2022/06/10 監査審査会の検査で不適切対応が発覚、中小監査法人選別の“踏み絵”とは?

監査法人の“お目付け役”である公認会計士・監査審査会(以下、審査会)が金融庁に対して監査法人を名指しして行う行政処分の勧告が、事実上当該監査法人に対して資本市場からの撤退勧告として機能していることは、2022年1月28日のニュース「上場会社の役員が意識しておくべき監査法人の“通信簿”」でお伝えしたとおりだが、このたび新たに名指しされた監査法人の実態がひどすぎると話題になっている。

2022年6月3日に審査会が公表した金融庁長官への処分勧告で名指しされたのが・・・

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2022/06/10 監査審査会の検査で不適切対応が発覚、中小監査法人選別の“踏み絵”とは?(会員限定)

監査法人の“お目付け役”である公認会計士・監査審査会(以下、審査会)が金融庁に対して監査法人を名指しして行う行政処分の勧告が、事実上当該監査法人に対して資本市場からの撤退勧告として機能していることは、2022年1月28日のニュース「上場会社の役員が意識しておくべき監査法人の“通信簿”」でお伝えしたとおりだが、このたび新たに名指しされた監査法人の実態がひどすぎると話題になっている。

2022年6月3日に審査会が公表した金融庁長官への処分勧告で名指しされたのが監査法人ハイビスカスだ。熱帯樹木の名を冠しているものの、元々は北海道を地場とする監査法人である。2022年3月31日現在、所属パートナー14人、職員84人の小規模監査法人であるが、天馬株式会社や株式会社ひらまつ(いずれも東証プライム市場上場)など金商法監査27社を含め、100社を超えるクライアントを擁する(同監査法人のサイトより)。

審査会の検査結果で目を引くのが、「不適切な検査対応」という項目である。

(不適切な検査対応)
当監査法人は、検査実施通知日以降、検査官に品質管理関連資料及び検証対象個別監査業務に係る監査ファイル(以下「検査対象資料」という。)を提出する日までの間、一部の社員及び職員が、事後的に検査対象資料を作成し、あるいは、事後的に作成した監査調書を監査ファイルに差し込むなどした上で、その旨を秘して検査官に当該検査対象資料を提出した。

監査調書は監査手続きの結果を記録するものであり、監査責任者が監査意見を形成する際に必要となる。事後的に監査の水準を証明するものとなる以上、監査報告書提出日後にそれを補充することなどあってはならないはずであり、監査法人内でもそれをできなくする措置をとるべきだ。しかし、監査法人ハイビスカスでは、審査会による検査実施の通知を受けてから慌てて監査調書を見直したところ、不備が見つかったことから、検査実施日までの間に事後的に作成した監査調書を補充した。さも監査が適切に行われたかのように装って検査官を欺こうとしたことになる。これでは審査会から「法令、倫理規則、内部規程等を遵守する意識が共有されていない」と指弾されてもやむを得ないであろう。

審査会の検査結果によると、同監査法人の業務管理態勢や品質管理態勢には多数の不備が認められるだけでなく、「今回の審査会検査で検証対象とした全ての個別監査業務において、業務執行社員及び監査補助者に監査の基準に対する理解が不足している状況及び職業的懐疑心が不足している状況が確認され、それらに起因する重要な不備を含めて広範かつ多数の不備が認められている」状態だった。具体的に列挙すると下記のとおり。
・収益認識に係る不正リスクの検討が不適切かつ不十分
・重要な虚偽表示リスクの評価及び内部統制の不備の評価が不適切
・重要な貸付取引の事業上の合理性の評価、債務保証損失引当金の検討及び重要な構成単位の識別に関する監査手続が不十分
・不正リスクの評価が不適切
仕訳テストの検討、繰延税金資産の回収可能性の検討、事業構造改善引当金の検討、将来計画の見積りの検討、取得原価の再配分の検討、資産除去債務の検討、セグメント情報に関する注記の検討、内部監査人の利用に係る検討、内部統制監査の評価範囲の検討及び監査上の主要な検討事項の記載に係る検討が不十分
・売上高の分析的実証手続、売上原価の実証手続、売掛金の実証手続、棚卸資産の実証手続、特定項目抽出による試査による実証手続、監査サンプリング及びグループ監査に係る監査手続が不十分
・子会社株式の評価、のれんの評価、構成単位の固定資産の減損、決算・財務報告プロセスの検証、取締役会等の議事録の閲覧、監査役等とのコミュニケーション、個人情報の取扱い及び独立性の確認が不十分

