2023/09/20 有報における「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」状況(会員限定)

既報のとおり、東証に設置された「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の第11回会合(2023年8月29日開催)では、「既存の開⽰を参照するのみで、資本コストを踏まえた現状分析・評価に関して言及がない」事例が問題視されたところ(2023年9月8日のニュース「東証の新たな要請と好対応事例」の「(2)適切な開示媒体の参照」参照)。

「既存の開示を参照するのみ」の事例で多く見られたのが、“昨年度”に公表した中期経営計画の説明資料や統合報告書などの引用だ。作成されたのが昨年度となると、東証が2023年3月末に要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のエッセンスを含んでいない可能性が高い。逆に、今年3月から一定期間経過後に開示された資料であれば、「資本コストや株価を意識した」記述が期待される。

そこで当フォーラムでは、TOPIX100採用企業のうち3月期決算の82社の有価証券報告書を調査し、【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】における「資本コストや株価を意識した」記述の状況を確認した(なお、当フォーラムの調査によると、82社のうち「コーポレートガバナンス報告書における【資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応】の記載事例は20社にとどまっている(2023年7月18日ニュース「CG報告書の改訂記載要領への対応状況と好事例」参照))。

東証が要請する「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」のうち、まず「資本コストを意識した経営」のキーワードとなる「資本コスト」および「事業ポートフォリオ」という用語の記載の有無を確認したところ、両用語のうち少なくとも一方が記載された事例は34社と、全体の4割にとどまった。さらに「資本コスト」に絞るとわずか19社、全体の4分の1にも満たなかった。「資本コストを意識した経営」の実現に向けた開示面での対応は、現時点では限定的と言わざるを得ないだろう。一方、「資本コストを意識した経営」に対応していると評価できるものとしては、本田技研工業と第一生命ホールディングスの開示事例が挙げられる。両社とも、資本コストを上回るリターンの実現に努め、余裕資金で事業ポートフォリオの変革、成長領域への投資などを進めていくとしている。

本田技研工業 事業ポートフォリオの変革を支えるリソースマネジメントのため、ROIC(投下資本利益率)を活用し、資本コストを意識した経営を強化します。事業別には、事業構造に応じた最適な管理指標を活用し、資本コストを上回るリターンの持続的な創出に努めます。二輪・四輪・パワープロダクツ事業などの、金融を除く事業領域では、ROICにより、変革実行のための原資創出を財務管理の面からリードします。ROICの分子である利益を最大化するとともに、保有する資産の徹底的な活用や必要投資の見極めを通じて分母の投下資本を最適化することで、資本効率を高め、変革を支える原資創出の最大化をめざします。
第一生命ホールディングス 財務・資本政策では、資本効率の改善に向けてグループ内の各事業会社が持つ余剰資本をホールディングスに集約し、成長領域への投資や株主への還元を行う「資本循環経営」を推進しました。グループの各事業の着実な利益成長による子会社等からのキャッシュ・フロー収入の持続的な増加と、資本効率の改善及び資本コストの低減を通じて、資本コストを安定的に上回る資本効率を実現することで、当社の企業価値の向上を目指してまいります。

次に「株価を意識した経営」のキーワードとして、「PBR」「時価総額」「株価」という用語の記載を確認したところ、3つの用語のいずれかが記載された事例は10社と1割強に過ぎず、さらに「PBR」に絞れば4社と、ごく少数にとどまっている。現状を見る限り、「株価を意識した経営」に関する開示への上場会社の意識はまだ十分とは言えないだろう。「株価を意識した経営」に対応している開示事例として、大和ハウス工業と三井住友トラスト・ホールディングスが挙げられる。両社ともPBRが1倍を割っていることを問題視しており、大和ハウス工業では現在行っている投資が収益につながることが資本市場に十分伝わっていないとして、株主・投資家との対話を強化する方向性を示し、三井住友トラスト・ホールディングスでは、投融資、資産運用・管理の残高等の基盤拡大により、早期にPBR1倍以上(時価総額3兆円以上)の達成を目指すとしている。上記「資本コストを意識した経営」の好事例とともに、自社の開示を改善するうえで参考にしたいところだ。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

