コーポレートガバナンス・コードで「取締役会・経営陣幹部は、中期経営計画も株主に対するコミットメントの一つであるとの認識に立ち、その実現に向けて最善の努力を行うべきである」(補充原則4-1②)とされたこともあり、上場企業各社は中期経営計画の開示を充実させている。しかし、生命保険協会が40年以上にわたって実施している・・・
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コーポレートガバナンス・コードで「取締役会・経営陣幹部は、中期経営計画も株主に対するコミットメントの一つであるとの認識に立ち、その実現に向けて最善の努力を行うべきである」(補充原則4-1②)とされたこともあり、上場企業各社は中期経営計画の開示を充実させている。しかし、生命保険協会が40年以上にわたって実施している「株式価値向上に向けた取り組みについて」と題したアンケート調査結果(平成27年度版)を見ると、投資家が経営目標として重視すべきとしている指標と企業が中期経営計画の中で開示している指標には依然として隔たりがあることが分かる(18ページの図表18参照)。
企業が中期経営計画で公表している指標を見ると、1位が「利益額」、2位「売上高」、3位「ROE」、4位「売上高利益率」となっている。一方、投資家が経営目標として重視すべきとしている指標の1位が「ROE」、2位「総還元性向」、3位「配当性向」であり、4位以降はROIC、FCF(フリーキャッシュフロー)、ROA、売上高利益率などが続く。この順位からは、投資家は、企業が重視している売上高の絶対額などには重きを置かず、資本効率と投資家への分配により注目していることがうかがえる。
ROE : Return On Equity (自己資本利益率=純利益 ÷ 自己資本)
ROA : Return On Asset (総資本利益率=純利益÷総資産)
もちろん、資本効率を高めるだけで利益成長がなければ企業価値は向上しないということは投資家も理解しているが、それ以前に、日本企業の資本効率ははまだ十分でないというのが投資家の現状認識となっている。生保協会のアンケートでも多くの企業が既に資本コスト(資本コストの定義は「(新用語・難解用語辞典)ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法」参照)を上回るリターンを確保していると考えているのに対して、投資家はまだまだ不十分と考えているという結果が出ており(20ページ図表23参照)、両者が考える資本コストには差がある。これは、投資家が伊藤レポートで目標とされているROE8%を意識しているのに対して、企業はISSが最低ラインとしている5%を前提にしていることが一因となっているのかもしれない。
また、投資家が総還元性向や配当性向を重視しているのは株主への分配に注目しているという面もあるが、2013年に9.2%だった東証一部上場企業のROEが2014年は8.6%、2015年は8%割れ(2015年の数値は未確定)と、利益が上がっているにもかかわらず低下傾向にあることへの危機感もあろう。利益成長がなく資本効率性だけが高まっても縮小均衡に陥ってしまうが、だからと言って資本効率を軽んじてよいわけではない。利益が上がっているにもかかわらず株主還元をせず自己資本が厚くなれば、「純利益 ÷ 自己資本」によって計算されるROEは低下する(資本効率が悪くなる)。経営陣には、「資本と利益の伸びを合わる」、つまり、利益が上がったらそれを株主還元に回すという発想も必要だ。
ROEは「(純利益/売上)×(売上/資産)×(資産/自己資本)=売上高純利益率(売上に対してどれくらい利益があるか)×総資産回転率(どれくらいの資産を使ってその売上をあげているか)×財務レバレッジ(いかに負債をうまく使って事業規模の拡大を図っているか)に分解できるが、実際、2014年2015年とROEが低下している背景には、企業の手元資金が潤沢で、借入れが縮小していることによる財務レバレッジの低下に加え、新規投資が売上につながっておらず、総資産回転率が低下していることがある。この2年間、上場企業は円安などのメリットを受けてきたが、その割には売上を伸ばせていないことが、総資産回転率の低さにつながっている。投資家は日本企業の競争力に対して楽観的な見方をしていないことも、資本効率への注目度が高い原因と言えそうだ。
