2024/12/23 セブン&アイの“究極の買収防衛策”、「進むも地獄、退くも地獄」に(会員限定)

2024年8月に、カナダのコンビニエンスストア大手、アリマンタシォン・クシュタール(以下、アリマンタシォン)から提案を受けて幕を開けたセブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)の買収劇。日本史上最大規模のM&Aが激しさを増している。

当初、アリマンタシォンは1株14.86ドル、当時の為替レートで換算すると総額6兆円規模でセブン&アイの全株式を取得するとしていたが、セブン&アイは、買収提案を受けた直後に立ち上げた、取締役会議長のスティーブン・ヘイズ・デイカス氏を委員長とする独立社外取締役だけで構成される「特別委員会」の議論を踏まえ、9月には「企業価値を『著しく』過小評価している」などとする書簡を送付。それを受けてアリマンタシォンは10月、1株18.19ドル(約2700円)、買収総額を7兆円規模に引き上げる再提案を行った。

現時点では、アリマンタシォンは「友好的なアプローチをしていく」とし、同意なき買収については否定しているが、この言葉をそのまま受け取る向きは少ない。過去2度にわたって買収を打診しており、3度目となる今回は年金基金などスポンサーの同意も取り付けての買収提案とあって「今回は本気で買収しにきている」(セブン&アイ関係者)ことが見えるからだ。それだけにセブン&アイ側の危機感も強く、“実質的な”買収防衛策を相次いで打ち出している。

その1つが、非コンビニ事業の売却だ。セブン&アイは10月10日、スーパーのイトーヨーカ堂とヨークベニマルのほか、ファミリーレストラン「デニーズ」を運営するセブン&アイ・フードシステムズ、生活雑貨のロフトといったコンビニ以外の小売り・外食など計31社のグループ会社を束ねる中間持株会社「ヨーク・ホールディングス」を設立、同社に対してセブン&アイが直接又は間接保有するこれらのグループ会社の株式の全てを移管し、集約する方針を打ち出した(セブン&アイのリリースはこちら)。

もっとも、これは従来からサードポイントやバリューアクト・キャピタルといったアクティビスト(物言う株主)が求め続けていた要求そのもの。アクティビストらは、不採算事業を切り離しコンビニ専業になれば企業価値が向上し、株価も上昇すると訴えてきた。これに対しセブン&アイは、セブン‐イレブンの商品開発にイトーヨーカ堂が必要であることを理由として、アクティビストが要求するイトーヨーカ堂の切り離しに断固として反対してきた。セブン&アイが挙げた理由を全否定するわけではないが、実際のところ、井阪隆一氏がセブン&アイの社長に就任した際に創業家の後押しがあったことも、イトーヨーカ堂の切り離しに反対していた大きな理由と言えるだろう。創業家は祖業であるイトーヨーカ堂の切り離しに反対しており、イトーヨーカ堂を切れば、恩を仇で返す形になりかねないからだ。

しかし、アリマンタシォンからの買収提案を受けて尻に火が付いたセブン&アイは、なりふり構っていられなくなった。そこで、アクティビストから嚙みつかれた際やイトーヨーカ堂売却に関する報道が出た際に株価が上がったことに目を付け、前言を翻す策に打って出たわけだ。

さらに、アリマンタシォンが買収金額を引き上げた直後の10月24日、セブン&アイは投資家向けの「IRデー」を開催(当日のプレゼン資料はこちら)、その冒頭で井阪隆一社長は、セブン‐イレブンの店舗数を2030年度には世界30の国と地域で10万店まで増やし(2024年2月末現在では20カ国・地域で 84,652店)、グループ売上高を30兆円にするという目標値を初めて公表した。2024年2月期のグループ売上高が17兆7899億円であることからすると、2030年度までにこれを10兆円以上も増やすというのは、かなりアグレッシブな計画と言える。これまた、株価を引き上げることによる「買収防衛策」と見られている。

ただ、いずれの買収防衛策に対しても株価は反応しなかった。これは、足下で国内外のコンビニ事業が戦略ミスで不振に陥り、2024年度の中間決算が惨憺たる結果に終わっていたからだ。市場からは「株価浮揚を目指した“口先介入”」(投資家)との声も上がっていたほど、市場の受け止め方は冷ややかだった。

本来であれば、これらの戦略はコングロマリット・ディスカウントの解消という観点からは間違いではない。セブン&アイは、コンビニ事業が他の不採算事業を支えている構造で、コンビニ専業になった方が企業価値が向上するのは明らかだからだ。これに対し株式市場が反応しなかったのは、不採算事業の切り離しについては既に株価に織り込み済みであり、また、グループ売上高30兆円という目標については「大風呂敷に過ぎず、信じていない」(市場関係者)と捉えられたため。換言すれば、株式市場はセブン&アイの“真の目的”を見透かしていたということである。

相次いで打ち出した買収防衛策が大した効果を生まなかったことに危機感を強めたセブン&アイは11月13日、ついに究極とも言える買収防衛策を発表した。それは創業家の資産管理会社である伊藤興業を中心に設立した特別目的会社(SPC)がセブン&アイの株式を買い取り、非公開化するというもの。つまりMBO(経営者による買収)だ(セブン&アイのリリースはこちら)。

株式を非公開化してしまえば、買収提案などに悩まされることもないし、自由な経営を行うことができる。形としては創業家がセブン&アイに買収提案したことになっているが、セブン&アイの経営陣との話し合いなしに、創業家がそのような提案を行うとは信じ難い。実際にはセブン&アイの経営陣が関与したうえで辿り着いた究極の買収防衛策であることは疑いようがない。

敵対的買収者が一定の議決権割合を取得した場合に時価以下で行使できる新株予約権を平時に発行して信託銀行に預けておき、買収者以外の株主に大量の新株を発行することで買収者の持株比率を低下させる「信託型ライツプラン」や、買収者に対して逆に買収をかける「パックマン・ディフェンス」、自ら会社や資産を売却したり、あえて多額の負債を負ったりすることで企業価値を下げ、買収の意欲を削ぐ「スコーチド・アース」といった“奇策”ともいえる買収防衛策については、経営者が自らの立場を守るために買収防衛策を導入しているのではないかとの批判もあり、最近では廃止したり見直したりするケースが多い。そのため、セブン&アイもこうした奇策に打って出るわけにはいかなかった。とはいえ、MBOのためには7兆円とも8兆円とも言われる巨額の資金が必要になる。創業家は現在その金策に奔走しているが、金額が巨額なだけに交渉は難航しているようだ。たとえ金策が上手くいってMBOが成功したとしても、SPCとの合併等を通じ、セブン&アイの資産やキャッシュフローを利用して借入金の返済が行われることになるだけに、副作用は計り知れない。

セブン&アイとアリマンタシォンのバトルは越年しそうだが、果たして究極の買収防衛策は成功するのか。仮に成功したとしても、セブン&アイにとっては「進むも地獄、退くも地獄」となりそうだ。

2024/12/20 【失敗学第126回】nmsホールディングスの事例(会員限定)

概要

グループで製造派遣・請負等を営むnmsホールディングス(東証スタンダード市場に上場)において、代表取締役社長小野氏(以下、小野社長)による会社の私物化(ⅰ飲食の相手方をごまかして会社の経費で知人女性等と飲食を行っていた、ⅱ社有車を知人女性や家族の送迎に利用させていた、ⅲ社宅に知人女性を住まわせていた等)が発覚した。

経緯

nmsホールディングスが2024年12月16日に公表した「特別調査委員会の調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