大和ハウス工業 ROEは14.3%となり、安定的な株主還元として13期連続の増配も実現することができました。しかし2023年3月末時点ではPBRが1倍を切っている状況につきましては、忸怩(じくじ)たる思いです。投資が、将来の収益に貢献する事が資本市場に十分に伝わっていないことも影響しているのではないかと分析しています。回収を進めると共に、引き続き資本効率を意識した経営に取り組みながら、株主・投資家の皆さまと対話することで、評価につなげていきたいと考えています。
三井住友トラスト・ホールディングス 信託グループらしいビジネスモデルを推進し、2030年度までにROEは10%以上、親会社株主純利益3,000億円以上を目指します。また、社会課題の解決や市場の創出・拡大に貢献する投融資、資産運用・管理の残高(Asset Under Fiduciary)等の基盤を拡大し、早期にPBR1倍以上(時価総額3兆円以上)が達成できるよう、着実に歩んでまいります。


ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)

2023/09/19 【失敗学第111回】ジャニーズ事務所の事例(会員限定)

概要

株式会社ジャニーズ事務所(以下、ジャニーズ事務所)の創業者である故ジャニー喜多川氏(以下、ジャニー氏)の性加害問題がBBC(イギリスの公共放送局)の番組放送を機に再燃し、ジャニーズ事務所の所属タレントを広告に起用したり所属タレントが出演しているテレビ番組等のスポンサーになったりしている企業や団体、番組を制作している放送局等が「ビジネスと人権」の観点から今後の対応を迫られることとなった。

経緯

ジャニーズ事務所が2023年8月29日に公表した「外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書」等によると、一連の経緯は次のとおり。

1950年代から2010年代半ば
ジャニー氏により多数(数百名)のジャニーズJrに対する広範な性加害が長期間にわたり繰り返される。

1988年
フォーリーブスの北公次氏がジャニー氏による性加害を告発する著作を発刊する。

1997年
元ジャニーズJr.の豊川誕氏がジャニー氏による性加害を告発する著作を発刊する。

1999年
10月~11月:週刊文春がジャニー氏によるジャニーズJrへの性加害について14週連続で報道し、ジャニー氏が名誉を毀損されたとして東京地裁に文芸春秋を訴える。

2002年
3月27日:東京地裁は文藝春秋に対し、ジャニー氏へ5,350万円を支払い、謝罪広告を掲載することを命ずる判決を言い渡す(ジャニー氏の勝訴)。文藝春秋はこれを不服として控訴。

2003年
7月15日:東京高裁は、第1審の東京地裁判決の認定を覆して、ジャニー氏のセクハラに関する記事が真実性の要件を充足し、違法性が阻却されると認定する(文藝春秋の勝訴)。ジャニー氏はこれを不服として上告。

