2023/11/16 リース会計基準の適用時期と企業の対応(会員限定)

同じ「リース」でも、借入れによる物の購入とみなされるファイナンス・リースではリース資産を貸借対照表(B/S)上の「資産」に計上するとともに、リース債務(未経過リース料)をB/S上の「負債」にそれぞれ計上することが求められるのに対し、「物を借りて賃借料を払う」という本来のリースであるオペレーティング・リースは、毎期の支払いリース料を費用計上するだけで済み、B/Sには何も計上しなくてもよい(=オフバランス)。ROAの分母が小さくなり数値が改善される効果もあるオペレーティング・リースを利用している企業は少なくない。しかし、IFRSや米国会計基準では、オペレーティング・リースを含むすべてのリースは「資産および負債」に計上することが求められている。そこで日本の企業会計基準委員会(ASBJ)は国際的なルールとの整合性を図るため、2023年5月2日に「リースに関する会計基準(案)」(以下、新リース会計基準案)を公表し、2023年8月4日(金)までパブリックコメントを募集していたところ(新リース会計基準案の内容や財務諸表等への影響などについては2023年6月22日『ROAの悪化は確実 上場企業の役員が押さえておきたい「新リース会計基準」が経営に与える影響』参照)。こうした中、企業の大きな関心事となっていたのが、新リース会計基準の適用開始時期だ。


ファイナンス・リース : 「支払いリース料総額の現在価値が、見積もり現金購入価額の90%以上」または「リース期間が耐用年数の75%以上」で中途解約もできないリースを指す。
リース資産 : 新リース会計基準では、現行の「リース資産」は「使用権資産」となる。「使用権資産」とは、借手が原資産(リースの対象となる資産)をリース期間にわたり使用する権利を表す資産のことをいう。
リース債務 : 新リース会計基準では、科目名が「リース債務」ではなく「リース負債」となる。
ROA : Return On Assets =総資産利益率(利益/総資産)。ROAは利益を総資産で除して求めるため、分母である総資産の増加はROAの低下をもたらす。実務上、ROAの利益には「営業利益」もしくは「事業利益」を使うことが多い。これは、総資産に対応する利益は、営業利益あるいは事業利益であるという考え方による。

ASBJは公開草案において“最速で”2023年度中に新リース会計基準の成案を公表、2026年度から適用、2024年度からは早期適用も可能との方針を示していた。一方、企業側は、新リース会計基準の適用に向け、対象となるリース契約の洗い出し(子会社等含む)、業績予測や中長期経営計画への影響の把握、システム対応、内部統制の整備(経理規則の修正など)、税務処理(後述)などを迫られ、さらには、仮に新リース会計基準の適用に伴う(リース)負債の増大により負債総額が200億円を超えた子会社はその貸借対照表が承認される定時株主総会で大会社となり、会計監査人を選任し、会社法監査を受ける必要が生じる。こうした負担を踏まえ企業からは、新リース会計基準の適用時期について「最低でも3年程度の準備期間を設けるべき」「2年が十分な準備期間かどうかについて、対象法人の準備状況等を踏まえて改めて検討すべき」「最低でも5年程度の準備期間を設けるべき」といった意見が多数寄せられていたが、このほど当フォーラムの取材により、ASBJは、処理すべき課題が多さから2023年度内の成案の公表は困難との結論に至ったことが判明した。成案の公表が遅れる分、企業の対応にも時間的余裕が生じることになる。


会社法監査 : 会計監査人の監査が義務付けられている会社は、大会社(資本金が5億円以上、または負債金額が200億円以上)および指名委員会等設置会社及び監査等委員会設置会社である。

また、2023年度内の成案の公表が見送られたことで大きな影響を受けるのが税務処理だ。仮に2023年度中に新リース会計基準の成案が公表され、2024年度から早期適用可能とされていた場合、税務処理のやり方も2024年度に入る前、すなわち来月(12月)中旬頃に税制改正大綱が取りまとめられる令和6年度税制改正で決めておく必要がある。実際、企業の意見を集約する立場にある経済産業省は、令和6年度税制改正で、リースに関する税制の整備を要望していたが(経済産業省 令和6年度税制改正要望58ページ「リース会計基準の変更に伴う所要の措置」参照)、新リース会計基準の成案公表の先送りを踏まえ、この要望を取り下げることが判明している。


税制改正大綱 : 税制改正は毎年1回行われるのが通常だが、翌年度の税制改正の内容を大まかにとりまとめたものが税制改正大綱であり、毎年12月中旬頃に政府(与党)が公表する。

もっとも、リースに関する税制の整備についてはもう議論しないということではなく、新リース会計基準の成案の見込みが立ち次第、再び議論の俎上に載ることになる。現行法人税法上、オペレーティング・リースによって定期的に支払うリース料は損金に算入することになっている。すなわち、新リース会計基準が導入されれば、オペレーティング・リースの資産計上(リース資産をB/Sの「資産」に計上するとともに、リース債務(未経過リース料)をB/Sの「負債」に計上)を求める会計上の取扱いとは処理が異なるため、法人税の申告の際にこの違いを調整する(これを「申告調整」という)必要が生じ、これは企業にとってかなりの手間なることが予想される。オペレーティング・リースが資産計上されれば、リース期間の経過とともに、リース資産の「減価償却」と利息相当額の「費用」が認識されることになり、これらの損金算入を認めれば、国にとっては税収が減る可能性がある。このため、税制当局は「これまでと税務処理を変える必要はない」と考えている可能性があり、「税務処理も新リース会計基準の導入に合わせるべき」という企業側の考えをそのまま受け入れるとは考えにくい。税務処理を巡る議論は、新リース会計基準の導入先送りに伴い、ひとまず“休戦”になったにすぎないと言えよう。