これは、「一監査法人における手続きの不備」という問題に留まらず、同監査法人の金商法監査クライアント27社が上記に列挙された項目で“緩い”監査手続きにより財務報告の適正意見を得ていたということを意味し、これらの会社の決算数値の信頼性や資本市場の信頼性が損なわれかねない事態と言える。こうした事態を回避すべく、審査会は2022年5月20日に公表した今年度(2022年4月から2023年3月まで)の「監査事務所等モニタリング基本方針」において、上場会社の監査を行う監査事務所のうち特に監査品質の確保・向上が急務と考えられる中小規模監査事務所に対する検査をより重視する姿勢を示している。実際、審査会は今年に入って半年間で既に仁智監査法人(1月)、UHY東京監査法人(4月)、監査法人ハイビスカス(6月)と3つの中小監査法人に対して、事実上、資本市場からの撤退を促すこととなる処分勧告を出している。審査会の処分勧告数は、2021年が1法人(監査法人原会計事務所)、2020年がゼロ、2019年が2法人(監査法人大手門会計事務所、清流監査法人)であり、それと比べると明らかに処分勧告のペースがアップしていることが分かる。

自社が選任している監査法人が審査会の処分勧告の対象となった場合、投資家から「そのような“緩い”監査法人を選任していたのは、きっちりと監査をする監査法人では困る理由が何かあるからではないか」という目で見られかねない。自社の監査法人に処分勧告の対象となるフラグが立っていないかを事前に確認する手段として、審査会の「総合評価」の結果を利用する方法があるが(詳細は2022年1月28日のニュース「上場会社の役員が意識しておくべき監査法人の“通信簿”」参照)、それに加えてお勧めしたいのが、電子監査調書システムの採用の有無の確認だ。

電子監査調書システムは、監査調書を電子的に作成・保管するシステムであり、監査調書を事後的に補充・改ざんできないよう、監査調書の作成日(更新日)やレビュー日を記録する機能を備えており、大手監査法人や一部の中小監査法人が採用している(なお、単に監査調書をWordやExcel等で電子的に作成するだけで、印刷した監査調書を紙として保管している場合、これを電子監査調書とは言わない)。大手監査法人は以前からそれぞれが属するワールドワイドのグループ内で独自開発した電子監査調書システムを使用しているが、中小監査法人でも監査法人アヴァンティアが電子監査調書システムを自社開発し、仰星監査法人とRSM清和監査法人とともにコンソーシアムを立ち上げ普及させていくといった積極的な取り組みもみられるところだ(監査法人アヴァンティアのリリースはこちら)。そういった動きとは別に、独自にカナダの CaseWare 社製の電子監査調書システムを採用する中小の監査法人もある。中小監査法人にとって、こういったシステム投資の負担は決して軽いものではないが、監査の水準を高める強い覚悟を内外に示すことで生き残りを賭けた投資と言える。ちなみに、電子監査調書システムは、コロナ禍でリモート監査の効率性を高めることとなった点も評価されている。