2004年
最高裁がジャニー氏の上告を棄却し、東京高裁の判決が確定する(文藝春秋の勝訴)。性加害の事実の存在を司法が認めたことになる。

2019年
7月:ジャニー氏が87歳で死去。

2021年
8月:ジャニー氏の姉メリー氏が死去。その後、ジュリー氏が中心となってジャニーズ事務所を経営する体制になる。

2023年
3月18日:イギリスの公共放送局BBCが、ドキュメンタリー動画「JPopの捕食者 秘められたスキャンダル」(“Predator: The Secret Scandal of J-Pop”)と題する番組を日本で配信し、ジャニー氏による性加害に関する疑惑を報道する。
4月12日:元ジャニーズJr.であるカウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で記者会見を行い、ジャニーズJr.として在籍していた期間に複数回にわたりジャニー氏による性加害があった旨を訴える。
5月14日:ジュリー氏が、ジャニー氏による性加害に関するジャニーズ事務所の見解と今後の対応を説明する動画(「故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応」)をジャニーズ事務所のサイトで公表する。
5月26日:ジャニーズ事務所は、弁護士、精神科医および臨床心理士の3名から構成される「外部専門家による再発防止特別チーム」を組成する。
7月24日:国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会は、日本での調査にあたり、ジャニーズ事務所を対象に含めて調査を開始する。
8月4日:国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が都内で会見を行い、ジャニー氏による性加害についてメディアがもみ消しに加担していたことを指摘した。
8月29日:ジャニーズ事務所は、外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書を公表する。
9月5日:ジャニーズ事務所の社長がジュリー氏から東山紀之氏に交代となる(ジュリー氏は代表取締役のまま)。
9月7日:ジャニーズ事務所は記者会見を行い、ジャニーズ事務所として初めてジャニー氏による性加害があったことを認める。一方で、ジャニーズ事務所という社名は変更しない考えも示す。ジャニーズ事務所がジャニー氏の性加害を正式に認めたことで、ジャニーズ事務所の所属タレントを広告に起用している企業が広告契約の見直し方針のリリースを始める。
9月12日:経済同友会の新浪剛史代表幹事が記者会見で、ジャニー氏による性加害問題を巡る事務所の対応について「第一にチャイルド・アビューズ(児童虐待)は絶対にあってはならない。記者会見で謝罪があったが、(ジャニーズ事務所の)現体制が児童虐待に対して真摯に反省しているのか、大変疑わしい。再発防止に向けて、ガバナンス体制を強化することを(世間へ)示すことができたのかどうかは大いに疑問であり、(会見内容からは)そうではないと認識している。調査内容を受けたジャニーズ事務所の対応は不十分である。世界の企業や海外メディアからも注目を集めており、所属タレントの起用は児童虐待を認めることになるため、国際的な非難の的になる。日本企業は断固として(ジャニーズ事務所に対し、児童虐待を許さないという)毅然たる態度を示さなければならない。サントリーホールディングスでは(ジャニーズ事務所とのスポンサー契約について)明確なスタンスを示した。(各企業が広告起用見直しに動いているのは)このような事象だと思う。一方、所属タレントの方々には(広告への起用を見直すことになり)大変心苦しい。ジャニーズ事務所も同様に(所属タレントに対して心苦しいと)思うのであれば、救済策やガバナンス構造の見直しなど対応するべきではないか。社名の継続についても、被害者の心境を真剣に考えるべきである。サントリーホールディングス、また経済同友会の代表としても大変遺憾である。被害者の方々や(被害者の)ご家族の立場に立つと、絶対にこのようなことはあってならない(と思う)。」と話す。
9月13日:ジャニーズ事務所は、被害者救済委員会の設置および「今後1年間、広告出演並びに番組出演等で頂く出演料は全てタレント本人に支払い、芸能プロダクションとしての報酬は頂かない」旨をリリースする。

内容・原因・再発防止策

ジャニーズ事務所が2023年8月29日に公表した「外部専門家による再発防止特別チームの調査報告書」によると、特別チームが設置された理由や調査結果、再発防止策は次のとおりとされている。

ジャニー氏によるジャニーズJrへの性加害
内容 ジャニー氏により多数(数百名)のジャニーズJrに対する広範な性加害が長期間にわたり繰り返される。
原因 ・ジャニー氏の性嗜好異常
・ジャニーズ事務所の同族経営の弊害と不作為
・ジャニーズJr.に対するずさんな管理体制
・被害の潜在化を招いた関係性(ジャニーズJr.は被害を申告するとアイドルとしてデビューする夢を絶たれることから申告できない)
・ガバナンスの脆弱性
・メリー氏による放置と隠蔽
・マスメディアの沈黙
再発防止策 1 被害者の救済措置制度
2 人権方針の策定と実施
3 研修の充実

(1) 人権尊重に関する研修
(2) 性加害の問題に関する研修
(3) ハラスメントに関する研修
(4) ジャニーズ事務所のタレント(ジャニーズJr.を含む)への研修
4 ガバナンスの強化
(1) ジュリー氏の代表取締役社長辞任と同族経営の弊害の防止
(2) 取締役会の活性化
(3) 社外取締役の活用
(4) 内部監査室の設置
(5) 基本的な社内規程の整備
(6) 内部通報制度の活性化
(7) 相談先の拡充とアドボケイト(権利表明が困難な人に代わり、その権利を代弁・擁護する者)の配置
5 CCO(チーフコンプライアンスオフィサー)の設置
6 メディアとのエンゲージメント(対話)
7 再発防止策の実現度のモニタリングとその公表
<この事例から学ぶべきこと>

