断念した周知のとおり。そのうえで、セブン&アイ・ホールディングスは3月6日、下記の5つの企業価値向上策を公表したところだ(同社のリリースはこちら)。

(1)ファーストリテイリングや西友のCEOなどを歴任したスティーブン・ヘイズ・デイカス社外取締役を代表取締役社長 兼 CEOに起用し、経営を刷新する。
(2)セブンの営業収益のうち5割を占める北米の完全子会社であるセブンイレブン・インクを2026年後半までに米国でIPOし、価値を顕在化する。
(3)スーパーや外食などの約30社を保有する中間持株会社であるヨーク・ホールディングスをベインキャピタルに8,147億円で売却する。
(4)上記(2)(3)で得た資金を原資とし、2030年度までに時価総額の約4割にあたる総額2兆円の自社株買いをする。
(5)セブン銀行の株式保有比率を40%未満に引き下げ、非連結化する。

(4)の自社株買いの方針を打ち出したことによるいわゆる「アナウンスメント効果」により、3月6日のセブン&アイ・ホールディングスの株価は一時10%高の2,199円をつけ、2024年11月20日以来の日中上昇率となったが、翌日の終値は2,092円ととどまり、クシュタールの買収価格(約2,700円)には遠く及ばなかった。マスメディアでは、時価総額5兆円のセブン&アイ・ホールディングスが2兆円の自社株買いを行うと株価は4割上昇し(この「4割」は時価総額5兆円に対する自社株買い額2兆円の割合を指すと思われるが、根拠はない)2,900円超になると報道されたが、自社株買いは流通量を減少させるだけで、企業価値を上げるわけではない。

ここで注目すべきは、セブンが企業価値向上策を実行する根拠として株主総利回り(以下、TSR)を挙げたことだ(セブンが3月6日に公表した「マネジメント施策に関するアップデート」13ページの図参照)。

TSRとは「Total Shareholder Return」の頭文字をとったもので、「株価の値上がり益+配当」を示す。株価を含む経営の成果を示す指標であり、“時価ベース”の株主リターンを意味する。日本企業は経営指標としてROEを用いるケースが多いが、ROEは“簿価ベース”の株主リターンでしかない。米国企業では経営者報酬を決定する際の重要な指標としてTSRが使用されている。日本企業でもオリンパスや日立製作所などはTSRへの意識が強く、いずれも経営者報酬とリンクさせている。


ROE : ROE(Return On Equity = 株主資本利益率)とは株主資本に対する当期純利益の割合であり、「当期純利益 ÷ 株主資本」により算出される。

TSRは「(t期末の株価+t期末の配当)/t-1期末の株価」によって算出されるが、「株価=PER×EPS」であるため()、この算式は「(EPSt×PERt)/(EPSt-1×PERt-1)+(t期の配当/ t-1期末の株価)」に変形することができる。さらに、t期とt-1期のPERが一定とすれば、「(EPSt/EPSt-1)+ (t期の配当/ t-1期末の株価)」という算式が成り立つ。すなわち、TSRは「EPSの成長率+配当利回り」を意味するということだ。

* PER(株価収益率)は、株価が1株当たりの利益の何倍か(PERが高いほど株価は割高、低いほど割安と判断される)を示す指標であり、「株価/1株当たり純利益」によって算出される。ここでいう「1株当たり純利益」がEPS(当期純利益/発行済株式数)であるため、「PER=株価/EPS」という関係が成り立つ。この式を変形させると、「株価=PER×EPS」となる。


PER : Price Earnings Ratio=株価収益率(株価/1株当たり純利益)
EPS : 1株当たり利益(Earnings Per Share)のことで。「当期純利益÷発行済株式数」によって計算される。

セブンはクシュタールよりも、売上高や現金ベースの利益概念であるEBITDAが高い。しかし、資本をいかに有効活用しリターンを得ているかを示すROIC(投下資本利益率)が低い。2024年2月時点では、クシュタールのROICは12.44%であるのに対し、セブンのROICは7.34%しかない。セブンのPBRは1.43倍、時価総額は5.3兆円であり、クシュタール(PBRは3.58倍、時価総額は7.4兆円)とは大きな差がある。もっとも、「税引後営業利益/ 投下資本」によって算出されるROICは、分母の投下資本を減少させれば向上するため、投資を抑制するインセンティブにつながり、とりわけ新規店舗の出店が売上に直結する小売業では有効な指標とは言い難く、また、ROEと同様、簿価ベースのリターンでしかない。セブンが投資家の視点と整合的なTSR、つまり、EPS成長率と配当利回りをKPIとして打ち出したことは、時価ベースの株主リターンを意識し始めた現れといえる。


