2024/01/17 役員報酬におけるTSR評価は企業価値向上の万能薬か?(会員限定)

近年、役員報酬の評価指標(KPI)として、TSR(Total Shareholder Return:株主総利回り)を採用する日本企業が増加傾向にある。典型的な設計例としては、中長期インセンティブ報酬のKPIとしてTSRを組み入れ、3年間における自社のTSRとTOPIXの成長率、あるいは競合企業のTSRの優劣を評価し、その結果に応じて支給率(株式等交付率)を「0%~200%」の範囲で変動させる、といったものがある。

欧米では以前から一般的な報酬プラクティスとして広く普及してきたが、最近は日本でもグローバルカンパニー(例:グローバルな事業競争環境に晒されている企業、グローバルレベルの報酬を目指す企業、海外機関投資家の株式保有率が高い企業)を中心に導入が進んでいる。世界的な人事コンサルティン会社であるWTW社の調査によると、足下、TOPIX100構成企業のうち約3割がTSR等の株価指標を役員報酬のKPIに導入済みとなっている。代表的な企業事の開示事例を見ると、主な導入理由・目的として、「企業価値向上のためのインセンティブの強化」や「株主との利害共有の強化」といった説明が並んでいる。

その一方で、TSRを役員報酬のKPIに導入することにより本当にそのような目的が達成されるのか、疑問の声も聞かれる。単に、欧米プラクティスを形式的に取り入れているだけではないか、報酬水準をグローバルレベルに引き上げるための口実でしかないのではないか、といった指摘もある。TSR評価を導入することで役員は自社の株価やTOPIXあるいは競合企業の株価の推移を意識するようにはなるだろう。しかしながら、株価を意識するだけで企業価値が自然に向上するわけではない。

企業価値向上の背景には、本来、その企業固有の価値創造ストーリーがあるはずだ。資本をどの事業活動に投入し、その結果、ステークホルダーにどのような価値をもたらすのか。そのためには、役員が短期と中長期の視点でどのようなKPIを重視し、日々の業務執行や意思決定においてどういった行動に取り組むことが求められるのか。企業価値向上を目指すうえでは、こうしたKPIの目標達成や進捗の状況を個別具体的に、かつ適切な時間軸で評価していく方が実効的なインセンティブであると言える。その結果として、最終的に株価がどれくらい上昇したのか、マーケット全体や競合企業と比べてその上昇率は高いのか・低いのか。TSR評価は上記のような個別のKPI評価と組み合わせて初めて意義を持つ“結果評価”に過ぎない。

投資家も各社の価値創造ストーリーと役員の評価の関係に注目している。両者の接点が見えない限り、たとえ先進的な役員報酬制度であったとしても、価値創造ストーリーや中長期的・持続的な成長に向けた具体的な戦略の欠如、役員の責任逃れ、といったネガティブな印象を与えかねない。TSR評価を導入して相応の期間が経った後、実際に企業価値がどれくらい上昇し、その間経営トップがいくらの報酬を得たのか、両者は実効的に相関しているのか、といった事後的検証に晒される可能性も十分に想定し、自社にとってのTSR評価の有用性を慎重に見極めることが求められる。安易なTSR評価の導入は近視眼的な経営行動を促し持続的な成長を阻害する“劇薬”となり得る点、留意したい。

2024/01/16 「株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示、プライムでも半数に届かず

2023年11月7日のニュース「開示企業一覧表に掲載されるためのキーワードが確定、 CG報告書はいつ再提出する?」などでお伝えしていたとおり、東証が昨年から「年明けの1月15日」に公表することを予告していた「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を開示している企業(2023年12月末時点)の一覧表が昨日(2024年1月15日)ついに東証のWEBサイトにアップされた。正式名称『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表()』(以下、開示企業一覧表)は、・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/01/16 「株価を意識した経営の実現に向けた対応」の開示、プライムでも半数に届かず(会員限定)

