2018/02/06 失敗しないM&A戦略(会員限定)

産業能率大学 経営学部 教授
光定 洋介

M&Aには主にバイアウトファンド(以下、ファンド)によるものと事業会社によるものがあるが、両者には決定的な違いがある。それは、「時間を味方につけられるかどうか」という点だ。ファンドでは、3~5年間で買収の成果をEXIT(他社に株式を売却すること)という形で実現しなくてはならないが、事業会社のM&Aではもっと長期的な戦略を描くことができる。

バイアウトファンド : 投資家から集めた資金を事業会社等に投資するとともに投資先企業の経営に深く関与し、企業価値を高めた後に投資先企業の株式を売却することで高い利益を得ることを目的としたファンド。経営破綻した企業や経営危機に陥った企業を安値で買うケースもある。(文責:上場会社役員ガバナンスフォーラム)

ただし、事業会社のM&Aでも、投資後に投資先企業が不祥事を起こした場合などは、社内外から株式売却の圧力がかかり、保有し続けるのが難しくなることもあろう。こうしたハードルを乗り越え長期保有を続けるために重要なのが、①責任者の強いコミットメントと、②M&A実行部隊の強化である。

①の責任者の強いコミットメントが功を奏した例としては、1988年のブリヂストンによる米国ファイアストン買収が挙げられる。この買収は今でこそ「成功事例」として取り上げられることが多いが、買収直後の1989-1991年は純利益が低迷し、失敗だったとも言われていた(しかも、2000~2001年にかけてはファイアストンに“欠陥タイヤ疑惑”が浮上し、損失が膨らんだ)。買収交渉チームのメンバーであったブリヂストンの津谷CEOはあるインタビューで当時の苦労を振り返り、経験や知識の不足を反省していたが、現在では本買収が成功事例の一つに数えられているという事実は、たとえある時点では失敗の烙印を押されたとしても、「時間」と「強いコミットメント」があれば、投資先企業を改革し、一転して成功事例へと導くことも可能であることを示している。

かの有名なウォーレンバフェットも、現在は投資会社として大成功しているバークシャー・ハザウェーへの投資について、かつてのインタビューで「同社への投資は失敗だった」と述べている。バフェットが買収した当時の同社は毛織物紡績業を中核事業としており、海外からの安い製品の輸入により競争環境が悪化していたが、ある程度のキャッシュフローは見込めること、バランスシート上、現預金が豊富であることから、バフェットは支配権を確立するまで同社の株式を買い進めていった。そのうえで当初は第三者に株式を売却をしようと考えていたが、それは叶わなかった。このことが先ほど紹介した失敗発言に繋がっている。その失敗を跳ね返すべく、同社の主力事業を投資業へと転換する戦略をとり、次々に他社を買収することで現在は同社を一流の投資会社へと育てたバフェットの経営能力、コミットメントの強さには改めて感服する。

②のM&A実行部隊の強化とは、事前に投資先を精査し、選別する能力を強化するということである。これによりM&Aの失敗リスクが減少し、「時間を味方につけられる」可能性も高まる。そのためには、継続的にM&Aを繰り返すことで、実行部隊のメンバーそれぞれが学習し、知見を深める必要がある。例えば、自社の規模からすると小さ過ぎるような小粒案件のM&Aをいくつか行うことが有効である。こうした小粒案件の失敗は自社の企業体力からすれば十分吸収可能であることが多い。その中でM&Aで陥りやすい罠(値段交渉の難航、経営統合の遅延)、デユーディリジェンス(事業精査)や統合プロセス(PMI)の重要性、買収相手の役職員の気持に配慮し心を掌握することの大切さなどを学ぶであろう。

