株式保有ガイドラインとは?
株式保有ガイドラインとは、経営幹部に一定水準の自社株式の継続保有を求める社内規程です。一般的には、「当該役位に就任してからX年以内に、基本報酬のY倍の価値に相当する株式等を保有する(かつ継続的に保有し続ける)」といった内容が盛り込まれることになります。
経営幹部が常に一定水準以上の自社株式を保有することにより、株主との価値共有および企業価値向上への意識付けを促進することを目的としています。
欧米企業と日本企業における導入状況と内容の違い
欧米企業の場合、ほとんどが株式保有ガイドラインを導入し、その内容を開示しています。特に、一般的に株式報酬が高額な米国企業では、株式保有ガイドラインにより求められる保有水準も高くなっています。人事コンサルティング会社 WTW(ウイリス・タワーズワトソン)の最新の調査によると、S&P100構成銘柄の実に96%が株式保有ガイドラインを導入しており、そのうち90%の企業では、CEOの保有水準を基本報酬の6倍(またはそれ以上)に設定しています。
S&P100 : S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスLLCは、ニューヨーク証券取引所やNASDAQに上場等している銘柄の中から、市場規模、流動性、業種等を勘案して選定した優良銘柄約500銘柄を時価総額で加重平均して指数化した株価指数「S&P500」を公表しているが、S&P100とは、S&P500のうち時価総額上位100銘柄を時価総額で加重平均した株価指数のこと。
一方、日本企業においては、株式保有ガイドラインを導入・開示している企業は一部にとどまっている状況です。また、株式保有ガイドラインを導入・開示している企業でも、求められる自社株式の保有水準は、社長でさえ基本報酬の2倍~3倍程度というケースがほとんどとなっています。これは、株式報酬の水準が欧米企業より低いにもかかわらず同レベルの株式保有ガイドラインを設定すれば、事実上、経営幹部に対して「株式の追加的な購入」を強いることになってしまうからです。
日本企業特有の株式報酬の仕組みや慣行がガイドラインの普及を阻害
株式報酬の導入が一巡し、その水準も高まりつつある中で、株式保有ガイドラインの導入を検討する日本企業は徐々に増えています。一方で、日本企業特有の株式報酬の仕組みや慣行が、その普及を阻害しているという状況もあります。
日本企業において活用されている株式報酬の類型の一つに、あらかじめ定められた一定期間中の譲渡や売却が制限される、いわゆる譲渡制限付株式報酬があります。日本企業の譲渡制限付株式報酬は、長期的な株式の保有や、退職所得として所得税上の優遇措置を受けることを目的に、「退職時」までを譲渡制限期間として設計されたものが目に付きます。また、在任中に譲渡制限が解除される譲渡制限付株式報酬や、普通株式を付与する株式報酬でも、インサイダー規制への抵触を避ける観点から実質的には売却が難しい、または売却しないという慣行となっている企業も多くあります。
所得税上の優遇措置 : 「退職金額-退職所得控除額)×1/2×税率」により税金を計算することになっている。ただし、平成24年度税制改正により平成25年1月1日以降支給分から、「勤続年数5年以下の役員」への退職金については算式中「×1/2」が廃止された。
結局、日本企業では、株式報酬として付与された株式を退任時まで継続して保有することになるため、株式保有ガイドラインが求める一定水準の株式の継続保有が事実上担保されていると言えます。
投資家が株式保有ガイドラインの導入を求める理由
では、株式報酬を付与されても株式を売却しにくい日本企業に対し、なぜ一部の投資家は株式保有ガイドラインを導入するよう求めているのでしょうか。
企業価値の向上を期待し、日本企業に対して株式保有ガイドラインの導入を明示的に求める投資家も出現しています。米国の老舗アクティビストであるDalton Investments(ダルトン・インベストメンツ)は、2022年に投資先に送付したレターの中で、取締役の株式保有ガイドラインを策定し、開示することを求めています。その目的は、日本企業の経営幹部に十分な株式を保有させることによる、株主との利害共有と株主目線での経営の促進であることが、レターから読み取れます。
株式報酬とした付与された株式が事実上売却できない日本企業の場合、形式的に株式保有ガイドラインを策定するだけでは投資家の期待に応えることはできないでしょう。投資家の期待が、経営幹部の株式保有促進により株主をはじめとするステークホルダー目線の経営を実現し、企業価値を向上させることであるとすれば、既存の株式報酬で担保されている株式価値を上回る高い基準のガイドラインを策定しない限り、株式報酬の実効的な意味はほとんどありません。すなわち、投資家の真の目的は、さらなる株式報酬の拡大やそれに伴う経営幹部の株式保有株式水準の引き上げにあり、株式保有ガイドラインの策定や見直しは、その目的を達成するための手段に過ぎないということです。
投資家の要望への対応は、各社の報酬水準や経営戦略に応じて変わってくるものと思われますが、将来的には投資家からの期待がさらに高まっていくであろうことは念頭に置いておく必要があります。
株式保有ガイドラインを導入する際の検討ポイント
では、実際に株式保有ガイドラインを導入することとなった場合、どのような点について検討する必要があるのでしょうか。
まずは、自社の株式報酬の目的や仕組み、水準を改めて確認してみる必要があります。株式報酬が株主などとの利害共有といった目的を達成するうえで十分な額となっているか、在任中の売却が可能かどうかなどを確認し、投資家の要望を満たすために整備すべき部分があれば、その部分を起点に報酬制度全体を見直すことも考えられます。
そのうえで、株式保有ガイドラインを導入する際の検討ポイントは以下のとおりです。
【株式保有ガイドラインの適用範囲】
株式保有ガイドラインの適用範囲は、最初に検討すべきポイントです。CEOを中心に業務執行を行う取締役には、特段の事情がない限り、株式保有ガイドラインを適用することが考えられます。
