2015/12/09 利益や繰延税金資産に影響を与える税制改正の全容(会員限定)

 平成28年度税制改正大綱が明日(2015年12月10日)にも明らかにされるが、企業の営業利益・税引後利益や繰延税金資産の金額に影響を与える法人税や事業税の改正の全容が当フォーラムの調査で明らかになった。

税制改正大綱 : 来年度の税制改正の内容の大枠を示したもの。12月中旬に公表されるのが通例である。税制改正法案の成立はおよそ3か月後の3月末となる。

 今回の改正のポイントは、政府が推し進める法人実効税率引下げ幅と、それによる税収減を補うための課税強化措置がどのようなものになるのかという点だ。

法人実効税率 : 法人税、住民税、事業税といった会社の利益に課税される税の総合的な負担率のこと。

 まず法人税率および法人実効税率は下表のとおりとなる。法人実効税率は平成28年度から30%を切ることになる。法人実効税率の低下は、繰延税金資産の取り崩しにつながり、利益を減らす要因になってしまう(法人実効税率の変更と繰延税金資産の関係については「 (新用語・難解用語)資産負債法」の「「今」合わせるか、「将来」合わせるか」を参照)。

26年度 27年度 28年度 30年度
法人税率 25.5% 23.9% 23.4% 23.2%
法人実効税率 34.62% 32.11% 29.97% 29.74%

 税収減を補うための課税強化措置の中で、企業への影響が大きいと思われるのが減価償却制度の見直しだ。減価償却の方法には主に定額法(毎年同額を減価償却費として計上する方法)と定率法(毎年(残存価額に対して)同率の減価償却費を計上する方法)があるが、定率法の方が初期に多額の減価償却費が計上されるため、企業にとっては、減価償却を通じ、投下資金の回収が早く進むというメリットがある。現行法人税法では、購入額の大きい「建物」については定率法を使うことができず、定額法の使用が強制されているが、平成28年度税制改正では、現在は「定額法」「定率法」どちらの使用も認められている「建物附属設備」「構築物」についても、建物同様に「定額法」の使用が強制される。建物附属設備には例えば電気設備や給排水設備、構築物には例えば駐車場のアスファルト舗装費用や広告塔がある。

 また、外形標準課税の強化も打ち出される。外形標準課税は、所得を課税ベースとする「所得割」、賃金や支払利子、支払家賃などを課税ベースとする「付加価値割」、資本金などを課税ベースとする「資本割」の3つから構成される。このうち、真の意味で「外形標準」と言えるのは「付加価値割」と「資本割」であり、現在、「所得割」と「付加価値割+資本割」の課税割合は「5:3」とされている。この割合は、平成28年度に「4:4(=1:1)」になる予定だったが(2014年11月26日のニュース「業績好調企業の税負担が減少」参照)、平成28年度税制改正では、外形標準の割合を一気に高め、平成28年度から「所得割」と「付加価値割+資本割」の課税割合を「3:5」とする。具体的な税率は、所得割が3.6%(現行4.8%)、付加価値割が1.2%(現行0.96%)、資本割は0.5%(現行0.4%)となる(なお、税率を単純に足すと3:5になっていないのは、それぞれの課税ベースが異なるためである)。

外形標準課税 : 地方税である事業税の課税方式の1つで、「所得」のみならず、賃金や支払利子、支払賃料、資本金など、文字通り「外形」的な基準をベースに課税を行う制度。たとえ赤字の会社でも、企業が活動を行うにあたっては地方自治体から様々な行政サービスを受けているのだから一定の税負担を負うべき、との考え方に基づいている。

 外形標準課税の強化により、業績好調な企業(所得が大きい企業)の事業税負担は減少する一方、「外形」的な事業規模が大きい(社員数が多く賃金や家賃などの支払額が相対的に多い、多大な借入金により支払利子が多いなど)割に所得が小さい企業(利益水準が低い企業)の事業税負担は現在よりも増えることになろう。そこで平成28年度税制改正では、(1)付加価値額が30億円以下の法人については、負担増となる額の一定割合(28年度は3/4、29年度は2/4、30年度は1/4)を軽減、(2)付加価値額が30億円超40億円未満の法人については、負担増となる額に(1)の軽減率を乗じた金額対し、「(40億円-付加価値額)/10」を乗じた額を軽減する措置を講じる。

 また、繰越欠損金の控除割合も見直す。法人税法では、課税所得がマイナス(赤字)となった場合、当該マイナス分の65%(平成26年度においては80%)を9年間繰り越せることになっている。この割合は平成28年度も65%が維持された後、平成29年度において50%に引き下げられることになっていたが、平成28年度税制改正では、平成28年度の割合を60%(現行65%)に引き下げる一方、平成29年度においては55%(現行50%)に引き上げ、平成30年度において当初予定の50%に到達することとする(すなわち、1年後ろ倒し)。企業にとっては、平成28年度においては増税となるものの、引下げ割合がなだらかとなることで、激変緩和というメリットもある。

 このほか、上場企業においても広く利用されてきた生産性向上設備投資促進税制が平成28年度末で完全に廃止されることも決まっている。

生産性向上設備投資促進税制 : 一定規模以上の先端設備などを取得した場合、一時に全額の減価償却などが認められる優遇税制。

2015/12/08 【経理・財務】棚卸を適正に行いたい

 

経営陣が「棚卸」に関心を持つべき理由

製造業や小売業にとって、在庫は次の売上を稼ぎ出す“源泉”ですが、その在庫を売り上げるまで、製造や仕入によって在庫に投じられた資金は「在庫」に形を変えたまま眠り続けることになります。すなわち、在庫を管理することは、「将来の売上」と「現在の資金」を管理することに他なりません。キャッシュフローを重視する経営スタイルの浸透のもと、製商品のライフサイクルが短くなればなるほど、在庫管理の重要性は高まります(在庫管理については「在庫の増減が目に付く」を参照)。

在庫管理()の中でも特に重要な手続きが「棚卸」です。棚卸には帳簿棚卸(帳簿上だけで数量を把握すること)と実地棚卸(実際に数量をカウントすること)の2つがあります。これらは、両方実施されてはじめて意味を持ちます。というのも、帳簿上の数量と実際の数量は異なるのが通常だからです。

棚卸の流れとしては、まず在庫の出入りを帳簿で把握し、帳簿棚卸により理論上の在庫数量を計算します。次に、実地棚卸により実際の数量をカウントします。そして、理論上の在庫数量と実地棚卸により把握した数量を比較したうえで、両者の差を棚卸減耗として把握し、帳簿上の在庫数量を確定します。

棚卸減耗 : 理論上の在庫数量と実際の数量の差異。通常は実際の数量の方が少ないため、棚卸減耗損となる。

 在庫管理は、在庫の発注(在庫の適正水準については「在庫を適正水準に保ちたい」を参照)、検収、入出庫、棚卸と多岐にわたります。

棚卸の目的は、棚卸減耗を把握して帳簿上の在庫金額を確定することだけではありません。棚卸を継続的かつ組織的に行うことで、在庫の横領や架空計上といった在庫不正への牽制効果が期待できます。なぜなら、在庫を私消するために横領したり、利益の調整を目的として在庫数量を操作したりすれば、次の棚卸の際に帳簿上の在庫と実際にカウントした数量とが不一致となり、こうした不正行為が発覚する可能性が高いからです。そのためにも、棚卸は在庫不正の牽制になるような形で実施されなければなりません(詳細は後述)。