例えば、サントリーホールディングスは2014年、米国の大手酒類メーカーのビーム社を160億ドル(約1兆6800億円。1$=105円で換算)で買収したが、同社はこの大型M&Aの前にいくつもの小粒のM&Aを実施し、M&A実行部隊のスキル・知見を高めている(もっとも、この買収が成功か失敗かは現時点(2018年)では判断できない)。また、JT(日本タバコ産業)も大型買収を行う前の1992年に事業規模の小さい英国のタバコ会社(マンチェスタータバコ社)を買収したほか、それ以前には、成約までには至らなかったものの、ギリシャのタバコ会社の買収を検討している。同社にとっては、これらは海外で事業経験を積むための“パイロット買収”だったという。以前プロ野球選手のイチローが「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道」と語っていたが、M&Aにもこの話と共通するところがある。

以上のとおり、成功と言われるM&Aの中には、責任者の強いコミットメントによって失敗から成功へと導かれたものや、地道な努力によりM&A実行部隊の能力強化を図ったことが成功の要因となっているものもあることは頭に入れておきたい。言い換えれば、責任者の強いコミットメントやM&A実行部隊の能力強化によって「時間を味方につける」ことが可能になり、結果的に成功と呼ばれるM&Aに繋がっている可能性は高いだろう。

2018/02/06 失敗しないM&A戦略

産業能率大学 経営学部 教授
光定 洋介

M&Aには主にバイアウトファンド(以下、ファンド)によるものと事業会社によるものがあるが、両者には決定的な違いがある。それは、・・・

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2018/02/05 改正後の「資本の財源及び資金の流動性」には何を書く?(会員限定)

金融庁が先月(2018年1月)26日付で開示府令を改正し公表した新たな有価証券報告書(以下、有報)は、従来の【財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】を【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】に変更するなど、「経営者の視点」での記載を求めるものとなっているが(2018年1月26日のニュース『新しい有報では「経営者の視点」への注目必至』参照)、その中で企業側から「何を書けばよいのか?」との声が聞かれるのが、「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」だ。ちなみに、改正開示府令と同時に公表された「企業内容等開示ガイドライン(企業内容等の開示に関する留意事項について)」でも、「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」の記載内容には触れていない。

下表のとおり、現行の有報における「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」は、「例えば」の前書きが示すように記載内容の“例示”にすぎなかった。

<「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」に関する開示府令、改正前後の比較表>
改正後 現 行
⒠ 経営成績等の状況に関して、事業全体及びセグメント情報に記載された区分ごとに、経営者の視点による認識及び分析・検討内容(例えば、経営成績に重要な影響を与える要因についての分析)を記載すること。また、資本の財源及び資金の流動性に係る情報についても記載すること。なお、経営方針・経営戦略等又は経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等がある場合には、当該経営方針・経営戦略等又は当該指標等に照らして、経営者が経営成績等をどのように分析・検討しているかを記載するなど、具体的に、かつ、分かりやすく記載すること。 (36) 財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析
a 届出書に記載した事業の状況、経理の状況等に関して投資者が適正な判断を行うことができるよう、提出会社の代表者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する分析・検討内容(例えば、経営成績に重要な影響を与える要因についての分析、資本の財源及び資金の流動性に係る情報)を具体的に、かつ、分かりやすく記載すること。

現状の各社の有報を見ると、単にキャッシュ・フロー計算書の金額の増減のみを説明しているものが多く、「経営者の視点」から説明していると言えるものは、一部の例外(後述)を除きほとんどない。こうした中、開示府令の改正案へのパブリックコメント(「4」参照)では、下表のとおり改正の趣旨を問う照会が寄せられ、これに対し金融庁が「本来求められる開示が行われていない例が多い」などの見解を述べている。

コメントの概要 金融庁の考え方
現行の「MD&A」では例示項目であった「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」の記載が、本改正案第二号様式記載上の注意(32)a(e)で義務化されたのは、現状の「MD&A」の記載に多く見られるキャッシュ・フロー計算書の要約では不十分であり、平成28年4月の「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告で指摘されたように、企業と投資者との建設的な対話を促す観点から開示をより充実させる必要があるためか。 「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」の開示は、投資者が投資判断を行う上で重要な情報であることから、これまでも、分析・検討内容の例として示しておりましたが、現在の開示の状況については、単にキャッシュ・フロー計算書の要約を文章化したものの記載がなされるにとどまり、本来求められる開示が行われていない例が多いとの指摘があります。このため、「MD&A」で本来求められる開示内容をより充実させる観点から、「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」について、記載を求めることとしたものです。
改正の趣旨を踏まえ、記載に当たっては、単にキャッシュ・フロー計算書の要約を文章化したものを記載するだけではなく、企業の経営内容に即して、例えば、重要な資本的支出の予定及びその資金の調達源は何であるかなどについて、具体的に記載することが期待されます。