議論となりやすいのが、取締役でない執行役員に対しても適用するか否か、という点です。海外の状況を見ると、多くの欧米企業では、「Executive Officer」全体を適用範囲に含めています。これを参考にすれば、取締役でない執行役員も「業務執行を担う経営幹部」と捉えて、株式保有ガイドラインを適用することが考えられます。一方、取締役と取締役でない執行役員の報酬を異なるコンセプトで設計している企業の場合、そのコンセプトに応じて適用の要否を検討する(例えば、取締役でない執行役員は株式保有ガイドラインの適用対象外とする)ことも考えられます。
【株式保有ガイドラインにおいて対象とする株式】
どのような株式を株式保有ガイドラインの対象とするか、という点についても検討が必要です。
一口に株式報酬と言っても、普通株式を付与するもののほか、譲渡制限付株式報酬/譲渡制限付株式ユニットやストックオプション、株式交付信託など様々な類型があります。これらはいずれも、「最終的に株式が交付されること」を前提として、株式保有ガイドラインの対象とすることが考えられます。
譲渡制限付株式報酬 : 一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しないなど)が定められているもの。
譲渡制限付株式ユニット : 業績/株価条件のない株式(現金)交付信託のこと。
株式交付信託 : 企業が自社株式の取得資金を信託銀行に拠出し、この資金を原資に取得した自社株式を、業績目標の達成度などを反映したポイントに応じ、取締役等の在任時や退任時に付与するもの。
一方で、株価に連動する報酬であっても、最終的に金銭で支給されるもの(例えば、パフォーマンス・キャッシュ、ファントム・ストック、SARなど)については、株式保有ガイドラインの対象とすることはできないでしょう。加えて、業績達成条件などが定められており、付与される株式数が変動する可能性がある(場合によっては0となってしまう可能性がある)もの(例えば、パフォーマンス・シェア・ユニットなど)については、その時点で保有数が確定していないことから、株式保有ガイドラインの対象に含めるべきではありません。
パフォーマンス・キャッシュ : 株価等の中長期の評価に基づいて現金賞与を支給する中期キャッシュプラン
ファントム・ストック : 架空の株式(ファントム(架空の)ストック= Phantom Stock)を用いたインセンティブ報酬。架空の株式を付与し、一定期間経過後、その間における株価の上昇・下落を反映させた「株価×付与数」を現金で支給する。フルバリュー型(⇔値上がり益型(例:通常型ストックオプション))という点で、株式報酬型ストックオプションの代替措置と言える。資本構成や議決権に影響を与えたくないなど、資本政策上の観点から利用されることが多い。ただし、企業にとっては、ストックオプションと異なりキャッシュアウトが生じる分、負担が大きい。
SAR : ストックオプションと同様に株価に連動するものの、株式は介在しない現金によるインセンティブ報酬。付与時点からの株価の上昇分を会社が現金支給する。海外現地法人の幹部に対し、現地の証券税制の影響や事務負担を回避する観点から、通常型ストックオプションの代替措置として支給されるケースが多い。
パフォーマンス・シェア・ユニット : 「パフォーマンス・シェア」とは文字通り一定期間(以下、業績等評価期間)における「業績」や「株価」によって交付する株式数が変動するタイプの株式報酬のこと。業績評価期間の最初に株式を交付するものは単に「パフォーマンス・シェア(通称:PS)」と呼ばれるが、まずポイント(ユニット=単位)を付与し、業績等評価期間終了後に評価の結果に応じてポイント数を変動させ、当該ポイントに応じた株式を交付するのが「パフォーマンス・シェア・ユニット(通称:PSU)」である。業績や株価条件のある株式交付信託は、パフォーマンス・シェア・ユニットに区分される。
要するに、①最終的に株式で付与されること、②付与株式数が確定していること、の二つの条件を満たしている場合には、株式報酬の類型を問わず、株式保有ガイドラインの対象としてよいと言えるでしょう。
【具体的な保有基準】
株式の具体的な保有基準については、各社の株式報酬の水準に照らして検討する必要があります。一般的には、標準的な業績を想定した場合の株式報酬を拠り所としつつ、経営幹部による追加的な株式購入が前提とならないよう、“厳しすぎない保有基準”を設定します。ただし、それが基本報酬の0.5倍~1.5倍程度となる場合には、投資家が求める水準との乖離が大きいため、株式報酬の額や保有基準が不十分であると投資家に判断される可能性が高い点、注意が必要です。
【株式保有ガイドラインの開示】
株式保有ガイドラインを策定した場合には、その内容を事業報告および有価証券報告書で開示することが考えられます。保有基準が明らかに低いといったものでなければ、株主等のステークホルダーとの利害共有の促進を進めていることをアピールできるでしょう。
また、単に株式保有ガイドラインの内容を開示するだけでなく、同ガイドラインの各適用対象者が実際に基準を満たしているかどうかを個人別に開示することも重要です。取締役選任議案等において各取締役等の保有株式数を開示したうえで、個人別に株式保有ガイドラインの達成状況を示すことにより、取締役等による株式保有の実効性を確実にアピールすることができ、株主等のステークホルダーとの信頼関係強化にもつながるでしょう。
おわりに
新型コロナウイルスやウクライナ情勢などにより事業環境が大きく変化する中で、目先の利益だけでなく、サステナビリティの観点を含む中長期的な企業価値の向上への期待が高まっています。こうした潮流の中で、報酬制度の見直しや株式保有ガイドライン導入を積極的に検討していくことは、ステークホルダー目線での経営や中長期的な企業価値向上を意識した経営を促す効果的な手段の一つと言えるでしょう。