損金 : 法人税計算の基礎となる法人所得を減らす性質の支出等のこと。損金は企業会計上の費用とおおむね一致するが、役員賞与や固定資産の減損損失など「損金には該当しない費用」もある。

2023/11/15 【2023年10月の課題】2023年6月株主総会 議決権行使結果の個別開示を踏まえた機関投資家の動向(会員限定)

日本シェアホルダーサービス株式会社
コンサルタント 水嶋 創

本年も株主総会シーズンから4か月以上経ち、主要国内機関投資家の議決権行使結果の個別開示の内容を確認することができるようになりました。従来はPDFファイルでの開示が主流でしたが、本年はCSVファイルでの開示が増えており、検索や分析がしやすくなっています。

本稿ではまず、代表的な会社提案議案である取締役選任議案に対する主要国内機関投資家の行使判断について、その「反対率」を算出し、前年との比較も踏まえて傾向を分析します。

続いて、本年も過去最多を更新した株主提案のうち、アクティビストによる株主提案と気候変動関連の議案について、主要国内機関投資家の行使判断とその理由をみていくこととします。

なお、本稿における主要国内機関投資家は、アセットマネジメントOne、大和アセットマネジメント、日興アセットマネジメント、野村アセットマネジメント、ブラックロック・ジャパン、三井住友DSアセットマネジメント、三井住友トラスト・アセットマネジメント、三菱UFJ国際投信(現在は三菱UFJアセットマネジメント)、三菱UFJ信託銀行、りそなアセットマネジメントの10社とします。

(1)取締役選任議案(会社提案)に対する機関投資家の行使判断

<社内取締役選任議案>
主要国内機関投資家の社内取締役選任議案に対する反対率を算出したところ、図表1のとおりとなりました。

【図表1】本年6月総会における主要国内機関投資家の社内取締役選任議案に対する反対率と前年比増減
20231115図1
※本年6月に開催されたプライム市場上場会社の定時株主総会に付議された会社提案議案が対象

これをみると三井住友DSアセットマネジメントの反対率が突出して高いことがわかります。その要因としては、まずROE基準が挙げられます。「3年連続で東証全体/セクター内の下位○%」などを閾値とする国内機関投資家が多い中、同社の基準は、原則として「国内上場企業平均水準を過去3年に一度も上回っていない場合」に、3年以上在任の取締役に対して反対行使を行うという非常に厳しいものとなっています。また、主要国内機関投資家の中では唯一TSR基準(過去3年の TSR が配当込み TOPIX 対比および業種平均対比で著しく劣位にある場合に3年以上在任の取締役に対して原則反対)を設定しており、同基準への抵触による反対も相当程度確認されます。さらに、昨年12月の基準改定によりジェンダー基準の対象を「時価総額上位企業」から拡大し、プライム市場上場企業において女性取締役が不在の場合は「候補者毎に精査の上原則反対」することとされ、昨年比でも反対率が増加しています。


ROE :Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本
文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム

反対率が最も大きく増加したのは三菱UFJ信託銀行でした。本年2月の基準改定により、取締役会構成基準が、「社外取締役が複数かつ取締役総数の1/3以上選任されていない場合」に反対から、「独立性のある社外取締役が複数かつ取締役総数の1/3以上選任されていない場合」に反対へと厳格化されました(親会社等を有する場合は「過半数」の独立性のある社外取締役が必要)。本基準に抵触した場合の反対行使の対象が「取締役候補者全員」とされていることもあり、反対率が大きく増加しています。

なお、本年株主総会シーズン前に目立った基準改定を行わなかった三菱UFJ国際投信の反対率は昨年比で低下しました。上場企業全般のガバナンス改善が反映されていると考えられます。

<社内取締役選任議案>
社外取締役選任議案に対する主要国内投資家の反対率は図表2のとおりです。

【図表2】本年6月総会における主要国内機関投資家の社外取締役選任議案に対する反対率と前年比増減
20231115図2
※本年6月に開催されたプライム市場上場会社の定時株主総会に付議された会社提案議案が対象

社内取締役選任議案と同様、厳しいROE基準を有する三井住友DSアセットマネジメントの反対率が高くなっています。また、三菱UFJ信託銀行の反対率が昨年比で高まっている点も社内取締役選任議案と同様であり、前述の取締役会構成基準厳格化が影響したと考えられます。さらに、同社は社外役員の在任期間基準を「20年以上で原則反対」から「12年以上で原則反対」へと厳格化しており、この基準改定も反対率増加の要因となっているとみられます。この点、ブラックロック・ジャパンも在任期間基準を16年から12年に短縮した影響で、反対率が増加しています。