また、上記金融庁のコメントでは、「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」の具体的な記載内容に関するヒントが示されている点も注目される。「記載に当たっては、単にキャッシュ・フロー計算書の要約を文章化したものを記載するだけではなく、企業の経営内容に即して、例えば、重要な資本的支出の予定及びその資金の調達源は何であるかなどについて、具体的に記載することが期待されます」という部分がそれだ。

金融庁のコメントにある「単にキャッシュ・フロー計算書の要約を文章化したもの」とは、例えば以下のような記載を指すと思われる。

(4) 資本の財源及び資金の流動性についての分析
当連結会計年度末における現金及び現金同等物は、前連結会計年度末に比べX,XXX百万円増加しX,XXX百万円となりました。
営業活動によるキャッシュ・フローは、前期比670百万円増のX,XXX百万円の収入となりました。これは税金等調整前当期純利益X,XXX百万円にのれん償却額X,XXX百万円、減価償却費X,XXX百万円を加算したこと、仕入債務の増加X,XXX百万円、法人税等の支払いX,XXX百万円があったことなどによります。
投資活動によるキャッシュ・フローは、前期比X,XXX百万円減のX,XXX百万円の収入となりました。これは定期預金の払戻による収入がX,XXX百万円、投資有価証券売却による収入がX,XXX百万円及び連結の範囲の変更を伴う子会社株式の取得による収入がX,XXX百万円あったものの、定期預金の預入による支出がX,XXX百万円、ソフトウエアの取得による支出がX,XXX百万円、投資有価証券の取得による支出がX,XXX百万円、有価証券の取得による支出がX,XXX百万円あったことなどによります。
財務活動によるキャッシュ・フローは、前期比X,XXX百万円減のX,XXX百万円の支出となりました。これは長期借入金の返済による支出がX,XXX百万円、配当金の支払額がX,XXX百万円あったことなどによります。

企業にとってより関心が高いのは、後半部分の「企業の経営内容に即して、例えば、重要な資本的支出の予定及びその資金の調達源は何であるかなどについて、具体的に記載すること」との記述だろう。金融庁からはこれ以上のコメントが示されていない中で参考になるのが、SEC(米国証券取引委員会)が出しているガイダンスだ。米国のMD&Aでも「流動性と資本の財源(Liquidity and Capital Resources)」の記載が求められており、これについてSECのガイダンス「Financial Reporting Manual 9210 流動性と資本の財源(Liquidity and Capital Resources)」では以下のように解説されている。

MD&A : 「Management’s Discussion and Analysis of Financial Condition and Results of Operations」の略で、「経営陣による財政状態および経営成績の検討と分析」と訳される。日本では、改正後の有価証券報告書の【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】欄に記載する。

まず、流動性と資本の財源の議論の重要な目的は「現金を生み出す能力、そして、既存のあるいは合理的に考えられる範囲で可能性のある現金需要を満たす会社の能力を明確にすること」であるとする。また、流動性とは「提出会社が現金需要を満たすのに十分な現金を生み出す能力」であるとしている。

