増やすべき個人投資家は「ファン株主」
スチュワードシップ・コードの導入(2014年2月~)以降、機関投資家が企業に対してエンゲージメント(建設的な対話)を求めるとともに、厳密な議決権行使方針を定め、これに基づき株主総会で反対票を投じることも珍しくなくなってきました。
他方では、コーポレートガバナンス・コードの導入(2015年6月~)を受け、株式持ち合いの解消が強く求められており、これまで議決権行使の場面を”無風化”してきた安定株主の受け皿探しが企業にとって重要な課題となっています。
こうした中、持合株式の受け皿として、議案毎に是々非々でシビアに賛否を表明する機関投資家よりも、個人投資家を増やしたいと考えている上場企業もあります。ただ、一口に個人株主と言っても、自社の”ファン株主”として、短期的な経営状態や業績の良し悪しだけに一喜一憂して株式を売買することはしない安定保有株主と、短期的な業績動向やテクニカル(株価の動き)などにより株式の売買を頻繁に繰り返す株主に大別されます。また、安定保有株主の中には、配当や株主優待に着目して株式を保有している株主もいます。
このように個人投資家の株式保有理由は様々ですが、企業が意識して保有比率を高めることができるのは、株主優待に魅力を感じて安定的に株式を保有してくれる株主です。このような株主は優待でもらえる企業の商品自体に魅力を感じていることも多く、“真のファン株主”と言えます。彼らは議決権もしっかり行使し、賛成票を投じてくれる傾向があります。自社のファンとして安定的に株式を保有してくれる株主は企業にとって大変ありがたい存在であり、是非とも増やしていきたいところです。
これに対し、短期で頻繁に売買を繰り返す個人株主は、企業のファンとは言えません。一般的には議決権行使に興味がなく、実際行使もしないことが多いと考えられます。これは、機関投資家や議決権行使助言会社が議案に反対する局面でも同様です。ただし、基準日後に株式を売却してから増配の株主提案が出された場合などは、自らのメリット(基準日後に株式を売却した株主は、たとえ企業が極端な高配当行ってその株価が下落したとしても、自らはその損失を受けることなく高配当だけを確保することができる)のために提案に賛成することもあります。このように、短期で頻繁に売買を繰り返す個人株主は企業価値向上に反する行動をとる場合があり、企業にとってありがたい株主とは言えないでしょう。
基準日 : その日において株主名簿に名前が載っていれば、株主総会での議決権行使や配当を受ける権利を享受できる日のこと。基準日における株主(基準日株主)による権利行使は「基準日から三箇月以内」に限定されている(会社法124条2項)。毎事業年度末から3か月以内に株主総会を開催しているのはこのためである。
減少する”もの言わぬ”機関投資家
機関投資家は、生・損保などこれまで”物言わぬ株主”と言われてきた投資家と、年金や投資信託など企業と積極的な対話を行い、自ら定める議決権行使方針に沿って議決権行使も行う投資家に大別されます。
前者の”物言わぬ株主”は、機関投資家に「顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任」を求めるスチュワードシップ・コード(スチュワードシップ・コードの冒頭参照)を受け入れており、会社議案に反対するケースも増加していることから、今や必ずしも「物言わぬ」とは言えなくなりつつあります。なお、銀行も取引先との関係維持のためにその株式を保有してきましたが、コーポレートガバナンス・コードの導入により政策保有株式保有解消のプレッシャーが強まる中、銀行による政策保有は減少傾向にあります。この流れを企業努力で変えることは難しいと言えます。また、そのようなスタンスはコーポレートガバナンス・コードの精神にも反するものであり、避けるべきでしょう。
一方、年金や投資信託など企業と積極的な対話を行い、自ら定める議決権行使方針に沿って議決権行使も行う機関投資家は、企業から見るとうるさいと感じるかもしれませんが、こうした投資家に株式を保有されているということは”優良企業の証”でもあります。また、彼らはファイナンス理論や独自の投資哲学に沿って、企業価値向上に向けた対話を行いますので、その考え方を理解することは極めて重要です。なぜなら、彼らとの対話の中身を理解し、企業価値向上に向けた取組みを着実に行っていれば、株価が不当に低位に放置されることもなく、アクティビストなどが入ってくる余地もなくなると考えられるからです。持ち合い解消により株式の流動化が進んだ現在、彼らは企業にとって最も大切にしておくべきパートナーと言えるでしょう。ただし、彼らは比較的保有期間が短く、担当者も通常2~3年ごとに変わるため、付き合いづらい部分もあるかもしれません。安定的に株式を保有してもらうためには、できるだけ運用哲学がしっかりした優良な運用会社と付き合うことが重要です。
個人投資家と機関投資家の最適比率は?
