2023年7月14日のニュース『コベナンツの開示ルール整備に伴い、取締役会規程における「多額の借財」の数的基準の見直しも検討の余地』でお伝えしたコベナンツ(財務制限条項)の開示ルール改正の内容が昨年末に確定し、2024年4月1日から施行されることとなった。確定版では、パブコメ募集時の公開草案から重要な変更が加えられている。そこで本稿では、公開草案からの変更点および寄せられたパブコメに対する金融庁の考え方を中心に解説する。
コベナンツ : 借入期間内における作為(実行することを要求される行為)・不作為(やってはならない行為)について借手が誓約する、借入契約(金銭消費貸借契約)における特約条項。借入れの際に締結するコベナンツの多くは「一定の自己資本比率の維持」「一定の純資産額の維持」等の財務的な遵守事項であることが多いので、財務制限条項とも呼ばれる。
まず、コベナンツの新たな開示ルールを確認しておこう。下表の右列が、金融庁が2023年12月22日に公表した改正「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、確定版)に基づく新開示ルール(2025年4月1日以後適用)だ。金融庁が2023年6月30日に公表した公開草案では、コベナンツ締結時に臨時報告書の提出が必要となる「重要性」の閾値は「3%」とされていたが(下表の左列を参照)、パブコメで「3%は厳しすぎる」との意見が多数寄せられたことから、確定版ではこれが「10%」に緩和されている(下表の赤字部分)。本開示ルールのパブコメ案と確定版を比較したのが下表だ。
臨時報告書によるコベナンツ(財務制限条項)の新開示ルール
| パブコメ案 |
確定版
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有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をした場合(既に締結している契約や既に発行している社債に新たに財務上の特約が付される場合も含む)であって、その元本又は発行額の総額が連結純資産額の3%以上の場合には、契約の概要(契約の相手方、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容を記載した臨時報告書の提出を求める。 |
有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をした場合(既に締結している契約や既に発行している社債に新たに財務上の特約が付される場合も含む)であって、その元本又は発行額の総額が連結純資産額の10%以上の場合には、契約の概要(契約の相手方の属性、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容を記載した臨時報告書の提出を求める。 |
上表でいう連結純資産額とは、最近事業年度の末日における連結純資産額(前期の有価証券報告書の連結貸借対照表上の額)を指す。近年は、配当や自己株式の取得を積極的に行うなどして株主還元を進めた結果、連結純資産の絶対値が小さくなっている上場会社も少なくない。10%に緩和されたといって油断せず、閾値に抵触していないかどうかのチェックは怠らないようにしたい。
ちなみに、「財務上の特約」とは、有価証券報告書等の提出会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができないことを条件として当該提出会社が期限の利益を喪失する旨の特約をいう(下表参照)。
期限の利益 : 期限があることによって債務者が受ける利益のこと。金銭消費貸借契約の場合、債務者は、契約で定められたそれぞれの弁済期限までは、借入金の弁済をしなくてよいが、これが期限の利益である。例えば債務者が倒産手続に入った場合などには、期限の利益を喪失することになる。
開示の対象となる「財務上の特約」の条件と特約の内容
| 条件 |
当該提出会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができないこと |
| 特約の内容 |
上記の条件を満たすと当該提出会社が期限の利益を喪失する旨の特約があること |
なお、「財務指標の維持を目的とするものではない、配当制限や担保提供制限といった財務制限条項やレポーティング・コベナンツ」については、「財務上の特約」に該当しないことには注意が必要だ(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo72を参照)。
レポーティング・コベナンツ : 報告を行うことの遵守を求める条項
臨時報告書で開示すべき事項は、「契約の概要(契約の相手方の属性、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容」である。公開草案では「契約の概要(契約の相手方、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容」を開示するよう求めていたが、確定版では「契約の相手方」の名称ではなく「属性」を記載すればよいこととなった(一番上の表の青字)。この点についてパブリックコメントで寄せられた意見とそれに対する金融庁の考え方は下表のとおり(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.95を参照)。
| パブリックコメントで寄せられた意見 |
金融庁の考え方 |
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金銭消費貸借契約の情報開示事項から、「金銭消費貸借契約の相手方の氏名又は名称及び住所」を除外いただきたい。契約の相手方の情報は、財務上の特約に抵触した際の影響の開示の観点からは不要と考えられるだけでなく、契約の相手方の情報開示が伴うことで、重要な契約の内容から該当企業への各行の貸出姿勢が推測され、場合によっては不要な信用懸念を惹起するおそれがあると考えられる。
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ご意見を踏まえ、財務上の特約が付された金銭消費貸借契約の相手方は、その属性のみを開示すれば足りることとしました。
具体的な記載方法としては、「個人」や「事業会社」のほか、金融機関については、金融庁のホームページに掲載されている免許の区分に応じ、都市銀行、地方銀行、協同組織金融機関等といった記載を行うことが考えられます。もっとも、提出会社の判断において、個社名を開示することが妨げられるものではありません。