監査法人ハイビスカスで審査会の検査前に調書の補充ができたのは、それを許す監査法人の風土に加えて、そもそも同法人が「紙」の調書を使っていたことが理由と思われる。「紙」の調書であれば、作成日をごまかすのは容易だからだ。検査の実施が通知されてからでも監査調書を補充できるのであれば、緊張感のある監査は到底期待しえない。換言すれば、中小監査法人であっても、電子監査調書システムを採用しているのであれば、緊張感を持った監査が期待できる。上場会社の監査役(監査等委員)は、自社の監査人に対して、監査調書の電子システムを採用しているかどうかをヒアリングし、採用しておらず、かつ採用の予定もないような監査法人であれば、審査会の「総合評価」の結果次第では交代を検討すべきと言えよう。

2022/06/09 【特集】ISSB公開草案・前編 「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」の開示フレームワーク

はじめに

周知のとおり、IFRS財団は昨年(2021年)11月、資本市場向けのサステナビリティ開示の包括的なグローバル・ベースラインを開発するため、「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」を設立したことをCOP26の場で発表、2022年3月には早くも2つの公開草案を公表している。1つは、全般的なサステナビリティ関連開示の要求事項を定めたもの、もう1つは、気候関連開示の要求事項を定めたものだ。

COP26 : 英国グラスゴーで2021年11月1日~12日に開催された「国連気候変動枠組条約第26回締約国会議」のこと。COP26では、「パリ協定」と「気候変動に関する国際連合枠組条約」の目標達成に向けた行動を加速させるため、締約国が一堂に会して議論する。COPとは「Conference Of the Parties」の略で「コップ」と読む。「Parties」とは条約を結んだ締約国の集まりのことである。

ISSBの基準開発は我が国のサステナビリティ開示基準の開発に重要な影響を与えるため、その動向を注視する必要がある。本稿では、上記のうち前者、具体的にはサステナビリティ開示基準の共通の表示基準となる公開草案「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」(IFRS S1基準(以下、S1基準案))の開示フレームワークのポイントを解説する。

サステナビリティ関連財務情報 : 企業価値に影響を与える持続可能性に関連するリスクと機会についての洞察を与え、一般目的の財務報告の利用者が、企業のビジネスモデルとそのモデルを維持・発展させるための戦略が依存する資源と関係を評価するための十分な基礎を提供するための情報。

(1)サステナビリティ関連財務情報と財務諸表との関係(会員限定)

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2022/06/09 【特集】ISSB公開草案・前編 「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」の開示フレームワーク(3・会員限定)

STEP2 4つのコアコンテンツを中心とした重要(マテリアル)な情報を開示する

STEP1で識別された「リスク及び機会」は基本的にすべて開示対象になるが、一般目的財務報告の利用者の意思決定に影響を及ぼさない情報については開示の省略が認められる。その閾値は定量的なものではなく、「重要性があるかどうか(マテリアルかどうか)」とされる。重要性(マテリアリティ)の定義は、財務情報とサステナビリティ情報が“ワンセット”で開示されることを踏まえ、既存のIFRS(IAS第1号「財務諸表の表示」)と整合的な定義となっている(この点については、2022年4月13日のニュース『サステナビリティ情報開示で用いられる「マテリアリティ」の概念の変化』参照)。

また、STEP2で開示される4つのコアコンテンツは、以下のとおり、TCFDの開示フレームワークにおける4つの柱(要素)と同一となっている(TCFD開示の4つの要素については2021年7月7日のニュース「TCFD開示の4要素のうち有報での開示が必須となりそうな2要素とは?」参照)。

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このほか、STEP1における「リスクと機会」の識別においては、ビジネスモデル、そしてビジネスを取り巻く外部環境に関連する活動、資源、及びそれらとの関係の全て(バリューチェーン 下図参照)が含まれるとされている点にも留意したい。例えば、自社の取引先がサステナビリティ関連のリスクと機会に直面している場合、自社がその結果の影響に晒される可能性があるため、自社のリスク及び機会として認識しなければならない場合があるということである。

バリューチェーン : 製品またはサービスの構想から提供、消費、廃棄に至るまで、企業が製品またはサービスを生み出すために依存する活動、使用する資源、及びそれらとの関係が含まれる。

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(「後編」に続く)

