<解説>
「在庫イコール悪」の呪縛
キャッシュフロー経営の普及に伴い、在庫を抱えることに対するネガティブな価値観(*)が広く浸透した結果、在庫の圧縮を経営課題として取り組んでいる企業は少なくありません。在庫が多い企業は、倒産リスクの高まりを懸念した金融機関から在庫の内容について説明を求められるほか、在庫回転率の低下を嫌った投資家が株式を売却することで株価が低迷する可能性もあります。
* 在庫はキャッシュが形を変えたものである以上、在庫が多い企業は、それだけキャッシュを眠らせてしまっている、すなわちキャッシュを有効活用できていない企業と否定的に評価される傾向にあります。また、キャッシュの有効活用ができていれば利益は増えていたはずなので、在庫を抱えることで
ROEを低下させてしまっているとの見方をされる可能性もあります。
ROE : Return On Equity(自己資本利益率)=当期純利益÷自己資本
期末日や四半期決算日といった特定時点だけの在庫の圧縮に注力したところで、決算日が過ぎてしばらくすると在庫がタブつきはじめるようでは、キャッシュの有効活用ができているとは言えません。そのような弥縫策は、金融機関が「期末日をまたぐ数日だけでいいから定期預金を作ってくれ」と企業に泣きつくのと本質的に同じです。在庫を圧縮するためには、日常的に無駄な在庫を持たないよう取り組まなければいけません。
弥縫策 : びぼうさく。その場を取り繕うこと。
ただ、在庫圧縮も度が過ぎると、別の問題を引き起こします。過少在庫の問題は、東日本大震災を契機にBCPの観点から改めて問題視されるようになりました(ケーススタディ「工場が被災した」を参照)。東日本大震災では、自社工場自体は被災を免れたものの、自社製品に組み込んでいる部品を製造している外注先が被災したことにより部品の供給がストップ、しかもその部品の手元在庫を十分に保有していなかったために製品を製造できなくなり、代替部品の手当におおわらわとなったメーカーが少なくありませんでした。特に汎用的な消費財メーカーや食品メーカーの場合、欠品を生じさせると、売上を失うだけでなく、小売店の棚をライバルメーカーに奪われてしまいます。また、小売店の特売企画に応じられないと、小売店からの信用も落としてしまうことでしょう。こうした中、最近はBCPの観点から少なすぎる在庫を改め、代替の利かない部品を中心に手厚く在庫を持つよう方針を改めるメーカーが増えています。
BCP : 災害や事故などの予期せぬ出来事が発生した際に、限られた経営資源で事業活動を継続あるいは短期間で再開するため、事前に策定しておく行動計画
しかし、震災の記憶の風化とともに、過少在庫の問題に目が向きにくくなっているのも事実です。そのため、依然として「在庫イコール悪」の呪縛から抜け出せずに、「在庫水準を抑える」→「在庫が足りなくなり、売上機会を喪失」→「あわてて増産」→「在庫が余る」→「生産調整」といった迷走をしてしまうメーカーが少なくありません。幸いにも、ゼロ金利政策により借入金の金利が低下しているため、借入金で在庫を持つことのリスクは低下しています。「在庫イコール悪」でなはく「“適正在庫からかい離する水準の在庫”イコール悪」というように考え方を改め、多過ぎでもなく少な過ぎでもない「適正な在庫量」はどの程度なのか、製品・部品・原材料ごとに検討しておくべきです(適正在庫についてはケーススタディ「在庫を適正水準に保ちたい」を参照)。
度重なる生産計画の変更で疲弊する下請け
少量多品種生産の場合、工場で製造する製品を変更する都度、段取り時間(機械の型替えや原材料の置き換え等)を確保しなければならず、段取り時間が増えた分だけ製造に費やせる時間が減ってしまいます。そこで、品種ごとの月間製造数量が確定した後は、型替えによる操業度の低下を最小限に抑えるような生産計画を策定するのが通常です。しかし月次生産計画が頻繁に変更されてしまうと、型替えが想定以上に増え、操業度が低下し、製造費用にしわ寄せ(*)が来てしまいます。また、多品種生産では、資材の種類が多いために管理が煩雑になるとともに、生産計画の頻繁な変更により資材の発注ミスを犯してしまうリスクが高くなることにも注意が必要です。
* 操業度が低下すると、製造数量が落ち込みます。一方で操業度のいかんにかかわらず、固定費の発生額は一定です。そのため操業度が低下すると、製品1個当たりの固定費が増加してしまいます。
このような度重なる生産計画の変更がもたらす弊害は、自社工場での生産時だけに生じるものではありません。外注先に製造委託している場合でも同様の弊害が生じます。生産計画の変更は外注先に負担をかけることになり、それは中長期的には外注の製造コストの増加につながっていきます。
さらに、外注先に製造委託している場合は、下請法に違反していないかどうかも考慮しなければなりません。自社と発注先が下請法の適用関係にあれば、発注後の生産計画の変更が下請事業者の利益を不当に害する給付内容の変更(* 下請法4条2項4号)に該当する可能性を考慮しなければなりません。
