既報のとおり、企業会計基準委員会(ASBJ)や金融庁は上場企業に対し、コロナ影響下の会計上の見積りに用いた仮定を、有価証券報告書の報告書の【経理の状況】における「追加情報」において具体的に開示することを求めている(2020年5月14日のニュース『有報作成に影響も ASBJが「コロナ収束時期の仮定」の開示を強く要請』、2020年5月22日のニュース『金融庁、「非財務情報」におけるコロナの影響の開示充実を強く要請』を参照)。しかし、すべての上場企業がこの追加情報を記載しているわけではない(2020年6月1日のニュース『コロナ収束時期の「最も悲観的なシナリオ」』、2020年6月3日のニュース「コロナ収束時期、小売・流通系が集中する2月決算企業はどう書いた?」参照)。
当フォーラムが2月決算企業の有価証券報告書および12月決算企業の第1四半期報告書の追加情報欄をレビューしたところ、コロナ禍の影響を強く受けた上場企業の多くがASBJや金融庁の要請に沿った形で追加情報を記載しているものの、明らかに強い影響を受けているにもかかわらず追加情報は記載せず、「重要な後発事象」として開示するにとどまっている企業も散見された(なお、IFRS採用企業は、IFRSに基づき連結財務諸表注記の「重要な会計上の見積り及び見積りを伴う判断」において「仮定」を記載するため、追加情報の記載はないのが通常。また、コロナ禍の影響を受けていないか、影響があったとしても(あるいは今後の影響を加味しても)重要ではない場合も追加情報での「仮定」の開示は不要となる)。
「重要な後発事象」を注記するほどコロナ禍の影響が大きいのであれば、『会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響に係る仮定に関する「追加情報」の開示』も必要になるはず。それにもかかわらず、「追加情報」で「仮定」の開示をしないのは、「投資家のニーズに応えている」とは言い難いところだろう。なお、「重要な後発事象」では「仮定」は開示されないため、重要な後発事象の開示をしたからといって、「追加情報」での「仮定」の開示が免除されるわけではない。
重要な後発事象 : 連結決算日後、連結会社並びに持分法が適用される非連結子会社及び関連会社の翌連結会計年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす事象のこと。
柿安本店の2020年2月期の有価証券報告書
【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】
(前略)
当社をとりまく環境は、海外経済の減速や米中の貿易摩擦に警戒感が残る中で、輸出の落ち込みや設備投資意欲が停滞したことにより、企業収益にも弱さが見られました。個人消費は、相次ぐ自然災害による被害や、消費税増税後の反動落ちからの持ち直しが一部にみられたものの未だ停滞懸念は払拭できておらず、日本国内での新型コロナウイルス感染症の拡大防止策による外出機会の抑制や消費者の生活防衛意識の高まりも加わり、非常に厳しい経営環境が続いております。・・・
【連結財務諸表】
(追加情報)
コロナの収束仮定についての記載なし
(重要な後発事象)
新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響により、当社の財政状態及び経営成績に重要な影響を及ぼすことが見込まれます。なお、影響額については、合理的に算定することが困難であります。
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エービーシー・マートの2020年2月期の有価証券報告書
【連結財務諸表】
(追加情報)
コロナの収束仮定についての記載なし
(重要な後発事象)
(新型コロナウイルス感染拡大による影響)
新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、2020年4月7日の緊急事態宣言発令を受け、当社直営店においても臨時休業や営業時間の短縮などの対応を行っております。新型コロナウイルス感染症の収束時期が現時点では見通せない状況であるため、翌連結会計年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす可能性がありますが、影響額については、提出日現在において合理的に見積もることは困難であります。
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市進ホールディングスの2020年2月期の有価証券報告書
【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
(前略)
なお、新型コロナウィルスの感染拡大による当社グループに与える影響につきましては現段階で想定しうる影響額を加味しておりますが、今後の諸情勢にも適切かつ柔軟に対応してまいります。・・・
【連結財務諸表】
(追加情報)