SECのガイドラインに示された流動性と資本の財源の記載に当たってのポイントは以下のとおりだ。

・提出会社の流動性を実質的に増加または減少する結果をもたらす、またはその結果となる可能性のある既知のトレンドまたは需要、約定、出来事または不確実性についての議論
・将来において重大な資金不足が特定されている場合、提出会社が不足を改善するために取った手順
・キャッシュ・フローの金額と確実性、ならびに過去のキャッシュ・フローに重大な変動があるかどうかの評価
・設備投資の重要な約定、約定の一般的目的、これらの約定に係る資金調達方法、提出会社の資本財源の重要な動向、予想される構成(資本、負債およびオフバランスシートの資金調達契約)の変化およびその関連コスト
・事業活動によって供給された/使用される現金、ならびに投資及び財務活動によって供給され/使用される現金を含む現金の源泉及び使用
・利用可能なキャッシュ・フローを使用して債務を支払い、その他設備投資を行う時期と方法を決定する際における、提出会社の柔軟性に関連する重要なトレンドと不確実性
・財務制限条項に抵触しているまたはその可能性が高いような場合における、負債、債務保証および関連する契約に対処するための流動性及び資本資源の議論


上記をまとめれば、日本の有報でもおおむね以下2点を経営者の視点で説明すればよいと言えそうだ。

①過去のキャッシュ・フローについての説明
②今後、事業を行っていくうえで、あるいは特定の資金需要を満たすための資金の財源。その資金をどのように調達していくか、およびその不確実性

特に②の内容については、経営戦略の策定者である経営者自身が説明すべき内容とであると考えられる点、経営者は肝に銘じておきたい。

最後に、上記でも触れたとおり、日本企業におけるMD&Aの記載で、過去のキャッシュ・フローの状況以外の内容にも言及している“例外的な”事例を紹介しよう。

①キャッシュ・フローの状況に加えて、運転資金および設備投資資金の財源、その資金をどのように調達していくか、またその不確実性について触れている事例(進和:2017年8月期有価証券報告書より)
(3) 資本の財源および資金の流動性についての分析
① キャッシュ・フローの状況

「第2 事業の状況 1 業績等の概要 (2)キャッシュ・フローの状況」をご参照ください。

② 財務政策について
 当社グループは、必要な運転資金および設備投資資金については、原則として自己資金で賄うこととしております。今後も所要資金は「営業活動によるキャッシュ・フロー」を源泉に自己資金調達を原則とする方針であります。多額の設備投資資金が必要となった場合は、必要資金の性格に応じて金融機関からの借入、資本市場からの直接調達も検討する方針でありますが、多額の資金需要にも自己資金にて十分に対応することが可能であると考えております。
 なお、不測の事態に備えることを目的に、取引銀行で無担保融資枠56億円を設定しており、手元資金とあわせ緊急の支出にも対応できる体制を整えております。

②資金需要および資本の財源を記載した事例(明星電気:2017年3月期有価証券報告書)
(4)資本の財源および資金の流動性について
 当社グループの運転資金需要の主な内容は、製品製造や新製品開発のための材料の購入のほか、労務費、製造経費、販売費及び一般管理費等です。また、設備資金需要の主な内容は、新製品開発、製品製造および生産性や品質向上のための設備投資です。
 このような資金需要に対し、当社は、資金調達の一環として金融機関数社と一定の借越枠を設定した当座借越契約を締結しております。また、IHIグループの連結経営強化のため、財務機能の一元化による資金の効率化を図ることを目的として、グループで導入しているキャッシュ・マネジメント・サービス(CMS)に加盟しております。

上場企業各社においては、以上を参考に、2018年3月期以降の有価証券報告書における「資本の財源及び資金の流動性」の記載が、単にキャッシュ・フロー計算書を要約したものにならないよう注意したい。

2018/02/05 改正後の「資本の財源及び資金の流動性」には何を書く?

