非上場の投資先の株式の価値が低下し多額の評価損が計上されることは決して珍しい話ではない。とりわけこの数年はコロナ禍で投資先のビジネスが行き詰まり、投資先の株式の評価を下げざるを得なくなるケースが多発している。もっとも、評価損計上を理由に、投資時の経営判断を巡って取締役が株主代表訴訟を提起されるケースはほとんどない。その背景には、投資時の経営判断に善管注意義務違反があったことを立証するハードルの高さがある(この点については【新用語・難解用語辞典】「経営判断の原則」参照)。
こうした中、株式投資時の経営判断の是非を争点とする株主代表訴訟が東証グロースに上場するITbookホールディングスの取締役に対して提起され、注目を集めている。同社は2020年3月、子会社の東京アプリケーションシステムを通じてアパレル企業の三鈴(主に20代~30代の女性をターゲットにしたブランドを展開)の株式をRIZAPグループから2億2,000万円で取得したが(株式取得時のITbookホールディングスのリリースはこちら)、コロナ禍による店舗の長期休業や時短営業などで三鈴の業績が赤字となり債務超過に転落したため、東京アプリケーションシステムは2021年8月20日に三鈴の株式をIT企業のアパテックジャパンに譲渡した。そして、三鈴は譲渡された月の翌月末(2021年9月30日)、東京地裁に自己破産を申請している。
ITbookホールディングスは、子会社の東京アプリケーションシステムによる三鈴株式の譲渡により、2022年3月期の連結損益計算書で関係会社売却益3億6千万円を計上している。自己破産直前にうまく“売り抜けた”ように見えるが、実はそうではなかった。ITbookホールディングスは、三鈴の株式を譲渡した先のアパテックジャパンの株式も保有しており(つまり、ITbookホールディングスグループは自社の投資先に経営不振の三鈴の株式を譲渡したことになる)、その後のアパテックジャパンの企業価値減少(アパテックジャパンは非上場のため同社の業績は外部からはうかがい知れないが、企業価値減少の要因の一つに三鈴の破産があることは間違いない)により、ITbookホールディングスは2022年3月期の連結損益計算書でアパテックジャパン株式の評価損を1億9,365万円計上することとなった。
この評価損計上を、一部のITbookホールディングスの株主は見過ごさなかった。同社の2名の株主は2023年4月14日、アパテックジャパン株式会社の「株価算定」および「出資の実行」にあたっての経営判断に善管注意義務違反が認められるとして、ITbookホールディングスの取締役4名に対し、同社に評価損と同額の損害賠償および遅延損害金の支払いを求める株式代表訴訟を提起した(ITbookホールディングスの2023年5月2日のリリースはこちら)。
ここで注意したいのは、経営判断の是非が問われたのは、コロナ禍で経営が行き詰まった三鈴の株式の「株価算定」および「出資の実行」ではなく、アパテックジャパンの株式の「株価算定」および「出資の実行」の方であるという点だ。これは、ITbookホールディングスの連結損益計算書には三鈴の株式売却に伴い「売却益」が計上されており、アパテックジャパンの株式について評価損が計上されていることが理由と思われる。
冒頭で、本事例のようなケースでは「投資時の経営判断に善管注意義務違反があったことの立証のハードルの高さ」があると指摘したが、実は今回の代表訴訟を提起した株主の一人はITbookホールディングスの元代表取締役会長兼CEOの恩田氏である。恩田氏が同社OBとして何らかの“勝算”を有しつつ株主代表訴訟を提起した可能性は十分にある。また、株主代表訴訟を提起されたITbookホールディングスの取締役4名のうち1名が社外取締役である点も注目される。同社には社外取締役が3名いるため、そのうち1名だけが“狙い撃ち”されたことになる。
上場会社の経営陣としては、本事例を教訓に、株式の取得や売却にあたっては、株主代表訴訟に耐えられるだけのエビデンス(外部の専門家によるデューデリジェンスの報告書、株価算定書といった外部資料だけでなく、社内で「いつ」「誰が」「何を」検討して取得や売却の結論に至ったのかについての社内報告、投資判断・売却判断を行うにあたって用いた指標の記録など)を確実に残すようにしたい。また、社外取締役も執行側に判断を丸投げするのではなく、取締役会等を通じて積極的に発言し、自らが果たした責任の内容が議事録から分かるようにしておきたいところだ。