社内取締役選任議案同様、最も大きく反対率が減少した三菱UFJ国際投信に目立った基準改定はみられず、全体として独立性の高い候補者が増加していることがうかがえます。

(2)アクティビストによる株主提案に対する機関投資家の行使判断

本年6月もアクティビストによる株主提案が目立ちました。ただし、図表3のとおり特定の提案者による議案が多く、Dalton Investmentsとストラテジック・キャピタルの2社で半数以上を占めています。

【図表3】機関投資家からの株主提案の提案者
20231115図3
※本年6月に開催されたプライム市場上場会社の定時株主総会に付議された会社提案議案が対象

このうちストラテジック・キャピタルが提案した議案の中で、主要国内機関投資家の賛成行使が確認されたものを抽出したものが図表4です。特に取締役の報酬の個別開示を求める議案が相当数の投資家の賛同を得ています。

【図表4】ストラテジック・キャピタル提案議案の賛成率と主要国内機関投資家の行使判断
20231115図4
※主要国内機関投資家の賛成が確認された議案のみ掲載

図表4で挙げた株主提案に対する賛成行使が最も多かったのは、野村アセットマネジメントと大和アセットマネジメントでした。両社に共通する特徴として、議決権行使基準に原則として賛成する株主提案の内容を列記していることが挙げられます。例えば野村アセットマネジメントは、役員報酬/顧問相談役の報酬の個別開示のほか、社外取締役を取締役会議長とするよう求める議案や1名以上の女性取締役の選任を求める議案、監査役会設置会社において取締役の任期を1年に短縮することを求める議案などにも原則賛成する方針を明らかにしています。

(3)気候変動に関する開示を求める株主提案

気候変動に関する開示を求める議案(定款変更議案)も株主提案の類型の一つとして定着した感があります。本年の主な議案は図表5のとおりです。

【図表5】気候変動に関する開示を求める株主提案の賛成率と主要国内機関投資家の行使判断
20231115図5
※大和AM、ブラックロック、三菱UFJ国際投信、三菱UFJ信託は全議案反対のため記載省略

主要国内機関投資家の中では、アセットマネジメントOneの賛成行使が目立ちます。同社の議決権行使基準では、「自社の事業に対する重要性の高い環境や社会リスクなど企業毎の重要な課題に関する適切な情報開示の充実を求める議案」については原則賛成することとしています。

ただし、アセットマネジメントOneを含む6社がいずれかの株主提案に賛成しているものの、議案ごとの賛否は投資家によって様々であり、4社以上から賛成を得た株主提案はなかったことが確認されています。例えば三菱商事の第5号議案(温室効果ガス削減目標を含む事業計画の開示)は、アセットマネジメントOne、日興アセットマネジメント、りそなアセットマネジメントの3社から賛成を得た一方で、野村アセットマネジメントは「長期的な企業価値に対する気候変動問題の重要性には同意するものの、業務執行に具体的な制約を加える可能性のある内容を含んでおり定款への記載は妥当でないと判断」し反対したとしています。3メガバンクに対して提案された1.5度目標に整合する移行計画の開示についても、アセットマネジメントOne、三井住友DSアセットマネジメント、りそなアセットマネジメントの3社から賛成を得たものの、日興アセットマネジメントは「株主提案が要求する気候変動対応の重要性には賛同するものの、会社の対応が期待水準を満たしていると判断し、反対」したとしています。関西電力の第28号議案(移行計画と気候変動のリスク・機会の開示)には、アセットマネジメントOne、野村アセットマネジメント、りそなアセットマネジメントが賛成した一方、三井住友DSアセットマネジメントが「対話内容を考慮」し反対したとしています。

機関投資家は気候変動に関する開示を求める株主提案に対し、議案が要求する内容自体の妥当性に加え、定款に記載することが適切であるかという点や企業の取り組みの状況が十分かなどの観点から、議案毎に賛否判断を行っていると言えそうです。

機関投資家の議決権行使に関する考え方は、各社の議決権行使基準により相当程度明らかになっています。さらに本稿のように過去の議決権行使結果を分析することも、投資家の考え方を理解するうえでは有用であると言えるでしょう。

2023/11/14 【新任役員向けトレーニングプログラム】個人株主作りと株主総会の活性化 の更新

下記の【新任役員向けトレーニングプログラム】につき、法令等の改正や実務動向の変化に対応するため、講義内容(動画およびレジュメの双方)を更新いたしました。本動画は新任役員向けトレーニングプログラムの受講の契約をされている方のみが閲覧可能です。

概略

株式持合いの解消が進む中で存在感を増しているのが「個人投資家」と「機関投資家」です。本講義では、個人株主が注目される理由を分析した上で、株主総会をIR活動の一環として活用する「IR型株主総会」のトレンドや2023年3月総会からスタートした株主総会資料の電子提供制度がIR型株主総会に与える影響について解説します(なお、「機関投資家」については「機関投資家との対話に向けて」で解説します)。

【講師】三菱UFJ信託銀行株式会社 法人コンサルティング部 会社法務・コーポレートガバナンスコンサルティング室 中川 雅博
【講義時間】21分10秒
【目次】
1 個人株主作りの必要性
2 個人領域におけるSR/IRの状況
3 株主総会の変遷
4 IR型株主総会への移行
5 IR型株主総会の進展
6 IR型株主総会の進展(今後に向けた動き)

講義資料 個人株主作りと株主総会の活性化.pdf(818KB)
講義

個人株主作りと株主総会の活性化
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2023/11/13 東証の要請を踏まえたCG報告書を再提出する企業が出現、内容の変化は?