2024年
8月:nmsホールディングスの会計監査人の有限責任あずさ監査法人が、小野社長の金銭私的流用に関する情報を入手したとして、同社の監査等委員会に対して社内調査を行うよう要請を行う。
10月21日:nmsホールディングスの取締役会において、社外取締役および外部弁護士により構成される特別調査委員会の設置および本件の調査の委嘱が決議される(リリースはこちら)。
11月11日:nmsホールディングスの取締役会は、「業務執行の機動性確保」を理由に河野常務取締役を代表取締役に追加で選定する(小野社長の代表権および社長は維持)。
12月13日:特別調査委員会がnmsホールディングスに調査報告書を提出する。
12月16日:nmsホールディングスが特別調査委員会の調査報告書を公表する。
12月19日:小野社長が会社に同日をもって代表を辞任する旨の届出を提出する(取締役としての地位は存続)。
12月20日:nmsホールディングスの取締役会が代表取締役常務を代表取締役社長に選定するとともに、小野取締役の同社取締役の辞任勧告およびグループ会社取締役の解任を決議する(リリースはこちら)。

内容・原因・再発防止策

nmsホールディングスが2024年12月16日に公表した「特別調査委員会の調査報告書」によると、本件不正の内容、原因および再発防止策は次のとおりとされている。

小野社長による会社の私物化
内容 知人女性との飲食費の不正精算
nmsホールディングスの小野社長は知人女性との飲食費を不正に会社に請求し精算していた。中には宿泊を伴う飲食も数多く認められた。請求にあたっては社内のフォーマットである「飲食代報告書」に虚偽の相手名を記載して精算していた。小野社長は飲食代報告書記載の飲食の相手方について、実際の飲食の相手方とは異なる人物名を記載して経費申請を行うことが多数回あったことを認めており、特別調査委員会の調査に際して「実際の相手方の一部は、政治家、取引先から接待を受けることを禁じられている顧客や、情報収集目的で会う同業者であり、いずれの会食も業務上有益なものであった。」と回答しているものの、特別調査委員会には会食をしたという政治家、顧客及び同業者の名前を明かすことを拒んだため、真偽の確認ができていない。なお、本件調査の過程で、小野社長の主張を裏付けるような客観的な資料は見当たらなかった。

社用車の私的利用
nmsホールディングスの車両管理規定には、社用車の利用目的に関して、「いかなる理由があろうとも、業務目的以外での使用は認めない。」(同規定12条)との定めがあるにもかかわらず、小野社長は知人女性との飲食のための送迎等の私的目的のために運転手付き社用車をたびたび使用していた(運転手のメモや社用車に装備されているETC利用履歴で裏付けが取れた)。業務の予定がない長期休暇中や週末の私的利用もあった。また、小野社長の親族が社用車を私的利用することもあった。

クラシックカーの購入
小野社長の要請で「1960年製メルセデスベンツSクラス W189アデナウアー1台」が社用車として1200万円で購入された(購入に先立ちnmsホールディングスの取締役会は承認済み)。アデナウアーはnmsホールディングスの本社駐車場に駐車してあり、小野社長が海外から招いた客の送迎に使われたことが数回あるものの、多くは小野社長の送迎か、暖機運転等にしか使われていなかった。

社宅に知人女性を住まわせていた
小野社長は「職務負担の増加、睡眠時間確保、健康の維持管理」を理由に、会社に広尾(東京都港区)の物件を役員用社宅として賃借させたうえ(取締役会の承認済み)、会社に無断で知人女性を約2年間居住させていた。その後、社宅は代官山に移り(代官山の社宅の賃借は取締役会の承認を受けていない)、代官山の社宅には知人女性を約4年間居住させていた。nmsホールディングスの役員社宅内規では、役員社宅の入居資格について、「役員社宅の入居資格者は、当社の役員規程に定める役員とし、職務繁忙等により健康の維持管理が困難と判断される者または、その他当社が特に必要があると認めた者について、取締役会の決議により設置するものとする。」と定められており、これに反する行為であった。