本件は上場会社にとって「ビジネスと人権」についての実践のあり方や人権感覚を問われる事例となりました。上場会社が人権保護という普遍的な価値に対する感度が鈍いと評価されてしまうと、企業価値を大きく毀損させることになります。経済同友会の新浪剛史代表幹事が記者会見で、ジャニー氏による性加害問題について「チャイルド・アビューズ(児童虐待)は絶対にあってはならない」としたうえで、「世界の企業や海外メディアからも注目を集めており、所属タレントの起用は児童虐待を認めることになるため、国際的な非難の的になる。日本企業は断固として(ジャニーズ事務所に対し、児童虐待を許さないという)毅然たる態度を示さなければならない。」と強い口調で語ったことが話題になりました。新浪氏が述べた「対応方針」は、上場会社のチャイルド・アビューズ(児童虐待)への対応の“一応の模範解答”と言えるでしょう。

もっとも、「児童虐待の噂」は広く知れ渡っていたにもかかわらず、「人気があるから」というだけで安易にジャニーズ事務所のタレントを起用し続け、ジャニーズ事務所が「噂」を真実と認めたとたん「初めて聞いた」とばかりに手のひら返しをする上場会社の姿勢に違和感を覚えるのも事実です。「国際的な非難の的になる」ことを真剣に避けようと考えているのであれば、噂の段階でも危機管理の観点から対応すべきではないでしょうか。これに関して、ネスレ日本法人の元社長の高岡浩三氏が、社長在任中にジャニーズ事務所のタレントを広告に起用しなかったのはジャニー氏の性癖の噂があったからであると明言し、注目されています。
(以下、高岡氏のFacebookより引用)
「私は、ネスレのガバナンスとコンプライアンス規定の観点から、キットカットと言えども一度もジャニーズのタレントをCMや販促に起用しなかった。」
「今更、ジャニーズ事務所のタレントと契約しないという大手クライアントこそ、この手の問題を知っていたはずだし、知らなかったとしたら恥ずべきことだ。」
このような危機管理意識の高さこそ、上場会社の経営陣に求められる姿勢と言えます。

一方で「児童虐待は許さるものではない」と言いつつも「タレントに罪はない」との考えに基づき「契約継続」との判断をした会社や団体もありますが、そのような姿勢はいまだに忖度を続けているように見え、「毅然たる態度」とは程遠い印象を世間に与えることとなりました。

これだけ「ビジネスと人権」が話題になっても人権方針の策定すらできていない上場会社は少なくありません。人権方針未策定の上場会社は、いますぐに人権方針の策定に取り掛かるべきです(【役員会 Good&Bad発言集】「ビジネスと人権」への対応(1) を参照)。

ジャニーズ事務所はジャニー氏による性加害の事実を認めた後も、ジャニー氏の名前を冠した事務所名を変更しませんでした。また、ジュリー氏が代表権や株式を手放す様子もうかがえません。その様子を見て、被害者への補償が真摯に行われるのか、改革は本当に実効性をもって実施されるのか疑問に思った向きも少なくないのではないでしょうか。ジャニーズ事務所は1年に限り「広告出演並びに番組出演等で頂く出演料は全てタレント本人に支払い、芸能プロダクションとしての報酬は頂かない」旨リリースしましたが、そのリリースは9月7日の記者会見のときではなく次々とスポンサーが離れていくことが明らかになった段階(9月13日)であったことから、あわてて弥縫策を取り繕ったように見え、逆に「1年で事態は収束する(逃げ切れる)と踏んでいるのか」との見方も招いてしまいました。不祥事発覚の際に対策を小出しにするのは周りの顔色をうかがいながら最小限の対応で済ませようとしていると評価され、悪手と言わざるを得ません。不祥事発覚の際には「そこまでやらなくてもいいのでは?」と思わせるくらいの対策を一回で打ち出すことが、事態の沈静化のためには不可欠となります。

2023/09/15 英文開示の優先度とタイミング

2023年9月11日のニュース「海外投資家が日本株に注目する本当の理由」でお伝えしたとおり、欧米を中心とした海外機関投資家の資金が日本の株式市場に流入している。低PBRの企業をはじめとする上場企業が、千載一遇とも言える好機を逃さないようにするために重要となるのが・・・


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

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2023/09/15 英文開示の優先度とタイミング(会員限定)