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」という東証の要請を受け、コーポレートガバナンス報告書(CG報告書)をアップデートについて頭を悩ませている上場企業は予想以上に多い。それだけ“一覧表”の開示というアナウンスメント効果が大きかったということだろう(2023年11月7日付のニュース「開示企業一覧表に掲載されるためのキーワードが確定、 CG報告書はいつ再提出する?」参照)。

こうした中、早くも東証の要請を踏まえ新たな記載要領(2023年10月版)(4ページ参照)に沿ったCG報告書を再提出した企業が散見される。当フォーラムが調査したところ、2023年11月9日時点で、・・・

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2023/11/13 東証の要請を踏まえたCG報告書を再提出する企業が出現、内容の変化は?(会員限定)

「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」という東証の要請を受け、コーポレートガバナンス報告書(CG報告書)をアップデートについて頭を悩ませている上場企業は予想以上に多い。それだけ“一覧表”の開示というアナウンスメント効果が大きかったということだろう(2023年11月7日付のニュース「開示企業一覧表に掲載されるためのキーワードが確定、 CG報告書はいつ再提出する?」参照)。

こうした中、早くも東証の要請を踏まえ新たな記載要領(2023年10月版)(4ページ参照)に沿ったCG報告書を再提出した企業が散見される。当フォーラムが調査したところ、2023年11月9日時点で、24社が新たな記載要領が求める以下4つの「キーワード」を掲載したCG報告書を開示していた。

(1)【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】【英文開示有り】
(2)【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】
(3)【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(検討中)】【英文開示有り】
(4)【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(検討中)】

もっとも、現時点で用いられたキーワードは「(1)【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】【英文開示有り】」と「(4)【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(検討中)】」の2種類のみだった。対応済みの企業(19社)は例外なく英文開示も実施している一方、対応を「検討中」の企業(5社)は対応時に英文開示の実施を予定しているということだろう。

従来から対応をCG報告書で開示しており、今回の要請に応じてCG報告書再提出した企業は11社あったが、そのうち6社は見出しの修正(「【英文開示有り】」「(検討中)」の追加など)を除くと、一言一句、再提出前と全く同じ記載内容だった。検討や実施の状況に全く変化がないのであれば特段問題ないと言えるが、少なくとも「【英文開示有り】」を追加した場合には、英文開示の参照先は明示したいところ。下記は英文開示の参照先を明示した企業の事例である(赤字部分)。

ブリヂストン 2023年3月31日付東京証券取引所からの開示要請である「資本コストや株価を意識した経営の実施状況」および「株主との対話の実施状況」については、それぞれ以下の当社WEBサイトにて開示しております。
【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】【英文開示有り】

https://www.bridgestone.co.jp/ir/library/integrated_report/2023/assets/pdf/ir2023_spread.pdf#page=14

https://www.bridgestone.com/ir/library/integrated_report/pdf/2023/ir2023_spread.pdf#page=14

RYODEN 原則5-2
【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】【英文開示有り】
当社は、2020年を始期とする5ヶ年の中期経営計画「ICHIGAN 2024」を策定しています。自社の資本コストを的確に把握したうえで、営業利益などの目標を公表しているほか、投資への意思決定に関しては資本コストに見合うものであることを十分に検討し、実行計画を立て実施しています。こうした計画の内容、進捗について決算説明会や株主総会で報告・公表しています。
資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応、資本政策の基本的な方針、経営資源の配分等については2023年7月28日に公表しております。
内容については当社ウェブサイトをご参照ください。
日本語:https://ir.ryoden.co.jp/
英  語:https://ir.ryoden.co.jp/en/

また、「(検討中)」というキーワードを付けるかどうかについては、企業によって判断が分かれている。東証は、取組みの“一部”について「検討中」という場合、例えば現状分析は終わっているものの、計画の策定・開示は実施していないようなケースでは、「検討中」というキーワードを入れるかどうかは企業の判断に委ねている(東証が10月26日に公表した『「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する開示企業一覧表の公表等について』4ページ参照)。すなわち、必ずしも「(検討中)」と記載しなくてもよいということだ。自社が一覧表に掲載された際に「開示済」「検討中」のいずれが表示されていることが自社の実態に合っているかという観点から、検討することになろう。下記の上2社は「(検討中)」がない事例、下1社はある事例(赤字部分)であるが、いずれも検討中であることを文章で表現している(赤字部分)。同様に取組みの“一部”について検討中の企業は参考にしたい。