原因 1 代表取締役社長の接待交際の聖域化
小野社長は、接待交際時の飲食店の予約や関係者との日程調整等の手配等は、秘書等に任せず、自らが行っていた。
また、社用車の運転手は業務日報を作成して社内で報告することを求められていなかった(個人的には小野社長の指示に従い運行した記録をパソコンや手帳に書き記していた)。しかも、小野社長は、運転手に対し、小野社長のスケジュールを「他の人に話す必要はない、いちいち秘書を含めて会社に報告する必要はない」などと言って、小野社長の社用車の利用状況を口外しないよう指示していた。
その結果、小野社長の接待交際を含む行動がブラックボックス化し、部下らの目に触れることがなかった。
2 小野社長の持株比率の高さとトップ在任期間の長さがもたらす錯覚
小野社長は、2024年3月31日現在で、nmsホールディングスの株式を23.41%保有する大株主であり、20年以上同社のトップに君臨し続けている。他方で、小野社長と同等に社歴の古い幹部らは、小野社長から成果が出ていないなどと責められるなどして退職していった。その結果、小野社長は社内で絶対的な存在になったために、上場会社であるにもかかわらずあたかも「自分の会社」であるかのような錯覚に陥り、公私混同の振舞いをするようになったものと思われる。
3 コンプライアンス意識の低さと公器としての自覚の欠如
nmsホールディングスの稟議規程等の社内ルール上、1万円を超える交際費は、事前申請をする必要があった。しかし、小野社長は、社長は事前申請をする必要がないものと思い込み、稟議規程の改訂等の機会に自身のやり方を、見直すこともなかった。
日頃経費の使い方について従業員らには厳しく指導する一方で、自身については甘い判断をするということが、社内外の納得を得られるのかといった意味での自省心も希薄であり、会社が、小野社長以外の一般株主や、小野社長以外の役員や従業員、顧客や取引先、地域社会等も含むステークホルダーとの関係で成り立つ社会の公器であるとの意識が不足していた。
4 役員、従業員等の心理的安全性の欠如
役員や従業員の中には、日頃の職場における小野社長の執務態度等に照らし、小野氏の会社経費の使い方に疑問を持つ者が少なからずいたが、それを問いただしたり指摘したりすれば、職場における身の安全が脅かされると恐れて、誰も表立って指摘することはできなかった。そのようにnmsホールディングスにおいていわゆる心理的安全性が欠如するに至った要因となっていたのは、他の役員や従業員らが、小野社長は気に入らない人物を激しく攻撃して退職に追い込み、場合によっては退職後も執拗に攻撃を続ける人物だと思い、恐れを抱いていたことである。実際に、小野社長は、小野社長に対して批判的な進言をしたことで激怒されたり、責任を追及されたり、部下の前で叱責や罵倒をされたりし、退職に至った従業員に対して、部下に指示して民事訴訟を提起し、最高裁判所でnmsの敗訴が確定するまで訴訟を継続させていた。また、nmsホールディングスの役員や従業員はnmsと同じフロアで勤務していることから、このような状況を見聞きしたり、社長室や会議室から漏れ聞こえる小野社長の叱責を直接耳にしたり、小野社長に叱責された幹部が涙を流して社長室から出てくるのを見たりする機会があった。そして、これらの状況を見聞きすることにより、役職員の間には、小野社長は、たとえ長い付き合いのある間柄であっても、気に入らないことがあれば退社に追い込み、民事訴訟を提起したりして、相手を執拗に追い詰める傾向があるとの認識や、小野社長の標的になれば退職に追い込まれるとの恐れが広がっていた。その結果、小野社長の機嫌を損ねないように対応するほかないという風潮が蔓延し、小野社長のワンマン化が進んだ。
5 接待交際費の検証機会がなかったこと
月次の業績報告においては、nmsホールディングスの接待交際費は「その他」の経費に含まれ、接待交際費の実績は見えない状態になっていた。
6 他の社内取締役の対応と限界
ア 河野氏
河野氏は、nmsホールディングスのコーポレート本部長であるとともに、2018年6月からは取締役に就任し、2020年5月からは常務取締役である。
河野氏は、特別調査委員会の調査にあたり、「飲食代報告書の内容について、接待相手として同じ人物の名前が高い頻度で出てきたり、業務上の関連性が想定しにくい接待相手が記載されたりしている場合等に、疑問を感じたことはあったが、以前、小野社長から、小野氏の考えでやっていることに口を出すなと言われたことから、問い詰めたりすれば咎められて退職に追い込まれると恐れ、部下を守るためにも躊躇せざるを得なかった」旨述べている。
他方で、河野氏は、社外取締役監査等委員に対し、2か月に一度行われるヒアリングの機会や取締役会前後の会話、電話等で、河野氏が反対の意見を持っていても社内では小野社長を止めることができない事柄について相談し、取締役会の審議・決議事項に上げたり、小野社長の行状について相談したりしていた。
河野氏のそのような対応が奏功し、nmsを含めて取締役会での議論を経て小野氏に牽制を利かせることができた議案もあった。
イ 松本氏
松本氏は、最も小野社長が経営に関与する度合いの大きいnms(子会社)の代表取締役であり、nmsホールディングスと同じフロアで、小野社長のいる社長室から最も近い島で執務していることから、日頃から小野社長の影響を強く受けていた。松本氏は、小野氏の意向を拒否することがほとんどなく、小野社長の機嫌を損ねてはいけないという思いで小野社長の要望を受け止めており、小野社長に牽制を利かせることはできなかった。
7 役員の接待交際に関する事前申請ルールの不明瞭
nmsホールディングスの接待交際費に関する社内ルールは、代表取締役を含む役員が申請する場合に自己承認とならないよう審査者や承認者を特別に変更するといった取決めがない上、そもそもそれ以外の経費と一緒に規定されているために接待交際費の現実的な金額感にはそぐわない金額区分になっていることから、役員の接待交際に事前申請が必要であることが理解しづらくなっていた。
代表取締役を含む役員の事前申請の審査者や決裁者を特別に設定し、役員も事前申請が必要であることをより明確に示していれば、小野社長に対し多少なりとも牽制になった可能性がある。
8 内部通報制度の不備
nmsホールディングスでは内部通報制度を導入していたが、外部の受付窓口は設置されていなかった。
9 取締役会における社外取締役による牽制の限界
nmsホールディングスには、複数の社外取締役がおり、小野社長が利用する社用車としてメルセデス・マイバッハを購入したいとの議案については小野社長以外の取締役ら全員が明確な反対はしないものの消極的な意見を示したことで結果的に小野社長が議案を取り下げたということがあり、取締役会の俎上となった議案に対しては牽制を利かせていたと認められるが、そもそも小野社長の日常的な接待交際費について取締役会の決裁にかける機会はなく、取締役会による牽制には限界があった。
10 内部監査計画における役員経費の除外
nmsホールディングスの内部監査は、子会社である事業会社のみを対象としており、nmsホールディングスを監査対象としたことはなかった。もっとも、内部監査でnmsホールディングスの接待交際費を含めた経費を監査対象にしようとしても、そもそも、内部監査室は代表取締役の直轄組織であり、内部監査計画は社長の承認を得なければならないと規定されていることからすると、そのような監査計画を小野社長自身が了承することは期待できないことから、現実問題としては、内部監査で本件を発見することは困難であった。
再発防止策 1 小野社長の影響力を排除ないし減殺する体制変更
小野社長は、特別調査委員会によるヒアリングにおいても、自己正当化を図るばかりで真摯な反省態度は見られなかった。かかる小野社長の態度を見ると、小野社長がnmsホールディングスの代表取締役社長として社内に影響力を保持している限り、他の役員や従業員らは小野社長の機嫌を取らざるを得ず、適切な牽制ができずに、同じことが繰り返されるおそれが大きい。したがって、再発防止のためには、小野社長の影響力を排除、あるいは減殺するために、経営体制の刷新も視野に入れた施策の実施を検討すべきである。
2 グループ会社からの情報伝達を促進するための体制変更
持株会社であるnmsホールディングスにおいて、必要な情報を把握できるように、主要事業会社の代表者をnmsホールディングスの取締役とすることに加え、事業部長クラスの人材を数名、nmsホールディングスの執行役員として任命し、nmsホールディングスの取締役会に陪席させることなどの施策を講じることにより、グループ会社からの情報伝達を促進し、nmsホールディングスの取締役会で議案を協議するための情報の抜け、漏れを防ぐ施策の導入を検討すべきである。
3 社外役員の増員ならびに指名・報酬委員会の設置
社外役員を増員し、取締役会の過半数を社外役員で構成することや、任意の指名委員会や報酬委員会を設置することも有用である。nmsホールディングスや子会社の幹部人事を小野社長が事実上握る状態を是正し、取締役や幹部の異動の理由や報酬の変更等について社外取締役に関与させ、指名や報酬決定についての独立性・客観性と説明責任を強化するとともに、プロセスの安定性を図ることも検討する必要がある。また、特にnmsホールディングスが東証スタンダード市場に上場する公器であることからすれば、nmsホールディングスの取締役の選任の基準としては、人格や倫理観といった面もより重視する必要がある。
4 役員に対する倫理研修の実施
本件の原因は小野社長の個人的な資質が大きいと考えるものの、今後、小野社長のような資質の役員が出てこないとは限らないのであるから、役員に対する倫理研修を実施することも検討されるべきである。
5 役員の接待交際費の事前申請ルールや検証方法の検討
稟議規程等で定められている以上は、明文のない例外の慣習を認めるべきではなく、代表取締役を含む役員についても接待交際の事前申請ルールを徹底するべきである。
ただし、現在の稟議規程別表の「一般稟議」には、接待交際費も、その他の経費と同じ金額区分で事前申請のルールが定められ、「予算内」の例でいえば、その合計額の区分が、1万円以下の次が50万円以下、その次は300万円以下の区分となっており、日常的な接待交際費の金額帯にはそぐわないため、接待交際費に即した区分を策定し直すとともに、代表取締役を含む役員の事前申請に対する審査者や決裁者については自己承認にならず実際に牽制を利かせることのできるよう工夫が必要である。
6 内部通報制度の拡充
小野社長のような役員を対象とする通報をしようとする場合、内部の通報窓口だけでは利用しづらいことが明らかであるから、外部の受付窓口を設置することが望ましい。また、通報を受け付けても社内での対応に躊躇を覚えるのでは実効性がないことから、代表取締役から一定の独立性を持った調査等対応部署を設置することが考えられる。
7 nmsホールディングスの監査対象化
従前nmsホールディングスは内部監査の対象になったことはなかったが、本件を受け、今後はnmsホールディングスの役員経費も監査対象にする必要がある。もっともnmsホールディングスの役員経費を監査対象にする際には代表取締役を指示系統から外して監査等委員会の権限を強化するなどの更なる工夫が考えられる。
8 内部統制の担当部門の設置
内部統制は財務報告に係る内部統制に限らず会社法上の内部統制を含み、各社に見合う制度設計とその運用の充実が求められる。今後は、横串的にコンプライアンスに脆弱な部分がないかを洗い出し、整備する責任を負う部門としてコンプライアンス部門を設置することも考えられる。
さらには、各事業会社とも必要に応じて連携し、定期的にコンプライアンス委員会を開催して、グループ内のコンプライアンス施策について協議し、各社の役員、従業員らのコンプライアンス意識を高めるということも検討されるべきである。
<この事例から学ぶべきこと>

小野社長は別のインタビューで「上場会社っていうのは、とてつもない雲の上の存在なんですね。そういうコンプライアンスを守って、ちゃんと社会の公器として認めていただけるような会社にしたいっていうのが原動力だった」と発言しています。その小野社長が特別調査委員会の調査報告書56ページで「日頃経費の使い方について従業員らには厳しく指導する一方で、自身については甘い判断をするということが、社内外の納得を得られるのかといった意味での自省心も希薄であり、会社が、小野社長以外の一般株主や、小野社長以外の役員や従業員、顧客や取引先、地域社会等も含むステークホルダーとの関係で成り立つ社会の公器であるとの意識が不足しているといわざるを得ない。」と喝破されています。自社が「社会の公器」であるためには、社長自身が襟を正す必要があり、「社会の公器」である会社を私物化するのは論外と言えるでしょう。