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また、親会社が締結・発行した金銭消費貸借契約・社債のみならず、子会社が締結・発行した金銭消費貸借契約・社債も財務上の特約があれば開示対象となりうる(ただし、連結企業グループ内で締結/発行された金銭消費貸借契約/社債は、二重計上を防ぎ財務状況を正確に示すため連結相殺されるので、開示対象から除外される)。債権者が海外の金融機関であっても当然に開示対象となる。したがって、海外連結子会社が海外の金融機関との間において金銭消費貸借契約を締結した場合や海外市場において社債を発行した場合も、当然に開示対象となる(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.69を参照)。開示漏れが起きないようにするには、子会社から臨時報告書用の情報を吸い上げる仕組み(開示統制)の中で“10%基準”の存在を子会社に周知しておく必要がある。
臨時報告書は、「契約の締結時」のみならず、「財務上の特約に変更があった場合」や「財務上の特約に定める事由が発生した場合」にも提出が必要になる。「財務上の特約に変更があった場合」には当該変更内容を、「財務上の特約に抵触した場合」には抵触事由等を臨時報告書に記載することとなる。
もっとも、財務上の特約に抵触しても、実務上、債権者が直ちに期限の利益の喪失を主張するケースは滅多になく、通常は、債権者(金融機関)と債務者の間で交渉が行われ、対応策の確定に伴い債権者が自発的に期限の利益の喪失を主張する権利を放棄することになる。この実態を踏まえ、パブコメでは、臨時報告書の提出タイミングは「財務上の特約に定める事由が発生した場合」ではなく、「債権者と債務者の間で合意が確実となった段階」または「期限の利益の喪失の可能性が高まった場合」にまで遅らせるべきであるとの意見も寄せられていたが、金融庁は下記のとおりこれを退けている(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.112を参照)。
| パブリックコメントで寄せられた意見 |
金融庁の考え方 |
わが国の商習慣を踏まえると、財務上の特約に定める一定の事由が発生した場合であっても、直ちに期限の利益の喪失とはならず、債権者と債務者の間で交渉が行われ、一定の条件の下で債権者が自発的に権利を放棄することが多い。そのため、当該事由の発生時点で企業が開示できる情報は、当該事由が発生したことと、対応について権利者と協議していることのみとなる。このような開示は、レピュテーションリスクの増大とマーケットへの不必要な悪影響等を招くと懸念される。
したがって、わが国固有の状況を踏まえ、債権者と債務者の間で合意が確実となった段階で、または、期限の利益の喪失の可能性が高まった場合に開示を求めるのが適切である。
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財務上の特約に定める事由が発生した場合(財務指標があらかじめ定めた基準を維持できなかった場合)には、臨時報告書を遅滞なく提出する必要があるため、対応策の確定を待って提出を行うことは認められません。
もっとも、金銭消費貸借契約や社債の条件において、直ちに期限の利益を喪失しないような措置が予定されている場合には、当該措置が採られないこととなった時点で事由が発生したものとすることを明確化しました。
また、そうでない場合であっても、基準に抵触したか否かは、財務指標の確定値をもって判断すれば足りることから、当該財務指標の速報値が判明した時点で、債権者との間で協議等を行うことで、臨時報告書の提出義務が発生する時点までに、可能な限り対応策を確定し得るといった対応をとることもできると考えられます。
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「事由が発生したが、対応については債権者と協議中」という臨時報告書を提出すれば「不要な信用懸念を招く」(パブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方のNo.113 を参照)恐れがあることから、当該財務指標の数値が確定するまでに債権者(金融機関)との協議を終えておいた方が無難と言えよう。
新開示ルールは2025年4月1日以後に提出される臨時報告書から適用されるが、財務上の特約に変更があった場合等であっても、財務上の特約が施行日(2024年4月1日)前に締結されていれば、2026年4月1日以後に提出される臨時報告書までは開示を省略することが可能とされている(2016年4月1日以後の「変更」時には臨時報告書の提出を免れない)。また、施行日前に締結した財務上の特約であっても、施行日後にコベナンツに「抵触」した場合は臨時報告書の提出が求められる。
臨時報告書による開示に加えて、有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約が付されたローン契約を締結又は社債を発行しており、その残高が連結純資産額の10%以上(判定にあたっては同種の契約・社債はその負債の額を合算して判定する)である場合には、有価証券報告書の【重要な契約等】の欄で当該契約又は社債の概要及び財務上の特約の内容の開示が求められる(2025年3月31日以後に終了する事業年度の有価証券報告書等から適用)。
金銭消費貸借契約の内容又は社債の条件において、特定の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができなかった場合に直ちに期限の利益を喪失しないような措置(例えば、相手方との間で期限の利益を喪失させるか否かについての協議を行うこと)が予定されている場合には、当該措置が採られないことが決定されたことをもって「財務上の特約に定める事由の発生」に該当することとされた(改正後の企業内容等開示ガイドライン5-17-5)。ここで重要なポイントとなるのは、今後、上場会社が金融機関との間で金銭消費貸借契約の内容又は社債の条件を詰める際に「財務上の特約」を求められた場合、金融機関との交渉により、契約書に「当該特約に抵触したことをもって債務者は直ちに期限の利益は失うのではなく、まずは債権者との間で期限の利益を喪失させるか否かについての協議を行う」旨の条項を追加することができれば、特約に抵触したとしても、臨時報告書の提出を免れるということだ。ただし、このように当該金銭消費貸借契約又は社債について財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができなかった場合、その後に提出される「有価証券報告書」においては、その旨及び期限の利益を喪失させない措置が採られたことを記載しなければならない点、留意したい。