LINE株式会社の提供するスマホ向けゲーム内のアイテムが資金決済法上の「前払式支払手段」にあたるという関東財務局の認定を同社が受け入れたという。
「前払式支払手段」の典型例としては、商品券やプリペイドカード、ギフトカードなどがある。これらは商品やサービスを購入する際の「支払手段」となるが、実際に料金を払うのはこれらを購入する「前」であるため、「前払式」の「支払手段」と呼ばれる。仮に前払式支払手段の発行者の破産により前払式支払手段が使えなくなれば、これを購入した者は損害を受けることになる。そこで「資金決済法」では、前払式支払手段の発行者に対して、未使用残高の半分の金額を法務局等に「発行保証金」として供託することを求めるなどのルールを設けている。
供託 : 金銭等を国家機関である供託所(法務局等)に提出して、その財産の管理を委ねること。権利者は、供託所を通じて金銭等を取得するとにより、債務の弁済等を受ける。
今回問題となっていたのは、・・・
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LINE株式会社の提供するスマホ向けゲーム内のアイテムが資金決済法上の「前払式支払手段」にあたるという関東財務局の認定を同社が受け入れたという。
「前払式支払手段」の典型例としては、商品券やプリペイドカード、ギフトカードなどがある。これらは商品やサービスを購入する際の「支払手段」となるが、実際に料金を払うのはこれらを購入する「前」であるため、「前払式」の「支払手段」と呼ばれる。仮に前払式支払手段の発行者の破産により前払式支払手段が使えなくなれば、これを購入した者は損害を受けることになる。そこで「資金決済法」では、前払式支払手段の発行者に対して、未使用残高の半分の金額を法務局等に「発行保証金」として供託することを求めるなどのルールを設けている。
供託 : 金銭等を国家機関である供託所(法務局等)に提出して、その財産の管理を委ねること。権利者は、供託所を通じて金銭等を取得するとにより、債務の弁済等を受ける。
今回問題となっていたのは、LINE社が提供するオンラインゲーム内で購入できる「宝箱の鍵」が前払式支払手段に該当するのかどうかという点だ。「宝箱の鍵」は文字通りゲーム内の「宝箱」を開ける用途にのみ使える。この宝箱を開けると、ゲームを有利に進めるためのアイテムやそれを購入するためのゲーム内通貨(ルビーと呼ばれる)を入手することができる。資金決済法上の「前払式支払手段」に該当するためには、
| ①金額等の財産的価値が記載・記録されること(価値の保存) ②金額・数量に応ずる対価を得て発行される証票、番号、記号等であること(対価発行) ③代価の弁済等に使用されること(権利行使) |
――の3つの要件をすべて満たす必要がある。「宝箱の鍵」はゲーム内通貨であるルビーによって購入されるため②の「対価発行」の要件を充たし、購入した宝箱の鍵の数量はサーバー上に記録されるため①の「価値の保存」の要件も充足することになるが、あくまで宝箱を開けるためにしか使えないことから、③の「権利行使」に該当するか否かは微妙だった。上述のとおり、資金決済法では未使用残高の半分の金額の供託金が必要とされており、もし宝箱の鍵が前払式支払手段に該当することになれば、同社のキャッシュフローに影響を与える可能性が指摘されていた(もっとも、LINE社は既に銀行との間で供託金の保全契約を締結しているとのことであり(この場合、法務局等への供託は不要となる)、仮にアイテムが前払式支払手段であるとしても、実際には資金の追加拠出は多額にならず、財務的なインパクトはそれほど大きくない模様)。
保全契約 : 供託金が勝手に使われることがないよう、銀行がこれを管理・保全する契約
結論として、宝箱の鍵は前払式支払手段に該当することが明確にされたわけだが、資金決済法の目的である「利用者等の保護」や「資金決済システムの安全性の向上」といった“原理原則”を踏まえれば、そのように考えるのが自然だ(実際、同様のサービスを提供している企業で、資金決済法に基づき供託を行っているところもある)。