EBITDA : EBITDA (Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization 「エビーダ」「イービッダー」「イービットディーエー」などと呼ばれる)とは「現金ベースの利益概念」であり、支払利息、税金、有形固定資産の減価償却費、無形固定資産の償却費を差し引く前の利益を指す。損益計算書の営業利益(支払利息や税金が控除される前の利益)に有形固定資産の減価償却費および無形固定資産の償却費を足すことで算定が可能であるため、フリーキャッシュフロー(現金ベースの利益概念の一つで、営業活動によるキャッシュフローから投資活動によるキャッシュフローを控除して算定する)よりも簡易的に算定することができる点に特長がある。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

日本企業は、東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表して以降、PBR、ROE、PERを意識した経営改善に取り組んでいる。PBR向上のためには、資本生産性を表す指標であるROEと投資家のバリュエーションであるPERを高めなければならないという意識である。また、ROEと同じく資本生産性の指標であるROICを重視するROIC経営も“大流行”している。しかし、ROICは製造業では有効な指標であるものの、無形資産が中心の産業では必ずしもそうではない。例えばソニーでは、投資額が大きいイメージセンサー事業については資本効率の観点からROICを重視しているが、ゲームのプラットフォーマー事業ではキャッシュフローを重視している。ROICが有効な経営指標となるのは製造業であると言われる証左だ。

セブンの企業価値向上策がクシュタールの買収価格を上回るか否かは現時点では分からない、セブンが同意なき買収という「有事」、すなわち、企業価値を創造するための現実的な選択肢をすべて検討する必要がある局面においてTSRを意識した企業価値向上策を打ち出したことは、PBRが1倍を割れ、ROIC経営にもがいている多くの企業の「平時」の対策としても参考になろう。

2025/04/03 アクティビストによるキャンペーンが取締役選任議案に与えた影響

印刷インキで世界最大手のDIC(東証プライム)の定時株主総会が2025年3月27日に開催された。総会前には香港のアクティビストOasis Management Company Ltd.(以下、オアシス)によるキャンペーンが行われており、オアシス以外の株主の議決権行使動向に注目が集まっていた(オアシスのキャンペーンについては2025年3月26日のニュース『DICが株主に対する「キャッシュ・アロケーション」の説明不足を問われている理由』参照)。・・・

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2025/04/03 アクティビストによるキャンペーンが取締役選任議案に与えた影響(会員限定)

印刷インキで世界最大手のDIC(東証プライム)の定時株主総会が2025年3月27日に開催された。総会前には香港のアクティビストOasis Management Company Ltd.(以下、オアシス)によるキャンペーンが行われており、オアシス以外の株主の議決権行使動向に注目が集まっていた(オアシスのキャンペーンについては2025年3月26日のニュース『DICが株主に対する「キャッシュ・アロケーション」の説明不足を問われている理由』参照)。

蓋を開けてみると、総会では会社提案議案が賛成多数で可決され、一方のオアシス提案議案は否決される結果となった。総会に先立ち、オアシスは主に2つの論点を示していた。一つは「創業家(川村家)に忖度した経営の妥当性」、もう一つが「業績が低迷している企業が抱える美術品を換金すべきかどうか」だ。前者についてはオアシス傘下のファンドが定款を変更し「関連当事者取引の報告及び監視に関する規定」を新設するという議案(第4号議案)を株主提案しており、後者についてはオアシスが他の株主に対し、業績低迷等の責任を問うため取締役会長 猪野薫氏の再任議案(会社提案)に反対するよう呼び掛けていた。

オアシスは傘下のファンドを通じてDIC株式の約11.5%を保有している。DICの臨時報告書によると、第4号議案への賛成率は22.45%であった。つまり、オアシスの11.5%に、オアシスの主張に同調する他の株主の票が約11%上積みされたことになるが、定款変更に必要な賛成票(議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成)を集めるには至らなかった。もっとも、「3分の2以上」というハードルの高さからすると、否決は想定通りと言えよう。