2022/06/09 【特集】ISSB公開草案・前編 「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」の開示フレームワーク(2・会員限定)

(1)サステナビリティ関連財務情報と財務諸表との関係

まず押さえておきたいのが、サステナビリティ関連財務情報と財務諸表との関係だ。冒頭に「サステナビリティ」と付くと、一見財務諸表とは無関係にも見えるが、S1基準案では、サステナビリティ関連財務情報とは財務諸表を「補完」するものであり、財務諸表と「同じ報告企業」について開示を行い、財務諸表と「同時に公表」することが求められている。

このため、サステナビリティ情報間の結びつきだけでなく、財務諸表とサステナビリティ情報の結びつきや、財務情報と一貫性のある開示が求められる(これらの点については、2022年4月25日のニュース『サステナビリティ情報と財務情報の「コネクティビティ」』参照)。特に、サステナビリティ関連情報に財務データや仮定が含まれる場合には、原則として財務諸表における数値や仮定と整合的であることが必要になるので注意しなければならない。

(2)開示目的

S1基準案では、サステナビリティ関連財務情報を開示する目的について以下のとおり定めている。

(注)重要性に関する定量的な閾値は設けず、重要性の判断は経営者に求める。
一般目的財務報告の主要な利用者が、企業価値を評価し企業に資源を提供するかどうかを決定する際に有用な、重大な(significant)サステナビリティ関連のリスク及び機会のすべてに関して重要性がある(material)情報を提供すること。

一般目的財務報告 : 広範囲の利用者に共通する財務情報に対するニーズを満たすように策定された財務報告の枠組みに準拠して作成される財務諸表のこと。例えば、金商法上の(連結)財務諸表、会社法の計算書類などが該当する。これに対し、特定の利用者の財務情報に対するニーズを満たすように策定された枠組みに準拠して作成される財務諸表を「特別目的の財務諸表」という。例えば、監督官庁が監督目的のために法令で提出
を求める財務情報や契約書等で定めた財務情報が該当する。

「一般目的財務報告の主要な利用者」としては、「現在の」および「潜在的な」投資家、融資者、その他の債権者が想定されている。また、提供を求められる情報が、サステナビリティ関連の「リスク及び機会」にフォーカスした情報とされている点もポイントである。

(3)2ステップアプローチ

(2)における開示目的を達成するために採用されるのが、以下の「2ステップアプローチ」だ。すなわち、サステナビリティ関連財務情報はこの2ステップアプローチに基づき開示される必要がある。

STEP1 下記の基準等を参照し、重大(significant)なリスク及び機会を識別する

✓S1基準、気候関連開示基準(「IFRS S2基準」と呼ばれる)を適用する。
✓関連するIFRSサステナビリティ基準がない場合→CDSBフレームワーク、SASBスタンダート等の基準を考慮する。

CDSB : CDSB(気候開示基準委員会=Climate Disclosure Standards Board)フレームワークとは、気候変動や森林、生物多様性、水などの環境情報を財務情報に統合して報告するための枠組みのこと。なお、CDSBのフレームワークはISSBの強制力がないガイダンスという位置付けとなっている。CDSBは、自然資本に関する企業情報開示モデルの推進と標準化に注力する9つの企業および環境NGOで構成される英国に本拠を置く団体だが、2022年1月IFRS財団に統合された。
SASB : SASB(サステナビリティ会計基準審議会=Sustainability Accounting Standards Boad)は2011年に設立された米国に拠点を置く団体であり、持続可能性が財務に与える影響を投資家に報告するフレームワークであるSASBスタンダードを策定した。SASBスタンダードは、11セクター・77 産業について、産業ごとに企業の財務パフォーマンスに影響を与える可能性が高いサステナビリティ課題を特定している点に特徴がある。SASBは、統合報告書の作成についての考え方をまとめた「国際統合報告フレームワーク」を策定したことで有名なIIRC(国際統合報告評議会=International Integrated Reporting Council)と合併してVRF(=Value Reporting Foundation)となり、さらにVRFは2022年6月にISSBに統合される。