2023年9月11日のニュース「海外投資家が日本株に注目する本当の理由」でお伝えしたとおり、欧米を中心とした海外機関投資家の資金が日本の株式市場に流入している。低PBRの企業をはじめとする上場企業が、千載一遇とも言える好機を逃さないようにするために重要となるのが「英文開示」だ。海外機関投資家の中には日本語の開示資料を理解できる担当者がいないところも少なくない。したがって、英文開示が充実している企業の方が投資先のスクリーニングに際して有利になることは間違いない。


PBR : Price Book-value Ratio=株価純資産倍率(株価 ÷1株当たり株主資本)。株価が1株当たり純資産(BPS:Book value Per Share)の何倍まで買われているか(=1株当たり純資産の何倍の値段が付いているか)を指す。PBRが1.0を大幅に下回る場合、投資家が企業の将来性に疑問を持っていたり、減損リスクのように潜在的な資産の含み損が多額にのぼる可能性が株価に織り込まれていたりすることを示唆する。

これから英文開示を始めようという企業は、どの開示書類をどのようなタイミングで開示するのか、判断を誤らないようにしたい。開示書類が投資家とのコミュニケーションの一ツールであることを考えれば、読み手である投資家のニーズを理解したうえで優先順位を付ける必要がある。

先日(2023年8月31日)、東京証券取引所が公表した「英文開示に関する海外投資家アンケート調査結果」によると、「その英文開示がない場合は投資しない開示資料は何か」という質問に対し、「決算短信」と回答した海外投資家が72%と最も高く、以下、「IR説明会資料」が59%、「有価証券報告書および適時開示資料」が58%、株主総会招集通知が56%と続いた(東証の調査結果の4ページより引用)。予算やIR部門のキャパシティの制約からどれか一つしか英文開示を実施できないのであれば、まずは「決算短信」一択と言える。

70206-1

また、英文開示を開始するタイミングも重要になる。例えば決算短信であれば、和文の開示資料ができてから翻訳に回し、その後チェックを経る時間を考えると、少なくとも数日は要してしまう。しかし、速報性が重視される決算短信にとって、このスケジュール感は致命的に遅い。それを示すのが下記の調査結果だ(東証の調査結果の5ページより引用)。海外機関投資家の78%が決算短信の英文・和文“同時開示”を求めている。

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この調査結果から分かるのは、「和文の決算短信を開示してから1週間後に英文の決算短信を開示しても意味がない」ということだ。意味のないことに予算を費やすべきではない。決算短信や適時開示資料については和文・英文の同時開示は必須と言える。一方、有価証券報告書はボリュームがあり、情報の消化に時間がかかるため、そこまでの即時性は求められていない。

決算短信は開示項目が定型的で様式も統一されているうえ、XBRLで記述されていることから、和文しか開示していない上場会社の決算短信であっても海外機関投資家が機械翻訳にかけやすいと言われている。これに対し機械翻訳にかけにくいのがIR説明会資料だ。IR説明会資料は各社が独自のスタイルで作成・開示しており、様式が統一されていない。単にパワーポイントをPDF化しただけであり、もちろんXBRLでは記述されていない。海外機関投資家からは、機械翻訳にかけにくいことを理由に、IR説明会資料の英文開示を求める声も上がっている。


XBRL : 拡張可能なビジネスレポート用の言語で、eXtensible Business Reporting Languageの略。財務諸表などに用いられ、分析や他社比較が容易になるメリットを有する。日本では、EDINET(金融商品取引法に基づく電子情報開示システム)でも導入されている。

以上を踏まえると、まだ英文開示を実施していない企業は、台湾有事リスク等による海外(特に欧米)機関投資家による“日本株特需” (詳細は2023年9月11日のニュース「海外投資家が日本株に注目する本当の理由」を参照)の波に乗るため、まずは「決算短信とIR説明会資料の和文・英文同時開示」に取り組みたい。これをクリアしたら、次は適時開示資料の和文・英文同時開示に取り組むことで海外機関投資家の目に一層留まりやすくなる。その結果、自社の株式への需要の増加とともに株価が向上し、「株価を意識した経営」(東証が2023年3月31日に公表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」はこちらを参照)の実現にも貢献するはずだ。

2023/09/14 政策保有株式を削減してもISS等の基準に抵触する可能性、企業がとるべき対策は?