主戦場となったのは取締役会長 猪野薫氏の再任議案だ。こちらの賛成率は67.51%であり、反対票を32.49%集めた。32.49%という数字は上記の第4号議案の賛成率を10%程度上回っている。つまり、株主提案の第4号議案には賛成しなかったものの、会社提案の取締役会長 猪野薫氏の再任議案には反対したという株主が少なくとも(議決権ベースで)1割程度いたことになる。オアシスのキャンペーンに加えて、ISSが会社提案に反対推奨したことが後押ししたものと思われる(ISSの反対推奨については2025年3月26日のニュース『DICが株主に対する「キャッシュ・アロケーション」の説明不足を問われている理由』参照)。

当フォーラムがDICの臨時報告書に基づき同社の直近3期の定時取締役会における取締役(敬称略)の選任議案への賛否を調査したところ、下表の結果となった。

2023年3月開催の定時株主総会(有報【大株主の状況】欄に「オアシス」名の記載なし)
第2号議案 賛成 反対 棄権 決議の結果
賛成率 可否
社内 斉藤 雅之 708,701個 66,094個 2,373個 90.59% 可決
猪野 薫 673,858個 100,936個 2,373個 86.13% 可決
玉木 淑文 712,246個 62,551個 2,373個 91.04% 可決
川村 喜久 694,396個 80,398個 2,373個 88.76% 可決
浅井 健 765,024個 9,773個 2,373個 97.79% 可決
古田 修司 764,727個 10,069個 2,373個 97.75% 可決
田村 良明 718,710個 58,460個 0個 91.87% 可決
社外 昌子 久仁子 721,597個 55,573個 0個 92.24% 可決
藤田 正美 753,509個 23,657個 0個 96.32% 可決
2024年3月開催の定時株主総会(有報【大株主の状況】欄によるとオアシスは5%保有)
第2号議案 賛成 反対 棄権 決議の結果
賛成率 可否
社内 猪野 薫 491,694個 276,784個 2,393個 63.13% 可決
池田 尚志 763,209個 5,275個 2,393個 97.99% 可決
古田 修司 689,750個 81,107個 20個 88.56% 可決
川村 喜久 604,544個 166,309個 20個 77.62% 可決
浅井 健 690,032個 80,824個 20個 88.60% 可決
中藤 正哉 763,345個 7,512個 20個 98.01% 可決
社外 昌子 久仁子 638,263個 61,146個 71,468個 81.95% 可決
藤田 正美 681,747個 17,658個 71,468個 87.53% 可決
斉藤 史郎 745,547個 1,841個 23,489個 95.72% 可決
Donna Costa 769,207個 1,650個 20個 98.76% 可決
2025年3月開催の定時株主総会(有報【大株主の状況】欄によるとオアシスは約11.5%保有)
第2号議案 賛成 反対 棄権 決議の結果
賛成率 可否
社内 猪野 薫 522,298個 245,583個 3個 67.51% 可決
池田 尚志 643,219個 121,808個 2,860個 83.14% 可決
古田 修司 624,497個 143,388個 3個 80.72% 可決
浅井 健 623,454個 144,430個 3個 80.58% 可決
中藤 正哉 643,876個 124,009個 3個 83.22% 可決
社外 藤田 正美 635,206個 22,482個 110,196個 82.10% 可決
齊藤 史郎 650,613個 7,079個 110,196個 84.09% 可決
Donna Costa 650,840個 6,852個 110,196個 84.12% 可決
ランドバーグ 史枝 655,456個 2,236個 110,196個 84.72% 可決

上記3つの表を比較すると、オアシスが株式を取得する前(正確には「有価証券報告書の【大株主の状況】欄に「オアシス」名が記載されていない期」)の2023年3月開催の定時株主総会、オアシスが株式を取得したがまだキャンペーンを開始する前の2024年3月開催の定時株主総会、オアシスがキャンペーンを開始した後の2025年3月開催の定時株主総会と期を追うごとに賛成率が低下している。特にオアシスがキャンペーンを開始した後の2025年3月開催の定時株主では賛成率が90%台の候補者は1人もいなくなり、キャンペーンが奏功したことが分かる。なお、2025年3月開催の定時株主総会において猪野氏の再任議案に対する賛成率が前年よりも向上しているが、これは株主の入れ替えに伴うブレの可能性が高い。

