従業員が持つ名刺の共有化を図る会社が増えていることからも分かるように、名刺はネットワークを広げるうえでの“財産”となり得る。そこで問題となるのが、退職する従業員が業務上入手した顧客(候補)等の名刺の取り扱いだ。
会社としては「名刺は顧客情報であり、会社の所有物である」と主張したいところだが、退職する従業員は「自ら築いた人間関係によって入手したものであり、個人の所有物である」と主張するかもしれない。
この点が争われた過去の裁判を見ると、「営業秘密に該当する場合」(名古屋地判H20.3.13等)と「特約のある場合」(東京地判H17.6.27等)には会社の言い分が肯定されているのに対し、これらに該当しない場合は従業員側の言い分が認められている(知財高判H24.2.29等)。
では、会社の言い分が肯定された「営業秘密に該当する場合」「特約のある場合」とは具体的にどのような状態を指すのだろうか。
まず「営業秘密」に該当するには、名刺が「施錠された書庫に保管する(紙の場合)」「一部の者だけアクセスできるようパスワードを設定する(データ化した場合)」等“厳重な管理下”に置かれ、退職者もそれが営業秘密であることを容易に認識できる状態になければならない。会社が「名刺=営業秘密」と主張するのであれば、これらの措置を講じておく必要がある。一方の「特約のある場合」とは、「退職時には業務上入手した名刺を会社に返却すること」といった取り決めが、労働契約(就業規則を含む)に定めている状態を指す。
そこで、機密管理規程や就業規則に名刺の管理や退職時の返却について記載しておけばよいかというと、そう簡単な話ではない。この種の訴訟では、「就業規則の記載内容が従業員に周知されていたかどうか」が、しばしば争点になるからだ。したがって、会社としては、就業規則等に定めておくほか、「機密管理に関する誓約書」に顧客の名刺についても明記したうえで、これを各従業員と交わしておくのが望ましい。
また、昨今話題の「顧客の名刺をデータ化して全社で管理する」といったシステム(もしくはルール)は、「営業秘密としての管理」の面でも有効なので、導入を検討する価値はあるだろう。
顧客の名刺が不正利用されて会社が損害を被った場合、会社は損害賠償を求め、また、不正競争防止法事案として公訴を求めることも可能だが、そのような事態にならない方が両者にとって望ましいことは言うまでもない。会社によって方針の違いはあろうが、退職後には使わない(はずの)顧客の名刺は会社に置いていかせる仕組みを作っておくことも一考に値しよう。
公訴 : 検察官が裁判所に起訴状を提出し、審判を求めること。