M&Aには主にバイアウトファンド(以下、ファンド)によるものと事業会社によるものがあるが、両者には決定的な違いがある。それは、「時間を味方につけられるかどうか」という点だ。ファンドでは、3~5年間で買収の成果をEXIT(他社に株式を売却すること)という形で実現しなくてはならないが、事業会社のM&Aではもっと長期的な戦略を描くことができる。
バイアウトファンド : 投資家から集めた資金を事業会社等に投資するとともに投資先企業の経営に深く関与し、企業価値を高めた後に投資先企業の株式を売却することで高い利益を得ることを目的としたファンド。経営破綻した企業や経営危機に陥った企業を安値で買うケースもある。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)
ただし、事業会社のM&Aでも、投資後に投資先企業が不祥事を起こした場合などは、社内外から株式売却の圧力がかかり、保有し続けるのが難しくなることもあろう。こうしたハードルを乗り越え長期保有を続けるために重要なのが、①責任者の強いコミットメントと、②M&A実行部隊の強化である。
①の責任者の強いコミットメントが功を奏した例としては、1988年のブリヂストンによる米国ファイアストン買収が挙げられる。この買収は今でこそ「成功事例」として取り上げられることが多いが、買収直後の1989-1991年は純利益が低迷し、失敗だったとも言われていた(しかも、2000~2001年にかけてはファイアストンに“欠陥タイヤ疑惑”が浮上し、損失が膨らんだ)。買収交渉チームのメンバーであったブリヂストンの津谷CEOはあるインタビューで当時の苦労を振り返り、経験や知識の不足を反省していたが、現在では本買収が成功事例の一つに数えられているという事実は、たとえある時点では失敗の烙印を押されたとしても、「時間」と「強いコミットメント」があれば、投資先企業を改革し、一転して成功事例へと導くことも可能であることを示している。
かの有名なウォーレンバフェットも、現在は投資会社として大成功しているバークシャー・ハザウェーへの投資について、かつてのインタビューで「同社への投資は失敗だった」と述べている。バフェットが買収した当時の同社は毛織物紡績業を中核事業としており、海外からの安い製品の輸入により競争環境が悪化していたが、ある程度のキャッシュフローは見込めること、バランスシート上、現預金が豊富であることから、バフェットは支配権を確立するまで同社の株式を買い進めていった。そのうえで当初は第三者に株式を売却をしようと考えていたが、それは叶わなかった。このことが先ほど紹介した失敗発言に繋がっている。その失敗を跳ね返すべく、同社の主力事業を投資業へと転換する戦略をとり、次々に他社を買収することで現在は同社を一流の投資会社へと育てたバフェットの経営能力、コミットメントの強さには改めて感服する。
②のM&A実行部隊の強化とは、事前に投資先を精査し、選別する能力を強化するということである。これによりM&Aの失敗リスクが減少し、「時間を味方につけられる」可能性も高まる。そのためには、継続的にM&Aを繰り返すことで、実行部隊のメンバーそれぞれが学習し、知見を深める必要がある。例えば、自社の規模からすると小さ過ぎるような小粒案件のM&Aをいくつか行うことが有効である。こうした小粒案件の失敗は自社の企業体力からすれば十分吸収可能であることが多い。その中でM&Aで陥りやすい罠(値段交渉の難航、経営統合の遅延)、デユーディリジェンス(事業精査)や統合プロセス(PMI)の重要性、買収相手の役職員の気持に配慮し心を掌握することの大切さなどを学ぶであろう。
例えば、サントリーホールディングスは2014年、米国の大手酒類メーカーのビーム社を160億ドル(約1兆6800億円。1$=105円で換算)で買収したが、同社はこの大型M&Aの前にいくつもの小粒のM&Aを実施し、M&A実行部隊のスキル・知見を高めている(もっとも、この買収が成功か失敗かは現時点(2018年)では判断できない)。また、JT(日本タバコ産業)も大型買収を行う前の1992年に事業規模の小さい英国のタバコ会社(マンチェスタータバコ社)を買収したほか、それ以前には、成約までには至らなかったものの、ギリシャのタバコ会社の買収を検討している。同社にとっては、これらは海外で事業経験を積むための“パイロット買収”だったという。以前プロ野球選手のイチローが「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道」と語っていたが、M&Aにもこの話と共通するところがある。
以上のとおり、成功と言われるM&Aの中には、責任者の強いコミットメントによって失敗から成功へと導かれたものや、地道な努力によりM&A実行部隊の能力強化を図ったことが成功の要因となっているものもあることは頭に入れておきたい。言い換えれば、責任者の強いコミットメントやM&A実行部隊の能力強化によって「時間を味方につける」ことが可能になり、結果的に成功と呼ばれるM&Aに繋がっている可能性は高いだろう。