一般的な上場会社では取締役(社外取締役も含む)の選任議案への賛成率は95%を超えるのが普通であることを考えると、DICの2025年3月開催の定時株主総会で猪野氏以外の取締役全員の賛成率が80%台となった背景には、社内取締役に対しては業績に対する不満、社外取締役に対しては取締役会のガバナンス体制に対する不満が高まっていることがあるものと思われる。

DICが保有する美術品の価値は同社の時価総額をはるかに超えるとされており、オアシスが美術品の換金を求めて、今後さらなる揺さぶりをかけてくることは容易に想像できる(DICが保有する美術品の価値については2025年3月26日のニュース『DICが株主に対する「キャッシュ・アロケーション」の説明不足を問われている理由』参照)。一部の美術品を売却するものの大半は今後も保有し続けるという選択をしたDICにとって、その選択を維持し続けるためには業績向上とガバナンス体制の強化が喫緊の課題と言えよう。

2025/04/02 “寝耳に水” 金融担当大臣による有報の総会前開示要請に従わなかったらどうなる?

2025年3月27日のニュース「有報の総会前開示、当面は「3週間以上前」にこだわらず」でお伝えしたとおり、金融庁の「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会」(以下、連絡協議会)の第2回目の会合(2025年3月18日開催)では、「総会前開示を実現するための当面の方策(案)」が示されたところ。これを踏まえ、今夏に向かって有価証券報告書の総会前開示が本格的に検討される段取りとなっていたが、こうした中、突如として加藤勝信金融担当大臣が3月28日朝の記者会見で総会前開示を「要請」することを表明。直ちに全上場会社宛に通知が発出された。寝耳に水となった上場会社各社の担当者は慌てて対応に追われている。そこで当フォーラムでは、この要請の背景、意図、課題などを取材した。

まず要請文の内容を見てみよう(短い文章であるため、全文を引用しながら解説する)。

冒頭の「有価証券報告書には、役員報酬や政策保有株式等のガバナンス情報等、投資家がその意思を決定するに当たって有用な情報が豊富に含まれており、上場会社においては、投資家が株主総会の前に有価証券報告書を確認できるようできる限り配慮することが望ましいと考えられます。」という文章は、岸田前首相らに総会前開示を求めてきたICGN(International Corporate Governance Network=国際コーポレートガバナンスネットワーク)などの声を踏まえ、金融担当大臣として望ましいと考える方向性を打ち出したものと言える。


ICGN : グローバル機関投資家や年金基金などが参加する団体であり、ICGNの意見はグローバル投資家の意見を最も色濃く反映していると考えられている。

その一方で「この点、有価証券報告書の提出は、本来、株主総会の3週間以上前に行うことが最も望ましいと考えられますが、多くの上場会社がただちにこうした対応を行うことには実務上の課題も存在すると承知しており、現在、金融庁では、官民の関係者と連携し、企業負担の合理的な軽減策を含め、課題の洗い出しや対応策の検討等を行っているところです。」とし、現在、連絡協議会で対策を検討中であることに理解を示しつつも、「他方、足元の有価証券報告書の提出状況を見ると、株主総会同日又は数日以内の提出が9割以上を占めていることから、現状でも、株主総会の前日ないし数日前に提出することには日程上の大きな支障はないのではないかと考えられます。」と、現状の上場会社の姿勢に対し不満を述べている。

そのうえで、「これまで株主総会前の開示に取り組んでいない上場会社におかれましては、有価証券報告書を株主総会前の望ましい時期に開示する取組を進めるための第一歩として、今年から、まずは有価証券報告書を株主総会の前日ないし数日前に提出することをご検討いただくようお願いいたします。」とした。要するに、3月末の現段階でも、6月の株主総会の前日ないし数日前の提出であれば間に合うだろうから検討せよ、ということだ。そして最後は「なお、金融庁としては、2025年3月期以降の有価証券報告書の提出状況について実態把握を行い、有価証券報告書レビューの重点テーマ審査において株主総会前の提出を行わなかった場合の今後の予定等について調査を行うなどの対応を検討してまいります。」という一文により、本要請を受けて対応がなされたどうか調査すると“にらみ”をきかせて締め括った。