資金決済法は民法のような明治時代からの法律とは異なり、平成22年4月に施行された比較的新しい法律だが、それでも近年の技術の進展により出現した新たな取引実態に同法が追いついていないことが、今回の問題を生じさせたと言える。新しい法律でさえこのようなことが起きるのであるから、他の法律で同じようなことが起きても何ら不思議ではない。つまり、(問題となる法律は様々となろうが)今回のLINE社のような事例は各社で起こり得るということだ。その場合、役員は対応を協議し、時にはサービスの継続の可否等について経営判断を迫られることもあろう。
従来の日本企業の取締役会では、こうした問題は「法務担当取締役」任せにすることが多かったと思われるが、コーポレートガバナンス・コードが取締役会の実効性向上を求める中、今後は非法務系の役員も、議論や意思決定に参加する必要がある。むしろ、法務知識がない役員から出される第三者的意見は貴重と言える。
その際に心掛けたいのが、法が想定していないような問題が発生したときにこそ、法律の第1条に書いてある「法の目的」に立ち戻るということだ。本件であれば、「利用者保護の観点からの問題がないか」という視点がもっとも重要になる。法律専門家はどうしても個別条文の解釈などテクニカルな各論に目が行きがちだが、法律の施行当時には想定されなかったような新たな問題が発生した場合には参考となる判例も示されていないケースがほとんどであるため、「その法律の目的は何か」という原理原則について正面から考えることが必要になる。
「法の目的」を遵守しているか否かという視点で経営判断を下すことは、結局は法の規制に違反することで生じるレピュテーションリスクを回避することにもつながる。その場面では、むしろ非法務系役員が意思決定に参加する意義は十分にあるはずだ。
配当水準を示す指標というと真っ先に思い浮かぶのが「配当性向」であろう。配当性向は「年間配当額÷当期純利益」によって計算され、国内の上場企業の場合、20~40%程度のことが多い。ただ、配当性向の計算上用いられる「当期純利益」は経営環境の変化やそれに伴う業績の変動、さらには特別損益の計上額により、事業年度ごとに変動しやすい。このため、例えば配当性向を毎期40%とする方針の企業では、事業年度によって配当額が大きく変動することになる。
特別損益 : 臨時的・異常な原因に基づき計上される損益のこと。
そこで、当期純利益(P/L項目)と比べて金額が安定している純資産の額(B/S項目)を用いて目標配当額を決定したり、過去の配当実績を評価するための指標が「DOE」だ。DOEは・・・
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配当水準を示す指標というと真っ先に思い浮かぶのが「配当性向」であろう。配当性向は「年間配当額÷当期純利益」によって計算され、国内の上場企業の場合、20~40%程度のことが多い。ただ、配当性向の計算上用いられる「当期純利益」は経営環境の変化やそれに伴う業績の変動、さらには特別損益の計上額により、事業年度ごとに変動しやすい。このため、例えば配当性向を毎期40%とする方針の企業では、事業年度によって配当額が大きく変動することになる。
特別損益 : 臨時的・異常な原因に基づき計上される損益のこと。
そこで、当期純利益(P/L項目)と比べて金額が安定している純資産の額(B/S項目)を用いて目標配当額を決定したり、過去の配当実績を評価したりするための指標が「DOE」だ。DOEは「Dividend On Equity」の略であり、日本語では「純資産配当率」と言われる。文字通り「年間配当額÷純資産(期首時点と期末時点の『純資産の部』合計額の平均 )」によって算出される。DOEは配当性向に比べればマイナーな指標だが、決算短信では必ず開示されるため、目にしたことがある向きも多いはずだ。日本の上場企業の場合、DOEは1~3%ということが多い。DOEに基づき配当額を決定する企業は、配当性向に基づき配当額を決定する企業よりも、株主への安定配当を志向していると言えよう。
もっとも、DOEは下記の算式のとおり「当期純利益」を用いて「配当性向」と「ROE」の掛け算に変形することができる。米国企業のDOEは4~6%程度と日本企業より高いが、これは日米企業におけるROEの差が一因になっている。
要するに、DOEが高いということは、配当性向もROEも高いということを示している。これは、株主から拠出された資本を効率よく活用して(=高ROE)企業価値を高めたうえで、株主への還元も積極的に行っている(=高配当性向)ということであり、投資家にとっては魅力的な企業と評価できる。
