2015/11/25 【2015年10月の課題】株価下落時における投資家とのミーティングで用意すべき情報:解答(会員限定)

気にすべきは「株価」そのものより他社や市場全体の変動率の違い

 役員にとって、自社の株価は当然気になるものです。特に自社の足元の業績が順調であるにもかかわらず株価が下落しているとなれば、なおさらでしょう。

 もっとも、株価は自社の努力だけではどうにもならないこともあります。企業は、自社の株価が上がったり下がったりする要因は基本的に「業績」や「将来性」などにあると考えがちですが、短期的にはそれだけではありません。

 機関投資家(運用機関)の投資行動は、どの企業の株式を売買するのかを決める以前に、(1)そもそも株式という資産を増やすのか、あるいは減らすのかという「アセットアロケーション=資産配分」と、(2)運用資金が増えているのか減っているのかを示す「マネーフロー」の影響を受けます。

アセットアロケーション=資産配分 : 運用リスクを低減しつつリターンを向上させるべく、投資資金を複数の異なった資産(アセット)に配分(アロケーション)して運用すること。

 例えば経済が不安定になり、顧客からお金が入って来なくなったり、解約が出たりすることで機関投資家のマネーフローが打撃を受ければ、どんなに株価が割安であっても、株式を買うことはできなくなります。一般に「○○危機」「××ショック」などと言われるような事態になるとマネーフローが止まってしまうため、投資判断とは無関係に株式は売却されることになります。また、アセットアロケーションの観点から株式への投資を増やすか減らすかは、実際に株式を運用しているファンドマネージャーの判断ではなく、アセットアロケーター(資産配分を決定する人または部門)の判断やファンドの特性によって決まります。つまり、機関投資家の投資行動の相当部分は、個別企業に対する投資判断とは無関係なアセットアロケーションとマネーフローによって決まっているということになります。

 また、需給関係によって株式市場自体のボラティリティ(価格変動の度合い)が高まっていれば、それだけ株価も変動しやすくなります。

 このように株価は自社の努力だけではどうにもならない部分がありますので、役員としても短期的な自社の株価の上下に一喜一憂すべきではありません。ただし、自社の株価変動(株価の下落)が同業他社や市場全体と比べて大きい場合には、その原因を確認し、改善を図っていく必要があります。

株価変動率の抑制が長期投資家を呼ぶ

 株価の変動率が大きい理由の1つとして、自社のビジネスモデル(業績)がマクロ経済の影響を受けやすいということがあります。また、日本の株式市場には長期投資家が少なく、短期投資家が多いため、そもそも日本の株式市場自体が比較的マクロ経済の影響を受けすいとも言えるでしょう。

 その一方で、海外の長期投資家の投資を受けている企業の多くは、単にROEや営業利益率などが高いというだけでなく、「株価の変動率が小さい」という特徴があります。逆に言うと、長期投資家は業績が短期的に悪化する局面でも文字通り「長期的な視点」で株式の保有を継続する傾向が強いことから、それが株価の変動を抑えることにつながっています。すなわち、海外の長期投資家の投資を受けている企業においては、株価変動率の小ささが企業の保有構造を安定(=長期投資家の増加)させ、そのことがさらなる株価の安定化につながるという“好循環”が存在しているわけです。

 要するに、株価を安定させるためには、自社の株主構成を(短期的な投機家ではなく)中長期的な視点で企業価値に着目して長期的に株式を保有してくれる優良な投資家中心にするべきであり、そのためには(話は元に戻りますが)結局は株価の変動を抑える必要があるということになります。

「現時点で影響は出ていない」はNG

 では、株価変動を抑えるために、企業は何をすればいいのでしょうか。

 もっとも重要なのは、投資家に「不確実性」を意識させないようにすることです。そのためには、まず企業自身が、マクロ経済が自社の将来業績に与える影響を冷静に見極め、それを投資家に説明する必要があります。たとえまだ影響が出ていなかったとしても、「現時点では影響が出ていません」という説明はNGです。機関投資家は「過去の業績変動」などを踏まえて将来予想を行っており、仮に現状では業績の動向に大きな変化が見られなかったとしても、今後影響が出て来ることを“過去の経験則”を踏まえて投資判断に織り込みます。したがって、いくら企業が「影響は出ていない」と言っても、それによって機関投資家が自らの投資判断を見直すことはしません。むしろ、「過去の例からすると今後大きな影響が出て来ることは避けられないのに、まだそのための対策が何らとられていないのか」といったネガティブな評価をされることもあります。

 もっとも、IR担当役員などが、事実としてまだ影響の出ていない中で、「影響が出る可能性がある」と言って投資家の不安を煽るわけにもいかないでしょう。このような場合には、投資家が想定しそうなシナリオをいくつか用意し、各シナリオごとに、収益へのインパクトについて“ヒント”を与えていくことになります。

 ここでいうヒントは、それほど厳密なものである必要はありません。例えば、為替の変動が業績に大きな影響を及ぼす企業の場合、業績予想の際に「1円の変動で業績にどれくらいの額の影響が出るか」を明らかにしているケースも多いと思いますが、それに加え、「前回の円高局面の際には、ドル建て調達の比率が〇%程度でしたが、現在は○○%になっています」、あるいは「為替の変動リスクの高まりに備えて、今回はヘッジ期間を△か月にまで伸ばしています」といった説明をするわけです。機関投資家に対しては1から10まで説明する必要はなく、「ここまで言えば、あとは自分で分析できますよね?」という程度の情報提供で十分です。

