TOPIX100採用企業の2020年6月・定時株主総会(以下、株主総会)における議決権行使結果のレポート第四弾では、剰余金処分案と役員報酬の関連議案をとり上げる。
第一弾 2020年7月7日 『2020年6月総会 ROE基準非適用でも賛成率80%割れの取締役選任議案増加』
第二弾 2020年7月13日 『「3分の1基準」に抵触で、経営トップへの賛成率が20ポイント下落』
第三弾 2020年7月15日 『監査等委員および監査役選任議案、「独立性」に厳しい視線』
※なお、本シリーズでとり上げるTOPIX100採用企業は、8月決算であるファーストリテイリングを除く99社とする。また、本稿の議決権行使結果データには、株主総会を7月に開催する日立製作所とオリンパス、および7月3日時点で臨時報告書が提出されていない日産自動車と住友不動産のものは含まれていない。
TOPIX100採用企業における剰余金処分案は、監査等委員会設置会社および監査役会設置会社である72社のうち64社によって上程された。残りの8社は定款によって取締役会に剰余金の配当を授権しているものとみられる(2020年4月21日のニュース「配当基準日は変えずに議決権基準日を後倒しして総会を延期する企業が出現」参照)。
授権 : 「配当の決定権限」といった権限を株主総会から取締役会に委譲すること。
【剰余金処分の低賛成率議案】
| 社名 |
金額 |
配当性向等 |
賛成率 |
(前回) |
| キーエンス |
年間200円 |
配当性向:18.4%、自己資本比率:95.8% |
87.50% |
68.85% |
| SMC |
年間400円 |
配当性向:24.1%、自己資本比率:89.9% |
88.20% |
83.60% |
剰余金処分案への賛否は、通常、株主還元水準(配当性向、総還元性向など)や財務安定性(自己資本比率など)を勘案して判断される。近年、キーエンスは自己資本比率が100%近い水準であるにもかかわらず配当性向は5~10%の範囲で推移していたことから、昨年は70%台にも満たない著しく低い賛成率となっていた。しかし、今年は株式分割を実施したにもかかわらず期末配当を据え置いたことによる“実質増配”があったことから、例年よりも高い賛成率を確保した。
総還元性向 : 企業が利益をどの程度株主に還元しているかを示す指標。「総配分性向」「株主還元性向」とも言われる。「(配当金+自社株買いの金額)÷当期純利益」によって計算される。ちなみに、「配当性向」は当期純利益に占める「配当金」のみの割合を示す。自社株買いも株主還元の1つであるため、最近は配当性向とともに、総還元性向を開示する企業が多い。
一方、TOPIX100採用企業における役員報酬関連議案は、27社によって41議案が上程された。内訳は賞与が15議案、株式報酬が17議案、退職慰労金が2議案、その他(報酬枠の改定など)が7議案となっている。
【役員報酬関連の低賛成率議案】
| 社名 |
議案 |
議案の内容 |
賛成率 |
(前回) |
| キリンHD |
報酬額改定 |
株式給付信託、ファントムストック、上限:6億円 |
71.92% |
- |
| SMC |
退職慰労金贈呈 |
取締役名誉会長、取締役相談役、金額:一任 |
84.30% |
88.20% |
| 信越化学工業 |
ストックオプション |
行使価格:終値×1.25、行使期間:1年後、対象:幹部 |
84.34% |
84.90% |
| SMC |
慰労金打切り支給 |
社長、副社長、専務(2)、執行役員(2)、金額:一任 |
88.10% |
- |
株式給付信託 : 当初から現物株式が付与されるわけではなく、はじめに役位別・個人別に一定のユニット(単位)やポイントが付与され、業績/株価条件がなければ一定の待機期間の後に、ユニットやポイント数に応じた株式が交付される。業績/株価条件がある場合は、その達成度に応じてユニット/ポイント数が上下し(例:0~200%)、そのユニットやポイント数に応じた株式が本人に交付される。
ファントムストック : 文字通り架空(ファントム=Phantom)の株式(ストック=Stock)を用いたインセンティブ報酬であり、架空の株式を付与し、一定期間経過後、その間における株価の上昇・下落等を反映させた「株価×付与数」を現金で支給する。ファントムストックを使えば、実質的に株式報酬を支給した場合と同じインセンティブ効果を作り出すことができる。日本語名では「自社株連動型報酬」)」と呼ばれる。なお、ファントムストックはフルバリュー型(⇔値上がり益型(例:通常型ストックオプション))という点で、株式報酬型ストックオプションの代替措置と言える。資本構成や議決権に影響を与えたくないなど、資本政策上の観点から利用されることが多い。ただし、企業にとっては、ストックオプションと異なりキャッシュアウトが生じる分、負担が大きい点は注意が必要。
打切り支給 : 退職金制度の変更や役員への昇格、定年延長による雇用形態の変更などに伴い、「在職中」に退職金を支払うこと。
キリンホールディングスの株式給付信託(非居住者に対しては、ファントムストックとして現金を給付する)は、上限が6億円に設定されている。従来の譲渡制限付株式は上限が2.5億円だったため、新制度はインセンティブ性を高めた設計となっている。しかし英国ファンドのフランチャイズ・パートナーズが株主提案で譲渡制限付株式の上限を12億円に引き上げる議案を上程したため、両案を比較し、反対票が集まったものと推測される。
譲渡制限付株式 : 一定期間の譲渡制限が付された株式報酬で、企業が株式を無償取得することとなる事由(没収事由:例えば所定の期間勤務を継続しない、目標の業績に未達など)が定められているものを指す。リストリクテッド・ストック(restricted stock)という呼称も定着している。
SMCの退職慰労金は贈呈・打切り支給の両議案ともに対象が社内取締役であるという点では問題ないが、金額が取締役会に一任され明らかにされていないため、投資家は「説明不足」と判断したものと考えられる。信越化学工業のストックオプションについては、付与後1年から行使できる設計になっていることから、長期インセンティブとしてはべスティング(権利移転)期間が不足していることが問題視されたとものとみられる。役員報酬に対する投資家の関心は高まっており、今後その設計には一層の配慮を要することになろう。
べスティング : 権利を付与されてから権利行使可能になるまでの期間のこと。ベスティング(vesting)とは「権利確定」という意味である。