また、棚卸から得られた情報を上手に活用することで、経営改善のための「次の一手」のヒントを得ることもできます(後述の「棚卸の結果には経営上の問題解決のヒントが詰まっている」参照)。経営陣は、棚卸結果を経営改善のための情報源として積極的に活用できるよう、棚卸手続きの継続的な改善に努める必要があります。

棚卸は社内外の人的リソースを総動員してカウント作業を行う“一大プロジェクト”であるため、計画性と情報の共有も不可欠となります。綿密に計画を練り、手続きを周知徹底し、無駄を可能な限り排除したうえで効率的に実施しなければなりません。

以下、棚卸を効果的かつ効率的に実施するため体制整備について見ていきましょう。

棚卸手続きの一般的な流れを確認

棚卸は、在庫管理部門に一任するだけでは決してうまくいきません。本社管理部門の入念な準備とコントロールのもと、「全社的」に取り組む必要があります。棚卸の準備にあたり必要な事項は次のとおりです。

1 スケジュールの確定
まずは棚卸日を確定します。棚卸は期末日に行うのが一般的ですが、棚卸の実施回数(最低でも年に1回)や回ごとの規模()は会社の状況に応じて異なります。実施回数は社内規程に定めておく必要があります。

 例えば、大規模棚卸(全社的な棚卸)を期末日に1回、小規模棚卸(工場ごと、部門ごと、またはアイテムごと)をローテーションで毎月実施します。

ローテーション : 事業場やアイテムごとに分割のうえ、タイミングをずらして棚卸を行うこと。

店舗や工場の稼働の状況によっては、時期をずらして棚卸を行うこともあります。店舗の場合、棚卸作業を営業時間終了後の深夜からスタートするケースも見られます。

2 社内への周知徹底
棚卸の実施中に在庫が動いてしまうと、棚卸数量を正確にカウントできなくなってしまいますので、棚卸の期間中は原則として荷動きを止めなければなりません。

そこで、棚卸に先立ち、棚卸実施日前の最後の入出庫および棚卸実施後に入出庫が可能になる日時、顧客からの要請に基づく緊急出荷や返品など例外的に棚卸の期間中に荷動きをしなければならなくなった場合の申請書や承認ルールを定め、社内に周知徹底する必要があります。

社内での周知徹底を図るには、棚卸担当者を集めて事前説明会を開催するのが有効です。棚卸の2~3週間前に本社管理部門が棚卸説明会を開催し、棚卸手順書を配布して、今回の棚卸で新たに追加または変更された手続きや例年ミスが多い箇所を中心に、十分な説明を行うとともに、現場の疑問にも答えておきます。これが棚卸当日の混乱を防ぎ、効率的な棚卸を実現することになります。

棚卸手順書 : 棚卸スケジュール、組織図、棚卸レイアウト図、担当表、棚卸の手順等が記載される。

3 権限の明確化
棚卸規程により棚卸に関わる指揮命令系統、情報の伝達経路、棚卸に関わる各部署の責任を明確にするとともに、棚卸規程とは別に「棚卸手順書」を作成し、棚卸プロジェクトに関する組織図を示したうえで、各部署・各人が棚卸において果たす役割を記載しておきます。

組織図では、まず全社的な棚卸責任者(社長や管理部長等)を定めます。そして、・・・

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大半の会社で棚卸手続きに改善の余地あり

棚卸手続きは、会社の置かれた状況や在庫特質、在庫システム、予算等の影響を大きく受けることから各社各様であり、どのやり方がベストなのか一概に言うことはできません。裏を返せば、「自社の棚卸手続きがベスト」と言い切れる会社もほとんどなく、棚卸手続きに何らかの課題を抱えていたり、改善の余地が残されていたりするところが大半です。

検討すべき課題や改善策として考えられるものは、以下のとおりです。

■IT導入
棚卸にITを導入することも課題の1つです。

小売業ではPOTやGOTを用いた棚卸が一般的ですが、製造業ではいまだに“紙とペン”によるアナログな棚卸を実施している会社が少なくありません。その理由として・・・

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棚卸の結果には経営上の問題解決のヒントが詰まっている

棚卸は、大勢の社員を動員し、多額のコストをかけて実施する全社的なプロジェクトです。それにもかかわらず、棚卸を「在庫金額を確定するためだけの単なる手続き」ととらえている経営陣が少なくありません。

しかし、実は棚卸の結果(実地棚卸高、棚卸にかける時間、棚卸差異など)には数々の有用な情報(後述します)が詰まっているので、経営陣はそれを積極的に活用しなくては“損”と言えます。経営陣には棚卸の結果の分析を通じて、経営上の問題点を見つけ、その解決策を検討し、実行に移していくことが望まれます。言い換えれば、経営陣は、棚卸を「在庫金額を確定するためだけの単なる手続き」ではなく、「在庫の把握を通じて行う経営改善活動の一環」に位置付け、棚卸結果の活用策に知恵を絞るべきです。以下、小売業と製造業における棚卸結果の活用策を、具体的に見てみましょう。・・・

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2015/12/08 チェックリスト:棚卸を適正に行いたい(会員限定)