 また、上述のとおり、機関投資家は過去の事例を参考に将来予想を行う傾向が強いため、もし過去とは収益構造が変化し、機関投資家の予想とは異なる予想をしているのであれば、IRミーティングの場を設け、現在と過去の収益構造との違いを説明しておく必要があります。特に過去との違いに関する「定性的な(数字で表すことができない)マクロ情報」は機関投資家に喜ばれます。エコノミストなどが行うマクロ予想とは異なり、企業の“肌感覚”としての情報は、機関投資家にとっては有用な情報なのです。また、このような情報提供を行うことで、機関投資家から「環境の変化を独自の方法でとらえ、対応しようとしている企業」との評価を受けることにもつながります。

株価の変動特性は数回の景気の山谷を経て変化する

 もっとも、機関投資家に対して収益構造の変化を伝えたところで、企業の株価の変動特性が簡単に変わるわけではありません。これは、機関投資家はマクロ経済変動の影響を過去の“経験則”からとらえており、企業の説明を受けただけで、企業が主張する業績へのインパクトを全て自らの投資判断に織り込むようなことはしないからです。実際、企業側の説明が正しいとは限りません。企業としては理論上は収益構造を変えたはずでも、想定していないような部分にインパクトが出てしまい、予想と結果が異なることも多いはずです。機関投資家が保守的になるのもうなずけるところでしょう。

 また、定性的な判断を入れずに機械的に投資判断を行うファンド(インデックスファンドクオンツファンド)では過去の経験則のみが反映され、企業の構造変化を織り込むことはできません。したがって、企業側が収益構造の変化やそれに伴う収益インパクトの変化について説明したとしても、企業が期待するほど株価の変動を抑えることは難しいと言えます。

インデックスファンド : 東証で言えばTOPIXのような株価指数(インデックス)の値動きに連動する運用成果を目指す運用手法を採用するファンドのこと。株価指数を構成する銘柄をポートフォリオに組み入れるなどして、運用会社はあまり裁量を加えず運用する。積極的な運用方法でないという意味で「パッシブ(消極的な)」ファンドとも言われる。ファンドマネジャーが独自に銘柄を選択して運用する「アクティブ運用」とは対極の関係にある。’
クオンツファンド : 数字に表れるデータ分析である「定量分析」に基づき運用を行なうファンドのこと。クオンツという言葉は、英語で定量分析を意味する「quantitative analysis」から来ている。もっとも、定量分析は人が行うわけではなく、各運用会社がそれぞれ独自に開発したコンピュータ・システムを使うことになる。

 だからと言って、企業が行った説明が無駄になるわけではありません。機関投資家は必ず、「企業の説明」と「その結果」の整合性をチェックします。したがって、マクロ経済の変動局面で企業が誠意を持って機関投資家に情報を開示し、説明を行っておくと、それは数回のマクロ軽税の変動局面を経て機関投資家の“経験則”となり、株価に反映されていくことになります。換言すれば、企業のIR活動の効果も、短期ではなく長期で見ていく必要があるということです。

 また、説明しっぱなしではなく、「振り返り」を行うことも重要です。マクロ経済の変動局面で企業が当初投資家に説明した予想とは異なる結果が出るということはよくある話であり、投資家も想定済と言えます。重要なのは、予想が違った場合に「振り返り」を行い、今後との対応方針を説明することです。それをどこまでしっかりやってくれるのかによって、企業に対する投資家の評価は全く異なったものになります。

 逆に、言いっぱなしで振り返りがない企業の予想は信頼をなくすことになります。しっかりとした振り返りができてこそ、投資家は「企業はその経験を次に活かすはずである」と考えるからです。このような企業の取組みは、投資家にとっての「不透明要因」を減少させ、不安要素の拡大による不要な資本コスト(資本コストの定義は、新用語・難解用語辞典「ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)法」参照)の増大を防ぐことにつながります。

 市場が不安定になる局面は、実は経営トップやIR担当役員をはじめIRに関わる人にとって“腕の見せ所”であり、市場にアピールするチャンスだということを肝に銘じておきたいところです。

2015/11/24 著作権のTPP、“青空文庫問題”は解決も「非親告罪化」で新たな懸念

(2015年)10月5日に大筋合意に至ったTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉で、農作物、自動車などとともに注目を集めていたのが「著作権」だ。TPP交渉は当然ながら秘密裏に進められてきたが、著作権を含む知的財産関係の条文案がウィキリークスにより事前に流出したことで、関係者(著作物を作る側・使う側)間の議論の盛り上がりに拍車がかかっていた。

そもそもTPPで著作権が議論されることとなった背景には、新興国を中心に横行している海賊版ソフトの製造・販売、インターネットへの不正なアップロード等の著作権侵害がある。つまり、TPPはこうした著作権侵害に対する有効な対抗手段を確保し、著作権侵害を止めることを狙いとしており、日本は基本的に「著作権侵害対策を求める立場」にある。とはいえ、日本企業も著作権を利用する立場にもなることがある以上、規制が強化されればその影響を受ける。例えば著作権の保護期間が延長されれば、著作権の権利者にとっては「稼げる」期間の延長となるが、活用する側にとっては、「許諾をとったり、ライセンス料を払ったりしなくてはならない期間」が延長されることを意味する。なかには、ある大手メーカーのように、グループ会社が持っているコンテンツを使って親会社がビジネスを行っているケースもある。