マクセル 【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】【英文開示有り】
資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応については段階的に検討を進めており、東京証券取引所より要請が出されている一連の対応(現状分析、計画策定・開示、取組みの実行)のうち、現状分析について2023年10月30日に当社及び東京証券取引所のホームページにて開示しております。今後は、2024年度第1四半期中の中期経営計画の発表に合わせて計画策定と開示を行い、その後具体的な取組みを実行していく予定です
関西電力 【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】【英文開示有り】
資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応の要請につきましては、株価、資本収益性や資本コストの分析に加え、当社として、どのように企業価値を高め、皆さまの期待に応えていくのか、取締役会等で議論を深めているところであります
株式市場の視点を踏まえることを当然として、投資家を含む全てのステークホルダーの期待にバランス良く応えていくことも重要であると考えております。対応の方向性としては、「高い収益性の継続、資産効率の向上を通じた、資本効率の向上」「事業活動に伴うリスクの適切なコントロール、IR等を通じた成長戦略への信頼・期待の向上」などに取組んでまいります。
足元では、中期経営計画で掲げた原子力の安全・安定運転、コスト構造改革などの取組みが奏功し、業績や株式市場からの評価に繋がっているものと認識、こうした取組みを継続してまいります。
財務の健全性の確保を前提に、機を逸することなく、さらなる成長に向けた布石を打つべく、次期中期経営計画等の検討の中で、投資家の皆さまと対話を重ねながら、引き続き取組み内容を検討してまいります
なお、2023年10月30日公表の2023年度第2四半期決算説明資料においても、開示しております。
【日本語】https://www.kepco.co.jp/ir/brief/earnings/index.html
【英語】https://www.kepco.co.jp/english/corporate/ir/brief/jobfair/index.html
極東証券 【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(検討中)
・当社は取締役会及び経営会議において、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応についての検討を行っております
・現状分析を行った結果、ROEを当社の重要な指標として位置付け、適切なリスク管理の下、株主資本の効率的・積極的な運用・活用により、更なる収益力の向上に取り組むこととしました。
・今後、具体的な取り組みを示す中期事業計画(2024年度~)については、更なる検討を行い、開示を行っていくことを予定しております
・当社の取組状況については、今後、当社のホームページにおいて掲載してまいります。

2023/11/10 人的資本経営は企業価値向上につながるか

企業の競争優位の源泉や持続的な企業価値向上の推進力が「無形資産」にあるとの認識が広がる中、人的資本への投資はその中核要素であり、企業価値向上に直結する戦略投資であるとの考え方が、企業のみならず投資家においても定着しつつある。とはいえ、人的資本への投資が本当に企業価値向上につながっているのかは、投資家のみならず、企業自身も明確な答えを持っていないのが現状だろう。実際、人的資本への投資は、棚卸資産や固定資産に含められるものを除き、会計上は「費用」として処理されることから、これまで短期的には利益を押し下げ、資本効率を低下させると考えられてきた。それゆえ、企業が資本効率向上を目指し足下の利益を確保するため、人的資本への投資は抑制されるか、後回しにされやすい傾向にあったと言える。

人的資本 : 人材が教育や研修、日々の業務等を通じて自己の能力や経験、意欲を向上・蓄積することを、企業の付加価値を創造する源泉である「資本」として捉えるもの。「資本」としての人材の価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を「人的資本経営」という。

人的資本に投資したからといってもアウトカム(売上や利益等)につながらなければ、それは無駄な投資となる。こうした中、人的資本の投資の効果を測定する動きが出てきている。例えば・・・

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2023/11/10 人的資本経営は企業価値向上につながるか(会員限定)

企業の競争優位の源泉や持続的な企業価値向上の推進力が「無形資産」にあるとの認識が広がる中、人的資本への投資はその中核要素であり、企業価値向上に直結する戦略投資であるとの考え方が、企業のみならず投資家においても定着しつつある。とはいえ、人的資本への投資が本当に企業価値向上につながっているのかは、投資家のみならず、企業自身も明確な答えを持っていないのが現状だろう。実際、人的資本への投資は、棚卸資産や固定資産に含められるものを除き、会計上は「費用」として処理されることから、これまで短期的には利益を押し下げ、資本効率を低下させると考えられてきた。それゆえ、企業が資本効率向上を目指し足下の利益を確保するため、人的資本への投資は抑制されるか、後回しにされやすい傾向にあったと言える。


人的資本 : 人材が教育や研修、日々の業務等を通じて自己の能力や経験、意欲を向上・蓄積することを、企業の付加価値を創造する源泉である「資本」として捉えるもの。「資本」としての人材の価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を「人的資本経営」という。

人的資本に投資したからといってもアウトカム(売上や利益等)につながらなければ、それは無駄な投資となる。こうした中、人的資本の投資の効果を測定する動きが出てきている。例えば味の素は、下図のとおり従業員エンゲージメントと売上高、事業利益はポジティブな相関があるとの見解を開示している。同社は、従業員エンゲージメントが高いということは、従業員が仕事に主体的、意欲的に取り組んでいるということであり、従業員エンゲージメントを高めるための人的資本への投資を継続することは、企業価値向上を高めることになるとしている。