■チェックリスト:棚卸を適正に行いたい

チェック事項 備考 対応未了 対応済
棚卸は不正の抑止となるよう効果的に行われているか。 在庫不正への牽制効果を持たせるため、棚卸を継続的かつ組織的に行う。
多数の従業員が短時間で効率よく棚卸手続きを進められるよう、棚卸に先立ち、入念な準備を行っているか。
棚卸を在庫管理部門へ一任していないか。 本社管理部門の入念な準備とコントロールのもと、全社的に取り組まなければならない。
社内規程で、棚卸の実施回数・規模・ローテーションを定めているか。
棚卸の責任の所在を明確にしているか。
棚卸の期間中は原則として荷動きを止めるようにしているか。 顧客からの要請に基づく緊急出荷や返品など例外的に棚卸の期間中に荷動きをしなければならなくなった場合の申請書や承認ルールを定め、社内で周知徹底させる。
棚卸に関わる命令系統、情報の伝達経路、責任を明確にするとともに、棚卸手順書に棚卸プロジェクトに関する組織図を記載しているか。 全社的な棚卸責任者(社長や管理部長等)を定め、各工場の工場長や各店舗の店長が現場での責任者となる。その下に適宜リーダーを配置する。
棚卸品の配置状況を記したレイアウト図を作成しているか。 在庫のカウントし忘れが生じないようにし(網羅性の確保)、一方で別のチームが二重にカウントしてしまう無駄を排除するため、棚卸品の配置状況を明確にしておく。
カウント係(実勘者)と記録係のチームを決めるにあたり、棚卸作業の経験の有無を考慮しているか。
各チームの業務負担に差が出ないように、担当する棚を調整しているか。
担当表の作成にあたり、当該在庫に日常的に接している営業や倉庫部門などの担当者“以外”の者が棚卸を担うようにしているか。
本社管理部門の従業員は可能な限り棚卸の応援に出向くようにしているか。
棚卸が手続き通りに行われているかどうかを立会人が検証するようにしているか。 立会人には、内部監査部門や管理部門に属する棚卸手続きに精通した者が就任するケースが多い。
棚卸手順書を事前の棚卸説明会などで配布するようにしているか。
棚卸時に預かり品などの棚卸除外品を間違えてカウントしないよう、自社在庫と区分して管理しているか。 棚を分け、「棚卸対象外」の札を張っておく。
帳簿棚卸の数(理論在庫)と実地棚卸の数に差異が生じた場合、その差異の内容を検討しているか。 帳簿棚卸の数(理論在庫)と実地棚卸の数に差異があることは、在庫に関する内部統制の整備が不十分であったり、運用が不十分であったりする可能性が考えられる。
カウント担当者は、在庫品が物理的あるいは経済的に陳腐化していることを発見した時は、経理部に連絡するよう手続きを整備・運用しているか。 賞味期限等のチェックも不可欠となる。
棚卸終了後迅速に棚卸結果報告書を本社管理部に送付することを、棚卸の現場責任者に義務付けているか。 カウント結果が改ざんされることなく経営陣に報告されるためには、在庫保管現場にデータを改ざんする時間的余裕を与えないことが重要になる。
ITを導入して棚卸コストを削減することを検討しているか。
タグ方式を採用している会社では、タグを配布した枚数を管理するとともに、タグがすべて回収されたことを確認しているか。
リスト方式を採用している会社では、「リスト→在庫」ではなく「在庫→リスト」によりカウントを行っているか。
ネジやバネなどの廉価で小さな部品は、重量を計り個数を割り出す方法でカウントすることを検討したか。 事業年度ごとにおおむね一定数量を取得し、かつ、経常的に消費するものであれば、購入時に費用処理する(期末に貯蔵品に振り替えない)ことも検討すべきである。
棚卸時にダブルチェックをしている場合、「ダブルチェックの対象を、在庫金額の重要性が高い在庫やカウント間違いが多い在庫に限定する方法」や、「1度目のカウント結果をシステムに吸い上げ、理論在庫と不一致になったもののみ、2度目のカウントを実施する方法」の是非を検討したか。
棚卸に先立ち、事前に営業担当者が在庫の陳腐化の状況をチェックし、値下げ販売や廃棄処分の必要性について検討しているか。 棚卸の際に陳腐化の有無の判断が付きづらい場合に備える。
棚卸に時間がかかりすぎたり、棚卸減耗損が多額に生じたりする場合、たとえば棚卸の1か月前に事前棚卸を実施することを検討しているか。 事前棚卸の結果も経営陣に報告すべきである。
棚卸の作業を専門業者にアウトソースすることを検討しているか。 アウトソーサーのサービス品質も判断要素にすべきである。
棚卸終了後に棚卸に従事した者から所感記入シートを回収しているか。
経営陣は棚卸の結果(実地棚卸高、棚卸にかける時間、棚卸差異など)を分析し、経営上の問題点を探るようにしているか。 経営陣は、棚卸を「在庫金額を確定するためだけの単なる手続き」ではなく、「在庫の把握を通じて行う経営改善活動の一環」として位置付け、棚卸結果の活用策に知恵を絞るべきである。

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2015/12/08 【経理・財務】棚卸を適正に行いたい (会員限定)

 

経営陣が「棚卸」に関心を持つべき理由

製造業や小売業にとって、在庫は次の売上を稼ぎ出す“源泉”ですが、その在庫を売り上げるまで、製造や仕入によって在庫に投じられた資金は「在庫」に形を変えたまま眠り続けることになります。すなわち、在庫を管理することは、「将来の売上」と「現在の資金」を管理することに他なりません。キャッシュフローを重視する経営スタイルの浸透のもと、製商品のライフサイクルが短くなればなるほど、在庫管理の重要性は高まります(在庫管理については「在庫の増減が目に付く」を参照)。

在庫管理()の中でも特に重要な手続きが「棚卸」です。棚卸には帳簿棚卸(帳簿上だけで数量を把握すること)と実地棚卸(実際に数量をカウントすること)の2つがあります。これらは、両方実施されてはじめて意味を持ちます。というのも、帳簿上の数量と実際の数量は異なるのが通常だからです。

棚卸の流れとしては、まず在庫の出入りを帳簿で把握し、帳簿棚卸により理論上の在庫数量を計算します。次に、実地棚卸により実際の数量をカウントします。そして、理論上の在庫数量と実地棚卸により把握した数量を比較したうえで、両者の差を棚卸減耗として把握し、帳簿上の在庫数量を確定します。

棚卸減耗 : 理論上の在庫数量と実際の数量の差異。通常は実際の数量の方が少ないため、棚卸減耗損となる。

 在庫管理は、在庫の発注(在庫の適正水準については「在庫を適正水準に保ちたい」を参照)、検収、入出庫、棚卸と多岐にわたります。

棚卸の目的は、棚卸減耗を把握して帳簿上の在庫金額を確定することだけではありません。棚卸を継続的かつ組織的に行うことで、在庫の横領や架空計上といった在庫不正への牽制効果が期待できます。なぜなら、在庫を私消するために横領したり、利益の調整を目的として在庫数量を操作したりすれば、次の棚卸の際に帳簿上の在庫と実際にカウントした数量とが不一致となり、こうした不正行為が発覚する可能性が高いからです。そのためにも、棚卸は在庫不正の牽制になるような形で実施されなければなりません(詳細は後述)。

また、棚卸から得られた情報を上手に活用することで、経営改善のための「次の一手」のヒントを得ることもできます(後述の「棚卸の結果には経営上の問題解決のヒントが詰まっている」参照)。経営陣は、棚卸結果を経営改善のための情報源として積極的に活用できるよう、棚卸手続きの継続的な改善に努める必要があります。

棚卸は社内外の人的リソースを総動員してカウント作業を行う“一大プロジェクト”であるため、計画性と情報の共有も不可欠となります。綿密に計画を練り、手続きを周知徹底し、無駄を可能な限り排除したうえで効率的に実施しなければなりません。

以下、棚卸を効果的かつ効率的に実施するため体制整備について見ていきましょう。

棚卸手続きの一般的な流れを確認

棚卸は、在庫管理部門に一任するだけでは決してうまくいきません。本社管理部門の入念な準備とコントロールのもと、「全社的」に取り組む必要があります。棚卸の準備にあたり必要な事項は次のとおりです。

1 スケジュールの確定
まずは棚卸日を確定します。棚卸は期末日に行うのが一般的ですが、棚卸の実施回数(最低でも年に1回)や回ごとの規模()は会社の状況に応じて異なります。実施回数は社内規程に定めておく必要があります。