2024年12月19日に小野社長は代表権を返上し、nmsホールディングスの平取締役になりました。同社の取締役会は12月20日に社長を交代させて小野氏に対して取締役の辞任勧告を行いました。同社のガバナンスがようやく健全化した様子が伺えます。もっとも、本件は社長が辞任して終わりではありません。小野氏が会社を私物化したことで会社に生じた損害については、小野氏が弁償するのが当然だからです。nmsホールディングスは2024年12月20日に開示した「再発防止策および関係者の処分に関するお知らせ」において、「本件で判明した、私的流用費用の算定およびそれを踏まえた措置についても、今後検討していく」としております。

nmsホールディングスで特別調査委員会が設置されるきっかけとなったのは、同社の会計監査人である有限責任あずさ監査法人が、小野社長の金銭私的流用に関する情報を入手したとして、同社の監査等委員会に対して社内調査を行うよう要請したことでした。特別調査委員会の調査報告書から明らかではありませんが、社長に不満を持つ者が監査法人にタレコミを行った可能性もありそうです。

2024/12/19 下請法改正の内容が判明 「弱い者達がさらに弱い者をたたく」状況を変えるためにすべきこと

既報のとおり「下請」という呼称の廃止や下請代金の振込手数料の減額を禁止することなどを盛り込んだ下請法改正に向け、公正取引委員会と中小企業庁が共同で設置した企業取引研究会による報告書案が2024年12月17日に開催された同研究会の第6回会合で明らかとなった。・・・

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2024/12/19 下請法改正の内容が判明 「弱い者達がさらに弱い者をたたく」状況を変えるためにすべきこと(会員限定)

既報のとおり「下請」という呼称の廃止や下請代金の振込手数料の減額を禁止することなどを盛り込んだ下請法改正に向け、公正取引委員会と中小企業庁が共同で設置した企業取引研究会による報告書案が2024年12月17日に開催された同研究会の第6回会合で明らかとなった。
※企業取引研究会における議論の経緯は下記のニュースを参照

2024年11月19日のニュース『相次ぐ上場企業の下請法違反、「下請」という呼称は消滅へ
2024年10月4日のニュース『手形サイトを60日以内とする下請法運用上の規制の限界

報告書案は、「適切な価格転嫁を我が国の新たな商慣習としてサプライチェーン全体で定着させていくための取引環境を整備する観点から、優越的地位の濫用規制の在り方について、下請法を中心に検討」した結果を取りまとめたもの。本報告書案の主要な論点と結論等を、「下請法の改正が必要となる項目」と「優越ガイドラインや下請法の運用の見直し(解釈の変更)が必要となる項目」に分けて当フォーラムが整理したのが下表だ(「論点」の列に記載したページは企業取引研究会 報告書(案)のページを示している)。

下請法の改正が必要となる項目
論点 結論(太字)と理由等 備考
現行下請法は「買いたたき」を規制しているが、「価格の据置き等の行為」も規制すべきではないか(8ページ以降) 規制すべき
現在の下請法4条1項5号の買いたたきとは別途、実効的な価格交渉が確保されるような取引環境を整備する必要があるため。
設備費・材料費・電気代・人件費などのコストに変動が生じた場合において、下請事業者からの価格協議の申し出に応じなかったり、親事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に下請代金を決定し、下請事業者の利益を不当に害する行為を想定している。
約束手形を廃止すべきか(10ページ以降) ① 紙の有価証券である手形を、下請法上の代金の支払手段として使用することは認めない
② その他金銭以外の支払手段(電子債権、ファクタリング等)のうち、支払期日までに下請代金の満額の現金と引き換えることが困難であるものは認めない
政府は(下請法改正とは別に)成長戦略実行計画(2021年6月18日閣議決定)において、2026年に約束手形の利用を廃止することを目標に掲げている。また、主要銀行も、2026年中に手形の発行を終了し、同年度内に手形による決済サービスを終了させる方針を決定している。
発荷主と運送事業者の取引に下請法を適用すべきか(12ページ以降) 適用対象となるように法改正すべき
発荷主と運送事業者の取引も、構造的に他の下請法の対象取引と同様のものと位置付けるべき。下請法の対象にすることで、発荷主による運送事業者に対する問題行為(長時間の荷待ちや契約にない荷役等)を是正しやすくなる。
元請運送事業者と下請運送事業者の取引は既に下請法の対象となっているが、発荷主から運送事業者への運送業務の委託は自家使用役務の委託取引と整理されており、下請法の適用対象となっていない。
適用対象となる下請取引の範囲を定める要件(現行法は「資本金基準」のみ)に「従業員数基準」も追加すべきか(16ページ以降) 従業員数基準を導入すべき
具体的には、従業員数300人(製造委託等)または100人(役務提供委託等)との基準を軸に検討することが適当である。
少額の資本金で設立されているために下請法の親事業者に該当しない事例、減資をすることで下請法の親事業者の対象から外れる事例、取引先に増資を求めることにより下請法の適用を逃れる事例などが報告されている。
「下請」という用語が適切かどうか(19ページ以降) 時代の情勢変化に沿った用語に改めるべき
現在の社会において、もはや「親」や「下請」という表現はなじまない。受注者は発注者と共に互いに協力しながら良い商品やサービスを顧客に提供していく共働関係にある。具体的な用語については、下請法の趣旨や対象となる取引を表現するにふさわしい用語を政府において検討していくべき。
製造業大手を中心に「パートナー」という言い回しが普及しているが、本報告書案では「パートナー」に決めているわけではなく、政府に委ねている。
減額行為によって代金を減額された部分についても遅延利息の対象にすべきか(20ページ以降) 減額行為によって代金を減額された部分についても遅延利息の対象にすべき
減額についても、支払われなかった委託代金との差額部分の支払いを受けるまでは金額を受領できていないという意味で、支払遅延と同等と評価し得るため。
現行の下請法においては、遅延利息の対象行為は支払遅延に限られている(下請法4条の2)。
下請事業者の承諾の有無にかかわらず、メールによる書面交付を可能にすべきかどうか(21ページ以降) 下請事業者の承諾の有無にかかわらず、メールによる書面交付を可能にすべき
いまや電子メールは広く普及しており、メールによる書面交付について承諾を必要としなくても、下請事業者に大きな支障を生じるものではないと考えられるため。
現行の下請法では書面の交付が義務付けられているが(下請法3条)、電磁的方法で提供する場合には下請事業者の事前の承諾が必要とされている(同条2項)。
優越ガイドラインや下請法の運用の見直し(解釈の変更)が必要となる項目
論点 結論(太字)と理由等 備考
下請法が適用されない取引においても約束手形の利用を廃止すべきか(22ページ以降) 「約束手形の利用の廃止」の実現に向けては、下請法が適用されない取引においても手形の廃止や支払サイトを短くしていく対策が必要
例えば、下請法に基づき支払サイトの短縮化に取り組む親事業者に対する資金繰り負担の軽減策(低利融資など)を手当てすることや、下請法の対象となる取引き以外の取引きのうち、正常な商慣習に照らして不当に長く支払サイトを設定するような行為については、優越的地位の濫用の問題として優越ガイドライン等で考え方を示すこと等を検討していく必要がある。
サプライチェーン全体の中には下請法が適用されない取引もあることから、資金繰り負担の軽減方策の必要性が指摘されている。
振込手数料の減額やファクタリングの手数料の負担の在り方をどのように考えるべきか(22ページ以降) 振込手数料の減額は合意の有無にかかわらず、下請法違反に該当する旨解釈を変更し、運用基準において明示すべき
民法では弁済の費用を債務者(発注者)が負担することを原則としていることを踏まえると、振込手数料は発注者が負担することが合理的な商慣習であると考えられる。下請法の運用の在り方を見直し、振込手数料を下請事業者に負担させる行為は、合意の有無にかかわらず、下請法上の違反に当たることとし、その旨解釈を変更して、運用基準において明示すべきである。また、振込手数料に限らず、ファクタリングの手数料など、決済手段を利用する際に伴う費用についても、同様の取扱いとすべきである。
「振込手数料の減額」とは、例えば、下請代金が10万円とした場合、振込手数料330円を下請事業者負担にして、残額の99,670円のみを下請事業者の口座に振り込む行為を指す。これまでの下請法の運用では、「下請事業者と書面で合意することなく、下請代金を下請事業者の銀行口座に振り込む際の手数料を下請事業者に負担させ、下請代金から差し引くこと」が減額に当たるとしてきた(下請法運用基準 第4の3(1))。本改正案によると、法改正後は「合意の有無にかかわらず」下請法違反となる。
有償支給原材料を使った製造品に不良品があった場合の扱い(23ページ以降) 製造委託の取引において不良品が発生した場合、不良の原因の所在にかかわらず、不良の是正に要した費用を親事業者から有償支給されている「原材料代」として一方的に下請代金から相殺する行為は、下請法上の減額等の違反行為となり得る等の考え方を明確に示すべき 例えば、有償支給された材料が100、それに加工賃50を載せた下請代金が150となっている場合、不良品であれば150を受け取れない一方、不良の原因の所在にかかわらず100の有償支給原材料代の支払いを免れないのであれば、下請事業者が一方的に不利益を被ることとなる。
金型の所有権が下請事業者にある場合、親事業者が当該金型の無償保管を下請事業者に要請することは下請法上問題となるか(26ページ以降) 現行の下請法運用基準を見直し、金型の所有権の所在にかかわらず、金型の無償保管要請が下請法上問題となり得ることとしたうえで、どのような場合に下請法上問題となるのか、発注者や受注者にとって分かりやすい基準を明記すべき。
たとえ金型の所有権が下請事業者にあろうとも、金型の廃棄や管理の在り方について発注者の了解を得ることを要するなど、管理の主体が事実上発注者(親事業者)にあると認められる場合等には、下請事業者に不利益が生じているため。
現行の下請法運用基準には、発注者側に所有権がある金型を長期間無償保管させることは「不当な経済上の利益の提供要請」に当たる旨の記載があるが、金型の所有権が下請事業者にある場合の取扱いに関する記載はない。