従業員エンゲージメント: 「企業が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」を指し、組織の目指すゴールに対する「自発的貢献意欲」とも言い換えることができる。従業員エンゲージメントは「従業員満足度」と混同されがちだが、実は両者は大きく異なっている。所属する組織、職場の状況、上司、自身の仕事などについて、「従業員が自身の物差し」で評価をするのが従業員満足度であるのに対して、「会社が目指す方向性や姿を物差し」として、それらについての自分自身の理解度、共感度、行動意欲を評価するのが従業員エンゲージメントとされる。

<味の素の2023年3月期有価証券報告書【サステナビリティに関する考え方及び取組】より抜粋>
エンゲージメント

またエーザイは、下図のとおりかなり早い時期に、人的資本投資とPBRにはポジティブな関係があり、人件費を1割増やすと5年後のPBRが13.8%向上するとの実証研究結果を公表している(2021年7月19日 経済産業省 第3回健康投資WG資料「健康経営と企業の「見えない価値」の可視化の取り組み~インパクト加重会計と「Yanagiモデル」について~」参照)。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

エーザイとESG

2021年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードには、「人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべき」(補充原則3-1③)、「人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべき」(補充原則4-2②)、「人的資本への投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべき」(原則5-2)と、人的資本への投資等を促す原則が3つ加わったうえ、東証が2023年3月31日にプライム市場およびスタンダード市場上場企業に要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」でも、養成の趣旨として「持続的な成長の実現に向けた知財・無形資産創出につながる研究開発投資・人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの見直し等の取組みを推進することで、経営資源の適切な配分を実現していくことが期待さる」旨が明記されている(1ページ参照)。こうした中、人的資本への投資を売上や利益といったアウトカムに結び付けようとする企業は今後益々増えていくことが予想される。

人的資本の取組とアウトカムとの相関関係を把握することは、アウトカムにプラスの取り組みは継続的に行い、そうでないものは方向転換するといった意思決定に役立ち、また、投資家とのエンゲージメントの質を高めるうえでも極めて有益だ。両者の相関関係を把握するためには、人的資本に関する様々なKPIを設定し、どのような取り組みが効果的なのか、企業価値に結び付いているのかを確認していくことになる。

ただし、人的資本への投資には、「企業価値向上に向けた取り組み」と、企業価値を毀損するネガティブな評価を回避する観点から行う「リスクを回避するための取り組み」の二つの側面があることに留意したい。例えば、人材育成やスキルに関する取り組みはイノベーションや生産性といった「企業価値向上」を目指すものである一方、ダイバーシティや身体的・精神的健康に関する取り組みは、企業価値向上とともに、企業の社会的責任に対する「リスクマネジメント」の観点から行われるものと言える。投資家は「企業価値向上」「リスク」の両方に関心を持っているため、仮に、ある取り組みがアウトカムと正の関係を示さなかったとしても、リスクマネジメントの観点から必要な取り組みではないか検討が必要であり、仮にそうであれば当該取り組みを継続する必要がある。

<参考-人的資本可視化指針(非財務情報可視化研究会)28ページより>
観点表

人的資本への投資とアウトカムの相関関係には今のところ定型的あるいは統一されたな測定方法があるわけではなく、また、監査対象となっているわけでもないため、企業にとって都合の良いデータを使って結論が導き出されている可能性は否定できない。また、米国を中心に巻き起こっているアンチESGの立場からは(アンチESGについては2023年10月16日のニュース「アンチESGの動きは日本の運用会社にも広がるか?」、2023年10月20日のニュース『米国の反ESG州法が金融機関に強いプレッシャー、危うさ増す「2050年ネットゼロ」の実現』参照)、人的資本投資とアウトカムに正の相関があると主張しても、「人的資本投資は、財務力のある業績の良い企業がやっているだけ」と一蹴されてしまうリスクもある。人的資本投資とアウトカムの相関関係の測定はまだまだ“発展途上”の分野と言えよう。

2023/11/09 【新任役員向けトレーニングプログラム】コーポレートガバナンス・コードへの対応 の更新

下記の【新任役員向けトレーニングプログラム】につき、法令等の改正や実務動向の変化に対応するため、講義内容(動画およびレジュメの双方)を更新いたしました。本動画は新任役員向けトレーニングプログラムの受講の契約をされている方のみが閲覧可能です。

概略

本講義では、上場会社の役員である以上は向き合うことが避けられないコーポレートガバナンス・コード(CGコード)のポイントを学んでいただきます。具体的には、アベノミクスのガバナンス改革を振り返りつつ、CGコードの意義や特徴を概観した上で、CGコードの全体像と開示が求められる原則について押さえていただきます。また、2021年6月改訂に際して議論されたポイントを踏まえ、サステナビリティやダイバーシティなど、新たにCGコードに盛り込まれたテーマへの対応についても解説します。

【講師】日本シェアホルダーサービス株式会社 チーフコンサルタント 藤島 裕三様
【講義時間】44分03秒
【目次】
1 コーポレートガバナンス・コードとは何か
2 CGコードが求める「攻めのガバナンス」
3 アベノミクスのガバナンス改革(振り返り)
4 「2つのコード」を核とした建設的な対話
5 2021年CGコード再改訂の背景
6 CGコードの全体像(2021年再改訂後)
7 開示が求められる14原則(2021年再改訂後)
8 CGコードへの対応状況(2022年7月14日時点)
9 CGコードを取り巻く様々な報告書・実務指針
10 考察:CGコードにおける取締役会の機能・役割
11 補論:建設的な対話に資する「エクスプレイン」のポイント・事例