 例えば、大規模棚卸(全社的な棚卸)を期末日に1回、小規模棚卸(工場ごと、部門ごと、またはアイテムごと)をローテーションで毎月実施します。

ローテーション : 事業場やアイテムごとに分割のうえ、タイミングをずらして棚卸を行うこと。

店舗や工場の稼働の状況によっては、時期をずらして棚卸を行うこともあります。店舗の場合、棚卸作業を営業時間終了後の深夜からスタートするケースも見られます。

2 社内への周知徹底
棚卸の実施中に在庫が動いてしまうと、棚卸数量を正確にカウントできなくなってしまいますので、棚卸の期間中は原則として荷動きを止めなければなりません。

そこで、棚卸に先立ち、棚卸実施日前の最後の入出庫および棚卸実施後に入出庫が可能になる日時、顧客からの要請に基づく緊急出荷や返品など例外的に棚卸の期間中に荷動きをしなければならなくなった場合の申請書や承認ルールを定め、社内に周知徹底する必要があります。

社内での周知徹底を図るには、棚卸担当者を集めて事前説明会を開催するのが有効です。棚卸の2~3週間前に本社管理部門が棚卸説明会を開催し、棚卸手順書を配布して、今回の棚卸で新たに追加または変更された手続きや例年ミスが多い箇所を中心に、十分な説明を行うとともに、現場の疑問にも答えておきます。これが棚卸当日の混乱を防ぎ、効率的な棚卸を実現することになります。

棚卸手順書 : 棚卸スケジュール、組織図、棚卸レイアウト図、担当表、棚卸の手順等が記載される。

3 権限の明確化
棚卸規程により棚卸に関わる指揮命令系統、情報の伝達経路、棚卸に関わる各部署の責任を明確にするとともに、棚卸規程とは別に「棚卸手順書」を作成し、棚卸プロジェクトに関する組織図を示したうえで、各部署・各人が棚卸において果たす役割を記載しておきます。

組織図では、まず全社的な棚卸責任者(社長や管理部長等)を定めます。そして、各工場の工場長や各店舗の店長を、現場での責任者に据えます。さらにその下に、適宜リーダーを配置します。そのうえで、各工場や各店舗における棚卸を、本社経理部等の管理部門がサポートすることになります。

4 棚卸レイアウト図の作成
在庫のカウント漏れが生じないようにするとともに(網羅性の確保)、別のチームが二重にカウントしてしまう無駄を排除するため、棚卸品の配置状況を記したレイアウト図を作成します。

5 担当表の作成
組織図をもとに、棚卸に従事する従業員やパートに作業内容を割り振ります。棚卸の経験の有無を考慮してカウント係(実勘者)と記録係のチーム(2人1組)を決めたうえで、各チームの業務負担に差が出ないように、棚卸レイアウト図をもとに担当する棚を調整します。その際、内部牽制のために、当該在庫に日常的に接している営業や倉庫部門などの担当者“以外”の者が棚卸を担うようにします(詳細は後述)。

実勘 : 数量を数えて、棚札等に記入すること。

棚卸は、本社管理部門の従業員が工場や店舗の状況を把握するための貴重な機会です。したがって、可能な限り本社管理部門の従業員を棚卸の応援に出向かせるようにすべきです。

なかには、棚卸が手続き通りに行われているかどうかを立会人に検証させる会社もあります。

立会人 :公認会計士が会計監査の一環で実施する立会とは別に、社内的なチェックのために実施される。内部監査部門や管理部門に属する棚卸手続きに精通した者が就任するケースが多い。

6 棚卸手順書の作成
棚卸の標準的な手続きを定め、それを「棚卸手順書」に落とし込みます。

棚卸手順書は事前の棚卸説明会などで配布して棚卸担当者の間で周知を図り、担当者やチームによって棚卸手続きが異ならないようにします。

棚卸手続きは法定されておらず、画一的な方法も存在しません。会社によってやり方が異なるため、棚卸手順書の記載内容も会社によって違いますが、おおむね共通する記載内容は次のとおりです。

・日時、場所、事前説明会や棚卸当日のキックオフ・ミーティングの開催について、在庫移動停止期間
・組織図、棚卸レイアウト図、担当表
・カウントの方法
・タグ(棚札。カウントした数を記入する札)へのカウント数の記載方法(記入ミスがあったの場合の修正方法を含む)。カウント数はボールペンで記載し、修正する場合は見え消しを行い、後から修正内容が判別できるようにしておく。
ダブルチェックの方法
・タグを漏れなく配布するとともに、記入後のタグを漏れなく回収する方法
・タグに書かれてある数量を間違いなく在庫システムに入力するための方法(入力結果を紙に出力し、入力担当者以外の者がタグと照合するなど)
・在庫移動停止期間中に緊急出庫や返品の受け入れが必要になった場合における申請書の作成や承認ルール
預かり品など棚卸除外品の確認方法
外部預け在庫の確認方法
・棚卸結果報告書の作成方法、提出先、提出期限

ダブルチェック : カウントを二回実施すること。例えば、カウント係(実勘者)と記録係によるペア内で、カウント終了後に役割を交替し、記録係が二度目のカウントを行うなどの方法が考えられる。
預かり品 : 修理のために預かっている品や買い手の都合で預かっている販売済みの品。間違えてカウントしないよう、棚を分け、「棚卸除外品」の札を貼っておく。
外部預け在庫 : 外部の営業倉庫に預けている在庫。棚卸に出向かずに在庫証明の入手に留める場合もある。

7 棚卸差異の調査
棚卸の結果、棚卸差異が生じた場合、その差異の内容を検討します。

差異の理由としては、店舗では万引きやレジ係のミス、工場では入出庫や戻りの未記帳、出庫数の誤り、紛失などが考えられます。大量の差異が発生している場合、在庫担当者の引継ぎが不十分であったため入出庫手続きのミスが多発している、あるいは、盗難、横流しなどの不正が組織的・継続的に行われていることがあります。

差異が発生した原因の検証は容易ではありませんが、内部統制の整備が不十分であったり、運用が上手く行っていなかったりする可能性もあるので、出来る限りの検証と再発防止策の検討が必要です。

8 陳腐化の判断
カウント担当者は、ただ数を数えればよいわけではありません。カウント時に、目の前の在庫品の価値が下落していないかをチェックすることも求められます。例えば外観に傷がついていれば値札通りの販売はできず、割引額による販売を余儀なくされます。

チェックすべきポイントは物理的な劣化の有無だけではありません。商品ライフサイクルの変化や流行の衰退などにより経済的に劣化している商品、市場の需給変化により収益性が低下している棚卸資産、製品仕様の変更により使用見込みがなくなった部品や材料については、価値の下落に応じた評価損の計上が必要です。例えば棚の奥に埃をかぶって保管されているような在庫は、長期間注文が途絶え出庫がない(これを「不動在庫」と言います)状況にあることから、物理的には劣化していなくても、経済的に陳腐化している恐れがあります。また、医薬品や食品など使用・賞味期限を有するもので当該期限を超えているものや期限切れが近づいているものがないかもチェックしなければなりません。

棚卸担当者が陳腐化の恐れのある在庫品を見つけた場合、その情報を工場や店舗ごとに集約して経理部に伝達し、経理部が会計上評価減を行うかどうか()を検討します。それに備えて、情報の集約や伝達方法についても事前に周知しておく必要があります。