実務上影響が最も大きいのは、「下請」の呼称変更、振込手数料の減額であろう。いずれも企業実務に深く根を張っているからだ。振込手数料の減額については、下請法の適用があるかどうかで振込手数料の取扱いを変えるのは実務的に手間がかかることから、下請法の適用がない大企業間の代金振込時にも振込手数料を振込者が負担する動きが“ニューノーマル”として広がる可能性があろう。また、従業員数基準が導入されることで、下請法の適用範囲が大きく広がることが予想される。

本報告書(案)の末尾の「おわりに」には、THE BLUE HEARTSの「TRAIN-TRAIN」(1988年 作詞作曲:真島昌利)の歌詞(下記)が引用されている。

「弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく
その音が響きわたれば ブルースは加速していく
見えない自由がほしくて 見えない銃を撃ちまくる
本当の声を聞かせておくれよ」

お堅い政府系の会議体の報告書の結びでこのような歌詞が引用されることは異例であり、目を引く。報告書では、「弱い者達」とは、「企業規模の大小を問わず、商品やサービスの価値向上を追求し、顧客に対してその価値に見合う対価を訴求するという本筋での努力を避け、自社の商品やサービスの価格を据え置く原資を確保するため、取引上の「強い立場」を利用して立場の弱い「受注者」や「労働者」の仕事の価値を評価することなく、買いたたく者のこと」に他ならないとし、「このような「弱い者達」が連鎖して出来上がるサプライチェーンが、果たして強い経済を生むのだろうか」と問いかけている。国会における下請法の改正議論はこれからとなるが(パブコメを経て2025年の通常国会を予定)、改正下請法が施行されるのを待つのではなく、力強いサプライチェーンを作り上げるために、少なくとも上記の主要な論点については先取りで手当てし、「透明で、フェアな取引」の実現に尽力するのが上場企業の責務と言えよう。

2024/12/18 「投資者の目線とギャップのある事例」と好事例

東証が2024年11月21日に公表した「投資者の目線とギャップのある事例」(以下、ギャップのある事例)が上場会社の注目を集めている。ギャップのある事例は2023年3月に東証が要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」について、投資者からの最近のフィードバック等を踏まえて東証が認定したいわば“悪例”とも言える事例を取りまとめたもの。社名は分からないように加工してあるが、規制当局は「好事例」を紹介するケースが多いだけに、インパクトがある。

もっとも、単に「悪い」事例の羅列だけでは、具体的にどのように改善を図ればよいのかは見えにくいため、同時に公表された「投資者の視点を踏まえたポイント(改訂版)」で紹介している「好事例」と比較することが有効だ。そこで当フォーラムでは両文書を照合し、ギャップのある事例における投資家のコメントに対応している「好事例」を抽出してみたので、今後の開示において参考にされたい。・・・

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2024/12/18 「投資者の目線とギャップのある事例」と好事例(会員限定)

東証が2024年11月21日に公表した「投資者の目線とギャップのある事例」(以下、ギャップのある事例)が上場会社の注目を集めている。ギャップのある事例は2023年3月に東証が要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」について、投資者からの最近のフィードバック等を踏まえて東証が認定したいわば“悪例”とも言える事例を取りまとめたもの。社名は分からないように加工してあるが、規制当局は「好事例」を紹介するケースが多いだけに、インパクトがある。

もっとも、単に「悪い」事例の羅列だけでは、具体的にどのように改善を図ればよいのかは見えにくいため、同時に公表された「投資者の視点を踏まえたポイント(改訂版)」で紹介している「好事例」と比較することが有効だ。そこで当フォーラムでは両文書を照合し、ギャップのある事例における投資家のコメントに対応している「好事例」を抽出してみたので、今後の開示において参考にされたい。

レベル1:現状分析や取組みの検討が十分でない状況

1 現状分析・評価が表面的な内容にとどまる
ギャップ事例に対する投資者のコメント(以下、投資者のコメント)
「資本コストを上回る資本収益性が確保されていることを確認している」の記載だけでは足りない。更なる向上を目指して目標設定・取組みの検討を進めることが期待される。

【投資家の視点を踏まえた取組例(以下、取組例)】
◆資本コストを上回るROEを確保し、PBRが1倍を上回っていても、まだ上昇の余地はあると評価のうえ、さらなる向上に向けた取組みを推進(ウイルプラスHD)


ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

投資者のコメント
過去に発表した中期経営計画等のリンクを提示するだけの開示に止まる。将来のビジョンを踏まえて現在の取組状況や進捗が投資者の期待に応えられているのか検証すべき。

【取組例】
◆中計策定後の事業環境の変化や、事業戦略・投資戦略の⾒直し、ポートフォリオ転換などの施策の進捗を踏まえて、収益性や効率性に関する目標値を上方修正(SWCC)

2 取組みを並べるだけの開示となっている
投資者のコメント
他社でも当てはまるような具体性のない取組みが並び、定量的な説明もない。各取組みがどう課題を解決し、どのような経路で企業価値向上に寄与していくのか、具体的に示す。

【取組例】
◆各取組みが企業価値向上にどう寄与していくかについて、ROICツリーTSRロジックツリーを用いてわかりやすく説明(荏原製作所)