有価証券報告書レビュー : 金融庁が上場企業等の有価証券報告書の記載内容の適正性の確保の観点から、各財務(支)局等と連携して行っている行政手続き。

本要請は・・・

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2025/04/02 “寝耳に水” 金融担当大臣による有報の総会前開示要請に従わなかったらどうなる?(会員限定)

2025年3月27日のニュース「有報の総会前開示、当面は「3週間以上前」にこだわらず」でお伝えしたとおり、金融庁の「有価証券報告書の定時株主総会前の開示に向けた環境整備に関する連絡協議会」(以下、連絡協議会)の第2回目の会合(2025年3月18日開催)では、「総会前開示を実現するための当面の方策(案)」が示されたところ。これを踏まえ、今夏に向かって有価証券報告書の総会前開示が本格的に検討される段取りとなっていたが、こうした中、突如として加藤勝信金融担当大臣が3月28日朝の記者会見で総会前開示を「要請」することを表明。直ちに全上場会社宛に通知が発出された。寝耳に水となった上場会社各社の担当者は慌てて対応に追われている。そこで当フォーラムでは、この要請の背景、意図、課題などを取材した。

まず要請文の内容を見てみよう(短い文章であるため、全文を引用しながら解説する)。

冒頭の「有価証券報告書には、役員報酬や政策保有株式等のガバナンス情報等、投資家がその意思を決定するに当たって有用な情報が豊富に含まれており、上場会社においては、投資家が株主総会の前に有価証券報告書を確認できるようできる限り配慮することが望ましいと考えられます。」という文章は、岸田前首相らに総会前開示を求めてきたICGN(International Corporate Governance Network=国際コーポレートガバナンスネットワーク)などの声を踏まえ、金融担当大臣として望ましいと考える方向性を打ち出したものと言える。


ICGN : グローバル機関投資家や年金基金などが参加する団体であり、ICGNの意見はグローバル投資家の意見を最も色濃く反映していると考えられている。

その一方で「この点、有価証券報告書の提出は、本来、株主総会の3週間以上前に行うことが最も望ましいと考えられますが、多くの上場会社がただちにこうした対応を行うことには実務上の課題も存在すると承知しており、現在、金融庁では、官民の関係者と連携し、企業負担の合理的な軽減策を含め、課題の洗い出しや対応策の検討等を行っているところです。」とし、現在、連絡協議会で対策を検討中であることに理解を示しつつも、「他方、足元の有価証券報告書の提出状況を見ると、株主総会同日又は数日以内の提出が9割以上を占めていることから、現状でも、株主総会の前日ないし数日前に提出することには日程上の大きな支障はないのではないかと考えられます。」と、現状の上場会社の姿勢に対し不満を述べている。

そのうえで、「これまで株主総会前の開示に取り組んでいない上場会社におかれましては、有価証券報告書を株主総会前の望ましい時期に開示する取組を進めるための第一歩として、今年から、まずは有価証券報告書を株主総会の前日ないし数日前に提出することをご検討いただくようお願いいたします。」とした。要するに、3月末の現段階でも、6月の株主総会の前日ないし数日前の提出であれば間に合うだろうから検討せよ、ということだ。そして最後は「なお、金融庁としては、2025年3月期以降の有価証券報告書の提出状況について実態把握を行い、有価証券報告書レビューの重点テーマ審査において株主総会前の提出を行わなかった場合の今後の予定等について調査を行うなどの対応を検討してまいります。」という一文により、本要請を受けて対応がなされたどうか調査すると“にらみ”をきかせて締め括った。


有価証券報告書レビュー : 金融庁が上場企業等の有価証券報告書の記載内容の適正性の確保の観点から、各財務(支)局等と連携して行っている行政手続き。

本要請は文字通りあくまで「要請」であって、強制力はない。大臣も記者会見の中で、連絡協議会で検討されている様々な課題への対応は別途必要であることは認めている。「株主総会前の提出を行わなかった場合の今後の予定等について調査」という記述(上記赤字部分)にも、総会前開示を行わなかった会社の社名を公表して事実上の制裁を科すといった意図はないことが当フォーラムの取材により確認されている。