 評価減を計上するための前提として、経理規程などで棚卸資産の評価減のルールの整備も必要です。

9 監査法人の棚卸立会への対応
在庫金額を確定する重要な会計手続きである棚卸には、必ず会計監査人(監査法人)が立ち会うことになります。カウント終了時刻は棚によって異なるため、本社経理部門は終了予定時刻を考慮して立会いのスケジュールを組み立てる必要があります。

10 棚卸最終数値の確定
在庫保管現場では、最終数量を確定した後に「棚卸結果報告書」を作成します。報告書には、棚卸開始時刻・終了時刻、担当者氏名、タグコントロールの結果、棚卸差損の原因分析や再発防止策案、棚卸時のトラブルや所感(この「所感」が後で役に立つ場合があります。詳細は後述)、効率的な棚卸実施に向けての改善策案等を記載します。報告書は、組織図上の上位者(例えば工場長や製造部長など)の承認を経て、本社の管理部門に提出されます。カウント結果が改ざんされることなく経営陣に報告されるためには、在庫保管現場にデータを改ざんする時間的余裕を与えないことが重要です(棚卸結果を改ざんする不正については「在庫の増減が目に付く」の「在庫の過大計上による粉飾の手口」を参照)。在庫担当の役員としては、棚卸当日()にすべての棚卸結果報告書を本社の管理部門が入手できるような業務フローを構築すべきと言えます。

 棚卸結果報告書の記載内容が多岐にわたる場合は、棚卸当日にいったん速報版を提出させ、翌日に正式版を提出させるといった工夫も必要です。
大半の会社で棚卸手続きに改善の余地あり

棚卸手続きは、会社の置かれた状況や在庫特質、在庫システム、予算等の影響を大きく受けることから各社各様であり、どのやり方がベストなのか一概に言うことはできません。裏を返せば、「自社の棚卸手続きがベスト」と言い切れる会社もほとんどなく、棚卸手続きに何らかの課題を抱えていたり、改善の余地が残されていたりするところが大半です。

検討すべき課題や改善策として考えられるものは、以下のとおりです。

■IT導入
棚卸にITを導入することも課題の1つです。

小売業ではPOTやGOTを用いた棚卸が一般的ですが、製造業ではいまだに“紙とペン”によるアナログな棚卸を実施している会社が少なくありません。その理由としては、POTなどの専用端末を導入するには、端末本体のコストに加え、在庫システムとのインターフェイスの開発投資が必要になるにもかかわらず、棚卸の頻度は年に1~2回に過ぎないため、投資の効果が見えにくいということがあります。また、POTなどの専用端末を導入すると、部品や原材料の発注もその端末を利用することになるため、業務フローが大きく変わってしまうということもあります。

とはいえ、棚卸は、製造ラインをストップさせたうえで多くの従業員が関わる一大プロジェクトであり、それに費やす人件費や売上(機会利益)の喪失を計算すると、もともと多額のコストを必要とする手続きです。したがって、棚卸へのIT投資の是非を検討する際は、表面的な投資額の多寡だけで判断せず、こうした目に見えないコストをどの程度削減できるのか(費用削減効果)も検討要素に加えるべきです。

POTやGOTを用いた棚卸 : POT(Portable Order Terminal)やPOTが進化したGOT(Graphic Order Terminal)といった持ち運び容易な端末を利用して、実数のカウントと同時に棚卸数量を入力し、在庫システムにデータを吸い上げること。もともとは店舗での発注や検品を目的にして開発されたが、棚卸機能も有する。紙媒体を利用した棚卸と異なり、棚卸現場で実数の入力が行われることから、データの吸い上げと同時に在庫システムへの入力作業が終わるという利点がある。専用端末は安価ではないものの、最近ではタブレットやスマートフォンのアプリケーションで対応できるシステムも登場している。

■カウント方法
棚卸手続きは、「リスク」の観点からも見直しを図るべきです。

例えば、カウントした数量を書き込む方式としてタグ方式ではなくリスト方式(在庫システムから出力された在庫リストの空欄にカウントした数量を書き込む方法)を採用している会社で、在庫リストに記載されている順序どおりにカウント(リストの順番通り、にリストに記載されている在庫を棚から探す)している場合は要注意です。在庫リスト上の順序が実際の在庫の配置に一致していない場合、そのカウント方法ではすべての在庫を網羅的にカウントできないリスクがあるからです。

カウントは、リストに記載されている在庫を棚から探す(リスト→在庫)という流れではなく、現物をカウント後、製品番号等を頼りにリストの中から探す(在庫→リスト)という流れにより行うべきです。

また、ネジやバネなどの小さな部品は数が多いだけに、1つひとつ手で数えていては時間がかかりすぎてしまいます。小さくても高額な部品であれば丁寧にカウントすべきですが、廉価で小さな部品は、重量を計り、1個当たりの重量から個数を割り出したり、購入時に全額を費用処理()したりするなど、費用対効果を勘案した工夫が必要になります。

 事業年度ごとにおおむね一定数量を取得し、かつ、経常的に消費するものは、購入時に費用処理(=期末に貯蔵品(資産)に振り替えない)すれば、期末在庫があっても棚卸の対象外になります。

■ダブルチェック
カウントを終えた在庫の数え間違い(カウント間違い)がないか、担当者を替えてダブルでチェックしている会社もありますが、リスクアプローチの観点からは、「ダブルチェックの対象を、在庫金額の重要性が高い在庫やカウント間違いが多い在庫に限定する方法」や、「1度目のカウント結果をシステムに吸い上げ、理論在庫と不一致になったもののみ、2度目のカウントを実施する方法」を採用することにより、カウント間違いのリスクをコントロールしながら棚卸に要する時間を削減できます。

リスクアプローチ : 監査用語であり、リスクの発生可能性が高いところに手厚い監査手続きを実施し、リスクの発生可能性が低いところにはそれに応じた監査手続きを実施するという監査の進め方をいう。棚卸のダブルチェックの是非を検討する際に、数え間違いをするというリスクを低減するため、どの程度の人的リソース(時間)を割くのが適切かを判断することが必要となる。

■担当割と陳腐化の事前検討
棚卸に在庫不正への牽制効果を持たせるためには、在庫に日常的に接している営業や倉庫部門などの担当者に棚卸作業を担当させるべきではありません。仮に出荷指示を担う営業担当者が在庫の横流しをしていた場合、その者に棚卸を任せてしまうと、カウント数をごまかす可能性があるからです。入出庫作業を担っている倉庫担当者も同様です。

もっとも、在庫に詳しくない別の部門の者では、在庫が陳腐化しているかどうかの判断が難しいという別の問題が生じることになります。そこで、棚卸に先立ち、事前に営業担当者が在庫の陳腐化の状況をチェックし、値下げ販売や廃棄処分の必要性について検討しておくことが望まれます。

■事前棚卸
棚卸に時間がかかりすぎたり、棚卸減耗損が多額に生じたりする場合、例えば棚卸の1か月前に事前棚卸を実施しておくことで、棚卸減耗による損失の発生を早期に把握できるとともに、本番の棚卸を円滑に進めることが可能になります。いわば棚卸の“予行演習”です。

