監査法人の“お目付け役”である公認会計士・監査審査会(以下、審査会)が金融庁に対して監査法人を名指しして行う行政処分の勧告が、事実上当該監査法人に対して資本市場からの撤退勧告として機能していることは、2022年1月28日のニュース「上場会社の役員が意識しておくべき監査法人の“通信簿”」でお伝えしたとおりだが、このたび新たに名指しされた監査法人の実態がひどすぎると話題になっている。
2022年6月3日に審査会が公表した金融庁長官への処分勧告で名指しされたのが監査法人ハイビスカスだ。熱帯樹木の名を冠しているものの、元々は北海道を地場とする監査法人である。2022年3月31日現在、所属パートナー14人、職員84人の小規模監査法人であるが、天馬株式会社や株式会社ひらまつ(いずれも東証プライム市場上場)など金商法監査27社を含め、100社を超えるクライアントを擁する(同監査法人のサイトより)。
審査会の検査結果で目を引くのが、「不適切な検査対応」という項目である。
(不適切な検査対応)
当監査法人は、検査実施通知日以降、検査官に品質管理関連資料及び検証対象個別監査業務に係る監査ファイル(以下「検査対象資料」という。)を提出する日までの間、一部の社員及び職員が、事後的に検査対象資料を作成し、あるいは、事後的に作成した監査調書を監査ファイルに差し込むなどした上で、その旨を秘して検査官に当該検査対象資料を提出した。 |
監査調書は監査手続きの結果を記録するものであり、監査責任者が監査意見を形成する際に必要となる。事後的に監査の水準を証明するものとなる以上、監査報告書提出日後にそれを補充することなどあってはならないはずであり、監査法人内でもそれをできなくする措置をとるべきだ。しかし、監査法人ハイビスカスでは、審査会による検査実施の通知を受けてから慌てて監査調書を見直したところ、不備が見つかったことから、検査実施日までの間に事後的に作成した監査調書を補充した。さも監査が適切に行われたかのように装って検査官を欺こうとしたことになる。これでは審査会から「法令、倫理規則、内部規程等を遵守する意識が共有されていない」と指弾されてもやむを得ないであろう。
審査会の検査結果によると、同監査法人の業務管理態勢や品質管理態勢には多数の不備が認められるだけでなく、「今回の審査会検査で検証対象とした全ての個別監査業務において、業務執行社員及び監査補助者に監査の基準に対する理解が不足している状況及び職業的懐疑心が不足している状況が確認され、それらに起因する重要な不備を含めて広範かつ多数の不備が認められている」状態だった。具体的に列挙すると下記のとおり。
・収益認識に係る不正リスクの検討が不適切かつ不十分
・重要な虚偽表示リスクの評価及び内部統制の不備の評価が不適切
・重要な貸付取引の事業上の合理性の評価、債務保証損失引当金の検討及び重要な構成単位の識別に関する監査手続が不十分
・不正リスクの評価が不適切
・仕訳テストの検討、繰延税金資産の回収可能性の検討、事業構造改善引当金の検討、将来計画の見積りの検討、取得原価の再配分の検討、資産除去債務の検討、セグメント情報に関する注記の検討、内部監査人の利用に係る検討、内部統制監査の評価範囲の検討及び監査上の主要な検討事項の記載に係る検討が不十分
・売上高の分析的実証手続、売上原価の実証手続、売掛金の実証手続、棚卸資産の実証手続、特定項目抽出による試査による実証手続、監査サンプリング及びグループ監査に係る監査手続が不十分
・子会社株式の評価、のれんの評価、構成単位の固定資産の減損、決算・財務報告プロセスの検証、取締役会等の議事録の閲覧、監査役等とのコミュニケーション、個人情報の取扱い及び独立性の確認が不十分
これは、「一監査法人における手続きの不備」という問題に留まらず、同監査法人の金商法監査クライアント27社が上記に列挙された項目で“緩い”監査手続きにより財務報告の適正意見を得ていたということを意味し、これらの会社の決算数値の信頼性や資本市場の信頼性が損なわれかねない事態と言える。こうした事態を回避すべく、審査会は2022年5月20日に公表した今年度(2022年4月から2023年3月まで)の「監査事務所等モニタリング基本方針」において、上場会社の監査を行う監査事務所のうち特に監査品質の確保・向上が急務と考えられる中小規模監査事務所に対する検査をより重視する姿勢を示している。実際、審査会は今年に入って半年間で既に仁智監査法人(1月)、UHY東京監査法人(4月)、監査法人ハイビスカス(6月)と3つの中小監査法人に対して、事実上、資本市場からの撤退を促すこととなる処分勧告を出している。審査会の処分勧告数は、2021年が1法人(監査法人原会計事務所)、2020年がゼロ、2019年が2法人(監査法人大手門会計事務所、清流監査法人)であり、それと比べると明らかに処分勧告のペースがアップしていることが分かる。
自社が選任している監査法人が審査会の処分勧告の対象となった場合、投資家から「そのような“緩い”監査法人を選任していたのは、きっちりと監査をする監査法人では困る理由が何かあるからではないか」という目で見られかねない。自社の監査法人に処分勧告の対象となるフラグが立っていないかを事前に確認する手段として、審査会の「総合評価」の結果を利用する方法があるが(詳細は2022年1月28日のニュース「上場会社の役員が意識しておくべき監査法人の“通信簿”」参照)、それに加えてお勧めしたいのが、電子監査調書システムの採用の有無の確認だ。
電子監査調書システムは、監査調書を電子的に作成・保管するシステムであり、監査調書を事後的に補充・改ざんできないよう、監査調書の作成日(更新日)やレビュー日を記録する機能を備えており、大手監査法人や一部の中小監査法人が採用している(なお、単に監査調書をWordやExcel等で電子的に作成するだけで、印刷した監査調書を紙として保管している場合、これを電子監査調書とは言わない)。大手監査法人は以前からそれぞれが属するワールドワイドのグループ内で独自開発した電子監査調書システムを使用しているが、中小監査法人でも監査法人アヴァンティアが電子監査調書システムを自社開発し、仰星監査法人とRSM清和監査法人とともにコンソーシアムを立ち上げ普及させていくといった積極的な取り組みもみられるところだ(監査法人アヴァンティアのリリースはこちら)。そういった動きとは別に、独自にカナダの CaseWare 社製の電子監査調書システムを採用する中小の監査法人もある。中小監査法人にとって、こういったシステム投資の負担は決して軽いものではないが、監査の水準を高める強い覚悟を内外に示すことで生き残りを賭けた投資と言える。ちなみに、電子監査調書システムは、コロナ禍でリモート監査の効率性を高めることとなった点も評価されている。
監査法人ハイビスカスで審査会の検査前に調書の補充ができたのは、それを許す監査法人の風土に加えて、そもそも同法人が「紙」の調書を使っていたことが理由と思われる。「紙」の調書であれば、作成日をごまかすのは容易だからだ。検査の実施が通知されてからでも監査調書を補充できるのであれば、緊張感のある監査は到底期待しえない。換言すれば、中小監査法人であっても、電子監査調書システムを採用しているのであれば、緊張感を持った監査が期待できる。上場会社の監査役(監査等委員)は、自社の監査人に対して、監査調書の電子システムを採用しているかどうかをヒアリングし、採用しておらず、かつ採用の予定もないような監査法人であれば、審査会の「総合評価」の結果次第では交代を検討すべきと言えよう。