講義資料 コーポレートガバナンス・コードへの対応.pdf
講義

コーポレートガバナンス・コードへの対応
17614

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2023/11/08 “No.1広告”に潜む闇(会員限定)

利用者満足度や売上・品質などが「No.1」「日本一」「第一位」であることを強調するいわゆる“No.1広告”(「No.1表示」とも言う)と呼ばれるPR手法は、誰もが一度は目にしたことがあろう。No.1広告は金メダルを連想させるデザインで目立つ場所に配置されることも多く、消費者の信頼度を高め、購買意欲を促進させる効果があるとされている。そのため、自社の製商品・サービス(以下、商品等)のPRにNo.1広告を多用する企業(広告主)も少なくない。また、このような企業向けに“No.1広告ありき”の作為的な調査を請け負うマーケティング調査会社も多数存在する。

No.1広告は、それが示す商品等の内容の優良性や取引条件の有利性が真実である限り消費者にとって有益と言えるが、仮に合理的な根拠に基づかず、事実と異なる情報によって、実際の商品等やライバル企業の商品等よりも著しく優良または有利であると消費者に誤認させているとすれば、景品表示法で禁止されている不当表示に該当する。

今年(2023年)8月1日には消費者庁がオンライン個別学習指導塾を運営する株式会社バンザンに対し、不当表示を理由に景品表示法に基づく課徴金納付命令を発出しているが、消費者庁が不当表示の一つとして指摘したのが下記のNo.1広告だ。

不当表示とされたバンザンのNo.1広告
ナンバーワン

左側の「オンライン家庭教師利用者満足度第1位」を見ると、あたかも客観的な調査方法により調査・比較した結果に基づき、バンザンが提供するサービスの利用者の満足度が同業他社と比べて第1位であるかのように見える。しかし、バンザンが委託した日本トレンドリサーチによる調査は「回答者にバンザンが提供するサービスおよび他の事業者が提供する同種サービスの利用の有無を確認することなく実施する」というものであり、客観的とは言い難い内容であった。また、右側の「オンライン家庭教師口コミ人気度第1位」を見ると、あたかも客観的な調査方法により口コミの人気度を調査し、バンザンが提供するサービスが第1位となったかのように見える。しかし、バンザンが委託した日本トレンドリサーチによる調査は、条件を付して回答者を絞り込むのではなく、単に日本トレンドリサーチに登録している会員全員を対象にして(すなわちオンライン家庭教師の利用経験の有無を問わずに)、設定した回答者数に到達するまで回答を募って集計しただけのものに過ぎず、客観的な調査方法で口コミの人気度を調査したものではなかった。

バンザンの不正は氷山の一角と言われており、他の企業でも不当なNo.1広告が横行しているとの指摘は根強い。No.1広告は商品等の売上に大きな影響を与えるため、広告主である企業は多少無理をしてでもNo.1を“演出”するようマーケティング調査会社にプレッシャーをかけがちだ。また、マーケティング調査会社の中には、広告主の要望に応えるべく、調査にあたって例えば「大量に広告を出稿したり、大規模なキャンペーンを開催したタイミングで比較調査を実施」「調査依頼元の商品やサービスの評価が有利になることを狙って対象者を割付するなど、恣意的に調査対象者を抽出」「クライアントの商品・サービスが注目されるように常に選択肢の最上位に固定する」「回答を誘導する」などの手法(日本マーケティング・リサーチ協会 インターネット調査品質委員会「比較広告のための調査実施の手引き」参照)を駆使して広告主がNo.1となるよう操作するところもあるのが現状だ。なかには、No.1になるまで調査項目を微調整して調査を繰り返すマーケティング調査会社もあるという。また、対象範囲を大きく見せる手口()のNo.1広告も横行している。


割付 : マーケティング調査等において、収集する回答数を性別、年代、居住地域、特定商品の利用経験などの別に決めること。例えば性別・年代別金等割付で、10代および20代の男女200名を対象とした調査では、10代の男女、20代の男女それぞれ50名の回答を収集することになる。

 例えば「中高年向け美容液」等の特定の美容液の中で売上実績がNo.1の美容液を「美容液○○年売上実績No.1」と表示することで消費者に対象となる範囲を誤解させたり、「△△成分配合美容液売上実績No.1」と表示することで「△△成分配合美容液」という商品範囲を理解できない消費者に「美容液と称する商品全体の中で売上実績がNo.1である」と誤解させたりする手口がある(公正取引委員会がまとめた
「No.1表示についての景品表示法上の考え方」の8ページ
参照)。また、「施術件数実績地域No.1」「地域No.1の合格実績」のように地理的範囲を不明瞭にして消費者の誤解を招く手口(上記の
「No.1表示についての景品表示法上の考え方」の9ページ
参照)や、特定の1日だけの瞬間最大風速で売上がNo.1になったことをもって「売上No.1」と表示することで、消費者にある程度のスパンで売上No.1が継続していると誤解させる手口(調査期間の非表示)もある。