金融庁が先月(2018年1月)26日付で開示府令を改正し公表した新たな有価証券報告書(以下、有報)は、従来の【財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】を【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】に変更するなど、「経営者の視点」での記載を求めるものとなっているが(2018年1月26日のニュース『新しい有報では「経営者の視点」への注目必至』参照)、その中で企業側から「何を書けばよいのか?」との声が聞かれるのが、「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」だ。ちなみに、改正開示府令と同時に公表された「企業内容等開示ガイドライン(企業内容等の開示に関する留意事項について)」でも、「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」の記載内容には触れていない。

下表のとおり、現行の有報における「資本の財源及び資金の流動性に係る情報」は、「例えば」の前書きが示すように記載内容の“例示”にすぎなかった。・・・

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2018/02/02 登記簿上の代表取締役の住所が原則非公開に

企業の役職員の自宅住所は機密情報の一つであり、絶対に外部に漏れることがないよう厳格な管理下に置かれている。上場企業のトップである代表取締役の自宅住所ともなればなおさらだろう。財産を狙った犯罪に巻き込まれるリスクも否定できない。

ところが、実は代表取締役の自宅住所は隠しようがない。なぜなら、・・・

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2018/02/02 登記簿上の代表取締役の住所が原則非公開に(会員限定)

企業の役職員の自宅住所は機密情報の一つであり、絶対に外部に漏れることがないよう厳格な管理下に置かれている。上場企業のトップである代表取締役の自宅住所ともなればなおさらだろう。財産を狙った犯罪に巻き込まれるリスクも否定できない。

ところが、実は代表取締役の自宅住所は隠しようがない。なぜなら、商業登記には、「会社名」「会社の目的」「資本金」「発行済株式総数」「取締役や監査役の氏名」などとともに「代表取締役の住所」も開示されているからだ。つまり、登記所に赴くか、あるいは民事法務協会が運営する登記情報サービスを利用して、手数料さえ支払えば、誰でも商業登記簿を閲覧して代表取締役の住所を知ることができる(監査役や代表権を持たない取締役の自宅住所は登記事項ではない)。これは指名委員会等設置会社でも同様で、代表執行役の自宅住所は登記事項とされており誰でも閲覧できる。

商業登記 : 会社の信用維持を図るため、会社に関する法定の情報(会社名、発行済株式総数、役員の氏名等)を記載した登記簿を公開する制度。これにより、取引の相手方は会社の現況を容易に把握でき、安心して取引に臨むことができる。
民事法務協会 : 全国各地の法務局から委託を受け、登記、戸籍、供託等の事務に関連する業務を行っている一般財団法人。

会社法が代表取締役(指名委員会等設置会社における代表執行役も含む。以下同じ)の住所を登記事項としたのは、もともとは取引相手が代表取締役を特定できるようにすることで取引の信頼性を確保するのが目的であった。しかし、時代の変遷とともにもはや代表取締役の住所が開示されていることが取引の信頼性確保に役に立つとは言い難いのが実状だ。むしろ商業登記簿を通じて代表取締役の自宅住所を公開することが、「企業の代表者が自宅に不意の来訪を受けるといったようなことがかなり発生」(法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会第1回会議の議事録の16ページ)する事態を招いており、代表取締役の住所を公開するデメリットがメリットを上回る状況となっている。

そこで、企業側からは会社法改正の要望の声が強まることとなり、法務省に設置された法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会では、原則として株式会社の代表取締役の住所が記載されていない登記事項証明書しか入手できないようにする会社法改正を検討している。自宅住所が公開されていることに不安を覚えている代表取締役にとっては朗報と言えよう。

もっとも、自宅住所が完全に非公開となるわけではない。「当該住所の確認について利害関係を有する者」に限り、例外的に代表取締役の住所が記載されている登記事項証明書を入手できるルートを残すことが見込まれている。すなわち、代表取締役の住所の登記自体は会社法改正後も必要であり、登記はするが原則として非公開となるだけということである。「当該住所の確認について利害関係を有する者」が具体的に誰を指すのかは、現時点では明らかではない。詳細が分かり次第続報したい。

2018/02/01 日本のはるか先を行く英国のダイバーシティ議論

日本企業に対して女性役員の選任を求める動き、いわゆる「ジェンダー・ダイバーシティ」の波が押し寄せてきていることは当フォーラムでも度々お伝えしてきたが(2017年12月21日のニュース「グラスルイスが日本向け2018年版ガイドラインを公表」、2018年1月16日のニュース「世界的運用機関が日本企業500社に女性取締役の選任を要求も」参照)、一方でグローバルな関心事は既に次のテーマに移りつつある。・・・