近年、政策保有株式に対し投資家の厳しい視線が注がれる中、2023年6月の株主総会シーズンに向け、政策保有株式の保有金額が大きい上場会社の取締役選任議案に反対する旨の議決権行使基準を導入した機関投資家が相次いだ。特に議決権行使助言会社最大手のISSが「政策保有株式の保有額が純資産の20%以上」の場合には経営トップ(社長、会長)の選任議案に反対推奨するとしており、この「20%」という閾値が大きな影響力を持っている。


政策保有株式の保有額 : 「保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式」の貸借対照表計上額及び「みなし保有株式」の合計額を指す。

そこで当フォーラムでは、有価証券報告書で「株式の保有状況」の開示がスタートした2017年度以降、継続して「保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式」の貸借対照表合計額を確認できるプライム上場会社(1,780社)をサンプルとし、その対純資産割合の分布について年次推移を調査したところ、下表のとおりの結果となった。・・・

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2023/09/14 政策保有株式を削減してもISS等の基準に抵触する可能性、企業がとるべき対策は?(会員限定)

近年、政策保有株式に対し投資家の厳しい視線が注がれる中、2023年6月の株主総会シーズンに向け、政策保有株式の保有金額が大きい上場会社の取締役選任議案に反対する旨の議決権行使基準を導入した機関投資家が相次いだ。特に議決権行使助言会社最大手のISSが「政策保有株式の保有額が純資産の20%以上」の場合には経営トップ(社長、会長)の選任議案に反対推奨するとしており、この「20%」という閾値が大きな影響力を持っている。


政策保有株式の保有額 : 「保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式」の貸借対照表計上額及び「みなし保有株式」の合計額を指す。

そこで当フォーラムでは、有価証券報告書で「株式の保有状況」の開示がスタートした2017年度以降、継続して「保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式」の貸借対照表合計額を確認できるプライム上場会社(1,780社)をサンプルとし、その対純資産割合の分布について年次推移を調査したところ、下表のとおりの結果となった。

出典:各社の有価証券報告書に掲載されたデータより当フォーラムが作成
70194

ISS基準の「純資産の20%以上」に抵触するプライム上場会社は、2017年度は16%に達していたものの、2022年度には9%まで減少している。社数にすると290社から155社と、ほぼ半減した。コーポレートガバナンス・コードの原則1-4で「政策保有株式の縮減に関する方針・考え方など、政策保有に関する方針を開示すべき」とされるなど、資本市場からのプレッシャーが高まったことが背景にある。

ただし、来年度に向けて留意すべき事象がある。上記グラフ中「2020年度」を見ると、前年度よりも「純資産の20%以上」の上場会社が増えていることが分かる。その原因は、2019年度後半が新型コロナウイルスによる景気後退等により株価下落に見舞われたため、その反動で翌年度は株価が上昇し、純資産における政策保有株式の割合が相対的に高まったことにある。今年4月以降も株価は上昇しており(株価上昇の背景については2023年9月11日のニュース「海外投資家が日本株に注目する本当の理由」参照)、来年度において「純資産の20%以上」の上場会社の増加を招く要因となる可能性がある。

特に今年度ギリギリで「20%」という閾値をクリアした上場会社は、来年度に向け警戒しておく必要があるだろう。また、政策保有株式の縮減を進めることで閾値をクリアできる見通しだった上場会社が、株価上昇によってクリアのハードルが高くなった結果、来年度においても再び閾値以上となってしまうという事態も考えられる。

もっとも、閾値に抵触したからといって、すべての機関投資家が取締役選任議案に反対票を投じるとは限らない。例えば野村アセットマネジメントは、「エンゲージメントを通じて縮減に向けた取り組みが確認された場合」には柔軟に個別判断したことを明らかにしている(野村アセットマネジメント「2023 年 4 月~6 月の株主総会における議決権行使結果について」の「3.議決権行使結果の概況」の上から3つ目の●参照)。政策保有株式の縮減を進める方針を持っているのであれば、その旨の開示と機関投資家との対話に積極的に取り組む姿勢が重要と言えよう。

2023/09/13 株価を意識した諸施策に潜む法令違反リスク

分配可能額の算定ミスにより結果として違法配当をしてしまう上場会社は継続的に見受けられる。当フォーラムでは以前から、分配可能額のチェック体制不足に警鐘を鳴らしてきたところだ(例えば2020年8月20日のニュース『相次ぐ違法配当を防ぐために上場会社が点検すべき「チェック体制」』を参照)。・・・

