ボードの性格で変わる「経営層にジョブ型人事制度を導入する必要性」
ジョブ型人事制度とは、多くの日本企業が採用しているメンバーシップ型人事制度(長期雇用を前提とし、個人の能力に応じて処遇を行う仕組み)と異なり、自社に必要な職務を定義したうえで、その職務に応じて処遇を行う制度のことです。ジョブ型人事制度は、従業員層のみならず経営層(役員)に対しても適用できるものであり、いずれに適用する場合も基本的な考え方は変わりません。例えばジョブ型人事制度が一般的となっている欧米企業では、ほとんどの場合、その適用にあたり「従業員層か、経営層か」という区分は設けられておらず、全社的にジョブ型人事制度が適用されています(ただし、部門の長たる職務(CXOなど)に従事する者が「Executive Member」等と取り扱われる例はあります)。
一方で、日本企業の人事制度は、経営層(役員)と従業員の間で明確な区分が設けられているケースがほとんどです。そのため、従業員層に対する処遇と役員に対する処遇を“別物”と取り扱うことが多く、従業員層のみに対してジョブ型人事制度を適用している企業も多くあります。今後、こうした企業においては、人事戦略の一貫性や、経営層に対してよりメリハリのある処遇をすべきという観点から、経営層へのジョブ型人事制度の導入は避けては通れない道となる可能性があります。
経営層に対してジョブ型人事制度を導入するにあたりまず検討する必要があるのが、自社における「経営層のあり方」です。一口に経営層と言っても、経営の監督機能を担う役員(主に社外取締役など)、業務執行を担う役員、そしてその両方を担う役員がいます。例えば自社の取締役会が、経営の監督機能に重きを置いたモニタリング・ボードであるならば、取締役についてはジョブ型人事制度を採用する必要性は低いでしょう。「執行の監督」という職務のみについて、その最大公約数を定義する意味は小さいからです。
モニタリング・ボード : 経営陣の監督を主たる役割・任務とする取締役会のこと。これに対し、業務執行におけるコンセンサスを形成する場としての取締役会が「マネジメント・ボード」である。
一方、経営の監督とあわせて業務執行を担う取締役や、業務執行のみを担う執行役員、執行役に対しては、ジョブ型人事制度が適しています。そこで本稿では、このような取締役や業務執行役(員)に対するジョブ型人事制度について考えてみます。
ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)作成のポイント
ジョブ型人事制度の要として、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)があります。これは、自社に必要な職務を特定し、それぞれの職務の内容を明文化したものであり、経営層に対してジョブ型人事制度を導入する際にまず作成すべきものです。基本的には従業員層と同様の考え方で作成することになりますが、業務執行とあわせて経営の監督を担う取締役については、経営の監督に関する職務についても記載すべきでしょう。
また、ジョブ・ディスクリプションには、職務内容のみならず、必要とされる資質やスキル、経験などを含めて記載することがあります。そして、これらは、経営層のスキルマトリックスや人材要件と整合的であるべきです。むしろ本来、ジョブ・ディスクリプション、スキルマトリックス、人材要件は「自社が求める人材像」という観点から一体的に議論されるべきであり、議論の結果をそれぞれの媒体に落とし込むようにしましょう。
人材要件 : 自社の経営理念や戦略を踏まえ、自社に必要となる人材に求める経験、スキル、属性などを具体的に言語化したもの。人材要件を設定することで、中長期的な視点で自社に人材を可視化することができる。特に採用活動においては、人材要件が正確に設定できているかどうかがその成否のカギを握ることになる。人材要件に合う人物を採用できれば、採用後のミスマッチを防止できる可能性は高まる。
ジョブ型人事制度における採用・登用の考え方
ジョブ型人事制度においては、外部からの採用、内部からの登用を問わず、ジョブ・ディスクリプションに記載されている職務を担える人材を採用・登用することとなります。この点、基本的な考え方は従業員層と経営層で同様であるものの、取締役が対象となる場合には、その選任プロセスや、取締役会全体の中で必要とされるスキルなど、特有の検討事項があります。
まず、ジョブ型人事制度の適用の有無にかかわらず、取締役の選解任の場面では、透明性・客観性の高いプロセスの確立が求められます。この点からすると、ジョブ・ディスクリプションは取締役の選解任プロセスにおいて、ステークホルダーに対する説明材料として活用することが可能でしょう。ジョブ・ディスクリプションには職務内容や職務遂行に必要なスキル等が定義されているため、その定義に当てはまる人材を選任している、あるいは当てはまらないことが判明したため解任したという理由を明確に示すことができるからです。
一方、ジョブ・ディスクリプションに職務内容や職務遂行に必要なスキル等を明確に定義することで、人材採用・登用の柔軟性は低くなりがちです。本来、ジョブ型人事制度においては人材採用・登用の柔軟性は高くないものの、ジョブ・ディスクリプションに固執するあまり企業のカルチャーや求める人材像と大きなギャップを生む結果となれば本末転倒であるため、スキル等以外の面もチェックする選解任プロセスを確立する必要があります。