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2018/02/01 日本のはるか先を行く英国のダイバーシティ議論(会員限定)

日本企業に対して女性役員の選任を求める動き、いわゆる「ジェンダー・ダイバーシティ」の波が押し寄せてきていることは当フォーラムでも度々お伝えしてきたが(2017年12月21日のニュース「グラスルイスが日本向け2018年版ガイドラインを公表」、2018年1月16日のニュース「世界的運用機関が日本企業500社に女性取締役の選任を要求も」参照)、一方でグローバルな関心事は既に次のテーマに移りつつある。

英国で今から1年以上前の2016年11月に公表された「A Report into the Ethnic Diversity of UK Boards(英国企業の取締役会における人種の多様性に関する報告書)」(いわゆるパーカー・レビュー)では、冒頭で「多くのステークホルダーから支持を受けなければ企業の成功は有り得ない」としたうえで、「英国の代表的な企業の取締役会に対して人種の多様性が十分な影響を及ぼしていない」ということを問題提起している。

パーカー・レビューでは、FTSE100企業の現状(2016年3月末)として、以下の調査結果を明らかにしている。

・取締役総数1,087人のうち有色人種である取締役会の出席者(colour represent)は90人、8%のみにとどまる
・100社のうち53社の取締役会には、有色人種である取締役が1人もいない
・有色人種である取締役が40%を超えている企業は7社しかなく、その7社のうち5社は英国外に本社機能を置いてきた企業である
・有色人種である取締役会議長もしくはCEO(最高経営責任者)は9人しかいない

FTSE100 : ロンドン証券取引所に上場する銘柄のうち時価総額上位100銘柄による時価総額加重平均型の株価指数

上記指摘の一方で、英国および世界の人口構成、そして英国企業の収入源について、以下のような現状および予測を報告している。

・英国の全人口における有色人種あるいは非白色人種の割合は14%で、2030年には20%、2051年には30%に達する
・2015年から2050年における全世界の人口増加の半分は9つの国で占められ、うち5つはアフリカで3つはアジアである
・既に英国外での売上割合がFTSE100企業で75%以上、FTSE250企業で50%以上に達している

以上を踏まえ、パーカー・レビューは「有色人種である取締役を最低でも1人確保する」ことを、FTSE100企業には2021年まで、FTSE250企業には2024年までに要求している。併せて英国企業の指名委員会に対して、社内の人事チームあるいはサーチ会社を通じて有色人種の取締役候補者を探すべきとしている。

人口構成の違いや言語の問題などから、日本企業に対して同様のプレッシャーがかかることは、少なくとも当面は考えにくいだろう。しかし上述したような「レイス・ダイバーシティ」の議論がグローバルで活発になればなるほど、日本における「ジェンダー・ダイバーシティ」の取り組みがいかに遅れているか、外国人投資家などから改めて注目を集めてしまう可能性がある。上場企業においては一歩先を見越した対応を進めておくべきだろう。

2018/01/31 【2017年12月の課題】後継者計画(サクセッション・プランニング)」の設計と運用:解答(会員限定)

ウイリス・タワーズワトソン
アセスメントアジア地域責任者
コーポレートガバナンス・アドバイザリーグループ シニアコンサルタント
高岡明日香
03-3581- 6482(直通)
asuka.takaoka@willistowerswatson.com

後継者計画に対する外国人投資家の高い期待値

最近のある調査によると、東証一部上場企業約2,000社のうち、「経営トップの選任基準を整備済み」と回答した企業は38%、「検討中」が20%という結果が出ています。日本においてもようやく後継者計画(サクセッション・プランニング)という仕組みが定着しつつあると言えますが、外国人投資家の多くは、投資している欧米企業との比較から、日本企業に対しても、経営陣の資質(経験・プロフィール等)に加えて、透明性の高い客観的な指名を期待しています。彼らが期待する「透明性の高い客観的な指名」とは、投資先企業の経営者(層)が、そこで求められる人材像・人材要件を踏まえた明確な選任基準に従い、複数の社内外取締役により“公明正大”に指名されるというものです。しかも1人の後継者を指名するだけでなく、その後ろに層の厚い次世代の後継者候補群が控えているという状況が望まれます。

