東証が2023年3月31日に、プライム市場およびスタンダード市場の全上場企業を対象として、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請を行ってから1年が経過した。2024年1月15日から公表されている本要請に関する開示企業一覧(*)も、既に2月15日、3月15日、4月15日と3回の更新が行われている。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。
まず初回公表分から3回の開示状況を分析してみると、開示企業一覧に掲載されている企業数は回を追うごとに増加していることが分かる(下表参照)。プライム市場では2月末の開示率が59%と、ほぼ6割に達している。
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧に掲載されている企業数(対応を検討中の企業を含む)
| 市場 |
2023年12月末時点 |
2024年1月末時点 |
2024年2月末時点 |
| プライム市場上場会社 |
815社(49%) |
899社(54%) |
969社(59% |
| スタンダード市場上場会社 |
300社(19%) |
325社(20%) |
348社(22%) |
| 合計 |
1,115社 |
1,224社 |
1,317社 |
一方、スタンダード市場での開示状況は芳しくない。相対的に人的リソースが豊富で対応力の高いプライム市場上場企業から開示が進むという図式が明確となっている。
また、東証は4月15日に一覧表(3月末時点の開示企業)を更新している。今回の更新は全上場企業の1割強を占める12月決算企業が株主総会を終え、コーポレートガバナンス報告書を提出した後のタイミングであることから、これまで未開示だった企業が軒並み開示に転じるのではないかと予想する声も聞かれたところ。
そこで当フォーラムでは、東証の一覧表から12月決算のプライム市場上場企業を抽出し、昨年12月末時点および今年3月末時点における掲載の有無を確認した。結果は下表の通り、「開示済」とした企業数は2.6倍に急増し過半数に達した一方、依然として4割近い12月決算企業が未開示であることが分かった。時価総額の大きいTOPIX500採用銘柄(12月期決算の70社)に限ると「開示済」の割合は7割まで高まるものの、約1/4という決して少なくない企業が未開示にとどまっている。
プライム市上場会社の12月決算企業(230社)
|
2023年12月末 |
2024年3月末 |
| 開示済 |
43社 |
20.5% |
113社 |
53.8% |
| 検討中 |
12社 |
5.7% |
14社 |
6.7% |
| 未開示 |
155社 |
73.8% |
83社 |
39.5% |
TOPIX500採用銘柄の12月決算企業(70社)
|
2023年12月末 |
2024年3月末 |
| 開示済 |
25社 |
35.7% |
49社 |
70.0% |
| 検討中 |
4社 |
5.7% |
4社 |
5.7% |
| 未開示 |
41社 |
58.6% |
17社 |
24.3% |
上記のとおり本対応はコーポレートガバナンス報告書の記載要領で求められている事項であるにもかかわらず、同報告書の一般的な更新時期である株主総会終了後において未開示の企業が約4割に達するという状況について市場関係者からは、「東証の要請は未だ十分な実効性が伴なっていない」と指摘する声も上がっている。開示が時期尚早というのであれば少なくとも「検討中」とするべきであり、また、東証では、現状分析など一部の対応が実施されていれば「検討中」とせず「開示済」とすることを認めている。未開示の企業は、今後、その理由や進捗状況を投資家から厳しく問われる可能性もあろう。
さらに当フォーラムでは、12月期決算企業のうち時価総額上位20社について一覧表における掲載の有無を確認したところ、6社が未開示であることが分かった。投資家の注目度が高い企業群であるだけに、今後の対応に注目が集まりそうだ。
| 社名 |
開示状況 |
英文開示 |
| 中外製薬 |
開示済 |
有 |
| 日本たばこ産業 |
開示済 |
有 |
| ルネサスエレクトロニクス |
|
|
| キヤノン |
開示済 |
有 |
| ブリヂストン |
開示済 |
有 |
| ユニ・チャーム |
開示済 |
|
| 大塚ホールディングス |
|
|
| 花王 |
開示済 |
有 |
| 日本ペイントホールディングス |
開示済 |
有 |
| INPEX |
開示済 |
有 |
| アサヒグループホールディングス |
|
|
| クボタ |
|
|
| ネクソン |
|
|
| シマノ |
開示済 |
|
| キリンホールディングス |
開示済 |
有 |
| 資生堂 |
開示済 |
有 |
| サントリー食品インターナショナル |
開示済 |
有 |
| ヤマハ発動機 |
開示済 |
有 |
| 協和キリン |
|
|
| 楽天グループ |
開示済 |
有 |
上表のうちルネサスエレクトロニクスは、 コーポレートガバナンス・コード原則1―3(資本政策の基本的な方針)への対応として、事業ポートフォリオ戦略や株主還元を説明しているが、同社の記載には東証要請のキーワード【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】が含まれていない。また、大塚ホールディングスは4月8日、アサヒグループホールディングスは4月1日に提出したコーポレートガバナンス報告書において東証要請のキーワードを伴った開示を行っているが、開示のタイミングの遅れから、4月15日付の一覧表には非掲載となっている。開示にあたってはキーワードやタイミングにも留意したいところだ。
「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示は一度公表すればそれで終わりという性質のものではない。特にROEなどの指標は、本決算の確定により更新が必要となる。3月決算企業は、遅くとも6月のコーポレートガバナンス報告書更新時に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示の更新(数値のアップデートや追加的な施策の開示、進捗報告など)を実施したい。記載内容を見直す際には、東証が2024年2月1日に公表した「資本コストや株価を意識した経営」の「ポイントと事例」と「(別紙)事例集」も参考になる(「ポイントと事例」とや「事例集」については、2024年2月16日のニュース『「資本コストや株価を意識した経営」で参考にしたい「投資者目線とのギャップ実例」』参照)。
ROE: Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)
東証内に設置された「市場区分の見直しに関するフォローアップ」が2024年3月22日に開催した第15回の会議では、資本コストや株価への意識を、企業⾏動規範として規定することの是非について議論が行われている(同会議の配布資料2「企業⾏動規範の⾒直し」の39ページの「ご議論いただきたい事項」の末尾を参照)。仮に資本コストや株価への意識が企業行動規範のうちエンフォースメント(実効性確保措置)のある「遵守すべき事項」に位置付けられれば、機関投資家が「資本コスト・株価を意識した経営への対応」未開示企業の社長選任議案に反対する動きが加速することが予想される(2024年3月15日のニュース『「資本コスト・株価を意識した経営への対応」未開示企業の社長選任議案に反対』参照)。
日経平均株価は引き続き4万円近い水準で推移しているが、その中で株価が低迷しているにもかかわらず「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示ができていない企業の経営陣は、もはや株価向上への意欲がないとみなされてもおかしくはない。特に低PBR企業に対しては、アクティビストファンドによる株式の買い占めや同業他社からの買収提案が行われる可能性は決して低くないだろう。
PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。
br>
br>
br>
br>
br>
br>
br>
br>
br>