難航していたTPP協定(環太平洋パートナーシップ協定)締結協議が大筋合意に達してから約1か月経ち、長い間ベールに包まれていた協定内容の概要がようやく先日(平成27年11月5日)公表された(環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要)。巷のTPPに関する話題は、農産品や工業製品の関税撤廃や、著作権に関する新たなルール(保護期間の延長、著作権者の告訴がなくても違反があれば取り締まれるようになる)の導入等、一部のテーマに集中しがちだが、全30章にわたる協定の中には、日本企業の経営に影響を及ぼす内容が含まれているのでチェックしておきたい。その一つが、「競争政策」の章に盛り込まれた「競争当局に対し、違反の疑いについて、当該競争当局とその執行の活動の対象となるものとの間の合意により自主的に解決する権限を与えること」との一節だ。
我が国において競争政策を所管しているのは公正取引委員会(以下、「公取委」)であり、公取委は独占禁止法の執行を通じて、公正かつ自由な競争を促進するという役割を担っている。公共入札を巡る談合に対して厳しい処分を下したり、大型企業再編に際して問題解消のために必要な措置(例えば、大手小売業同士の合併により寡占状態となる地域における店舗の一部売却)を取るように命じたりするなど、近年は、公取委の活動が新聞の見出しを飾ることも珍しくない。
しかし、そのような華やかな成果の裏で、公取委の法執行手続に関するルールは、ここ数年の間に大きな紆余曲折を辿ってきた。
元々、公取委が企業の行為を独占禁止法違反と認定した場合の処分は、「審判」という裁判に準じた手続を“事前に”経た上で行うのが原則だった。しかし、「違反行為を早期にやめさせるべき」という意見を背景として平成17年には法改正が行われ、公取委は、違法行為を認定後、直ちに処分を行うことができるようになった。この結果、処分を受けた企業は、“処分後に”公取委が行う審判手続で争い、そこで主張が認められなければさらに裁判所で争って勝たない限り処分を覆すことができない、という立場に置かれることになってしまった。
当然ながら企業としては面白くない。平成17年の法改正からさほど時間が経たないうちに、産業界を中心にこのルールに対する批判が相次ぐようになる。そして、平成25年の法改正(平成27年4月施行)によって、今度は公取委自身が審判手続を行うことが認められなくなり、処分に不服がある企業は、直ちに裁判所で公取委の判断の妥当性を争うことができるようになったのである。
このような微妙なタイミングで、冒頭で紹介した「競争当局に対する自主的解決権限の付与」という項目がTPP協定に盛り込まれた。平成25年の法改正により、処分を行っても、裁判所で取り消されるリスクが従来よりも高まっている公取委にとって、あえて「処分」を行わずに、企業の“自主的な解決”によって問題を解消させることができるこのルールは非常に魅力的なものに映るはずだ。
一方の企業側にとっても、公取委の処分により一度でも「違法」というレッテルを張られることは極力避けたいところであり、また、汚名を晴らすために裁判所で争えば多くの時間と費用を要することになることを考えれば、処分を受けることなく“自主的”に問題解消措置を取る機会が与えられる、というこのルールは悪い話ではないだろう。
政府は、この合意項目を「法律改正の検討を要する事項」としており、既に同種のルールが導入されているEU等での制度設計も参考にしながら、国内での法制化を検討していくことになる。早ければ2016年の通常国会に独占禁止法改正案が提出されることになりそうだ。
一方的に行われることが多い「行政処分」や「行政指導」に慣れ親しんだ日本人や日本企業にとって、「規制官庁との『合意』により、規制を受ける者が自主的に問題を解消する」というルールは斬新であるがゆえ、今後の検討も一筋縄では進まないかもしれない。しかし、このルールは、これまで公取委に対して「言われるがまま従う」か「処分を争って徹底的に対立する」かという“極端な対応”に終始することが多かった企業側が、独禁法リスクに直面した際の対応を見直す大きな転機となる可能性を秘めるだけに、制度化に向けた今後の動向が注目される。