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2023/09/13 株価を意識した諸施策に潜む法令違反リスク(会員限定)

分配可能額の算定ミスにより結果として違法配当をしてしまう上場会社は継続的に見受けられる。当フォーラムでは以前から、分配可能額のチェック体制不足に警鐘を鳴らしてきたところだ(例えば2020年8月20日のニュース『相次ぐ違法配当を防ぐために上場会社が点検すべき「チェック体制」』を参照)。

最近ではダイヤモンドエレクトリックホールディングス(東証プライム上場)が(2023年)8月28日に「外部調査委員会による調査報告書の受領と当社見解の件」をリリースしている。同社は、2022年9月30日を基準日とする中間配当を実施したものの、2023年3月末(期末)時点で繰越利益剰余金の欠損が生じる水準の多額の赤字が生じ、分配可能額が消失した。つまり、中間配当の時点では分配可能な利益はあると判断していたが、下期に業績が悪化して期末には繰越利益剰余金がマイナスになるほどの赤字を計上、配当原資が無くなってしまったということだ。


繰越利益剰余金の欠損 : 繰越利益剰余金がマイナスになること。過去の配当後利益の蓄積がすべて吹き飛ぶことを意味する。なお、繰越利益剰余金とは、最終利益のうち配当や利益準備金・各種積立金に回されなかった余剰の累積である。利益が出ている会社では通常はプラスの金額だが、損失が続いている会社ではマイナスの金額になることもある。

それに気付かなかった同社は、決算短信で「6月28日に期末配当(利益剰余金からの配当)の実施を予定している」旨のリリースを出していた。決算短信のリリース後、同社には分配可能額が存在しないことに気付いた顧問税理士の指摘により、中間配当が違法であるとともに、このままでは期末配当もできないという事実が判明した。その時点で「期末配当を取りやめる」という選択肢もあったものの、同社は①定時株主総会で資本準備金をその他資本剰余金に振り替え、さらにその他資本剰余金を利益剰余金に振り替えて利益剰余金を増やし、②期末の配当を①により利益剰余金が増えるタイミングで行う(期末配当を遅らせる)という“奇策”で期末配当を合法的に実現させた(その他資本剰余金を用いた欠損てん補の手法については2022年4月27日のニュース『会計基準違反が相次ぐ「その他資本剰余金」を用いた欠損てん補』を参照)。もっとも、ダイヤモンドエレクトリックホールディングスにおいて中間配当が違法であることには変わりなく、会社法465条第1項に基づく取締役による欠損填補や損害賠償の責任問題は解決されないため、同社では外部調査委員会を設置して調査を行っていた。


その他資本剰余金 : 会社にとっての“余剰金”である剰余金は、(1)増資などの資本取引により得た金額のうち資本金に組み入れていない金額である「資本剰余金」と、(2)企業活動で得た利益のうち、株主に還元(配当、自己株式の取得)せずに社内に留保してきた金額である「利益剰余金」に分けられるが、これらの剰余金をすべて配当してしまうと、債権者保護の観点から問題があるため、会社法では、これらの剰余金のうちの一部を、それぞれ「資本準備金」「利益準備金」として積み立てることを求めている(両準備金を合わせて「法定準備金」という)。資本剰余金から資本準備金を差し引いた金額が「その他資本剰余金」、利益剰余金から利益準備金を差し引いた金額が「その他利益剰余金」であり、これらの合計額は配当が認められる「分配可能額」とされる(厳密には、さらに自己株式等の調整計算も必要になる)。

外部調査委員会による調査の結果、同社では財務・経理担当者が、法定の分配可能額算定のプロセスを逐次確認することなく不正確な算定結果を取締役会に報告し、同報告を受けた取締役会も、特段の検証もしないまま上記報告を正確なものとして、配当に向けた手続きを実行していたことが分かった。外部調査委員会は、「本中間配当を取締役会が決議した時点では、期末に繰越利益剰余金の欠損の発生を予見することはできなかったことから、会社法第465条第1項に基づく欠損填補責任や損害賠償責任を負うべきではない。」との考えを示している。

