アクティビストなどに、不採算事業からの撤退を求める株主提案を受ける上場企業は少なくない。最近では、セブンイレブンホールディングスが、かつてオリンパスに取締役を送り込んだことで知られる米投資会社のバリューアクト・キャピタルに「セブン-イレブン事業への集中」「そごう・西武の100%売却」「イトーヨーカ堂のIPO・スピンオフなどの戦略的選択肢の検討」「その他の非中核事業からの撤退」など選択と集中を推し進めるための株主提案を受けている(*)。
スピンオフ : 企業や組織の一部を分離し、別個の独立した企業や組織とすること。
* セブンイレブンホールディングスの定時株主総会(
こちらを参照)は2023年5月26日に予定されており、バリューアクト・キャピタルとセブンイレブンホールディングスの取締役会の主張の詳細は下記を参照。
・バリューアクト・キャピタルの主張(
こちらを参照)
・セブンイレブンホールディングスの取締役会の主張(
こちらを参照)
逆に、不採算事業から撤退した上場企業がアクティビストに当該経営判断の誤りを指摘される事例は滅多にない。その理由は、不採算事業かどうかを判断するうえで必要となる情報のほとんどを上場企業側が独占しており、外部の株主にとっては当該経営判断の是非を一般論でしかジャッジできないことにある。こうした中、情報格差を乗り越え経営判断の誤りを指摘した珍しいケースと言えるのがLIM JAPAN EVENT MASTER FUND(本拠地は香港)によるテレビ東京ホールディングス(東証プライム市場上場)に対する株主提案だ。
テレビ東京ホールディングスは、子会社のテレビ東京コミュニケーションズがテレビ東京ホールディングスの発行済株式の32.7%の株式を保有する日本経済新聞(非上場。以下、日経)と立ち上げたYouTubeチャンネル「日経テレ東大学」を2023年3月、契約期間満了を理由に終了(*)したが、これにLIM JAPAN EVENT MASTER FUNDが噛みついた。元々、LIM JAPAN EVENT MASTER FUNDはテレビ東京ホールディングスの昨年(2022年3月期)の定時株主総会でも、日経からの天下り禁止や資本コストの開示などを定款に盛り込むよう株主提案を行う(いずれも否決)などアクティビストとして活動してきたが(当該議案への賛成率については後述)、今年の定時株主総会を前に起きた日経テレ東大学の終了は早速、株主提案の切り口の一つに選定されている。
資本コスト : 「資金提供者(債権者+株主)に対するリターン」のこと(なお、株主に対するリターンには、配当のほかキャピタルゲインも含まれる)。資金提供者に対するリターンが適切にできなければ、債権者は会社に資金の返還を求め、株主は株式を売却(=株価が下落する)せざるを得ない。したがって、会社にとって資本コストは「資金提供者に対するリターンの目標値」と言える。
* 本日現在、YouTubeチャンネル「日経テレ東大学」で過去のコンテンツを閲覧することはできるものの、将来的にいつまで閲覧できるのかは不明。
日経テレ東大学はコメンテーターの西村博之氏(2ちゃんねる創設者)、成田悠輔氏(イェール大学アシスタント・プロフェッサー)などをMCに据えたYouTubeの経済チャンネルで、2021年3月にスタート。企画の斬新さやMCとゲストのトークが評判を呼び、2023年2月には登録者数が100万人を超えたばかりだっただけに、突然の事業中止は様々な憶測を呼んだ。
LIM JAPAN EVENT MASTER FUNDが株主提案をした定款変更議案の内容は次のとおり(下線は変更部分)。
コール・オプションとプット・オプション : 買い戻す(呼び寄せるという意味で「コール」と言われる)ことができる権利。あくまでも権利なので、権利の保有者は買い戻しをしなくてもよい。反対に、売り渡すことができる権利はプット(押し付けるという意味で用いられる)・オプションと言われる。
| 現行定款 |
変更案 |
| (新設) |
第 8 章 重要な契約の開示
(株式会社日本経済新聞社との共同事業運営契約の開示)
第 50 条 当会社は、当会社が東京証券取引所に提出するコーポレートガバナンスに関する報告書において、株式会社日本経済新聞社との間で締結した共同事業運営契約における、事業内容、出資比率、役割分担、利益配分、制作物の権利帰属、コール・オプションとプット・オプション、オプションが行使される場合の価額・算定手法、契約期間、存続規定の各条項を開示するものとする。 |
上記の株主提案が日経テレ東大学の事業継続を求める内容となっていないのは、個別事業の継続・撤退は経営判断の領域であるため、株主総会の場を利用して事態を打開するには、定款変更とコーポレートガバナンス報告書での開示を求めた方が良いという判断に基づくものと思われる。この提案の次に記載された「提案の理由」(下記)では日経テレ東大学の事業価値などについて触れつつ、日経からの経営トップ等の受け入れを批判している(「当社」はテレビ東京ホールディングスを指す)。
(2) 提案の理由
当社の完全子会社と当社の筆頭株主である日本経済新聞社(日経)は 2021 年、「経済 Labo」を介してニュースバラエティ番組「日経テレ東大学」を YouTube にて配信する契約を交わし、登録者数 100 万人超の事業体に成長させた。再生回数や制作本数などを鑑みるに、2022年10-12月に約3500万円の税引き前利益を稼いだと推計できるが、提案株主がディカウント・キャッシュフロー(DCF)方式で算定したところ、事業価値は約30億円に達した。メディア報道によると、日経側の事情によって、2022 年末に同契約の非更新が決まったが、当社株主の利益に資する関連情報は未開示である。