2023年11月7日のニュース「開示企業一覧表に掲載されるためのキーワードが確定、 CG報告書はいつ再提出する?」などでお伝えしていたとおり、東証が昨年から「年明けの1月15日」に公表することを予告していた「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を開示している企業(2023年12月末時点)の一覧表が昨日(2024年1月15日)ついに東証のWEBサイトにアップされた。正式名称『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表()』(以下、開示企業一覧表)は、東証のWEBサイトの『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表(2023年12月末時点)(2024年1月15日公表)』をクリックすると立ち上がるエクセルで閲覧可能となっている。開示企業一覧表の公表は今回初めてとなるが、今後は各月末時点の状況に基づき、翌月15日を目途に毎月更新される。

 東京証券取引所が2023年3月にプライム市場上場会社およびスタンダード市場上場会社に対して行った要請「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」への対応状況を、コーポレートガバナンス報告書(CG報告書)に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」というキーワードを使って記載している企業を集計した一覧表を指す。

開示企業一覧表と同時に公表された『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示状況(2023年12月末時点)の集計結果』(以下、集計結果)によると、2023年12月末時点で、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」についてCG報告書に記載している上場会社はプライム市場で49%(815社)、スタンダード市場に至っては18%(300社)に過ぎないことが分かった(下記円グラフの色付き部分)。これらの数字は「対応済み」だけでなく「検討中」の会社も含んだものであり、CG報告書に「対応済み」と記載した会社はプライム市場で40%(660社)、スタンダード市場では11.5%(191社)にとどまった。

開示状況の内訳
20240115a
「集計結果』の2ページより引用

開示率低迷の原因として、東証の要請に対し、PBRが高い上場会社の反応の悪さが指摘されている。東証の集計結果によると、平均PBRが低い業種の代表例である銀行業の開示率は94%と高い数字になっているが、平均PBRが⾼い情報・通信業、サービス業などの業種では開示が進んでおらず、全体の開示率を押し下げる要因になっている(集計結果の4ページを参照)。PBRの高い上場会社の経営陣には「東証が要請する『資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応』はPBRが低い上場会社が取り組むべき課題であり、PBRが高い当社は取り組む(あるいは開示する)必要はない」という誤解がある可能性も指摘されている。また、時価総額の低い上場会社も東証の要請への反応は鈍い。時価総額が低いため投資家からあまり注目されておらず、開示に対するプレッシャーが小さいことや、企業規模が小さくCG報告書での開示にリソースを割けず、まずは他社の様子見というスタンスをとっていることなどがその理由と言える。「PBR」と「時価総額」のマトリックスによる開示企業(プライム市場のみ)の割合は下表のとおり。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

「PBR」と「時価総額」のマトリックスによる開示状況
20240115b
「集計結果」の3ページより引用

投資家の視点から最も問題視されるのは、「市場全体で見た開示率の低さ」よりも「時価総額1,000億円以上」でPBRが1倍未満であるにもかかわらず、CG報告書で何ら開示していないプライム市場上場会社が22%(=100%-78%)もあることだろう。これらの上場会社は、「東証の要請への感度が低い=株価向上や投資家との対話への関心が薄い」と評価されかねない。最近は低PBRの上場会社の東証要請への取組み内容が、投資家に“割安株”として注目されるきっかけになるケースも増えている。東証要請への対応をCG報告書で開示していない上場会社は、バブル崩壊以降最高値を更新する株価上昇の流れに取り残されないよう、早期の開示が求められる。

その際には、下記の当フォーラムの記事も参考にされたい。
【2023年12月の課題】PBRを上げるための方策(近日中に解答を掲載予定)
【役員会 Good&Bad発言集】「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する取り組み・開示

また、東証は2024年1月下旬〜2月上旬に、投資家の視点を踏まえた対応のポイントや、投資家から⾼い⽀持のあった取組み事例の公表を予定している。非開示企業は是非とも参考にしたいところだ。

2024/01/15 当事者間の合意による秘密保持義務 vs 法令上の開示の要請、どちらが優先する?