一方で、当然ながら、後継者計画において創業者や現経営者・経営陣の思いが適切に反映されるということも極めて重要です。

そこで本稿では、社内外のステークホルダーの期待値を全方位的に解決する後継者計画をどのように設計、運用すべきであるのか、検討してみたいと思います。

後継者の定義に“黄金律”はない

後継者計画の設計において最初に取り組むべきなのは、自社の経営者あるいは経営層として求められる人材像・人材要件を定義すること(以下、要件定義)です。これは、後継者の指名にあたって“物差し”となる基準を作るということでもあります。

ただし、ここで注意しなければならないのは、要件定義は、自社のビジネスモデルや戦略、さらには置かれたフェーズに合ったものでなければならないということです。例えば、既存事業の安定的な維持拡大といったフェーズにある企業に求められる経営者の人材像・要件と、海外市場も対象にした買収・合併を検討するなど短期間で成長を志向するフェーズにある企業に求められる経営者の人材像・要件は、当然ながら大きく異なります。こうしたフェーズを無視して“標準的な”要件定義を行っても機能しないか、すぐに形骸化してしまうことになります。自社のビジネスモデル、中期経営計画に盛り込まれた今後数年間の戦略の柱、そもそもの経営理念などを棚卸ししたうえで、自社の経営者(層)として求められる人材像・人材要件を見極めることが肝要です。要件定義に“黄金律”はありません。

要件定義の具体的な手法

経営者(層)の人材像・要件定義の仕方にはいくつかのバリエーションがありますが、推奨されるのは下記の2つの手法です。

1つ目は、現経営者へのインタビューです。経営者(層)に求められる人材像・要件は、管理職以下とは異なるため、その定義もトップ目線で行う必要があるからです。豊富な経営経験を持つ現会長、社長、副社長ならではの視点を反映させることにより、経営目線に立った定義を作ることができます。2つ目は広範なアンケートです。指名委員、社内外取締役、場合によっては執行役員まで含めて広く意見を集め、これを集約することで、定量・定性両面から経営者(層)に期待される人材像・要件を確認することができます。

これらの結果を踏まえて、要件定義の素案を作成し、指名委員会での議論を経て最終案をまとめ、これについて取締役会の承認を得るというのが、後継者計画を作成する手順となります。指名委員会では要件定義を巡る議論でコンセンサスに至るまでに時間を要するケースが散見されますが、こうした議論のプロセスを経ること自体が、質の高い後継者計画を作成するうえで極めて有用です。

客観性・中立性の高い選抜基準プロセスとは?

要件定義をした後、次に検討すべき課題は、年間スケジュールを含む後継者計画の運用プロセスです。具体的には、定義された経営者(層)の人材像・要件に基づき、どのような母集団を対象に、どのような手法で後継者(候補)を選抜・指名をしていくのかを検討することになります。表1は、年間を通した後継者計画の標準プロセスになります。

表1:後継者計画の標準プロセス
32871a

この中でしばしば論点になるのが、後継者候補の絞込みにあたっての選抜基準です。すなわち、広範な候補者群を何を基準に絞り込み、第1次母集団として選抜するのか、また、更なる絞込みに際しては何を追加基準とし、最終的な候補者(数名)を選抜するのかという点です。こうした後継者の選抜プロセスを示したのが下表2です。

表2:後継者の選抜プロセス
32871b

経済産業省が昨年(2017年3月)に策定した「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)では、経営層の後継者候補について「執行役員等の層に加え、その次の世代である事業部長等の層も含め、複層的に育成対象とすることが有効」としています(24ページ「4.1.2. 経営人材候補の戦略的な育成の在り方」の一番上参照)。多くの企業では、部長・本部長を「第1次母集団」とし、その中から、実績評価や人事考課結果、さらには上司や部門の推薦といったことを基準に「第2次母集団」を選抜しています。他方、経営トップの後継者候補は、取締役に限定する企業と執行役員まで含む企業に分かれます。