TPP交渉で特に問題となっていたのが、・・・

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2015/11/24 著作権のTPP、“青空文庫問題”は解決も「非親告罪化」で新たな懸念(会員限定)

(2015年)10月5日に大筋合意に至ったTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉で、農作物、自動車などとともに注目を集めていたのが「著作権」だ。TPP交渉は当然ながら秘密裏に進められてきたが、著作権を含む知的財産関係の条文案がウィキリークスにより事前に流出したことで、関係者(著作物を作る側・使う側)間の議論の盛り上がりに拍車がかかっていた。

そもそもTPPで著作権が議論されることとなった背景には、新興国を中心に横行している海賊版ソフトの製造・販売、インターネットへの不正なアップロード等の著作権侵害がある。つまり、TPPはこうした著作権侵害に対する有効な対抗手段を確保し、著作権侵害を止めることを狙いとしており、日本は基本的に「著作権侵害対策を求める立場」にある。とはいえ、日本企業も著作権を利用する立場にもなることがある以上、規制が強化されればその影響を受ける。例えば著作権の保護期間が延長されれば、著作権の権利者にとっては「稼げる」期間の延長となるが、活用する側にとっては、「許諾をとったり、ライセンス料を払ったりしなくてはならない期間」が延長されることを意味する。なかには、ある大手メーカーのように、グループ会社が持っているコンテンツを使って親会社がビジネスを行っているケースもある。

TPP交渉で特に問題となっていたのが、著作権の「保護期間の延長」と「非親告罪化」だ。順に見ていこう。

親告罪 : 被害者による訴えがなければ刑事訴追ができない犯罪類型。

著作物は、著作者の死後(あるいは著作の公表後)も一定期間保護されることとなっており、この期間は欧州の多くの国と米国では70年間、アジアの多くの国と日本やカナダなどでは50年間とされてきたが(なお、日本でも映画については、公表後70年(創作後公表されずに70年が経過した場合は、創作後70年)が期限とされている)、TPP交渉では著作権の保護期間を米国等と同様70年に延長することとなった。

そこで問題になるのが、「著作権者の死後、50年以上70年未満」のコンテンツの扱いだ。これまで、著作権者の死後50年以上経過したコンテンツは「著作権保護期間が切れたコンテンツ」として利用されてきたが、TPPを受け、今後は利用できなくなるのではないかとの懸念が生じている。例えば太宰治の没年は1948年であり、現行法下では「1998年」に著作権が切れたものとして取り扱われてきたが、著作権保護期間が70年に延長されれば、現時点(2015年時点)では著作権が切れていない(死後70年後は2018年)ことになる。現在、青空文庫には太宰治の作品が数多くアップされているが、「すべて削除し、3年待たなくてはならないのか?」という疑問も生じる。

結論から言うと、TPPを受け著作権法が改正され、著作権保護期間が延長されたとしても、「改正法が施行した時点で既に保護期間が満了している著作物」については、遡及して保護期間が延長されることはないとされた。つまり、太宰治の作品のように(旧法の下で)すでに著作権の保護期間が終了している著作物について、改めて当該期間が延長されることはない。TPPにより著作権保護期間が大幅に延長されることには変わりはないが、既存のビジネスへの影響は最小限に抑えられたと言えよう。

もう1つ懸案となっていたのが、著作権侵害罪の非親告罪化だ。親告罪とは、被害者による訴えがなければ刑事訴追ができない犯罪類型を指す。例えば、罪種の性質上、被害者意思を尊重すべきもの(例:強姦罪)、罪責が比較的軽微なもの(例:過失傷害罪)、親族間の問題であるため一義的には法介入が謙抑的であるもの(例:親族間における窃盗罪)などが親告罪となっている。これまでは著作権の侵害も、著作権が私権であり、また、著作権者に訴追の意思がない場合は公権力による追求は不要との考えに基づき、「親告罪」とされてきた。

謙抑的 : 抑制的、自制的という意味。「けんよくてき」と読む。

ただ、一部新興国で行なわれているような大規模な著作権侵害(例えば、公開間もない映画作品を勝手に映画館で上映する行為、発売後間もない(もしくは発売すらされていない)著作物の内容をつぶさに明らかにした動画をインターネット上の投稿サイトにアップロードする行為など)を、著作権者が一つひとつ探し出し、訴えなくては刑事訴追ができない現状を問題視する声は強く、今回の「非親告罪化」へとつながった。

著作権侵害罪の非親告罪化に伴い懸念されていたのが、「二次創作活動」への影響だ。二次創作活動とは、例えば漫画やアニメ、ゲームなどのパロディ作品を作成する行為や、それらをインターネットやコミックマーケットなどの販売会を通じて販売する行為を指す。これらは厳格に言えば現行の著作権法にも違反するが、日本では二次創作活動が非常に活発である中、これまで多くの著作権者は二次創作には寛容な立場をとってきた。もちろん、原作のコピー(海賊版)が流布すれば正規版の売り上げが落ちることは容易に想像できるが、パロディ作品(二次創作)の盛り上がりが原作の人気をより高める効果を生むこともあり得るからだ。また、二次創作を出発点とした創作活動が一次創作へとつながり、新たなクリエイターが産まれる可能性もあるとして、日本の二次創作は発展してきた。このため、著作権分野のTPPへの対応を検討する文部科学省の文化審議会においても、「TPPの締結が二次創作への活動を阻まないようにすべき」との方針を打ち出していた。