上場企業が「重要な契約」を締結している場合、有価証券報告書の【経営上の重要な契約等】にその概要を記載することが求められているが、企業にとって悩ましいのは、守秘義務が課されている契約の開示だ。実際、「守秘義務がある以上、開示すれば契約違反に当たるため開示できない」として、開示内容を制限している企業も少なくない。例えば以下の2つの事例だ(下線部)。・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/01/15 当事者間の合意による秘密保持義務 vs 法令上の開示の要請、どちらが優先する?(会員限定)

上場企業が「重要な契約」を締結している場合、有価証券報告書の【経営上の重要な契約等】にその概要を記載することが求められているが、企業にとって悩ましいのは、守秘義務が課されている契約の開示だ。実際、「守秘義務がある以上、開示すれば契約違反に当たるため開示できない」として、開示内容を制限している企業も少なくない。例えば以下の2つの事例だ(下線部)。

日産自動車 2023年3月期有価証券報告書(抜粋)
【経営上の重要な契約等】

(中略)

ルノーとの経営上の重要な契約については、ガバナンス向上、透明性の向上の観点から、契約上の守秘義務に抵触しない範囲で、以下のとおり内容の一部を開示している。
(AEPA~RAMAの経緯)

当社は、1999年3月27日にルノーとの間で「アライアンス及び資本参加契約」(Alliance and Equity Participation Agreement。以下、「AEPA」という。)を締結した。AEPAに基づき、ルノーは当社の株式の36.8%を取得するとともに、株式保有比率を44.4%まで引き上げることを可能とする新株引受権を引き受けた。一方、当社も将来ルノーの株式を取得する機会を得た。

その後、2002年3月にルノーは新株引受権を行使し、当社に対する株式保有比率を44.4%に引き上げ、当社は2002年3月及び5月に、当社の完全子会社である日産ファイナンス株式会社を通じてルノーの株式の合計15%を2回の第三者割当増資により取得した。なお、日産ファイナンス株式会社を通じて当社が保有するルノー株式は、フランス商法により議決権の行使が制限されている。この過程において、AEPAは、2001年12月20日に締結された「アライアンス基本契約」、さらに2002年3月28日に締結された「改訂アライアンス基本契約」(Restated Alliance Master Agreement。以下、「RAMA」という。)により改訂された。さらに、RAMAは、2005年4月29日の第1次改訂、2012年11月7日の第2次改訂及び2015年12月11日の第3次改訂により、それぞれ変更されている。
(株式取得制限)

ルノーは、第三者が、当社株式の20%以上若しくは当社の取締役の指名権を取得するか、又は取得の意思を表明した場合を除き、当社の取締役会による事前の承諾なく当社の株式を44.4%を超えて取得することが禁止されている。また、当社グループは、ルノーが当社の株主総会における議決権行使に関する一定の原則に従わない場合を除き、ルノーの取締役会による事前の承諾なくルノーの株式を15%を超えて取得することが禁止されている。

(以下、略)
味の素 2023年3月期有価証券報告書(抜粋)
5【経営上の重要な契約等】
(中略)
重要な固定資産の譲渡
 当社及び当社グループは、2023年2月28日及び同年1月31日開催の取締役会決議に基づき、当社及び当社グループの所有する固定資産を譲渡する不動産売買契約を同年3月7日に締結いたしました。

(中略)
(2)譲渡資産の内容
資産の名称及び所在 譲渡益
神奈川県川崎市高津区下野毛 他
 土地:46,732.81㎡
 建物:31,086.66㎡(延床面積)
約280億円
(注)譲渡価額については、譲渡先との守秘義務契約により公表を控えさせていただきますが、競争入札による適正な価格での譲渡となります。譲渡益は、帳簿価額及び譲渡に係る費用等を控除した概算額を記載しています。

(以下、略)

しかし、日本の上場企業による「重要な契約」の開示は、同様の制度を有する諸外国と比較して不十分であるとされ、法令上の規定に大きな違いがないにもかかわらず、実際の開示状況に差が生じている。この点について、2022年6月に公表された金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告「中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて」(31ページ)では、以下の指摘がされていた。