ROICツリー : 事業活動に投じた資本に対してどれくらいの利益を生み出したかを示すROIC(Return on Invested Capital=投下資本利益率)を、「売上高営業利益率」や「投下資本回転率」、さらにそれらを「販管費率」や「運転資本回転率」といった指標に要素分解し、その過程をツリー状に図示して可視化したもの。分解された下層の指標は現場社員にもイメージしやすく、現場社員が下層の指標の改善に取り組むことで、その上位層の指標が改善され、最終的にROICを向上させることを狙いとする。
TSRロジックツリー : TSR(Total Shareholder Return=株主総利回り)とは、株主が一定期間に得る総合的なリターンを示す指標であり、具体的には、株価の値上がり益と配当金を合計したものをいう。TSRロジックツリーとは、TSRを向上させるためにその構成要素である株価の値上がりと配当金の増加策を体系的に検討するためのツールである。例えば、株価を上げるためには収益の増加、収益の増加のためには新製品の開発やマーケティング戦略の強化が必要になり、配当金の増加のためには、売上の拡大やコスト管理の強化が必要になるといった具合に、具体的な改善策に辿り着くまで課題を分解していく。

3 合理的な理由もなく、対話に応じない
投資者のコメント
投資家が個別面談を依頼しても、納得できる理由もなく断られてしまう。株主や投資者との対話に応じる体制を整えるべき。また、繁忙期でない時期にはできる限り面談要請に対応するべき。

【取組例】
◆株主・投資家との対話を強化するため、CSEO (Chief Stakeholder Engagement Officer)を設置し、部門横断的な社内体制を構築(三菱商事)

投資者のコメント
社外取締役との面談を依頼しても、多忙や知識・理解が浅いことなどを理由に断られてしまう。社外取締役は本来、少数株主の⽴場を代弁する役割を担うべき。

【取組例】
◆客観的な視点による納得性の⾼い対話の実現を目的として、社外取締役と機関投資家との対話(スモールミーティング等)を継続的に実施(双日)

レベル2:現状分析や取組みの内容が投資者に評価されていない状況

1 現状分析が投資者の目線とズレている
投資者のコメント
投資者が認識する⽔準から乖離した株主資本コストを用いている。CAPMとは別の算出⽅式もあわせて用いたり、投資者に意⾒を聴いたりすることで確認すべき。

【取組例】
◆株主資本コストについて、CAPMに加えて株式益利回りに基づく算出も⾏い、認識する⽔準をレンジとして提示(コンコルディア・フィナンシャル グループ)


CAPM : CAPM(Capital Asset Pricing Model=資本資産評価モデル)とは株主資本コストの算出方法で、次の算式による。→<算式>株主資本コスト=リスクフリー・レート(RFR)+β×マーケット・リスクプレミアム(RFRとは、リスクを取らずに得られるリターンで、国債利回りを用いるのが通常。マーケット・リスクプレミアムとは、リスク・テイクによる超過的な期待収益率のこと。超過的な期待収益率は、TOPIXなどをベースに計算される。基本的には、TOPIXなどに基づく期待収益率(Rm=requiredmarket rate of return)とRFRの差が「超過的な期待収益率」となる。ただし、株価がTOPIXと同様の動きをする企業もあれば乖離している企業もある。そこで、各社の「超過的な期待収益率」は、株価のTOPIXなどに対する“感応度”を考慮して調整する。この感応度のことを「ベータ(β)」という。βは、株式市場全体の動きに対して大きく反応する場合には高く、あまり反応しない場合には低くなる。

投資者のコメント
ROEが株主資本コストを、PBRが1倍を、少し超えていれば良いわけではない。時系列の分析も⾏いつつ、現状から更に向上していくための積極的な取組みを行うべき。

【取組例】
◆各種指標について、時系列の分析に加えて、業種平均値との比較分析を実施し、課題を特定(東洋製罐グループHD)

投資者のコメント
PERが低い要因について、投資者の理解不⾜(IR不⾜)とは限らない。事業戦略・成⻑戦略が評価されておらず、収益の持続性や成⻑性に投資者が確信を持てていないのでは。

【取組例】
◆PBRは1倍を上回るものの、 市場平均・同業他社等との比較によりPERの上昇余地について分析し、課題を特定(三菱⾷品)

2 目指すバランスシートやキャピタルアロケーション⽅針が十分に検討されていない
投資者のコメント
目先の株価対策、⼀過性の対応として株主還元を⾏っている。どのようなバランスシートを目指すのか、キャッシュを成⻑投資や株主還元等にどう配分していくのかを示すべき。


キャピタルアロケーション : 調達した資金、事業活動を通じて得た資金をどこに投資するか、どのように使うかを判断すること。

【取組例】
◆不必要な株主資本を持たない方針を掲げ、中⻑期的なバランスシートの計画やキャッシュフローの配分方針を開示(日本瓦斯)

投資者のコメント
政策保有株を売却して得た資⾦について、成⻑投資や株主還元など、何に振り向けていくかが示されていない。中⻑期的なキャピタルアロケーションの⽅針を開示すべき。

【取組例】
◆資本効率向上に向けて、政策保有株式の全売却に取り組むとともに、得られたキャッシュを成⻑投資や株主還元に充当する方針を開示(アシックス)

3 目標設定が投資者の目線とズレている
投資者のコメント
設定しているROE目標が、資本コストよりも低い。自社の資本コストをきちんと把握したうえで、それを上回る目標を設定し、資本コスト⽔準と目標との関係性に言及すべき。

【取組例】
◆株主資本コストについて、株式 市場が求める⽔準が、自社で認識していた⽔準(CAPMで算出)を上回っていることを認識し、ROEの目標値を引上げ(大林組)

投資者のコメント
目標水準に⾒合わないような、あまりに先の期限が設定されている。達成するまでの期間についても、投資者の目線を踏まえて設定すべき。

【取組例】
◆前年度の開示をベースとして株主とのコミュニケーションを図り、そこで得られたフィードバックを踏まえて、目標設定や取組みをブラッシュアップ(中部鋼鈑)

投資者のコメント
バランスシートを意識しながら、資本をいかに効率的に活用して稼ぐかという観点が希薄。資本効率など、投資者が重視する指標を目標設定に用いるべき。

【取組例】
◆各部門についてRORA(リスクアセット対比収益率)とROEの観点から分析を⾏い、注⼒する事業と縮小させていく事業を明示(千葉興業銀⾏)


RORA : RORA(Return on Risk-Weighted Assets)とは、金融機関がリスク加重資産(リスクの程度に応じて重み付けされた資産)に対してどれだけの利益を上げているかを示す指標で、金融機関が保有するリスク加重資産に対する純利益の割合によって算出される。RORAは、金融機関がリスクを適切に管理しながら利益を上げているかを評価するものであり、これにより金融機関の経営の健全性や効率性を測ることができる。RORAが高いということは、金融機関がリスクを適切に管理しながら高い収益を上げていることを示す。

4 課題の分析や追加的な対応の検討を機動的に⾏わない
投資者のコメント
計画どおりに進捗していないものの、改善に向けた対応が示されていない。乖離の要因や改善に向けた対応など、会社⾃⾝の言葉で、合理的に説明すべき。

【取組例】
◆初回の開示後も継続的に議論を深め、ROE・ROIC等の目標設定の引上げや、実現に向けた取組みのブラッシュアップを実施、その状況を分かりやすく開示(出光興産)

レベル3:投資者から⼀定の評価を得たうえで、更なる向上が求められる状況

1 不採算事業の縮⼩・撤退の検討が十分に⾏われていない
投資者のコメント
成⻑分野への投資や既存事業の収益性改善だけでは不十分。不採算事業の縮⼩・撤退(売却・カーブアウトなど)も含めた抜本的な対応を検討すべき。

【取組例】
◆各事業ごとのハードルレートに対するスプレッドと売上⾼成⻑率により評価を⾏い、不採算・低成⻑であった事業には撤退含む再⽣計画を実⾏(日本特殊陶業)

2 業績連動報酬が中⻑期的な企業価値向上に向けたインセンティブとなっていない
投資者のコメント
連動する指標が売上や営業利益などPLベースだと、不採算事業からの撤退を妨げる恐れがある。TSREPSなど、投資者が重視する指標との連動を強めるべき。