TPPでは、非親告罪化の対象となる行為として、「市場との関連において当該著作権者等の利益に実質的かつ有害な影響を及ぼすもの」などを挙げているが、二次創作はこうした要件に該当するとは言えないため、非親告罪化の対象にはならないと考えてよいだろう。したがって、例えば企業の出展も多いコミックマーケットに、捜査当局が権利者の意図とは無関係に立ち入り操作を行なうといった事態が発生する蓋然性は極めて低いと言えそうだ。

一方で、著作権侵害罪の非親告罪化は、業種を問わず企業に新たなコンプライアンス問題を引き起こす可能性もある。例えば、社内で書籍の一部をコピーして部門のメンバー全員が持つ、あるいは、パワーポイントの資料を作るにあたって、著作権の保護がかかったイラストや写真を許諾なく使うといったことは少なからず行われていると思われるが、こうした行為に対して非親告罪化がどのような影響をもたらすことになるのかは気になるところだ。この問題については近く続報したい。

2015/11/23 【特集】世界のESG投資の動向と日本企業への影響

Sustainalytics(サステイナリティクス)
リサーチプロダクト部門 セクターマネージャー
藤田裕美

Sustainalytics
 20年以上にわたり、ESGリサーチ分析の世界的リーダーとして300以上の機関投資家・金融機関に情報提供を行う。専門家・投資家が選ぶ、優れた「SRIおよびコーポレート・ガバナンス分野の独立系調査会社」に関する調査 (The IRRI Survey) で、2012年より3年連続1位に選ばれる。世界上位アセットオーナー (年金基金など) 20のうち12が顧客であり、世界上位アセットマネージャー (運用会社など) 20社のうち7社が顧客となっている。その他、Bloombergへの情報提供のほか、Channel News Asiaサステナビリティランキング評価等にも利用されている。

藤田 裕美
 リサーチプロダクト部門マネージャー。8名のアナリストから構成される運輸および重工業セクターチームのESGリサーチを統括している。また、ESGリサーチに関し顧客および企業との対話を積極的に行っており、カンファレンス等での講演も行っている。以前はDeloitte シンガポールのM&Aトランズアクションサービスにて日系企業への事業開発を担当、それ以前はCitibank の個人金融(東京)および法人金融部門(香港)にて勤務した経験をもつ。スイス University of St. GallenにてMBA修了。北海道大学法学部卒。

1.はじめに

 ESG投資とは、「環境 (Environment)、社会 (Social)、ガバナンス (Governance) に適切に配慮・対応する企業は持続的な成長が見込める」との考えの下、これまで欧米の機関投資家を中心に拡大してきた投資手法である。実際、直近2014年の統計では、ESG投資運用資産の85%以上が機関投資家の運用資産で占められている。

機関投資家 : アセットオーナーと呼ばれる公的・私的年金基金や保険会社、アセットオーナーから資産運用を受託するアセットマネージャー(運用会社)からなる。本稿では、この2つを合わせて機関投資家と呼ぶ。

 「非財務情報」とも言われるESG情報とは、地球温暖化や環境汚染、労働・雇用問題などに関する法規制への対応やリスク管理における企業の取組みや、株主、顧客、従業員、地域社会といったステークホルダーに対していかに「社会的責任」を果たしているかを示すものである。ESG情報は、財務諸表には表れないものの企業の長期的パフォーマンスに影響を及ぼす重要な指標として、従来の財務分析に加えて投資判断の際に用いられる。

 近年、このESG投資が、環境・社会問題に関心の高い投資家だけでなく、いわゆるメインストリームの機関投資家の間で拡大しており、この傾向は日本でも見てとれる。スチュワードシップ・コード(2014年2月~)とコーポレートガバナンス・コード(2015年6月~)の導入により、日本企業のESGについて、海外機関投資家からの注目が高まっている。また、世界最大の運用資産(約137兆円)を抱える年金積立金管理運用独立行政法人 (GPIF) が2014年5月にスチュワードシップ・コードに署名、さらに2015年9月には国連責任投資原則 (UNPRI)に署名したことで、日本国内の機関投資家の間でもESG投資導入を推進する動きが出ている。

国連責任投資原則 (UNPRI) : 機関投資家の投資対象決定プロセスにおいてESGの課題を反映させ、投資対象に対してもESGについて適切な情報開示を求めるとした原則。日本では2015年10月現在、GPIFを含め23の機関投資家が署名している。UNPRIとはUnited Nations Principles for Responsible Investmentの略。

 本稿では、近年の世界におけるESG投資の動向と機関投資家が用いるESG投資戦略について説明した後、日本の上場企業のESGへの取組みの現状を踏まえて、今後日本企業がとるべき対応について述べる。

「2.世界のESG投資の動向」へ(会員限定)

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2015/11/23 【特集】世界のESG投資の動向と日本企業への影響(3・会員限定)

メインストリームの機関投資家を中心に拡大するESGインテグレーション

 グローバルで最も多く用いられているネガティブ・スクリーニングにおける除外要件は様々だが、BPのメキシコ湾原油流出事故(2010年)やフォルクスワーゲンの排出ガス不正問題(2015年)のような、ESGに関する深刻なニュースに関与する企業をポートフォリオから除外するのは一つの例である。また、投資家によっては、コーポレートガバナンスのみに着目し、そのパフォーマンスが一定の水準より低い企業を除外することもある。この戦略では、通常の財務分析により投資対象候補を特定した上で、その後ネガティブ・スクリーニングにより何社かを除外する方法に加え、その逆の方法(最初に除外し、その後財務分析)をとることもありうる。