結局、本要請は加藤大臣の強いイニシアチブによって出されたものと言えるが、実はその伏線は2月27日に開催された衆議院予算委員会での質疑にあった。自民党の塩崎彰久衆院議員が、「弁護士として企業法務に携わっていた時代から、長く心の中で抱いてきた」課題として、株主総会前の有価証券報告書開示を行うべきとの立場から質疑を行った。塩崎議員は「有価証券報告書を総会前に開示した会社は昨年で57社、総会当日に開示した会社が1750社、総会の翌日に開示した会社が1571社。つまり、準備ができていないわけではない」と述べたうえで、全上場会社の約1.5%しか総会前に有価証券報告書を開示していないという現実は先進諸国の常識からかけ離れていると主張。コーポレートガバナンス・コードで総会前開示記載を求めてはどうかと提案し、「3週間前に開示するのは大変かもしれないが、総会の当日や数日以内に開示している会社に、今年の総会から、数日でもいいから総会前に開示させるように働きかけるべきだ」と迫った。

これに対し加藤大臣は、「何で(総会前に有報が)出ないのか、私も全く同じ思いを持ちながら聞かせていただいた」と同調したうえで、「対応は考えていかなければいけないが、少なくとも今年の株主総会においてどうなっていくのか、我々はしっかり注目をしているということも含めて発信していきたい」と答弁した。

向こう3か月の有報作成日程の短縮を迫られた上場会社の担当者がパニックに陥っているのをよそに、塩崎彰久議員は「問題を指摘するだけでなく、解決の道筋をつける―これが政治家として私が心掛けてきたことです。今回の金融庁の対応は、その実践が実を結んだ瞬間でした。」と成果を強調している。

しかし、株主に対して発行される議決権行使の参考書類とは別に、上場会社の投資家に対する開示書類として作成されている有価証券報告書の内容が本当に株主総会での議決権行使において重要であるとすれば、具体的にどの項目なのか、それに対する監査役や会計監査人による監査は不要なのか、実際に投資家が有価証券報告書を読み込んで議決権を行使するまでに必要な期間はどの程度なのか――こうした点をすべて捨象して、前日でもいいからとにかく「総会前」に開示することを是とする要請に対して上場会社からは、「手段が目的化している」との声も上がっている。

本要請を受けて今後の有報の開示日程が実際どのように変化するのか、また、それに応じて投資家の議決権行使の動向に変化が生じるのか、注目される。

2025/04/01 【2025年4月の課題】サステナブル経営とコーポレートガバナンス

2025年4月の課題

「サステナビリティを意識した経営」は、収益性・成長性の向上を前提とする我が国のコーポレートガバナンス改革において重視され、それを実現するための体制を構築することが期待されています。
しかし、取締役会では依然として個別の業務執行の決定・報告の議題に多くの時間が割かれ、中長期の経営戦略やサステナビリティ課題について議論ができていない企業も多いのが現状です。
サステナブル経営を推進するには、どのような体制の構築や施策を講じればよいでしょうか。貴社における「サステナビリティを実装したガバナンス体制」を構築するためのロードマップを考えてみてください。

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2025/03/31 2025年3月度チェックテスト第10問解答画面(不正解)

不正解です。
アクティビストが上場会社に対して含み益を有する資産の売却を強く求めたとしても、会社としては当該資産をどう活用するのかは執行側に委ねられているという理由で断ることができます。もっとも、その場合であっても当該上場会社は「キャッシュ・アロケーションの説明不足」という切り口でIRの不備を問われる可能性があることには留意するようにしましょう。

こちらの記事で再確認!
2025年3月26日 DICが株主に対する「キャッシュ・アロケーション」の説明不足を問われている理由(会員限定)

2025/03/31 2025年3月度チェックテスト第10問解答画面(正解)

正解です。
アクティビストが上場会社に対して含み益を有する資産の売却を強く求めたとしても、会社としては当該資産をどう活用するのかは執行側に委ねられているという理由で断ることができます。もっとも、その場合であっても当該上場会社は「キャッシュ・アロケーションの説明不足」という切り口でIRの不備を問われる可能性があることには留意するようにしましょう。

こちらの記事で再確認!
2025年3月26日 DICが株主に対する「キャッシュ・アロケーション」の説明不足を問われている理由(会員限定)