逆に、ROEが高くても配当性向が低ければDOEも低くなる。現在の自社の配当政策が正しいかどうか検証するためには、自社のDOEについて、過去からの推移を見たり、他社の値と比較したりしてみるとよいだろう。
3月決算会社に対する会計監査がピークを迎えている。2015年12月15日のニュース「繰延税金資産適用指針が月内決定、28年3月期の利益押し上げも」でお伝えしたとおり、平成28年4月1日以後開始事業年度(平成29年3月期)から「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(以下、回収可能性適用指針)が強制適用されるが、平成28年3月期からの早期適用も認められているため、今3月期の会計監査で論点となるケースもあるようだ。
回収可能性適用指針は、・・・
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3月決算会社に対する会計監査がピークを迎えている。2015年12月15日のニュース「繰延税金資産適用指針が月内決定、28年3月期の利益押し上げも」でお伝えしたとおり、平成28年4月1日以後開始事業年度(平成29年3月期)から「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(以下、回収可能性適用指針)が強制適用されるが、平成28年3月期からの早期適用も認められているため、今3月期の会計監査で論点となるケースもあるようだ。
回収可能性適用指針は、その前身である監査委員会報告第66号「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(以下、66号)の考え方が基本的に踏襲され、これまで同様、会社を5つに分類し、それぞれの繰延税金資産の回収可能性の判断指針を定めている。簡単なイメージは次のとおりだ(繰延税金資産の詳しい説明は「(新用語・難解用語)資産負債法」参照)。
| 分類 | 会社のイメージ | 繰延税金資産の回収可能性 |
| 1 | 超優良会社 | 高(有) ↑ 中 ↓ 低(無) |
| 2 | 毎期安定して課税所得が発生している会社 | |
| 3 | 課税所得が大きく増減している(業績が不安定な)会社 | |
| 4 | 重要な税務上の繰越欠損金がある会社 | |
| 5 | 毎期重要な税務上の繰越欠損金が発生又は生じる会社 |
繰越欠損金 : 法人税の計算上の利益(益金)を損失(損金)が上回った場合に生じるものであり、翌事業年度以降に繰り越して(10年間繰越が可能)、所得(益金-損金)から控除することができる。ただし、資本金が1億円超の法人では、繰越欠損金を控除できるのは「所得の50%(平成29年3月31日までは65%)」が上限となる。
これら5つの分類のうち、66号が回収可能性適用指針に引き継がれた際に見直しが行われたのが、分類2、3、4である。つまり、回収可能性適用指針を適用することによって会計処理が変更され、繰延税金資産が増える可能性があるのは、分類2、3、4に該当する会社ということになる。
| 見直された内容 | 影 響 | |
| ① | 分類2に該当する企業が、スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産を回収できることを合理的な根拠をもって説明する場合には、回収可能性があるとする。 | 従来、例えば投資有価証券の減損損失については、当該投資有価証券の売却時期が不明な場合は、繰延税金資産を計上できなかったが、合理的な根拠があれば、売却時期を特定しなくても、繰延税金資産の計上が可能となった。 |
| ② | 分類3に該当する企業が、おおむね5年を明らかに超える見積可能期間においてスケジューリングされた一時差異等に係る繰延税金資産の回収が可能であることを合理的な根拠をもって説明する場合には、回収可能性があるとする。 | 従来はおおむね5年を超える期間について繰延税金資産を計上できなかったが、合理的な根拠があれば計上可能となった。 |
| ③ | 分類4の要件に該当する企業であっても、将来において5年超にわたり(一時差異等を加減算する前の)課税所得が安定的に生じることが合理的な根拠をもって説明する場合には、分類2に該当するものとする。 | 従来、分類4の会社は分類3までしかランクアップできなかったが、合理的な根拠があれば分類2までランクアップすることが可能になった。 |