 他方、スクリーニングがこれまでESG投資戦略の中心であったのに対し、近年、ESGインテグレーションを用いる運用が急速に増加している(2012-2014年で117%の増加)。この戦略は、投資対象株式について、伝統的な財務分析に基づいたレーティングや企業価値算定にESG情報に基づく評価・スコアを組み込み、総合的に投資判断を下すものであり、環境・社会問題に関心が高く社会的責任投資(SRI=Socially Responsible Investment)を好む投資家よりも、むしろメインストリームの機関投資家の間で採用されるケースが増加しているのが特徴である。

レーティング : 投資対象に対する評価・格付けのこと。

 その背景の一つには、ESG要素が、投資対象企業の長期的財務パフォーマンスに影響するという事実が認識されてきたということがある。例えばエネルギー業界であれば、先述の原油流出事故による罰金および訴訟費用、製造業であれば、製造拠点でのストライキによる工程の遅れ、食品・消費財業界であれば、調達段階を含めた製品安全性の管理不足など、財務諸表に表れないESG要素についてのリスク管理が、企業の売上や費用に長期的に影響を及ぼすことは想像に難くないだろう。また、ガバナンスについては、例えば取締役会の構成が重要な指標のひとつとなる。経営陣が株主の意向を反映し、財務パフォーマンス向上に資する最適な経営を行うよう監督することは取締役会の責務の一つであり、それに相応しい体制が敷かれているかどうかは、企業の長期的パフォーマンスを予測する上で重要な要素、というわけである。

 運用会社の立場からすると、ESG要素を投資判断に加味することで、ポートフォリオのリスク/リターンの関係を向上させられる可能性があり、他の運用会社との差別化にもつながる。また、年金基金のようにそもそも長期運用を前提にするアセットオーナーや、その運用を受託する運用会社にとっても、ESG要素の考慮により、財務分析では特定できない長期的リスク要因および収益機会の把握が可能となるため、投資判断がより網羅的なものになる。

 ESG投資はいまや社会的責任投資を好む機関投資家だけでなく、メインストリームの機関投資家が投資判断をより充実させるためのツールとして拡大していることがご理解いただけるだろう。

3 日本企業への影響

 「2. 世界のESG投資の動向  ESG投資市場は近年急速に拡大」で、ESG投資は欧州・北米を中心に拡大しているが、アジアでは未だ非常に小さな市場に留まっていると述べた。しかしながら、日本の上場株式の30%以上が外国人投資家に保有されていることを考えると(日本取引所グループ (JPX) 「2015年6月. 2014年度株式分布状況調査の調査結果について」参照)、ESG投資の拡大は日本企業にも直接的な影響がある。

 また、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードは、日本企業の非財務情報(ESG情報)開示およびガバナンス体制を向上させるものとして、海外の機関投資家からも注目を集めている。特にコーポレートガバナンス・コードに対する海外機関投資家の関心は高い。ある証券会社が海外機関投資家を対象に行った調査によると、80%以上の回答者が日本株投資判断においてガバナンスを重要視すると回答しており、60%以上の回答者がコーポレートガバナンス・コードの導入を踏まえて今後日本株への投資を増やすと回答している。金融庁は今年8月に2つのコードに関する「フォローアップ会議」を設置し、機関投資家および企業の実施状況をモニターしている。コードの形骸化を防ぎ、効果的な実施を促進しようという金融庁の本気度が伺える。

 さらには、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がスチュワードシップ・コードおよびUNPRI(国連責任投資原則)に署名した影響は非常に大きい。GPIFの運用を受託する国内の運用会社は、投資対象企業のESG情報分析が可能な体制を早急に確立する必要に迫られている。国内の運用会社は海外の年金基金から日本株の運用を受託するケースも多いため、国内・海外両方からESG投資実施へのプレッシャーを受けている状況にあると言える。

UNPRI(国連責任投資原則)■ : 2006年に国連が提唱したもので、機関投資家の投資判断プロセスにESG(環境、社会、ガバナンス)を反映させるべきであることや、投資対象企業にESGに関する情報開示を求めることなどが盛り込まれている。これに署名した機関投資家は、国連に投資の状況を報告する義務が生じるため、ESGを重視した投資を実践せざるを得ない。

 こうした中、日本企業としては、機関投資家からどのようなESG情報の開示が求められているのか、よく理解する必要がある。企業のIR担当者からは、サプライチェーンや廃棄物管理の状況などについて投資家から問い合わせを受けたことがあるという声も聞かれる。また、ガバナンス事項については、既に多くの日本企業が投資家から質問を受けているようである。

「社会」「ガバナンス」で後れをとる日本企業

 サステイナリティクスでは、ESGの各項目について詳細な指標に基づく分析をした上で、ESGパフォーマンスの総合評価を行っているが(各指標および総合評価は0から100のスコア付けがなされる。詳細はこちらを参照)、それによると、日本企業は総じて「環境」においては他のアジア諸国や北米の平均を上回る優れたパフォーマンスを見せており、先進国平均(欧州、北米、日本を含む)との比較で見ても、50%以上の企業が平均を上回っている。これに対し、「社会」や「ガバナンス」においては、他諸国の企業と比較して低いパフォーマンスにとどまっている。特にガバナンスにおいては、約80%の日本企業が先進国平均を下回るパフォーマンスであり、とりわけ、取締役会の独立性、取締役会の女性比率、代表取締役会長 (Chair) と社長 (CEO) の分離、という3項目において、欧州・北米の企業に後れを取っている。