ISSBは気候関連開示以外の個別テーマの基準を順次策定していくとしているが、当初はS1基準とS2基準のみしかない。このため、重要なサステナビリティ関連の「リスクと機会」の特定のため、ISSB基準のほかに、SASB基準、ISSBの強制力のないガイダンス(CDSBフレームワークの適用ガイダンスを例示)、他の基準設定組織の最新の公表物、同じ業種や地域に属する他社の実務を考慮することを求めている。

「リスクと機会」は、企業の①資源に対する依存、②資源に対する影響、③これらの「依存」と「影響」の関係から生じるポジティブ又はネガティブな影響、から生じるものとされている。例えば、企業のビジネスモデルが天然ガスに依存している場合、その資源の質、利用可能性、価格設定の変化の影響を受けるといったリスクが発生するが、このリスクに対応するための活動に焦点を当てている企業にとっては機会が生じる可能性がある。

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STEP2 4つのコアコンテンツを中心とした重要(マテリアル)な情報を開示する(会員限定)

2022/06/08 「Board3.0」が注目される理由と現状の社外取締役に足りないもの

最近、「Board3.0」という言葉がちらほら目に付くようになってきた。米国で活発に議論されている取締役会のモデルであるが、足下の日本のコーポレート・ガバナンスの議論や実態にも着実に影響を及ぼしつつあり、経営陣は新たなトレンドとして押さえておくべきだろう。

「Board 3.0」とは、2019年にRonald J. Gilson教授(スタンフォード大学/コロンビア大学)およびJeffery N. Gordon教授(コロンビア大学)により公表された論文「Board 3.0: What the Private‐Equity Governance Model Can Offer Public Companies」(プライベート・エクイティ ガバナンスモデルが公開企業に提供できるもの)で提唱された新たな取締役会のモデルであり、要約すれば、長期投資家が取締役として戦略立案に参画するモデルのことをいう。取締役をCEOに近い関係者で固めたアドバイザリー・ボードの「Board1.0」、独立性の高い社外取締役に経営の執行を監督させるモニタリング・ボードの「Board2.0」を経た次の取締役会モデルとして注目されている。

では、なぜBoard3.0が注目されているのだろうか。・・・

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2022/06/08 「Board3.0」が注目される理由と現状の社外取締役に足りないもの(会員限定)

最近、「Board3.0」という言葉がちらほら目に付くようになってきた。米国で活発に議論されている取締役会のモデルであるが、足下の日本のコーポレート・ガバナンスの議論や実態にも着実に影響を及ぼしつつあり、経営陣は新たなトレンドとして押さえておくべきだろう。

「Board 3.0」とは、2019年にRonald J. Gilson教授(スタンフォード大学/コロンビア大学)およびJeffery N. Gordon教授(コロンビア大学)により公表された論文「Board 3.0: What the Private‐Equity Governance Model Can Offer Public Companies」(プライベート・エクイティ ガバナンスモデルが公開企業に提供できるもの)で提唱された新たな取締役会のモデルであり、要約すれば、長期投資家が取締役として戦略立案に参画するモデルのことをいう。取締役をCEOに近い関係者で固めたアドバイザリー・ボードの「Board1.0」、独立性の高い社外取締役に経営の執行を監督させるモニタリング・ボードの「Board2.0」を経た次の取締役会モデルとして注目されている。

では、なぜBoard3.0が注目されているのだろうか。

その答えは明白で、執行への監督機能を強化したモニタリング・ボードの限界が見えつつあるからだ。両教授によれば、社外取締役には「情報の不足(thinly informed)」「判断のための分析リソースの不足(underresourced)」「意欲の限界(boundedly motivated)」があり、戦略の立案に対する監督機能を正しく果たせないと主張する。