当社は1973年以来、日経から経営トップを受け入れ続け、現在も首脳陣 4 人が日経元幹部である。様々な分野で両社は事業を共同運営しているが、日経に有利な契約が結ばれている又は当社が契約にある権利を十分に生かしていないリスクが内在する。
「経済 Labo」に関する契約においても、一定の事由が生じた場合に相手側の出資分を買い取れるコール・オプション条項、同じく当社側の出資分を売ることができるプット・オプション条項、オプションが行使される場合の事業価値や同算定手法が契約に盛り込まれていたかは甚だ疑問である。 |
このLIM JAPAN EVENT MASTER FUNDの株主提案についてテレビ東京ホールディングスは、「主に若者層向けの動画コンテンツを実験的に配信」「一定の成果は得たものの、その収益、及び人件費を含めた費用の実態に照らせば、提案株主が示している利益及び事業価値には到底及ばないものであった」「報道配信サービス「テレ東 BIZ」など当社の配信事業全体を見据えたうえで総合判断」と主張している(テレビ東京ホールディングスが2023年5月11日にリリースした「株主提案に対する当社取締役会意見に関するお知らせ」の2ページの上部参照)。
しかし、週刊文春が、日経テレ東大学の事業終了の背景に日経内の内紛があったと報道したことで、テレビ東京ホールディングスのリリースを額面通りに受け取ってよいものか、疑念も生じている。また、テレビ東京ホールディングスの2022年3月期の有価証券報告書では、同社グループのセグメントの一つであるコミュニケーション事業における新たな取り組みとして「経済・ビジネスを楽しく学べる番組「日経テレ東大学」のYouTube配信や地域と連携したEC事業を開始しました。」と紹介されていたことから、今更「実験的な事業であった」と言われても、にわかには信じがたいというのが一般的な感想だろう。ましてや、登録者数が100万人を超えるまでに育った日経テレ東大学のチャンネル登録者の属性を見ると、20代から30代の男性という、衰退産業となった新聞・テレビなどのオールドメディアが十分にリーチできていない層が中心となっていた。それだけに、「日経電子版への誘導など、まだまだ打てる施策はあったはず」と同事業の中止を惜しむ声も少なくない。
採算性の悪さに加えて、テレビ東京ホールディングスの取締役会が言及したのは、「日経との共同事業における株主共同の利益」についての考え方だ。
株主共同の利益 : 株主全体に共通する利益の総体。取締役会は支配株主等(支配株主とまではいかなくても創業者株主などの一部株主も含む)と支配株主以外の株主(少数株主)との間で利益相反が生じる可能性に備えて、業務執行により株主共同の利益が侵害されていないかを監督する必要がある。
本件に限らず、日経との共同事業、或いはその他の共同事業全般については、必要に応じて取締役会等で審議しつつ、当社の経営戦略との適合性、成長に資するかどうかなどを含めた幅広い観点から十分に議論し、適切に判断して実施しております。その際、契約条件の交渉やその実行においても適正に株主共同の利益に配慮しております。
ただ、個々の事業の契約内容を開示することは、競合他社との競争条件などの面で、当社の事業展開に不利益をもたらす恐れがあります。このため、個別企業との契約内容を開示することは不適切で、その開示は会社の根本原則である定款の規定にはなじまないと考えます。 |
このようにテレビ東京ホールディングスの取締役会が「株主共同の利益」を持ち出したのは、仮に日経テレ東大学の事業の採算性が資本コストを上回るほどの水準だった場合、それを日経側の都合だけで中止したとなれば、テレビ東京ホールディングスの最大株主(32.7%保有)である日経と日経以外の株主との間で利益相反が生じることになるからだ。テレビ東京ホールディングスとしては、週刊文春に報道されたこともあり、日経テレ東大学の事業を中止することが株主共同の利益からも必要であるという前提を持ち出さざるを得なくったとの見方もできよう。
ちなみに、2022年3月期のテレビ東京ホールディングスの定時株主総会でLIM JAPAN EVENT MASTER FUNDが株主提案をした際の賛成率は、下表のとおり最大でも18.44%であった。
| 決議事項 |
決議の結果および賛成率 |
第6号議案
定款一部変更(株式会社日本経済新聞社からの天下りの禁止)の件 |
否決
8.15% |
第7号議案
定款一部変更(顧問等の廃止)の件 |
否決
16.67% |
第8号議案
取締役1名選任の件 |
否決
8.89% |
第9号議案
定款一部変更(取締役報酬の個別開示)の件 |
否決
18.44% |
第10号議案
定款一部変更(資本コストの開示)の件 |
否決
11.73% |
第11号議案
定款一部変更(政策保有株式の売却)の件 |
否決
8.02% |
第12号議案
剰余金の処分の件 |
否決
13.33% |
テレビ東京ホールディングスは今年の定時株主総会を2023年6月15日に開催する予定となっている。日経テレ東大学は若い世代を中心に人気のあったコンテンツであっただけに、それを切り口にしたLIM JAPAN EVENT MASTER FUNDの株主提案が前期と比べどれほどの賛成票を集めるのか、注目される。