棚卸減耗を早期に把握することで、年度内の廃棄処分が実現できる(=廃棄損を法人税法上の損金として計上できる)ということも事前棚卸のメリットです()。

もっとも、事前棚卸により棚卸減耗を早期に把握した結果、本番の棚卸時に作成される棚卸結果報告書では「棚卸差異はゼロ」という報告書が作成されることになり、経営陣が在庫管理に問題があることを認識しづらくなるため、事前棚卸の結果も経営陣に報告する必要があります。

 廃棄損を法人税法上の損金にするためには、回収業者が発行する「廃棄証明」などにより廃棄の事実を明らかにしておく必要があります。

■棚卸のアウトソース
小売業の場合、深夜に棚卸作業を実施することが多いため、棚卸要員の確保に苦慮することが珍しくありません。また、店舗数が多いため、全社的に均一の水準で棚卸を行うことも容易ではありません。このような場合、棚卸の作業を専門業者にアウトソースするケースが考えられます(小売業では、既にそうしている会社が見受けられます)。

アウトソーサーの選定に際してはコストを優先しがちですが、棚卸の重要性を踏まえれば、コストのみならず、サービスの品質も判断要素にすべきです。

■所感記入シートの活用
ここまで述べて来たような棚卸手続きの要改善個所の有無は、他社事例に詳しい監査法人や外部のコンサルタントの指摘により明らかになることが多いのですが、棚卸従事者に記入してもらった「所感」を分析することより発覚するケースもあります。このような現場の所感は、棚卸作業の改善に活かすべきです。

例えば「倉庫内の在庫が整然と保管されていないため、カウントに時間がかかった」という所感をもとに、在庫の整列や棚札の表示を工夫することで、棚卸だけでなくピッキングの時間の大幅短縮につながったといった事例もあります。また、所感記入シートの回収・分析により明らかになった要改善点を次回の棚卸時に改善することで、とかく「やらされ感」を抱きがちな棚卸従事者の棚卸への参加意識を高める効果も期待できるでしょう。

棚卸の結果には経営上の問題解決のヒントが詰まっている

棚卸は、大勢の社員を動員し、多額のコストをかけて実施する全社的なプロジェクトです。それにもかかわらず、棚卸を「在庫金額を確定するためだけの単なる手続き」ととらえている経営陣が少なくありません。

しかし、実は棚卸の結果(実地棚卸高、棚卸にかける時間、棚卸差異など)には数々の有用な情報(後述します)が詰まっているので、経営陣はそれを積極的に活用しなくては“損”と言えます。経営陣には棚卸の結果の分析を通じて、経営上の問題点を見つけ、その解決策を検討し、実行に移していくことが望まれます。言い換えれば、経営陣は、棚卸を「在庫金額を確定するためだけの単なる手続き」ではなく、「在庫の把握を通じて行う経営改善活動の一環」に位置付け、棚卸結果の活用策に知恵を絞るべきです。以下、小売業と製造業における棚卸結果の活用策を、具体的に見てみましょう。

■小売業における棚卸結果の活用
小売業において、店舗で生じた棚卸差異の原因を分析してみても、どうしても原因を特定できない差異が残る場合があります。小売業における原因不明の棚卸差異の多くは、万引きなどの盗難による被害と言えます。そこで原因不明の棚卸差異を店舗別・フロア別・アイテム別に比較することで、盗難被害の多い店舗・フロア・アイテムを抽出し、該当店舗等の警備体制を充実させるとともに盗難リスクの高いアイテムをレジ横に配置するなどの工夫を施します。さらに盗難被害の多い店舗を内部監査で重点的にチェックすることで、横流しや私的消費などの従業員不正を見つける場合もあります。また、棚卸差異の原因が仕入れ担当者の習熟度不足による入荷処理のミスであれば、ミスをした仕入れ担当者や監督に不行き届きがあった店長の人事考課に反映させるだけで事足りますが、同じミスをしてしまう仕入れ担当者が多数いるのであれば、そもそも入荷処理のオペレーションがミスの発生しやすいものとなっていないか、オペレーションを見直して、ミスの軽減を図るべきです。

なお、店舗によって実地棚卸高の金額が異なるのは当然としても、同規模の他の店舗よりも在庫が過度に少ない店舗や、逆に過度に多い店舗では、マニュアル通りの発注が行われていない可能性があります。在庫が少なすぎる場合は販売機会を失っているかもしれません。一方、在庫が多すぎる場合は、それだけ余計な資金負担が必要になっていることを意味します。また、在庫が多すぎる店舗では架空在庫による不正が行われている可能性もあります(架空在庫による不正については「在庫の増減が目に付く」の「在庫の過大計上による粉飾の手口」を参照)。いずれにしろ、在庫水準が多店舗とあまりに異なる店舗には内部監査による重点チェックが必要と言えます。

■製造業における棚卸結果の活用
製造業でも、小売業と同様、在庫が盗難されれば原因不明の棚卸差異が生じることになります。とりわけ換金性の高い材料・作業くず・部品・製品が被害を受けやすい在庫と言えます。在庫保管責任者は、原因不明の棚卸差異が生じた場合、盗難の可能性を視野に入れて、防犯カメラの設置や鍵付きの収納庫への保管を検討する必要があります。

また、棚卸に費やした延べ時間数が増加傾向にある場合、その理由を分析します。その結果、部品のアイテム数の増加に伴い棚卸時間数が増加したのであれば、設計を変更し部品共通化を図ることで全社的な部品アイテム数の削減に取り組むべきです。部品共通化によるアイテム数の削減が実現できれば、棚卸時間だけでなく在庫金額も圧縮できるからです(在庫金額の圧縮により、在庫に投じていた資金を減らして、借入金の返済にまわすことができます)。

さらにPOTなどの専用端末の導入により、棚卸の際の時間数を削減できるだけでなく、日常業務での出庫時のピッキング時間の短縮を通じて出庫担当部署の必要人員数も削減でき(人件費の圧縮)、誤出荷の減少を通じてクレームも減らせます(顧客満足度の向上)。

また、ある工程における仕掛品の数量が他工程よりも突出している場合、当該工程またはその次工程が“製造上のボトルネック”になっていないかを検討します。もし、ボトルネックが存在するのであれば、設備投資や外注(下請け)の活用により処理能力を高めることでボトルネックが解消され、全体の在庫金額を圧縮()できるだけでなく、製造量の増加にもつながります。

 ボトルネックの解消により、工程間の滞留がなくなり仕掛途中の在庫が減少することで、在庫金額を圧縮できます。

ボトルネック : 当該工程の処理能力が他工程よりも突出して低い場合、当該工程の処理能力が全体の製造量の限界を決めてしまうことを言う。

さらに、実地棚卸高が適正な在庫水準の範囲内に収まっているかどうかの検討により、所定の発注ルールが徹底されているかを確認できます(適正な在庫水準の考え方については「在庫を適正水準に保ちたい」の「業界平均保有期間から在庫の適正水準を探る」を参照)。