確かに、脱炭素やコロナ禍、戦乱、インフレ、サプライチェーンの破壊といった不確実性だらけの環境下において、既存のビジネスモデルの大転換を迫られている企業は多い。そのような中では、戦略策定の多くを社内に委ね、独立性の高い社外取締役にその監督を委ねるだけでは不十分だ。サスティナビリティやESGを織り込んだ長期視点をもって、現在の株価に表れていない価値の源泉をどう見つけるか、またそれをどのように実現していくか。その一番重要な戦略の立案に際し、価値を分析・評価する能力を自ら有し、投資判断の形で実際に価値を付けることができ、価値の創造に強いインセンティブがある投資家を活用してはどうかという考え方は、極めて真っ当と言える。

見渡してみると、例えばオリンパス、JSRにはバリューアクトから、川崎汽船はエフィッシモから、丸井にはみさき投資からというように、既にファンド幹部が直接、出資先の社外取締役を務めるケースが出てきている。足下では、東芝でもファンド幹部が取締役候補になったとのニュースが耳目を集めている。自ら社外取締役を務めるまでには至らなくても、例えばセブン&アイ・ホールディングスのように、アクティビストの提案を踏まえ、資本市場への知見の深い社外取締役を招聘するなど、体制を大きく変えた企業もある。このように、投資のプロが取締役会に参画する「Board 3.0 」の実装が既に見られつつある。

そして「Board3.0」のエッセンスは、現在改定中のCGSガイドラインの改定案(令和4年改訂版)においても新たに加えられており、「2.6.5. 資本市場を意識した経営を助言・監督できる取締役の選任」として、「経営資源の効率的配分を重視する方向に経営を変えていく観点等から、資本市場を意識した経営を助言・監督できる者を社外取締役(もしくは社内取締役)として選任することも有益である。」との記述が追加されている。もちろん、同ガイドラインが指摘するように、会社や一般株主との利益相反の問題、インサイダー情報の管理やフェア・ディスクロージャー・ルールとの関係など、注意すべき論点も多い。しかし、これまで経営経験者の社外取締役こそが望ましいとされる中、あえて古い経営観を持った社長経験者の社外取締役を招聘し、互いの墨守ぶり褒め合って終わるだけの意味のないモニタリング・ボード運用に一石を投じる考え方であり、導入を検討するに値しよう。

フェア・ディスクロージャー・ルール : 上場会社による情報開示がすべての投資家に対し公平に行われることを目的としたルール

2022/06/07 DWG報告案、企業の負担増に配慮の跡

2022年5月17日のニュース「男性の育休取得率、女性管理職比率も開示義務化へ 英文開示の義務化は見送り」でお伝えしていたとおり、金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(以下、DWG)は5月23日、「中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて」と題した報告案を公表している。DWGは昨年9月から企業情報開示について議論を重ねてきたが、6月中に同報告を確定し、それ以降は同報告の内容を踏まえた開示府令の改正や金融商品取引法の改正(四半期報告書の廃止関係)に向けた検討が進められることになる。

法令改正の対象となるのは、・・・

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2022/06/07 DWG報告案、企業の負担増に配慮の跡(会員限定)

2022年5月17日のニュース「男性の育休取得率、女性管理職比率も開示義務化へ 英文開示の義務化は見送り」でお伝えしていたとおり、金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」(以下、DWG)は5月23日、「中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて」と題した報告案を公表している。DWGは昨年9月から企業情報開示について議論を重ねてきたが、6月中に同報告を確定し、それ以降は同報告の内容を踏まえた開示府令の改正や金融商品取引法の改正(四半期報告書の廃止関係)に向けた検討が進められることになる。

法令改正の対象となるのは、報告案における様々な提言の中で「記載欄を新設すべき」「開示項目とすべき」といった表現が使われている事項であり、具体的には下表のものが挙げられる。