スケジューリング : 一時差異が解消するタイミングのスケジュールを作成すること
将来減算一時差異 : 将来において課税所得を減らすことになる一時差異
減損 : 固定資産の価格や収益性が著しく低下している場合に、固定資産の簿価を時価まで減額する処理のこと。
要するに、今回見直された上記3つの規定のいずれかの適用を受けるためには、長期にわたる課税所得の発生について「合理的な根拠をもって説明」することが必要になる。例えば、5年を超える見積期間においても「繰延税金資産は回収できる」と主張する場合には、5年を超える期間において十分な課税所得が発生することを、「合理的な根拠をもって説明」しなければならない。過去において繰越欠損金が発生していなければ、「過去においては回収できたのだから、5年を超える期間についても同様に回収できる」と主張することになろう。しかし、「合理的な根拠を持って説明」するためには、過去の実績を説明するだけでは不十分。過去の実績は考慮する要因の一つではあるが、メインはあくまで「将来」である。
業種、業態にもよるが、2~3年後の会社の業績を予測することさえ難しいものだ。5年を超える期間について十分な課税所得が生じることを「合理的な根拠をもって説明」するのは、確実に課税所得を生み出す長期契約があるなどの客観的な根拠が存在しない限り、ほぼ不可能だろう。いくら会社の内情に詳しい役員でも、5年後の自社の姿を「合理的な根拠をもって説明」できるだろうか?
冒頭で述べた通り、回収可能性適用指針は66号の考え方が基本的に踏襲されている。監査法人の対応次第ではあるが、当該指針の適用によって繰延税金資産が増加することはあまり期待しない方がよいだろう。
M&Aは上場企業にとって重要な経営課題となっているが、M&Aにおいて経営陣が頭を悩ませるのが買収価格だ。一般的には、EBITDA倍率が「10倍台前半」を超えれば“割高”と言われているが、実際買いたい企業が目の前に現れた場合には、必ずしも冷静な判断ができるとは限らない。
実は、投資のプロであるファンドマネージャーでさえ似たような傾向がある。ファンドマネージャーには様々な“心理的バイアス”が存在する。その最大のものは、保有株に固執してしまうことである。ある企業の株式を保有していることを正当化するため、無意識にその企業のポジティブな情報を収集し、ネガティブな情報を遠ざける。業績の下方修正があっても、「これは短期的であり、長期的な成長は間違いない」と思い込み、継続保有する。しかし、実際にはその企業は業績の下方修正を繰り返し、株価は下落を続けるということが頻繁に起こる。このように、心理的バイアスはファンドマネージャーのパフォーマンスに悪影響を及ぼす。投資の世界では、「将来はこうした弱みを持たない人工知能がファンドマネージャーを脅かすことになるかもしれない」とも言われている。
こうした保有株に対するバイアスを避けるため、ファンドマネージャーがしばしば実行していることが二つある。一つは、もし売るかどうか迷っている場合はまず売却してしまうことである。ファンドマネージャーは「本当にその株が良いと思えば後で買い戻せばよい」という気持ちで保有株を売却するが、実際にその株が買い戻されることはほとんどない。この事実は、保有株に対する心理的バイアスがいかに大きいかを示している。逆に言うと、売却することによって保有株に対する心理的バイアスがなくなり、中立な判断が下せるようになるわけだ。もう一つは「損切りルール」を設定することである。ある一定の損失が生じた場合、いかにその保有株が素晴らしいと思っていても売却する。これは、ヘッジファンドなどがよく使用する手法である。
翻って、企業がM&Aによってある会社を買収する場合、たとえ買収価格が割高だったとしても、「こんな案件は二度と出ない」としてM&Aをすること自体が目的化したり、たとえ巨費を投じたM&Aが失敗に終わったとしても、経営陣はM&Aという自らの選択を正当化しようとして、再売却等の正しい判断を下すことができないということが起こる。M&A自体がゴールとなれば、PMIがおざなりになるといった失敗要因を抱え込むことにもなりかねない。M&Aの対象案件が出てきた場合、あるいは過去にM&Aをした企業の業績が芳しくない場合には、役員は自身に“心理的バイアス”がないかどうかを自問自答する必要がある。