・「投資判断にとって重要(material)な契約」が開示対象であることが、十分実務に浸透していない
・ 明示的に開示が求められていなければ開示不要との受止めの下、企業が開示に消極的になっている面がある

こうした指摘を踏まえ金融庁は2023年12月に公表した『「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について』で、有価証券報告書の【重要な契約】の項目として以下の契約の概要の開示が必要となることを明示している(「ローンと社債に付される財務上の特約」については、2024年1月12日のニュース「コベナンツ(財務制限条項)の開示ルールがパブコメ案より緩和され確定」参照)。

1.企業・株主間のガバナンスに関する合意
2.企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意
3.ローンと社債に付される財務上の特約

また、これまでの【経営上の重要な契約等】の項目名に「経営上」という文言が含まれているがゆえに、“典型的な経営上の契約”以外の契約の開示が十分になされてこなかったとの指摘があることを踏まえ、今回の開示府令の改正により、項目名が【重要な契約等】に変更されている。

注目されるのは、パブリックコメントに対する金融庁の考え方の中で、冒頭で紹介した「守秘義務がある以上、開示すれば契約違反に当たるため開示できない」というこれまで企業の間で浸透していた実務を否定する見解が示されたということだ。すなわち、金融商品取引法上の開示要請は、当事者間の合意による契約上の守秘義務(秘密保持義務)に優先するため、ある契約が法令上の開示対象に該当する場合には、契約上の守秘義務の有無にかかわらず開示しなければならないことになる(下表の下線部)。

20240115
コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方(企業内容等の開示に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令)」より抜粋
No. コメントの概要 金融庁の考え方
21 本改正案は、DWG報告に沿ったものであるが、「重要な契約」については、企業にとって守秘性の高い内容が含まれ、その内容を開示することで、企業価値を毀損する可能性も懸念されることから、開示対象や開示内容については、必要最低限のものにとどめるとともに、開示対象や開示内容の範囲を明確に判断できるよう規定すべきである。また、本改正案に定める「重要な契約」の開示を行うことは、当該契約に定める秘密保持条項との関係が問題となる。この点、「重要な契約」の開示を行うことが当該契約に定める秘密保持条項に抵触する場合には、例外的に開示不要とするなどの規定を設けることを検討すべきである。仮に、そのような規定を設けないのであれば、実務上の影響に鑑み、当該契約に定める秘密保持条項との関係に関する基本的な考え方(当該秘密保持条項において、「法令に基づき有価証券報告書等において開示する場合」が秘密保持義務の「例外」として(明確に)規定されていない場合であっても、通常、契約の合理的解釈として、「法令に基づき有価証券報告書等において開示する場合」は、秘密保持義務違反とならないこと等)を示すべきである。 今般の改正により開示すべき事項は「契約の概要」であり、守秘性の高い情報を含め、その内容を詳細に開示することまで求めるものではありません。
また、法令上の開示の要請は、当事者間の合意による秘密保持義務に優先することから、個別の契約において秘密保持条項が設けられていたとしても、法令の定めに基づき当該契約の内容を開示することは、秘密保持義務違反には当たらないと考えられます。
22 企業の実務担当者において、契約上、守秘義務が規定されている場合には、開示できないと考えて開示に抵抗を示す事例に接することがあるが、これは、法令上の開示義務と契約上の守秘義務の関係についての法的な考え方の整理が十分に周知されていないからと思料される。
開示義務と守秘義務との関係について、誤解に基づく開示義務の違反を防ぐとともに、重要な契約の開示の充実を図るうえで、当局において、原則的な考え方を示すことはきわめて重要と考えられる。先般、示された将来情報に関する虚偽記載等の考え方と同様に、守秘義務に係る考え方についても、開示ガイドラインなどにおいて示されることが有益と考えられるため、今後の課題として検討していただきたい。
法令上の開示の要請は、当事者間の合意による契約上の守秘義務(秘密保持義務)に優先することから、当該契約が法令上の開示対象に該当する場合には、契約上の守秘義務の有無にかかわらず、これを開示する必要があることは、ご理解のとおりです。
開示ガイドラインへの追加に関しては、貴重なご意見として承ります。