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出典:Sustainalytics

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出典:Sustainalytics

日本企業の今後の課題

 では、ESG投資がメインストリームの機関投資家の間で急拡大する中で、日本企業は今後どのような対応をとっていけばよいのだろうか。

 間違いなく言えるのは、ESG情報に関し積極的かつ適切な情報発信をしていく必要があるということである。スチュワードシップ・コードの導入を受けて、エンゲージメントへの対策を講じている日本企業は多い。しかし、上記「2. 世界のESG投資の動向 投資家により異なるESG戦略」で述べたように、各ESG投資戦略の中でもネガティブ・スクリーニングを用いた資産運用額が最も多いことを踏まえると、適切なESG情報開示がない企業は、最初から機関投資家のポートフォリオから除外されてしまう可能性が高い。

 近年はESGパフォーマンスを投資の要件として取り入れた株式インデックスも多い()。

 例えばStoxx Global ESG Leaders Index, Dow Jones Sustainability Index, FTSE4Good Index, S&P/TSX 60 ESG Indexなど、投資対象がグローバルから地域ごとのものまで数多くのインデックスがESGパフォーマンスを取り入れており、サステイナリティクスのESGリサーチもいくつかのインデックスで使用されている。

 いくらエンゲージメント対策を行ったとしても、それ以前にポートフォリオやインデックスから除外されれば意味がない。そうならないためには、アニュアルレポートやCSRレポート等において、投資家が求める適切な情報を開示することは大前提と言える。また、日本企業のCSRレポートは概して情報量が非常に多いが、必要なのは単なる量の多さではなく、「投資家が注目するESG情報」を開示することである。この点、欧米企業はアジア企業と比較して、サステイナリティクスのようなESGリサーチ会社と積極的に対話し、投資家に向けて情報発信しようとする企業が多い印象がある。

 ここでいう「投資家が求めるESG情報」とは、「企業の財務パフォーマンスに影響を及ぼす情報」、いわゆる「マテリアル(重要)な情報」である。企業の売上、費用、資金調達コスト、R&D戦略などに長期的に影響するという点では、企業内でのリスク管理のほか、ステークホルダー(株主、顧客、従業員、地域社会など)に対する取組み・対応も「マテリアルな情報」に含まれる。

 ただし、何がマテリアルな情報かは業種によって異なるため、企業は自社の業態に応じて最もマテリアルであると考えられるESG情報を開示することが求められる。メーカーを例にとると、労働問題を防止するための方針や具体的なプログラム(労働者の権利、安全衛生の確保など)の有無はマテリアルな情報として、ESGパフォーマンスを評価する指標の一つとなる。また、食品・消費財関連の企業では、安全性の問題やレピュテーションリスク(ESG関連事項により企業としての評判が落ち(例:途上国の従業員の扱いについて市民社会から批判を受けるなど)、製品の売上等に影響するリスク)を防ぐため、品質管理システムの国際認証の有無や、調達先や委託先に環境・社会面の要件を課しているか、要件が守られているかどうかのモニタリングはなされているか、といった点が評価の指標の一部となる。

 また、ガバナンスについては、例えば単に独立社外取締役を任命するだけではなく、真に経営陣に意見できる能力・経験(例:業界への深い理解)の有無、およびその影響力(例:経営陣に忌憚なく発言できるか)など、ガバナンスの各重要事項の趣旨に沿った情報を開示することが重要である。

4.結論

 これまで述べて来たように、世界のESG投資がメインストリームの投資家を巻き込んで拡大する中、日本においても、スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードの導入を受け、ESG投資に対する注目が高まっている。このトレンドは、GPIFのUNPRI署名によりさらに強固になったと言える。

 今後、日本企業においては、自社のESGパフォーマンスが同業他社と比較してどこに位置するのか、また、投資家が求めるマテリアルなESG情報とは何かを理解し、それを透明性をもって開示していくことが求められる。


2015/11/23 【特集】世界のESG投資の動向と日本企業への影響(2・会員限定)

2.世界のESG投資の動向

ESG投資市場は近年急速に拡大

 世界のESG投資運用資産はここ数年急増している。直近2014年の統計(Global Sustainable Investment Alliance (GSIA). 2015. Global Sustainable Investment Review 2014)では、グローバルで見ると21.4兆ドルがESG投資運用資産とされており()、2012年の13.3兆ドルと比較すると、世界の運用資産全体の伸びを上回る61%という大きな伸びを見せている。

 Global Sustainable Investment Review 2014では、統計上「Sustainable Investments」という語彙を使用しているが、同レポートの語彙解説によると、広い意味でのESG投資と同義であるため、本稿でもESG投資としている。

 また、ESG投資運用資産は2014年世界の運用資産全体の30%を占めている。世界最大のESG市場はESG投資が最初に発展してきた欧州(13.6兆ドル)だが、2012-2014年における各地域の市場成長率を比較すると、米国及びカナダがそれぞれ76%、60%と大きな伸びを見せている。一方、アジアにおいては、2014年のESG投資運用資産の規模は530億ドルと全体の0.2%程度に過ぎず、大規模な機関投資家の資金はまだESG投資に振り向けられていないことが伺える。

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出典:Global Sustainable Investment Review 2014

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出典:Global Sustainable Investment Review 2014

投資家により異なるESG戦略

 では、機関投資家はどのような戦略でESG投資を行うのだろうか。ESG投資戦略には投資家の投資方針により様々なものがあるが、以下を単独で用いるか、もしくは2つ以上を組み合わせることとなる。