また、ジョブ・ディスクリプションに記載されたスキルに加え、「取締役会全体」の中で必要とされるスキルの有無も個別に検討する必要があります。すなわち、取締役会全体の機能を考えた場合にどのような人材が必要か、という視点を持つということです。もっとも、取締役会全体の中で必要とされるスキルは、企業の成長ステージ、経営戦略の方向性、他の取締役の持つ資質やスキルによって左右されるため、普遍的に定義することは非常に困難であり、ジョブ型人事制度とは切り離して検討する必要があります。
ジョブ型人事制度における職務の変更(異動)の考え方
経営層は、部門の長たる職務(CXOなど)を筆頭に、職務の規模が大きいケースがほとんどです。そのような経営層の職務の遂行に必要となるスキルや知識は専門性が高く、職務の変更(異動)を行うことはあまり現実的ではありません。もちろん、従業員と同様に、個人のキャリアパスの構築やCEOの後継者計画の一環などとして異なる職務を経験することも考えられますが、従業員層と比較すると限定的です。このような異動に関する論点は、経営層か従業員層かというよりも、職務の規模の大きさによるものと捉えた方が適切と言えるでしょう。
ジョブ型人事制度における昇格・降格の考え方
ジョブ型人事制度においては、ある部門で最上位の職務を担っている人材は、基本的にそれ以上昇格することはありません。一般的に日本企業では、同一の職務であったとしても昇格(例えば、常務執行役員から専務執行役員への昇格など)が可能とされていることと比較すると、この点はジョブ型人事制度の大きな特徴と言えます。ただし、さらに上位の職務がある場合、その職務に昇格することは考えられます。具体的には、CEOやCOO等の業務執行の長への登用という形での昇格です。
ジョブ型人事制度における「降格」は、経営層の処遇に対して最も大きな影響を与える要素となります。ジョブ型人事制度では、ジョブ・ディスクリプションの要件や職務内容を満たせない(と判断された)人材は、降格(下位の職務への異動または“外部”への転身の推奨)となるのが一般的です。
一方、多くの日本企業は、経営層を降格させることはあまり行っていません。これは、経営層を降格させたり従業員の身分に戻したりするということが、企業のカルチャーとして根付いていないことを示しています。見方を変えれば、一度役員に就任すれば、降格のリスクから逃れられるということを意味しているとも言えます。
したがって、ジョブ型人事制度を経営層に導入するということは、一部の既存の経営層にとっては大きな痛みを伴う改革ともなり得ます。しかし、従業員層より職務の規模や職責の大きい経営層の方がよりリスクを伴う厳しい環境に置かれるのは当然とも言えます。しかし、その「厳しさ」の裏側では、成果に対して十分に報いることができる仕組みが整っているべきであることから、経営層にジョブ型人事制度を導入する際には、報酬面についてもあわせて検討することが必要となります。
ジョブ型人事制度における報酬の考え方
では、ジョブ型人事制度における報酬制度とはどのようなものでしょうか。まず大きな特徴として、冒頭でも述べたとおり「職務」に対して報酬を設定するということが挙げられます。具体的には、職務毎に、他社との報酬競争力を意識しつつ、報酬額を設定することになります。逆に、日本企業に多く見られる役位別報酬テーブルなどによる報酬制度の運用はジョブ型人事制度にはフィットしません。
他社との報酬競争力の確認は、コンサルティングファーム、調査会社、金融機関などが保有するデータベースを活用した報酬ベンチマークによることが一般的ですが、国内企業を対象に職務別の報酬ベンチマークを行う場合には注意が必要です。というのも、日本では「役位序列」に基づいて報酬を定めている企業がほとんどであるため、「職務別」の報酬データが十分に有用とは言えないことが少なからずあるからです。例えばCFOについてベンチマークを行う場合、ベンチマークの対象となるCFOが副社長なのか、専務なのか、常務なのかといった役位により、報酬データが大きな影響を受ける可能性があります。そのため、職務に対する報酬競争力の根拠とするデータとしては適切ではない恐れがあります。したがって、当面の実務においては、他の国内企業の水準を確認することとあわせて、職務毎に報酬を設定している欧米企業のデータ(職務間格差のデータなど)を参考に自社の報酬水準を検討していくことになるでしょう。
報酬ベンチマーク : 競合他社で同様の仕事をする労働者に支払われている報酬を調査すること。自社の労働者に支払うべき給与の目安を決定するために行われる。
ジョブ型人事制度における評価の考え方
ジョブ型人事制度における評価に普遍的なものはなく、各社の報酬ポリシーを踏まえて検討されることになります。
ただし、ジョブ型人事制度においては、ジョブ・ディスクリプションに記載されている職務を担えるかどうかという観点での評価・判断は必須となります。評価の仕組みを構築する際にはこの点を踏まえることが重要です。
おわりに
経営層に対するジョブ型人事制度のあり方は未だ十分に議論されておらず、ここまで解説してきた内容も、今後ジョブ型人事制度に関する議論が進展する中でさらにアップデート、熟成されていくことになると考えられます。
もっとも、経営層(または従業員層)に対してジョブ型人事制度を導入することが、必ずしもすべての企業において有用であるとは限りません。自社の経営戦略や人事戦略、カルチャー等を踏まえて、本稿でも述べた導入のメリット、デメリットを十分に検討する必要があるでしょう。