コロナの収束仮定についての記載なし
(重要な後発事象)
特別損失の計上
今般の新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年3月から小学校、中学校、高等学校が臨時休校となりました。生徒の皆さんの安全と感染拡大防止を第一に考え、当社グループの学習塾も学校が休校である間は休校といたしましたが、休校期間中も当社グループの映像授業「ウイングネット」の活用やオンライン双方向授業の実施、また担当からの進捗確認等フォロー体制により、学習をサポートしてまいりました。生徒、保護者の皆様にもご理解とご協力をいただき、緊急事態宣言下におきましても教育サービスの提供を継続させていただいております。一方で、本来であれば教室へ来ていただき対面で学習する予定のところ、ご家庭で学習をしていただく状況が長引いていることから、ご理解とご協力をいただいている生徒、保護者の皆様に対して、授業料を一部返金させていただくことを2020年5月29日付け取締役会にて決議いたしました。当該返金につきましては、新型コロナウイルス感染症の影響によるものであり、特別損失として約2億円を2021年2月期第1四半期に計上する予定であります。
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東宝の2020年2月期の有価証券報告書
【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
(3)中長期的な会社の経営戦略及び対処すべき課題
(前略)
しかしながら、本年2月下旬以降の新型コロナウイルスの感染拡大は、一転して当社グループの主要事業にかつてない深刻な影響を与えています。・・・
【連結財務諸表】
(追加情報)
コロナの収束仮定についての記載なし
(重要な後発事象)
新型コロナウイルス感染症の拡大により、当社グループの各事業において影響が生じております。
映画事業においては、配給作品の公開スケジュールを変更しております。劇場については、2020年3月には都市部での外出自粛要請に伴い一部の劇場で週末の営業を休止いたしました。2020年4月8日に7都府県を対象に緊急事態宣言の発令されたことにより対象地区の劇場を、16日に緊急事態宣言が全国に拡大されたことにより、18日からは全国の劇場で営業を休止いたしました。なお、一部自治体による映画館に対する休業要請の解除を受け、2020年5月15日以降、一部の劇場を再開しております。
演劇事業においては、新型コロナウイルス感染症拡大にかかわる政府及び東京都の方針等を踏まえ、2020年2月28日以降、順次公演の中止を決定しております。演劇公演については緊急事態宣言が解除されたとしても、一定の準備期間を要することから、同年7月までの東京公演作品及びその全国ツアー公演の中止を決定しており、再開は2020年8月以降となる見通しです。
不動産事業においては、緊急事態宣言の発令を受けて、2020年4月8日から商業施設を臨時休館しておりましたが、緊急事態宣言の解除を受けて順次再開しております。
新型コロナウイルス感染症の拡大による影響は、当連結会計年度の会計上の見積りに反映しておりますが、当該営業休止等により翌連結会計年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローにも影響を及ぼすことが想定されております。
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では、ASBJや金融庁が追加情報の記載を強く求める中で、コロナ禍の影響を強く受けた上場企業が有価証券報告書の追加情報で「仮定」を記載しなかった場合、どのような問題が生じ得るだろうか。
まず会計監査への影響だが、追加情報で「仮定」を書かなかったからといって、それが「不適正意見」に直結するとは考えにくい。仮にコロナ禍における「仮定」に関連して不適正意見が出るとすれば、それは「追加情報に仮定を書かなかった」からではなく、コロナ禍の影響が大きいにもかかわらず明らかに不合理な仮定(コロナ禍の影響は小さいとして見積りに反映させていない)を置いて、減損損失を計上しなかったり、繰延税金資産の取り崩しをしなかったりした場合に、監査法人が「財務諸表に重要な虚偽記載がある」と判断したケースだろう。
不適正意見 : 監査人が監査報告書で表明する「財務諸表が不適正である旨の意見」のこと。監査人が、経営者が採用した会計方針の選択およびその適用方法、財務諸表の表示方法に関して不適切なものがあり、その影響が財務諸表全体として虚偽の表示に当たるとするほどに重要であると判断した場合に表明される。
本件において企業が目を向けるべきは、むしろ金融庁や投資家と言える。