こういったアクションがとれるのは、棚卸が適切に行われ、実地棚卸した結果が帳簿金額に正しく反映されているからこそと言えます。逆に言うと、棚卸が正確に行われていなければ、誤った経営判断をしてしまうことにもなりかねません(実地棚卸の結果が帳簿金額に反映されていなかった例として「(役員と会社の失敗学第18回)マツモトキヨシホールディングスの事例」を参照してください)。棚卸の結果を経営改善に活用するためにも、経営陣は棚卸手続の重要性を認識し、その適切なマネジメントに努める必要があります。

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2015/12/08 マイナンバーの記載不要書類が続々

 マイナンバーの利用開始(2016年1月1日~)を目前に控え、企業はその漏洩防止に頭を悩ませている。また、マイナンバーが記載された書類は「特定個人情報」に該当し、従来の個人情報よりも厳格な管理が求められる(=事務負担の増加)という問題もある(個人情報と特定個人情報の取扱いの違いは、役員会 Good&Bad発言集「マイナンバー制度への対応」の「個人情報とマイナンバーの取扱いはどう違う?」参照)。

特定個人情報 : マイナンバーやマイナンバーに対応する符号をその内容に含む個人情報のこと。

 こうした中、政府はマイナンバーの記載を不要とする書類を続々と追加している。

 2015年10月5日のニュース「漏洩リスクが激減!配当支払通知書へのマイナンバー記載不要に」でお伝えしたとおり、「給与の源泉徴収票」や「上場株式配当の支払通知書」などのうち「税務署に提出しない書類」へのマイナンバーの記載が所得税法施行規則の改正(10月2日付)によって不要とされたところだが、年度末にかけて国会で審議される2016年度税制改正により、新たに・・・

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2015/12/08 マイナンバーの記載不要書類が続々(会員限定)

 マイナンバーの利用開始(2016年1月1日~)を目前に控え、企業はその漏洩防止に頭を悩ませている。また、マイナンバーが記載された書類は「特定個人情報」に該当し、従来の個人情報よりも厳格な管理が求められる(=事務負担の増加)という問題もある(個人情報と特定個人情報の取扱いの違いは、役員会 Good&Bad発言集「マイナンバー制度への対応」の「個人情報とマイナンバーの取扱いはどう違う?」参照)。

特定個人情報 : マイナンバーやマイナンバーに対応する符号をその内容に含む個人情報のこと。

 こうした中、政府はマイナンバーの記載を不要とする書類を続々と追加している。

 2015年10月5日のニュース「漏洩リスクが激減!配当支払通知書へのマイナンバー記載不要に」でお伝えしたとおり、「給与の源泉徴収票」や「上場株式配当の支払通知書」などのうち「税務署に提出しない書類」へのマイナンバーの記載が所得税法施行規則の改正(10月2日付)によって不要とされたところだが、年度末にかけて国会で審議される2016年度税制改正により、新たに「扶養控除等申告書」も追加されることが判明した。

 現在のところ、会社に扶養控除等申告書を提出する者は、提出の都度、同申告書に氏名や住所とともにマイナンバーを記載する必要があるが、「会社が過去に提出を受けた扶養控除等申告書等に基づき、その従業員等のマイナンバーを管理している場合」には、「2回目以降に提出する扶養控除等申告書」にはその従業員等のマインバナーを記載しなくてよいこととされる。「2回目以降」ということからも分かるように、この改正は2017年分以後の所得税から適用される。

 また、やはり2016年度税制改正により、「非課税貯蓄申込書」「財産形成非課税住宅申込書」についてもマイナンバーの記載が不要とされる。こちらの改正は「2016年4月1日」から適用される。

 2016年度税制改正によりマインバーの記載が不要とされる書類の一覧は下表のとおり(上場会社とは関係のない書類も含まれる)。

書類名 適用開始日
所得税の青色申告承認申請書
所得税の棚卸資産の評価方法の届出書
消費税簡易課税制度選択届出書
相続税延納・物納申請書
納税の猶予申請書
2017年1月1日
非課税貯蓄申込書
財産形成非課税住宅申込書
2016年4月1日
給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
公的年金等の受給者の扶養親族等申告書
従たる給与についての扶養控除等(異動)申告書
退職所得の受給に関する申告書(退職所得申告)
2017年分以後の所得税

 このほか、国税の確定申告書の控え(複写の申告書、e-Taxの確定申告書作成コーナーから印字するもの)や、住民税の「特別徴収税額の決定・変更通知書(納税義務者用)」にもマイナンバーは記載されない。上述した給与の源泉徴収票(税務署に提出しないもの=受給者交付用)」とともに、特別徴収税額の決定・変更通知書(納税義務者用)、確定申告書の控えにもマイナンバーの記載がされないことで、金融機関や不動産会社など、業務上、顧客から所得証明書の提出を求めざるを得ない企業が、意図せずに顧客からマイナンバーの提供を受けてしまうリスクも軽減されることになる。

2015/12/07 投資家にとっての「非財務情報」

 近年、投資家の間では企業分析における「非財務情報」の重要性が強く意識され、企業に対しその開示を求める声も高まっている。こうした流れを受け、企業側も、有価証券報告書やアニュアルレポートといった財務情報の他に、環境報告書、CSR報告書、サステナビリティ・レポートといった名称の非財務情報を提供するケースが増えている。

環境報告書 : 二酸化炭素や廃棄物の排出量、騒音の発生状況など、事業活動に伴う環境への負荷の度合いや、企業としての環境問題への対策、環境保全の取組みなどをまとめた報告書。
サステナビリティ・レポート : 環境・社会・ガバナンスというESGを軸とした企業の持続性(サステナビリティ)を高めるための取組みなどをまとめた報告書。「企業の社会的責任や規範」を軸とする従来のCSR(corporate social responsibility)レポートの進化版と言える。

 ただ、「非財務情報」の意味するところについては、企業と投資家の間で認識のギャップが見られる。

 企業は非財務情報を・・・

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2015/12/07 投資家にとっての「非財務情報」(会員限定)

 近年、投資家の間では企業分析における「非財務情報」の重要性が強く意識され、企業に対しその開示を求める声も高まっている。こうした流れを受け、企業側も、有価証券報告書やアニュアルレポートといった財務情報の他に、環境報告書、CSR報告書、サステナビリティ・レポートといった名称の非財務情報を提供するケースが増えている。

環境報告書 : 二酸化炭素や廃棄物の排出量、騒音の発生状況など、事業活動に伴う環境への負荷の度合いや、企業としての環境問題への対策、環境保全の取組みなどをまとめた報告書。
サステナビリティ・レポート : 環境・社会・ガバナンスというESGを軸とした企業の持続性(サステナビリティ)を高めるための取組みなどをまとめた報告書。「企業の社会的責任や規範」を軸とする従来のCSR(corporate social responsibility)レポートの進化版と言える。