  法令改正の対象事項 具体的な開示内容
有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」を新設すべきである 「ガバナンス」「リスク管理」は全ての企業が開示、「戦略」「指標と目標」は重要性を判断して開示することとすべき
「人材育成方針」「社内環境整備方針」および同指標を開示項目とする
女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金格差を、有価証券報告書の「従業員の状況」の中の開示項目とする 多様性に関する指標は、他の法律の定義や枠組みに従ったものとする
取締役会、委員会等の活動状況の新たな「記載欄」を有価証券報告書に設けるべきである まずは「開催頻度」「主な検討事項」「個々の構成員の出席状況」を、活動状況の記載項目とすべきである
デュアルレポーティングラインの有無を含む内部監査の実効性の説明を開示項目とすべきである
政策保有株式の発行会社と業務提携等を行っている場合の説明については、有価証券報告書の開示項目とすべきである

デュアルレポーティングライン : 内部監査のレポート先が、執行のトップだけでなく、監査委員会、監査等委員会、あるいは取締役会にも向けられていること。

表中「具体的な開示内容」に示したように、①はTCFDフレームワーク(4つの柱 ※4つの柱(4要素)については2021年7月7日のニュース「TCFD開示の4要素のうち有報での開示が必須となりそうな2要素とは?」参照)、③は男女雇用機会均等法に関する指針、④はコーポレートガバナンス報告書の記載要領(15ページ参照)といった既存の開示規制上の情報を活用しつつ、段階的に対応することが可能となっている。②と⑤もコーポレートガバナンス・コードの2021年6月改訂で盛り込まれた内容であり(②は補充原則2-4①、⑤は4-13③)、多くの企業においては対応済みと考えられる。少なくとも既に一定水準で情報開示に取り組んでいる企業にとっては、実質的に新たな負担となりそうなのは⑥のみであり、DWGは企業の負担増加に配慮した現実的な提言を行ったとも言えよう。

一方で、「取り組みが期待される」「行うことが重要である」といった、企業による自発的な対応を期待する事項(ソフトロー規制)としても、様々なものが盛り込まれている。その代表的なものが有価証券報告書自体の開示に関する提言だろう。具体的には、以下のとおり「総会前開示」と「英文開示」だ。

※ 【事業等のリスク】【経営者による財政状況、経営成績及びキャッシュフローの状況の分析】【コーポレートガバナンスの概要】【株式の保有状況】、および新たに「記載欄」が設けられるサステナビリティ情報
● まずは、必ずしも十分に早い時期でなくとも株主総会前に有価証券報告書を提出するといった取組みが期待される
● 利用ニーズの特に高い項目(※)について、英文開示を行うことが重要である

DWGによると、「株主総会前に有価証券報告書を提出している上場会社」は44社(2021年12月時点。報告案27ページの脚注51参照)、「英訳有報をウェブサイトに開催している企業」は28社(2021年7月時点。2022年4月18日事務局説明資料28ページ参照)に過ぎない。たとえ「十分に早い時期」でなくとも、「利用ニーズの特に高い項目」については何とか現状を改善したいという金融庁サイドの思いが伝わってくる。開示について投資家の高評価を受けることを目指す企業は率先して取り組むべき事項と言えよう。

2022/06/06 役員報酬の“枠超え”、社外役員で多発

3月決算会社の定時株主総会が集中する6月に突入した。定時株主総会では多くの役員の選・退任があるが、役員の選・退任に伴い役員報酬も見直し(改定)されることになる。その際、法定の報酬委員会がある指名委員会等設置会社(株主総会での役員報酬決議は不要)以外の会社で必ず確認しておく必要があるのが、報酬総額が株主総会で決議した枠()内に収まっているか、という点だ。

 会社法上、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益については、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定めることとされている(会社法361条1項)。ほとんどの株式会社で、定款ではなく、株主総会で取締役報酬・監査役(監査等委員)報酬の枠(総額)を決議し、当該枠の範囲内で各人別の報酬を取締役会(場合によってはさらに代表取締役に委任)・監査役会(監査等委員会)で決議している。

「そんなことは今更言われるまでもない」という声も聞こえてきそうだが、実はこの“役員報酬枠超え”は毎年のように起きている。特に注意すべきは・・・

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