●アクティブ・オーナーシップ/エンゲージメント
企業との積極的な対話(エンゲージメント)(例:経営陣や取締役会との面談)、株主提案、ESGリサーチの結果に基づく議決権行使等により、企業経営に直接働きかける戦略。
●ポジティブ・スクリーニング/ベスト・イン・クラス
各業界においてESGパフォーマンスが良い企業を選択して投資する戦略。
●ネガティブ・スクリーニング
ESGパフォーマンスが低い企業、懸念される事業に関係している企業(例:タバコ、ギャンブル、武器など)を投資対象から除外する戦略。
●規範に基づくスクリーニング
国際労働機関 (ILO) 条約国連グローバルコンパクトなど、国際的な規範に基づくスクリーニングにより投資対象を決定・除外する戦略。
●ESGインテグレーション(投資プロセスへの統合)
従来の財務情報に基づく投資分析にESG情報分析を組み込み、最終的な投資判断および目標株価設定を行う戦略。
●テーマに基づくポジティブ・スクリーニング/インパクト・インベストメント
気候変動、食糧・水問題、貧困、クリーンエネルギーなど、持続可能な社会を実現する上での課題解決に貢献する企業に投資する戦略。

国際労働機関 (ILO) 条約 : 労働条件の改善を目的として国連に設けられた国際労働機関(ILO=International Labor Organization)によって採択される、賃金や労働時間、労働者の衛生などに関する国際規範。
国連グローバルコンパクト : 1999年のダボス会議でアナン国連事務総長(当時)が提唱した人権・労働・環境・腐敗防止に関する国際行動規範。

 統計によると、欧州の機関投資家はネガティブ・スクリーニングや規範に基づくスクリーニングを多く用いているのに対し、ポジティブ・スクリーニングやインパクト・インベストメントにおいては米国投資家の割合が50%以上となっている。また、グローバルで最も多く用いられている戦略はネガティブ・スクリーニング(ESG投資運用資産全体の67%)であり、これにESGインテグレーション(60%)、エンゲージメント(33%)が続いている。

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出典:Global Sustainable Investment Review 2014(

 2つ以上の戦略を組み合わせて用いている場合には、それぞれの戦略に同額の運用資産額がカウントされることから、上記グラフにおける運用資産額は多重カウントされたものである。

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2015/11/20 社外取締役候補者のトレンド

 コーポレートガバナンス・コード補充原則4-11②では、社外取締役や社外監査役を兼任する社数を「合理的な範囲」にとどめるべきとしているが(関係者の間では「2社」と言われている。2015年3月10日のニュース「社外役員の兼任社数の上限は?」参照)、この原則は、社外役員に「どれだけの時間を会社のために費やすことが出来るのか?」を問うものと言える。

 社外取締役に関して言えば、多くの場合、およそ月1回の取締役会への出席とその事前説明を受ける時間に限られているのが実状だろう。こうした中、ある大手メーカーの社外取締役(ベンチャー企業社長、他社の社外取締役の兼任はなし)から、「自分の業務時間全体の2割を社外取締役としての時間に割いている」という話を聞いた。「業務時間全体の2割」というのは日本企業の社外取締役の実態からかけ離れていると思われるが、「欧米ではそのように言われているので実践している」とのことだった。

 全体の業務時間は人によって異なるが、業務執行を行わない社外取締役が業務全体の2割を社外取締役としての職務に充てるということになれば、相当丁寧な会社の現状分析や全社的な課題への目くばせが可能になるはずだ。

 コーポレートガバナンス・コードが求める「2名以上」の独立社外取締役をいまだ選任できていない上場会社が少なくないように(2015年8月31日のニュース「機関投資家が渋い顔をした社外取締役候補の例」参照)、日本においては社外取締役の候補者のストックが必ずしも十分ではない。こうした中、既に他社の社外取締役を務める者や著名人の起用に走る企業は多い。確かにこうした人物は能力や経験値の高さ、社外取締役として期待される役割などを説明しやすいという側面はあるものの、同時に投資家から「社外取締役としての職務に使える時間が短く、役割を十分に果たせないのでは?」「単なる“お飾り”として形式的に任命されているのではないか?」といった疑念を抱かれがちだ。実際、著名人や兼任社数の多い社外取締役の話題はしばしば機関投資家の間で上がっており、このことは、社外取締役の選任における投資家の関心が形式的な要件よりも実質面に移行しつつある・・・

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2015/11/20 社外取締役候補者のトレンド(会員限定)

 コーポレートガバナンス・コード補充原則4-11②では、社外取締役や社外監査役を兼任する社数を「合理的な範囲」にとどめるべきとしているが(関係者の間では「2社」と言われている。2015年3月10日のニュース「社外役員の兼任社数の上限は?」参照)、この原則は、社外役員に「どれだけの時間をは会社のために費やすことが出来るのか?」を問うものと言える。

 社外取締役に関して言えば、多くの場合、およそ月1回の取締役会への出席とその事前説明を受ける時間に限られているのが実状だろう。こうした中、ある大手メーカーの社外取締役(ベンチャー企業社長、他社の社外取締役の兼任はなし)から、「自分の業務時間全体の2割を社外取締役としての時間に割いている」という話を聞いた。「業務時間全体の2割」というのは日本企業の社外取締役の実態からかけ離れていると思われるが、「欧米ではそのように言われているので実践している」とのことだった。