とはいえ、企業にとって守秘性の高い内容が含まれている場合、その内容を開示することで企業価値を毀損する可能性も懸念される。このような場合について金融庁は、「その内容を詳細に開示することまで求めるものではありません。」との考えを示している(上表の赤字部分)。開示にあたっては、企業価値のほか、取引の安全性、継続性などへの影響に留意して開示内容を検討する必要があろう。

このほか、株式の処分・買増し等に関する合意を含む契約のうち、当該合意が未公表の重要事実(例えば、買収提案、公開買付けなど)に関連して締結されたもので、未公表の重要事実に関する交渉や検討に係る期間を踏まえて一定の期間に限り有効であるものについては、「重要性の乏しいもの」に該当することが開示ガイドラインで明確化されている(開示ガ5-17-6)。守秘性の高さを踏まえ企業に配慮したものと言えよう。

2024/01/12 コベナンツ(財務制限条項)の開示ルールがパブコメ案より緩和され確定

2023年7月14日のニュース『コベナンツの開示ルール整備に伴い、取締役会規程における 「多額の借財」の数的基準の見直しも検討の余地』でお伝えしたコベナンツ(財務制限条項)の開示ルール改正の内容が昨年末に確定し、2024年4月1日から施行されることとなった。確定版では、パブコメ募集時の公開草案から重要な変更が加えられている。そこで本稿では、公開草案からの変更点および寄せられたパブコメに対する金融庁の考え方を中心に解説する。・・・


コベナンツ : 借入期間内における作為(実行することを要求される行為)・不作為(やってはならない行為)について借手が誓約する、借入契約(金銭消費貸借契約)における特約条項。借入れの際に締結するコベナンツの多くは「一定の自己資本比率の維持」「一定の純資産額の維持」等の財務的な遵守事項であることが多いので、財務制限条項とも呼ばれる。

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/01/12 コベナンツ(財務制限条項)の開示ルールがパブコメ案より緩和され確定(会員限定)

2023年7月14日のニュース『コベナンツの開示ルール整備に伴い、取締役会規程における「多額の借財」の数的基準の見直しも検討の余地』でお伝えしたコベナンツ(財務制限条項)の開示ルール改正の内容が昨年末に確定し、2024年4月1日から施行されることとなった。確定版では、パブコメ募集時の公開草案から重要な変更が加えられている。そこで本稿では、公開草案からの変更点および寄せられたパブコメに対する金融庁の考え方を中心に解説する。


コベナンツ : 借入期間内における作為(実行することを要求される行為)・不作為(やってはならない行為)について借手が誓約する、借入契約(金銭消費貸借契約)における特約条項。借入れの際に締結するコベナンツの多くは「一定の自己資本比率の維持」「一定の純資産額の維持」等の財務的な遵守事項であることが多いので、財務制限条項とも呼ばれる。

まず、コベナンツの新たな開示ルールを確認しておこう。下表の右列が、金融庁が2023年12月22日に公表した改正「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、確定版)に基づく新開示ルール(2025年4月1日以後適用)だ。金融庁が2023年6月30日に公表した公開草案では、コベナンツ締結時に臨時報告書の提出が必要となる「重要性」の閾値は「3%」とされていたが(下表の左列を参照)、パブコメで「3%は厳しすぎる」との意見が多数寄せられたことから、確定版ではこれが「10%」に緩和されている(下表の赤字部分)。本開示ルールのパブコメ案と確定版を比較したのが下表だ。

臨時報告書によるコベナンツ(財務制限条項)の新開示ルール
パブコメ案 確定版
有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をした場合(既に締結している契約や既に発行している社債に新たに財務上の特約が付される場合も含む)であって、その元本又は発行額の総額が連結純資産額3%以上の場合には、契約の概要(契約の相手方、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容を記載した臨時報告書の提出を求める。 有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をした場合(既に締結している契約や既に発行している社債に新たに財務上の特約が付される場合も含む)であって、その元本又は発行額の総額が連結純資産額10%以上の場合には、契約の概要(契約の相手方の属性、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容を記載した臨時報告書の提出を求める。