 ただ、「非財務情報」の意味するところについては、企業と投資家の間で認識のギャップが見られる。

 企業は非財務情報を「財務情報に含まれない情報」ととらえる傾向が強い。確かに、非財務情報の代表格であるESGの構成要素である「環境」「社会」「コーポレートガバナンス」は、一見すると財務情報とは全くの別物に見える。これに対し、投資家は非財務情報を財務情報の一部ととらえている。投資家が「現在の財務情報」を重視するのは言うまでもないが、投資家にとってより重要なのは、将来の(企業の)利益やキャッシュフローである。しかし、現在の財務情報のみからこれらを予測することは難しい。これを予測するための重要な手掛かりとなるのが、非財務情報だ。

 例えば、サステナビリティ・レポートにより明らかにされた水資源の情報は、企業の将来の生産能力と結びつく。製品によっては、十分な水資源へのアクセスができない限り、生産能力の拡大は不可能となる。また、サプライチェーンの管理も将来の収益を左右する。例えば、自社製品の原材料を供給するサプライヤーにおいて違法な労働が行われていた場合、サプライヤーのみならず、自社にもネガティブな風評をもたらし、製品の売上げに甚大な影響をもたらす可能性がある。すなわち、投資家にとって、非財務情報は「将来の財務情報」と言えるのである。

 このように、非財務情報は財務情報と切り離されて評価されるものではなく、あくまで 両者は“補完関係”にある。その意味で、財務情報と非財務情報を一体的に報告する「統合レポート」の出現は自然な流れであり、企業のディスクロージャー方法は統合レポートへと向かわざるを得ないだろう。

2015/12/04 株主代表訴訟を巡る誤解

 企業のガバナンス、コンプライアンス体制のあり方を考えるうえで、今年最大級の“教訓的事案”となってしまった東芝の不適切会計事件。11月7日には、東芝が自ら設置した「役員責任調査委員会」の報告書 (以下「調査報告書」という)を受け、会社として、元社長3名を含む5名の元役員に対し、3億円の損害賠償請求を求め責任追及の訴えを提起するに至った。この訴訟は、既に株主から受けていた現旧役員に対する提訴請求(一定期間内に会社が応じない場合は、株主が「代表訴訟」を提起することができるようになる)への応答という側面が強いとはいえ、日本有数の大企業で、「会社対元役員」という構図の訴訟が提起されること自体が極めて異例であり、本件がそれだけ深刻な問題だったということを改めて感じさせられる。

 ただ、今回の会社の訴訟提起に対しては、対象が5名の「元役員」に限られることや、請求額が3億円にとどまっていることから、「責任追及の程度が甘いのではないか」という批判が少なくない。特に株価の下落で損害を被った個人投資家にあっては、「これだけの規模の不適切会計をしておきながら、『3億円』の損害賠償請求では甘すぎる」という思いが強いようであり、SNS上では、「株主代表訴訟によって、より踏み込んだ責任追及を行うべき」という書き込みをよく見かける。しかし、このような意見には、「株主代表訴訟」の本質に対するいくつかの誤解があるように思われる。

 まず、・・・

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2015/12/04 株主代表訴訟を巡る誤解(会員限定)

 企業のガバナンス、コンプライアンス体制のあり方を考えるうえで、今年最大級の“教訓的事案”となってしまった東芝の不適切会計事件。11月7日には、東芝が自ら設置した「役員責任調査委員会」の報告書 (以下「調査報告書」という)を受け、会社として、元社長3名を含む5名の元役員に対し、3億円の損害賠償請求を求め責任追及の訴えを提起するに至った。この訴訟は、既に株主から受けていた現旧役員に対する提訴請求(一定期間内に会社が応じない場合は、株主が「代表訴訟」を提起することができるようになる)への応答という側面が強いとはいえ、日本有数の大企業で、「会社対元役員」という構図の訴訟が提起されること自体が極めて異例であり、本件がそれだけ深刻な問題だったということを改めて感じさせられる。

 ただ、今回の会社の訴訟提起に対しては、対象が5名の「元役員」に限られることや、請求額が3億円にとどまっていることから、「責任追及の程度が甘いのではないか」という批判が少なくない。特に株価の下落で損害を被った個人投資家にあっては、「これだけの規模の不適切会計をしておきながら、『3億円』の損害賠償請求では甘すぎる」という思いが強いようであり、SNS上では、「株主代表訴訟によって、より踏み込んだ責任追及を行うべき」という書き込みをよく見かける。しかし、このような意見には、「株主代表訴訟」の本質に対するいくつかの誤解があるように思われる。

 まず、訴訟を提起するのが「会社」であるか「株主」であるかにかかわらず、「会社の役員に対する責任追及の訴え」において請求されるのは「会社」に生じた損害であって、株主のような社外のステークホルダーに生じた損害は、この訴えの直接の対象にはならない(もちろん、有価証券報告書への虚偽記載を理由に、投資家が会社やその役員に対して損害賠償請求訴訟を起こすことはできるが、それは「株主代表訴訟」とは全く別の話である)。

 また、会社が法令違反を犯したからと言って、全ての役員が責任を問われるわけではない。責任追及の訴えの対象となる役員は、あくまで「任務を怠った(=任務懈怠のある)」者に限られる。東芝では「指名委員会等設置会社」というガバナンス体制が採用されており、業務執行とその監視・監督の役割が明確に分離されていることを考慮すると、「会計処理」という極めて技術的な業務執行マターの事項について任務懈怠の責めを負う者は、おのずと限られてくるはずだ。

 さらに、訴えられた役員が損害賠償責任を負うのは、自らの任務懈怠と因果関係のある損害のうち「社会通念上相当と言える範囲」に限られるというのが、会社法の大原則である。調査報告書でも指摘されているが、そもそも本件で問題となっている「不適切な会計処理(=公正な会計慣行に違反した会計処理)」は、行為それ自体から直ちに具体的な損害を生じさせるものではない(この点、会社資金の着服費消等、行為が具体的な損害に直結する事例とは大きく異なる)。「不適切会計処理」に起因する派生損害についても、「過年度決算修正のために会計専門家に支払った報酬」といった明白な損害を除けば、会社が被った「信用毀損」等、具体的な金額を算定することが難しいものが多い。今後、有価証券報告書等の虚偽記載に関して罰金や課徴金の支払いが命じられれば、その分が請求額に上乗せされることは十分考えられるが、提訴段階では、まだそのような処分が具体的になされていない以上、「不適切会計処理」の規模に照らして請求額が小さな数字に留まったとしても、それを「不合理」と断じることは難しいだろう。

 東芝を巡っては、11月に入って米国子会社の減損処理をめぐる適時開示義務違反の問題が顕在化したほか、7月20日に公表された第三者委員会の報告書に対して、「第三者委員会報告書格付け委員会 」がかなり手厳しい評価を下すなど、未だ逆風がやむ気配はない。しかし、法的な責任追及を検討する場面において、イメージ先行で“魔女狩り”的な訴訟が引き起こされてしまうのは、健全なこととは言えないだろう。その意味で、東芝のガバナンス体制や、任務懈怠の性質も踏まえつつ、会社による元役員への責任追及の範囲に一定の線引きを行おうとした調査報告書の考え方には、見るべきものが多いように思われる。

 社会の耳目を引いた事件だけに、今後も役員や会社に対する様々な責任追及の動きが出てくることが予想されるところだが、当フォーラムとしては冷静な視点で一連の動きをフォローしていきたい。