EPS : 1株当たり利益(Earnings Per Share)のことで、「当期純利益÷発行済株式数」によって計算される。

【取組例】
◆株主との価値共有の深化を目指し、業績連動型株主報酬の比率を引上げるとともに、評価指標から連結売上収益を除き、新たにTSRを追加(富士通)

投資者のコメント
期初に公表した「業績予想値」を基準としており、業績予想値を低く出す誘因となってしまう。中⻑期的な企業価値向上に向けた健全なインセンティブとすべき。

【取組例】
◆企業価値の持続的向上を図るインセンティブを付与するため、中期の財務KPI(基礎収益⼒・基礎収益ROA)に紐づけた業績連動型の株式報酬制度を導⼊(日東富士製粉)

3 対話の実施状況の開示が具体性に欠ける
投資者のコメント
開示の内容が対話の⽅針にとどまっていたり、決算説明会など⼀⽅向で説明するだけだったりする。対話の実績や得られたフィードバックなどを開示すべき。
各IR活動の開催回数のみの開示で、対話の内容は⼀般的な記載に止まっている。対話の実例や、インプットがどのように経営の意思決定に取り入れられたかなどを示すべき。

【取組例】
◆神⼾製鋼所、三陽商会、山善、稲畑産業、コンコルディア・フィナンシャルグループ、中部鋼鈑、コニカミノルタ、三菱⾷品

2024/12/17 【2024年11月の課題】日本企業のCEO後継者計画の課題と今後の方向性 解答(会員限定)

解答者        
WTW シニアディレクター
Employee Experience(EX) 統括
平本 宏幸

CEOの後継者計画の課題

CEOの後継者計画は、指名委員会の浸透に伴って各社で枠組みの整理が進んできています。しかし、実際に指名委員会を通じてCEOの後継者計画を実効的に設計・運用していくことは必ずしも容易ではありません。現状では、特に以下のような課題が生じています。

指名委員会の役割が不明確
CEOの後継者計画を検討し始めている企業においても、指名委員会の役割・権限が曖昧なケースが見受けられます。結果として、現CEOが起案した後継者計画の追認に終始したり、十分な検討がなされないまま交代の直前になって議論が紛糾したりするなど、指名委員会が実効的に運営されていないことも珍しくありません。

長期的なロードマップの不在
CEOの交代が目に見えるようになってから後継者計画の策定に着手するのでは、候補者の選定や育成に十分な時間を確保することができません。現CEOにとっては、自らの交代を見据えた取り組みに対し積極的になりにくいという側面もあるかもしれませんが、最近は就任直後から後継者計画の検討を開始することも珍しくなってきています。長期的なロードマップに基づき、段階的かつ計画的に後継者の選定・育成を進めていく必要があります。

情報の格差
社外取締役が主たるメンバーとなっている指名委員会においては、執行側との間で候補者に対する情報の格差があるのが一般的であり、それをどのように埋めながら、客観的な検討をしていくことができるかが重要になります。そのような十分な情報がない中で検討を進めれば、結果的に現CEOの起案に追認せざるを得ず、対外的な説明が困難になることも想定されます。

CEOの後継者計画を進める際の留意点

では、こうした課題に対応するために、どのような点に留意してCEOの後継者計画を進めればよいのでしょうか。以下、解説します。

CEOの後継者計画の目的の明確化
将来の企業価値を左右するCEOの交代は、社内のみならず、多くのステークホルダーに影響を及ぼします。このような影響の大きさと広がりを踏まえ、リスクを最小限に抑えながら企業価値創造につながる円滑な交代を実現し、かつ、多くのステークホルダーに説明責任を果たすためには、計画的かつ透明性の高いプロセスによって次期CEOの育成と選定を進める必要があります。

特に指名委員会は、取締役会の中でも重要な役割を担います。CEOの後継者計画を通じて、主に以下の目的を達成することが求められます。

●継続的な企業価値創造のための経営の安定性の確保
継続的に企業価値を創造していくためには、CEOの交代によって急激に業績が悪化したり、中核となる経営メンバーが離職したりといった不安定な状況に陥ることは絶対に避けなければなりません。CEOの交代という大きなイベントが起きたとしても、こうした不安定な状況を生じさせないような円滑な移行を実現させることが求められます。

●中長期的な経営のビジョン・方向性を踏まえた戦略や組織文化の保持
これまで掲げてきた中長期的な経営のビジョン・方向性との整合性を保ちながら交代を実現させる必要があります。新たなCEOの就任によって戦略や組織文化に混乱をもたらすことなく、経営陣が一丸となってさらなる価値創造に向けて邁進できるような環境を作ることができるCEOを選ぶことが求められます。

●株主を含むステークホルダーからの信頼の維持
CEOの交代は、株主を含むステークホルダーからの信頼を維持できる形で実施することが不可欠です。将来の事業環境や業界動向も踏まえて本来望まれる自社のCEOの要件とは乖離がある人物が選任された場合や、たとえ特定の分野に強みを持っていても、それが株主を含むステークホルダーが期待する企業価値や企業の在り方とは大きな隔たりを生じさせ得るようなものであった場合には、CEOの交代プロセスを主導した指名委員会が、ステークホルダーからの信頼を失うことになります。仮に自社が大きな方向転換を図る必要がある場面や危機的な状況において大胆な交代を実現させる必要がある場合には、交代の理由や新たなCEOが就任する妥当性を十分に説明できるようにしておくことが求められます。

指名委員会の役割と責任

次に、CEOの後継者計画を主導する指名委員会の果たすべき役割と責任について見ていきましょう。

1.CEOの後継者計画のロードマップの策定
まず指名委員会は、企業の長期的な経営の方向性と現CEOの状況を踏まえて、CEO後継者計画全体のロードマップを策定することが望まれます。交代時期が決まっている場合には、そのタイミングから逆算した策定が可能ですが、通常、CEOの交代時期はその時期が近づいてくるまで明確にならないことも多々あります。したがって、候補者を育成し、将来の交代に備える準備をするための「育成フェーズ」と、実際の交代のための絞り込み・選任のプロセスに着手する「選任フェーズ」を切り分けたうえで長期的なロードマップを策定し、これに基づき継続的な議論を重ねる必要があります。

2.次期CEOの人材要件の定義
次期CEOが実現すべき中長期的な企業価値創造の方向性について、指名委員会のメンバーが明確に認識を共有しておく必要があります。例えば、「事業展開をグローバル市場に向けて大きく舵を切ることが今後の成長の柱となる」「デジタル化を通じたサービス事業への転換が必要となる」「ポートフォリオ戦略と継続的なM&Aが限られた市場における成長のドライバーとなる」といったことです。そのうえで、こうした企業価値創造を確実に実現できる人材が有する必要のある経験やスキル、能力を設定します。

3.評価の基準・プロセスの設計
次期CEOの人材要件を定義したうえで、CEO候補者を評価していくための具体的な基準・プロセスを設計します。重要なのは、交代までまだ時間があり、多くの候補者を育成する段階にある場合と、CEOの交代が近く、最終候補者を選任する段階にある場合では、評価の視点が異なるということです。育成フェーズにおいては、交代時に求める具体的な要件よりも、むしろ候補者の性別や年齢、経験といった多面的な観点から、CEOに選任される可能性のある幅広い候補者を評価します。一方、選任時には、直ちに選任してもCEOに期待される役割を果たせるかどうかという観点から、厳格に評価することになります。

4.ロードマップに沿った育成・選定のモニタリング
CEOの後継者計画を進めるにあたっては、社外取締役を中心とする指名委員会による定期的なモニタリングが不可欠となります。育成フェーズにおいては、候補者プールがどのような状況にあり(一定の人数に達しているかなど)、育成のためにどのような配置や異動がなされているかをモニタリングすることが求められます。この段階では、各候補者の詳細を個人別に把握するよりも、候補者プール全体の状況を把握することが重要です。