金融庁は2020年5月21日に公表した「新型コロナウイルス感染症の影響に関する企業情報の開示について」と題するリリースで、追加情報において会計上の見積りに用いた仮定を具体的に開示することを求めるのみならず、当初(2020年3月27日)示した2020年度の有価証券報告書レビュー(以下、有報レビュー)の対象には含まれていなかった『会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響に係る仮定に関する「追加情報」の開示』を急遽レビュー対象に追加して審査する旨をアナウンスしている(有報レビューの対象追加については2020年5月22日のニュース『金融庁、「非財務情報」におけるコロナの影響の開示充実を強く要請』を参照)。有報レビューの結果、「追加情報で開示すべきだったにもかかわらず開示されていなかった」と判断されれば、その重要性次第で訂正報告書の提出が求められることもあり得る。
有価証券報告書レビュー : ディスクロージャー制度の信頼性確保に向けた対応として、有価証券報告書の記載内容の適正性を確保するための審査。従来から、金融庁および財務局等が連携して実施している。毎年3月頃、金融庁のホームページにおいて、その事業年度に係る有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項とその年度に実施される具体的なテーマが公表される。
訂正報告書 : 提出した有価証券報告書等の記載事項に間違いがあったり、記載が不十分であったりした場合に、金融商品取引法により提出を求められる書類のこと。有価証券報告書の提出先である財務局に提出する。
また、金融庁は上記リリースで、非財務情報(記述情報)においてもコロナ禍の影響を開示するようを求めている。仮に記述情報で「影響は大きい」と言っておきながら追加情報で「仮定」を書かないという“矛盾”があれば、有報レビューの結果、「決算・財務報告プロセスが不適切だった」として、内部統制報告書の訂正を求められる可能性もある。
非財務情報(記述情報) : 有価証券報告書における「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」「事業等のリスク」、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」を指す。2019年1月31日に公布・施行された開示府令により、2020年3月期決算企業から記載内容の充実が求められることとなった。
決算・財務報告プロセス : 決算を取りまとめて、財務報告として社外に開示するまでの情報の作成、伝達、承認等のプロセス。
内部統制報告書 : 会社の属する企業集団および当該会社に係る財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要な体制について評価した報告書。
投資家からすると「情報開示が不十分=投資家に対し不誠実」と映るため、コロナ禍の影響についての開示が不十分で訂正報告書の提出や内部統制報告書の訂正を求められたとなれば、投資マインドは低下するだろう。
ちなみに、今般のコロナ関連の追加情報の記載は、「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(2021年3月期から原則適用、2020年3月期からの早期適用可)の“前哨戦”と位置付けられる。というのも、同会計基準では下記の事項の開示を求めているからだ(詳細は2019年11月13日のニュース「重要会計基準改正解説第一弾 見積会計基準案が公表、MD&A、KAMへの影響」参照)。
(1) 当年度の財務諸表に計上した金額の算出方法
(2) 当年度の財務諸表に計上した金額の算出に用いた主要な仮定
(3) 翌年度の財務諸表に与える影響
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ASBJが4月9日に公開した議事録は(2)に対応し、5月11日に公開した追補版は(3)に対応している(前者については2020年4月10日のニュース『コロナ影響下の会計上の見積りにおける「一定の仮定」と開示』参照、後者については2020年5月14日のニュース『有報作成に影響も ASBJが「コロナ収束時期の仮定」の開示を強く要請』参照)。残りの(1)は未適用の段階であるため、監査法人もさすがに「書いてください」とは言えないものの、少なくとも(2)(3)は現行の追加情報の考え方に基づき、(上記会計基準に則った場合と同じレベルまでは要求されないとはいえ)書くよう求めることができる。
企業からは「コロナ禍の先行きは誰にも分からない。このような状況の中で仮定を置くのは無理」との声も聞かれる。これは企業の本音とはいえ、減損や税効果会計で見積りをしている以上、そこで何がしかの仮定を置いているはずであり、ASBJや金融庁は、その“何がしかの仮定”を書いてくださいと要請しているに過ぎないことからすると、「無理」という言い訳は通用しないと考えるべきだろう。また、今期あたふたしているようでは、来期から原則適用となる上記「会計上の見積りの開示に関する会計基準」への対応も危ぶまれる。企業としては、今期は原則適用前の“予行演習”と考え、仮定の開示に取り組むべきだろう。