日本企業では、第2次母集団からさらに数名の候補者に絞り込む際の選抜基準がないケースが散見されます。この段階での選抜基準がない場合、広範な候補者の中から、社長による鶴の一声で、あるいは取締役会の“曖昧な総意”の中で選抜されることになります。このように明確な選抜基準がない状態を放置すれば、外部、特に欧米の投資家の目からは、後継者計画そのものが「恣意的」に映るリスクがあるので要注意です。

後継者の指名や後継者候補の選抜に客観性・中立性を持たせるために有用なのが、評価結果の定量化と第三者評価の実施です。

まず定量的な評価としては、心理検査があります。上述のとおり後継者計画では最初に経営者(層)の人材像・要件を定義する必要がありますが、この要件定義に心理検査の結果も組み込むことにより、この点について候補者が要件をどの程度満たしているかを定量化することができます。また、要件別に本人スコア、上司スコア、同僚スコア、部下スコアを算出するという「多面評価」を実施することにより、本人評価とのギャップを数値化することも可能です。

第三者評価では、最終候補者数名に対してアセスメント(評価)専門コンサルタントによるインタビューを実施します。これにより、経営者としての適性やリーダーシップリスクについて検証することが可能です。

リーダーシップリスク : 意思決定が遅い、痛みを伴う意思決定ができないために改革を遅れさる「意思決定リスク」、事業構想力や洞察力の不足により事業を停滞させる「キャパシティリスク」、自己保身のための政治的な行動や発言をするなどして社内外の反発や混乱、不信を招く「ポリティカルリスク」、倫理観やコンプライアンス意識の不足により倫理的・法的問題を引き起こす「コンプライアンスリスク」の4つのリスクを指す。これらのうち一つでも顕在化すれば、企業価値は毀損しかねない。

人事考課等の結果による選抜に、上記のような客観性・中立性を担保するプロセスを加えることで、より“公明正大”な指名・選抜プロセスが実現できるでしょう。後継者計画とは、要するにこうした選抜の仕組みを標準化し、さらに対象を複層化した上で毎年運用することであると言えます。

後継者計画専任の担当者が必要

もっとも、せっかく後継者計画を作っても、それを適切に運用できていない企業が少なからずあることも事実です。後継者計画を適切に運用するためには下記の3点が重要となります。

1点目は、経営トップのみならず、「経営陣」の後継者計画を合わせて設計し、取締役会の承認を得ることです。後継者計画は会社全体として取り組むべき、むしろ取り組まない限り機能しない重いテーマだからです。

2点目は、将来の経営者あるいは経営陣の候補となる人材は「会社全体」の資産であるという“全体最適”の立場に立ち、これらの人材は本社が一元管理し、長期育成するシステムを実現することです。部門最適を実現するための短期的な配置や異動の犠牲にならないよう、配慮する必要があります。

3点目は、後継者計画専任の担当者を置くことです。本来、後継者計画は指名委員会マターではありますが、会社にとって極めて重要なテーマであるとともに、運用の負荷も大きいため、後継者計画を専門に担当する機能あるいは専従社員を置くことで、適切な運用を担保する必要があります。

後継者計画が適切に設計・運用され、その仕組みの中から企業価値を中長期的に向上させられる経営者が現れることが期待されるところです。

2018/01/31 【2018年1月の課題】投資家が評価する実効的なコーポレートガバナンス

2018年1月の課題

取締役会の実効性の向上を図るため、政府からコーポレートガバナンスに関する様々な指針やガイドライン(例えばCGSガイドライン、価値協創ガイドライン)が公表されています。また、機関投資家や議決権行使助言会社も、コーポレートガバナンスに関する基準を設定するケースが増えています。投資家から評価されるコーポレートガバナンスのあり方とはどのようなものか、改めて考えてみてください。

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