* 下請法4条2項
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号に掲げる行為をすることによって、下請事業者の利益を不当に害してはならない。
(中略)
4号 下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付の内容を変更させ、又は下請事業者の給付を受領した後に(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした後に)給付をやり直させること。
さて、以上の解説をご覧いただければ、どれがGOOD発言か、もうお分かりですね。正解は以下のとおり。
<正解>
社外取締役B:「在庫圧縮は期末日の一時点だけ考慮すればよいというものではなく、日々の問題ととらえるべきです。また、小売店の棚割りを維持するため、欠品だけは避けなければなりません。期末の一時点だけ在庫を圧縮させることに懸命になり、いざという時に欠品させてしまうようでは、安定供給というメーカーの責任を全うできていないと言われても致し方ありませんね。」
(コメント:「在庫圧縮を一時点だけでとらえることへの警鐘」「欠品リスクへの配慮」の2点からGOODな発言です。春から夏にかけて需要が高まる製品を3月までに作り置きをせず、4月になってから製造に入るのではコストが割高になってしまう点も指摘できていれば、なおGOODでした。)
販売担当取締役A:「我が社の決算日である3月末時点で在庫を持ち過ぎてしまうと、B/Sの在庫金額が膨らんでしまいます。我が社では在庫金額の圧縮が経営課題になっており、3月末と四半期末は在庫を抑えなければなりません。製品Xも例外ではありません。」
(コメント:在庫金額の圧縮が経営課題になっているのであれば、在庫金額の多寡は3月末(甲社の決算日)や四半期末といった特定時点の金額だけで判断すべきものではありません。日常的な在庫水準に目を向けるべきです。決算書だけを取り繕えば問題が解決するとの誤解に基づくBAD発言です。)
販売担当取締役A:「確かに、以前、Xを欠品させてしまったことが何度かあります。しかし、3月末の在庫を圧縮させる方が重要ではないでしょうか?」
(コメント:いくら在庫金額の圧縮が経営課題になっているといっても、春から夏にかけて需要が高まる製品Xについてまで3月末の在庫水準を落とすのは適切な判断でありません。実際に過去にXの欠品を起こしてしまった”前科“がある以上、3月末におけるXの適正在庫を検討して、欠品を起こさないよう増産しておくべきでした。Aは必要な在庫まで圧縮させてしまっており、販売担当取締役としての資質が疑われます。)
製造担当取締役C:「もちろん欠品しないように、生産計画を何度も変更して状況の変化に臨機応変に対応できるようにしています。乙社との間では我が社が毎月末までに翌月分を発注する契約になっているのですが、今月に入ってから既に5回も月次生産計画を変更しており、その都度乙社には柔軟に対応してもらっています。乙社は3月までの工場稼働率が芳しくなく、工員に自宅待機をしてもらうほどであったと聞いておりますが、4月以降は我が社の注文のおかげで工場もフル稼働となり、残業や休日出勤で対応してもらっています。」
(コメント:乙社との契約内容を前提にすると、発注後に月次生産計画を変更することは発注内容の変更を意味します。とりわけ少量多品種生産の場合、月次生産計画を何度も変更してしまうと、乙社にとっては当初の受注時に予定していたよりも段取り時間が増えてしまう可能性があり、資材の発注ミスも誘発しかねないことから、乙社にとって不利な発注内容の変更にあたると言えます。もし、甲社と乙社の関係が下請法の定める親事業者と下請事業者の関係にある場合には、乙社にとって不利な発注内容の変更として下請法違反を問われる可能性があります。下請法以外にも、製造コストの問題も見落とせません。もし、乙社で工員に自宅待機をさせるほど工場のラインが稼働していなかった3月中に甲社がXの製造を委託できていれば、乙社としては工場を安定稼働でき、ひいては甲社にとっても仕入れコストの安定化につながったはずです。しかし、Xの製造を4月以降にずらしたことで、乙社では残業や休日出勤で対応する必要が生じました。乙社では人件費が確実に上昇しているため、長期的には甲社の仕入れコストの上昇をもたらす結果になります。製造担当取締役Cは、在庫圧縮のみに目を奪われて、下請法違反の有無や製造コストの上昇にまで頭が回っていない様子がうかがえます。また、これは製造担当取締役Cの問題ではありませんが、「月次生産計画を今月に入ってからすでに5回も変更している」のは異常な事態です。販売側の情報収集体制や見通しの立て方に問題がある可能性が高く、至急改善が必要と言えます。)