機関投資家の投資哲学やレベルは様々
時価総額の増加に伴い、企業価値も着実に高まっていることでしょう。当然、機関投資家もそのような会社には興味を持ちますので、自らアポイントをとる前に機関投資家側からアプローチを受けることも十分あり得ます。しかしながら、IRは「受け身」ではなく、自ら積極的にアプローチし戦略的に行うことが重要であるだけに、自社から機関投資家にアポイントをとろうという姿勢は評価されるべきものです。
機関投資家にアポイントを入れるためにまず必要になるのが、機関投資家のリストです。日本投資顧問業協会や投資信託協会の会員名簿はこのリストになり得ますが、主要な機関投資家は2014年2月から実施されているスチュワードシップ・コードの受入れを表明しており、そのリストが金融庁のHPに掲載されています(スチュワードシップ・コードの受入れを表明した機関投資家のリストはこちら)。そこには、機関投資家名だけでなく、各機関投資家が公表したスチュワードシップ・コードの“受入表明文”へのリンクも記載されています。受入表明文には、運用に対する考え方(投資哲学など)、議決権行使の方針などが示されていますが、これを見れば分かるように、機関投資家の運用哲学は様々であり、レベルにも大きな差があります。したがって、1on1ミーティング臨む前に、まずはスチュワードシップの受入れを表明している機関投資家の受入表明文を読んで、各機関投資家の考え方を大まかに理解しておく必要があります。
自社にとって重要と感じた機関投資家には直接連絡を
もっとも、リストに掲載されている機関投資家のうちどこが自社に興味を持つか(あるいは、既に持っているか)はなかなか分からないものです。その場合、証券会社やIR支援会社に依頼して、ミーティングの候補となる機関投資家を探してもらうとよいでしょう。むしろ、最初は自らアプローチするよりも、そうする方が一般的です。IR担当取締役としては、複数の機関投資家と幅広くミーティングの場を持ちながら、建設的な意見交換ができる自社にとって“良きパートナー”となる機関投資家を見つけていくことが大切です。
機関投資家への最初のアポイントは証券会社やIR支援会社に設定してもらったとしても、その後は自社から機関投資家に直接連絡する場面が増えてきます。むしろ、自社にとって「重要」と感じた機関投資家に対しては直接連絡するべきです。ただ、ここで問題になるのが、機関投資家は極めて多忙な毎日を送っているため、連絡をとること自体、容易ではないということです。企業取材で席を外していることも多いため、電話はつながりにくいと考えておいた方がよいでしょう。メールも毎日数百件は受けているのが普通ですが、最近は社外でメールを見ることが可能となっているため、電話でつかまらなければ、メールでフォローアップしておきたいところです。
資料のボリュームと記載内容
資料のボリュームは会社の事業内容によっても異なりますが、あまり細かすぎる資料を作成する必要はありません。初めてのミーティングとなると、会社側から説明をすることも多いと思いますが、その説明時間を除いても、ミーティングの中で30分以上の質疑応答時間がとれるような分量を意識するとよいでしょう。
ミーティング時間は、海外投資家の場合は1時間、国内投資家の場合は1時間から1時間半というのが一般的です。国内投資家のミーティング時間が長いのは、足下の業績などに関する質問や説明が多いのが原因です。このやり取りがない海外投資家が1時間を費やしていることからすると、長期的な企業価値を投資家に理解してもらうためには、少なくとも「1時間」は必要だということです。同時に、海外投資家に要する1時間の内容がしっかり含まれるミーティングにすることが重要です。
機関投資家が理解したいのは、「会社は長期的にどのような方向に進んでいくのか」「長期的な目標は何か」ということです。機関投資家はそれらに対しコミットを求めているわけではありません。あくまで「方向性」を知りたいのです。詳細な事業説明と短期的な業績予想が中心となっている資料をよく見受けますが、会社の長期的なパートナーになろうという機関投資家の関心事は文字通り会社の「長期的なイメージ」にあることを理解したうえで、資料を作成することが重要です。
1on1ミーティングで投資家が聞きたい情報とは?
1on1という相手との距離の近さと、機関投資家にアピールしたい気持ちから、IR担当取締役としてはできるだけ価値のある情報を伝えたいと思うかも知れません。だからと言って、未公表の情報を伝えるのはNGです。未公表の情報は「インサイダー情報」に該当しますので、それを聞いた機関投資家はその会社の株式を売買をすることができなくなってしまいます。機関投資家からすると、自由に売買できたはずの銘柄の売買できなくなるという著しく不利な立場に置かれるわけですから、そもそも機関投資家がそのような情報を求めることは基本的にありません。
機関投資家が必要としている情報は、既に公表されている財務情報などを「より深く理解するための情報」です。機関投資家は長期的な情報に基づいて企業価値を評価するため、公表されている財務情報が一過性の要因によるものではなく、「長期にわたって持続的なものであるかどうか」に注目しています。この点を的確に伝えるためには、財務情報の背景といった「非財務情報」を会社側で整理し、これらと財務情報を関連付けて説明することが必要になります。
要するに、機関投資家との1on1ミーティングは、公表済みの情報を伝えるのではなく、その持続性に対する“ヒント”を与え、ディスカッションする場と考えるとよいでしょう。レベルの高い投資家は様々なケーススタディーを持っており、それに基づいて質問を行います。それに答えていくことは、新たな事業戦略を考えるうえで、会社にとっても有意義なはずです。長期視点の投資家の関心事と経営者の関心事は基本的に同じです。逆に言うと、そのようなディスカッションができる機関投資家はどこなのかを把握し、そこと定期的なディスカッションを行うことは、経営上も極めて重要と言えます。
機関投資家に「投資したい」と思わせるには?
会社が機関投資家に対して「少しでも良く見せたい」と考える気持ちは理解できます。しかし、資本市場のルールでは、機関投資家とのミーティングでありのままの会社の姿を伝え、それに納得をしてもらったうえで投資をしてもらうというのが基本であり、「特別な見せ方をして投資を促す」という姿勢は間違っています。
“見せ方”にこだわるよりも、長期的な企業価値に基づいて投資を行う投資家の「視点」を理解しておくことの方が重要です。欧米の優れた経営者は、投資家からの何気ない質問に対しても、投資家が使っている企業価値モデルにおけるインプット項目を意識した回答を返してきます。これは欧米の経営者がMBAなどでDCF(ディスカウント・キャッシュフロー・モデル)に基づく企業価値の考え方を叩きこまれているためです。投資家からの質問に対し、普段社内で話している内容をそのまま伝えるのではなく、投資家の質問の意図がどこにあるのをか汲み取ったうえで回答すると、投資家からは「自分達と同じ尺度で物事を考えている会社だ」と評価され、投資に繋がりやすくなります。
それにはある程度のファイナンス理論を理解する必要がありますが、決して学術的レベルに踏み込む必要はなく、あくまで大雑把な考え方を理解するだけで十分です。機関投資家とのミーティングに臨む前に、機関投資家の企業価値評価のベースとなる考え方を理解しておくことは、ミーティングを円滑に進める助けとなるでしょう。