これに対し、育成フェーズを経て、残り数名まで候補者が絞りこまれてきた段階では、各候補者がどのような理由、手続きによってここまで残ったのか、そのプロセスの妥当性を客観的に確認しつつ、最終的な選任のフェーズに進むことになります。

5.最終的な後継者の選任と交代プロセスの支援
最終的な後継者は、甲乙つけがたい複数の優れた候補者の中から選ばなければならず、社外取締役の間で意見が割れることも少なくありません。そこでは、各候補者への評価というよりも、自社が求める次期CEOの役割について見解の相違が生じているケースが見受けられます。このような場合には、改めてどのような役割をCEOに求めるのか共通の認識を持ったうえで、その役割に最もフィットする人材が誰か、という観点で議論することが重要です。また、最終的に選ばれた後継者を、円滑な交代に向けて支援していくことも、指名委員会が果たすべき役割となります。

6.取締役会との連携
また、後継者計画の進捗状況について、取締役会と情報共有することも不可欠です。候補者の詳細な情報や、現時点で誰が有力なのかといった情報まで共有することは通常は難しいものの、そもそも後継者計画において選定の基準やプロセスがどのように策定されているのかや、現状、ロードマップのどのフェーズにあり、どのような取り組みがなされているかについては取締役会と共有しなければなりません。これにより、株主から付託を受けた取締役会としてのリスクを最小化しつつ、最適な人材が選ばれる手続きがとられているかについて、取締役会の理解を深めるようにする必要があります。

CFO後継者計画実行上の留意点

後継者計画を策定し、実行するうえでは、以下のような点に留意が必要です。これらをしっかりと担保しておくことが、後継者計画の実効性向上につながります。

●客観性と公平性
指名委員会がCEOの後継者計画を的確に実行していくためには、執行側の候補者に関する情報の非対称性を可能な限り解消する必要があります。執行側が提案した候補者については、どうしても執行側と社外取締役の間で情報格差が生じ、主に社外取締役で構成される指名委員会が執行側の提案を追認するだけということになりがちです。しかし、これでは指名委員会が客観的かつ公平に後継者を選び、株主をはじめとするステークホルダーへの説明責任を果たすことは困難です。このような事態を避けるため、指名委員会に対して、候補者の経歴や社内での評価に加え、社外の第三者によるアセスメントの結果を伝えたり、社外取締役が直接候補者と接点を持ち候補者を評価する機会を与えたりすることなどが考えられます。

●透明性の確保
CEOの選定プロセスが対外的に十分説明されるとともに、透明性ある手続きにより進められていることが重要です。具体的には、執行側による候補者の選定において、どのような情報に基づきどのような評価・判断がなされたのか、その評価・判断の過程が十分に透明性のあるものなのか、それが社外取締役から見ても十分に妥当と言えるのか、また、対外的にも説明できるような内容になっているかを確認する必要があります。

●役割の明確化
また、現CEOとの適切な役割分担も重要になります。社外取締役が主導してCEOの交代を積極的に進めなければならないような有事でない限り、現CEOと適切な役割分担をすることは、リスクを最小化し、最適な人選をするうえで有効です。現CEOと指名委員会との信頼関係があることが前提となりますが、現CEOから候補者に関する情報を取得しつつ、これを客観的な情報によって補完しながら、双方の共通認識の下で、最終的な後継者を決定することが望まれます。

2024/12/16 社外取締役に関する情報開示への機関投資家の要望

インテグリタス 代表
古木謙太郎

近年、上場企業の取締役会における社外取締役比率の着実な上昇を背景に、機関投資家の関心は社外取締役の「量」から「質」へと移っている。コーポレートガバナンス・コード【原則4−7】は、社外取締役の役割・責務として、企業価値向上に向けた助言、経営の監督、利益相反の監督、少数株主を含むステークホルダーの意見の取締役会への反映を挙げている(下記参照)。社外取締役がこれらの役割を果たすことはもちろん、企業には社外取締役の貢献を株主・機関投資家など資本市場のステークホルダーに正しく伝えることが期待されている。

【原則4-7.独立社外取締役の役割・責務】
上場会社は、独立社外取締役には、特に以下の役割・責務を果たすことが期待されることに留意しつつ、その有効な活用を図るべきである。
(ⅰ)経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと
(ⅱ)経営陣幹部の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと
(iii)会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督すること
(iv) 経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること

しかし、社外取締役の貢献に関する情報開示については、実際に運用業務に携わる機関投資家のポートフォリオ・マネジャーやアナリストからの評判は必ずしも芳しくない。筆者が彼らとの対話を通じて把握した機関投資家の要望は、以下の3点に集約される。・・・

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2024/12/16 社外取締役に関する情報開示への機関投資家の要望(会員限定)

インテグリタス 代表
古木謙太郎

近年、上場企業の取締役会における社外取締役比率の着実な上昇を背景に、機関投資家の関心は社外取締役の「量」から「質」へと移っている。コーポレートガバナンス・コード【原則4−7】は、社外取締役の役割・責務として、企業価値向上に向けた助言、経営の監督、利益相反の監督、少数株主を含むステークホルダーの意見の取締役会への反映を挙げている(下記参照)。社外取締役がこれらの役割を果たすことはもちろん、企業には社外取締役の貢献を株主・機関投資家など資本市場のステークホルダーに正しく伝えることが期待されている。

【原則4-7.独立社外取締役の役割・責務】
上場会社は、独立社外取締役には、特に以下の役割・責務を果たすことが期待されることに留意しつつ、その有効な活用を図るべきである。
(ⅰ)経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと
(ⅱ)経営陣幹部の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと
(iii)会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督すること
(iv) 経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること

しかし、社外取締役の貢献に関する情報開示については、実際に運用業務に携わる機関投資家のポートフォリオ・マネジャーやアナリストからの評判は必ずしも芳しくない。筆者が彼らとの対話を通じて把握した機関投資家の要望は、以下の3点に集約される。

第1に、社外取締役に求めるスキルと長期的な戦略の関係の明確化である。社外取締役の選任は、社内取締役を含む取締役会の構成が企業の長期的な戦略に基づき決定され、その遂行に必要なスキルのうち、内部では充足できないスキルを外部から獲得するという高度に戦略的な意思決定であるはずだ。しかし、長期投資を実践する機関投資家からは、多くの企業において社外取締役に求めるスキルと長期的な戦略の関係が明確ではないとの指摘がなされている。

第2に、指名・選任された社外取締役が長期的な戦略の遂行に必要なスキルや経験を備えていることを外部から検証するための情報開示である。多くの企業の開示資料において、社外取締役に関する情報はごく簡単な履歴とスキル・マトリックスに限られる。これらだけでは判断ができない、というのが機関投資家の本音である。機関投資家からは、「実際に対話をしてみると適性に首を傾げざるを得ない社外取締役もいる」(国内大手機関投資家)という厳しい声も聞こえてくる。

第3に、社外取締役の貢献が具体的に見えにくい点である。統合報告書等において取締役会の実効性評価や社外取締役のメッセージなどを開示する企業は少なくない。しかし、機関投資家が知りたいのは、個々の社外取締役が重要な経営の意思決定において、企業価値向上の観点からどのような貢献をしているのか、である。機関投資家からは、「企業価値向上に繋がらない意思決定をしている社外取締役は少数株主を代理しているとは言えない」(グローバル機関投資家)、「会社を礼賛するメッセージからは社外取締役としての課題認識が見えない」(別のグローバル機関投資家)との指摘がなされている。

社外取締役に対する機関投資家の関心と期待は、今後益々高まることが予想される。企業には、企業価値向上に向けた社外取締役の具体的な貢献の姿を示すことが、コーポレートガバナンスの実効性の確保・向上を機関投資家にアピールする上で求められよう。