上表でいう連結純資産額とは、最近事業年度の末日における連結純資産額(前期の有価証券報告書の連結貸借対照表上の額)を指す。近年は、配当や自己株式の取得を積極的に行うなどして株主還元を進めた結果、連結純資産の絶対値が小さくなっている上場会社も少なくない。10%に緩和されたといって油断せず、閾値に抵触していないかどうかのチェックは怠らないようにしたい。

ちなみに、「財務上の特約」とは、有価証券報告書等の提出会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができないことを条件として当該提出会社が期限の利益を喪失する旨の特約をいう(下表参照)。


期限の利益 : 期限があることによって債務者が受ける利益のこと。金銭消費貸借契約の場合、債務者は、契約で定められたそれぞれの弁済期限までは、借入金の弁済をしなくてよいが、これが期限の利益である。例えば債務者が倒産手続に入った場合などには、期限の利益を喪失することになる。

開示の対象となる「財務上の特約」の条件と特約の内容
条件 当該提出会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができないこと
特約の内容 上記の条件を満たすと当該提出会社が期限の利益を喪失する旨の特約があること

なお、「財務指標の維持を目的とするものではない、配当制限や担保提供制限といった財務制限条項やレポーティング・コベナンツ」については、「財務上の特約」に該当しないことには注意が必要だ(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo72を参照)。


レポーティング・コベナンツ : 報告を行うことの遵守を求める条項

臨時報告書で開示すべき事項は、「契約の概要(契約の相手方の属性、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容」である。公開草案では「契約の概要(契約の相手方、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容」を開示するよう求めていたが、確定版では「契約の相手方」の名称ではなく「属性」を記載すればよいこととなった(一番上の表の青字)。この点についてパブリックコメントで寄せられた意見とそれに対する金融庁の考え方は下表のとおり(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.95を参照)。

パブリックコメントで寄せられた意見 金融庁の考え方
金銭消費貸借契約の情報開示事項から、「金銭消費貸借契約の相手方の氏名又は名称及び住所」を除外いただきたい。契約の相手方の情報は、財務上の特約に抵触した際の影響の開示の観点からは不要と考えられるだけでなく、契約の相手方の情報開示が伴うことで、重要な契約の内容から該当企業への各行の貸出姿勢が推測され、場合によっては不要な信用懸念を惹起するおそれがあると考えられる。 ご意見を踏まえ、財務上の特約が付された金銭消費貸借契約の相手方は、その属性のみを開示すれば足りることとしました。
具体的な記載方法としては、「個人」や「事業会社」のほか、金融機関については、金融庁のホームページに掲載されている免許の区分に応じ、都市銀行、地方銀行、協同組織金融機関等といった記載を行うことが考えられます。もっとも、提出会社の判断において、個社名を開示することが妨げられるものではありません。

また、親会社が締結・発行した金銭消費貸借契約・社債のみならず、子会社が締結・発行した金銭消費貸借契約・社債も財務上の特約があれば開示対象となりうる(ただし、連結企業グループ内で締結/発行された金銭消費貸借契約/社債は、二重計上を防ぎ財務状況を正確に示すため連結相殺されるので、開示対象から除外される)。債権者が海外の金融機関であっても当然に開示対象となる。したがって、海外連結子会社が海外の金融機関との間において金銭消費貸借契約を締結した場合や海外市場において社債を発行した場合も、当然に開示対象となる(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.69を参照)。開示漏れが起きないようにするには、子会社から臨時報告書用の情報を吸い上げる仕組み(開示統制)の中で“10%基準”の存在を子会社に周知しておく必要がある。

臨時報告書は、「契約の締結時」のみならず、「財務上の特約に変更があった場合」や「財務上の特約に定める事由が発生した場合」にも提出が必要になる。「財務上の特約に変更があった場合」には当該変更内容を、「財務上の特約に抵触した場合」には抵触事由等を臨時報告書に記載することとなる。

