既に新聞などでも報道されているとおり、武田薬品工業は(2018年)5月8日、アイルランドの製薬大手であるシャイアーを買収することで合意したと発表している(同社のリリースはこちら)。買収総額は7兆円弱に達する予定で、日本企業としては過去最大の買収案件となる。武田はシャイアー株主に対して、1株につき現金30.33USドルと武田の新株0.839株を割り当てる。両社の株主総会を経て、2019年上半期に買収が完了する予定だ。
今回の買収劇は、買収金額をはじめ、日本企業による買収としては異例尽くしの内容となっている。
まず注目されるのが、両社の時価総額の“逆転現象”だ。売上高ランキングでは武田が世界17位でシャイアーの22位を上回っているが、時価総額ではシャイアーが5兆円弱と、武田の4兆円強を上回っており、その意味では「小が大を呑む」買収だと言える。なお、両社の売上高を単純合計すると3兆4千億円ほどとなり、武田はグローバル製薬業界のベスト10に名を連ねることになる。
また、リスクの高さも際立つ。武田は1兆円強の有利子負債を抱えるが、これにシャイアーの1.5~2兆円が加わるのみならず、買収資金として新たな借り入れが発生することで最大6兆円規模にまで膨らむ見通し。さらに新株発行により武田の発行済株式数は2倍に増え、既存株主の持ち分は2分の1に希薄化する。未だかつてないハイリスクなM&Aだと言わざるを得ない。
希薄化 : 「1株当たりの価値」が下がること。
では武田はなぜ、今回のような「日本企業らしからぬ」M&A戦略に打って出ることができたのだろうか。
コーポレートガバナンス・コードの序文「本コード(原案)の目的 7.」では、同コードは会社におけるリスクの回避・抑制や不祥事の防止ではなく、会社に対してガバナンスに関する適切な規律を求めることにより「経営陣が、結果責任を問われることを懸念して、自ずとリスク回避的な方向に偏る」ことを防ぎ、「健全な企業家精神の発揮」や「迅速・果断な意思決定」を促すことを目的としていると言っているが、それを体現できている日本企業は多くない。
企業家精神や迅速・果断な意思決定という意味において日本企業の中で際立っているのがソフトバンクグループだろう。これまでの日本企業による最大の買収案件は、同社による英アーム・ホールディングスの買収(2016年)であり、その他にも米スプリントなど複数の案件がベスト10に名を連ねている。これは発行済株式の約20%を保有する孫社長が、オーナーシップに基づく企業家精神を発揮した結果に他ならない。自らが大株主であることも、投資家に対し「少なくとも長期的には少数株主とwin-winの関係を築く経営をするはず」という一定の信頼感を持たせている側面もあるだろう。
一方、既に創業家が経営の一線から退き、現在ではソフトバンクグループのようなオーナーシップを持った経営トップのいない武田が今回の大胆な買収に踏み切った一因と考えられるのが同社の役員報酬制度だ。同社は2014年に株式報酬として取締役BIP(Board Incentive Plan)信託を導入している。これは、要するに3年後の業績(売上高、営業利益)と株価によって、付与される株数が決定されるスキームである(詳細な設計は同社の株主総会招集通知の議案説明を参照)。すなわち、ウェバーCEOはじめ同社経営陣にとっては、3年後の業績および株価を向上させるために積極的にリスクを負うインセンティブが働くことになる。今回の買収では、同社の役員報酬制度が「迅速・果断な意思決定」を後押しした可能性が高い。
もっとも、「3年間」という期間が投資家目線に合致しているかについては、大いに議論の余地があるだろう。今回のシャイアー買収にしても、当面のパイプライン拡充は期待できる一方、長期的な研究開発力の強化に関しては疑問が呈されている模様。同社の役員報酬制度が経営者と投資家がwin-winとなる意思決定をもたらしたのか、その答えが出るのはまだ先になるだろう(参考記事として、2018年2月6日掲載のニュース「失敗しないM&A戦略」参照)。
パイプライン : 「新薬候補」のことであり、「開発パイプライン」と呼ばれることもある。パイプラインの数が製薬企業の将来の収益を決める重要な要素になる。