このように、持ち合い解消の受け皿になる安定株主を増やすためには、ファン株主である個人投資家と、年金や投資信託などの機関投資家の保有比率を高める必要があります。
では、個人投資家と機関投資家の割合はどれくらいが適切でしょうか。
実は、最適な比率は企業ごとに異なります。例えば消費財を扱う企業では自社製品のファンである個人がそのままファン株主になるケースも多く、その場合、非常に強力な企業の理解者になってもらえる可能性があります。ただし、個人投資家の保有比率が高すぎると、議決権行使の場面で反対票が入るリスクは低くなるものの、そもそも議決権行使比率も低いことから、表決数確保のために議決権行使を促進する取り組みが必要になるなどのデメリットがあります。
表決数 : 株主総会が成立するために最低限必要な議決権数のこと
逆に、消費者との接点がない企業は機関投資家の比率を高めておきたいところです。また、外国人投資家は海外で名前が知られている企業を投資対象にする傾向があるため、海外売上高比率が高い企業であれば外国人投資家の支持を受けていることも必要でしょう。ただし、機関投資家の保有比率が高いと、経営上の課題や議決権行使の考え方などを高質な対話の中から知ることができるという、あたかも無料のコンサルタントを雇うようなメリットはあるものの、機関投資家は厳格な議決権行使基準に基づいて行動するため、対話が不足していると思わぬ反対票が入るというリスクがあります。
このように最適な株主構成比はビジネスモデルや事業展開によっても変わるため、同業他社の株主構成は参考になります。自社の株主構成が同業他社から外れたものとなっていないか、意識しておくことが重要です。
自社が望むタイプの株主を増やす方策
では、企業が望むタイプの株主を増やすためには、具体的にどうすればよいのでしょうか。企業のファン株主を中心とする安定保有の個人投資家と、年金や投資信託などの機関投資家に分けて解説します。
まず、企業のファン株主である安定保有の個人投資家を集める方策としては、株主優待を含む株主還元を実施することはもちろん、個人投資家向け説明会や株主通信などを通じて、事業内容を分かり易く解説することが有効です。特にファン株主は文字通り自社の商品の”ファン”であることが多いため、自社商品・サービスを活用した株主優待はファン株主の維持・増加に有効です。ただし、実質的に国内の個人投資家だけがメリットを受ける株主優待は、あまり過剰になると「株主平等の原則」に反する恐れもあります。したがって、株主優待ばかりに依存せず、安定的に配当を引き上げていく努力も必要です。
株主平等の原則 : 株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならないとする原則(会社法109条1項)
IR活動に熱心な企業は既に個人投資家向け説明会を開催し、個人投資家の声を掴もうと努力しています。ただ、個人投資家は数が多いことから、当然ながら個人投資家向け説明会だけで全ての個人投資家の声を拾うことはできませんが、少なくともそこで得た声や情報を基に、株主通信やウェブサイト(特にIRコーナー、事業・商品紹介ページなど)などを改善させることが重要です。ファンとして株式を保有する個人株主は企業のことを非常によく研究しているため、株主通信やウェブサイトのちょっとした改善にも気付くことが少なくありません。このような会社の地道な努力・姿勢がファン株主による長期安定保有につながるのです。
一方、年金や投資信託などの機関投資家の保有割合を高める方法ですが、実際のところ、時価総額の大きくない企業にとってそれは容易ではありません。多くの機関投資家は、時価総額上位銘柄のみを投資対象としているからです。とはいえ、これまで機関投資家の投資対象となっておらず、株価が割安に放置されている企業は、「危険」な状況にあることを認識するべきです。株価が安く放置されれば、突然アクティビストが現れ、厳しい要求(例えば経営者の交代、事業売却、大幅増配など)を受ける可能性もあるからです。
これまで機関投資家向けのIRを行っていない企業は、まずは「始めてみる」ことが大切です。たとえそれによってすぐに機関投資家の保有割合が増えなかったとしても、IR活動を通じて機関投資家の考え方を知ることができます。短期的に株式を保有してもらおうとするのでなければ極端なアピールをする必要もなく、腰を据えて企業価値の考え方や資本政策についての考え方を聞くことが可能です。逆に言うと、それらについて明快に説明できる能力を持った優良な投資家を対話の相手とすることが重要です。彼らの考え方を理解しておくことは企業を守ることにつながります。「アクティビスト」と言っても、基本的には一般的な機関投資家の問題意識を強硬に主張しているだけなので、事前に機関投資家の考え方を理解していれば、アクティビストや外国人株主が大株主として登場してきた場合にも適切な対応ができるはずです。
機関投資家の保有比率を上げるにはある程度の時価総額と成長ストーリーが求められるため、それが一朝一夕に実現するものではありませんが、このような対話の姿勢は機関投資家からの信頼にもつながり、長期的には徐々に保有比率が上昇していくことが期待できます。
なお、既に投資対象となっている企業は機関投資家と十分な対話を行うことで自社のことを理解してもらうとともに機関投資家の考え方を理解し、改善すべき点は改善してくことが長期保有につながります。