旧日本電産のニデック(東証プライム上場)も、分配可能額を超過して中間配当を行っていたことが判明、2023年6月2日に「分配可能額を超えた前期の中間配当金、並びに前期の当社株式取得について」を公表している。ニデックの外部調査委員会が調査報告書で指摘した違法中間配当の原因は以下のとおり。「取締役が分配可能額規制を気にしていない」「分配可能額規制に関して社内の関心が低い」といった指摘に思い当たる節のある上場会社の役員も多いのではないだろうか。

ニデックにおける違法中間配当の原因
・自己株式取得による分配可能額の減少について担当役職員における知識不足および認識不足があった。
・分配可能額規制に関する業務マニュアル等が経理部におけるチェックリストを除き存在しなかった。さらに、チェックリストの担当者はチェックリストに記載する金額を間違えており、チェックリストを「再検」した別の担当者も当該金額の入力ミスに気付かなかった。
・担当役職員に対して自己株式取得または配当に係る業務についての研修や勉強会等は特段実施されておらず、分配可能額規制に関する知識の習得が役職員個人の対応に依存していた。
・自己株式の取得に係る業務を担当するのは財務部であり、配当のチェックリストを埋める経理部との間で分配可能額に関する情報共有や連携が行われたことはなかった。
・分配可能額に関して社内の関心が低かった(配当について検討する際に各会議体等では分配可能額ではなく利益剰余金を基準としていた)。
・取締役による慎重な確認が不足していた(取締役会では、議案の説明を担当した執行役員から分配可能額に関する説明は特になされず、また、当該取締役会における配布資料にも分配可能額に関する記載はなかった。各取締役も担当執行役員に質問をしなかった。剰余金の配当と自己株式取得がともに株主還元という意味を有するため同様の規制が存在するのではないかとの抽象的な認識を有していた取締役が 1 名存在するのみであり、その他の取締役は、自己株式取得の場面において分配可能額規制が適用されるということについて認識していなかった)。

ニデックの場合、ダイヤモンドエレクトリックホールディングスのように下期に業績が急激に悪化しわけではなく、分配可能額に関するチェックリストの作成ミスおよび期中の自己株式取得により分配可能額が減っていたことが違法中間配当の原因とされている(自己株式取得の一部も分配可能額規制に違反していた)。このように配当時だけでなく自己株式取得時にも分配可能額を算定しなければならないことは見落としがちだ(違法自己株取得のケースは 2019年9月17日のニュース『違法な自己株取得を止められなかった「取締役職務執行確認書」』を参照)。とりわけ昨今は「株価を意識した経営」が上場会社に求められており、株価対策の観点から「配当の維持・増加」、ROE向上の観点から「自己株式取得」といった施策を考えている上場会社は多い(配当を増額したり、自己株式を購入したりすることで株主資本(分母)を減少させれば、純利益の改善なくしてROEは上昇する)。それらの施策が結果として分配可能額規制違反につながる可能性は否定できない。ニデックにおける違法中間配当の原因が自社でも生じていないか、施策の実施前に必ずチェックしておきたい。


ROE : Return On Equity=株主資本利益率(当期純利益/株主資本)

2023/09/12 WEBセミナー『取締役会の変革~グローバルのステークホルダーが期待する実効性とは~』配信開始!

新型コロナウイルス禍において会員の皆様に必要な情報をいち早くお届けするべく、2023年9月12日(火)より下記のWEBセミナーの配信を開始いたしました。

テーマ 取締役会の変革
~グローバルのステークホルダーが期待する実効性とは~

■WEBセミナーの詳細

セミナー
の内容
●Global board trend and matters ~取締役会の期待役割に関するグローバルの動向(WTW経営者報酬・ボードアドバイザリー グローバルリーダー Shai Ganu)
●日本企業の取締役会を取り巻く最新動向 (WTW経営者報酬・ボードアドバイザリー 日本リーダー 櫛笥 隆亮)
●パネルディスカッション「日本企業の取締役会がスチュワードシップを果たすためには」 (みさき投資株式会社代表取締役社長 中神 康議 様、Shai Ganu、櫛笥 隆亮)

セミナーの詳細はこちらをご参照ください。

会員の方は下記URLよりWEBセミナーを視聴いただくことができます。
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/member/webseminar-webseminar-l/70167/

<収録月>
2023年8月

<収録時間>
2時間13分

<視聴環境>
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