もっとも、財務上の特約に抵触しても、実務上、債権者が直ちに期限の利益の喪失を主張するケースは滅多になく、通常は、債権者(金融機関)と債務者の間で交渉が行われ、対応策の確定に伴い債権者が自発的に期限の利益の喪失を主張する権利を放棄することになる。この実態を踏まえ、パブコメでは、臨時報告書の提出タイミングは「財務上の特約に定める事由が発生した場合」ではなく、「債権者と債務者の間で合意が確実となった段階」または「期限の利益の喪失の可能性が高まった場合」にまで遅らせるべきであるとの意見も寄せられていたが、金融庁は下記のとおりこれを退けている(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.112を参照)。

パブリックコメントで寄せられた意見 金融庁の考え方
わが国の商習慣を踏まえると、財務上の特約に定める一定の事由が発生した場合であっても、直ちに期限の利益の喪失とはならず、債権者と債務者の間で交渉が行われ、一定の条件の下で債権者が自発的に権利を放棄することが多い。そのため、当該事由の発生時点で企業が開示できる情報は、当該事由が発生したことと、対応について権利者と協議していることのみとなる。このような開示は、レピュテーションリスクの増大とマーケットへの不必要な悪影響等を招くと懸念される。
したがって、わが国固有の状況を踏まえ、債権者と債務者の間で合意が確実となった段階で、または、期限の利益の喪失の可能性が高まった場合に開示を求めるのが適切である。
財務上の特約に定める事由が発生した場合(財務指標があらかじめ定めた基準を維持できなかった場合)には、臨時報告書を遅滞なく提出する必要があるため、対応策の確定を待って提出を行うことは認められません。
もっとも、金銭消費貸借契約や社債の条件において、直ちに期限の利益を喪失しないような措置が予定されている場合には、当該措置が採られないこととなった時点で事由が発生したものとすることを明確化しました。
また、そうでない場合であっても、基準に抵触したか否かは、財務指標の確定値をもって判断すれば足りることから、当該財務指標の速報値が判明した時点で、債権者との間で協議等を行うことで、臨時報告書の提出義務が発生する時点までに、可能な限り対応策を確定し得るといった対応をとることもできると考えられます。

「事由が発生したが、対応については債権者と協議中」という臨時報告書を提出すれば「不要な信用懸念を招く」(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.113 を参照)恐れがあることから、当該財務指標の数値が確定するまでに債権者(金融機関)との協議を終えておいた方が無難と言えよう。

新開示ルールは2025年4月1日以後に提出される臨時報告書から適用されるが、財務上の特約に変更があった場合等であっても、財務上の特約が施行日(2024年4月1日)前に締結されていれば、2026年4月1日以後に提出される臨時報告書までは開示を省略することが可能とされている(2016年4月1日以後の「変更」時には臨時報告書の提出を免れない)。また、施行日前に締結した財務上の特約であっても、施行日後にコベナンツに「抵触」した場合は臨時報告書の提出が求められる。

臨時報告書による開示に加えて、有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約が付されたローン契約を締結又は社債を発行しており、その残高が連結純資産額の10%以上(判定にあたっては同種の契約・社債はその負債の額を合算して判定する)である場合には、有価証券報告書の【重要な契約等】の欄で当該契約又は社債の概要及び財務上の特約の内容の開示が求められる(2025年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書等から適用)。

金銭消費貸借契約の内容又は社債の条件において、特定の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができなかった場合に直ちに期限の利益を喪失しないような措置(例えば、相手方との間で期限の利益を喪失させるか否かについての協議を行うこと)が予定されている場合には、当該措置が採られないことが決定されたことをもって「財務上の特約に定める事由の発生」に該当することとされた(改正後の企業内容等開示ガイドライン5-17-5)。ここで重要なポイントとなるのは、今後、上場会社が金融機関との間で金銭消費貸借契約の内容又は社債の条件を詰める際に「財務上の特約」を求められた場合、金融機関との交渉により、契約書に「当該特約に抵触したことをもって債務者は直ちに期限の利益は失うのではなく、まずは債権者との間で期限の利益を喪失させるか否かについての協議を行う」旨の条項を追加することができれば、特約に抵触したとしても、臨時報告書の提出を免れるということだ。ただし、このように当該金銭消費貸借契約又は社債について財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができなかった場合、その後に提出される「有価証券報告書」においては、その旨及び期限の利益を喪失させない措置が採られたことを記載しなければならない点、留意したい。