 全体の業務時間は人によって異なるが、業務執行を行わない社外取締役が業務全体の2割を社外取締役としての職務に充てるということになれば、相当丁寧な会社の現状分析や全社的な課題への目くばせが可能になるはずだ。

 コーポレートガバナンス・コードが求める「2名以上」の独立社外取締役をいまだ選任できていない上場会社が少なくないように(2015年8月31日のニュース「機関投資家が渋い顔をした社外取締役候補の例」参照)、日本においては社外取締役の候補者のストックが必ずしも十分ではない。こうした中、既に他社の社外取締役を務める者や著名人の起用に走る企業は多い。確かにこうした人物は能力や経験値の高さ、社外取締役として期待される役割などを説明しやすいという側面はあるものの、同時に投資家から「社外取締役としての職務に使える時間が短く、役割を十分に果たせないのでは?」「単なる“お飾り”として形式的に任命されているのではないか?」といった疑念を抱かれがちだ。実際、著名人や兼任社数の多い社外取締役の話題はしばしば機関投資家の間で上がっており、このことは、社外取締役の選任における投資家の関心が形式的な要件よりも実質面に移行しつつあることを示していると言える。著名人よりも自社を丁寧に見てくれる人物を社外取締役に招聘した方が、実は投資家の評価は高いのである。

 確かに、著名人と比べれば、どのような人物かが一見して分かりにくいという面はある。この点をカバーするために、社外取締役自身も、ステークホルダーとの対話などを通じて情報発信していくことで、社外取締役としての適性を自ら説明することは非常に有効であり、企業としても、そのようなことを厭わない人物を選ぶべきだ。「著名人ありき」で社外取締役を選任することは“時代遅れ”になりつつあるということを、企業は認識する必要がある。

2015/11/19 (新用語・難解用語)最終完全親会社

 旭化成、LIXILなど、子会社の不祥事に見舞われる上場会社が相次いでいるが、子会社の不祥事の責任がすべて親会社にあるとは言い切れないし、子会社の役員の責任も検証されてしかるべきだろう。その方法の1つが、今年(2015年)5月1日から施行された改正会社法に盛り込まれた多重代表訴訟制度だ。

多重代表訴訟制度 : 「親会社の株主」が「子会社の役員」に対しても株主代表訴訟を起こすことを認める制度。

 ただ、多重代表訴訟を提起できるのは「最終完全親会社」の株主に限られる(会社法847条の3第1項)。最終完全親会社とは、・・・

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2015/11/19 (新用語・難解用語)最終完全親会社(会員限定)

 旭化成、LIXILなど、子会社の不祥事に見舞われる上場会社が相次いでいるが、子会社の不祥事の責任がすべて親会社にあるとは言い切れないし、子会社の役員の責任も検証されてしかるべきだろう。その方法の1つが、今年(2015年)5月1日から施行された改正会社法に盛り込まれた多重代表訴訟制度だ。

多重代表訴訟制度 : 「親会社の株主」が「子会社の役員」に対しても株主代表訴訟を起こすことを認める制度。

 ただ、多重代表訴訟を提起できるのは「最終完全親会社」の株主に限られる(会社法847条の3第1項)。最終完全親会社とは、子会社の株式を直接・間接的に100%保有している“最上位”の親会社を指す。つまり、たとえ100%親会社であっても、さらにその上に親会社が存在する場合には、「完全親会社」ではあっても「“最終”完全親会社」とはならない。また、多重代表訴訟の対象になるのは、「日本の会社法に基づき設立された株式会社」の役員であるため、海外の子会社の役員に対して多重代表訴訟を提起することはできない。

 LIXILの場合、不正会計問題を起こしたのは中国子会社のジョウユウ(本社はドイツ・ハンブルク)であるため、多重代表訴訟の対象外となる。一方、杭打ちデータの偽装問題を起こした旭化成建材は旭化成の100%国内子会社であり、また、持株会社である旭化成は旭化成グループの“最上位”の親会社であるため「最終完全親会社」に該当する。

 ただし、多重代表訴訟の対象となる子会社は「株式の簿価が親会社の総資産の20%を超える子会社」だけであり(会社法847条の3第4項)、また、多重代表訴訟を提起する株主は「親会社の1%以上の議決権」を保有していなければならない(同1項)。旭化成の上位株主には1%以上の議決権を保有する機関投資家が並んでおり、形式的には後者の要件は満たすものの、旭化成の2015年3月期における単体総資産が「1兆568億8,100万円」であるのに対し、同社における旭化成建材の株式の簿価は「168億8,500万円」に過ぎず(旭化成の2012年3月期の有価証券報告書の130ページ「関係会社株式」の金額を参照)、「親会社の総資産の20%」には到底満たない。したがって、旭化成のケースにおいても、多重代表訴訟は起こり得ないことになる。

 親会社の役員としては、「いくら子会社とは言っても、親会社がすべてコントロールできるわけではない」という本音もあろう。とはいえ、会社法では、従来から取締役会の職責の一つとして「株式会社の業務の適正を確保するために必要な体制の整備」を求めており、これには「企業集団における業務の適正を確保するために必要な体制の整備」が含まれる。また、監査役や社外取締役を中心とする監査委員会は内部統制の状況を監視する職責を負い、監査役等が子会社の役職員から報告を受ける体制の整備が必要とされる(2015年6月22日のニュース 「会社法改正で、海外子会社の不正防止も明確に経営陣の責務に」参照)。「子会社を完全にコントロールするのは無理」といった発言は、会社法の規定を知らないと言っているに等しいので、避けたいところだ。