4.日本版スチュワードシップの課題
【3つの課題】
日本でスチュワードシップを展開するうえで3つの留意点がある。まず第1に、企業の持続的な成長へ寄与することがスチュワードシップ責任の重要な要素と考えられている点である。英国Stewardship Codeの2012年の改訂版でも企業の長期的な成功という観点は取り入れられているが、日本版ほど強調されていない。
第2に、「代表性の問題」にどのように対処するかである。代表性の問題とは、エンゲージメントの当事者が機関投資家一般の意見をどの程度代表しているか、ということである。英国では、少なくも1990年代において当事者の代表性は特に問題とされなかった。これは、英国に特有の緊密な投資家コミュニティーが存在していたからで、考え方の均質性ゆえに合意形成も容易と考えられていた(注2)。一方、日本では緊密なコミュニティーという前提はもとより成立しない。
第3の留意点は、会社のガバナンスのあり方である。日本企業は従来、組織内のステークホルダー間(例えば、経営成果をあげるために若手幹部の協力を引き出さねばならない経営トップと、経営トップの施策により会社の将来、ひいては自らの将来が左右される若手幹部の間)の相互チェックに重きを置いてきた(注3)。英米企業が内部より外部からのチェックを重視するのと対照的である。また、事業への長期的なコミットメントを持つ者が意思決定に関する発言権も持つべき、という考え方が日本企業では根強い。このような日本企業の特性に照らすと、投資家の主張を内部者の関心に共鳴させることが肝要である。
【投資家フォーラムの構想】
以上のような3つの留意点を押さえ、機関投資家によるスチュワードシップ活動を前に進める装置として投資家フォーラムが構想されている。これは、機関投資家が中心となって設立するもので、その具体的な形と内容については、経済産業省・企業報告ラボ・投資家フォーラム作業部会に有志が集まって検討を重ねている(注4)。
これまでの議論の中で、投資家フォーラムが備えるべき条件が明らかになってきた。最も重要なのは、発言内容に関して経営者に聞く耳をもたせるだけの見識と力量を投資家フォーラムが持つことである。また、見識と力量を備えたオピニオン・リーダーとして広範な機関投資家の支持を集めることも、上述した「代表性」という観点から必要な条件である。さらに、相互の信頼なくしては建設的な対話は行えないから、経営者との持続的な信頼関係を構築することが必要である。
機関投資家が集う場としての投資家フォーラムには3つの異なる機能があると考えられる。1つは、投資家の見方を集約して経営者に提示する情報発信機能である。これはシンクタンク機能と言い換えられるかも知れない。2つ目は機関投資家の実力を高めるための教育機能、すなわち研究会あるいは勉強会を主催する機能である。最後は、英国のように機関投資家が連携して集団の力で経営者に圧力をかける装置としての機能である。それぞれの機能は独立しており、複数の投資家フォーラムがそれぞれの機能に特化することも十分考えられる。我々有志が目指すのはシンクタンク機能である。英国流の集団による力の行使は我々が目指すところではない。なぜなら、我々が考える投資家フォーラムの役割は、粘り強い対話を通じて、変化を目指す社内のイニシアティブを作り出し、それを後押しすることだからである。そのためには、見識と実力、広範な投資家の支持、経営者との信頼関係が極めて重要である。
【経営者がとるべき対応】
投資家フォーラムの見識と実力を背景に機関投資家がエンゲージメント活動を展開するとき、経営者がとるべき対応を考えてみよう。
エンゲージメントの時代の経営者と株主との関係は、株式持ち合い時代のそれとは大きく変化すると予想される。持ち合い時代の安定株主は金融機関や事業会社を中心とするモノ言わぬ株主だった。「新しい時代の安定株主」は、エンゲージメント活動を展開するモノ言う機関投資家なのである。実際、10社程度の有力機関投資家が経営者を支持すれば、株主総会で30~35%程度の支持票を確保でき、経営を安定化させられる。こうした新しい株主基盤を築くためには、経営者はスチュワードとなりうる機関投資家を見定め、これと持続的に対話することが必要である。機関投資家との対話の窓口として投資家フォーラムが果たすべき役割は大きいと考えられる。
5.おわりに
日本版スチュワードシップ・コードはエンゲージメントに「目的を持った対話」という訳語を当てている。これは金融庁の独創でなく、英国のStewardship Codeでも同じように言い換えられている。その意味するところは、エンゲージメントが単なる対話でなく、議決権を背景に「株主が意図をもって行う交渉」の性格を持つということである。さらに、英国でスチュワードシップの概念が導入された歴史を振り返ると、エンゲージメントがもう1つ異なる意味を持たされていることが分かる。つまり、企業に対する規制強化という政策的な枠組みの中で機関投資家の役割が強化され、それに伴って、エンゲージメントは公共的な意味を帯びるようになった。日本版スチュワードシップ・コードも、民間企業の意識改革というアベノミクスの政策的要請から制定されている。
一方、個々の会社経営というミクロの観点から見ると、エンゲージメントは、株式持ち合い後における安定的な経営者・株主関係の重要な要素と言える。すなわち、株式持ち合いに依存した経営者・株主関係が過去のものとなりつつある中で、経営者はかつてのモノ言わぬ与党株主に代わって、モノ言う「スチュワード」株主との対話に努め、その支持を持続的に取り付けることが求められる。すなわち、スチュワードシップと経営の安定化は両立しうるものである。投資家フォーラムは、こうした新しい経営者・株主関係を支える要の役割を果たすことになろう。
<注>
(1)江口(2013)、およびそこに引用されている文献を参照。
(2)詳細は江口(2013)を参照。
(3)組織内の相互チェックについては、江口(2014)が簡潔にまとめている。
(4)https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/if_sagyobukai.html
<参考文献>
◆Arcot, Sridhar and Valentina Bruno. 2011. Silence is not Golden: Corporate Governance Standards, Transparency and Performance, mimeo.
◆Chiu, Iris H-Y. 2010. The Foundations and Anatomy of Shareholder Activism, Oxford: Hart Publishing.
◆Luo, Yan and Steven E. Salterio. 2014. Governance Quality in a “Comply or Explain” Governance Disclosure Regime, Corporate Governance: An International Review, 22:460-481.
◆江口高顯「株式持ち合い『後』の経営者・株主関係における機関投資家の役割」『証券アナリストジャーナル』第51巻第10号41-51頁(2013年10月)。
◆江口高顯「エンゲージメントの時代―日本における展開」コラム(2014年9月)。https://www.rieti.go.jp/jp/projects/fcga2011/columns2/21.html
◆宮島英昭・新田敬祐「株式所有構造の多様化とその帰結―株式持ち合いの解消・「復活」と海外投資家の役割」(宮島英昭編著『日本の企業統治―その再設計と競争力の回復に向けて』第2章、東洋経済新報社、2011年)。
◆Interim Report of the Committee on Capital Markets Regulation, Washington: CCMR (November 30, 2006).
◆[Kay Review] The Kay Review of UK Equity Markets and Long-Term Decision-Making–Final Report, London: Department for Business, Innovation & Skills (July, 2012).
◆[Cadbury Report] Report of the Committee on the Financial Aspects of Corporate Governance, London: Gee (December 1, 1992).
◆[Walker Review] A Review of Corporate Governance in UK Banks and Other Financial Industry Entities–Final Report, London: Walker Review Secretariat (November 26, 2009).