2024/01/11 (新用語・難解用語)マミートラック

少子化という日本が直面する問題を解決するために不可欠と言えるのが、「育児と仕事の両立」だが、これは労働者個人の努力だけで実現できるものではなく、企業側の協力が不可欠となる。こうした中、日本企業でも導入や検討が進んでいるのが、「マミートラック」という・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから

2024/01/11 (新用語・難解用語)マミートラック(会員限定)

少子化という日本が直面する問題を解決するために不可欠と言えるのが、「育児と仕事の両立」だが、これは労働者個人の努力だけで実現できるものではなく、企業側の協力が不可欠となる。こうした中、日本企業でも導入や検討が進んでいるのが、「マミートラック」という育児と仕事とを両立させるための人事制度だ。

元々は、米国のNPOが今から35年以上も前の1988年頃、子育て中の女性のために労働時間や業務量に配慮した人事制度(育児休業やワークシェアリング等)の整備を提唱し、これを取り上げたジャーナリストがこれを「マミートラック(mommy track)」と称したことが、マミートラックの始まりとされている。

マミートラックを導入するということは、要するに「単線型人事」から「複線型人事」への移行であり、将来の幹部候補者を早期に選抜して特別なキャリアパスを用意する「ファストトラック(fast track)」と同様、通常とは異なるキャリアパスを設けるということを意味する。

マミートラックには、自分の負担が減るだけにとどまらず、同僚の理解も得られ、“罪悪感”なく職場にいられるという大きなメリットがある。最近、「マミートラック」という言葉がネガティブな文脈で使われることが非常に目に付くが、それは間違いだ。育児と仕事とを両立させるための人事制度を選択すると、「責任ある職務に就けない」「仕事にやりがいが持てなくなる」「給与が下がる」といったデメリットがあり、これらの弊害のことを「マミートラック」と呼ぶ風潮がある。なかには「マミートラックが生じてしまう」といった誤用すら見受けられる。多様な働き方が求められる今こそ、マミートラックの意義が理解されるべきであり、企業としても、労働者それぞれの生活スタイル・考え方に合わせてマミートラックを選択できるよう、人事制度の見直しを検討する必要があろう。

注意しなければならないのは、企業が出産(または妊娠)した女性従業員に対し当然のようにマミートラックの利用を勧めることだ。これはマタニティハラスメント(男女雇用機会均等法11条の3、育児介護休業法25条に違反する行為)に該当するので、厳に慎みたい。企業としては、マミートラックの内容をきちんと説明し、あくまで「本人の意思」で選択するかどうかを決めさせる必要がある。さらには、女性従業員だけでなく、配偶者の出産を控えた男性従業員にも同様の説明をし、希望に耳を傾けるべきだろう。

2024/01/10 グラスルイスが2024年版議決権行使助言方針を公表、ジェンダー・ダイバーシティ基準を厳格化、気候関連問題の説明責任の対象企業も拡大

議決権行使助言会社グラスルイスは2023年12月26日、2024年版の日本市場向け議決権行使助言方針ガイドライン(英語版)を公表した。2024年2月1日以降に開催される株主総会から適用される。なお、日本語版も近く公表される見通し。

今回の改定でグラスルイスが挙げている変更点は5つあり、そのうち2025年2月から適用されるもの(1年間の猶予期間あり)は2つ(下記②③)となっている。以下それぞれの変更点について解説する。・・・

このコンテンツは会員限定です。会員登録(有料)すると続きをお読みいただけます。

続きはこちら
まだログインがお済みでない場合は ログイン画面に遷移します。
会員登録はこちらから