このほか、商品・サービスの購入者・利用経験者に満足度を尋ねたわけではないにもかかわらず、購入や利用をしたことがない者に商品・サービスやウェブサイトの印象(イメージ)を尋ねて、当該イメージ調査の結果を「満足度 No.1」と表現する広告も散見される。日本マーケティング・リサーチ協会は2023年8月7日に『「満足度 No.1」等の広告表示の根拠とする調査に関する提言』を行い、「商品・サービスの印象や、ウェブサイトの印象を問うだけのイメージ調査は、「満足度 No.1」等の広告表示の裏付けとして利用できる客観的根拠資料とはなり得ません。」と広告主に注意を呼びかけている。

また、マーケティング調査業界のリーディングカンパニーであるマクロミル(東証プライム市場上場)は、No.1広告の裏付けとされる調査の中には「著しく公平性・客観性を欠き、インターネットリサーチの信頼性を貶めるような調査データも多数見受けられる」として、「調査設計は必ず当社のリサーチャーが行うこと(中立性と公平性を担保した調査設計を行う)」「調査結果が1位であっても、2位との差が僅少で、統計的に有意な差がない場合にはNo.1と認められない」などの社内ガイドラインを設けており、さらに広告主が同社のクレジットを冠して広告展開を要望するケースでは、同社のブランド管理部門の責任者らで構成される「クレジット審査委員会」の審査で統計的・客観的に確実な有意差が認められるかを審査し、これらの審査をすべてクリアした場合のみ、No.1広告に同社クレジットを掲載することを許諾するとしている(マクロミルのサイト参照)。マーケティング調査会社には本来このレベルの職業倫理とクオリティが求められるが、残念ながらその水準に至っていない調査会社も少なくない。

景品表示法を所管する消費者庁や2009年まで同法を所管していた公正取引委員会(書簡を消費者庁に移管した後も、公正取引委員会地方事務所等では、景品表示法に関する相談や景品表示法違反被疑事実に関する情報提供を受け付けている)は、比較広告に関する景品表示法上の考え方やNo.1広告が不当表示とならないために留意すべき点を下記のように整理している。不当表示があった場合の景品表示法上の責任はマーケティング調査会社ではなく広告主が負う(広告主のみが措置命令を受け、課徴金を支払う)。仮に上場企業がバンザンのように不当表示を理由として措置命令や課徴金納付命令を受ければ、企業価値の低下は不可避となる。既にNo.1広告を活用している上場企業は、下記の考え方に照らし、自社のNo.1広告が不当表示に当たらないか、専門家の意見も聞きながら確認しておきたいところだ。また、経営陣は、不当表示に該当しかねない安易なNo.1広告に頼らずに商品力を高め、実力で勝負しようという企業風土を醸成する必要があろう。


被疑 : 法令違反の疑いをかけられること


措置命令 : 法律に規定する措置をとるよう命じる行政処分

消費者庁の比較広告に関する景品表示法上の考え方
2. 基本的考え方
(中略)
適正な比較広告の要件
したがって、比較広告が不当表示とならないようにするためには、一般消費者にこのような誤認を与えないようにする必要がある。
このためには、次の三つの要件をすべて満たす必要がある。
① 比較広告で主張する内容が客観的に実証されていること
② 実証されている数値や事実を正確かつ適正に引用すること
③ 比較の方法が公正であること
(消費者庁の「比較広告に関する景品表示法上の考え方」の2ページ参照)
公正取引委員会の「No.1表示が不当表示とならないための留意点」
No.1表示が不当表示とならないためには、①No.1表示の内容が客観的な調査に基づいていること、②調査結果を正確かつ適正に引用していることの両方を満たす必要があるところ、調査結果の正確かつ適正な引用であるためには、前記のとおり、No.1表示は、直近の調査結果に基づいて表示するとともに、No.1表示の対象となる商品等の範囲、地理的範囲、調査期間・時点、調査の出典についても、当該調査の事実に即して明りょうに表示するよう留意する必要がある。
(公正取引委員会が2008年6月13日に公表した「No.1表示についての景品表示法上の考え方」の14ページ参照)

2023/11/08 “No.1広告”に潜む闇

利用者満足度や売上・品質などが「No.1」「日本一」「第一位」であることを強調するいわゆる“No.1広告”(「No.1表示」とも言う)と呼ばれるPR手法は、誰もが一度は目にしたことがあろう。No.1広告は金メダルを連想させるデザインで目立つ場所に配置されることも多く、消費者の信頼度を高め、購買意欲を促進させる効果があるとされている。そのため、自社の製商品・サービス(以下、商品等)のPRにNo.1広告を多用する企業(広告主)も少なくない。また、このような企業向けに“No.1広告ありき”の作為的な調査を請け負うマーケティング調査会社も多数存在する。

No.1広告は、それが示す商品等の内容の優良性や取引条件の有利性が真実である限り消費者にとって有益と言えるが、仮に合理的な根拠に基づかず、事実と異なる情報によって、実際の商品等やライバル企業の商品等よりも著しく優良または有利であると消費者に誤認させているとすれば、・・・

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